スターバックスなどのカフェから、コンビニがコーヒー客を奪おうとしているように見えるカフェ戦争ですが、その実態はサトチュー(砂糖中毒)の取り合いでしょう。スイーツを食事代わりにする人種が増えたからです。マックや吉野家がいくら価格を下げても売れないはずです。

■スイーツが主食の人々
 騒がれているカフェブームの裏で、いま起きているのは食事そのものの崩壊です。ご飯やパンやパスタのような穀物の主食と、みそ汁やスープのような汁物、そしておかずが並ぶような食事のスタイルが破局を迎えているようです。

 カフェでもコンビスターバックスニでも、昔から精製砂糖と油脂が材料のスイーツを売っていましたが、あれはおやつでした。しかし、今では食事代わりにする人がここ数年で激増したとカラスヒコは感じています。あくまで感じで、統計的な裏付けはありません。でも、毎日のようにスタバに入り浸っていれば確信してしまうのです。

 大手コンビニチェーンが入れたてコーヒーマシーンを何千店舗にも導入して、1杯100円や150円でコーヒーを売り、狭い店内に無理やりイートインスペースを作って店内で買ったスイーツや菓子パン、ヨーグルトやアイスクリームを食べさせようとしています。

 ずっと業績好調だったスタバもさすがに焦るのでしょう。この記事によれば、自動つり銭機能付きの新型レジスターやラテ用の牛乳泡立て機などのメカを導入して、客の待ち時間を減らして回転率を上げる。他にもいろいろな手を打つようです(日本経済新聞3月30日)。

 そうやってシステム投資をしたり、日々の業務改善によって客を奪い合うのは、常に成長を続けなければならない企業としては当然で、そうした企業間競争が顧客のメリットにもなるというのが昔からいわれてきた資本主義の良さなのですが、果たしてそれは今でも本当にメリットなのでしょうか。

 スタバで午前中に仕事をしていると、約7割の客がスイーツを食べてラテなどの甘い飲料を飲んでいます。明らかに朝食代わり。席が遠い客は何を飲んでいるのか見えませんが、使用済みのカップ置き場は内側が泡だらけのカップばかりですから、ほぼラテ系と断定。

 甘いものを食べて甘いお茶を飲む神経は、実はカラスヒコにも理解できます。20年くらい前までは菓子パンを食べてコーヒー牛乳を飲んだり、カロリーメイトとコーラの組み合わせも普通でしたから。でも、それはおやつで、そのほかにカラスヒコは3食を食べていたのです。まあ、激太りしていた若気の至り。

■配食、植物工場も先細る
 ところが、今スタバで食事を済ませようとすると、例えば200円台の安いドーナツやスコーンを食べて、安めのラテを飲むだけでも500円程度はかかります。400円以上のケーキ類を食べて、マキアート、フラペチーノなどを飲めば800円から1000円近くにもなり、金額的にも「お茶する」の範囲を軽く超えてしまうのです。

 コンビニはたぶん、もうかっていそうなスタバなどコーヒー専門店を切り崩して、「300~400円程度でおなかいっぱい食べてコーヒーも飲めますよ」とアピールすることで、サトチューの客を奪おうとしています。こっちの水は甘いぞ、しかも安いぞ。さらに、プリンやアイスや、ヨーグルトや菓子パンも豊富だぞと。

 そう。問題はまさにここ。コーヒー戦争でどの店がおいしいとか安いとかでは全然なくて、食事の菓子化が、まるで伝染病のように広がっていることの恐怖です。精製砂糖と油脂、それにたっぷりの添加物がブレンドされたスイーツを毎日食べるサトチュー層が増殖する社会。それが先行き、どこへ行き着くのかを真剣に読まなくてはなりません。

 例えば、ワタミに代表される配食弁当事業は、今でこそ高齢化社会の進展とともに急速に伸びていますが、サトチュー化が進めば売れなくなるでしょう。伝統的な和食や幕の内弁当のビジュアルにこだわらない層が増えれば、弁当製造ラインやチルド物流、宅配ネットワークなども採算割れを起こすはずです。

 同様に植物工場も、今は急増していますが、サトチューが増えると、必要なビタミン、ミネラルはサプリで摂ればいいということになって、稼働率が急落して不良債権化しそうです。フレッシュ野菜のニーズは富裕層が支えていくとしても、今の工場の増え方では投資を回収する前に過剰設備になるでしょうから。

 もちろん、スーパーマーケットや産直市場も激減するのは必至。サトチュー社会では生鮮食品のニーズが減るからです。菓子タイプの食事ならコンビニで買い食いしたり、ネットで注文して常温の宅配便で届くスタイルが主流になるのかもです。

 だから、残念ながら、私たちのように自然食を食べ続けたい人たちは、今後はますますマイノリティーに突き落とされる覚悟を固めましょう。サトチュー化する社会に征服されない戦い方を見付けなくてはなりません。

 私たちに必要なのは、おそらく小さくまとまることです。小規模な自然栽培の農家集団があり、会員制の販売組織があって、それを支える数百世帯の消費者の単位というイメージ。神様化して食品を買いたたく消費者ではなく、いいものを作る生産者と共存し、最低限度の調理スキルで「サムライごはん」を食べていくゲリラ的な集団を目指すのみです。

 ではまた。