映画『魂のゆくえ』の表面的なテーマは「神は環境破壊を続ける人間を許すのか否か」に見えます。つまり、教会が大企業=汚染源からの寄付を受けてもいいのかと。その矛盾に引き裂かれた信者が自殺し、牧師が立ち上がる。それだけならよくある社会正義派ドラマです。ところが!

■自家中毒で衰退する人類
 この魂のゆくえ (2)映画には、神はすでに人間を見放しているという視点がはっきりと見て取れます。
 例えばトラー牧師(イーサン・ホーク)が運営する教会のトイレが詰まり、牧師は何度も液体パイプクリーナーやラバーカップで直そうとしますがうまくいきません。

 トイレの詰まり。それは廃棄物にまみれて自家中毒に陥った地球の姿そのものでしょう。牧師自身もがんを患い、まだ40歳なのに肉体が滅びつつある。精神的にも荒んでアルコールに依存気味。

 その一方で、汚染物質を垂れ流す地元発祥のグローバル企業、バルク・ホームプロダクツ社は教会への寄付を社会貢献とホームページで自賛しています。資本が「神」を買収して地球の汚染を正当化するプロセス。

 この映画とテーマ的につながるのは、例えば『ガメラ2 レギオン襲来』でしょう。ラストシーンに「ガメラは地球環境の守護神だから、もしも人間が環境を壊すのならガメラは人類の敵に回るでしょう」、みたいなセリフが出てくるからです。

 最近はそういう映画が増えましたね。例えば『ブレード・ランナー2049』はレプリカント=AIが生身の人類を駆逐していく映画です。『ゴジラ:キング・オブ・モンスターズ』では怪獣が地球環境の敵・人類に敵対する。

 そういえば、50年以上も昔の映画ですが、『2001年宇宙の旅』ではAIのHAL9000が、自分こそが地球生命体の代表だとして人間の乗組員を差し置いて神=宇宙知性体とのファーストコンタクトを果たそうとしました。

 あの時はディスカバリー号のボウマン船長が電源を断ってAIの暴走を食い止めましたが、どうやらヒト側の抵抗もそこまで。もはやロボやクローン生物の優位は揺るがず、ヒトは敗色濃厚です。

■人類の終わり=黙示録
 さて、話を『魂のゆくえ』に戻します。ネタバレありですから、これから映画を見る方はこの先はパスしてください。

 生真面目なトラー牧師は、環境を守りたいという使命感から、自殺したマイケル(フィリップ・エッティンガー)の妻メアリー(アマンダ・セイフライド)からの感化=霊的体験を通じ、教会開設250周年式典での自爆テロを企てます。

 しかし当日、好意を持つメアリーが式典に出席しているのを知り、彼女を巻き込む自爆には踏み切れなくなります。環境を守る大義に基づく決死の覚悟も、愛する者一人を守るために挫折してしまうのがヒトの優しさ=限界。ヒトには地球環境の悪化を止める力がないわけです。

 だから神はヒトを見限り、ヒ魂のゆくえ (13)トが汚した地球でも生きられる生命体を創造してバトンをつながせる。『魂のゆくえ』は環境保護テーマの社会派映画ではなく、新生代(哺乳類支配期)の終わりを描いた黙示録的なSFとみるべきでしょう。

 ただ、カラスヒコはこの社会の行く末をあまり悲観的には考えません。この映画でいえば聖歌隊の4人(写真の左側)のような新世代が新しい社会を築くはずだからです。
 理想や正義を語る者が「青臭い」とバカにされ、利益をむさぼる企業システムに服従するのが「大人になること」という刷り込みは崩れていくでしょう。

 さて、昼食 (13)写真は先日の母カラスのランチです。左下の主食はミューズリーにオーツ麦フレークを混ぜて牛乳蒸し。小麦ふすまを振りかけました。
 右下は豚ひき肉のワイン蒸しです。塩・ブラペ・ケチャップの薄味で、固まっていないハンバーグみたいなもの。

 地球環境の汚染が進んでも自分の体だけはクリーンに保ち、黙示録的な世界を横目にひょうひょうと生きていける食べ方を研究したいですね。うちの老母は頭がイカれてしまったので手遅れとはいえ「サムごは」食で日日是呆日。

 ではまた。

※『魂のゆくえ』 First Reformed/2017年/アメリカ/ポール・シュレイダー監督
※『ガメラ2 レギオン襲来』/1996年/日本/金子修介監督
※『ブレード・ランナー2049』 Blade Runner 2049/2017年/アメリカ/ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督
※『ゴジラ:キング・オブ・モンスターズ』 Godzilla:King of the Monsters/2019年/アメリカ/マイケル・ドハティ監督
※『2001年宇宙の旅』 2001:A Space Odyssay/1968年/アメリカ/スタンリー・キューブリック監督