2019年03月09日

奈良安全索道ツアーに参加

 3月9日、奈良市観光協会の奈良安全索道ツアーに参加して来た。大正8年(1919年)から約30年間、旧都祁村小倉から奈良市京終(国鉄京終駅)まで16.9kmを結んだロープウェイがあった。今年100周年。
 主に小倉特産の凍り豆腐(高野豆腐)を運んだ。凍り豆腐は冬季に丹波からの出稼ぎ職人が作っていたそうでだ。当時小倉の凍り豆腐はブランドで、凍り豆腐製作者は現在の金額換算で月収100万円以上あったそうだ。凍り豆腐以外にも様々な生活物資輸送に使用され、戦時中配給制だった砂糖がルート途中で高さが低い場所でよく盗まれたそうだ。索道の運行は原則昼間のみで夜間は急病人搬送のみだったそうなので、白昼堂々と盗まれていたことになる。戦時中鉄塔などが鉄供出にならなかったのかと聞いたのだが、生活ルートなので免れたとのこと。疎開の引越荷物を索道で運んだというエピソードも伺った。
 当時を知る80代の方複数からのお話はとても貴重だった。次々出てくる思い出話が止まらず予定のスケジュールが遅れたが、かえってとても良かった。

20190309_135802_s 本当は禁止だが、人が乗ることもあったそうだ。大和高原民俗資料館にて。


20190309_154007_s 奈良市田原地区にある天満駅跡。茶色い屋根の小屋は索道関連で現存する唯一の建物。


20190309_135743_s 天満駅(奈良市田原地区)のポイント切り替え図。上写真にある天満駅事務所が描かれている。倉庫も現存しています。


20190309_154053_s 天満駅にあるロープのテンション(張り具合)を調節していた施設の跡のコンクリート基礎。手動のハンドルで調節していたそうだ。



20190309_161301_s 奈良市田原地区で祖父が天満駅長だったという方のお宅にお邪魔して当時の荷札(送り状)を見せて頂いた。


20190309_110848_s 旧都祁村小倉地区に残っている当時の凍り豆腐工場。今は使われていない。


20190309_133918_s 索道と地図の手作りの立体模型。大和高原民俗資料館にて。


20190309_204115_s 奈良安全索道の路線図。


20190309_131837_s 今冬、自然の寒さで作られた凍り豆腐を頂いた。大和高原民俗資料館にて。


20190309_134832_s 当時凍り豆腐を作っていた道具。大和高原民俗資料館にて。


20190309_144721_s 旧都祁村針(現奈良市針)地区の田んぼの畔に残されている当時の鉄塔のコンクリート基礎。







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