「サムライごはん」de自衛自炊

忙しい人こそ自炊しましょう!料理嫌いのための高栄養で無添加な「ケ」の食の技術を研究するブログです。悪食による人格崩壊から辛くも生還したカラスヒコの経験に基づく学生・単身赴任者・シングルマザー向け貧乏自炊教室にお付き合いくだされ!

2013年02月

『シェーナウの想い』の当事者意識

 映画『シェーナウの想い』は、チェルノブイリ事故の教訓から市民が自然エネルギーの電力会社を作ってしまう記録。これを見て、自然食品の生産と流通を守るにも、危機感を持つ市民が立ち上がらなければ駄目だと大共感。困難とはいえやる価値あり。志を強くしました。

■自治体頼みにしない
 ドイツのシェーシェーナウの想いナウ市(人口2500人)では、チェルノブイリ原発事故後に、親たちが「次世代の子どもたちを守るために」原発のない社会を作る運動を始めました。

 このまちから25㌔㍍地点にフェッセンハイム原発があり、地域独占のKWR電力会社が運営しているのですが、市民たちは独自に風力など自然エネルギーの電力会社を立ち上げ、送電網を買い取ってしまいます。

 「素人に電力の安定供給などできるはずがない」「無責任」「甘い」など、多くの反発や露骨な嫌がらせを受けながらも、彼らは2度の住民投票にも勝利して、10年かけて目標を達成しました。

 さて、これは原発やエネルギー問題の映画で、それは今の日本でも大変にアップデートなテーマなのですが、それとは別にカラスヒコは、ここで展開された住民運動のスタイルに非常に興味を引かれました。彼らは最初から、「これは巨大企業との戦いだ」と意識していたからです。

 理想を掲げて行政に訴えていく手法とはかなり違います。まず、自分たちが住民に節電を呼び掛けて10%の使用電力削減を達成した後、寄付を集めていきます。各家庭では屋根にソーラーパネルを設置したり、地下にコジェネ装置を設けて自家発電を進め、そうしたエコ電力をEWSという住民の電力会社が買い取る仕組みづくりをしていくわけです。
 コジェネは以前から、立花隆さんや武田邦彦さんが日本でも実現可能な新エネルギーシステムとして提起している選択肢。

 送電網を買い取る最終段階では、KWR側は、妨害の意図ありありで莫大な金額をふっかけてきますが、住民側はその額を全国に公開して寄付を呼び掛ける手段に出ます。これでさすがにKWR側も折れ、妥当な額まで見積もりを引き下げざるを得なくなります。

 シェーナウ市の行政当局は見事なまでに中立を保ちます。住民投票を公正に実施するとか、集会の自由を保証するような、どちら側にもくみしない、まさにインフラとしてのスタンスをきちんと守ります。住民側はあくまで「自分たちのこのまちをこうしたい」と、自治活動として運動を進めていくのです。

■スーパーもコンビニ化指向
 日本の場合、自然エネルギーについてはドイツとはやや条件が違うので、この手法をお手本にできるのかどうかは難しい問題だと思います。でもカラスヒコ的には、今の日本で、自然食品の生産と流通を守るための「住民運動」のスタイルとして、このモデルが有力だと考えています。

 流通専門誌『激流』(国際商業出版刊)3月号に「食品スーパーの逆襲」という特集記事がありました。主筆の石橋忠子さんが、コンビニPB総菜などに食い荒らされたスーパー各社が、一斉に総菜部門の立て直しに舵を切りつつある動きを詳細に報告しています。

 消費者はとっくに(食事を)「作らない化」しているのに、食品スーパーはそのトレンドを無視して、のうのうと「4人の標準家族」向けの素材提供を続けてきて、そこをコンビニに突かれた。窮地に陥ってようやく、「コンビニにはできない鮮度の高い総菜あるいは凝った総菜」づくりを真剣に探究し始めたというのが概要。

 これは客観的に正しい分析で、十分読み応えのある記事なのですが、私たち自身の問題は、「作らない化」を放置していいのでしょうかという話。作りたい人が素材を買える店が近い将来激減しそうです。いわゆる産直市場も、生産者の高齢化が著しいので、間もなく閉鎖が相次ぐと思われるからです。

 私たちに必要なのは当事者意識です。行政になんとかしろ、民意を反映して生鮮流通を守れなどと言ってみたところで無力です。民意は、安いもの、簡単・便利なもの、届けてくれて賞味期限の長いもの・・・・ばかり。そうでない人がたくさんいたとしても、声も挙げず、具体的なアクションも起こさず、陰でぶつぶつ言っているだけでは自滅するのみ。

 マイノリティーだからこそ、頑張って生鮮消費を増やすべきなのです。多少遠回りでも産直店で買い、通販も活用する。南清貴さんが『食のモノサシを変える生き方』という本で紹介していたような、100~300戸程度の家庭が農家と契約して支えていくようなモデルも研究し、地元で動きがあればトライ&エラーも覚悟の上で参加するなどのアクションが必要だと思います。

 シェーナウ市民のように、企業との戦いである点を意識しましょう。生産者と消費者がつながって、自力で供給ルートを作らなければ、工業生産された食べ物だらけになる日がすぐそこまで来ていそうだからです。

 ではまた。

※『シェーナウの想い~自然エネルギー社会を子どもたちに~』 2008年/ドイツ/カラー/60分/フランク・ディーチェ、ヴェルナー・キーファー監督

乾物なら1日30品も楽々

 「サムライごはん」が目指すのは、生活習慣病がほとんどなかった時代の食事。手間のかかるハレのメニューを避け、地味な乾物を活用するのがポイント。油・糖・添まみれの総菜や加工品を取り込まずに、1日30品目を食べていくのも案外簡単だと分かってきます。

■朝食の準備は12分
 写真は、右手前のサケはらす焼きをフィーチャーした「サムライごはん」の朝定食。毎度似たようなメニューなのですが、この朝食 (35)定食だけで、なんと35品目の食材を使っています。カラスヒコ自身も数えてみて驚いています。

 まず、豆ごはんの中身は穀物3(コメ、麦、アマランサス)、豆5(大豆、青大豆、黒豆、ガルバンゾー、小豆)。ご飯のトッピングが7(ショウガ、割干大根、山椒、梅干し、シソ漬け、ゴマ、煮干粉)。これだけですでに15食材です。

 みそ汁のだし2(昆布、カツオ節)、具材5(ゴボウ、キャベツ、ニンジン、干瓢、いもがら)、みそ。これにサケはらす、納豆、卵、長ネギ。ここまでの合計が27品。
 そして、中央奥の漬け物が7(白菜、キュウリ、小松菜、セロリ、パプリカ、ニンニク、唐辛子)。最後がのり。総合計で35品目です。

 ずいぶん昔ですが、厚労省が「1日に30品目を食べましょう」と盛んに推奨していました。最近では「それは理想ですが無理でしょう」みたいな諦めが多くなったからでしょうか、あまり言われなくなりました。でも、乾燥野菜を活用すれば30品目など意外に楽々と達成できてしまうのです。

 この定食の場合は、みそ汁の具材5品のうちゴボウ以外は全て乾物。少量ずつ手のひらに取って、だし汁に放り込むだけ。豆類も、ある意味で乾物ですが、コメと一緒に洗って浸して、タイマーで炊き上げれば余分なアクティビティーなしでおいしく食べられます。袋入りのままにせず、こうやってボトル管理してしまえば非常に手早くできます。

 ショウガや割干大根の酢漬けなどは常備菜です。週1度かもっと長いサイクルのまとめ作りですから、朝はいつも冷蔵庫から出して盛るだけ。漬け物もそう。みそ汁を作る10分くらいの間に、魚を焼きながら、いろんな常備菜を盛り付けるだけの手間で、食事の準備が整います。

 最初に、段取りを覚えるまでは20分くらいかかるとしても、慣れてくれば約12分で「いただきまーす」まで持っていけるようになります。本当です。必死に訓練などしなくても、毎日ないしは1日置きくらいのペースで自炊を続けていれば、体が自然に無駄のないフローを覚えていくからです。

■退化トレンドを食い止めろ!
 逆にいえば、そうやって自分が慣れる以外に、この種の食事を取り続ける方法はありません。それが厳然たる事実なのです。カネを払うから誰か作ってくれといっても無理。上の食事の原価(材料費)は500円少々ですが、外食で人件費や設備費・家賃などが乗っかると1200~1500円にはなるはず。そんなお店がないのはビジネスモデルとして成立しないからです。

 学生なら勉強が第一、サラリーマンならいまや長時間労働で夜討ち朝駆けも当たり前、ワーキングマザーの場合は保育園の送り迎えにも貴重な時間が奪われてしまいます。だから、食事の支度という、一見価値がなさそうなルーティンワークを外注したくなるのは人情。大事な仕事に集中するために、時間をカネで買うのがむしろ「合理的」と考えてしまいがちです。

 CMでも、「賢い奥さまはチンするだけ」とか、「戦う男の朝は10秒チャージ」とか、チープでお手軽なチョイスを次々に提案してくれます。ただ、うまい話には必ず裏があることを私たちは本当は分かっていて、油脂や糖分過多の食事を「今だけ」と目をつぶって食べていたりします。これは某国政府と同じ問題の先送り。

 「サムライごはん」は第3の選択肢です。忙し過ぎて伝統的な調理に戻るのは難しくても、工業的な合成食品を無制限に受け入れるのではなく、伝統食に近いメニューを短時間で作り上げるスキルを身に付けるのが狙い。外注化の正反対、「内製化」なのです。

 もっと言えば、親世代のようにずるずると「国民病」にかかって医療保険制度にぶら下がり、次世代に覆い被さるような生き方を避けるためです。先行世代には非常に失礼かもしれませんが、種族的に劣化あるいは退化しつつあるトレンドを、私たちの世代で食い止めるためです。

 まあ、そこまで大げさな話はさて置いても、自然の素材を楽しく手早く調理して、おいしく健康に暮らしましょう。調理経験のない人が最初はびびるのは当然です。カラスヒコも、不器用が服を着て歩いているような人でしたから失敗の連続でした。でも、それは自分の中に積み上がる価値ある体験。

 突破口になるのは豆ごはんと乾物でしょう。労せずして摂取品目を増やせるからです。体調は現金なもので、すぐに効果が表れます。焼き魚や漬け物は、あとからじっくり取り組めばいいのです。焦らず段階的にやりましょう。

 ではまた。

『ゼロ・ダーク・サーティ』の義理と人情

 映画『ゼロ・ダーク・サーティ』の主人公マヤの頑張りは、使命感や執念からではないでしょう。優秀な検索エンジンみたいに必要な情報を見付けてくる。とてもクールでスマート。このキャラは『ボディ・スナッチャー』風の突き抜け型ミュータントではないでしょうか。

■感情の裏付けのない涙
 冷血女とか、ゼロ・ダーク・サーティ周囲の男たちからいろいろ言われていますが、マヤ(ジェシカ・チャステイン)は、べつにぶっ飛んだ女ではなさそうです。つまり、愛情や感情的なしがらみに必要以上に振り回されない人間というだけ。

 恋人がいるのかとか、同性愛なのかとか、そんなことは人生の重大な問題ではありません、などとインタビューでもされれば答えそうな感じ。(以下、ときどきネタバレ注意です)

 もちろん彼女は、しょせんはCIAの拷問屋のお友達ですから、他人の痛みに対する思いやりなどはないはずです。ビンラディン暗殺というタスクに向かって突き進むのみ。
 ただこの映画は、そういう彼女の人間性がいいとか悪いとかの価値判断は一切していません。淡々と、こういう女性がいて、こういうことをやりました、以上。みたいな映画なのです。

 ラストで帰国するときに、彼女は輸送機の中で涙をはらはらとこぼしますが、それは任務達成の喜びでもなく、罪の意識でも、国に帰れる安堵の涙でもなさそうです。自爆テロで亡くなった同僚の女性への追悼だという人もいますが、カラスヒコはやや違うと思います。

 あの涙は映画のクロージングを表すセレモニーの一種のように見えました。感情的な裏付けのない涙。おそらく、ガッツポーズのハッピーエンディングだけは避けたかった監督ら制作チームのこだわりなのでしょう。

 キャスリン・ビグロー監督の前作『ハート・ロッカー』の主人公(あちらは爆弾処理班の男性でしたが)にも共通しますが、いずれも仕事を淡々とこなす優れたソフトウェアのような人です。そして、そういう能力を持つ人間を抜擢し、あるいはそういう人間を育成して、米軍が海外の戦場でヤバい仕事を着々と進めていることを、これらの映画は批判しているとカラスヒコはみています。

 マヤの後輩の女性が「あなたに憧れて来ました」と尊敬のまなざしを寄せても、マヤは知らん顔。ハグも握手もせず励ましの言葉一つ掛けてやりません。このエピソードも、マヤをヒロインに仕立てようとする軍やマスコミへのアンチテーゼでしょう。

■マヤのアブナさに価値
 さて、この映画をよく見れば、マヤのキャラは案外私たち自身に近いことが分かります。マヤは直感とITスキルでビンラディンの所在を追い詰めていきますが、直感とは、テーマを考え続ける集中力で研ぎ澄まされていく能力ですし、ITスキルとは、文献・資料を読み解くスキル、あるいは人に接して情報を聞き出すスキルと同じものですから。

 つまり、彼女のやっていることは私たちと変わらない。仕事にひたすら打ち込み、小さな成功体験を積み上げながら核心へ迫っていく。天才というより、集中力と継続力がすごいのです。私たちとの唯一の違いは彼女には邪念がないこと。

 彼女は、おそらく一匹狼の渡り鳥のような人で、世間的なしがらみがない。組織に属してはいますが、組織の価値など認めていません。だから責任を取りたくない上司に向かって、「あんたにはパキスタンもアルカイダも全く見えていない、今ジャッジしないと怠慢な指導者としてCIAの歴史に永遠の汚点を残すぞ」みたいな罵倒を平気で浴びせます。あくまでタスク最優先のスタンス。

 私たちにはなかなかこうまで言えませんから彼女は非常にカッコいいと、つい感じてしまうのですが、問題は、そういう彼女が軍あるいはオバマ政権に見事に利用されてしまっていることです。つまり、有能で余計なことを考えず、任務に突き進む検索エンジンこそ「使える」パーツ、ないしはソフトウェア。

 ある女性批評家は、「マヤは高卒で愛想も悪い女性ですがジェンダー偏見と戦いながら懸命に努力して栄光をつかんだ」とこの映画をたたえていますが、それは先ほどの後輩と同レベルの視点。古くさいハリウッド映画と同様に眺めている証拠です。

 マヤは、そんなお利口さんではなく、もっとアブナイ人だとカラスヒコは思っています。帰国して子どもでも産んだら、今度はその子を守るために理不尽な経済社会に牙をむく、戦う母親になるに違いありません。誰にも利用されない、自分と子どものための戦い。

 今の私たちにも、浮世の義理・人情をある程度吹っ切って、自分が戦うべきテーマを見極めることが必要だと感じました。マヤのように最少限度のチームプレーはこなしながらも、必要以上に周囲に打ち解けず、べたべたしない、『ボディ・スナッチャー』の侵略者ようなクールさを見直すべきかもです。

 ではまた。

※『ゼロ・ダーク・サーティ』 Zero Dark Thirty/2012年/アメリカ/カラー/ヴィスタ/158分/キャスリン・ビグロー監督
※『ハート・ロッカー』 The Hurt Locker/2008年/アメリカ/カラー/131分/キャスリン・ビグロー監督
※『SFボディ・スナッチャー』 Invasion of the Body Snatchers/1978年/アメリカ/カラー/115分/フィリップ・カウフマン監督 

おひたし的ホスピタリティー

 外食のおひたしがおいしくないのは生産効率を追求するからです。大量に作ろうとせず、沸点を維持したまま、少量ずつ箸でつまんで2、3秒間湯がく丸元淑生式のおひたしこそ、旬の青菜を無油・無添で食べるレシピの決定版。身に付けない人が損をするだけです。

■ゾンビ化した和食総菜
 これは丸元さんが、26年前の著書、『システム自炊法』で指摘していたこと。瞬間的な加熱なので青菜の栄養素が壊れず、湯の中に溶け出す暇もないからおいしく上がるのです。

 写真は上がおひたし (2)春菊、下が小松菜。各1袋を湯がいて、水で冷やして、手で軽く水気を搾ったところです。これを小さなタッパーに1食分ずつ小分けしてだし汁に浸します(下の写真)。こうしておけば5日後でもシャリシャリ。ご飯のおかずにも、酒のさかなにも最高です。

 ポイントは、瞬間加熱してだし汁に浸すこと。その原則さえ守れば、たとえ私たちのような調理のど素人が作っても、おひたしは確実においしく、栄養価も高い貴重な自炊総菜になるのです。具体的な手順はこちらをご参照ください。

 大おひたし (1)量に作ろうとして、しかも手間を惜しんで青菜をドサッと入れてしまうと沸騰が止まり、再沸騰するまで煮る、あるいはゆでることになります。当然、青菜の栄養素が分解・流出し、シャリシャリ感が消えてぐちゃぐちゃな歯触りになってしまいます。見た目はきれいな色の青菜でも食べる価値があるのかどうか。

 カラスヒコがずっとおひたしを嫌いだったのは、小さいころ母や祖母に、「栄養があるから」と強制的に食べさせられていたからです。味の抜けたホウレン草に、味の素としょうゆをたっぷりかけて食べていました。栄養などありっこなく、カラスヒコ少年の拒否反応のほうが自然だったと今は思っています。

 おひたしは体にいいというイメージだけが亡霊のように残っているからでしょうか、今でもファミレスの和定食やコンビニ幕の内弁当の隅っこに、まるで刺し身のつまのように付いていたりします。丼物に当然のごとく添えられるヴィヴィッドイエローのたくあんや、キュウリのQちゃん風の、かなりアーティフシャルな緑色をした業務用漬け物も、全て和食のビジュアルだけ。ゾンビ化した和食の残骸。

 この際ついでに言ってしまえば、甘じょっぱい小魚の佃煮風や、菓子のように甘い金時豆や黒豆の煮付けなども完全に見掛け倒しです。そんなゾンビ総菜を食べて血糖値を上げるよりも、私たちが目指すべきは、煮干をかじって豆ごはんを頬張るようなシンプルな食事への回帰。生産効率よりも手間を掛ける自炊です。

■コスト削減はバンザイ突撃
 これに関連して、最近考えさせられた記事がありました。「外食、経費抑え価格維持」という見出し。ガスト、リンガーハット、マクドナルド、オリジン東秀などがメニュー数を3割とか大幅に減らして、食材をなるべく共通化して調達のスケールメリットを図るのだと(日本経済新聞2月21日)。

 自動車メーカーが各車種のシャーシやパーツを共用してコストを浮かせるのと同じやり方ですから、意図は理解できるのですが、これでは自縄自縛。外食はコンビニの弁当やPB総菜に客を取られているのに、外食店ならではのホスピタリティーの価値を放棄して、コンビニと同じ土俵で価格競争をやろうというのですから、大手は生き残れるとしても中小はお先真っ暗。破れかぶれのバンザイ突撃に近い。

 コンビニは、いかに人件費を減らすかで価値を生み出す仕組み。極端にいえば巨大自動販売機です。しかし外食は、もともとレストランですから高い調理技術やおもてなしなど、経験を積んだ人の価値がウリであったはずなのに。

 それがいまや、厨房には調理師がおらず、フロアには接客経験豊かなプロもいなくて、工場で下処理されたチルド食品を温めて出してくるようなお店になってしまいましたから、コンビニ弁当との違いは出せないでしょう。いや、外食チェーンの経営方針に文句を言いたいのではなく、私たち自身の戒めにしなくてはという話です。

 毎日忙しくて時間がない状況の中で、私たちが自分や家族の食事を作るとき、外食産業と同じような人件費削減、つまりなるべく手間を掛けない選択をしていないかという自省なのです。むしろ、まず手間を掛けてでも本物を作り、本物の品質を落とさない範囲で無駄を省きたい。手抜きではなく上達、慣れ。スキルアップで時短を達成したいのです。

 おひたしは面倒だから売っているサラダでいいじゃん、というチョイスで本当にいいのかも、例えばこんなふうに突き詰めて考えてみたいのです。自製おひたしで青菜を食べ、根菜や緑黄色野菜はワイン蒸しや漬け物で食べ、あとはみそ汁に入れる乾物の切干大根、納豆に刻み入れる長ネギなど、シンプルな食べワザを積み上げていきましょう。

 ではまた。

ブラック環境と戦うおにぎり

 ブラックな労働環境ならなおさら、1日1食は素朴な自炊食を死守しましょう。周囲が何を食べていようが自分はひたすら豆ごはんおにぎりで戦う。おかか、昆布など常備菜も総動員。体調をぎりぎりキープして乗り切ります。投げ出したらおしまいですから。

■睡眠よりおにぎり
 先週から今週前半にかけて、土日も含めてカラスヒコは久しぶりのブラック環境でもがいていました。朝から深夜まで、十数時間もオフィスの一室に「軟禁」状態でハードワーク。夜11時ころに開放されても、開いている店は駅前のラーメン屋1軒のみでした。

 つまり、夕食といいますか夜食は毎晩、そのラーメン屋でラーメン、チャーハン、野菜炒めライス、ギョーザ定食など、いずれも激しくオイリーなアイテムの中から一品を選び、とにかく腹に押し込んで終電に飛び乗り、帰ってすぐ寝ないことにはどうにもならない日々。

 本当なら寝る前のガッツリ食いは避けたいとはいえ、昼食から10時間以上も過ぎていますから飢餓状態です。何も食べないのはかえって悪い。少なくとも菓子パンやカップ麺よりははるかにましという判断になります。ありますよね、こういう選択肢のなさって。

 でも、ここで諦めてはいけません。その環境を耐え忍び、体調を決定的に悪化させずに乗り切るには、昼食を充実させてガードを固めるのが有効、といいますか、それしか方法がありません。朝は食べる暇がなく、夜が就寝前の悪食なら、昼食で必要な栄養を全部摂る構え。

 今回は毎日、豆ごはんおにぎり3個とトマトジュース缶持参でした。寝る前にコメと豆をといでタイマーをセットし、朝シャワーを浴びた後、さっと握ります。並行してワカメや切干大根など乾物だけのみそ汁を作り、台所で立ち飲み。お行儀は悪いですが「戦時」だから何でもありです。

 朝のみそ汁1杯と昼用のおにぎりを作るのに15分の早起きが必要。慣れない人なら30分くらいかかるかもしれませんが、「そのぶん余計に寝ていたい」気持ちとの戦いになるのです、ブラックな仕事との戦い以前に。自分の命綱になる昼食を犠牲にして15分なり30分の睡眠を選んでしまうと、最後には体が負けていくという話です。

 ここが重要な分かれ目になると思います。個々の事情もあるので絶対にそうだと言い張る気はありませんが、ブラック環境にあっても、1日1食だけでも高栄養・無添加な食事をキープしていれば、睡眠時間を多少削ってもなんともない。どうにか耐えていけると実感しています。

 不足分の睡眠時間は、昼食を食べ終わった後にちょっと居眠りすれば取り返せますが、食事で摂り損なった各種ビタミン、ミネラル、食物繊維などは無理。当てずっぽうにトクホやサプリで埋め合わせる手もありますが、それは著しく正確さに欠ける方法でしょう。

■浮いてもディフェンス固め
 おにぎりは、玄米メインのコメ1合に豆5種を加えて3個作ります。具材は、例えば1個目が梅干し+ショウガの酢漬け。2個目はおかか+ゴマ、3個目はみそ+昆布の酢じょうゆ煮しめ。つまり、朝食用の豆ごはんに自製の常備菜を乗せたものを単純に丸く握ってのりを巻いた状態ですから、栄養バランスは相当に充実しています。

 同じおにぎりでも、コンビニや町の総菜店で買うと精製白米ベースで、具材は基本的に1品。酢やショウガや、豆、アマランサスなどが使われることはめったにありません。見た目や味はいいですが、栄養素の種類が不足。たまに食べるぶんには構わないとしても、昼の1食が命綱になる環境では心もとないのです。

 「おにぎりだけでは栄養不足」という見方もあります。カラスヒコも十分だとは思っていません。でも、味付けされた肉や魚のガッツリした主菜は、必ずしも必要ではないとも思います。豆から、あるいは具材に使うみそからタンパク質は十分摂れますし、のりやアマランサス、おかかなどでカルシウムも確保できますから。

 その意味で、豆ごはんおにぎり(with自製常備菜)+トマトジュースという弁当は、ブラックなシチュエーションでもパフォーマンスを落とさずに身を守れる現実的な選択肢だと思っています。以前に、カラスヒコは2年間ほどぶっ続けで似たような労働環境に転げ落ちたときにも、取りあえずキレず、太らず、心も折れずになんとか耐え切れたからです。

 こんな世の中ですから、私たちの仕事はどれも似たりよったりのブラックかダークグレーですし、この状況はずっと続くかもしれません。だから、ブラック環境のせいにしないで自己防衛策を、つまり誰も教えてくれない正しい食べ方を独学していくべきです。それを避けていると病気に追い込まれ、いずれは薬漬けにされてしまいます。

 学生の皆さんには、そんな経済社会の現実がとっくに見えているはずですから、今がディフェンスを固める貴重なチャンスです。つまり、自分の「サムライごはん」ノウハウを作り上げ、外食・中食にあまり依存しない食べ方の研究開発。友達から変なやつと思われて浮いてしまっても気にしない勇気が必要です。ひょっとすると学問より重要な自分への先行投資なのかもしれませんし。

 ではまた。

和洋だし混合ニャンコめし

 マギーブイヨン1袋は水300ccが基準ですが、つゆだく気味のニャンコめしを作るときは煮干しも3、4尾、折って一緒に煮ます。和洋ちゃんぽんのだし味ですが、これが絶妙にうまい。煮干しは応用範囲の広い万能だし。素人の我流調理をいつも助けてくれます。

■煮干しで世界観が変わる
 昨夜は寒くニャンコめし (8)て、とにかくスープで温まりたかったので水を400ccほど入れ、ややジャブジャブのニャンコめしを作りました。マギーブイヨンと煮干の他流試合はなかなかのマッチング。
 煮干しの軽い苦みのあるとがった味が、マギーの上品な味とマッチして無国籍かつ重厚なおいしさでした。

 野菜を煮込んでポトフのようなスープを作るときも、トマトや玉ネギなど水の出やすい野菜が多いときには、マギーが薄まる分を煮干しで補ってやりましょう。煮干しのクセが隠し味効果を発揮して深い味になります。この手はカラスヒコのお薦め。

 だし文化には国境などないと思います。天然のコクが出ておいしくなれば何でもOK。考えてみれば豚汁なども、昆布+カツオ節で和風だしを取ったみそ汁ベースに、豚肉から染み出す洋風あるいは中華風のだしが混じっておいしくなるわけですし。

 煮干しは必ず水から入れて中火で煮出します。なるべく小さく折って入れれば、煮立った段階で十分だしが出ています。硬くて折りにくい場合は、ボキボキと大きめに折り、煮立ってから3、4分煮出せばいい味がにじみ出し、しかもやわらかくなるので身肉も具として食べやすい。

 学生や単身赴任者、それに小さな子を持つ若い母親は、お気に入りの煮干しを見付けて常備すれば自炊の頻度が確実に上がります。みそ汁もニャンコめしも、おひたしも簡単に、インスタント並みの手軽さで作れるようになるからです。煮干しだしの詳細はこちらから。

 「忙しくて自炊はやっていられない」という人は、煮干しのだし汁を5日分くらいまとめ出しして、ペットボトルで冷蔵しておけば無敵です。1杯分を鍋に取って強火で煮立てて、乾物を入れてみそを溶けば、5分以下でおいしくて充実感のあるみそ汁ができる。できてしまうのです。

 「自炊は大変だから」という思い込みは、実はウソだったと分かってしまいます。自分でだしを取れば、一部の高級料理店を除くほとんどの外食・中食よりもおいしくて栄養価の高いみそ汁が、毎日飲めるようになるからです。この目からウロコが落ちるような、大げさにいえば世界観が変わるような実感をカラスヒコは本気で広めたい。

■70点をキープするアマ調理
 カラスヒコはプロの調理人を尊敬し、憧れてもいますが、自分はアマチュアでいいと思っています。自分には自分の仕事があり、そっちのプロであれば、調理は取りあえずおいしくて栄養があって無添加ならばいい。なるべく手間は掛けたくない。たまに本格的なものを食べたくなれば、多少奮発してプロの料理を楽しみに行きます。

 だから、「プロの味をご家庭でお手軽に」とうたう加工食品のコピーは、プロを激しくバカにしていると思うのです。彼らが10年もそれ以上もかけて磨いた素材の見立てや調理技術を全く認めていないからです。食事そのものを軽く見ているのでしょう。安くて簡単で味が近ければいいのだと。

 私たち自身にも、そういう思い上がりみたいなものがあるなと、最近カラスヒコは思っています。例えばトップアスリートの活躍を見るとき、私たちは彼らが大変な練習を積んできたことを本能的に分かっていますから、その努力と忍耐に敬意を払い、試合を見て感動します。

 つまり例えば、「この薬を1カ月飲めば彼のようになれます」と言われても、誰も絶対に信用はしませんが、料理ではコロッとだまされてしまうのです。あのカリスマシェフの味が、これとこれを混ぜてチンすればあなたにもすぐにできますと。そんなバカな。

 私たちが料理で目指すべきは、コマーシャルな雑音から遠ざかり我流を極めることでしょう。自分の体に何が必要なのかを自分で考え、材料をそろえて加工を覚える。基本は独学です。プロを目指す人以外はアマチュアですが、アマチュアであることを卑下する必要はありません。

 アマチュアスポーツに実業団や学生選手権があるように、アマは皆遊びというわけではないからです。別の仕事や学業を抱えながら、プロには多少劣るもののハイレベルな鍛錬を積んでいる人がたくさんいます。「サムライごはん」も、そんなアマなりに真剣な調理技術の上達を狙っていきます。

 アマの料理は、目で楽しむ要素やドラマチックなストーリーなどなくてもいいのです。100点は無理でも、その代りどんなに忙しくても70点を着実にキープすることを目指します。だしは我流に徹し、和洋中などのセオリーにこだわらずに混ぜこぜOKでいきましょう。素材が本物でありさえすれば十分うまいのです。病気にもなりませんし。

 ではまた。

配食で楽をさせる親孝行?

 認知症のグループホームから「空きが出ました、いつでも入居可能」との連絡あり。でも熟考の末、今回は母の入居を辞退することに。ケアマネさんからは「もったいない、何かあったらどうするんですか」と怒られましたが、今しばらくは自宅で平穏に暮らさせようと決めました。

■「お母様に楽をさせて」
 ケアマネさんのおっしゃる通り、入居したほうが安心に違いありません。賄い付きのグループホームに入れてしまえば24時間見守ってもらえますから。自宅の独居老人は買い物に出掛けて転んで骨折したり、交通事故に遭うかもしれません。不注意で火事を出す恐れもなくはない。「安心」という意味では確かにそうなのです。

 母は要介護3で、短期記憶ばかりか皮膚感覚も相当ぼけてきました。最近では石油ストーブにあたったまま居眠りするらしく、足のすねに低温やけどを負って、ヘルパーさんがあわてて病院に連れて行ってくれるなど、いろいろご厄介をかけています。息子としても心配の種は尽きません。

 ただ、今回辞退を決めたのは、当面は母の心の平安を優先したいと考えたからです。認知症がさらに悪化して町を徘徊して家に帰れなくなったり、泣いたり叫んだり、周囲の人を泥棒呼ばわりするような症状が出てくれば話は別なのですが、今の穏やかなぼけ状態を保っている限り、もう少し慣れ親しんだ自宅暮らしを続けさせてやりたいと。

 グループホームにかかる費用は、詳しく計算してみると現在の母の生活費とほぼ同じでした。本来は、施設に入居したほうが高くつくはずですが、母は電気や灯油を無神経に使い、買ってきた肉や野菜や牛乳を放置して腐らせて、ヘルパーさんに捨ててもらうことが多いからでしょう。ぼけによる浪費。金銭的に無駄であるばかりか、とても罪深いことをしています。

 でも、そうした危険や浪費を避けるためにグループホームへ入れるのが本当にいい選択なのかを、今回は2晩ほどみっちり考え抜きました。そのホームには、テレビとベッドと簡単な家具のある個室のほかに共同の社交空間があり、入浴は職員が介助してくれるし、洗濯や部屋の掃除も職員がやってくれます。食事はもちろん完全賄い。つまり、入居者本人にはすることがないのです。


 「お母様に楽をさせてあげてはいかがですか」とケアマネジャーには勧められました。それが親孝行で、皆さん、そうなさってますよと、おそらく本心から親切に勧めてくれているのです。
 配食を勧められたときもそうでしたが、買い物にも行かなくていい、調理もしなくていい、そういう雑用を全て賄ってあげることが高齢者に対する思いやりで、家族やヘルパーの共通の義務ですみたいなことを真剣に言うのです。それは違うと思いました。

■救命ボートが転覆する
 「介護保険制度が本来の役目を果たしていない」という記事がありました(日本経済新聞1月23日)。つまり、本来の目的は「高齢者の自立支援」であったはずの制度が、ただのお世話、家事代行業になってきて、効率的な「給食」と、見守りという名の監視を強めているという意味のようです。

 カラスヒコも実はそう感じています。制度の利用者がどんどん増えているのに予算が限られているからでしょう。母の世話をしてくれるヘルパーさんたちも、かつては「一緒に食事を作りましょう」というスタンスでしたが今は、できれば外注の配食業者に弁当を届けさせて、掃除と幾つかのチェック業務を済ませたらすぐ次の家へ行きたがる。そうしないと回りきれなくなるからです。

 とにかく死んだり、けがをしたり、行方不明になったりしなければよい。できることは自分でさせる「自立支援」ではなく、何もさせない過保護な安全保障。そのほうが効率的、合理的。言葉は非常に悪いのですが、誤解を恐れずにあえて言うなら「軟禁」に近い。

 いや、これはヘルパーさんの悪口ではありません。彼女らは本当によくやってくれています。悪いのは制度。いやいや、制度が本来の良さを発揮できないのが悪いのです。あまりにも患者が爆発的に増え続けるものだから。救命ボートは頑張っているのに、100人も乗るものだからボートごと皆沈んでしまうような。

 じゃあ、どうすればいいのと言われても、即効的な解決手段はないはずです。私たち自身が要介護老人にならないよう努めて、一人でも多くが支える側に回ることです。ごく少数の患者が手厚い「自立支援」を受けられるような社会に徐々に持っていかなければ。

 母には、ヘルパーさんにあおられて嫌々でも自分の食事を作るような、多少のストレスがあったほうがいいと、カラスヒコは勝手に親不孝な判断をしました。突発事故は怖いのですが、することがなく閉じ込められ、決まった時間に餌が出てくる環境のほうが母をむしばむに違いないと考えたからです。全く悩ましいことです。

 ではまた。

グリルは焦げ付くから嫌?

 サケの切り身と野菜をグリルで焼きです。カボチャはほくほく、長ネギは適度な生焼け状態で辛みと甘みのコントラストが絶妙でした。学生や単身赴任者にはグリル焼きは敷居が高いようですが、一度覚えると、これほど手間なしヘルシーな自炊ワザはありません。

■焼き肉イメージが強過ぎる
 多くの人がグリルグリル焼き焼きを敬遠する理由は主に2つ。1つは「後片付けが面倒だから」。網の焦げ付きをタワシでごしごし洗う重労働のイメージがあるからでしょう。でも、それは前提からして違うのです。焦げ付くまで焼いてはいけないのです。

 例えば焼肉屋に行くと、網は、お店の人はさぞかし大変だろうと思うほど見事に焦げ付いて炭化してしまいますが、あれは肉から出る油をそのままに、次から次へと焼き続けるからです。
 私たちの自炊では、たとえ油の多い肉でも表と裏を1回ずつ焼けば終わり。焦げ付くまでいきません。

 サンマやめざしの皮が少々焦げ付いたとしても、連続焼きをしませんから、スポンジに中性洗剤を少量含ませて流水で洗えば、力を入れてこすらなくてもきれいに落ちます。

 水を張った下のトレイも油で汚れますが、水を捨てれば油の大半は流れ、先ほどのスポンジでさっとなでるように洗えばOK。力も時間もいりません。まな板を洗ってすすいで、水気を拭き取るのと全く同じアクティビティー。

 もう1つの敬遠理由は「焼き加減が分からないから」。例えば魚もカボチャも、中まで火が通っているのか外から見ただけでは分かりにくいのは事実。がぶっと口に入れてから、「げげっ、生焼け」みたいなシチュエーションを避けたい気持ちはよく分かります。

 しかし、肉や魚はともかく、野菜の場合は多少でも熱が通っていれば、中まで完璧に焼き上がっていなくてもちゃんと食べられます。長ネギやピーマンや、ナスや玉ネギなら、内部が生状態で、自然の辛みが残っていたほうがうまいくらいです。無理に中まで焼こうとすると、表面が焦げるばかり。

■グリルは世紀の大発明
 カラスヒコがよくやるのは、肉や魚が程よく焼けた時点で、野菜の焼け具合など気にせずに火を止めてしまう方法。カボチャやイモは、内部が多少コリコリしていてもちゃんと食べられますし。どうしても気になる場合は、竹串や爪楊枝で突いてみればいいからです。

 グリルは人類の英知の結晶であると、カラスヒコは大真面目に思っています。火が上や横から噴き出して、余分な油は下の水面にしたたり落ちる、究極の手間なし&ヘルシー調理器具だからです。肉や魚を串に刺して、たき火の炎に地面から斜めにかざしてやるのと同じ原理。

 火の真上にかざすと、にじみ出た油がそのまま焦げて臭くなり、また肉や魚の表面加熱が進み過ぎることにもなります。七輪で網焼きしたり、バーベキューやフライパンに油を敷いて焼いても同じ。その点グリルは、自然のたき火を機械化したもので、火勢のコントロールも自由自在。この大発明を活用しない手はありません。

 ラッピングさらに、グリル焼きした野菜は塩もしょうゆもつけなくてもうまいことを発見してしまうと、学生や単身赴任者のような調理嫌いな人でもハマります。カボチャ、ジャガイモ、サツマイモなどを薄切りにして弱火加熱するだけで味が強まるからです。

 ネギやパプリカも、アスパラやブロッコリーなども生やゆでて食べるより、はるかにおいしくなります。そして、使い残した野菜はこの写真のように、切断面をぴっちりラッピングして冷蔵すれば5、6日は鮮度を保てます。

 グリル焼き、酒蒸し・ワイン蒸し、おひたし、浅漬けなどのベーシックな野菜処理(調理ではなく)に共通するのは栄養を壊さず、化学調味料を使わず、時間も手間も最少限度ということ。身に付けてしまえば健康に暮らすための一生ものの技術になります。

 野菜はレシピを決める前に、鮮度のいいものを見付けたら迷わず買い込み、「サムライごはん」風の手抜き加工で食べていきましょう。筑前煮や野菜シチュー、天ぷらや中華風野菜炒めは外食でときどき楽しめば十分です。

 ではまた。

「価格志向だからPB」の嘘

 消費者は低価格志向だからPBに流れるというのは真っ赤な嘘でしょう。ブランドを選別するのが面倒だから、あるいは興味がないから、取りあえずPBという最強ブランドで安心する。でもそれは地元密着で職人的なメーカー(生産者)を廃業に追い込む行為。

■PBは多国籍連合「群」
 大手小売りのPBは、いまやナショナルブランドの集合体ですから、「NB vs PB」という図式はとっくに崩れ去っています。今は、すでに散り散りになったローカルで個性的な中小ブランド群を多国籍メジャー連合群が一方的に掃蕩している時代です。私たち消費者も後者に加担しています。

 消費者自身は、「PBは安いのに品質が良くなり、最近ではパッケージもおしゃれになったから選んでいる」と思っていたりします。マスコミにもそれを後押しする論調が目立つのですが、果たして本当でしょうか。カラスヒコは、消費者がブランドを気にしなくなったからだとみてます。

 以前なら、酒はコンビニが浸食○○、しょうゆは△△、チョコレートは□□などと、誰もがこだわって選んでいたブランドが、いまや酒もしょうゆもチョコも、全部☆☆でいいやという状態。安くて無難なチョイスで済ませてしまいます。

 それぞれ一流メーカーが黒子で作っている安心感がベースにあるとはいえ、味や素材や、自分なりのポリシーやメーカーの開発ストーリーなどにはあまり興味がない。お任せ状態。

 それが悪いとは言いません。例えばスポーツで圧倒的に強いチームばかりを応援する「勝ち乗り」志向のファンも、やや節操がないだけで、べつに罪とはいえませんから。

 ところが、食べるものでメジャーばかりを選ぶ人が増えると、地場産業を踏みにじる結果を招くのです。

 この記事は、スーパーで買い物をしていた主婦層がごっそりコンビニに移り、モヤシやカット葉野菜、冷凍肉、卵、牛乳などを買い始めたことを数値で示しています(日本経済新聞2月5日)。
 2割近くの女性が「最近コンビニ利用が増えた」と答え、セブンイレブンのPB総菜は前年比5割増。ローソンPBは3倍と異常な伸長率。人口は増えていませんから、明らかにスーパーから流出した客です。

 「少量パックで無駄が出ない」「近いから」「24時間だから」と、皆、聞かれるともっともらしい答を返していますが、実は「見立てなくてもいいから」もあるはず。PBのマヨネーズは1品のみ。4社6ブランドの品ぞろえの中から自分のこだわりで選びたい客が激減したことを物語っているようです。

■汎用パーツ vs 裸の野菜
 さてワイン蒸し (6)、いまや最大のNBになってしまったPBを避けて、なるべく地場産品をシンプル加工で食べていきたいカラスヒコとしては、今日は写真のワイン蒸しを作りました。朝食は抜き、これは昼夜2食分のトマト、菜花、キャベツです。

 とりわけ菜花が感動的にうまかったですよ。花のつぼみの部分がザクザクと口の中で崩れて、爽やかな苦みを含んだ濃厚な味が広がりました。茎の部分には弾力があり、頼もしいほどの歯応え。きゅっ、きゅっと噛んでいくと、繊維がだんだんほぐれていくような感じです。

 この菜花は10㌢ほどに切りそろえられ、紙にくるまれたワンパックが産直店で230円でした。これは4日分くらいの量がありますから、考えてみれば非常にお買い得。

 昨日は1本ずつ箸でつまんで、100℃の熱湯で2~3秒間湯がいて冷水で冷やし、削り節としょうゆで食べました。これもうまい。即席おひたしのような食べ方。

 あるいは湯がいた後、マヨネーズをつけて食べてもうまい。マヨネーズとみそを半々に混ぜた「ミソネーズ」をつけるとさらにうまいです。菜花1本を水洗いして、斜めにスパスパ切ってみそ汁に放っても、これがまたうまい。春の香りです。

 化学調味料も油も使わず、素人が短時間で作れる素朴な野菜料理はいくらでもあるはずです。使い残した野菜は、菜花でもキャベツでも、玉ネギでもカボチャでも、ポリ袋にくるんで空気をなるべく追い出して冷蔵すれば5日や6日は十分持ちます。

 だから、コンビニで都度使い切る分だけ調理済みの野菜総菜を買う行為は、とても不合理な選択だとカラスヒコは思います。仮に産地や成分にはこだわらないとしても、グラム数をよく見れば、かなり高くつくのが分かりますし、汚れたパッケージゴミの廃棄も相当な量。

 皮や芯が取り除かれ、汎用パーツ化された野菜を買いそろえて総菜調味料「○○の素」で炒めたり、チンしたり、汎用ドレッシングをかけたり、あたかも設計図に従って組み立てるような調理をする人が増えた。それがコンビニの生鮮、スーパーのPB急増の実態でしょう。

 低価格志向で割り切ろうとするマスコミの視点は、ピンずれも甚だしいと思います。私たちは裸の野菜を洗って切って、最少加熱で食べていきましょう。廃棄するのが生ゴミだけなら環境への負荷もミニマムで済みますから。

 ではまた。

断食浄化で食あたりに抗戦

 朝食抜きの浄化計画に取り組み始めた矢先の食あたり。3日間ほど苦しみましたが、プチ断食でなんとか乗り切りました。固形食は抑え、水、具なしみそ汁、ミカン中心の生活。消化器に負担をかけなければ自然治癒力が働くのは本当だと実感しました。

■体を温め、食べない
 ノロウイルス級の強豪ではなかったようですが、とにかく当たりました。お昼に、外食でハマチ照り焼き丼を食べた直後からおなかがムカムカし始めました。丼に一緒に載っていたゲソ天の揚げ油が古かったのかなと思っていたら、1時間後に一気にゴロゴロ来て、これはウイルス系だと直感。

 昔、カキや貝類の傷んだものを生で食べてあたったのと同じ苦しさでした。午後じゅう、下のほうがブレイクしそうな危険な状態でしたが、なんとかこらえて仕事を終わらせ、帰宅して駆け込むと100%液状(ビローな話で失礼!)。

 当然夕食は抜いて早めに就寝しましたが、夜中に3度も起きて都度駆け込み、やはり100%状態。脱水症状を起こさぬよう水だけを補給していました。翌朝も固形物の食事は抜き、具なしみそ汁を一杯飲んで出陣。お昼にも食欲は全くありませんでしたが、立ち食いで熱いかけうどんを食べました。

 この日は終日、冷たい北風の中の外回りだったので、とにかく体を温めて多少のエネルギー補給をしなければと。弱ったところに風邪でもひくと面倒だという判断でした。
 体は温まりましたが、食べ終わった途端に予想通りゴロゴロの危機が再来。脂汗が垂れそうな必死の緊張感の中で仕事をこなし、そろりそろりと爆弾を運ぶような足取りで帰宅。依然100%、進捗ゼロ。

 さて、翌日はもともと休みだったので、ここで一気に勝負をかけました。夜→朝→昼の3食を連続して抜き、水、具なしみそ汁、ミカンなどの水分補給中心。炭水化物や脂肪は抑えて消化器の負担を減らし、かつビタミン、ミネラルをちょろちょろと補給する程度の反抗戦。

 夜はありったけのフリースや古いセーターをもこもこ着込んで寝て、寝汗をびっしょりかき、着替えをして水を飲んでまた寝る。昼間は温かくして映画ビデオ2本を見たり本を読んだりして動かず。ゴロゴロ感はすっかり消えました。夕方には、ムカムカ感が多少残ってはいましたが、「腹減った!」という、あの懐かしい欲望が返ってきましたよ。

■体は勝手に健康になる
 夕ニャンコめし (7)食に豆ごはんを炊き、ニャンコめしを作りました。約30時間ぶりの固形食ですから、ご飯をいつもより3分間くらい余計に煮て、やや粥に近いやわらかさに。量もいつもの3分の2程度です。これがしみじみうまくて、食べられることの幸福感を噛みしめました。

 栄養もたっぷり摂ろうと、キャベツの葉と玉ネギも一緒に煮ました。ただ、胃がまだ本調子ではないので両方とも細かいみじん切りにして、いもがらや干瓢も5㍉くらいに切り刻んだので、見た目には何が何だか分からないごった煮、というかベビーフード状態。そうか、これは離乳食型サムライごはんなのだなと納得しながら食べました。

 翌日から、ほぼ普通の食生活にめでたく復帰。入るほうも出るほうもです。石原結實さんらが主張している「自然治癒力」は、やはり私たちの体に備わっているのでしょう。それを引き出すキーは食べ過ぎないこと。カラスヒコは今回あらためて実感した次第です。

 食あたりに限らず、風邪などの病気にかかった場合は食欲が自然に落ちます。なのに、「食べないと早く治らない」という脅迫観念によって食べ過ぎてしまうのが大きな間違いなのでしょう。逆に、断食に近い状態のほうが白血球を中心にした体の免疫システムが有効に働くので、食べることはむしろ治癒の足を引っ張ることに。

 おそらく、健康なときでも同じなのだとカラスヒコは思いました。最近、3日に1度くらいは意図的に朝食を抜いていますが、そのときの午前中に感じる不思議な充実感はプチ治癒状態。体じゅうの老廃物や余分な脂肪が燃えている快感に違いなさそうです。

 栄養のある食品をがっちり食べればエネルギーに変換されて健康になると、カラスヒコは昔からずっと思い込んでいましたが、それは少し違うのだと今では実感として理解しています。うまく言えませんが、私たちの体には勝手に健康になる力が備わっていて、栄養が不足している場合は食欲という形でオーダーしてくる。だから、その声に従えばいい。病気のときは無理して食べないのがきっと正解。

 目先の症状を手っ取り早く抑え込むために下手に薬品を使うと、そのオーダーが狂ってくるのだと思います。また添加物などの合成物質も、薬品ほど強烈な作用はなくても長期に取り続ければどんな結果が出るのか分かりません。自然治癒力を衰えさせず、むしろ最大限に利活用する食のパターンを考えていこうと思います。

 ではまた。
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    ■「サムライごはん」とは・・・
     超多忙で料理が嫌いな人が、健康を自衛するためにつくる「最短時間で、栄養十分、かつ無添加」な食事。いまの時代を生き抜くために、男女を問わず一人一人が身に付けるべき「武芸」のようなもの。外食や加工食品がまだほとんどなかった1955年以前の日本の家庭食がモデルです。
    ■「自衛自炊」とは・・・
     趣味やライフスタイル的自炊ではなく、将来病気にならないための先行投資、あるいは保険目的の調理技術です。「忙しい」という理由で食事を外注せず、自炊スキルを身に付けて、自分と子どもの健康を守るのが狙いです。
    ■外食メニューをまねない自炊
     料理本に載っているのはたいてい外食メニューのつくり方です。それを覚えても、味でもコストでも外食にはかないません。「サムライごはん」では、見た目は地味でも、栄養価が高く無添加な、自炊ならではのメニューを研究していきます。
    ■油・糖・添(ゆとうてん)を締め出す自炊
     「サムライごはん」は、余分な油脂・糖分・添加物を極力排除した食事を目指します。 そのために加工食品や調理済み総菜を使わず、生の素材を最少限度の加工で食べることが目標。 成分表示をしっかり見ながら、油・糖・添を慎重に避けていきます。
    ■サトチュー(砂糖中毒)との戦い
     動脈硬化や高血圧などで健康を損ねる人の多くは砂糖を摂り過ぎています。菓子や清涼飲料水ばかりではなく、現代では総菜や加工食品などご飯のおかずにまで砂糖がこっそり使われているからです。サトチューとの戦いも「サムライごはん」の主要なテーマです(▶100918)。
    ■「豆ごはん」は最強の主食
     玄米と等量の白米、そして5種類の豆(大豆、青大豆、ガルバンゾー、金時豆、黒豆)を一緒に炊く「サムライごはん」の主食です。これに押麦、アマランサスも加えると栄養バランスが完璧に近くなります。冷めてから食べても非常においしく、おにぎりにも最適です(▶130409)。
    ■「ニャンコめし」は夕食の定番
     「サムライごはん」夕食の定番。煮干しでだしを取ってみそを溶き、朝の残りの豆ごはんを入れます。煮立ったら生卵を落として火を止め、ふたをして3分蒸らせば出来上がり。煮干しも具としていただく高栄養・無添加で、すぐにできる晩ご飯です。鍋料理の締めの雑炊のようなおいしさです(▶100226)。
    ■日替わりから週替わりへ
     野菜メニューは日替わりでは続きません。浅漬け、ワイン蒸しなどまとめ作りのメニューを取り入れて、週替わりのローテーションに切り替えましょう。材料を無駄なく食べ切り、買い物頻度も減らせる自衛自炊ならではのテクニックです(▶111118)。
    ■おにぎりは自分で握る
     豆ごはんおにぎりを自製する習慣をつけましょう。ランチを無添加で切り抜ける数少ない選択肢だからです。手を濡らして握ればくっ付かず、熱くもありません。コンビニで買うおにぎりは添加物と油脂まみれ。老若男女にかかわらず、おにぎりは自製あるのみ(▶100821)。
    ■我流みそ汁だしのススメ
     昆布と削り節を3分間煮出せば、誰にでもうまいだしが取れます。安易に化学調味料に依存せず、我流の本物だしを研究すべき。それをサボった1、2世代上の年寄りたちが、いま生活習慣病で薬漬けになっている実態をしっかり見ていきましょう(▶100926)。
    ■二十歳を過ぎたらニキビじゃない
     ニキビ世代をとっくに過ぎているのに吹き出物が止まらないのは、体が拒否するものを食べ続けている証拠。油・糖・添を摂り過ぎていないか、食生活を見直すきっかけにしましょう(▶111126)。
    ■エコ&粗野な食習慣へ
     だしを取った後の昆布や削り節は捨てずに、常備菜に加工して食べ切ります。煮干もみそ汁の具としてバリバリ食べる。そんなエコで粗野な食習慣に回帰するのも「サムライごはん」のスタンスです(▶120722)。
    ■「ご飯は太る」は本当か?
     コメ離れが進んでいますが、カラスヒコは「ご飯は太る」という通説はウソだと思っています。むしろ実態は、パン食による油脂、タンパク、精製穀物の過剰、さらに甘い飲料、間食が原因なのでしょう。「サムライごはん」では、玄米や豆類主食への回帰によってビタミン、ミネラルを確保し、スリムで健康的な肉体を取り戻していきます(▶100527)。
    ■残業食をコントロールしよう
     残業時間中にスナック菓子などで中途半端に空腹を満たす習慣は危険。油・糖・添まみれなのはもちろん、寝る前のドカ食いを招く原因にも。むしろクラコットやドライフルーツなど、きれいな食材をしっかり取るのがお薦めです(▶110609)。
    ■失敗しないゆで卵
     殻がつるりんと気持ち良くむけて、半熟・全熟を自在にコントロールできるようになれば、ゆで卵は頼れる常備菜になります。ポイントは湯が沸騰してから卵を入れ、再沸騰してからのゆで時間。意外に簡単です(▶110130)。
    ■学生・単赴・シンママにチャンス!
     「サムライごはん」の質実剛健な味が家族の反発を招くこともあります。いまや化学調味料や添加物を気にしない人がマジョリティーな時代ですから。むしろ一人暮らしの単身赴任者や、舌が染まっていない幼子を持つシングルマザーにこそ、いろんなトライ&エラーができるチャンスがあります。学生も社会に出る前に自炊技術を身に付けたほうが勝ち(▶120305)。
    ■「ワイン蒸し」で野菜たっぷり自炊
     「あなたは野菜不足」とCMに脅かされてサプリに飛びつく人が多過ぎます。ワイン蒸しや酒蒸しは、数種類の野菜を毎日飽きずに食べ続けられる自炊独自の加工ワザ。油脂も添加物も使わない簡単野菜メニューで武装しましょう(▶120922)。
    ■糖尿病を知り、真剣に予防しよう
     糖尿病や腎不全は「不治の病」です。新しい薬品や治療法が開発されても、高いお金と引き換えに苦痛を和らげる程度。だから発病しないように若いうちから食生活を立て直すのが唯一の正解です。できなければ自己責任で、メディカル資本にたかられる「いいお客さま」になってしまいます(▶111107)。
    ■外食は低加工なそば or 海鮮系を
     朝夕の食事を「サムライ化」すれば、ランチは少々ジャンクなメニューでも大丈夫。でも、可能な限りはそば系・海鮮系など加工度の低い献立を選ぶのが正解。日々の「油・糖・添」締め出しこそ確実な生命保険なのです(▶100326)。
    ■浅漬けが自炊を軌道に
    白菜、キュウリ、大根、パプリカなどを適当に切り、塩をまぶしてタッパーに入れておくだけで自製の浅漬けができます。翌日から5~6日間食べられる常備菜ですから野菜不足はほぼ解消。面倒に思えた自炊が一気に軌道に乗ってきます(▶120608)。
    ■ピクレで自製漬け物を
    乳酸発酵する本物の漬け物を自分で漬けるなど、多くの人にとって想像を絶する事態でしょうが、実は簡単。「ピクレ」があれば、冷蔵庫の中で勝手に発酵してくれるからです。化学物質にまみれた出来合いの漬け物におさらばできます(▶120805)。
    ■ヒジキはそばつゆで煮る
    カルシウム豊富なヒジキを切干大根、こうや豆腐、干しシイタケと一緒にそばつゆで煮てしまう。甘じょっぱくしない、本来の素朴な煮物が素人の手抜きレシピで作れることに驚きます。上の世代が放棄してきた健食習慣を取り戻しましょう(▶121204)。
    ■乾物をだし汁で戻す手抜き
    車麩、こうや豆腐、湯がき大根など乾物は水で戻さず、いきなりだし汁に浸します。戻し工程と味付けをいっぺんに行う手抜きワザ。素朴な味わいの常備菜になります。だし汁が食材に吸われて減ったら、ひたひたまで注ぎ足すのがポイントです(▶130412)。
    ■瞬間加熱の温野菜サラダ
    ブロッコリー、アスパラ、パプリカ、きぬさやなどを100℃のお湯で3~5秒。少量ずつ加熱して網ジャクシでさっと取り出すのがコツ。丸元淑生さん式の温野菜サラダは目からウロコです。自炊が俄然充実してきます(▶ 100307)。
    ■夜食なら粉吹きイモ
    夜におなかが減ったら、即席麺やコンビニおにぎりを食べるより自分でイモをゆでましょう。ジャガイモやサツマイモのおいしさを再発見して感激します。未精製の炭水化物で太らず、もちろん添加物もゼロ(▶ 100104)。
    ■ニンジンの合理的摂取法
    石原結實さん式ジュースなら朝にニンジン、リンゴ、レモンが各1個ずつ摂れてしまいます。そのためだけに1万円以上のジューサーを買う価値もあるでしょう。これを飲む習慣ができれば、合成着色飲料とは永遠におさらばできるからです(▶ 100407)。
    ■ラタトゥイユで自炊に自信
    まさか自分にこんな料理が作れるとは!驚きと感動で自炊に弾みがつく丸元淑生さんのレシピです。野菜6種のシンプルな無水蒸しなのに素人でも絶妙の味が出せて病みつきになります。ポイントはトマトと玉ネギの比率だけ(▶ 101008)。
    ■小型密封容器をそろえよう
    おかかやショウガ酢漬けなどの常備菜を小型の密封容器で冷蔵庫内に整然と積み上げるのが「サムライごはん」の大事なノウハウ。容器は都度バラバラと買い足さず、スタックできる同型をまとめ買いしましょう(▶ 101224)。
    ■自炊 vs 外食、どっちが安い?
     実際の支出額はおそらく同程度で、それなら手間なしの外食が合理的と考えがち。しかし、金額当たりの栄養価に大差があり、外食ライフでは将来の健康崩壊リスクが高まります。自炊食の原価計算から中長期の健康戦略が見えてきます(▶120627)。
    ■ダイエットで感じた10のこと
     本物のダイエットなら、減量よりもまず肌の色つやが良くなり、原因不明のかゆみや爪の黒ずみなどが消えていきます。見た目のスリミング効果はおまけで、当然リバウンドも来ません。体の排せつ力を高める食べ方を研究しましょう(▶120926)。
    ■豆類はペットボトルで管理
     豆類は袋から出し、ペットボトルに移して「見える化」しましょう。作業フローがシンプルになり、在庫量も一目で分かります。調理テクの上達やレパートリー拡大より、整理力と段取り改善でスピードアップを図るのが「サムごは」的アプローチ(▶130915)。
    ■野菜はバスケット管理する
     みそ汁用、サラダ用など用途別バスケットに分類して冷蔵。バスケット単位で取り出し、使う分だけを切り出して再格納します。数種類の野菜を毎日コンスタントに食べるにはこの手が一番。使いかけ野菜を冷蔵庫の奥で腐らせる心配もありません(▶100924)。
    ■「糖質制限」はいいとこ取りで
     速攻スリミングには効果的。でも全面的な糖質制限では穀物の豊富なミネラルを摂り損ないます。朝だけとか隔日とか、自分の調子よさの範囲で慎重に採り入れましょう。ハムやベーコンの添加物や、肉や卵を焼くときの精製油脂にも要警戒(▶140805)。
    ■洋食派はパンよりシリアル主食
     ミューズリー+オートミールの「未精製」穀物に小麦ふすまを振りかけるなど、シリアルのカスタム化にトライ。パン主食では難しい油・糖・添フリー&高ミネラルな洋食体系を設計します。「朝食=パン」の固定観念を疑いましょう(▶141101)。
    ■昆布は1回分サイズにカット
     昆布を買ってきたら、全部をみそ汁一杯分サイズに切り分けて密封容器で保管します。「調味料(アミノ酸等)」ではなく本物昆布使用にこだわりつつ、調理アクティビティー削減を狙います。合成だしでは必要なミネラルが不足するからです(▶121208)。
    ■包丁研ぎは我流で覚える
     調理人のような華麗な包丁さばきなど自炊には不要です。我流でも日々使えば、大根皮むきやネギ刻みは身に付くもの。砥石は「中砥」一種類の我流使いで包丁の切れ味が十分に戻ります。プロのまねをせず、不格好でも自分ワザを磨くことが大事(▶120124)。
    ■包丁使いの自主トレ入門
     手先超ブキなカラスヒコでも、リンゴの皮むきが支障なくできるようになりました。リンゴ皮の裏側から、包丁の刃を親指のはらに押し付けるように果肉をそぐのがコツ。遅くてもきれいにむくことに集中すれば、だんだん早くなってきます(▶150123)。
    ■丸元淑生式「蒸しリンゴ」のうまさ!
     皮をむいたリンゴを適当にスライスして、ビタクラフト鍋で弱火蒸しするだけで、シュガーレス極甘ヘルシーデザートの出来上がり。小分け冷蔵して毎日食べられるフルーツ系常備菜です。無糖ヨーグルトにトッピングするのもおしゃれ(▶100114)。
    ■「油糖抜き」スクランブルエッグ
     肉野菜ワイン蒸しを作った後、蒸し汁を有効活用します。生卵を落として混ぜて弱火蒸し。卵そのものの粗野で力強い味に驚きます。自炊のスクランブルエッグでは、砂糖を加えて精製油脂で焼く外食レシピの常識を疑ってかかるのが正解(▶150623)。
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