「サムライごはん」de自衛自炊

忙しい人こそ自炊しましょう!料理嫌いのための高栄養で無添加な「ケ」の食の技術を研究するブログです。悪食による人格崩壊から辛くも生還したカラスヒコの経験に基づく学生・単身赴任者・シングルマザー向け貧乏自炊教室にお付き合いくだされ!

2013年12月

北の介護日誌(予告編)

 母カラスの認知症がそろそろ佳境を迎え、カラスヒコは実家に戻って面倒を見ることにしました。体の傷みは大したことないのですが、やや徘徊の兆候があり、火の始末も「ヒヤリハット」が多発。ヘルパーさん任せもそろそろ限界と腹をくくった年の暮れ。

■GPS発信機が「不審物」
 明日から年越し帰省をしますが、その後いったん仙台に戻って仕事や住居をたたみ、1月下旬にあらためて寒風吹きすさぶ荒涼たる原野の実家に移住します。まあ、そこまでへんぴではなく、一応コンビニもスーパーもありますが。「サムライごはん」は当分の間、「北の介護日誌編」になります。

 母カラスは82歳。要介護3にしては元気なほうらしい。毎日1回ヘルパーさんが来て、60分ほどの時間枠で買い物に付き添ってもらい、家の掃除や炊事をしてもらっています。週3回はデイサービス通い。認知症仲間とお絵描き、お遊戯、ゲームなどで遊び、昼食をいただき、介助入浴をしてもらって夕方戻る生活。

 「デイセンターはどこにあるの」とカラスヒコが聞いても、母は「わかんない」。朝、センターのマイクロバスが自宅の玄関まで迎えに来て、ヘルパーさんに「さあ、今日はデイケアの日ですよ」とせかされて、乗せてもらう。途中の道筋は故郷の町だからよく知っているはずなのに、本人のメモリーが5分でオールクリアされて残らない。

 帰りの時刻にヘルパーさんはいませんが、自宅前で降ろされて一人で家に入る。その家が自宅だという認識はまだあり、ハンドバッグの中からちゃんと鍵を出してドアを開けて入る。それが近々できなくなるかもしれないのです。

 買い物に同行してくれるヘルパーさんによれば、スーパーを出た後、どっちへ帰るのか一瞬分からなくなったり、家の近くまで来てから通り過ぎそうになることもしばしばなのだと。ヘルパーさんに促されて「あ、こっちね」みたいなシーンが増えてきたらしい。

 町役場がテスト運用する徘徊老人向けGPS発信機があって、名誉なのか不名誉なのか、母カラスが町の第1号実験台に選ばれた。しかし、自分のハンドバッグの中に「不審物」を発見すると、本人はポイと捨ててしまうらしいのです。つまり、発信地点に駆け付けてみると機器だけが落ちていて本人はいない。「くそっ、やられた!」、昔のスパイ映画みたいです。

 カラスヒコは、役場の人からこの話を聞いて笑い転げましたが、よく考えると笑っている場合ではない。さらに家の中でも、母は石油ストーブの煙突の周りに洗濯物を放置するわ、やけどしないようにストーブを囲ってある針金製のガードに、立ち上がる時につかまって体重を掛け、ストーブごとひっくり返りそうになってヘルパーさんが大慌てするわ、毎日がスリルと興奮の連続らしい。

■認定率が激増している
 母カラスもお世話になっている介護サービス大手、ニチイ学館の社長は「親の介護で離職する会社員は年間約10万人、日本の大損失だ」と言っています(日本経済新聞10月13日)。ここ仙台市でも65歳以上の高齢者人口が毎年5~6000人ずつ、ほぼ安定して増えているそうで、直近の12年間では約58%増とのこと。確かにすごい。

 もっとも、年寄が増えるのは先進国では当たり前で、日本でも早くから予測されていましたが、問題は要介護認定者数の激増のほう。同じ12年間になんと約3.5倍(市のHPより)、その大半が認知症を患い、日常生活が壊れてきていることです。介護離職が増えれば、それでなくてもジリ貧なこの国の生産人口減少に拍車がかかるばかり。

 そのぶん介護ビジネスの雇用が生まれ、そちらが成長すればいいという人もいて、今はその考えがメジャーです。けれども、それは福祉や家事労働の外注化。つまり、もともと金銭的な利益を生まなかった労働に値段を付けて商品化する考え方です。

 医療や教育も似た状況にあります。本来なら社会的弱者や落ちこぼれを減らすための慈善性の強い包摂事業。利益はなくとも、かかるコストを社会の皆で負担し合ってきた仕事です。
 それに付加価値(すなわち株主配当)が求められ、切り売りされる。これは、利益を生まないものを証券化して売り抜けたサブプライムローンと同じ手。学んでいないというか懲りないというか。

 介護ビジネスは、今のところ高齢者またはその子世代のマネーを吸い出すだけに終始していて、誤解を恐れずに言えば、頭や体が駄目になる人が増えるほどもうかるビジネスではないのかと、カラスヒコはずっと引っ掛かっています。もし、高齢化率と認知症発生率がイコールで伸びているのなら納得できるのですが。

 つまり、認知者がなぜ急増するのかを解明して、なるべく増やさない社会に持っていくのが唯一の正しい解決策であるはずなのに、競争原理に委ねると「市場=患者数」が拡張されてしまう恐れがあるのです。マーケティングの得意分野ですから。

 まあ、しかし、この流れはグローバルな掃蕩戦みたいなもので、正面から迎撃するのは非常に困難。せめて自分が捕まって認定されて薬漬けにされないために精いっぱい逃げ延びようとカラスヒコは覚悟を固めています。

 失敗してボロボロになった親世代を背負って逃げながら戦うのです。ときには、認定されて5分メモリーになったほうが楽なのかもと弱気になるかもしれませんが、志を強く持って頑張りましょう。正しい食べ方を守り、小まめなエクササイズを続けていきます。

 では、よいお年を!

生活エクササイズの洞察力

 30歳くらいまでなら特に運動しなくても no problem。新陳代謝が活発ですから多少悪食しても老廃物がたまりにくいし、筋肉も血管も新品なので結構強い。でも若いうちに運動習慣をつけておかないと、中古になってからでは運動モチベが上がらない。そこを読めるかどうか。


■調理中にプチ筋トレ

 例えば台所で調理や皿洗いをするとき、背伸びをするようにかかとを上げる。ずっと上げたままで作業していれば、アキレス腱からすねの後ろ側筋肉全体に結構な負荷をかけられます。


 歯を磨くとき、あるいはドライヤーで髪を乾かす各3分間は、両足を大きく開いて腰を落とし、膝を90°に曲げておきます。相撲でいう「腰を割る」姿勢。太もも前部にびんびん効きます。自転車で上り坂を行く効果。


 この二つのプチトレで、下半身がなまるのをかなり防げるのが分かります。もちろん、ストレッチ系も含めた総合的なエクササイズが望ましいのですが、まとまった時間が取れないことは自分が一番よく知っているはず。だから運動も、いたずらにフィットネスジムなどのハレ環境を求めず、日々のケの生活に組み込むのが大事です。

 電車通勤では吊り革に頼らず、手は軽く添えておくだけ。電車の揺れを、やや広めに開いた両足で全部吸収するのです。これ、結構効きます。一説によれば、王貞治さんが高校時代にやっていた足腰用メニューとか。早稲田実業だから都電でしょうか。


 運動しないとどうなるか。40代以上の大人を観察すれば、運動している人か否か一目で判別できるはずです。プロポーションや肌の艶ばかりではな
く、立ち居振る舞いや話し方も全然違いますから。要するに日々のメンテで老朽化を抑える。


 周囲の中高年は自分の将来像のサンプルです。なりたいモデルを選び、その人の背中を見て、生活習慣をイメージして自身の食べ方、運動の仕方を早めに確立するしかありません。40歳くらいになって、あちこちにガタが来てから慌てても手遅れ、と読むこと。

 学校の体育授業は、本来なら正しい運動習慣を子どもに教え込む時間ですが、現実には最低限の運動量を確保しているだけ。例えは悪いですが犬のお散歩タイムか。ミールカードで食事を買っている大学生も同じでしょう。作り方を学ばなければ卒業した途端にパー。社会人になると餌の供給元が生協からコンビニに変わるだけ。


■生きる知恵を教えない大人
 話を戻します。上半身の筋トレには、ブルワーカーボディブレードがカラスヒコ的には超お薦めです。いずれも2日に一度くらい、10分程度やるだけでちゃんとカッコいい筋肉が付きます。いい値段がしますが、壊れないから一生ものの機材です。

 このときに先の「かかと上げ」「腰割り」も、横着して一緒にやれば時短効果もなかなか。かかとを上げてブルワーカーを引っ張ると少しよたよたしますが、ぐっとこらえてバランスを保てばターンテーブルやバランスボール効果もあり。


 さらに、体をなまらせないという意味では、キャスター付バッグを拒否するのが効果的。重いブリーフケースを持ち歩けば腕・肩・握力が鍛えられるのはもちろん、例えば5㌔のバッグなら体重が5㌔増えたのと同じですから足腰の筋肉や心肺にまでトータルに負荷がかかります。


 毎日の通勤や出張、炊事、歯磨きタイムがトレーニングになってしまう、といいますか、意識的にそうしないと運動ゼロの状態が何カ月、何年と続いてしまうのが文明社会の恐ろしいところ。


 運動に限らず、
親や先生など大人は本来なら、例えばスイーツを食べ続けると将来高い確率で肥満や高血圧に見舞われることを子どもに教えるべきです。知識教育以前の、健康に生きるための知恵として。でも、大人たちにすでに知恵はありません。


 高度成長からバブル期へと歌って踊って生きてきた世代はキリギリスです。冬の訪れを読んで蓄えることをしなかった。体がイカレても医療保険や薬品でなんとかなる、あとは子世代が面倒を見てくれるさと、子どもにいろんな物を買い与えて甘やかしてきた。


 そして国債頼みの借金経済をずるずる肥大させ、莫大なツケを私たちに覆い被せたまま、特別養護老人ホームあたりから恍惚気分で旅立とうとしています。なんともお気楽ではた迷夕食 (40)惑な世代。


 まあ、今さらぶーたれてもどうにもならないので、ちゃんと面倒は見るつもりですが、いずれにせよ私たち子ども世代は、そういう大人の駄目さ加減をきっちり見抜いて、反面教師として乗り越えないといけません。


 今日の献立はめざし焼きと小松菜のおひたしです。キリギリスが異常発生した高度成長期以前の食事に回帰し、これを継承していくのが私たちのタスク。古風なブリーフケースやブルワーカーでエクササイズしながら、自身の劣化をできるだけ遅らせましょう。


 ではまた。


『もらとりあむタマ子』のゆっくりでも正しい判断

 映画『もらとりあむタマ子』のタマ子は、父を毛嫌いしていろいろ悪口を言って反抗しているけれど、結果的にちゃんと父の背中を見ていて、最後には正しい判断をしています。丸1年のモラトリ生活は決して無駄ではなく、彼女は立派な大人になってくはずです。

■厳しくない父こそいい
 タマ子(前田敦子)のもらとりあむタマ子ぐうたら生活を、「それでいいんだよ」と優しく慰めるだけの映画なのではないかと、カラスヒコはかなり心配していましたが杞憂でした。
 むしろドラマチックな展開が全然ないままに、タマ子が自然に悟るように妥当な選択をしていく姿に、まるで小津安二郎市川準の映画のような説得力を感じました。

 カラスヒコがこの映画を傑作だと思うのは、父(康すおん)の描き方です。父は娘に遠慮があり、面と向かって厳しいことを言えなくて、タマ子から「父親失格」と言われてしまうのですが、逆にそれが自然だと思うからです。

 ビシビシ厳しい言葉を吐き、お父さんはおまえを愛しているんだとか臆面もなく言い、激情にかられてべたべたハグしたり、子どもと一緒に泣いたりする今風ドラマの父親像ではあまりに嘘くさい。コミック調になってしまいます。

 それより、たまに口げんかはするけれども、黙って料理や掃除、洗濯などの家事をし、スポーツ用品店の家業を手伝えとも言わず、娘が自分で答を出して動き出すのを待っている父がいい。ドラマとしてリアルなだけではなく、それが家庭教育の本質だと思うからです。

 タマ子は自分に自信が持てなくて、いろんなことから逃げて引きこもっていますが、黙々と働く親の背中を毎日見ながら、このままじゃしようがないなと、半ば諦めるように悟って自ら動き出す。そうやって自分で判断することが大人になることでしょう。

 親はその猶予を子に与え、自分の働く姿を見せ、質実な食事を作って食べさせる。余分な会話や過剰な愛情表現や、マニュアル的なしつけ行為など大して重要ではないのでしょう。種をまいて水をやり、ときどき雑草を取りながら根気よく待つ自然農法スタイル。

 親が、子のために出来ることは何でもと就活や婚活までサポートする今のトレンドは、実際には子の思考力・判断力の成長を阻害しているはずで、結果的には子どもへの緩やかな虐待になっているのかもしれません。

 タマ子が履歴書に「特技は人間観察」と書くシーンがあり、観客も一瞬プッと吹いたりしますが、あれは非常に正しいとカラスヒコは思います。ぐうたら生活している自分も含めて、タマ子は周囲の人間をよく観察していて、やがて腹をくくるからです。

■運動しない子は救えない
 映画は、タマ子が家を出る気持ちを固めたところでやや唐突に終わります。まだ具体策は何もなくて、「どっか行くでしょうよ」と、まるで他人事のように近所の中学生(伊東清矢)に告げる。
 でも、カラスヒコはタマ子はもう大丈夫だと思います。リアルな社会で失敗を重ねつつも経験を積み、まともな大人になっていくでしょう。

 心配なのは、タマ子と同じようなモラトリ環境にある何十万人かの子どもたち。多くの場合、悟って自ら動き出すことはなさそうだからです。

 中学2年女子の中2女子運動ゼロ4人に1人が、体育授業以外には運動ゼロという記事がありました(日本経済新聞12月15日)。4人に1人程度なら、大半の生徒は運動しているのかと一瞬思うのですが、たぶん週に1分や5分の生徒もかなりいるはずですから相当に深刻なはず。

 この記事の中で特にヤバいなとカラスヒコが思うのは文科省のコメント、「気軽に運動できる場を提供する必要がある」。おそらく楽しみながら運動できる設備を作りましょうとか、ゲーム的な運動時間を学校行事に取り入れましょうとか、そんなハコモノ発想、手取り足取り発想がうかがえます。

 まあ、お役所がそう考えるのは仕方がありません。お役所は、民意をくみ取って予算を付けて執行するのが仕事ですから、「運動したいのに設備がないから作って」と強い民意があれば作りますし、無ければ、この記事のように「設備でもあればやるんじゃないでしょうか」と親切に推し量る。これ、お役所側の良心的コメントだと思います。

 だから、ヤバいのは当事者たちです。つまり女学生や、タマ子のような大卒モラトリアム女子、忙しくて運動どころではないワーママたち自身が、運動不足のまま中年に突入するとどうなるのかを自ら思い描いて手を打たないと。タマ子の父のように温かく見守ってくれる人は、めったにいないでしょうから、あくまで自分一人の判断で。

 「子どもたちが生物学的に退化している」という不都合な真実を、親世代は決して言えないはずです。それは自分たちの罪だから。
 どこまでもシラを切り、子どもを愛する証として過保護を続け、施設や仕組みを作って与えて終わりにしたがる。一人一人の親に悪意はないとしても、善意を装った世代的な陰謀なのだとカラスヒコは思います。

 結局、子ども自身が危機感を持って自衛するしかないのです。具体的には食事を改善し、運動プログラムを自力で組んで実行することです。体を鍛えないとヤバいと気付かない子は、はっきり言ってもう誰にも救えません。

 タマ子はだらしない女の子だけれども、ギリギリのところで正しい選択ができた。ブラボー!です。私たちも頑張りましょう。日常のちょっとした時間にできる運動メニューについて、次回、カラスヒコの経験知をお話しするつもりです。忙しくてもいろいろ工夫の余地はありますから。

 ではまた。

※『もらとりあむタマ子』 2013年/日本/カラー/1:1.85/78分/山下敦弘監督

青菜おひたしを再発見する

 小松菜とチンゲン菜をさっと湯がいておひたしを作りました。こうやって小分けしておけば、約一週間シャリシャリした鮮度とうまさが持続します。おひたしはオイリーなマヨドレなしで食べられる究極の生野菜。削り節でも振れば栄養バランス的にも頼れるおかずです。

■レタス系サラダに勝つ
 おひたしは、だおひたし (4)し汁に浸して空気に触れさせないから鮮度が長持ちするのです。これは小学校の理科で習う知識の応用で誰にも分かること。

 シャリシャリ食感がずっと残るのは、丸元淑生式の「2~3秒湯がき」で、葉野菜の組織が壊れない処理にとどめるから。まとめ作りのおひたしは、自衛自炊の強い味方です。

 丸元式おひたしは、こういう「製造ライン」で作りますから、自炊経験の少ない人が見ると、まずビビるでしょう。カラスヒコも初チャレンジのときは面倒くさくて参りました。ここまでやんなきゃいけないの?っつう感じ。

 でも、衝撃的なうまさを体感して以来、おひたしファンになってほぼ年間定番化。作業段取りは3回もやれば慣れ、鼻歌混じりで楽しく作れるよおひたし (3)うになりました。

 おひたしを、子どもの頃からおいしいと思って食べたことがない人が多いと思います。カラスヒコもそうで、おばあちゃんが「体にいいから」というので我慢して食べていた。まずいのは長時間ゆでるからだと、大人になってからやっと分かりました。

 過剰に加熱して、わざわざ葉野菜の味と栄養価を壊し、しょうゆと味の素のテイストで食べていたわけです。つまり調理技術・文化の継承に失敗した旧世代がいて、そのために私たちがおひたし嫌いになり、それに代わるメニューとしてレタスやキャベツ中心のパックサラダを選んでいるのかも。

 パックサラダは、不器用で忙しい消費者が包丁を使わなくてもいいように野菜が細めに裁断されていて確かに便利。でも、たくさんの断面に空気が触れて鮮度がどんどん落ちそうなのに、なぜか賞味期限が4日間もあり、実際、4日目にも不思議なほどシャリシャリ感があったりします。
 それを「健康意識の高い」ユーザーがオイリーなマヨドレを絡めて毎日食べている、なかなかワンダーかつスリリングな食シーン。

 カラスヒコは、旧世代が失ってしまった「2~3秒湯がきのおひたし」を再発見して復活させれば、青菜系の生野菜は十分に取れると思っています。ホウレン草、春菊、ゆきな、クレソン、菜花、きぬさやなど旬の野菜を2種類くらいずつシフト化して回していけばいいからです。

 そして、おひたしを一つの持ち駒として、ワイン蒸しやポトフや、浅漬けや乾物野菜のそばつゆ煮などとローテーションを組み、根菜や緑黄色野菜まで満遍なくカバーする野菜摂取のスキームを描きましょう。低加工の常備菜なら、安さと便利さを連呼するだけの他炊マーケットに対抗できるからです。

■「押し食わせ」するスーパー
 この調理しない消費者記事が、なかなかぞっとしますよ。「料理しない消費者」はスーパーに応援されるのではなく「争奪」されちゃうわけです。かえってありがたい?とんでもありません。料理できない客が増えることがスーパーにとってありがたいのです(日本経済新聞12月14日)。

 「コンビニに流れた客を取り戻す」とダイエーの社長が宣言しています。簡単に取り戻せるわけはないので、実際には、いま家で調理をしている「内食客」を新たな「中食客」として引っ張り込むつもりなのでしょう。つまり、消費者の調理習慣を切り崩して買い食いさせる、押し売りならぬ「押し食わせ」戦略。

 この記事によれば、イオンは3年間に総菜加工センターを8カ所増やして20カ所とし、グループ各店への供給高を今より8割増やす。ヤオコーも14年夏に総菜の新工場を稼働させて生産力を倍増させるとのことです。

 当然、店売りばかりではなく、宅配、事業所需要の全てにじゅうたん爆撃的な営業攻勢をかけるはず、巨大投資をするからには当然です。

 記事の上側のサブタイトルが、「共働きや単身高齢者」となっているのは、たぶんスーパーの広報担当がそう言ったからでしょうが、真っ先に狙われるのはむしろ学生やシングルマザーだとカラスヒコは心配しています。時短とか、ゴミやロスが出なくてエコだとかいう「合理的」な説得でコロッと落ちやすい(と思われているらしい)からです。

 おとなしく争奪されて、買い食いに身をゆだねてしまうのが一見楽に思えるかもしれません。が、いま私たちが落ちたら、次の世代もその次も、ずっと工場生産の加工食品しか食べられない「崩食世代」になってしまうのは確実。私たちは、質実で清浄な食体系をズタズタに引き裂いてしまった先行世代と戦わないどころか、つるんで一緒に次世代を踏みつける側に回るのですかという話。

 それって、ゾンビです。噛まれた被害者が加害者と一緒になって噛み回るパターン。もっとリアルで切羽詰まった例を挙げれば、親に虐待された子が別の子や自分の子へいじめやDVを連鎖させていくような。

 私たちのミッションは、自炊で時短・ロスなしを実現して次世代へつなぐことです。その突破口は残飯の活用とおかずの常備菜化。丸元式おひたしをクリアすれば、かなりゴールに近付けると思います。

 ではまた。

自炊は見た目が10%で十分

 昨日の晩ご飯はこれ。豆ごはんの残飯をだしで煮て、缶詰のとろサバを載せました。右は魚の屋「大根の小鉢」を使った切干大根と海藻の水煮。400円以下で as 無添加 as possible な夕食。見た目はパッとしませんが、忙しくても「他炊」に頼らぬ食べ方。

■残飯をわざわざ作る志
 毎日を極力無添加に生きましょう。「今の世の中、無添加なんて無理」と諦めてしまう人も多いのですが、カラスヒコは反対。調理経験ゼロの人でも「サムライごはん」的な地味な食べ方を身に付ければ、この呪われた崩食の腐海に溺れずに済みますから。

 千葉産直サービス夕食 (39)のとろサバ缶180㌘390円(@明治屋)は、特売の98円のサバ缶あたりと比べるとちょっと高め。でも、それを2回に分けて食べればそこそこ安くて、無添加でおいしく暮らせます。小ぶりの密封容器で残りを、こうしてつゆごと保管するような「些細な」生活習慣の問題。

 それを面倒くさがって、「食べ切りサイズのパックがいい」「洗い物の手間はイヤ」などと怠惰なことを言っていた年寄たちが流通に甘やかされ、おだてられ、結局無能化して配食の鎖につながれているわけです。まあ、失礼な言い方はご勘弁いただくとして。

 私たち缶詰 (2)が、前の世代の失敗を繰り返さないためには、朝に炊いた残飯がある生活をすることです。理不尽で非人間的な大残業の果てにへとへとになって帰宅した深夜でも、豆ごはんの残飯と缶詰があれば、上のようなニャンコめしが10分で作れますから。

 自分の体を無防備に油脂や合成物質にさらさずに済むのはもちろん、次の世代に覆い被さるようなゾンビ世代にならずに済むからです。志の問題。

 具体的には、朝に夕飯の分のコメも炊いてしまい、残飯をわざわざ作って自分に縛りをかけるのが非常に有効。残飯を無駄にするのがもったいないから外食店に寄らず、コンビニ弁当を買うのもぐっとこらえて帰宅できる。そういう自律といいますか、多少の忍耐を自分に課すのがとても大事。自分の意思が強くないと知っているからこそです。

 そして、残飯+常備菜という正しい手抜きスタイルにたどり着くわけです。「簡単イコール即席・調理済み」とは限らないという発見。カラスヒコ自身がそうですが、料理下手を自認してコンプレックスを持っている人こそ自衛自炊への最短距離にいる、そういう自信を持てば自炊生活が加速します。

■増殖するパックご飯派
 そこでパックご飯派気になるのがパックご飯という、最近メジャーな選択肢です。切り餅で有名なサトウや、テーブルマーク(昔の加ト吉)、東洋ライスなどメーカー各社が売上をぐんぐん伸ばしているようです。

 この記事(日本経済新聞11月19日)では、スーパーいなげやの担当が「仕事帰りに総菜と一緒に購入する客が目立つ」とコメントしています。パックご飯の「今年1~9月の出荷量は前年比8.3%増」(食品需給研究センター調査)だそうですから、すごいヒット商品といえるでしょう。

 ユーザーの声も載っています。「1食分が決まっていて、食べ過ぎなくて済む」(25歳、会社員女性)、「手間を考えれば、スーパーでまとめ買いしたほうが(自分で炊くより)合理的」(22歳、大学院生男性)。確かに一理はありそうです。

 しかしこれらの回答は、べつに意地悪く勘繰るわけではありませんが広告コピーの受け売りかもしれません。自分で考えてパックご飯がいいと結論を出したのではなく、まずパックご飯に無心に飛び付いて、あとから広告が用意してくれた理由付けの中から好きな答をチョイスしたような。

 カラスヒコがなぜそんなことにこだわるのかというと、こういう反応は、前の世代が犯してきたミスと同じだからです。つまり台所での創意工夫に背を向けて簡単・便利な加工食にダボハゼ的に食い付き、家庭食の技術継承を放棄してきたパターン。買い食い習慣の後ろめたさを慰めてくれるコピーにすがる、裸の王様化した消費者の姿です。

 いえいえ、パックご飯という商品が駄目と言うつもりは全然ありません。忙しいとき、コメを切らしたときに応急的に利用するのは大いに結構でしょう。けれども、パックご飯と調理済み総菜をチンして、お湯を注ぐだけの即席みそ汁やスープで食べる食事はどこまでも見た目優先。一種のままごとです。自分や子どもの健康をしっかり管理しなければいけない立場の、いい大人がやることですかという問題。

 精製された白いご飯をありがたがり、水煮して栄養が抜けた野菜に化学調味料で味付けした総菜を好み、さらにパン食で油脂と添加物を無頓着に食べ続けて健康を台無しにしてきた年寄たち。その無責任な食パターンを嫌というほど観察し、実害も被ってきた私たちの選ぶべき道はもはや明らかでしょう。

 見た目10%の質実な食事を粛々と自製するのみ。他炊、つまり見た目優先の買い食い路線では今の年寄たちと同じ罠にハマります。生活習慣病で日々つらい思いをする上に医療費をむしり取られる老後なんて御免ですよね。

 残飯がない日でも、遅い夕食にはクラコット&ドライフルーツイモシリアルなどなど、「サムライごはん」的なバリエーションを着々と広げていきましょう。

 ではまた。

水・酒・しょうゆで大根小鉢

 魚の屋(島根県大田市)の「大根の小鉢」が実においしい。刻んで干しただけの大根と海藻のパックなので買い置きが利き、好きな時に煮れば4~5食分の常備菜に。自衛自炊を軌道に乗せるには、こういう乾物セットから入るのが近道です。

■そばつゆが無ければ水で
 「大根の小煮物 (3)鉢」1袋の中身は切干大根、芽ヒジキ、ニンジン、茎ワカメ、昆布で合計わずか40㌘。ところが、煮て水分を含むと写真のように約70㌘×4個くらいのボリュームに膨らみます。
 70㌘といえば、スーパーで売っている出来合い総菜の一番小さな四角パックのポテサラ程度の量ですから、そこそこ立派なおかずになります。

 これに煮干し数匹を小皿に取って添えれば超地味な「一汁二菜」になり、そのあたりをケ食のベースにしたい。そうすれば、おそらく高血圧や肥満に悩まされない質実剛健な人生を送れるはずです。

 さて、問題はこの乾物パックを何で煮るのかです。「大根の小鉢」には便利な専用つゆ袋など付いていません。学生やワーキングマザーの中には、それだけで面倒くさいと投げ出してしまう人がいるかもしれませんが、ちょっと待った。

 方法は3つあります。まず1つ目は、自分で取っただしで煮る。つまり、みそ汁用のだしを2倍作って半分を煮物に回し、煮ながらしょうゆとみりんを少しずつ加えて味を整えるやり方。これは、いわゆる正統派調理で、「サムライごはん」的ではありません。一応の基本として頭に入れた上で、私たちが目指すのは残りの2つ、やや異端なゲリラ的自炊ワザで、それが私たちの生きる道。

 その1つが、そばつゆ煮。出来合いのそばつゆには、しょうゆやみりんが程よく調味されて配合されていますから、「大根の小鉢」にかけて煮れば、途中で味見などしなくてもおいしく出来上がります。無添加つゆさえ確保しておけば非常に使える手で、カラスヒコ的には大いにお薦め(そばつゆ煮の詳細はこちらから)。

 そしてもう1つの煮方は、そばつゆを切らしたときの対応で、これが今日の話のメーン。水で煮るのです。水を「大根の小鉢」が軽く浸る程度に入れ、料理酒、しょうゆ、みりんを「適当に」かけて落としブタで煮る。これだけで十分においしく出来ます。学生さんやワーママさんは、まさかと思うかもしれませんが大丈夫。

 酒・しょうゆ・みりんの3調味料はそもそもそばつゆの成分ですし、そこに乾物から染み出す素朴なだしが加わって結構いい味になるからです。

 3調味料をやや多めにして濃いめの味に煮れば、ご飯がもりもり進むパワフルなおかずになり、逆にあっさりめに仕上げれば乾物のナチュラルな味がじんわりと引き立ってくるのが分かります。そのさじ加減といいますか、都度コントロールする経験知が個人の調理力になって残る。

 それは一生もののスキルで貴重な個人資産。もっと言えば、崩食環境を無傷で生き延びるための武器になります。

■生産者と消費者の win-win
 さて、カラスヒコは「乾物 (14)大根の小鉢」や写真右の「春雨大根の小鉢」など魚の屋さんの製品、その他全国各地のいろんな乾物メーカーさんの製品を自炊の強い味方として推奨したいわけですが、大きな問題が一つあります。

 それはパッケージの裏側に載っている調理方法。どの商品にも、ほぼ必ず「➊15分以上水で戻して➋よく搾ってから油で炒め➌味付けには砂糖を入れる」と書いてある。この調理プロセスが全部余計だと思うのです。

 乾物は水で戻す工程を省略しても、落としブタで煮る間に蒸気が回ってちゃんと戻るからです。むしろ、水戻しにこだわって、搾っておいしさと栄養分を流出させてしまうのがもったいない。

 そうやって栄養素や水溶性食物繊維を捨てた上に油や砂糖を加えてしまうのは、外食・中食をせっせと家で作るようなもの。なんでわざわざ自炊するのという話になります。むしろ、「油糖フリー」な粗野な味覚に体を慣らしていくのが私たち消費者の戦略目標であるはず。

 また、乾物メーカー各社さんにとっても、コンサバで不健康な調理法ばかり奨励してしている場合ではないでしょうとカラスヒコは思うのです。今の、時間もない調理経験もない消費者の食事行動をよく観察すれば、乾物の新しくてヘルシーな食べ方をアピールする余地が大きいという結論に、自然にたどり着くのではないでしょうか。

 魚の屋さんはおそらく、客に媚びずに、あえて化学調味料のだしパックを添付せずに自然食材だけを提供しているのだと思いますし、私たちもそういうメーカーの姿勢に呼応したい。つまり、無添加&低加工な調理ワザを身に付け、自然食材の消費拡大に肩入れしたい。同じ危機感を抱く生産者と消費者とで共闘したいからです。

 調理未経験者でも、まず「大根の小鉢」のような乾物セットから入れば、煮物が案外簡単なことを「発見」できます。そして次の段階で、セット品ではなく切干大根やワカメや、凍み豆腐や車麩などをそれぞれ、例えば300㌘くらいの単品大袋で買い、常時4、5種類をキープしてローテーションさせていくメリットが分かってきます。

 そんな単品流通がメーンになれば、生産者にとっても余分な小分け・アソーティング作業やパッケージコストがいらなくなるはず。カラスヒコは、そこに「地産=地場の中小生産者」と「地消=自炊する消費者」との win-win があると考えています。

「簡単・便利」な加工食・即席食トレンドに背を向けて、「自然食自炊」へと原点回帰する生産者と消費者の共同戦線がそのうち各地に続々と出てきて横につながり始める。その可能性に懸けたいと、割にマジに考えています。

 自炊は自分には無理と諦めている人も心配ご無用です。昔のカラスヒコもそうでしたが、いったん始めてしまえば体調がぐんぐん良くなり、ノリノリに加速度がついてくるのが分かりますから。一日も早くテイクオフして、自分の食べ方を見付けるのが大事。

 ではまた。

『今日子と修一の場合』

 映画『今日子と修一の場合』には、自分の生き方や社会のことを考える材料がどっさり詰まっていました。弱くても正しい人、それを真剣に支える人や企業の在り方までちゃんと描いてある。こういうのを見ると、エンタメオンリーの映画で金や時間を浪費するのはもったいないとつくづく思う。

■絆を求めないリアル
完成度・洗練度な今日子と修一の場合どどうでもいいのです。津波で壊滅した南三陸へ男と女が帰っていくわけですが、そのメーンストーリーの周辺に、いじめやリストラや、差別や売春などの社会問題がてんこ盛り。一般の映画批評では「欲張り過ぎ」「テーマがボケてる」など結構突っ込まれ放題です。

 でも、ちょっと待った。私たちは完成度の高い、分かりやすいストーリーのエンタメ映画が見たいのでしょうか。泣いたり笑ったり、ドキドキ興奮してスカッとするばかりの映画に、なけなしの金や時間をつぎ込んでいていいのかという問題。

 いえ、社会派系だからいいという意味ではなく、作家や役者自身が抱く違和感を、興業的な採算性をときには無視して、表現を自粛することなくストレートにぶちまけている映画だから面白い。

 例えばこの映画では、修一(柄本佑)が、母(宮崎美子)を最初から見捨てているように描かれていて、おやっと思う。彼は母を守るために暴力をふるう父(平田満)を殺して少年刑務所に入ったわけですが、出所しても母に会いに行こうとしない。普通のドラマとはちょっと違うでしょう?

 3・11の津波で故郷の惨劇を知りますが、「(母が)行方不明というのは死んだことでしょう、僕はここ(東京の就職先)で頑張ります」みたいなことを無表情に言います。普通なら飛んで帰って、避難所回りをして母の消息を確かめるはずでしょう、エンタメ映画でも社会派でも。

 彼は、故郷や親など自分のルーツが全部消滅して、誰とも、どこともつながりを持たない自由電子のようになってしまったことを、むしろ喜んでいるように見えるのです。ラストで故郷を訪れたのはそれを確認するための一人儀式に違いない。

 これで「前科者」への激しい差別に向き合って強く生きていける。つまり「絆」なんか求めず、その真逆を行きたい心情なのでしょう。この感覚、ある意味でよく分かります。エンタメ系ではこういう主人公キャラ設定自体が企画として通りにくいはずです。

 今日子(安藤サクラ)の場合もたぶん同様。彼女は母ですから、親権を取り上げられてしまった実の子を故郷で探しはします。でも、故郷の社会へ戻る気は全然ない。渋谷のアパートも引き払ってすでに彼女も自由電子状態を自らの意思で選んでいますから。

 二人は荒涼とした南三陸の風景の中で何度かすれ違い、時には同じ仮設食堂で別々にラーメンを食べていたりもしますが、ついに一度も交流せぬまま終わります。実にまったくドラマチックじゃないけれど、こっちが本物のリアルでしょう。二人が行きずりで燃えたりする安っぽい落ちなら気持ち悪いだけ。

■公正社会へのロードマップ
 でも、決して暗く憂うつな映画ではないのです。むしろ逆。例えば修一が住み込みで働く工場に勤めるミキちゃん(小篠恵奈)がすごい。修一に恋心を抱くというより、むしろ私設応援団のようなパワーを発揮して彼を支えまくるのです。

 修一の前科を知ってショックを受けた後も、彼女は一人で悩み抜いた末に被差別側に立って戦う決意を固め、彼への支持を敢然と貫く。まるで自由の女神。『青い山脈』の島崎先生(原節子)みたいに輝いています。この人は『ふがいない僕は空を見た』でもよかったですよ。

 さらに、修一をはじめ刑務所や少年院から出てきた青少年の引受人になり、働きながらの大学受験を支援する中小企業のポリシーも素敵です。株主に支配された大企業や大企業の優越的地位乱用にあえぐ今の中小にはあり得ないけれども、昔は確かにこういう雰囲気の会社がたくさんあったなと、思わずはっとさせられました。

 これらの描写を「きれいごと」、あるいは「古臭い、青臭い」と切り捨ててしまうのが、カッコいい映画の見方であるとか、大人っぽいスタンスのように言う人もいます。けれども、それは社会的公正さに欠ける視点。多数派に乗ることで自分を守るような、空気読みな立ち位置だと思います。

 カラスヒコには、この映画が、自由電子化してバラバラになってしまった私たちが社会を再構築するためのロードマップのように見えるのです。個人は正しいと信じることを貫け、そして企業は株主配当や内部留保ばかり増やすのではなく、社会保障も応分に担って社会のために尽くせ。そんな正論をてらいもなく吐いているので。

 こう言っては大変失礼かもしれませんが、自民党や民主党はじめメジャーな政治勢力にはもはや描けない、在るべき社会のモデルを大真面目に描いて見せた。そのために、リストラやいじめなど社会の諸問題にまでいちいち脱線して描き込む必然性があったのだと、カラスヒコ的には強く納得したのです。

 フォーラム仙台(と奥田瑛二いう映画館)で12月6日、上映後に登壇した奥田瑛二監督は、「この際、俺の言いたいことを全部このフィルムにぶち込んでやろうと思った」とあけすけに語っていました。作家として、なりふり構わず全力で映画を仕上げ、あとは何とでも言うがいいみたいな自信といいますか、誇りのようなものにすがすがしさを感じました。

 最後に蛇足。映画のテーマとは関係ありませんが、ミキちゃんがラーメンばかり食べていたのが気に掛かります。外食やインスタントは他人任せの受け身な、エンタメオンリー的な食べ方で、自分の中に生きる技能が積み上がらないからです。血圧が上がって10年後に不自由の女神にならないで!と切に願うカラスヒコです。

 ではまた。

※『今日子と修一の場合』 2013年/日本/カラー/134分/奥田瑛二監督
※『青い山脈』 1949年/日本/モノクローム/91分/今井正監督
※『ふがいない僕は空を見た』 2012年/日本/カラー/142分/タナダユキ監督

ポトフが自炊のゲートウェイ

 カップ麺しか作ったことのない人には、ポトフから入るのがお薦め。自炊は一度味をしめると加速度的に上達します。つまり、他炊(外食・中食)よりうまいと実感して、俄然ノッてくる感じを大事にします。ポトフは、その取っ掛かりメニューとして最適だと思います。

■竹串が通るタイミング
 100%他炊依存の生活だったカラスヒコ青年が、自炊初期の悪戦苦闘時代に大きな自信を得たのがポトフでした。マギーブイヨンを使う限りなく即席に近いレシピとはいえ、調理済みではない野菜のうまさをしみじみ実感。包丁も初めて本格的に使うようになりました。

 写真はサツマイポトフモの1㌢くらいの輪切り、ブロッコリーの芽を2つか3つ、玉ネギ4分の1、トマトです。煮たてたスープで先にサツマイモを煮て、ときどき竹串を突き刺してスッと通ったタイミングで他の野菜を入れます。いったん沸騰が収まりますが、再沸騰すれば出来上がり。

 自炊未経験の人は結構面倒くさいと思うでしょうが、ポトフでは、この「竹串スッ」のタイミング以外は、実は一切何も考えなくても大丈夫なのです。そして、おそらくキャリア30年のプロシェフでも、この竹串のタイミングだけは毎回自分で確認するはず。イモの厚さや量が都度どんなに変化しても、「スッ」の頃合いこそ、程よく煮えたサインだからです。

 ここがポトフのポイント、というより自炊を習慣化できるか否かの境目になります。何㌢の厚さで何分煮るとか、そういう数値管理を目標にしている限り駄目。一般論ではなく、今そこにあるイモの煮え具合を知るには竹串1本とそれをつまむ指の感覚が全てだからです。

 カラスヒコと同類のブキなド素人さんなら、イモを同じサイズに切りそろえて、竹串が1個通れば全部オッケーみたいな、横着者ならではの手抜きワザを工夫して楽しみましょう。竹串を買うのが面倒という人は爪楊枝もありですが、その場合はくれぐれもやけどにご用心!

 一度こうやって自分でポトフを煮れば、野菜はインゲン、パプリカ、カリフラワー、ズッキーニ、マシュルームなどバリエーションを広げていけます。悪乗りして種類を増やし過ぎるとお湯の量も多くなって大量に出来てしまうので、まあ4、5種類に絞ってローテーションさせるほうが栄養バランス的にもいいでしょう。

 味付けも、マギーだけのシンプル味もうまいですが、スライスニンニク入り、粉チーズ入り、ショウガ酢漬けの千切り入り、タバスコ入りなどもなかなか。さらに、マギーを牛乳で煮て、そこへ野菜を放り込む石狩鍋風ポトフも、まあ、好き嫌いはあるでしょうがカラスヒコ的にはお薦めの変化球。

■天然だしでひたすら煮る
 さて、しかし、今日の本当のテーマは、ポトフをゲートウェイにして煮物全般のレパートリーを一気に拡張しませんかという話です。まず、マギーブイヨンの代わりに昆布とカツオ節を使い、野菜を大根やネギにチェンジして干しワカメでも入れてやれば、無添加の本格みそ汁がすんなりと出来上がります。

 みそ汁はポトフと同じです。だし汁でいろんな物を煮る。煮えにくいもの、例えばゴボウや大根などを先に入れ、頃合いを見て煮えやすいネギや干しワカメを入れる手順は全く同じ。だしに無添加を選び、具材の肉・魚・野菜を適当にローテーションしてやれば、おいしくヘルシーな生活が送れます。

 その延長線上に鍋料理があります。鍋は酒を飲みながら長時間だらだらと加熱しながら食べたりしますから、煮崩れするイモ類や煮過ぎるとペナペナになる青菜系は入れません(芋煮会のサトイモは例外)。けれども、天然だしで海の幸・山の幸を何でも煮る基本は同じです。

 つまり、洋の東西を問わず、汁物・鍋物には大したバリエーションがないということをカラスヒコは言いたいわけです。だしベースや具材が、土地ごと季節ごとに多少変化する程度で、食べ方のコアは一緒。
 だから、私たちは既存の、名前の通ったメニューにこだわらず、ひたすら天然だしで地元の生の素材、あるいは水分を飛ばしただけの乾物を煮て食べるワザを磨くに限ります。

 西洋食の本格だしは牛骨をとろとろ煮てエキスを搾り出します。中華では豚骨や鶏ガラを使いますが、いずれも数時間から10時間はかかる重労働なので化学調味料にあっさり置き換えられました。農民や牧畜民が減ってしまうと、一般家庭ではやっていられないからでしょう。

 しかし、和食の場合は昆布・カツオ節、煮干しなど、インスタントに近い天然だしが普及していたおかげで、調アミによる世界征服を家庭食レベルで食い止めてこられた、つい最近までは。それが和食の国際的優位の本質だったはずです。繊細な盛り付けの美とか、四季を感じる風情とか、そんなヤワでコマーシャルなムードコピーではなく。

 おっと、脱線。ポトフやみそ汁は日々の栄養を死守するための一人鍋。出来合いの合成だしを使わないオリジナルな煮方を各自で研究しましょう。無添加そばつゆ煮も、自衛自炊的には使えるワザです。ふろふき大根の煮え方チェックにも、やはり竹串が最適。菜箸で刺すと穴が大き過ぎて食べるときにシラケますよ。

 ではまた。

朝食を取る派 vs 取らない派

 「朝食は必ず取るべし」が大方の常識。でも一方で、石原結實さんのように朝食を抜き、ニンジンとリンゴジュースだけにして、午前中は余分な脂肪や老廃物を燃やすべしとの主張にも強い説得力があります。どちらを選ぶべきか、これはド真剣に考え抜く価値のあるテーマ。

■抜いて老廃物を燃やす
 取る or 取らない?結論を先に言ってしまえば、絶対的な正解はないというのがおそらく正解。人により、場合によるはずです。カラスヒコは朝食を取ったり、取らなかったり、その日の仕事や行動パターンによって使い分けています。

 石原結實さんが『食べない健康法』など多くの著書で紹介している「朝食抜き」理論は、たぶん正しい。現代人は運動不足の割に食べ過ぎていて、しかも不純物を摂り過ぎているからです。だから日々の「プチ断食」で完全燃焼させる、つまり白血球など体の免疫システムに老廃物を「自食」させる時間を与えてやる。

 午前中の仕事が事務系だったり、会議や商談や軽い巡回によるチェック仕事の人なら、朝食は迷わず抜いて、石原式の「完全燃焼タイム」を取り入れれば問題ないでしょう。座って受講するだけの学生さんなら言わずもがな。最初だけちょっと空腹感にさいなまれるとしても、むしろ体をそっちへ慣らすほうが長い目でみて正しい判断。

 ただし、営業職で午前中から街じゅうを駆け回ったり、筋肉を使う作業だったり、立ち仕事の接客業務だったりする場合は、朝食を抜くとお昼まで体が持たないという現実があります。その場合は無理をせずに、朝に何かを食べておくべきなのです。問題はその「何か」の中身でしょう。

 午前中がハードワ朝食 (50)ークの人は朝に何を食べるか。理想を言えば「サムライごはん」でビシッと、写真のような定食を取るのがベストですが、これをやるには前の晩にコメをといでタイマーをセットして、朝も30分早く起きる必要があります。

 当面そうもいかない環境下にある人なら、次善の策をどうするかを徹底的に考えるべきです、将来病気に追い込まれないために。

 取りあえず健康な人なら、空腹をこらえて働いていても倒れたり、栄養失調になる心配はまずありませんから、石原式で頑張れる人は頑張ったほうがいいでしょう。

 けれども、極端な腹ペコ状態では休憩時間についスナック菓子や菓子パンをむさぼったり、甘ったるい缶コーヒーやペットボトルのミルク紅茶をがぶ飲みしてしまう恐れもあって、これが怖い。

 若い頃のカラスヒコ青年がまさにこのパターンで、甘い誘惑にいつもコロッと負けていました。分かっていても、結構気持ちよくてハマりやすく、抜け出しにくい。まさにサトチュー地獄です。高血圧・高脂血症・動脈硬化・糖尿病へと驀進するワンウェイロード。

 多くの先人たちが昔たどり、入院し、今では医療費高騰のあおりで病院から追い出されて自宅や介護施設で薬漬けになっている反面教師的なシナリオです。その無様さをさんざん見てきて、急騰する医療費や介護費用をある意味で「不当に」に担わされている私たちの世代が同じ穴に落ちるとしたら、それはあまりにもおバカさん。

■ぷっくら系が成長トレンド
 さて、「朝食抜き」が基本的に正しいとしても、それは昼食にちゃんとした食事が取れることが大前提です。例えば、左写松本鮮魚店真の刺し身定食のような海鮮系なら文句なし。あるいは、余分な混ぜ物を使わない手打ちそば系など無添加で栄養バランスもいいランチが取れるなら、そこそこ安心して朝食を抜けるでしょう。

 しかし、そういうラッキーなお店がない場合、話は別です。朝を抜き、昼にコンビニ弁当やラーメン餃子、揚げ物メーンの仕出し弁当や菓子パン・カップスープ・パックサラダのような「高油脂・高添加」な食事を取るのは最悪。

 せっかく完全燃焼させた後には、栄養豊富で清浄な食事を取らないと逆効果です。つまり、良いランチ店が近くにない人の場合は、豆ごはんおにぎりなど「サムライごはん」系の自製手弁当を作る覚悟を固めないといけません。早起きは避けられないということです、残念ながら。

 サプリやトクホや、いろんな健康食品を上手に使って、なんとか乗り切れないものかと考えるのが人情で、それが今の社会のマジョリティーでしょう。けれども成果が全く出ていないのです。病人は増え続け、うつ病や乳がんや、糖尿病や味覚障害など本来なら中高年以上に多い病気の若年化も着々と進んでいるのが現実。
 皆と一緒に犠牲者になりたくなければ、食ベースの改善に手を付けるしかありません。腹をくくるべきです。

 若い女性が特にリスキー状態だとカラスヒコは思います。厚労省の国民健康・栄養調査(2011年度)では、20代女性の3割が朝食を抜いているそうですが、その大半が、昼食にはファストフードか即席麺あるいは菓子まがいのものを食べているという説もあるからです。

 その説に数値的な裏付けはないとしても、例えば最近のアパレル業界での「ぷっくら系」トレンド、つまり急増する肥満女子を新たな成長マーケットとみて開拓する動きに何か引っ掛かりを覚えませんか。

 昔は若い女性は皆やせようと努力していたのに、今はぷっくら系もかわいいじゃんと諦める、あるいは開き直る女子が増えたから業界はそこにつけ込んできます。悪意でだましているのではなく、あくまでお客さまのご意向に沿いたい一心で。

 「私は朝は食べない人だから」などと、軽く結論を出してしまわないことが大事です。食べないなら食べないなりの戦略を持たないと、将来は「でっぷり系」の服をまとって薬漬け。人々の健康が食い物にされる社会だからこそ、朝食を取る取らないについては徹底的に考え抜きましょう。

 ではまた。
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    ■「サムライごはん」とは・・・
     超多忙で料理が嫌いな人が、健康を自衛するためにつくる「最短時間で、栄養十分、かつ無添加」な食事。いまの時代を生き抜くために、男女を問わず一人一人が身に付けるべき「武芸」のようなもの。外食や加工食品がまだほとんどなかった1955年以前の日本の家庭食がモデルです。
    ■「自衛自炊」とは・・・
     趣味やライフスタイル的自炊ではなく、将来病気にならないための先行投資、あるいは保険目的の調理技術です。「忙しい」という理由で食事を外注せず、自炊スキルを身に付けて、自分と子どもの健康を守るのが狙いです。
    ■外食メニューをまねない自炊
     料理本に載っているのはたいてい外食メニューのつくり方です。それを覚えても、味でもコストでも外食にはかないません。「サムライごはん」では、見た目は地味でも、栄養価が高く無添加な、自炊ならではのメニューを研究していきます。
    ■油・糖・添(ゆとうてん)を締め出す自炊
     「サムライごはん」は、余分な油脂・糖分・添加物を極力排除した食事を目指します。 そのために加工食品や調理済み総菜を使わず、生の素材を最少限度の加工で食べることが目標。 成分表示をしっかり見ながら、油・糖・添を慎重に避けていきます。
    ■サトチュー(砂糖中毒)との戦い
     動脈硬化や高血圧などで健康を損ねる人の多くは砂糖を摂り過ぎています。菓子や清涼飲料水ばかりではなく、現代では総菜や加工食品などご飯のおかずにまで砂糖がこっそり使われているからです。サトチューとの戦いも「サムライごはん」の主要なテーマです(▶100918)。
    ■「豆ごはん」は最強の主食
     玄米と等量の白米、そして5種類の豆(大豆、青大豆、ガルバンゾー、金時豆、黒豆)を一緒に炊く「サムライごはん」の主食です。これに押麦、アマランサスも加えると栄養バランスが完璧に近くなります。冷めてから食べても非常においしく、おにぎりにも最適です(▶130409)。
    ■「ニャンコめし」は夕食の定番
     「サムライごはん」夕食の定番。煮干しでだしを取ってみそを溶き、朝の残りの豆ごはんを入れます。煮立ったら生卵を落として火を止め、ふたをして3分蒸らせば出来上がり。煮干しも具としていただく高栄養・無添加で、すぐにできる晩ご飯です。鍋料理の締めの雑炊のようなおいしさです(▶100226)。
    ■日替わりから週替わりへ
     野菜メニューは日替わりでは続きません。浅漬け、ワイン蒸しなどまとめ作りのメニューを取り入れて、週替わりのローテーションに切り替えましょう。材料を無駄なく食べ切り、買い物頻度も減らせる自衛自炊ならではのテクニックです(▶111118)。
    ■おにぎりは自分で握る
     豆ごはんおにぎりを自製する習慣をつけましょう。ランチを無添加で切り抜ける数少ない選択肢だからです。手を濡らして握ればくっ付かず、熱くもありません。コンビニで買うおにぎりは添加物と油脂まみれ。老若男女にかかわらず、おにぎりは自製あるのみ(▶100821)。
    ■我流みそ汁だしのススメ
     昆布と削り節を3分間煮出せば、誰にでもうまいだしが取れます。安易に化学調味料に依存せず、我流の本物だしを研究すべき。それをサボった1、2世代上の年寄りたちが、いま生活習慣病で薬漬けになっている実態をしっかり見ていきましょう(▶100926)。
    ■二十歳を過ぎたらニキビじゃない
     ニキビ世代をとっくに過ぎているのに吹き出物が止まらないのは、体が拒否するものを食べ続けている証拠。油・糖・添を摂り過ぎていないか、食生活を見直すきっかけにしましょう(▶111126)。
    ■エコ&粗野な食習慣へ
     だしを取った後の昆布や削り節は捨てずに、常備菜に加工して食べ切ります。煮干もみそ汁の具としてバリバリ食べる。そんなエコで粗野な食習慣に回帰するのも「サムライごはん」のスタンスです(▶120722)。
    ■「ご飯は太る」は本当か?
     コメ離れが進んでいますが、カラスヒコは「ご飯は太る」という通説はウソだと思っています。むしろ実態は、パン食による油脂、タンパク、精製穀物の過剰、さらに甘い飲料、間食が原因なのでしょう。「サムライごはん」では、玄米や豆類主食への回帰によってビタミン、ミネラルを確保し、スリムで健康的な肉体を取り戻していきます(▶100527)。
    ■残業食をコントロールしよう
     残業時間中にスナック菓子などで中途半端に空腹を満たす習慣は危険。油・糖・添まみれなのはもちろん、寝る前のドカ食いを招く原因にも。むしろクラコットやドライフルーツなど、きれいな食材をしっかり取るのがお薦めです(▶110609)。
    ■失敗しないゆで卵
     殻がつるりんと気持ち良くむけて、半熟・全熟を自在にコントロールできるようになれば、ゆで卵は頼れる常備菜になります。ポイントは湯が沸騰してから卵を入れ、再沸騰してからのゆで時間。意外に簡単です(▶110130)。
    ■学生・単赴・シンママにチャンス!
     「サムライごはん」の質実剛健な味が家族の反発を招くこともあります。いまや化学調味料や添加物を気にしない人がマジョリティーな時代ですから。むしろ一人暮らしの単身赴任者や、舌が染まっていない幼子を持つシングルマザーにこそ、いろんなトライ&エラーができるチャンスがあります。学生も社会に出る前に自炊技術を身に付けたほうが勝ち(▶120305)。
    ■「ワイン蒸し」で野菜たっぷり自炊
     「あなたは野菜不足」とCMに脅かされてサプリに飛びつく人が多過ぎます。ワイン蒸しや酒蒸しは、数種類の野菜を毎日飽きずに食べ続けられる自炊独自の加工ワザ。油脂も添加物も使わない簡単野菜メニューで武装しましょう(▶120922)。
    ■糖尿病を知り、真剣に予防しよう
     糖尿病や腎不全は「不治の病」です。新しい薬品や治療法が開発されても、高いお金と引き換えに苦痛を和らげる程度。だから発病しないように若いうちから食生活を立て直すのが唯一の正解です。できなければ自己責任で、メディカル資本にたかられる「いいお客さま」になってしまいます(▶111107)。
    ■外食は低加工なそば or 海鮮系を
     朝夕の食事を「サムライ化」すれば、ランチは少々ジャンクなメニューでも大丈夫。でも、可能な限りはそば系・海鮮系など加工度の低い献立を選ぶのが正解。日々の「油・糖・添」締め出しこそ確実な生命保険なのです(▶100326)。
    ■浅漬けが自炊を軌道に
    白菜、キュウリ、大根、パプリカなどを適当に切り、塩をまぶしてタッパーに入れておくだけで自製の浅漬けができます。翌日から5~6日間食べられる常備菜ですから野菜不足はほぼ解消。面倒に思えた自炊が一気に軌道に乗ってきます(▶120608)。
    ■ピクレで自製漬け物を
    乳酸発酵する本物の漬け物を自分で漬けるなど、多くの人にとって想像を絶する事態でしょうが、実は簡単。「ピクレ」があれば、冷蔵庫の中で勝手に発酵してくれるからです。化学物質にまみれた出来合いの漬け物におさらばできます(▶120805)。
    ■ヒジキはそばつゆで煮る
    カルシウム豊富なヒジキを切干大根、こうや豆腐、干しシイタケと一緒にそばつゆで煮てしまう。甘じょっぱくしない、本来の素朴な煮物が素人の手抜きレシピで作れることに驚きます。上の世代が放棄してきた健食習慣を取り戻しましょう(▶121204)。
    ■乾物をだし汁で戻す手抜き
    車麩、こうや豆腐、湯がき大根など乾物は水で戻さず、いきなりだし汁に浸します。戻し工程と味付けをいっぺんに行う手抜きワザ。素朴な味わいの常備菜になります。だし汁が食材に吸われて減ったら、ひたひたまで注ぎ足すのがポイントです(▶130412)。
    ■瞬間加熱の温野菜サラダ
    ブロッコリー、アスパラ、パプリカ、きぬさやなどを100℃のお湯で3~5秒。少量ずつ加熱して網ジャクシでさっと取り出すのがコツ。丸元淑生さん式の温野菜サラダは目からウロコです。自炊が俄然充実してきます(▶ 100307)。
    ■夜食なら粉吹きイモ
    夜におなかが減ったら、即席麺やコンビニおにぎりを食べるより自分でイモをゆでましょう。ジャガイモやサツマイモのおいしさを再発見して感激します。未精製の炭水化物で太らず、もちろん添加物もゼロ(▶ 100104)。
    ■ニンジンの合理的摂取法
    石原結實さん式ジュースなら朝にニンジン、リンゴ、レモンが各1個ずつ摂れてしまいます。そのためだけに1万円以上のジューサーを買う価値もあるでしょう。これを飲む習慣ができれば、合成着色飲料とは永遠におさらばできるからです(▶ 100407)。
    ■ラタトゥイユで自炊に自信
    まさか自分にこんな料理が作れるとは!驚きと感動で自炊に弾みがつく丸元淑生さんのレシピです。野菜6種のシンプルな無水蒸しなのに素人でも絶妙の味が出せて病みつきになります。ポイントはトマトと玉ネギの比率だけ(▶ 101008)。
    ■小型密封容器をそろえよう
    おかかやショウガ酢漬けなどの常備菜を小型の密封容器で冷蔵庫内に整然と積み上げるのが「サムライごはん」の大事なノウハウ。容器は都度バラバラと買い足さず、スタックできる同型をまとめ買いしましょう(▶ 101224)。
    ■自炊 vs 外食、どっちが安い?
     実際の支出額はおそらく同程度で、それなら手間なしの外食が合理的と考えがち。しかし、金額当たりの栄養価に大差があり、外食ライフでは将来の健康崩壊リスクが高まります。自炊食の原価計算から中長期の健康戦略が見えてきます(▶120627)。
    ■ダイエットで感じた10のこと
     本物のダイエットなら、減量よりもまず肌の色つやが良くなり、原因不明のかゆみや爪の黒ずみなどが消えていきます。見た目のスリミング効果はおまけで、当然リバウンドも来ません。体の排せつ力を高める食べ方を研究しましょう(▶120926)。
    ■豆類はペットボトルで管理
     豆類は袋から出し、ペットボトルに移して「見える化」しましょう。作業フローがシンプルになり、在庫量も一目で分かります。調理テクの上達やレパートリー拡大より、整理力と段取り改善でスピードアップを図るのが「サムごは」的アプローチ(▶130915)。
    ■野菜はバスケット管理する
     みそ汁用、サラダ用など用途別バスケットに分類して冷蔵。バスケット単位で取り出し、使う分だけを切り出して再格納します。数種類の野菜を毎日コンスタントに食べるにはこの手が一番。使いかけ野菜を冷蔵庫の奥で腐らせる心配もありません(▶100924)。
    ■「糖質制限」はいいとこ取りで
     速攻スリミングには効果的。でも全面的な糖質制限では穀物の豊富なミネラルを摂り損ないます。朝だけとか隔日とか、自分の調子よさの範囲で慎重に採り入れましょう。ハムやベーコンの添加物や、肉や卵を焼くときの精製油脂にも要警戒(▶140805)。
    ■洋食派はパンよりシリアル主食
     ミューズリー+オートミールの「未精製」穀物に小麦ふすまを振りかけるなど、シリアルのカスタム化にトライ。パン主食では難しい油・糖・添フリー&高ミネラルな洋食体系を設計します。「朝食=パン」の固定観念を疑いましょう(▶141101)。
    ■昆布は1回分サイズにカット
     昆布を買ってきたら、全部をみそ汁一杯分サイズに切り分けて密封容器で保管します。「調味料(アミノ酸等)」ではなく本物昆布使用にこだわりつつ、調理アクティビティー削減を狙います。合成だしでは必要なミネラルが不足するからです(▶121208)。
    ■包丁研ぎは我流で覚える
     調理人のような華麗な包丁さばきなど自炊には不要です。我流でも日々使えば、大根皮むきやネギ刻みは身に付くもの。砥石は「中砥」一種類の我流使いで包丁の切れ味が十分に戻ります。プロのまねをせず、不格好でも自分ワザを磨くことが大事(▶120124)。
    ■包丁使いの自主トレ入門
     手先超ブキなカラスヒコでも、リンゴの皮むきが支障なくできるようになりました。リンゴ皮の裏側から、包丁の刃を親指のはらに押し付けるように果肉をそぐのがコツ。遅くてもきれいにむくことに集中すれば、だんだん早くなってきます(▶150123)。
    ■丸元淑生式「蒸しリンゴ」のうまさ!
     皮をむいたリンゴを適当にスライスして、ビタクラフト鍋で弱火蒸しするだけで、シュガーレス極甘ヘルシーデザートの出来上がり。小分け冷蔵して毎日食べられるフルーツ系常備菜です。無糖ヨーグルトにトッピングするのもおしゃれ(▶100114)。
    ■「油糖抜き」スクランブルエッグ
     肉野菜ワイン蒸しを作った後、蒸し汁を有効活用します。生卵を落として混ぜて弱火蒸し。卵そのものの粗野で力強い味に驚きます。自炊のスクランブルエッグでは、砂糖を加えて精製油脂で焼く外食レシピの常識を疑ってかかるのが正解(▶150623)。
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