トルコ料理見聞録 〜Turkish Delight〜

島根で8年間続けた異国カフェを閉店。トルコ料理見聞録の旅へと続く!食の遊牧人ジャンギスは全土を歩きに歩き、見聞する。

KONAYA・2日目

   

 

 

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KONYA

 

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BITLIS〜KONYA

 

  今日の夕方にはコンヤに向けて出発する。

  18時間の超長旅である。

 

  ビトリスの名物ビュリヤンは堪能したが、ビュルヤン屋さんで出す朝メニューの一つでもあるアヴシュル・スープも食べておかねばならないもの。

  その話を聞いていたので、最後の日の朝7時起きで店へと向かった。

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  そもそも、このスープの最大の特徴は、ビュルヤンを窯で焼いた時に集めた油をスープに使うことである。

  井戸状の窯のそこに水を張り、その蒸気で蒸し焼きにするビュルヤン。

  水の上に何センチもの層をなす油をすくって貯めておく。

  別の鍋で骨付きのスープを作っておいて、その上にその油を流し込む。

  ラーメンでも香油があるが、まさにそのようなものだ。

  うまみ成分を無駄にしないでスープに使っているのだ。

  
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  スープと肉のシンプルなものと、炒めた野菜入りの2種類。

  少なめと普通の2種類とある。

  注文時にそれを言えばいい。

  朝メニューはこれだけ。

  スープが無くなることには、焼きたてのビュルヤンが出来るという。

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  朝から、出前の注文が相次ぐ。 

  数が50〜60人分で終わってしまう、売り切れ御免制度。

  僕は一先ず、野菜入りの普通を注文8TL(350円)

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  大鍋で煮た肉は実に柔らかい。

  しかし、表面に浮いた脂分はカロリー高そう。

  ここまで油が入っていても、そこまで山羊や羊のような臭みはそれほど感じない。まだまだ羊の匂いに慣れない僕でも、多少は気になっても、箸を止めるには至らない。

  

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  朝早くから、お客はこれを求めてやってくる。

  ほぼ毎日くるお客さんもいたし、このおじいさんも、朝からこってりの肉料理を食べにくる。

  パンをちぎって、スープにしっかり浸しながら食べていた。

  これもまたビトリスの朝食文化として定着しているようだ。

  これもまた

  カロリーが高くて、腹もちがいいメニュー

  ここでも底辺にある考え方は同じのようだ。

 

 

  帰り道に、昨日夜に見かけた土製の製品が並ぶ所へ行ってみた。

  暗かったので、写真が撮れなかったので、改めて来ることにしたのだった。

  このビトリスでは、いい土が撮れるようで、どうやらこういう土製の焼き物が多く作られているようだ。

  タンドール(左)を始め、右上の大皿はキョフテ(団子)などを作る時に使うもの。金属製のたらいを使うこともあるが、この地域では捏ねる時に滑らないために、こちらを好むのだそう。


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  左下はヤユックという、バターやアイラン(ヨーグルトジュース)を作るもの。

  ヨーグルト(脂のある)をこの中に入れて、蓋をし、左右に揺らすことで脂分(バター)が壁面に付着し、脂分の無いヨーグルトジュースが取れる。

  これも通常では皮や木を使ったものが多いのだが、土製のヤユックも大きいものがあり、大量に作る時はこちらを使うとのことだった。

  そして、右下は落とし蓋である。

  野菜に米や小麦を詰めて炊くドルマやサルマがあるが、それが水分で膨らまないように、落とし蓋をして煮る。

  それ用にも土製で作られているとは、参りました。

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  この地では女性がこれを作っているそう。

  やっぱり人間はこういう土製の物を使って料理した方が、美味しそうだし、

  今では機械や金属製が多いなか、温かみを感じる。

 

  夕方出発なので、早めに夕食にすることにした。

  先日目をつけておいた食堂。

  ここではワン湖で取れるインジ・ケファルやマスなどの淡水魚も焼いて提供してくれる。

  網焼きは初めてだったので、注文してみた。

  5匹で5TLでサラダやパン付き。安い。

  以前一度食べたことがあったが、こうして生の状態から焼いてくれたのは始めて。

  
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  見た目は淡水魚だが、、。
   

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  食べてみると、やはり皮はアユやマスのようにしっかりとしたもの。

  若干の臭みはあるし、味のように骨が多く、キスのような淡白さも感じる。

  複雑だが、アユと鯵とキスを足して3で割った感じかな。

  

  まあ定期的に魚独特の味わいも楽しまないと、肉ばかりでは飽きてしまう。

  隣のワン県ではこの魚をタンドールにはりつけながら一度に数十匹を焼くという。その光景もチャンスがあれば是非見てみたいもの。

  

  ところで、後で聞いたのだが、今は解禁の時期ではないという。

  捕れてしまったものではないと思うし、疑わしい感じだった。

  とあるルートから来るらしいのだが、、、。

  食べた後だったので、仕方ない。

 

  

  
 

BITLIS・2日目 本場ビュルヤンを堪能

   

    今日からビトリスの町を散策開始。

  ビトリスの町は谷にあり、小さな川が流れている。

  ビトリス城は少し高台にかまえていて、その下にはかなり古い家やモスク、廟などが点在し、その歴史を伺うことができる。チャルシュと呼ばれる古い商いの地域がそこに当たる。

  残念ながら、あまりに無計画に建てられた家々や、修復と言う言葉とは程遠い街並み、そして衛生的にも町のを流れる川はごみだらけ。

  谷であるがゆえに土地はなく、谷に沿って縦にとぎれとぎれに形成された町になっている。市役所や団地は別の場所に移され、またショッピングモールのような複合施設も計画だんかいにあるという。

  無計画と衛生マナーの無さがトルコでは目立つが、ここビトリスもその代表と言えるかもしれない。

  新しいものを作ることだけに、目が行きがちだし、新しい世代に求められているものの一つが複合施設であることも事実だが、古い町をそのままにしておくのはどうなのだろう。

  歩いていて、がっかり放題。町に川が流れているのが、逆効果になっているのは本当に残念で仕方がない。

  

 

  昨日役所に行って、少しばかりの資料と所員の人と話し情報をゲットしていた。

  歩いていると、さっそくTUZLAMAと呼ばれる漬けものを発見。

  今まで見たことのないものだったので、近づいてみる。

  店の人に聞いてみると、ジャー(左)とブットゥン(右)という。

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  ジャーといのも高原にある山菜で今の時期に採れ、これを一度茹でて、塩水につけて保存するそうだ。

  また今の季節はこの山菜を卵にくぐらせて揚げたりもするらしい。

 

  一方ブットゥンは前回も紹介したが、ピスタチオの母でもある食物。

  挿し木をすることで、ピスタチオの実に育つのだ。

  他の地域では見たことがなかったし、ブットゥンは乾燥させ潰して、水や牛乳で煮だして飲みのが一般的。

  この実もこうしてつけものにするのは初めてだ。

  またケンゲルというアザミに似たものも同じように加工されていた。

  

  これらはすべて一度塩抜きの為に水につけて、刻んで玉ねぎと炒めたり、卵とじにしたりする。

  高原で山菜が多く採れるところでは、天日干しというより漬物加工が多い。

  

  また市内から20キロ行ったところにワン湖がある。そこで採れるインジ・ケファルという魚の塩漬けも発見。

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  捕ってから、塩水できれいに洗い流してから、塩をまぶして天日で干すそうだ。

  それを箱の中にきれいに並べ入れ保存する。

  食べる時は、一晩しっかりと塩抜きしてから、柔らかくして中身を取って洗い、油で揚げて食べるそうだ。

  特にブルグル・ピラフとの相性がよく、同時に作られるのがここの習わしだ。

  

     さて、ビトリスと言えば名物のビュルヤンがある。

  

  前回スィールトを訪れた時に、このビュリヤンを食べたことがあった。

  スィールト、バトマン、ビトリスで有名になっているが、

  話を聞いてみると、もともとバトマンとスィールトはビトリスの地域内に位置し、

  昔はビトリスがこの東部の地域での中心地であったそうだ。

  こういう名物については、どこが元祖であるがどうかは、なかなか難しい問題ではある。

  昔は中心地でも、近隣の県や町が発達して、少数派になってしまうケースや、登録商標を先に取られてしまうケースもある。

  したがって、一見今の時点で大きな町で、数多くの店が存在する町が、元祖だと勝手に思い込んでしまう事だ。

  それにより、ライバルが共存してお互いが元祖だの、美味しく作るだのといつも議論となる。

 

  ただこの料理がいつの時代に作られ始めたのか?

  いろんな説があることが分かったが、明確な歴史がわからない。

  そこまで突きとめる必要もないが、いろんな説を聞きながら、ビュリヤンを食べるのも、時代を越えて何ともロマンのあることじゃないか?

  ただそう感じるのだ。

  

  ここビトリスでは羊を2つに割っている。(スィールトでは4分の1)

  それに岩塩を擦り込む。

  3、4mはあるだろうか。井戸の底で薪をおこし、窯を温め、同時におき炭を作る。

  その上に鉄のたらいに水を貯める。

  2等分したものをそれぞれチェーンに吊るし、蓋をする。

  蒸気で長時間かけて蒸し焼きにして、表面をこんがり、中はしっとり柔らかく仕上がる。 

  

  注文するときには、自分の好みの部位を言って注文する。

  骨の周りとか、脂身、脂身の少ない場所など言えば、適当に選んでくれる。

  

  彼らのお勧めはやはり脂身。

  岩塩が表面にかかっている部分を入れることを勧める。

  
 
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  羊の脂分はかなり重たく、匂いもあるので、まだあまり食べれない。

  かといってモモの部分だと脂身がなさ過ぎる。

  そこで肩の部位を選んで切ってもらった。

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  このようにピザパンと一緒に提供される。

  塩気が少なければ、お好みでかけて食べ、パンをちぎって挟んで食べるのが通常。

  付け合わせに生の玉ねぎも提供され、アクセントとしてそれをかじりながらビュルヤンを食べるのだ。

  スィールトのものよりも、匂いも少なく、丁寧に焼いてある感じ。

  岩塩をしっかり擦り込んでいるのが気にいった。

  

  1人前15TL(650円) サラダ、ピザパン(数枚)を含む。

  

  

SIIRT・3日目 街中で出会った衝撃なものとは

    

   スィールトからビトリスへ向かおうと、チェックアウトを済ませ、バス乗り場へと向かっていた。

   ザックを背負い、中心のところまで来たとき、衝撃的なものを目の当たりにした。

   おっちゃんが、山羊の足と頭の丸焼を持って売り歩いている。

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   店では売っていても、外でこうして売り歩く姿は、トルコでは初めてだった。

   おまけに丸焼きにしているため色もまっ黒でえぐい。

   

   近くにいたおじさんが、これをしている店が近くにあるというので、

   連れて行ってもらった。

   バスの時間まで1時間も切っていた。

   だが、近いというので、とりあえず行ってみることにした。

   前回のスィールトの滞在で行ったことのない裏路地。

   昔の商いの地域だった。

   しかも、何か鉄の加工場かとも思え、 

   一見素通りしてしまいそうな雰囲気。

   

   よく見ると、

   さっきの衝撃を更に上回ったものが目の前に。

   山羊の頭と足が、店先にゴロゴロと転がっているじゃないか〜。

   しかも、毛がついているにも関わらず、それを丸焼きにしていた。

   これも現実とはいえ、目の前の光景をただただ受け止め、認めようとするしかなかったのだ。

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   鉄の棒を鼻からつき刺し、長い毛を挟みでカットし、焼き場担当に渡す。
  

   焼き場の奥では、火加減を調節する係がもう一人。

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   焼き場担当はそれを仕上げると、水の入った桶に入れて、冷やす。

   それをカットをしていた人が、まっ黒に焼けた羊の肌をそぎ、きれいにしていく。

   3人の連携で一連の作業をこなしているようだ。

   話を聞くと、この店はもう1軒あり、すべて兄弟とその息子たちで経営しているとのこと。

   70年以上も続けており、仕事道具の中には100年以上前のものがあったので、職業自体はかなり古い仕事と言える。

   頭と足を組み合わせて7,5TLで買い、10〜12TLで売るという。

   一日平均100〜150個で、夏場は少なく、冬場が稼ぎ時らしい。  

   、というのも、そもそもこれを煮込んでスープを作るからだ。

   真夏にはこってりとしているため、冬の方が体も温まるし、体も受けつける。

  

   取材をしていると主婦が頭を数個買いに来た。

   どうやら常連らしい。

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   また、後から、家で羊を切り落としたのだろう。

   袋に詰めて持ってきた。

   

   通常、丸焼はしないで、ナイフを皮と肌の間に入れて、きれいに剥いでいくのはよく見かける。だから、肉屋さんか内臓屋さんで売っているのがほとんどなのだ。

   しかし、この地ではこうして丸焼きにすることで風味が増し、いい味にしあがるというのだ。だからこのような店が存在する。

   そしてパチャと呼ばれるそのスープもまた、時間もかかるし、面倒な料理であるため、トルコ国内でも食堂で食べる方が多いのだが、ここでは主婦が家で作る方が多いという。

   まだまだこの地では家庭料理の一角を握っている存在らしい。

  

   通常では見かけない光景だったので、時間もあっという間にすぎていったので、今日はもう1泊延長することにして、バスをキャンセル。そして、ホテルに再びチェックインすることにした。

   まあ仕方ない。

   旅ではあり得ることだし、それに値するほどの衝撃だったので、まあよしとする。

 

   またその近くで、香草入りのチーズの作業をしているという情報が入った。

   これまたこの一画の隅のまた隅にある、暗いところで蝋燭を燃やしながらチーズを容器に詰める作業を行っていた。

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   今はチーズ用の香草が旬の時期なので、これとチーズを合わせて、容器に詰め込み出荷するのだ。隙間の無いように丁寧にしっかりと力を入れて押しこんでいく。

   香草はニンニクや青ネギのようなので、この空間に入ってみると、ネギの匂いが一気に押し寄せてくる。
   

   最低限の衛生条件という感じで、両者とも決して清潔であるとは言えない光景だったが、これもまたトルコ。

   ひょんな展開だったが、印象に残る、衝撃的な一日だった。

   

  

   

SIIRT・2日目  

 

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HASANKEYF〜BATMAN

  

   今朝は早めに起きて、別の遺跡を見に出かけた。

   その遺跡の近くに、朱色のきれいな花をつけたザクロの木を見つけた。

   

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    トルコを旅すると、果物やナッツ、野菜の生長を続けて観察するは、違った季節に訪れるかしなければ、観察することは出来ない。

    多くの気候を持つトルコにおいては、気候によって、育つものとそうでないものがある。

    だから地域によって、育つもの、育たないものが出てくるのだ。

   

    ザクロもその一つだと言える。

    熱い気候でなければ育たない果物は、おもにトルコの東部、東南部で多い。

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    小さなつぼみがはじけて花を咲かせる。

    その花が散ったら、根元の部分が大きく膨らんで

    プックラと大きく赤い実に熟していく。

    今までは、つぼみの状態でしか見たことがなかったので、この過程は始めて。今度は9月ごとに木にたくさんの実がなっている時に訪れてみたい。

    イランやトルコ、インドにかけてザクロは多いし、形といい、真っ赤なワインレッドの果実の色といい、中を割った時の無限を感じさせる多くの粒。

    すべてにおいて、魅了させてくれる果物ではないだろうか。

    妖艶すぎて、近づきがたく、

           でもお知り合いになりたい。

   そんな女性像を妄想する。

    

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   これは、町の見せ屋に吊るしてあったザクロ。

   乾燥しきってはいるが、秋頃に収穫して、家の中の涼しいところに吊したり、カゴの中に入れておけば、翌年の春までは保存が効くという。 

   ザクロの果汁を煮詰めてザクロ酢を作って、サラダや煮物、水で薄めて飲んだりも出来る。

   工場で作られているザクロ酢は、混ざり物も多く本物ではないが、それでも、味覚的には甘酸っぱく、日本の食卓やそのほかの料理にも使えそうな食材の一つだと思う。

  

   次の地・BATMANへ行く前に、せっかくなので昨日目をつけておいた川魚・シャボットを試してみることに。

   そのほかナマズやマスもあったが、見たことも聞いた事もない、この魚を是非試したかった。

   昨晩別のレストランで見たら、鮮度が悪くかなり不安だったし、どうにか新鮮なものをと思い、夜ではなく、昼に食べることにしたのだ。

   ここでは、朝に村人から多くの川魚が持ち込まれる。

   これがそのシャボットだ。

   見るからにナマズの一種にも見えるが、比べると全く別物。

   シャボットと言う川魚

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   身はスズキのようにも見える。

   

   ハサンケイフの名物の川魚・シャボット

  
   こうして、焼きあがった魚を頂く。

   骨が多い魚だが、身は予想をはるかに超える美味しさ。

   スズキとブリを足して2で割った感じだ。

   脂身はブリに近いし、スズキのような美味しさもある。

   川魚は臭いという印象もあるが、スズキ同様海の魚のような味わいで、びっくり。

   醤油を掛けて頂きたいところだが、ここはトルコ。

   ピザパンをちぎって、挟みながら食べた。

   彼らも一押しするこの魚。

   ハサンケイフの地はダム湖に沈んでしまうが、この魚は増えていくかも。

   トルコの各地では鯉やマスと言った川魚が主流ななかで、初めてここまで美味しい川魚を食べた。

   

   この地が沈んでしまう前に、是非もう一度、

   遺跡とザクロとボシャクの

  ハサンケイフトリオを満喫したい。

 

  




MIDYAT〜HASANKEYF

 

   今朝は日曜日で、スリヤーニ(キリスト教徒)のミサが朝早くからあるというので、少し拝見させていただくことに。

   実はその御祈りが目的と言うよりは、御祈りのあとに配られるパンが目的なのだ。

   食について関心があるので、食が生活の中でどのように関係し、連動しているのか。そういう意味で興味深い話題に非常に敏感になる。

   教会の人が前もってパンを作り、それを教徒が御祈りの後に、一つ取って口に入れるのだ。

   今日選ばれた男の子が、その皿を持ち、教会の出口でみんなを迎える。

 

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   実はこのパンは、十字がちょうど12個あり、イエスの12人の使徒を象徴している。

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   これは乾燥してしまったパン。確かに表面に十字がくっきり見ることができる。

   御祈りをし、神と近づく時間。

   神に捧げて、神から頂く。

   少しばかりの行き来が、人間と崇拝する何かを結んでいく。

   そういう会話があってこそ、人間は安心して生きていけるのかもしれない。

   

   実家の田舎でも、神社で御祭りをした後に、お餅やお米、お神酒を少し頂くのも、どこか似ている。

   他人から見れば、単なる食べ物かも知れないが、そこに、尊敬や感謝などの想いをこめながら頂く。

   それを口にすることで、心を落ちつかせたり、自分を戒めたりする。

   ちょっとした朝のひと時だったが、スリヤーニの食と生活と宗教とが連動したひと時を見た。

 

   ミディヤットから車で40分。

   この場所は、ダムの建設によりダム湖に沈むことになり、一度は見ておくべきとトルコ人の知人が勧めていた。

   ローマやビザンチンの時代から交通の要衝として栄え、チグリス川にかかる橋はそれを象徴するもの。

   今では橋脚しか残っていないが、多くの時代で、この橋を行き来していたのが、想像できる。

    

   

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MIDYAT・5日目 ブティックホテルでもう1泊

  

  ホテルのオーナーが、

  ”今日もし泊まるのなら、別の郷土料理を作るわ!”

  そんな誘惑にあっさりとのってしまい、もう1泊延長することに。

  2日前に教会のミサを見学していた時に、紹介してもらい彼女と知り合った。

  ミディヤットで家庭料理を食べる機会がなく、困ってた時だったので、

  彼女がホテルで作ってくれるというのは、かなり貴重だし、チャンスだった。

  

  しかし、ホテルの宿泊が70TLと夕食を合わせて100TL。

  かなりの予算オーバー。

  お金に余裕があれば、もっと多くの料理を作ってもらうこともできるのだろうが、そのためだけにここに泊まるというのも、考えものだ。

  別の季節に改めて来れば、また別の新たな視点で見ることができる。

  今回は、2泊にとどめておいておくことに。

 

  ホテル近くに古い修道院があり、そこを見学。

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   1500年前のもので、2000年に改修されたもので、それ以前は使われたいなかった。

   今では定期的に使われるようになっているそうだ。

   多くのスリヤーニのキリスト教の位の高い人の御墓もある。

   キリスト教のシンボルの十字に注意して見ても、あらゆるところに十字が刻まれたり、掛けられたりとさまざま。

   この地域の石は、灼熱の暑さをも防ぎ、冬は暖かい。

   そんな石をスリヤーニの人たちは早くから発見し、有効に活用していた。

   それは教会だけでなく、家にも使われている。

   

 

  午後からは、ホテルのオーナーが共同で経営しているワイン工場へと足を運んだ。

  ホテルから歩いては遠すぎるとは言われたが、

  思い切って行ってみた。

  

  3時頃の気温はMAX。アスファルトの照り返しにもっていって、国道を走る車とダンプが埃と熱気を舞いあげる。

  それでもてくてく歩いて数キロ。

  

  高台にある工場へ到着。

  ここにも石が使われているようだ。

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   中に入ってみても、涼しさは歴然。

   ワイン作りには適した環境作りだ。

   文化や農業の2方向からの資金補助を受けて、ワインの工場化を実現させた。

   ここのワインは発酵も自然発酵らしく、調整など一切行っていないという。

   SHILUHというブランドで、マルディン市内にも多くの支店を持つし、ワインの雑誌にもこのワインが取り上げられていた。

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  せっかく来たのだからと、タンクから直接グラスに注いでもらい、試飲させてもらった。

  合計4種類(白1種類、赤3種類)

  赤ワインはブドウの質の良さで値段も違う。

  やはりお気に入りは一番高いもの。ブドウのアロマがしっかりと残っている。

  それか一番安いもの。

  白ワインは香りはしっかりしているけど、甘さがありすぎて、食に合わせるのが自分には難しい。

  どれか1本買いたかったが、さすがに3日連続でボトルを空けるのはキツイ。

  今回の試飲だけで満足させてもらうことに。

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  夕食には、DIBAさんの手作りのGERSOを頂いた。

  ???

  これはどこかで見たことがあるぞ〜〜。

  以前カルスと言うところでもこれに似たものを食べた。

  真中には溶かしバターのみだった。

 

  このゲルソはヤルマと呼ばれるものを茹でて煮ていく。

  このように真中を空けてそこに、シュルタンを流し込み、上に溶かしバターを加える。

  シュルタンはヨーグルトを作ったあとで、撹拌させて脂分(バター)を取る。その残りのヨーグルトに火を入れて集まった塊を集めて濾す。

  それを丸めて吊るして乾燥させるものだ。

  ケシッキ(クルット、スルタン)と呼ばれる乾燥ヨーグルト

  羊の乳の季節が3カ月と限られている為に、冬用のヨーグルトの代用品となる。

  このシュルタンをコップに入れて持ってきてくれた。 

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  一度乾燥させているせいか、かなり粉っぽい。

  プロテインの粉を水に溶いた感じ。

  味も酸味もあるが、かなり薬っぽい感じで、ヨーグルトとはかけ離れている気さえも。

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  そのシュルタンがたっぷりかかっているものだから、決して美味しいとは言えなかった。

  夜のディナーには??

  もともと冬の朝にとるものだという。

  これをしっかり食べて、夕方までしっかり働く。腹もちのいい食事なのだ。

  

  これもスリヤーニの食事の一つだし、基本になる食事でもある。

  更にシュルタンとヤルマ(小麦)を使った冬の料理なのだ。

  今の味覚で物を言うのではなく、この料理が自然に見出され、長い間食べ続けられてきた理由もわかる。

  そういう背景を見たり、感じたり出来るのが、私の旅の醍醐味。

  勿論味が良ければ言うことはないが。

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   最近出版されたスリヤーニ料理の本を見せていただいた。

   イスタンブールに戻ったら是非購入したい。

   ディべさんには、昨日と今日といろんな話を聞かせてもらい、要望も聞いてくれた。

   また別の時期に改めて来させてもらい、別の家庭料理を頂き、食の話で盛り上がりたいものだ。

   スリヤーニはもともと、このトルコの地に居続けた民族だから、トルコ料理を探求するうえでは、スリヤーニとアルメニア、ローマ、ギリシャ料理を調べていく必要がある。

   そういう意味では、もっともっと彼女から教えて頂かねば。

   今回は良い繋がりが出来た意味ではすごくこの2日間の滞在は大きい。

 

   そして、トルコ料理を紐解く一つの鍵を見つけた事は実に重要なこと。

 

  

MIDYAT・4日目 ブティックホテルに移動。穏やかな景色の中でワインを堪能。

   

  

次の日早速荷物をまとめ、そちらへと移動。

幹線に面して騒音もあったホテルとは違い、町の郊外に位置する。

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 トラブディン・ホテル

 スリヤーニの文字で書かれているが、一見アラビア文字にも見える。

 オープンして1カ月も経ってなく、セレモニーもしていないらしい。

 間もないから必要最低限の事だけだけど、これから少しずつ改善していくという。

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 見た目もどっしりしているし、この土地で取れる石をふんだんにつかったもの。

 夫婦が海外で稼いだ金で、この敷地と建物を改修したという。

 庭もまだ果物や花を植えたばかりと言った感じだが、これから築きあげる歴史と共に

 このホテルは年々風格を増していくこと間違いなし。


鍵もスリヤーニ語が刻まれている MIDYAT郊外のスリヤーニ地区のホテル


 ホテルの名前もこの辺りの地域の名前だそうだ。

 スリヤーニ語でトラブディンと言っていたそうで、部屋の名前もその地域にある地域。

 なかなか面白いコンセプトで、鍵にも部屋番号とスリヤーニ語とアルファベットで部屋の名前が刻まれている。

 スリヤーニは銀細工にも長けていたし、すべてが込められてるホテルだと言える。

 

 部屋に荷物を置いて、休んでいると、街中のホテルとは違った、音が聞こえてきた。

 風の音と鳥の声。

 騒音も聞こえないのどかな場所では、聞こえてくる音さえも違う。

 すごく贅沢な時間で、どこにも行く必要がないとも思えた。

 心を休ませるには、こういうところで1日中ぼんやりするのがいいのかも。

 

 昼食を取っていなかったので、イチリキョフテを頂く。

 通常食べるものよりも大きく、茹でてあるのが特徴。

 暑い夏場では油で揚げたものよりは、茹でたものの方が口に入りやすい。 

 そして、ブルグルを生地に使っていて、コリアンダーの柑橘系のほのかな香りが

 さらに食べやすくしている。

 スリヤーニの言葉でクトゥルというイチリ・キョフテ IMG_9485



 夕方には、彼女が手作りしてくれた”シャム・ボレイ”を頂くことに。

 シャムとはシリアの首都・ダマスカス。ダマスカスのパイと言う意味。

 シリアに近い位置にあり、ラフマージュン同様アラブから伝わって来たのかもしれない。

 挽肉入りの具材を小麦生地に置いて、2つ折りにして閉じる。

 それを溶き卵にくぐらせて、少ない油で両面焼きする。

 先日マルディン市内で食べたものは、単にラフマージュンを2つ折りにしたような、簡単なもので、

 パン屋さんで商売用に作られたもの。

 この手作りのシャム・ボレイこそ、 本当の美味しさや愛情、そして歴史を感じる。

 シンプルな食べ物だが、それだけ長い年月スリヤーニの人々と共に生き続けてきた食べ物の一つなのだと感じた。


  IMG_9501 シェム。ボテッキ
  

  夕食後は、マルディン市内で買ったスリヤーニの赤ワインを堪能した。

  ホテルのテラスでテーブルといすをセッティング。

  つまみはミックスナッツ。

  かっこいいワイングラスで一人で乾杯!

  ホテルのテラスで、スリヤーニの赤ワインを堪能

  ここは夜も本当に静かだ。幹線に面していた昨日のホテルとは違う。

  車が行き交う音もしない。

  近くの修道院がライトアップされ、月夜が果樹園を照らす。

  何とも落ち着く時間なのだ!

 

  半分ほど飲み終えたとき、ドイツ人夫婦が同じくワインを持ってテラスに。

  それからは、彼らと同じ時間と空気を分け合った。

  これもまた楽しい。

  独り占めもいいが、

  美味しい!、素晴らしい!を共に分かち合うことも素敵なことだ。

  

  こちらに移ってきて正解だな。

  少し高いけど、トルコでこういう時間も持つことも、あまりない。

  記憶に残る想いでとして、また近い未来に、ここに来れることを願った。

  

MARDIN〜MIDYAT

 

マルディンからミドゥヤットへ到着。

この地はマルディン市内よりも、人口割合でスリヤーニ(キリスト教徒)が高い町。

キリスト生誕よりも前から、この地に住み続けている民でもあるし、メソポタミアのこの地は
多くの統治下におかれ、後にアラブ、クルド人がこの地に移り住んできた歴史がある。

多くのスリヤーニは今のシリアのダマスカスを中心に世界へと散らばり、ここには数百と言う数の
人しかいないそうだ。

決して大きい町ではないが、何かすごく興味がわいてきそうだ!そう思った。

ホテルの部屋からでも少なくとも3つの教会が見える。

こんな光景はトルコを旅する中で見た事はなかったし、

この光景だけを見れば、自分が他国に居ると錯覚を起こしてしまいそう。
 
この町を訪れたら、きっと誰もがどこかの国にトリップしたかのように感じることだろう。


夕方、お祈りをしている教会へ訪れた。

スリヤーニという彼らの言語は、今まで聞いたことのない響き。

男女が別々に別れて、スリヤーニ語で、規律や道徳など、人間が行うべきことを、リズムに合わせながら

唱えていた。時に、はもりながら、時には追いかけながらだったので、歌を歌っているかのようだった。

そのお祈りが終ると、一人ずつ壇上にある、聖書にキスをし、教会を後にした。


外で休んでいると、お年寄りから若者まで、日本人とみるや珍しがって、結局質問責めにあうことに。

信心深い人は、イスラムでもキリスト教でも同じで、宗教の違いや考え方に興味が集中する。

この話題は非常に難しい話題だし、少しは理解してくれたようだが、全く理解できない人、それぞれ。

結局暗くなるまで、質問に答える時間が続いてしまった。



歴史の中で統治するものが変わり、いろんな人種が入り込み、多数派から少数派へと変わってしまい、立場も変わった。

その立場を考えると、複雑な思いで胸がぐっとあつくなった。

現在のトルコではキリスト教徒はかなりの少数派だし、ましてやスリヤーニの人たちはなおさらだ。

この地で細々と暮らしながらも、それ故に彼らの団結意識を強く感じた瞬間でもあった。

昔からこの地に住み続けてきた民の誇りでもあり、それが彼らの今の支えでもある。

そんな中教会に遊びに来ていた、子供たちは無邪気に遊んでいたのが、対照的に印象的だった。

もう少し大きくなれば、いろんな事を考えざるを得ないのだろうに。

スリヤーニの血を絶やさないようにという思いも、何かひしひしと感じるものがあった。



そして、そこでホテルのオーナーで、食に関しても詳しいという女性を紹介してもらった。

”是非私のホテルに泊ってください。

郷土料理も作ってあげられるし、資料もあるわ。ブティックホテルだし、静かでいい場所にあるわ。”

ここで泊っていた3つ星ホテルも安くて良かったが、ブティック・ホテルというのにも惹かれた。

1泊70TLなので予算オーバーだが、せっかくの機会だとおもった。
ブティック・ホテルはマルディンで採れる石を使った昔の建築様式のホテル。
 
 


 

日帰りでヌサイビンヘ(シリアとの国境の町)

 

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マルディン・4日目  知人の果樹園を訪問〜ナッツ、果物天国のトルコ〜

 

     一緒に部屋をシェアしていた、韓国人の女性がハサンケイフヘと出発した。

  数日前彼女がホテルを探していた時に、トルコ語の通訳をしたのが始まり。

  昨日は、ここのホテルに移ってきてドミでシェアした。

  ここ2日間街中で会ったり、他の知人と一緒に夕食を取ったりとしたり、適度に一緒にいた。

  トルコを旅するとしても、あまり外国人と出会う事も少なく、先日のフランス人のシェフといい、韓国人の彼女といい、久しぶりにまとまった英語を話す機会に恵まれた。

  こういう機会に恵まれると、どれくらい理解できて話せるのかが改めてわかるし、もっと勉強しなきゃとも思える。

  トルコ語に偏った脳を、少し英語のベクトルへ引っ張ることで、頭の体操にもなって心地いい。

  楽しい時間を過ごせたことに感謝した。

  ホテルで見送り、ハサンケイフヘと旅立っていった。

  

  午後からはホテルで過ごし、本を読んだりブログ更新などに費やした。

  夕方バフラの親しい人から電話があった。

  ”マルディンに知人がいるから、紹介したい。

   すぐ車で迎えに行くから、外に出て待ってろ!”

  

  今日はほとんど行動していなかったので、丁度良い機会に恵まれた。

  彼はすでに50で定年。公務員からの定年で、今は家族で事業をしながら、一方で隠居生活。

  食に関しての話が聞きたいと尋ねると、

  自分の果樹園に連れて行ってくれるという。

  

  話を続けると、アーモンドやピスタチオなど数多く植えているという。

  アーモンドはどのように育っているのか、人生で初である。

  日本ではナッツの文化はほとんどないし、加工したものしか見たことがなかった。トルコは日本にはないナッツやドライフルーツ文化がある。

  庭があれば、家庭で食べるだけの木を植えているのがほとんど。

  島根の実家でもフルーツはビワ、ゆず、八朔、柿、イチジク、

  ナッツも栗、それくらいだろう。

  

  それに引き換えトルコでは、イチジク、すもも、桃、桑の実、リンゴ、ブドウ、アンズ、

  カリン、さくらんぼ、西洋ナシと数多く

  ナッツも地域性はあるものの、アーモンド(東トルコ)、ピスタチオ(東トルコ)、ヘーゼルナッツ(黒海)、クルミは無限といってもいいだろう。

  その他、かぼちゃやヒマワリの種もある。

  各家庭でも、これくらいは植えることができるのだから、どれだけフルーツやナッツの文化があることが分かると思う。

  フルーツに関しては、それぞれ乾燥させたり、果汁を煮詰めてペクメズにしたり、ジャム、マーマレードにしたりするので、

  並べようと思えば、朝食時に各種類食卓に並ぶこともある。

  

  早速果樹園に連れて行ってもらった。

  ピスタチオも、もう実が赤くなってきている。

  前回の旅で、スィールト県でピスタチオの栽培を初めて見ることができた。

  子供たちが、まだ未熟のピスタチオを取って、中の柔らかい種を食べていた。

  僕に教えてくれて、生っぽい中にも、ピスタチオのほのかな香りと甘さがしたのを今でも憶えている。

   ピスタチオの生育時 5月下旬 マルディン ブットゥン 野生のピスタチオ 5月下旬 マルディン

      写真右がピスタチオの元。

  野生のピスタチオのメネンゲチ(トルコ語)、通常はブットゥンという。

  この木に挿し木をして、左写真のようなピスタチオのような大きな実をつける。

  ブットゥンはここまで大きくなることはなく、その実を乾燥させ、挽いて、水や牛乳と一緒に煮だして”ブットゥン・カフェ”として飲まれる。

  またこのエキスを使ってブットゥン・サブン(石鹸)が作られ、名物として売られている。

  
  アーモンドの実 5月下旬 マルディン

   その次にアーモンドの木を見せてくれた。

   へ〜〜。こういう風にしてなっているのか〜。

   今の季節この実の状態で、売られていることがある。

   そのままかじったり、酸っぱければ、塩をつけて食べるのだ。

   昨年のアーモンドを出してくれて、種を叩いて中の実を出してくれた。

   実を縦にもって、ペンチで数回叩くと割れ、右のようなきれいな実が取れる。

 

 アーモンドの種を割って中の実を出す。 アーモンドの種とその実。

  品種もいろいろあるのだろう。中の実も小さめだ。

  僕らが日本で食べているアーモンドとは品種がどうやら違うらしい。

  種の作りもこれよりも柔らかく薄い。

  トルコでもアメリカからの輸入物は、これよりも大きめで大味である。

     

  これは、マフレップと言うもので、サクランボの元になる木。

  これも挿し木をしないと、大きな実をつけることは出来ない。

  この地域では赤ワインにこの実のアロマを加えるために、ブドウの果汁とこの果汁を一定の割合で混ぜてワインを作ることもあるという。

  マフレップ 野生のサクランボ 5月下旬 マルディン

  そのほか、洋ナシのARMUT(写真下)もあり、カリンや桑の実(白、黒)も植えてあり、オーガニック栽培をしている。


  ARMUT 西洋ナシの生育時 5月下旬 マルディン

  近年トルコでは、ホルモン入りの肥料がかなり出回っていて、土の力をだめにするといって、一方では肥料に頼らない栽培も多い。

  野菜や果物、更には肉にまで及んでいるために、出来るだけ自分たちで食べるものは自分たちで栽培し、飼育すると言う人もかなり多いのだ。

  

  また子羊も飼っており、出来るだけ肉屋では買わないと言っていた。

  夏用の家には子羊が数頭いて、生後3か月の乳のみ子羊もいた。

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  7,8カ月のものを、切ってさばくらしい。 IMG_0676IMG_0760

  このケバブは、あの子羊のお連れだった。

  どおりで柔らかくて、美味しいと思った。

  でもこの乳のみ子羊を見ると、あと数カ月で殺されるのかと思うと、、。

  何とも複雑な心境だ。

  

  奥さんが作った、野菜をくりぬきお米を詰めて炊き上げたドルマも頂き、

  メロン、塩漬けにしたチーズをあてに、ラクで一杯することになった。


  IMG_0771

  ラクはこうして冷たくしながら飲むのがベスト。

  ラク専用の、便利なアイテムも存在する。

 

  今晩はアラブ系のトルコ人の彼と、その後酒を交わしながら、男話となった。

  旅行者だから、本音で言えることばかりだった。

  

  結構飲んじまったね〜〜〜。

  

  でもラクがあっての本音トーク。 それでこそだ!

 

 

マルディン・2日目  ファイクさんの朝の仕込みを見学

 

   5時半にアラームが鳴る。

   目をこすりながら、トイレへ。

   ”ギュナイドゥン(おはよう)”

   の、挨拶に

    ”ギュナイドゥン”

   相手を確認しないまま返事した。

   ”ひょっとして、君も食堂へ向かうのでは?”

   ”えっ?”

   その質問で相手を見ると、昨日出会ったフランス人のシェフ。

   同じように、ここのホテルのオーナーに紹介されて、朝の仕込みを見学しに行くという。

   ”どこ?同じ場所かな〜?”

   ひょんな始まりだった。

   僕は先にその食堂に行くと、5分後には彼が到着。

   ”やっぱり同じだったね〜”

   なんだか、笑えてきた。

 

   ファイクさんは、もうすでに店を開け、最低限の食事の提供をしながらも、同時に昼に向けての仕込みを始めていた。

   週に3日ほど郷土料理を出すという彼。

   通常の食堂ではトルコの一般的な料理だけを出すことが多いが、かれは3日間だけは、より力を入れていくつかの地方料理を出している。

   毎日じゃなくても、限られた曜日で提供するお店は、各地を周るとときどき出会うことがあるのだ。

   こういうお店は何か楽しみも与えてくれる。いいね〜。

   

   コンロにはすでに大きな鍋が掛けられており、同時進行で数種類の料理を準備していた。

   茹でたり、煮たりしている間に、イチリ・キョフテを作り始めた。

   助手が遅刻していたため、かなりてんてこまいだったが、僕たちに出来る事はこちらから申し出て、手伝うことになった。

   100個のキョフテを作り始め、スピーディーに仕上げていく。 

 イチリ・キョフテの生地に穴をあけ、具を入れる手前の作業。IMG_0316

   彼のキョフテは生地に茹でたジャガイモを加えつなぎにしている。

   ここでも、コリアンダーを含めたスパイスが生地にも加えられていた。

   ブルグルを湿らせ、ジャガイモと混ぜて、しっかり捏ね生地を作る。

   人差指でくるくると回転させながら、穴をあけて、あらかじめ炒めておいた挽肉を詰め閉じる。

   それをあんこ餅と同じ要領で、両手の平でなでながら形成していき、後は、度いい時間に植物油で揚げていく。

   外はかなりカリカリで、中はほくほくだ。

   

   次はムンバルとイシケンベ

   羊や牛の大腸と羊のを使って、これに詰め物をした料理。

   胃は切って、改めて糸で縫い合わせるという手間のかかる料理。

   おもにイシケンベ・ドルマ(詰め物)トルコの東部で多く食べられる。

   前回ハッカリに行った時も同じものを食べた。

   おもにブルグルや米に味付けをして、中に詰めて炊き上げる。

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  大鍋で茹で、取り上げているところ。

  すごい湯気が立ち込める。

 牛や羊の大腸に詰め物をした料理・ムンバル 羊の胃を切り縫い合わせて詰め物をしたイシケンベ・ドルマス

  米の方が柔らかく仕上がるというので、米を具に詰めていた。

  う〜ん、僕的にはブルグルの方が、食感もいいし、旨みも感じると思うのだが。

  

  見た目はソーセージといなり寿司

  大腸の方は、かなりの伸縮性があるものの、フォークでもすんなり切れるほど柔らかい。

  胃の方は、厚みと柔らかさはイカに似ているが、見た目的にも

  大きないなり寿司を食べているようだ。

  中のお米にはミントが多く混ぜてあり、味にアクセントをつけてある。

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  イチリ・キョフテを仕上げ、同じブルグルで作った細かいピラフも出来あがった。

  IMG_0406 IMG_0436 

  東部のトルコでよく食べられる、カヴルガ・ドルマという食べ物も完成。

  はっきり言ってドルマとはいえないやり方。本当ならアバラのあたりの骨付き肉に、お米を詰めて炊き上げるのが正式。

  別々に仕上げてしまうと、ドルマ(詰め物)にはならない。

  ピラフの上にのせて提供するのは同じだが、ピラフに肉の香りや旨みが移って、一体となるのがそもそもの料理なのだ。

  元々宗教的な祝日に、羊をさばいて、この料理でお客にふるまうのが始まりだそう。

  予約したり、確定された人数(15人くらい)に対してだったら、本物も作れるはずだろうに、不特定多数で商売にすると、どうしてもこういう方法になってしまうのも、ある意味仕方ない。

  高級レストランならともかく、食堂だしね。

  あとは、店主の考え次第。

  どこまで妥協して、どこまで求め、こだわるか。

  

  10時頃には、ファイクさんもきちんとした制服に着替え気合いを入れる。

  ファイクウスタ

  フランス人の彼と共に、食事をすることにした。

  特別に一皿に少しずつ盛ってもらう事が出来た。

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  ファイクさんは、大量の人数の料理を手際良く作り、しかもどれも特徴のある料理ばかりで、僕たちを満足させてくれた。

  フランス人の彼も納得の様子だ。

  数時間見ていて、丁寧に作っているからこそ、美味しいのである。

  食堂は庶民の日常では欠かせ事のできない場所。

  勿論高級レストランでは、もっと質のいいものが食べれたとしても、手ごろな値段は庶民には大事。

  食堂の存在は、庶民の中で細く長く愛されてこそ、価値が生まれる。

  生活の一部として取り込まれ、

      気取ることなく通えてこそ。

  

  今日はフランス人のシェフと二人、早朝からいいものを見させてもらった。

  

  

ウルファ〜マルディン

  

   とにかく今日はどこかへ移動することにした。

 西のアンテプか、東のマルディンか?

 東部は暑くなると、来れたもんじゃないしな〜。自分じゃ決めれずツイッターのフォロワーの意見に賛同しマルディンに決定。

 マルディンは、スリヤーニと呼ばれるこの地に居続けているキリスト教徒と、トルコ人、アラブ人、クルド人などコスモポリタンな街だそうだ。

 前々からこの地は勧められていたし、楽しみにしていた街の一つだった。

 ウルファから約3時間余り。25TL

 バスは東に向かって草原を走りだす。

 温かい日差しを受け、うとうとと眠ってしまうことも多かったが、

 窓からの景色は全く同じ。

 広大な小麦畑の中を突き抜けていて、道もまっすぐで曲がる事もない。

 トルコの大地は広いけど、ここまでの大平原はかつて見たことがなかった。

 シリアとの国境も近いこの地域は、かつての文明・メソポタミアが栄えた地域。

 肥沃な大地で今も変わらず小麦の栽培がおこなわれている。

 幾度となく、多くの国がこの地を治めていたし、文明や文化が行き交い、また結集された場所でもある。

 トルコの東南部はほぼそういった地域なのだが、特にマルディンは今もなお、昔の面影や暮らしを感じさせてくれるところらしい。

 想像しただけでもワクワクする。

 

 マルディンに近づき目の前に見えたのが要塞のような街

 バスは、かなり下から一気に駆け上がっていくのだが、天空の街のよう。

 予期せぬ景色に、ますます胸は高まっていく。

 バスから見た光景をカメラで捕らえることはできなかったが、記憶に残るものとなった。

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  新市街には岩山の中腹にあるが、やはり上に位置する旧市街に泊まらねば、マルディンは感じられない。

  そこで旧市街へ向かうミニバスに乗り込む。

  10分ほど更に岩山へと登っていく。

 IMG_0443  マルディンの高台からの眺め

  ここからの景色もまたすごい。

  声が出なかったし、暫く動くこともできなかった。

  ガスがかかっていて、地平線の端までは見れなかったが、果てしなく続く大平原をここで目の当たりにする。

  下からも上からも景色のいい場所も珍しい。

  今見ている景色は、はるか昔の景色とそう変わっている事もないだろうし、彼らと同じ光景を時代を越えて見れているのは、何とロマンのある事だろう。

  

  ここはウルファよりも500m程標高が高いので、明らかに涼しい。

  大平原に突如現る岩山だけに、四方からの風あたりはキツイのが難ではあるが。

 

  旧市街の中心にあるバシャック・ホテルに決め荷物を下ろした。

  30TL(1400円)

  市内を軽く散策していると、FIRINCI(かまど屋)で、変わったパンを焼いていた。

  SENBUSEKというものらしい。

  ウルファでラフマージュン(スパイスと混ぜた挽肉のせのピザ)を食べたが、それを丁度半分に折って、上に卵の黄身を塗り、石窯で焼いたものだ。1TL(45円)

    センブセックの中に炒めた挽肉を詰めて、閉じる    センブセックを焼く前 マルディン

    センブセック マルディン

  焼きたては、このようにぷっくり!

  中からはスパイシーな挽肉が。

  ラフマージュンよりも手軽に食べれるし、藁半紙で巻いてテイクアウトも出来るというわけだ。

  そこで数十分の雑談を重ねたあと、その向かいにあるワイン屋さんへと入った。

  スリヤーニというキリスト教徒が多いこの地では、ワインを製造し、売っているところもある。決して多くはないが、スリヤーニ・ワインとして知られているのだ。

  ここのお店は純粋な赤ワインとメフレップという野生のサクランボを果汁を加えたものの2種類のみ。メフレップは野生の小さな果実でかなり酸っぱいそうで、挿し木をしなければ、大きくて美味しいサクランボにはならないのだそう。

  近年この果実のアロマを加えるために、ブドウと混ぜて作っているとのこと。

  値段はそれぞれ20TL(900円)

  どちらも、すごく飲みやすく日常のワインとしていいと思う。

  値段も普通だし、1本買うことにした。

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  店の店員とも仲良くなり、試飲をひたすらさせてくれる。

  滞在中赤ワインに合う肉料理かサラミを買って、マルディンの旅の思い出にホテルで一杯やろう。

  

  夕食にはマルディン・ケバブを食べた。

  店員に聞くと、香辛料にコリアンダーを使うのだという。

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   トルコでコリアンダーを使うのは珍しい。

   グルジアではパウダーも生の香菜もどちらも多用するが、グルジアに近いARTVIN県では影響を受けて、生を煮物などに加えていた。またグルジア人が住む地域の市場で売られているのも見かけた。

   しかし、それ以外ではほとんど目にすることがなかった。 

   その後、歩いてみるとほとんどのスパイス屋さんで売られていたのだ。

   マルディンの市場ではコリアンダーが売られている。

   生のコリアンダーはカメムシの香りに似ていて、嫌う人も多いが、種子に関しては、ほんかに柑橘類のような爽やかな香りがある。

   なぜこの地では多様に使われているのだろうか?

   グルジアでもそうだったが、キリスト系と何か関係があるのか、ないのか?

   想像をかき立たせてくれる難題だ。

 

   ここでは挽肉に挽いたものを加え、ケバブとして炭火焼する。 

   ケバブしか置いていないが、安くておいしいお店発見。

   包丁で叩いた牛の挽肉を使っていて、ほのかにコリアンダーの香りと赤唐辛子の辛さを感じる。脂身は少なく、つなぎがないせいか、ぼろぼろとしていたが、味は悪くない。

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   先ほどまでいたウルファと近い距離にもあるが、コスモポリタンな地であることからだろうか、また違った文化がここには存在するようだ。

   特にスリヤーニというキリスト系の人が多く住んでいるというので、食文化もその点にも注目して調べてみたいと思う。

   

   明日の朝は、とある食堂の店主に郷土料理を作るところを見せてもらう約束をこぎつけた。

   早朝5時半起き!となった!

   眠たいが行かねば!

  

ウルファ7日目・  伝統的なイベント・SIRA・GECESIとは

 

  今晩はウルファの名物チー・キョフテを目の前で作ってくれるというので、とあるレストランへ行くことにしていた。

  KONUK・EVIという宿泊施設でその中にレストランも併設。

  昔の古い家をリフォームしており、おもに複数人が部屋に泊まれるため、多くのトルコ人家族が泊まっている様子だった。

  今晩はこの施設で、ほぼ毎日催されるSIRA・GECESIというイベントに参加した。

  SIRAは順番、持ち回りで GECESIはの意味。

  つまり、もちまわりで行う夜の行事である。

  簡単に紹介すると、週に1回友人同士が集まり、順々にそれぞれの家で行うイベント。主催者がいろいろ企画し、違った内容の催しをする。

  おもに冬の時期に行われ、若者からお年寄りまでが集まる。

  冬、夜の長い時間を過ごすには、もってこいのイベントなのだ。

  おしゃべりをしながら、

    風習や習わし、しきたり、

    道徳、伝統や文化を学ぶもの。

  そしてその中で、ウルファの伝統的な料理を作ってふるまったり、地域の音楽を弾き、それに合わせて踊って楽しむものでもある。

  現在では、このような習わしは無くなってと言ってもいい。

  ここではウルファの伝統を観光客に再現する形で、このKONUK・EVIで企画されてる。

  といっても、音楽と踊りがメインで、途中に料理をライブで見せてもらえる。

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  参加人数は百人以上は軽くいただろう。

  すべてトルコ人で外人は私一人。  

  完全にアウェーで、みんなの視線もかなり感じながらの参加となった。

  幸い同じテーブルに座った女性家族が、ときどき話しかけてくれたので、少々救いだった。

  ここは食事すべて込みで35TLと軽食とデザートのみの20TLの2パターン。

  せっかくなので食事もついでに注文したのだ。

  

   Iボスタナ 冷たいエズメスープ 

  ボスタナという、暑い時によく食べる冷たいサラダだ。

  夏野菜が細かくみじん切りにされ、そこの春先はすもも、夏場から秋はザクロの果汁や濃縮果汁を使って酸味を足す。

  辛く、甘く、酸っぱくて冷たいサラダは、食欲の少ない夏場には増進させてくれる食事の一つ。

  胃もこれにより慣れ、メイン料理も食べれるというもの。

   

  その後は、イチリ・キョフテ、小さなラフマージュン、メインのミックスケバブが登場。

  食事の後も音楽を楽しみながら休憩を入れた後、ステージ近くでセッティングされチーキョフテがライブでつくられる。

  

  この料理には面白い話しがあって、

  昔ネムルットの横暴や紙が、預言者ムハンマドに火を投げ込むために、薪を集め、民に火を使うことを禁じた。

  鹿を捕らえ戻って来た夫が奥さんにこれを使って料理を作るようにと頼んだが、火が使えないことから、生肉を石でたたいて柔らかくし、ブルグルや唐辛子、にんにくなど、家にある食材を使って作ったのが、

  このチー(生)・キョフテ(団子)。

 

  その時間になり職人が腕前を見せる。
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  大きなたらいに生肉、ブルグルを入れ玉ねぎ、シナモン、塩、ニンニクを入れてこねる。

  手に汗をかいたらだめだし、氷水も加え肉も冷たく保ちながら、硬さも調節。

  仕上げにはパセリと青ネギを加え更に練り上げる。

  こねかたにも食材を入れる順番にも決まりがあるようだ。

  

   生肉を加え、スパイスを入れ捏ねに捏ねる。夕食後のおつまみ Iウルファ名物・チーキョフテ

  今回初めて食べたチー・キョフテ。赤い生肉が入っているのが本物。

  今では普通のレストランでは衛生的にも販売禁止。特別に許可をもらっているのだろう。

  でも言われなければ通常のものとわからないくらい。

  でも旨い!辛いけど、食べるにつれて慣れてくるし、旨みもしっかり感じる。

  レタスやキャベツなどで包んで食べる。

  辛いけど止められないのがこれだ。

  お酒のつまみにはもってこいだが、この地域ではほぼその習慣はない。


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  とにかく会場はもうお祭り騒ぎ。みんなで盛り上がりみんなで分かち合う。

  それがトルコの習慣。

   ウルファの名物デザート・シュルルック  

  最後にデザートのシュルルックを食べて終了。


   ウルファのコーヒー・ムッラを配る

  帰る間際には、MIRRAと呼ばれるアラビア風のコーヒーを差し出してくれた。

  おちょこにほんのわずかだけ注がれた、濃すぎるほどのコーヒーだ。

  何段階も煮だし、濾して、

         濃厚な液体を作る。

  アラビアコーヒーとトルココーヒーとの間のような飲み物。

  さすがにアラブの影響を受けているだけはある。

  

  何と受けたら、テーブルに置かずに飲み干すことが礼儀だし、

  サービスする人が独身なら、お返しに何が金目の物をあげてお返しするのだという。

  求められたので、小銭をぽいっ!

  
  終わったのは夜の11時過ぎ。お腹も頭も、体も満腹でホテルに返ったのでありました。

  SIRA GECESI

  子供のころも生まれた地で年に1度何か似たような集まりがあった。

  ウルファ程までいろんなものを共有するものではなかったが、こういう夜を通じて今まで引き継がれてきた事は、素敵なこと。

  文化を継承するやり方は、楽しみながらというのがトルコの根底にある。

  分かち合うには、みんなで楽しむことなのだ。

  今はほぼ無くなったとしても、友人の中ではあるだろうし、DNAは受け継がれていくに違いない。

  何とも羨ましく思えた。

  

ウルファ・6日目 ハランの町を観光

    

 今日は昼からの行動となってしまったが、この時間から近くの観光地・ハランへ向かうことにした。

 ここは150〜200年前造られたとんがり帽子の家々が建ち並ぶ地域。

 トルコの3大がっかり(写真があまりに、美しすぎて実物を見るとがっかりする)の一つとしてあげられているそうだ。

 ネムルトダー、パムッカレ、そしてハランである。

 過度に期待するとがっかりする。昨年の白川郷でもそれを味わった。

 まあそれでも、一度は見てみたいし、特に生活に関わる事なので他の遺跡よりも興味深い。

 

 ウルファの市内から、新しいバスターミナルまで向かい、そこからHARRAN行きのバスに乗り込む。5TL(220円)

 はやり日曜日で客が少ないから、とにかく人を集めながら向かうので遅い。

 なんだかんだで1時間半。もうすでに2時半。帰りのバスの最終は6時と言う。

 何が起こるか分からないから、もっと早めに来ればよかった。

 昼からだし、今日は日曜日でバスの便数も少なく、更に時間をロスする。

 時間を気にする旅はそもそも嫌だ。それをしてしまったわけだ。

 

 ワランについて、その地域へと向かう。

 家々の間を抜ける途中で、声を掛けられた。

 丁度、お昼ごはんを食べている最中。

  ハランではアラブ人がほとんど  IMG_9686

 尋ねてみると、アラブ系のトルコ人だった

 バスに乗り込む時からすでに、ほとんどの人がアラブ系だったし、特にこの辺りは国境に近いので納得もできる。

 ほとんどがイラクからの移民だそうだ。

 興味本位で習った、ほんの少しのアラビア語で話しかけてみたが、全くつうじることなく終了。

 ”俺たちゃ、砂漠の遊牧民のアラビア語を使うのさ!”

 彼らの中では話し言葉のアラビア語なので、標準は通じなかった。

 しかし、あれだけ独学でしたつもりが、全く身についていない。崩壊!

   声をかけられ、アラブ人の家にお邪魔

 食事の誘いを受けたが、お腹はすいていなかったので、丁重にお断りし、アイランとチャイだけを頂いた。

 日本の話しに始まり、生活、結婚、宗教の話にまでおよび、結構な時間を過ごしてしまった。

 アラビア人と言えば多重結婚。トルコでは認められていないが、習慣的にあるそうだ。シリアの女性を2番目の妻として連れて来たらしい、、。

 もしその人の間に子供ができたら、戸籍もないから教育も受けられない深刻な問題もあるそうだ。(後の情報)

 ここの人も同じく昔の家を持っていたので、それについても話しを伺った。

 この地は特に熱く乾燥しているので、レンガに似たもので積み上げて造るのだという。

 夏は涼しく、冬に温かいというこの地にあった設計。

 一般的に2つで一組の造り方になっていて、2の倍数で増えていくらしい。

 それぞれを用途によって繋げて、生活するのだという。

 台所、寝室、リビング、家畜小屋、倉庫などなど。

 今の時代ではエアコンがあるし、使い勝手も悪い。

 母屋を隣接して物置化しているのが現状だそうだ。

 

 しかし、現代ののっぺらとしたコンクリートの家に、とんがり帽子の古い家との組み合わせはどうもしっくりこないな〜。

  景観的にも全く釣り合わない。

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 白川郷の合掌造りの真横にコンクリートの家が経ってる感じか?。

 あまりにも現代との格差がありすぎて、人が住める状況ではないから、仕方ないけど。

   

 中に入ると、すでに日中炎天下となっているこの地域でも、室内は本当にひんやり。

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 そして5mほどあるだろうか?ドームのてっぺんにはが開いており、光を入れたり、炊事の煙を出したり、空気を入れたりする。

 が降る時には、そこを積んで防ぐのだという。

 また壁面にも窓のような穴が数か所あった。

 

 区内を歩いていると、大なり小なり至る所で見ることができる。

 そして、昔の生活を復元しつつ、カフェとして休憩できるようにもなっている場所がある。

 ここはかなり数も多い、複合的な家。

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  昔使われていた農作業用の用具やも展示され、室内に入ると当時の生活用品も配置され当時の暮らしぶりを感じることができる。

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  台所とリビング

     ハランの伝統的な家屋で  

  そして寝室である。

  何もなかったからこそ、気候に合わせて知恵をつかい、生活スタイルに合わせて造る事が出来た。

  私の家族の昔の家も土間がある家だったが、今となってはそれがある家も珍しい。 

  トルコと同じく農耕から帰って家事をするのには、

 土間は使い勝手がいい。

 子供のころはモダンな家に憧れたが、今となっては土や木を感じる家は共に生きている感じがする。

  何か昔の生活と照らし合わせながら、見学していた。

  

  経済が発展し、生活が豊かになり、コンクリート社会で簡単に快適に過ごす事が出来れば、このような家に住む必要など無くなってくる。

  残念ではあるが、これが現実である。今の時代に生きなければならないし、たとえ保護されたとしても、コンクリート社会との決別とはならないだろう。

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  丘から見ても決して景観がいいとはいえないハランだが、もはや時代の流れと共存出来なければ、滅びていくしかないのだろうか?

  難しい問題。

  トルコの村は日本の村と比べて、極端に生活スタイルが変わりすぎたのだろう。

  もし自分の故郷を含め、よき田舎のすべてがコンクリートのような家ばかりになる事だけは避けたいし、そうなってほしくない。

  でもこの地と同じように、日本建築も同じ一途をたどる日が来るのかもしれないなあ。

  少しの滞在だったが、いろんな事を考えさせられてひと時だった。

 

  結構ぎりぎりの時間帯でバスに乗り再び市内へ。

  朝早くから行動していればよかった。

  もっと、現地の人と交流できただろうにな〜。

  

  

ウルファ・5日目 ラフマージュン(挽肉ピデ)を焼いてもらう。

   

      イスタンブールの街中を歩いていると、

   ウルファ・ラフマージュンという看板をよく目にする。

   ウルファと言えばこの食べ物が思い浮かぶ。

   もちろんウルファ・ケバブも有名だが、もはや安くてたくさん食べれるファーストフードとして定着して、かなり昔からチェーン店も存在していた。

   通常トルコで焼かれているピザよりも一枚一枚が薄いし、中にパセリやレモンを絞って巻いて、さっぱりと頂けるのだ。

   このラフマージュンは挽肉のピザ、ピデなのだが、そもそもアラビア風ピザとも呼ばれている。

   LAFTは肉、

   MACUNは小麦を練った生地を意味する。 

   オスマントルコ時代にはシリアとの国境もなかったわけだから、多くのアラブ人がこの地に住んでいたし、また現在でもトルコに取り込まれた東南部には、昔の影響でアラブ人を見かける。

   

   よく考えてみると、もはやイスタンブールを始めトルコ全土でウルファのラフマージュンは有名になったが、あくまでこの地に住んでいた人たちに日常のピザなのだ。

   今ではレストランで焼くことがほとんどだが、トルコを旅していてわかるのは、庶民の人は家庭や肉屋で具を作り、かまど屋にもっていって焼いてもらうことも多いということだ。

   レストランに行った方が手軽だし、他のメニューも注文できる。裕福ならばそう考えるのが当然。 

   しかし、一方で特に挽肉に関しては、どんな肉を使っているのかがわからないし、経済的にも安い。手間はかかっても、肉屋で肉を確認してから買い、かまど屋で焼いた方がいいという人も多いのだ。

   

   私も旅する中で、かまど屋さんと仲良くなることがある。

   その時彼らは専ら、彼らの行きつけの肉屋で肉を買い、そこでピザ用に調合してもらい、かまど屋で焼くことを勧める。

   トルコ人にとって、挽肉のピザにおいては、あれこれと具材を入れることよりも、肉の旨みを十分に感じないと美味しいとはいえないし、それで安いのならば言うことはないのだ。

  

   そこで今回、ウルファでも他地域でピザを作ってもらっているように、かまど屋を確認し、肉屋を紹介してもらい、ラフマージュンを作ってもらう事にした。

   

   ラフマージュンの中身は肉屋で調合!

   肉屋に向かい、ラフマージュン5枚分の具を作ってくださいと頼めば、

   それ用の肉を挽いてくれる。中ぐらい程度の脂身も必要らしい。

   今回は250gを用意してくれた。6,5TL(300円)

   裏ではフードプロセッサーで、玉ねぎ、パプリカ、しし唐を微塵切り。

   そこに、イソット(辛い赤唐辛子)、塩、黒コショウ、トマトペーストを加え混ぜ合わせる。

   

   それを持ってかまど屋へ移動。

  かまど屋でラフマージュンを焼いてもらう。    

   ”はい、持ってきたよ、5枚分でお願い!” 

   

  ラフマージュンを広げる。   肉屋で調合してもらった具をかまど屋で焼いてもらう。  

  かなり軽快な手さばきで、生地に具をまんべんなく広げていく。

  くるっと、回転させたり、時には手先に生地をくっつけて延ばしたり、移動させたり。

  生地の特性と手との絶妙なやり取り。

  どんな分野でも言えるけど、専門職って常に、物との距離感が近いし、常に会話している。

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  ”ほら、こんなに薄いぜ〜〜、このポーズで撮ってくれよ〜”

  単純な作業だが、彼らのテクニックを見ているだけでも、鮮やかだし、見とれてしまう。

  

  

  通常のピザよりも薄いものなので、早く焼きあがる。

  みごとなラフマージュン。

  見よ!この美しいピザ!

  ムラもなくマ均一。薄い生地なのでパリパリとした食感が多く残っている。

  生地代、焼き代は1,5TL(70円)

  八百屋でパセリとレモンを少し0,5TL(25円)

  合計すると、8,5TL(380円)

  一枚当たりが76円となる。

  

  午前中に、唐辛子屋さんと仲良くなったので、そこで2人で分けて食べることにした。

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  パセリをしいて、

    レモンを絞り、

      ぐるっと巻いて、かぶりつく!

  肉が入っているので、パセリやレモンでさっぱりと食べれるように考えられたそうだ。

  また場には、焼いたなすやしし唐と一緒に食べるのもお勧めだとか。

  逆にかぶやレタスと共に。

 

  ”あ〜〜、しまった。アイランを買うことを忘れてた!買ってくる”

  すると、

  ”ちょっと待って!俺が作るから。”

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  そう言って、ナイロン袋に冷蔵庫の中の村の手作りヨーグルトを入れ、水、塩を加えた。

  口を閉じて、シャク、シャク、シャク。

  簡単アイランの出来あがり。

  

  ”市販のとは比べ物にならんぞ〜”

 

  何と機転がきくのだろう。

 

  勿論、美味しく食べたのは想像できるだろう。

  食事を共有することもトルコでは美味しく食べることの一つなのだ。

  

   

  そのあと、店主にウルファで欠かせない唐辛子やトマトペーストなどの説明を受けた。

  ISOTという唐辛子(辛いもの、辛くないもの、2種類ある)をウルファでは使い、それを乾燥させて挽いて料理に加える。

  赤いものが家庭用の煮物などによく使うもの。そのほかの紫や黒色のものは、チー・キョフテと呼ばれるものや、それに似たブルグル料理に使われる。

  全く同じものらしいが、わざと必要以上に長い期間置いて黒くするのだそうだ。
  

  だから赤いものほど栄養価があるそうで、他のものはその分低い。

   ウルファのイソットのペースト  家の料理用の赤唐辛子

   サルチャと呼ばれるトマトのペーストもここウルファでは多用する。

   酸味も強く、秋頃には手作りで太陽のもとでペースト状になるまで乾燥され、村から次々と売られてくるようだ。

   秋頃のウルファの風物詩らしいから、是非そのころにもう一度訪れてみたい。

    

   また店の奥から手造りのザクロ酢(濃縮果汁)や、スマック(東部、東南部、イランで多用する酸味のある植物)のも出して、味見させてもらった。

   天然のざくろ酢  

  やはり手作りには勝てないな〜〜。

  専門店は本物を持っているし、味見させてくれるのがいい。

  このようにウルファは辛さを好み、また甘酸っぱいものも料理に多用する。

  何となく、家庭での料理が想像できそうだ。

  

  

  ホテルへの帰り道は少し、寄り道して帰る事に。

  旧市街地は入り組んだところが多く、迷いながらでもいいや〜と思いながら

  迷宮へと入って行った。

  

  すると、後ろから台車を押しながら近づいてくる人がいる。

  なんと、ひよこ豆売りだった。

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   細い路地を台車を押しながら、売り歩いてる。

   ひよこ豆はこういう風に育って、実がなるみたい。

   初めて見れてとてもうれしい。

   しかもこれ、

   これを料理に使うのかと思ったが、このまま食べるというのだ。

   どうせだったら、塩ゆでして枝豆みたいに食べたら、美味しいだろうにね。

   

   一つもらった食べたが、ま〜〜青臭い

   食べれないわけじゃないけどな〜〜〜。 

    生のひよこ豆をおやつ代わりにむしゃむしゃと食べる少年。

   すでに購入している子供がいて、慣れた様子で、口に入れては殻を捨てて、

   ムシャムシャと無言のまま食べていた。

   病みつきになるほど旨いかな〜〜〜、茹でた枝豆だったらわかるけど〜。

    

   おっちゃんの後ろをついて歩き、

   ”TA〜〜ZE NOHU〜T、

      TA〜ZE、NOHU〜〜〜〜T!”

  ”新鮮なひよこ豆だよ〜〜〜!”

   と、僕も彼の調子に合わせて、呼び込む。

   

   常連のところには、玄関をノックしたり、また家から婦人たちが出てきたりと、昔の豆腐屋やポン菓子などを売り歩く光景を思い出した。

   1舛2TL(90円)

   子供にも大人にも受け入れられているものらしい。

   売れればいいから、手元の小銭分だけでも分けてくれるのだ。

   
   おっちゃんのお陰で、すぐに迷宮から抜け出せホテルへと戻れた。

   迷宮に入り、少しばかり昔にタイムスリップしたひと時だった。






 

ウルファ・4日目  ティリットと名物パチャ・スープを堪能。

 

  先日からこの地でもTIRITを食べることができると聞いていたので、場所を確認し、今朝早朝実行に移した。

 TIRITとはパンやブルグルに

肉の脂分やスープを浸して食べる食べ物。

 元々はアラビア語から来ているそうだ。

 トルコ人は昔からこの料理を食べており、

 特に古くなったパンを無駄にしないようにと考えられた料理である。

 トルコを旅する中でも各地でこのティリットはよく見かける。

 ベーシックなものや、それを職人がアレンジしたものなど、数多くのティリットを見てきた。

 無駄にしないという精神は、今はめっきり少なくなってきたが、

 トルコ人も日本人並みに”もったいない精神”が、

 特に食において反映されているし、その料理の代表こそがこのティリットとも言えるのだ。

 ただ無駄にしないだけでは食文化としては定着しない。

 美味しくなければならないのだ。

 そしてここトルコでは、

  大勢で同じ料理を分け合えてこそ、

            この地で定着することを意味する。

 ここのティリットはどんなものかと興味津々。

 多くの店が集まっている市場の中で、早朝6時半ぽつんと明りがともっている店が合った。

 すでにお客さんがいて、ティリットを食べ始めている。

  パザルで唯一ここだけ空いている。 

 ティリッド屋の店内。早朝から込み合う IMG_9437

 店に入ってすぐに、熱々の肉のスープが目に入り、同時にターメリックの香りも感じた。

  熱々の牛のもも肉と羊のしっぽの脂、ターメリックから取ったスープ。

 牛のもも肉を羊のしっぽの脂を合わせ、5〜6時間じっくり煮込む。

 ここウルファではターメリック(ウコン)を加えているのが、オリジナルだ。

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  ユフカと呼ばれるパン(前の日に焼いた少し硬めのもの)を2センチ四方に切って皿にのせ、煮込んでほぐした肉を上にのせる。

  一度パンにしみ込ませて、温めてから戻し、熱々をかける。 IMG_9380

  パンや肉を温め、染み込ますために、スープを入れて一度戻す。

  そして改めて熱々のスープをかける。

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 仕上げにはニンニク入りのヨーグルトをかけて、出来あがりだ。

  
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  お好みでレモンを絞り、ミント、赤唐辛子を加える。

  トルコでは小麦、肉、ヨーグルトの組み合わせは、定番中の定番。

  マントゥと呼ばれる水餃子があるが、その味と少しダブってしまう瞬間さえもあった。

  パンもしっかり、スープを吸っているし、つるっとのど越しもいいのだ。

  ターメリックは健康のためにいいし、綺麗な色をだすが、、正直言うなら、この代わりにしょうがを使ってほしいところだ。冬なら余計に温まるだろうに。

  アジア的な感覚かもしれないが。彼らにはしょうがは強すぎるとも言われている。

  鼻にかかるほどくどいわけではないし、十分美味しいと思う。

  朝食においては、あれやこれや用意して食べるよりも、

  スープ状の食べ物だけの方が簡単で体にすんなり入る。

  

  その後オーナーに少しお話を伺った。

  この店を開けて21年という。

  肉を脂を使うので、夏場は胃に重いので提供しないという。今月5月末で終了し、9月の半ばから再開するそうだ。そもそも冬の食べものだし、その時期には列になってしまうほど、忙しいらしい。

  ここでは預言者ムハンマドの誕生日週間に食べられていたり、割礼の時に大勢(数百人)にふるまわれる食べ物らしい。

  それをこうして朝のメニューとして加えたという。

  そもそもティリットはトルコ人にとっての国民の食べ物といってもいいし、朝から温かいスープを食べる習慣は昔からの彼らの食文化でもある。

  これもまた腹もちがよく、夕方までもつことが、支持される理由の一つにもなっているそうだ。

   ティリッドの店主 ウルファ

  ここもレンズ豆のスープとティリットの2種類のみで、無くなったら閉店。

  毎日新鮮なものを提供し、作り置きはしないという。

  頑固おやじらしい、そのまなざしが語る。

  早朝4時半ごろから10時頃で完売終了。

  それでいいと思う。

  

  多くのトルコ料理がある中でも、

  このティリットは他のいくつかの料理とは格が違うもの。

  昔のお客さんがこう言ってたそうだ。

  ”アイシェ(預言者のムハンマドの妻)は、

  他の女性とは別格と言えると同じように、

  このティリットも同じくそうなのだ”と。

  ティリットはトルコの食文化に生活や宗教と共に溶け込み、共に歩んできたもの。

  こういう大事な火を絶やさぬようにと、心から思うばかりだ。

  

   

  朝が早すぎたので、ホテルに帰って一休み。

  午後から行動開始。

  夕方早めに夕食をとった。

  トルコ全土でもパチャというスープだ。

  特にウルファではケレ・パチャ(頭部のスープ)が有名だ。

  日本人のM君にお勧めだと聞いていたので、そこへ向かった。

  スープの中には羊の頭が丸ごと

  スープも白濁している。

  これはかなり期待が持てそう!

  これは味を出すために残してあるものだが、

  別に頬肉、脳みそ、舌をきれいに取っていて、

  適量を皿に盛り、ここの熱々のスープをかける。

  お好みでにんにく水と辛めの油(ラー油のようなもの)をかけてもらう。

  勿論お勧めはどちらもいれること。

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  別にピザパンとレモン、生玉ねぎ、ししとうが添えられる。

 
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  正直、今までで食べたケレ・パチャではナンバー1

  こりゃ、リスト入りだな〜。

  通常牛の頬肉だけを提供するところが多いが、ここは羊の脳や舌もしっかりと入っている分美味。

  まさに濃厚なとんこつスープだ。

  少しばかり麺を入れてみたい気もするが。

 

  こりゃいけるな〜〜〜。

  ここも今はスープ以外はほとんど提供していない。

  このスープだけを食べにくるから、別に他のものは作らなくていいと思う。

  ピザパンを浸し、玉ねぎやししとうをかじりながらアクセントをつける。

 

  ヒット、ヒット!

 2ベース、3ベース級のヒット性の当たりだ!。

 

  パチャはウルファが本場とも言われるが、改めて唸ってしまった。

   

  

ウルファ・3日目 老舗で”なすのケバブ”を食す

  

  ウルファで特に需要が高いなすと肉。

  この組み合わせのケバブはウルファの人たちにとっては、これなくしては語れない、なくてはならないケバブである。

  家庭でも1週間に10のなすを消費するほどだし、なすだけでも40種もの料理を作れるという。

  そこで2日間通ったケバブ屋さんに

   ”Patlıcan kebabı(なすのケバブ)”で、

                           美味しいところを尋ねたら。

  SUNAY KEBABI SALONUを勧めてくれた。

  長年それ一筋にしているし、お客も多いから間違いないという。

  売り切れ御免だから、夕方にはしまっているという。

  そういう店は大好きだし、期待が持てそうだ。

  

  メイン通りを少し入った路地に、看板のないお店がある。

  窓に見える形で、なすのケバブとトマトのケバブが串刺しの状態で置かれているからすぐにわかると思う。

  店の店頭には、これから焼かれるナスとトマトのケバブの山 なすのケバブの専門店。41年の老舗のオーナー。

  店主は41年間この店をしているという。

  なすのケバブと

 トマトのケバブ、

 シンプルなシシ・キョフテ(肉のみの3種類。

  それ以外は出さない。

  

  いいね〜〜、そういう店。

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  さすが専門店は焼きっぷりが違う。

  なすの皮もかなり暑くてかたいから、火の近くで勢いよく焼いていく。

  うちわであおぎながら、ひたすら焼き上げる。

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  昼時は追いつかないので、焼いては保温し、作り置きしている。

  少し時間を置いた方が、熱がなすにじっくり入っていくので美味しいというが。

  トマトのケバブと肉のみもあるが、これは作り置きしない。

  ほぼここのお客さんは”なすのケバブ”を頼むからだ。しかも、なすは時間がかかる。

   

  今日はせっかくなので、新しく焼いてもらい、焼くところを拝見しながら食べることにしたのだ。

  仕上がりは見事。黒光したなすが何とも言えぬ。

  ただ、今の時期はディヤルバクルの方からのなすで、地元のなすだと太くて更に美味しいと自慢げ。6月から徐々に出回り始めるらしい。

  なすのケバブ・名物の一つ。 4切れに3つの挽肉で半人前。

   一串になすが4切れ、挽肉が3か所。

  写真は2本で1人前(6TL×2) 

   量を聞かなかったのが、まずかった。半人前で十分。

   最終的には食べきれないほどになってしまった。

     ナスのケバブはこうしてナスの中を取ってラワシに巻いて食べる。 

   店員の人が、

   ”俺に任せろ!”

   ラワシ(薄いパン)の上で、

   なすを皮からはいで潰し、肉もまた潰した。

   しし唐、玉ねぎ、パセリ、塩を加え、ぐるっと巻きあげる。

 

   なすの方がむしろ主役とも言えるケバブは、一口一口入れる度に、焼きなすを感じられる。

   なすのとろ〜〜とした甘みと焼きなす特有のすすの香り

   子羊の挽肉と、子羊のしっぽの脂ぶんを混ぜた肉団子。

   材料も肉と塩と少しばかりの小麦粉のみ。スパイスはなしだ。

   トルコの中央部や東部では羊のしっぽの脂分が、肉料理を更に美味しくする大事な食材なのだ。

   なすと脂分は相性がいいが、特に尾の脂分を吸っているので、余計に旨い。   

   

   1人前だと、ラワシに巻いても最低3回分食べれる。

   半人前でも十分と言えるほど。最後にはパンに巻かずにそのまま食べたほどだ。

   お腹もはちきれそうになった。か、かなり苦しい〜〜〜。

 

 

   ベルトを緩めてと、、、とにかく歩くことを考えよう。

   夕方まで街中を歩き、ウルファ城にも上った。

   あまりの見晴らしの良さに、そこにあるカフェでお茶をする。

  高台からウルファを一望する。

  ウルファのもう一つのお菓子でŞILLIKがあった。

  自分に甘く、言い訳として晩御飯を食べない条件で注文。

  これはアドゥヤマンにも同じ名前のお菓子があり、そこのはペクメズ(濃縮果汁)を使って甘さを足す。ペクメズを使うのが必須と言う。

  ウルファでは簡単なクレープ状の生地に砕いたクルミを広げて、ロール状に巻いて切って食べる。そこにシロップがかかっている。

  とてもシンプルなデザートだ。

  ウルファの名物デザートのシュルルック。クレープ生地に胡桃がぎっしり。

  名前もクルド語で湿ったという意味から来たという。

  もう一つの由来は、

  叔母が家でパンを焼いていて、薄く延ばしてクルミを広げた。嫁にシュルルック(女性に対して悪い言葉)と言って、呼びかけたことからこの名がついたと言う人もいた。

  

  今日は自分への約束を守り、早めに食べたあのデザートのお陰で、夜中腹が鳴り続けるはめに。でも珍しく我慢したけどね。

  

  ウルファに言ってなすのケバブを食べなかったら、どこかでウルファ出身の人に出会った時怒られるから、最低限のマナーは守った感じかな。

  

ウルファ・2日目 キッチン博物館発見

 

    ウルファの散策は今日から開始。

  しばらく滞在する事にしたので、ざっくりと流しながら街を歩くつもりでいたのだが、いきなり飛びこんできたのが、

  キッチン博物館だ。

  僕にはもってこいの場所で、散策するやすぐに興味を引かれてしまい、

  そちらを訪れることにした。

  改修され博物館としてまだ1年も経っていないのだとか、しかも無料で見学できる。しかも今回は人も少なかったせいか、担当の女性がしっかりと細かく説明してくれたので、とてもわかりやすく昔の生活の様子を想像できるようだった。

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   いろんなシーンが再現されていたし、結構リアルで驚いた。

   食卓のちゃぶ台の真中に置かれたピラフ用の高台。

   女性たちの間には、ヨーグルトサラダのLEBENIを入れる容器がある。

   私が幼少のころは、似た形で床に座って家族みんなで食卓を囲んだものだ。

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     次の部屋では女性たちが集まり井戸端会議をしているところ。

  昼の3時ごろから集まり、ドライフルーツやブルグルで作る簡単な料理を作っている。部屋の真ん中でお茶を沸かし、噂話で盛り上がっている様子だ。

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  ここでは、ブルグルを使ってイチリ・キョフテ(具入りの団子)を作り、

  左側では、アウズ・アチュック(口の開いた)という

  小さなピザパンを作っている。

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   一方、火を使う場所をウルファではタンドルという。私たちは焼き窯として知っているが、唯一この地で台所の事をこう呼ぶそうだ。

   
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  ユフカと言う薄いパンを作るにあたり、たらいに材料を入れてこね、麺棒で延ばし、それを鉄板で焼くという流れ作業がある。それぞれがその担当に当たる。

  手前ではウルファの名物でもあるチーキョフテに必要な生肉を石と木づちを使って丁寧に叩き伸ばしている。

  そのほか、暑いウルファでは必要不可欠な食料の保存場所も見せていただいた。日中かなり暑いウルファでも地下に作られたの倉庫はかなり涼しい。

  ここに小麦や豆、穀物、多くの甕にはペクメズやジャム、チーズ、ブルグルなどの保存食を入れて保存していたそうだ。

  冬用の食材もすべてここに保存される。日本の蔵と同じ用途。

  ウルファから移動する前に、復習を兼ねてもう一度ここに来よう。

  別の場所では、料理教室も開かれていて、婦人たちがウルファの郷土料理を習っている光景も。

  なかなか面白い施設だし、是非とも訪れてほしい。

 

  それから街中を歩くと、キュネフェというお菓子さんが目につく。

  そこで、作る工程を見学させてもらった。

  プレートにブドウで作られたペクメズ(煮詰めた果汁)を塗り、カダイフと呼ばれる小麦と水で作り乾燥させた物を砕いて敷き詰める。

  その後にウルファ産の塩なしのチーズを小さくしてから一面に広げる。

  その上から、再びカダイフをのせて、オーブンで焼き上げるのだ。

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  きつね色に焼きあがったキュネフェだ!

 
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   アツアツのキュネフェにシロップを掛け、ピスタチオを振りかける。

   お勧めはアイスクリームをのせて食べること。

   熱いキュネフェに冷たいアイスの組み合わせがいい。やや甘めのシロップがアイスによってやわらげられる。

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   キュネフェはトルコでは南部のハタイという地が有名。

   こことの違いはチーズにある。 

   ウルファのものは温めると広がって溶けるのに対して、ハタイのものは溶けて延びること。

   トルコで有名なお菓子のバクラワもここでは影を潜めている感じだし、隣の県のアンテプ県が本場なので、もう負けを認めている感じだ。

   一方ライバルでもあるハタイのものとは違いを明確にし、自分たちのキュネフェの美味しさを主張してやまない。

   

   そこに来たお客さんが12個注文。

   1つで4人分取れるから約50人分だ。
    

   そこで尋ねてみると、学生寮の生徒たちに、差し入れとして食べさせるのだという。

   ”安い材料でこんなにおいしいものが出来るのだからね!”

   ”ウルファではバクラワよりも

       キュネフェが庶民のお菓子なんだ!”

   

   デザートを食べると頬が緩み、笑顔を生み、人を幸せにしてくれる食べ物だが、それをみんなで分かち合うことで幸せを共有できる。

    それがこの土地の物ならば、尚更だ!

    

   地元のお菓子を愛し、

  お菓子にも愛される事って、

  人生を豊かにするのに

  大事な要素なのだと思う。

   

アドゥヤマン〜ウルファ

 

   ホテルがグループの為に満室だとのことでチェックアウト。 

  とりあえず、昼食にと昨日知り合ったFAITさんのお店で食べることにした。

  IMG_8948 アドゥヤマン・タヴァス

  アドゥヤマン・タヴァと言って、赤い肉の煮込み料理である。

  特に完熟トマトを豊富に入れて煮込んでいる。

  トルコでもよくある定番の煮込み方だし、驚くことはなかった。

  

  昼の営業で忙しくしていたので、一先ず市役所の文化担当にお邪魔して話しを伺うことにした。

  その方は女性でここの郷土料理の本も出したこともあるとのこと。

  一冊頂けないかという要望にも、

  ”私の1冊以外にはないので、あげられないわ”

  まあ、それも仕方ないので、とにかく話をすることにした。

  話しが盛り上がり、他の役所の人たちが知らない事を僕が知っているものだから、彼女も驚き、

  ”試験に合格よ! 仕方ないわね〜〜”

  そう言って、引き出しから1冊の本を差し出してくれた。

  本当はもう1冊あったそうだが、まあこういう展開になって彼女が折れてくれたのだ。

  現地の資料として本は貴重だし、更に頂けるのは本当に助かる。

  アドゥヤマンに来てあまり進展がなかったので、ここは最低限の情報を確保できたというもの。

  明日また会うことにして、役所を出た。

  ホテルを探して、落ち着かねば。

  しかし、行くところ行くところ、すべて満室

  知人の電話して探してもらったものの、やはり満室

  アドゥヤマンでのイベントがこの状態を引き起こしてしまった。

  運がなかったな〜、甘く見すぎていた。

  日も陰り、下手をすると身動きが取れなくなるかも。

 

  急慮、計画を変更し、先を急ぐことにした。

  ウルファに移動し、ここにはまた別の機会に来ることにしたのだ。

  すれ違いや、空回り、流れがあまり良くない場合は変更するのも一つ。

  知人に事情を話し、再び会うことを約束した。

 

  ウルファに向かうバスは7時発

  現地には9時に到着

  日本人のM君がウルファにいるというのは知っていたので、連絡を入れ、同じウール・ホテルへと向かうことにした。

  ホテルの前で出迎えてもらってチェックイン。

  安宿ではあるが、きれいで快適そうだ。おまけに1泊20TL(900円)と経済的。無線ランでネットも出来る。これなら、少し多めに食事をとったとしても予算以下で済む。

  安くて快適に越したことはないのだ。

  しばらく移動せず、このホテルでウルファを満喫したい!

 

  荷物を置いて、彼と夕食へと繰り出した。

  街中には歩道に露店がたくさん。

  チョップ・シシケバブの店だ。

  通常のシシケバブよりも細くて長い串に、小さく切った肉をさす。

  羊の赤身、心臓、脾臓、レバー、鶏肉の5種類から選べ、炭火で焼いてくれる。

  肉によってだが、4本から6本といったところで、値段も6〜9TL(270〜400円)。

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  焼きあがるまで、テーブルにセッティングされた小さな包丁とまな板で中に包み込む野菜を(玉ねぎ、ミント、パセリ)を自分で切るのだ。

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  時間つぶしになるし、特に旅人にとっては心くすぐられる演出だと思う。

  焼きあがった肉は串から外され、ラワシ(薄いパン)の上にのせてテーブルへ。 

  これからはすべてお好みだが、

   切った野菜

     スパイス(クミン、スマック、赤唐辛子)、

             塩、最後にギュッとレモンを絞る。 

  常連は各自のこだわりがあるので、玉ねぎのみという人もいた。

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  それをくるっと巻いて、がっつりかぶりつく!

  勿論隣にはアイラン(塩味のヨーグルトドリンク)。

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  どこの店もほぼ新鮮な状態で焼き上げているので、肉の旨さは格別だ。

  おまけに演出もいいし、会話も弾むから余計にだ。

  街中には同じそういう屋台が多く、

        さすが食い倒れの街・ウルファ!

  

  隣の席のトルコ人の青年2人から誘われ、同席することに。

  会話も弾み、何と会計も済ませてくれた。

  その後も夜のウルファを案内してくれたのだ。

 聖なる魚の池・ウルファ 聖なる魚の池

  伝説のある聖なる魚の池の雰囲気の良さと言ったら。

  彼らの一人はこの敷地の家族だそうで、更に驚きだ。

  冗談かとも思ったが、この敷地内にある家族の墓があることや、ネットでも紹介されている。

  もともと裕福な家族がここで子供を教育させていたという。全寮制で、宗教的休日のバイラムの時しか実家に帰れなかったらしい。

  彼の祖祖父に当たる人が、オスマントルコ時代に教師をしていたそうで、この敷地を譲り受けたのだという。

  そこでたまたま出会ったドイツ人の女性と計5人で改めてお茶を飲んだりして、夜中まで楽しんだ。

  初日早々、アドゥヤマンとは違い面白い展開になるとは。

  わからないものだね〜〜。

 

  さあて、明日から役所に行ったりして散策と資料集めを開始する。

  食い倒れの街は、やはり何かがありそうだ!

  ホテル代が安いので、少しスローペースで行動することにしよう!

  

  

アドゥヤマン・2日目 天国の漆喰?? 名物のデザートとは

 

   チーズのヘルワに使うとろけるチーズ  アドゥヤマン
 
  ペイニルヘルワ  アドゥヤマンの名物 ペイニル・ヘルワ
  黒色の桑の実のジュース 果汁80パーセント
  黒色の桑の実のジュース

マラトヤ〜アドゥヤマン

 

  今日はマラトヤからアドゥヤマンに向かう。

  小さな乗合バスで約2時間ばかり。15TL(約670円)

  南へ500〜600m下ったところだ。

  マラトヤよりも更に暑さが増すという。

  アドゥヤマンに着いたが、何かいいフィーリングを感じない。

  何の根拠もないが、何かあまり面白そうな予感がしない。

  マラトヤが楽しかっただけにな〜、そう続くはずもなく。

 

  まずはホテルを確保せねばと、いろいろ周ってみるものの、

  値段の割に納得できない内容。

  どうしようもなく高めのホテルで2日間泊まることにし、ディスカウントを試みた。

  65〜55へ。

  それでも55TLは自分の予算では結構高め。高めのホテルではいい朝食が味わえる点ではいいのだが予算外。日本円に計算するとそれだけか!と思えるがこれに甘えてしまい、積み重なると大きな違いになるのだ。

  一先ず2日間だけはと思いイスケンデル・ホテルに決めた。2日の滞在でどこか別の場所を探すとする。

  夕方、郷土料理を食べようと街に繰り出す。

  マラトヤと比較して、明らかにチー・キョフテ屋さん(ウルファという地の名物で、辛さとニンニクを効かした食べ物)が多い。

  あちこちのその店が並んでいる。

  ウルファに近づいていることも確かだが、辛いものが好きなのだろうか?

  食文化が似ているのは、どちらなのか?マラトヤかウルファか?

  明日からの調査に委ねよう。

 

  今日はいろんな人に聞いてHANIMELI(ハヌメリ)というお店に決めた。

  といっても、あまり目新しいものは見つからず、、。

  冷たい前菜として食べられるメイル。中に焼きナスが入っている。  ムンバルは小腸にブルグルとお米、挽肉などを詰めて煮たもの。アドゥヤマン  

  メイルという冷たい前菜とムンバル(大腸の詰め物)に決めた。

  メイルはヨーグルトに茹でたドヴメと呼ばれる小麦と焼きナスが入っている。

  そして上からみじん切りの玉ねぎをバターでしっかり炒めたものを上からかける。

  味自体は素材の味しかないが、

  プチプチしたドヴメの食感と焼きなす、

    甘く炒めた玉ねぎと

       柔らかい酸味のヨーグルトのコンビ。

 普通の甘くないヨーグルトを食べる感覚だが、いろんな食感が楽しめていい。

 

 一方ムンバルはトルコの至る所で作られる料理。小腸に詰めたものをいう。

  ここのはブルグルやお米、挽肉に赤唐辛子をかなり効かせて煮てある。

  店員に話しを聞くと、ここでもかなりブルグルの消費が多いみたいだ。

  マラトヤでもそうだが、更に多いらしい。

  

  明日から本格的に散策開始とする。

 
  

  

  

約束したレンズ豆のブルグルピラフ!

 

     今日は昼食の約束をしていた。

   なぜこういう話になったのか?

   それは昨日午後からずっと、チーズ屋のシャーヒンさんのところで、マラトヤチーズについていろいろと教えてもらっていた。

   彼との会話の中で、

   ”ブルグルピラフを食べたい”と申し出たところ、

   明日の昼にここで作ろう!

   という話になっってしまった。

   実は、こういう機会こそ、僕が一番望んでいることなのだ。家庭の味を食べ、それを一緒に食べながら、それについての話を聞けるからなのだ。

   そこで図々しく、黒レンズ豆のピラフがいい!と希望したのだ。前々からこのピラフが美味しいと聞いていたので、あえて希望したのだ。

   みんなはトマトビューレと挽肉が入ったものがいいと言ったが、食べたことのないものを是非と言って主張を曲げなかったのだ。

   御馳走になるにも関わらず、、、。

   

   しかし、昼に行くと週末だったので、一通りも多く、約束はしたものの商売の邪魔になるだろうと思った。

   無理はしないでくれと言ったが、

   結局店の前の隅っこで準備し始めた。

   店員にはピラフ用のブルグルと黒レンズ豆、玉ねぎ、ピクルスを買いに行かせた。あとは店のバターのみ。

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   まずは黒レンズ豆を洗って、茹でる。

   その後別の鍋にビックリするほどの大量のバターを入れ、

   みじん切りの玉ねぎを炒める。

   じっくりと黄金色になるまでだ。

   そこにブルグルを投入!

   混ぜてから、豆を投入し、茹で汁を加える。

   塩を加えて、弱火でじっくりと炊き上げるだけ。

   仕上げには火を止め、数分間蒸らす。

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  店の人の通りに、思いっきり食卓を作り、近所の店主たちと昼食を食べる。

  ”ピラフには生の玉ねぎとピクルスがなければならない!”

  ”アイランもだ!”

  

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  イブラヒムさんとも合流でき、濃いメンバーになってしまった。

  男くさい昼食だが、これこそ遠慮なく飯が食えるというもの。

  味の評価は言うまでもなく、最高〜〜〜!

  作り手のシャーヒンも、

  美味しいという意味の合図でポーズ!

  もうスプーンを持った手が止まらない。

  あんなにバターを入れたのに脂っぽくない。

 茹で汁の味もしっかり入っているし、塩だけなのにうまみを十分に引き出されたピラフになっていた。

  アクセントに甘い新玉ねぎときゅうりのピクルスをかじりながら味に変化をもたらす。 

  まさに日本でいう炊き込みご飯に漬物の組み合わせ。

  しかも、次の日のピラフがまた更に美味しいというから驚いた!

  全くと言っていいほど似ている。美味しくて頬がゆるむ!

 

  そのあと、みんなとの会話の中で非常に興味深い話しを聞いた。

  それは息子が結婚をしたいという意思を両親に言うとき、恥ずかしいという気持ちがら直接言葉で伝えられないことがある。

  そんな時は台所で母親が作ったブルグルピラフにスプーンを縦に突き刺して伝えると言う。母親は父親に伝える習慣もあるのだと言う。

  
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   2つ目はブルグルピラフが出来上がった時に、そのピラフの底が焦げていたら、それを食べる人が独身なら、結婚式は晴れると言う。

   逆に結婚式で雨だっら”焦げたピラフを独身時代に食べたわね!”って言われるらしい。

   一つの面白い迷信だ!

 

 

   そして最後には、レンズ豆のブルグルピラフは鉄分を多く含むので、出産時の女性には母乳の為にこれを食べさせると言う。

 

   それだけ生活に密着した食べ物なのだ。

 

   こういう話こそ食文化を伝える核になる。

   

   

   インターネットでは決して調べられない

 

  生活に根差した話題こそ、

 

  僕が旅で一番大事にしていること。

  

  みんなに感謝だ!

 

 

 

 

 


マラトヤで今回2度目の取材! 

   

   今朝はイブラヒムさんと朝食をともにした。

   マラトヤのノスタルジーというカフェに連れて行ってもらった。

   昔の家改修し、調度品なども飾ってあり、昔の雰囲気に浸れる場所である。

   ここのオーナーとの話の中で、

   マラトヤの新聞社を呼んで取材をしよう!

   という展開になった。

   前回の旅でもそうだったが、新聞社の人も興味関心を持って、走って駆けつけてくれるのだ。

   サムスン県に続き2度目。

   マラトヤでお世話になったイブラヒムさん

   マラトヤの地方紙の取材

  自己紹介と、なぜこのような旅をしようと思ったのか、トルコへの想いなども伝えながら、テレビのインタビューに答えた。

  またこの内容も明日の新聞の記事になるそうだ。

  毎回なのだが、本当にトルコ語が話せている事がかなりのアドバンテージになっていることと、昔カフェをしていた時に、トルコのイベントを企画したこと。友人がトルコの楽器の演奏者であり、彼のコンサートと食事会、また子供たちの夏休みの思い出にとトルコの笑い話の読み聞かせもしたことがあった。

  そういう話を彼らにすると、驚いて更に関心を持ってもらえることだ。

  利益度外視で、ただただそういうイベントを地元で行いたかったし、少しでもトルコを紹介できればという思いだけだった。

  しかし、時を越え、旅に出かけた時に、

  ”カフェでしたことは決して無駄ではなかった。この場でそれ以上の見返りを感じるのだ。”

  心からしたことは、心で返ってくる。

  僕はそう信じるし、そうだと思う。

  

  それから、イブラヒムさんと市場へと向かい、名物のマラトヤのチーズやあんず屋さんに伺いながら、いろんな人を紹介してもらった。

  すると、どうだ!

  ばったり道でトルコの全国放送のチャンネルCNNトルコが番組の取材を行っていた。イブラヒムさんと僕は、偶然とも言えるタイミングで出会ってしまった。

   旅番組でマラトヤを取材していて、僕も街中で出会った珍しい外国人ということで、街角レポートを受けた。

   彼らもイブラヒムさんのようなマラトヤを知り尽くしている人を探していたらしく、お互いがマッチ。

   それからは僕も取材班についていろんなところに同行することになった。

   テレビには街角レポートとして5月末の放送で出るそうだ。

   CNNトルコの旅番組の取材

   イブラヒムさんが、

    ''Sen çok ballısın!''

   ''Bir taşla iki kuş vurdun!''

      今日、伸也はとても運がいいね!

   おまけに一石二鳥じゃないか〜〜。

   私と言う石を使って、マラトヤの新聞社と全国局のテレビと2者を落としたんだから!

   こんな事ってあるんだな〜〜。

   偶然にも程がある。

 

   その後、アンズ畑を撮る。

   7月が収穫の時期だが、果樹園には車でしか来れないからよかった。

   5月上旬のアンズ畑にて
  

   5月上旬時点でのアンズ

   一つとって食べてみた。エリック(すもも)のように、まだまだ酸っぱい。

   中には未熟なアンズの種があった。

   7月にはこれが山吹色に熟し、マラトヤの最盛期が始まる。

   フェスティバルも開催され、品評会もあるそうなので、その頃また来れたらと思う。

   

   マラトヤのキャラバンサライ(隊商宿)にも伺った。

   ハンと呼ばれるものもそうだが、これはハンよりも規模が大きい。シルクロードの幹線上に設けられる施設だ。馬やラクダを連れて移動し、ここで宿をとる。一つ一つの枠に各自の暖炉と荷物起きがあり、動物も結んで置ける。

   彼らの活躍あって、物や人が行き来し、文化交流が生まれ、お互いが刺激し合える。

   マラトヤのキャラバンサライ(隊商宿)

   昔は点と点を結びなから、その先にあるキャラバンサライを目指し、商売の旅をしていた。

   今は単なるホテルしかないし、点としての存在でしかない。

   なんともロマンの無い時代だろうか。

   今の時代にこういうものがあったらな〜。旅がどんなにか楽しいものになるだろうに。

   

   そして今日の最後は、マラトヤにあるダム湖へ。

   グッドタイミングで、が出ていた。

   マラトヤのダム湖で虹を見る。
 

   何か今日一日を象徴しているかのようで、

   すごく幸せな気分になった。

  

   虹をしばらく眺めながら、今日一日を思い起こし、感謝した。

   

   

 

   




スィワス〜マラトヤ イブラヒムさんと対面

   

    今日は午後からマラトヤに向うことにした。

  学生たちは遅くまで寝ているので、一番面倒を見てくれたシナンとムスタファだけを起こして別れのあいさつをした。

  この一週間、昼と夜の逆転の生活につきあい、

  いかに自分が年をとったのかを感じるひと時だった。

  それでも、倍近くも多く生きている僕を歓迎してくれて、学生の友達と同様、冗談を交わしながら、よく絡んでしたもんだ。

  多くを共にすれば、それだけ別れはいろんな想いが経ちこめてくる。

  彼らのお陰でいろんなもの食べれたし、見れたし、感じれた。

  いつもそうだが、フラッシュバックし感動してしまう性格。

  涙も出てしまう。 泣き虫は更にひどくなりそう。

 

  正午のバスに乗り込んだ

  約4時間の旅。25TL(約1200円)

  昔のオトガルでおろしてもらい、ホテルがある中心へと歩いて向かった。

  そこで良さそうなパレスホテルで値段交渉。

  通常70TLらしいが、数日の滞在ということで45TL(約1900円)までディスカウント。

  しかも朝食付きだ。フロントのきれいなお姉さんも、部屋と朝食はお勧めなので、満足して頂けますと、念を押してくれたのでここに決定。

  改修したようで、かなり綺麗。

  ネットも使える。

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  その後、街中を散策。

  早速、イスタンブールのニルハンさんが紹介するマラトヤの知人に電話する。

  夕食はマラトヤ・ムトファウというお店を勧められた。

  そこで郷土料理を堪能できるという。

  5KONAKLARIという場所で、昔家族の家で五つの家が並んでいる事からこの名前が付いている。

  政府が買収し、改修。観光案内所、博物館、レストランとして使われている。

  綺麗なお店で期待も持てそうだ。

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  マネジャーの方にイブラヒムさんの知人であると伝え、食の探求をしていると説明すると、特別に少しずつお皿にもって、お任せでいろいろ出してくれるという。

  数品サービスもして頂いた。

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  タルハナ・スープにひよこ豆、小麦が入ったヨーグルト

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  ピザパンとタンドールで焼いた薄焼のパン

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  これが名物のAnalı Kızlı köfte

  ”母と娘の団子”だ。トルコ人らしいネームのつけ方だ!

  見てもわかるように、母親が大きな団子で娘たちが小さな方。

  ブルグルで作られていて、大きい方には挽肉が入っていて、小さい方は何もない。トマトベースのスープ状の料理。

  


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  イチリ・キョフテもまた名物の一つ。

  スィワスでも食べたが、ブルグルの生地の中にはここでは挽肉が詰められていた。母と娘の団子と作り方は同じだ。

  バターでしっかり甘く炒めた玉ねぎと挽肉が味を決める。

  一度茹でて、バターで再び生地を絡めるようだ。

  これは日本人の味覚に合っているし、文句なしに美味しい!

   
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  今回興味を引いたのがこの料理。

  さくらんぼの葉を使った巻物料理だ。

  トルコでは通常ブドウの葉を使ったものが多い中、

  ここマラトヤではこれ以外にもカリンやインゲン、

 ヘーゼルナッツ、桑の葉など

  食べれるものは何でも巻物料理(SARMA)に使うようだ。

  それぞれに季節があるし、サクランボの葉はまさに今が旬のようだ。

  この葉にもブルグルを詰めて茹でヨーグルトと一緒に煮る。

  仕上げにはみじん切りの玉ねぎをバターで炒め上からかける。

  味付けはほとんどなく、素材の味を味わう。



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   最後にデザートとしてアンズの詰め物を頂いた。

   乾燥させていたアンズをシロップと共に煮て、取り出しクルミを間に詰める。

   それをオーブンに入れて250℃で15分。

   仕上げには溶かしバターとクルミをふる。

   甘さはあるが、砂糖なしのチャイと頂くとまったりできる。

   ドライフルーツの文化の少ない日本なので、出来るだけ機会があれば食べるようにしている。

   今日の料理だけでも、いかにブルグルが料理に反映されているかがわかる。

   勿論名物のアンズを含めてだ。

   これは明日から、街中を散策しながら探し求めていきたい。

 

   イブラヒムさんが電話のあとすぐに支度して、駆けつけてくれたみたいで、

   食事を済ませロビーで初多面。

   県庁の広報部で働いている方で、いかにもという風貌だった。

   でも話しをしていくうちに、トルコの公務員らしかなぬ、仕事に対しての姿勢も熱心。マラトヤを調べている僕にも正面から向き合ってくれる。

   明日からイブラヒムさんが仕事の合間をぬって、いろいろと案内してくれるという。とても心強い。

   丁度その時イスタンブールのニルハンさんから彼に電話があった。

   人と人との繋がりでこうして楽しく、素晴らしい時間が過ごせていることをすごくうれしく思う。

   彼女にもよろしく言ってくださいと伝えた。

   明日からのマラトヤ滞在、いかに!

 


 

ディブリイを改めて散策


  ディヴリイには大モスクの他、このような古いトルコ独特の家を

  散策の中でみることが出来た。

  かなり修復されたものと、これからのものも街中に混在しているようだ。

  トルコでは大きく一面の壁全体が張り出した出窓がよく見られるが、

  8角形の出窓がこの地でのもう一つの特徴でもあるらしい。
 

  

  

 こういう、入り組んだ家って、見ているだけでも楽しそうだし、

 色々と移動するだけでも、ワクワクしそうだ。


 その後、再び大モスクへ訪れた。

 やはり何度来てもいいところだ。
 
  

 大モスクの3分の1を占める病院側である。

 ユスフさんに説明してもらった事を思い出しながら、改めてじっくりと見ようと思った。

   この門を入ると、目の前には大きなステージが見える。
  
 音響効果もしっかり計算され、ここで演奏される音は、

 この中にある各部屋に均一に聞こえるのだそうだ。
 
 またステージから外を見ると、やわらかな光が室内に入ってきて、非常に心地いい。
 
    

 そして、真ん中に位置するのが、このプールである。

 

 大きいものではないが、水の流れが細かく計算されている。

 両サイドから水が落ち、真中に貯まる。

 そこのある小さな2つの穴から、それを囲んでいる溝に流れる。

 グルグルと渦を巻いている所から下に落ち、その水が再び上に上がってくると言う。


 そして、何といってもここは病院。

 演奏している音楽と、ここを流れる水の音で、

 知能に障害がある患者を治療していたと言うのだ。
 
 約600年前にも関わらず、その当時の治療がいかに進んでいたのかがわかる。

 それには本当に驚かされた。

 
 また、この門の左右の柱には、この施設を立てた

 アフメット・シャーとその妻のトゥラン・メリックのレリーフが存在していたという。

 イスラム建築において偶像崇拝はタブーだし、それを彫刻するとは禁止されている。

 しかし、イスラム教が生まれて以来約600年後に建てられた時代、

 ここで生まれた文化は進んでいたのではと感じさせるのだ。

 建立者を神として崇拝するというよりも、感謝と尊敬で彫刻したのだろうし、

 その想いも十分伝わるし、それに値するほどの施設だと思うからだ。

 今は、その彫刻も壊されている。ドイツ人の研究者が、その彫刻を自書の絵で復元している。

 偶像崇拝が禁止されているからこそ、美しい幾何学模様が発達した事は勿論だが、

 それを壊すと言うのは、どういうものか?

 例外を許さないイスラムの絶対的な教えもすごいが、

 それをも越えて彫刻した

      当時の考え方を知ってみたいなと思った。

  

  そして最後の夜に、

        高台に登り3つの門が見渡せるこの場所で写真を撮った。
 
  ディヴリイの大モスク 3つの門が見える高台からの眺め

 
   今後政府の計画では、この周りの家々は買収し、壊され、景観を守る意味でも緑化されるそうだ。

   乱雑に建てられた家々が周りにあり、またモスクを囲む敷地もかなり狭いため、この計画は良い方向だと思う。

   ただ、どこにでもあるような観光地にだけにはなってほしくない。

   そう思いながら、しばらく眺めていた。

   

   さあ、明日は再びスィワス。友達の元へ帰ろう!

   

ディヴリイの城塞に登る


 
   今日は早朝6時半に起き、ディヴリイの城塞へと登った。

 上からの眺めは最高だとユスフさんから聞いていたので、楽しみでしかたなかった。

 はっきりとした道はなく、ただ上を目指し登って行った。

 少しばかりお菓子とナッツを買いこみ、ささいな朝食を頂上で食べることにしたのだ。
 
 ゆっくり歩いて30分くらいだっただろうか、

 頂上からみる景色に驚くと言うよりは、

           何かほっとした感じだった。


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 早朝の綺麗な空気と、静かな音、大モスクを核に広がるディヴリイの町。

 遠くに見える景色だが、包まれている感じさえした。

 そこから暫く、いや一時間はじっとして居たかもしれない。

 そこから離れたくない気がした。

 その一体感をずっと味わっていたい気がした。

 またこの場所で包まれたいな〜〜、と思った。

 必ずまたここに来よう!。

 今日はこの話をユスフさんに、熱く語った僕を想像できるだろう!


ディヴリイ・2日目 ユスフさんと対面、大モスクに驚き!




今朝、加瀬さんから電話がかかって来た。

”今ディヴリイにいるんでしょ?”

”昔、ディヴリイの写真展で知り合ったユスフさんって人がいるから、是非紹介したいのよ!”

そう言って彼の携帯電話番号を教えて頂いた。

午後から、彼の経営する店を探して町を歩いていると、彼が僕を見つけて初対面となった。

見るからに人が良さそうな人。




アマチュアカメラマンだが、腕は確かだ。

ディヴリイの写真はとことん撮っているし、この地を深く愛している。

チャイを飲みながら、互いの自己紹介を済ませると、ユスフさんが大モスクを案内してくれた。



待ってました!

この建物の中にはモスク病院が併設してあった。

音楽ホールとしても機能していて、舞台もあるし、計算された音響効果だ。

真中には水が貯められていて、ここでも計算され水が流されている。

昔にもかかわらず、知能の病にかかった人が、ここで音で治療を行っていたと言うのだ。

すごい!

しかも約1300年の時代に、ここまで計算された病院があるとは!

隣にはモスクが併設

メッカの方向を示すキブラにもチューリップの複雑なレリーフが。
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案内を終わり外に出ると、

モスクの入り口に影が。

前々から聞いていたあの影だ!


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日本人がこの影を発見したと言う。

男性が腕を組み、

 少し体を傾けイスラム式の礼拝を行っているところだ。


疑いようもなくそう見えるではないか!

神秘的だ!

ユスフさんは黙って僕を引き連れ、モスクの角を曲がった。

思わず

”わ〜〜〜〜”  叫んでしまった!
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”そうなんだよ、ここはわ〜〜〜っと叫ぶ扉さ!

   そう言わせるために、黙っていたのさ!”

さすがだ!サービス精神と言うか、よく心得ているな〜。

答えを先に言わないところがいいね!

迫力のある門、これこそが天国への扉と呼ばれている所以だ。

左右対称に見えるも、デザイン一つに一つとして同じものはない。

おまけにイスラム教では偶像崇拝は禁止にもかかわらず、

      ここには男女のレリーフが存在すると言う驚きも。


セルジュークの遺跡は今まででも見てきたが、ここまで感動したものはなかった。

迫力もそうだが、格が違いすぎる!

加瀬さんが見ないで死ぬなとい言った意味もわかる。人生一度は見るべきだ!

セルジューク朝の建築はシンプルだがレリーフにおいてはピカイチ!

光と影がその芸術を更に輝かせてくれるのだ。

今日はユスフさんとも出会えて、楽しい話もできたし、彼のお陰でこのモスクを知ることが出来た。

何という日だ。

今日という日に感謝だ!









世界遺産のディヴリイへ


   昨晩は友達と朝の4時まで話し込んでしまい、起きたのは11時。
 
 みんなも全く動く気配なし。

 今日はスィワスを離れて世界遺産のあるディヴリイに向かう。

 2,3日の予定で再び市内に帰ってくる予定だ。

 面倒を見てくれているスィナンが、バスターミナルまで連れて行ってくれた。

 ここからミニバスで3時間の道のり。

 ここ1週間同じアパートに住み、同じ行動をとっていたので、結構窮屈さを感じていた。

 そういう意味では、一人になれ、遠慮なく自由に行動できる。

 おまけに世界遺産があるときた。

 ワクワクしないではいられない。

 ディヴリイにある大モスクは約700年も前に建てられたにもかかわらず、

セルチュク時代の見事な装飾は見事にも今日まで残っていると言う。

 イスタンブールに在住のトルコの母こと加瀬さんが、以前2008年に大モスクの写真展に行った際に記録として書いた

 ”これを見ずして、死すなかれ!”とトルコ語で書いたそうだ。

 展示会を開いたカメラマンがこれをキャッチコピーとして使ったところ、これが浸透していったという。

 今トルコ中でも、いや、これからは世界にこの言葉が浸透していくのではないだろうか。

 そこまで言われるほどの大モスクについに遂に会えるのだ。

 ホテルに着き、荷物を下ろしセッティング。

 夕御飯を目指し街へと向かう。

 コナックという一番大きいレストランで食事をとる。

 郷土料理を求めたが、気を引いたのはパチャスィワス・キョフテだった。
 

   

 パチャはトルコのどこでも食べられる牛の部位を使ったスープである。

 しかし、スィワスの物は表面にバターが浮いている。

 バターを多用するこの県では。

 特にスィワス県は冬が寒いので、
          バターを多用し体温を保つのだ。


 
 その後に注文したのが、スィワス・キョフテ(肉団子)

 牛の挽肉を1度挽いて、繋ぎを合わせないで捏ねる。1番寝かせてからもう1度挽いて捏ねる。

 そこまで丁寧に仕込んだ後に、形を整えて焼き上げる。


   


 1人前6枚ある。脂身が少なめで、しっかりとした食感が特徴。
 
 香辛料は使わないで塩のみと言うから、相当肉質に自信があると見える。
 
 肉自体の旨みをあじわうには、塩だけでも十分だけど、さすが食にうるさいスィワス人。

 レモンやコショウをふって味を変えてみたりしたが、肉の味にレモンやコショウが負ける感じがした。

 そのままで食べるのが正当だと思う。

 
 スープとキョフテと水で17TL(約780円)

 ゆっくりと夕食を終えると、もう外はうす暗くなっていた。

 モスクの方へ歩いて行くと、すでにモスクはライトアップされていた。

 何がこののどかな町に、ここまで風格のあるモスクがあるとは。

 下から見ているだけでも、その威厳さを感じずにはいられない。

 何か近づくのさえも恐れ多い、そんな気さえした。



        


    今日は眺めるだけにして、明日じっくりと見よう! そう思った。



スィワスのカトメル作りを見学、釜土屋の様子


すでに彼らの学生生活のペースに完全に合わせられ、起床時間は昼。

そして、朝食?を兼ねて街へと繰り出す時間は2時。

彼らの常連先でもあるCAFEにて、朝食を食べるのだが、隣の釜土屋でピザパン(何ものせていないシンプルなピザ生地)と赤パプリカを焼いてもらった。

それに、スーパーで買ってきたオリーヴ裂けるチーズを買ってきて、後はチャイだ。


ここのカフェは学生のみのカフェで外からのオーダーもOKでチャイのみ払う。

ピザ生地にチーズと赤パプリカを挟んで巻いて食べるらしく、真似して食べると

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”お〜〜、いけるやん!”

パリモチのピザパンに、甘さのたった赤パプリカ、塩味の効いたチーズとのコラボだ。

味と食感に変化をもたらせるためにオリーブとサラダをつけあわせに食べる。

これが安くてお腹いっぱいになる学生の裏テクなのだ。

今日は、オーナーの計らいで隣の釜土屋の見学が出来た。


スィワス名物のカトメル作りが拝見出来る。

早速お呼びがかかり、そちらへ移動。


 

生地には油が含まれているため、パイ生地に近い

そして広げて、仕上げにこうしてナイフで切り込みを入れ、窯入れする。


  

焼きあがったカトメルはぷく〜〜っと膨れ上がり何とも美味しそう。

切ってくれて、味見させてくれた。

一番上の生地は針のように細くぱりぱりとほぐれるほど。

下の生地はしっとりとした層になっている。

通常スィワスでは朝焼き上げてなくなれば追加で焼いていく。

油分を含んでいるから、油が回ってしまうので、焼立て以外はあまりお勧めは出来ない。

スィワスではこの窯土屋さんは、とにかくお客さんの要望に応えている。

来る人来る人、要望が違うことだ。

以前にも紹介したが、窯土屋ではパンやピザを焼くのが仕事だが、

地元の人は、
    各家で調合したピザの具を持ってきて、
                 焼いてもらうのことが多い。


ここでも、カッテージチーズを持ってきたお客さんがピザを焼いてもらいに来ていた。

”今日はお客さんが来るので、妻に配合してもらって、俺が使いに頼まれたのさ!”

手には容器にいっぱいのチーズの具が。

 

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この辺りでもこのチョケレッキと言うチーズにパセリ青ネギとバターを混ぜて配合し、ピザ生地にのせて焼くパターンがあるみたいだ。トカットでも食べたが、超おいしいのだ。

  チョケレッキ・ピデ スィワスの窯屋にて



次に訪れたお客は、ここで鶏の串焼きを焼いてもらい、ピザパンと合わせて一人用の食事に仕上げてもらっていた。

これは、すべてここでの裏メニューらしい。

通常こういうレストランメニューは、
     法律で窯土屋では出してはいけない
のだが、
                                言われればするという程度。

しかも超格安でしてくれるのだ。

通常シシケバブ1串にパンを合わせれば、10TL(450円)以上は最低でもかかる。

それが半額以下で食べれるのだから信じられない。

それをメインではなく、あくまで+αであればいいらしい!

どこの窯土屋でもしてくれるサービスではないので、常連になる以外方法はない。
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そして、その次はどうだ。

主婦が、大量の野菜(ナス、ピーマン、ニンニク)を持ってきて、それを丸焼きしてもらっていた。

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”え〜〜〜、そこまでする〜〜”

常連客なら焼き代がタダだったりする。

これを持って帰って、焼きナスサラダにしたりするそうだ。

相変わらず、素晴らしい助けあいサービスだが、
                  ここスィワスは特にバラエティーな気がする。

オーナーが、お客さんの焼きナスをとって、勝手に裂いて

”おい、この焼きナスに塩ふって、ピザパンと一緒に食べてみろ!うめ〜〜ぞ〜!”

そういって差し出してくれた。

”これお客さんのでしょ!”

”いいのさ、ここでは!”

まあトルコじゃあり得るけど、改めてびっくりやな〜〜〜。

何のためらいもなく、差し出す所がトルコらしい。



ってな感じで、何とピザと焼きなすとを組み合わせて食べた。

お初の組み合わせだが、これもありだ。

とにかくトルコは野菜が甘くておいしいので、焼くと更にその甘さが引き立つ。


来る人来る人、僕を珍しがっていて、仕上がった物を一切れ食べさせてくれるのだ。

逆の立場だったら自分もそうすると思うけど、 みんながそうしてくれるのがトルコなんだよな〜。 

やはり、
 
 窯土屋と市民の生活との繋がりは相変わらず強いな〜〜

  と改めて感じるひと時だった。

友達の家々をはしごする。家庭料理を味わう。


  今日も相変わらず、一日の行動は遅い。
  
 午後からの動きだしとなる。

 村に連れて行ってあげると、友達が前々から約束してくれたはいたものの、

 なかなかそんな雰囲気ではなかった。

 せっかくなので村の生活を見たいと言っていたが、無理やりっていう訳にもいかないし、、。

 夕方頃親戚に連絡したら、来てもらうのなら準備がいるといって御断りになられた。

 少しでもスィワスの家庭生活を垣間見たいと言うと、郊外の親戚の内に連れて行ってもらった。

 そこで、見させてもらったのは庭に生えているマドゥマック、イェムリック、エヴェリックの植物。

 生えている姿を見るのは始めてで、そのまま食べさせてもらった。

 そこのお母さんが今晩の食事に加えるため 、収穫する。

 マドゥマックはこんなに小さいのを刈り取るみたいだ。

 チョルム、ヨズガットでも食べたマドゥマックはここスィワスでも食卓にあがるが、他地域よりも消費量が多いようだ。

 


 エヴェリックもロルというチーズを中に入れて巻く料理にもなったりする。
  

 イェムリックもサラダとして塩を振って食べるのだと言う。 

 

   トルコにはとにかく食卓にあがる植物が多い。

   今回一番面倒を見てくれているSINANの親戚で、続いて彼の両親の家で、スィワスの定番のスープを頂くことになった。

   MERCIMEK HERLESI

   レンズ豆と小麦を使ったスープとでもいえようか。

   スープのベースは緑レンズ豆を使うが、このスープはチョルム、トカットでもほぼ同じスープのようだ。 

   このスープの最大の特徴でもあるのが、小麦をバターで炒めた後にこのスープに入れることだ。

   それをスプーンで軽くかき混ぜると、このようにだまになる。

   外はしっとりと団子のように、

  中はポロポロとした小麦の食感が残る。

   すでに一度炒めているから粉っぽくなく、あえて言えばお菓子の感じがする。



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  なるほどね〜〜〜。

  こうして食を楽しむやり方もあるな〜〜。

  実に面白く、好奇心をかなりくすぐられた。

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  加えて、チーズをこの中に砕いて入れてもいいという。

  こうして一つのスープでもいろいろと味を変えながら食べるというのも食の楽しみの一つとも言える。

  残念ながら、お母さんはこれを提供した後に、用で外出したのでお話が聞けなかったが、お父さんと語らいながら、みんなでスープをすすったのだ。

 

  その後、他の友人宅に移動し、

   ここでは名物のイチリ・キョフテを頂いた。

   前々からこの日に招待したいと言われていたので、手土産をもって訪問した。

  イチリとは中に具が入っているという意味で、

 キョフテは団子。

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  ここのイチリ・キョフテはトルコで一般的なものとは少し違いをなす。

  まずは通常油で揚げるものが多いが、ここでは茹でるだけ。

  ほかの地域には卵にくぐらせて揚げるというやり方もあるようだ。

  揚げるとカリッとしているが、これはもっちりとした食感が特徴。

 

  そして、具については炒めた挽肉が多い中、

  ここでは具にトマトベースのポテトを入れ、肉も小口切りにして入っていた。

  ブルグルという小麦で作られた細かい粒を練って、中に具を詰めて茹でる。

  アツアツのキョフテに、溶かしバターをしっかりと上からかける。

  バターを多用するスィワスではその香りもいい。

  お好みでバジル入りのトマトソースをかけて食べてもいい。

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   ポテト大好き人間としてはこのキョフテは好物にならないわけがない。

   みんなと競い合って食べたほど。

   挽肉だけとは違い、ポテトと肉のコントラスト、肉の存在感もあってこういう組み合わせも面白い。

   またバジル入りのソースがいいね〜〜。

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   バジルも2種類あって黒い方はかなり香りもキツイ。

   夏にこれらを摘んで乾燥させ保存して、

    冬にスープやキョフテに使うのだそうだ。

   バジルの文化も今のところ調べている限りでは、カイセリからスィワス〜エルズルムへと流れて行っている。気候と関係しているのか?また他の要因があるのか調べる必要がある。

   彼らと知り合えたからこその貴重な経験だ。

    
   学生の一人が、

   ”伸也のお陰でここ数日旨いものばかり食べれるぜ〜。”

   というので、

   ”感謝してるのか?”

   と冗談を交わしながらの、楽しいひと時を過ごした。

 

 

   





スィワスので朝食の一つ、”羊の頭のオーブン焼き”



     kelleci

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    kelleは トルコ語でを意味し、ciはそれを扱うお店または

 つまりは羊の頭を売る店となる。
 
 ここスィワスにおいては、人口の割には店もあり、また内臓を売るお店も多い。

 以前少しは食べたことがあったが、あまり記憶になく改めて挑戦することにした。

 街中でこのケッレについて話を聞くと、どうも朝の食べ物らしい。

 早朝5時くらいから10時くらいで終わってしまうというのだ。

 トルコでは朝の食べ物の一つとしてスープが提供されるが、その土地土地にそれ以外にも名物となる朝メニューが存在する。

 ここではどうやらこれらしい。

 友達の家に居候して居て、早朝起こしてもらって、数人で出かけることにした。

 かまど屋に着くや、とりあえず一つ注文した。

 12TL(540円)で半分は6TLとなる。

 大きなステンレスの箱から頭を取り出し、
 
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  鉈で軽く叩いて、あとは手で2つに割った。

 
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 テーブルに紙を敷いて、真中にそれを置いた。

 友達は僕に各部位を説明し始めた。

 まずは左から舌、目玉、頬肉、脳、首まわりだ。

 脳味噌と目玉もこのようにそのまま存在する。
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 人によって好みはそれぞれだが、それでも一番美味しいところはやはり目の周りのゼラチン質

 僕は日本でも魚の兜煮を食べるときも大好物なのは目。

 どこの国でもそれは同じなのだ。

 これらは、すべて手で取り分けながら食べるのが通常。

 Tavuk,balık,kelle;bunlar yenir elle.

 鶏肉、魚、頭、これらはすべて手で食べられるものだ。との言葉もあるくらいだ。

 分けた部位を好みに合わせてとり、

ピザパン
の上にのせて、タイム赤唐辛子をふりかけて

   

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 丸めて食べるのだ。

 羊に関しては、まだまだ独特の匂いに抵抗がある。

 恐る恐る匂いを嗅いで見たら、匂いはしない。

 安心に思い、各部位を食べるとすべて匂いは消えていた。

 何とも美味しく仕上がっているではないか。

 脳とゼラチンを食べると、驚いたほどだ。

 ここまで美味しい羊の頭のオーブン焼きは初めて。

 
 話を聞くと、昼には店を閉め次の日の仕込みに入る。

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 冷蔵庫に保管してある頭を、オーブン用の箱に互い違いに頭を入れて、

 仕上がった時に形が崩れないようにする。
 
 これをかまどに入れて、しっかりと泥で塞いで、翌朝の5時まで炭火でじっくり火を通すのだと言う。

 そこまで時間をかけてまでするらしい。


 ここに買いに来たお客さんに尋ねてみた。

 ”これをどこで誰と食べるんですか?”

 ある人は、

 ”今日は週末なので、家族と一緒に朝食として食べるよ!”

 またある人は、

 ”週末はまかないがないので、仕事場で同僚と分けて朝食を食べるのさ!”

 そういう返事が返ってきた。

 友達も小さい頃、定期的に日曜日に家族でここに食べに来ていて、それを楽しみにしていたそうだ。

 今の若い世代はあまり好んで食べないらしく、需要も減ったと言っていた。

 昔は1000個も作っても売れていたが、今では100個ぐらいが精いっぱいだと言う。


 実際朝から重い食べ物だが、夕方まで腹もちがいいとの事でよく食べられてるらしい。

 こういう朝食の文化は土地土地に特色があるが、

     基本腹もちがいいと言うのが

              共通の条件として言える。

 
 また店主との話の中で、すごく面白い話を聞けた。

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 昔罪を犯した人に与えられていた罰の一つで、

  40日間同じ食べ物を食べ続けると死ぬという罰
があったと言う。

 数人の受刑者の中に、このケッレを希望した人がいて、

 初日に脳味噌、2日目に舌、3日目に目と言う風に、

 毎日違う部位を食べて
40日間を過ごしたと言う。

 すると、その人だけが死ぬことなく生き延びたと言うのだ。
 
 5つの部位が存在していて、

  それぞれに違う美味しさや栄養があると言うのが、

               このケッレの特徴でもある。


 スィワスの朝の食文化、これもまた生活に密着したものだと実感した。

 

  

スィワス・2日目 タメルさんに案内してもらう。

 

    今日は、スィワス2日目。

  イスタンブールの食の雑誌GASTROの編集長ニルハンさん知人の知人・TEMELさんを紹介してもらい、会うことになった。

  体格も大きく、いかにも食にも詳しそうな人。

  早速彼の知人で食に詳しい方と、一人ずつお会いすることになった。

  紹介してもらったビストロ・ハサンの店長、市のレストランのマネージャーのヤルチュンさんと、とにかくたくさんの食に関しての情報を得ることができた。食に関して知識のある人とは、いくらでも話しが出来るものだ。

  時間関係なく話しは出来るが、仕事の合間に会ってくれているので、程々に切り上げて次々と場所を移す。

  街の中心にあるそのレストランでは、マネージャーのヤルチュンさんが、いろりろと味見させてくれた。

  一人で旅しているので、味見をさせていただくのが一番うれしい。

  とにかく少なくてもいろいろ味見したい。

  その一つがこのヒンゲルだ。

  ヒンゲルはグルジアやトルコにも存在する水餃子の一種

  珍しくここのは中にポテトが入っている。

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  茹でた後に皿に移して、アツアツの溶かしバターを掛ける。

  なぜこのような料理になったのかは未だ不明。どこかで謎が解ければいいが。

  ポテト好きには好みの組み合わせ。

  そのほか、このスィワスのお菓子も少しずつ頂いた。

  カルブル・バストゥ(左)は小麦粉とバターを使った定番のお菓子だが、

  特徴はふるいの網の目を

       お菓子の模様にしたこと。

  その名も”ふるいが押した”という名前。トルコらしい名前である。

  真中はイチヂクの詰め物。

  中をくりぬきクルミが埋めてある。

  サルーウ・ブルマは、今回一押しのお菓子。

  神業的に薄く伸ばしたユフカに砕いたクルミをふり、

  アコーディオン上にギュッと縮めて焼き上げたお菓子。

  小麦の生地を使っているとは思えないほど軽い食感。

  シロップが掛かっているので、甘くはあるが、

  このサクサク感は

 小麦料理職人でもあるトルコ人ならではの技だ!

  篩の押し当てて作ったお菓子。家にあるもので模様をつけたわけだ。 イチジクのドルマ。中をくり抜いて胡桃を詰める。スィワス サルーウ・ブルマ。小麦のお菓子なのに、生地を感じないほど薄い。神業に近い!スィワス

  そのあと、変わった飲み物を頂いた。

  オスマントルコ時代からあったとされるザクロのジュースだ。

  お酒が禁止されているイスラムでは、花(特にバラの花)の香りを加え、いろんな食材やスパイス(シナモン、クローブ)を合わせた飲み物が当時盛んに作られたほか、

  一つの食材から抽出したエキスに砂糖を加え煮て、冷ましたシュルップがある。これは何とザクロの皮を使って作ったものらしい。 

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  更にシュルップの一つにタマリンドもあるという。

  トルコ語名で''Demirhint''(デミルヒント)という。

  東南アジアや南インドで

     多用される食材だけ

             とても興味深い!

 

  夜には、タメルさんが知人を集めて歓迎会を開いてくれた。

  というより、ほぼ毎日のように飲みに出ているのだとか。

  一つの口実として使われてしまった。

  

  居酒屋でトルコのお酒ラクで乾杯。

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  前菜にお勧めの羊の脳みそと牛のタンを頂いた。

  初めて食べた羊の脳みそ。魚の精巣のよう。かなり美味!   IMG_7303

 トルコでは初めて。

 少し怖くもあり、でもようやくこういうチャンスに恵まれた。

 タイムと赤唐辛子、塩、レモンを絞って食べるそうだ。

 予想外にくせもなく、美味。

 病みつきになりそうだ。

 スィワスでは需要もあり、よく食べるのだそう。

 今までなかなかそういう土地に出会わなかったが、ここではそうらしい。

 彼らは味を知っている。このおいしさを知っているのだ。

 彼らの食に対する味覚は、確かなものだった。

 2日目でかなり美味しい物と出会うことができたし、情報もある事が出来たのはタメルさんのお陰。

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  スィワスは小さい街の割には、若者が多く、夜も比較的にぎやか。

  居酒屋やホテルでは、かなりの割合で、ミュージシャンが国民音楽を演奏しその場を盛り上げる  

  リクエストも可能で、盛り上がると、通路でもどこでも他のお客さんと一緒に踊りへと発展していく。

    もうそうなると、半強制的

  断っても結果は同じ。

  逆に引っ張られて、踊らされる。

  その場合は恥かしいは、なしだ!。

  みんなの足や手、体の動きを真似して、とにかく踊るしかない、その曲が終わるまでは。途中抜けは失礼にあたる。

  日本でいうところの演歌だろうが、驚くほど若者も中年もみんなよく曲を知っている。

  日本の音楽も西洋の影響を受けまくっているから、こういうトルコの状況がある意味羨ましく思える。

  明日から若者たちのアパートに移動して、生活させていただくことになった。

  どんなスィワス滞在になるのだろうか?


 

バフラ〜スィワス


サムスンバフラから10時発のバスでスィワスへと向かった。

途中、アマスヤ、トカットを経由して着いたのは夕方5時半。

7時間半で40TL(1800円)

スィワスはトルコのちょうど真ん中に位置する所で、

  面積もコンヤに続いて2番目に大きい。


それゆえに、近隣の8つもの県と接している。

ということは、各方面からの文化の影響をかなり受けているともいえる。

また交通の要所とも言えるので、人の行き来も多い。


その他、カンガル犬という家畜を放牧する時に飼う犬もまた有名。

国外へ不出の血統を持つ。

放牧の際に悪意を抱く人間やオオカミから守るためである。

また一匹で多くの家畜を誘導できる。


その他、ディブリイという町では世界文化遺産の大モスクがある。

そんな多くの要素をもつスィワスへは実は今回が初めて。

今回の旅の一つの楽しみにしていたのだ。



ホテルに荷物を下ろし、街を散策。

メイン通りが一本走っていて、中心にすべてが固まっている感じ。

歴史的な神学校跡やモスクが公園や喫茶店などと並んで、とてもいい空間を作っている。





     
 




ここスィワスに来てまずはじめに何を食べよう?

そう思った時に、食べてみたかったのがスィワス・ケバブ

見た目はまさにトカット・ケバブと同じ。

何が違うのかは、トカットにはポテトがあり、スィワスはない。

また肉についてもスィワスの方がトカットの物より子羊のいろんな部位が味わえること。

食べ方は、同じでラワシと呼ばれる薄いパンに肉や野菜をのせて、巻いて食べる。

お好みで辛いソースをのせることも出来る。

これを大きな口を開けて押し込むのだ。焼野菜の旨みが柔らかい子羊の肉と合わさって格別の味をもたらす。

特にこのケバブに欠かせないのは焼きナスである。

これがなければまずもって、このケバブは成立しない。


そこで、一つの疑問が生じた。

一体どちらが初めにこれを考えたのか?

トカットとスィワス県の違いは標高の違いが大きく違う。

このケバブに欠かせないナスが、標高の高いスィワスで育ったかということ?

それを考えれば標高の低いトカットがナスを使いこのケバブを考えた可能性は高い。

2つを食べ比べた時感じたことは、肉の味だ。

スィワスの肉は柔らかく臭みも少なく本当に美味しかった。

標高の高い所で育つ羊は
   豊かな高山植物を食べるため、
            肉も美味しい
ということは前々から聞いていた。

トカットケバブの後に後出しで、作られた可能性があるにせよ、ナスを手に入れたスィワスはトカットのケバブを抜くに値した。

初日から、何とも面白いストーリーにわくわくして止まなかった。

スァワスにはもっと何かありそうだ。

明日から散策開始だ!
     

    

ヨズガット・2日目 旬の植物・マドゥマックを食す


  次の日、早速役所へ向かい、郷土料理の調査開始。

  今回はほとんど日にちがないので、ざっくりとした調査と人脈構築へと力を注ぐ。

  役所の受付の人が、担当の人に日本人が来た事を告げたのだろう、

  ”カンペイ、カンペイ!”と言いながら、近づいてきた。 

  間寛平が以前ワールドマラソンでトルコを訪れた際に、それを知ったヨズガットの人が、ここで歓迎セレモニーを設けたのだそうだ。
  
  担当者の方は、さっそくその時の話を語り始めた。

  トルコ人はそもそもテンションが高いのに、こういう話題になったから余計にだ。

  
  ”カンペイを知っているのか?  彼の近くに住んでいるのか?”

  ”彼によろしく言ってくれ!”

  
  そんな話から始まる。

  
  同じ日本人だからにしても、有名人と一緒にされても困るよな〜〜。


  話も落ち着いたところで、食の話へ切り替えた。

  名物は昨日食べたテスティ・ケバブに続き、

  
  アラバシュと呼ばれる冬の食べ物。冬の夜が長い時期に、夜中まで話しているとお腹がすいてくる。そこでいに持たれないもので、腹もちがするものが食べられる。

  今回は時期的にも食べられなかったが、みんなでその料理を囲みながら食べ、おしゃべりをしながら楽しい時間を過ごすのだという。

  小麦粉で作った甘くないプリンの様なものをスプーンですくって、鶏のスープで作ったトマトスープに浸して食べるのだという。
  
  食べ方も噛むのではなく、

      スープと一緒につるっと飲みこむ
のだそう。

  ちょっと変わった食にかなり興味を引いた。
 
  是非ともその時期に再び訪れ、同じように楽しい時間を共に過ごしてみたい。

  
   そして、マドゥマックがある。

   冬が終わり、春の暖かさを感じ始めるころに生え始めるマドゥマックという植物。

   前回隣の県のチョルムに行った時に村で食べさせてもらった。

   約1カ月間だけの旬のもの。シワス、チョルム、ヨズガットあたりの地で育つものだそうだ。

   今はちょうど出始めた時期。

   1県だけその料理を出す店がある情報をゲット。

   味は極端な言い方をすれば、出がらしの茶葉を刻んで、玉ねぎと炒めたものに近いかな。

   ちょっと山菜らしい、ほろ苦さと香りがある。
  
   これを食べる時には、ヨーグルト(特にニンニク入り)をかけることと
 
  ユフカ
という薄いパンで食べるのが鉄則らしい。

   

  肉が主流のトルコにおいては、こうした山菜は旬の野菜が食べられると、ほっとする。
 
  これは玉ねぎとブルグル(加工した小麦製品)だけだが、生ハムを刻んでコクを加えたものも、かなりお勧めらしい。

  どっさりとのせられたヨーグルトは、初心者にはかなりの抵抗があると思うが、慣れ始めると、これがないと本当にシンプル過ぎて味がぼけた感じになってくる。

  日本の食文化には全くない組み合わせに慣れてしまい、こうして美味しいと感じるのは不思議なものだ。

 
  

  
  

メルズィフォン〜ヨズガット


  アマスヤ県のメルズィフォンからヨズガット県へ移動。

 バスで約3時間半、運賃は20TL

 ヨズガットはアジア側のトルコの大地の真中あたりに位置するところ。

 ハットゥーシャの遺跡に行く際の拠点の所となる。

 ヨズガットへは初めてで、どんな場所なのかと、いつもより肌で感じる感覚を敏感に調節しておいた。

 街中へ近づくや、無計画で乱雑した家々があちこちに立っていたのが、やたらと目についた。

 ターミナルに着いて、ホテルを探そうと街中を歩いていると、やらたと若者があふれている。

 ここは学生の街なのか??

 若者もやや荒っぽい感じで、どこか雰囲気が違う。

 ホテル探しをし、値段を尋ねると、ここは他県よりも物価が安い。

 同じランクのホテルでも5〜10TL(250円〜450円)は違う。

 こういうときは、若干ランクを上げて快適に過ごすことにしている。

 そこで見つけたのはHITITホテル。

 35TL(1500円)

 建物自体はかなり古く、細かい事は言わなければ、2つ星クラスでベッドは綺麗だし、ホットシャワーやWIFI
も完備。
 
 ホテル近くの小さな店で、飲み物を買っていると、聞き取れない言葉をしゃべる若者がいた。

 そこでオーナーに聞いてみると、ヨズガットは一時的にイラクからの難民を受け入れており、トルコ政府が落ち着くまで支援をしているとの事だった。
 
 家族で住んでいるのがほとんどで、若者たちも仕事にもつけないので、街中で集まっている状況が続いているという。
 
 どうりで他県とは違うなと感じたはず。

 その後、夕食を食べに出かけた。

 どうやらここはカッパドキアの名物でもあるテスティ・ケバブが有名らしい。

 土製の壺の中に材を入れて蓋をし煮込む料理。

 テスティとはその壺の事を指す。

 その料理を出す店にいったが、壺らしきもので提供するわけでもなく、普通に皿で盛られているだけだったので、本当に壺で作っているのかも疑問だった。

 


 味そのもの自体には驚きもなく、夕食を終えた。

 明日から、役所と図書館に行ってもう少し調べてみることにする。

 

メルズィフォンのケシケッキ


  ケシケッキはトルコの多くの場所で食べられる食べ物。

  麦で作られたお粥ともいえる。

  この場所では、特に名物として食堂でも出されている程。

  特に朝食の一品として食べられるのだ。

  元々、この辺りで小麦の栽培も多く、田畑での重労働が強いられるので、

  栄養があり、腹もちがする料理を食べる必要があったそうだ。

  土製の壺に材料を入れて、一晩かけて窯屋に預けて作ってもらう。

  もしくは、家にある窯で作っていた。 

  


  朝窯から取り出し、

     しっかりと粘り気が出るまで練りあげる。


  ぼてっとした感じになれば、出来上がり。

  

  仕上げには溶かしバターとトマトピューレに混ぜ合わせたものを上からかける。

  

 一番おいしいのは、キレミットとよばれる土鍋に入れて熱々にして食べると尚一層美味だ。

 小麦のプチプチした食感とバターの香りと肉の旨みが一体となっている。

 バターのお陰か?チーズが入っているかのようにクリーミー。

 お粥と言えば、お米が主流の日本にはちょっと重たい感じがするが、


 トルコにおいては重労働の為に


 朝からしっかりとした栄養とカロリーが必要なのは納得できる。
 
 
 このケシケッキにおいては、もっと美味しい作りかた、オリジナルの作り方があるという。

 とても興味深く、是非とも調査を深めていきたいと思う。

 シンプルであるからこそ、
     バランスを取るのが難しい料理である。


 
 しかし、今までで食べたケシケッキの中では今のところ1位にランクインされた!

 
 
  

メルズィフォン


  バフラの知人が、

  ”メルズィフォンへ行ったら役所に知り合いがいるから訪ねなさい”


  そう言われていたので、早速役所のKAYAさんのもとへ。

  まずは人と知り合いになりながら、食文化についての情報を引きだす第1歩。

 
  しかし伺った時期が悪かったのか、かなり忙しそうでほとんど話せなかった。

  受付の女性がいたので、そこでとにかく色々質問しながら話を聞き出すことに成功。かなり話が盛り上がってしまった。

  そうこうしていると、KAYAさんの仕事も落ち着いたようで、市内を案内してくれた。
 
    
 
  古いモスクや隊商宿、そして小さな地方では珍しいオスマン料理のレストランの料理長さんを紹介してくれたりと色々動いてくれた。

  その後、ぶらぶらと歩いていると窯土屋さんを発見。

  ここのピザも有名だときいた。

  伺ってみると、肉屋さんでピザ用の肉を頼むと、野菜やスパイスの調合もしてくれるそうだ。

  これはトルコ全土にあるいつものパターン。

  そこにいたおじさんが、
 
  ”よし、俺が買いに行こう!”と言って、1人前の肉を買ってきてくれた。


  さすがトルコ!

   


  肉代の160円を払い、釜戸屋さんにも焼き代とピザの生地代40円を払い作ってもらう。

  合計200円ばかり

     


  釜戸屋の2階に食べれるスペースを持っている場所があり、そこで食べた。

  コンヤのピザと似ていて、挽肉とトマト、ピーマン、玉ねぎとスパイスと塩。

  肉や野菜の旨みを甘みを持つ小麦のピザ生地がそれを包む。

  シンプルだが、食材の味と旨みを感じる。

  大きく見えても、味がしつこくなくペロッと食べれてしまう。

  
  おまけにレストランで食べる金額の半分だし、挽肉の量も多い。

  これが一番旨いとわかっているから、人々はここで注文し家に持って帰って食べる。

  勿論好きな具を持って行って焼いてもらえるのだ。

  トルコのピザ社会の便利なシステムだ。

 お互いの助け合い精神を感じる瞬間!。


  








アマスヤ県・メルズィフォン

  

  

  来週の日曜日にバフラにある鳥の楽園でイベントが開かれるそうで、暫く日にちがあるので、近場を観光することにした。

  そこで目をつけたのが、サムソンの南隣にあるアマスヤ。

  そこのメルズィフォンという町。

  たまたま数日前に旅番組でこの地を取り上げていたので、是非とも行ってみたかった。

  歴史も古く、各方面からの交差点の様な位置にあり、キャラバンサライ(隊商宿)として使われていたハンもある。

  食事に関しても、ここのピザやケシケッキ、ケシの実パンは有名。

  是非とも名物も食べてみたかった。

  今日はサムスンから日が暮れた時間に到着。

  ホテルも高めの3つ星と、安宿の方との2つのみ

  安い方のOTEL HAKに決めた。

  4人部屋を1人で使わせてもらえるようだ。

  値段は30リラ(日本円で1400円)

  

  今では、これくらいの宿でもインターネットが引かれているから、各部屋でもWIFIに接続が出来る。

  

  この点では日本よりはるかに進んでいる。

  

  さあ、明日から散策開始!

  

  

  

  

連日のメゼ三昧

    

    トルコのイスタンブールに久々に訪れたわけだが、決まって数日間は居酒屋へと駆け込む。

    トルコでもメイハーネと呼ばれる居酒屋があり、前菜を数多く備えメインに魚のフライや揚げ物、肉の串焼きなども揃っているお店だ。

    勿論居酒屋だけに、お酒を飲みながらゆっくりとご飯を食べるのがこの場所である。

    アットホームなところもあるし、おしゃれなところもある。

    ビールやワイン、ラク(蒸留酒のお酒で日本で言う焼酎)が大好きな私には、これにある肴を数多くもつ居酒屋が合っている。

    お酒を伴うために、普通に食べるとお金もかかる事も事実。

    一人でそこへ向かう時には、あらかじめワンプレートに指定した料金、例えば500円分とか指定して、前菜を数種類持ってもらうのだ。

    1人前食べるのは多いし、少しずついろいろ食べたいのが本音。

    それでも快く引き受けてくれるのがトルコ。

      メゼ

      この日は、20TL(900円分)+ビール代7TL(300円)×??となる。

      焼きなすのミックスサラダ、スズキのマスタードソースマリネ、

      エーゲ海の植物の食材を使った冷菜。

      IMG_6643

      昨日は450円分と言ってちょこっと盛ってもらった。

      サバのマリネ、魚介類のサラダ、焼き赤ピーマンの冷菜など。

      

      これにはフランスパンがサービスで付くから、ソースをパンにつけて食べても旨い。パンにも、アルコールにも合うのが前菜なのだ。

    本来ならば、

    トルコ人の友達とともに笑い話をしながら、

     ワイワイと食事をかわすのが

       最高のひと時なのだが、

 

   まあ一人でもゆっくりと

     店の人と会話しながら過ごすのも、

                  またおつなもの。

      とにかく前菜の数は多いから、今後も是非とも紹介していこう。

      

トルコ料理紀行・第2弾 決行中!

 

   8年間営業していたCAFE&CURRYじゃんを閉めたのが2009年9月。

   36歳の時

   2010年からトルコ料理や食文化、郷土料理を探求するたびに出かけた。

   2011年3月お金がなくなり、日本に帰国。

   第一回目でかき集めた情報を、中東マガジンや新聞社で公表することができた。

   そして改めてトルコへ向かうために昨年は派遣の住み込みバイトでお金を貯め、ついに2012年4月8日がやってきた。

   約1年間日本で我慢し、そして再び第2弾、第2章として、再開できることとなった。

   トルコ全土を駆け巡り、

   現地の人たちとのふれあいを通じて、

     地方における料理、

        食文化を掘り起こす作業。

   今回は全土の3分の1を更に旅する。

   一体どんなサプライズが待っているのだろうか?

   2割の計画と8割のぶっつけ本番。

   人と人とが交流することで生まれるドラマやサプライズ。

   勿論自分だけのマニアックなサプライズかもしれないが、それを肌で感じたい。心行くまで楽しみたい。

   下調べは効率はいいが、感動がない。

   出会った時の感動を大事にしたいから

   非効率でお金のかかる事だが、でも昔の旅人はあくまで伝聞しかなかったし、自分で自ら探し求めていくしかなかったのだろうし。

   不器用だが、自分にはこれが似合っている。

   それを大事に旅したいし、それが一番自分には大事なところだから。

   どこの国でも同じことが言えると思うけど、縁のある国にははやり、導かれると思う。よく言われる”その国に呼ばれる”というわけだ。

   幸い今のところは、その御縁も続いている。

   勿論この先は未知だが、これからもそう願いたいもの。

 

   さて、それでは開始いましょう!

   

中国新聞に2度目の記事掲載

  

   先月も中国新聞さんにトルコでの体験記の記事を投稿し、掲載していただいた。(6/16参照)

   2ヶ月連続での依頼で、今月は7月12日に中国新聞の夕刊に掲載された。今日その新聞が手元に届いたのだ。

   夕刊なので、読者の人数も少ないと思うが、こういう”海外レポート”と言う枠があるのは、ここしかない。

   僕にとって、原稿料を頂きながら、指導もしていただき、自分の経験した食文化を少しでも伝えることが出来るのは、一石何鳥にもなる出来事である。なんともありがたい。

   新聞は確かにはかない。見ようと、見まいと、一日で捨てられてしまう。

   自分にとっては貴重なものでも、それがすべての人にとって、そうではないもの。一情報に過ぎない。一体何人の人が見てくれているのだろうか?

   それでも、中国新聞は広島では一番大きな新聞社であるし、益田から遠く離れたところで、読んでくれる人がいるだけでも、何かロマンを感じざろうえない。 

   幸い、中国新聞の知人の記者さんからも、定期的に記事を掲載してくださいとの依頼もあり、トルコでの体験記を今後も書くことが出来る。

   一人でも楽しみにしてくださる人がいればありがたい。未来は未知である。

  またこの実績が、

      時を越えて自分の未来を

            支えてくれるに違いない。

  僕はいつもこう思っているし、今までの人生もそうだった。自分の蒔いた種は、時を超え、忘れた頃に、

   僕を驚かしてくれるタイミングでやってくる。

   今すぐに何かを求めるよりも、そのタイミングですばらしいプレゼントとなった方が、人生は楽しい。

   小さなことでも、種を蒔くこと。いつか小さな花が咲いて、知らない花を咲かせて、僕を驚かせてくれるに違いない。

 

   中国新聞記事掲載・タンドールのある暮らし  クリックすると拡大します。

 


   

山陰にもドネルケバブ

  

   山陰でも、ようやくと言っていいでしょう。

   トルコのドネルケバブが食べれる店が出来たとの事。

   山陰と言っても鳥取に出来たお店”モンスーン食堂”。私は島根側に住んでいるので、詳しくはわからない。

   サイト検索していると、無国籍料理のお店で、世界各国の料理が一同に食べれると言うお店だそうだ。

   私のジャンルで目を引いたのは、トルコを代表するドネルケバブ。これは大きな串に肉を積み重ねて肉の塊を作り、回しながら焼いて、削いでいくトルコの肉料理。ドネルは回るを意味するので、そこから名づけられたケバブ(肉料理)である。

   都会では何十年前からトルコレストランやファーストフードのケバブサンドとして、もう浸透しているが、地方となると、いまだに浸透するというより、進出さえもままならないのが現実。

   自分のお店でも一度はドネルケバブをお出ししたかった〜〜、閉店したから夢かなわず!

   いつかはトルコ料理も日本の地方でも浸透するように、これから頑張っていくしだいです。夢の一つは、トルコがコンセプトのTURKISH CAFEをプロデュースすること。 

   まあ今はケバブじゃなくて、トルコ全土の料理を研究しているから、ドネルケバブは彼らにお任せ。是非トルコ料理を広めていただきたい。

   その他のメニューも、数品面白いものが。

   ウズベキスタンのラグマン。渋いとこついてくるな〜〜。

   中央アジアではメジャーな麺料理・うどんだけど、日本ではタイ料理のパッタイが関の山。東南アジアまではお客もそこそこついていける。

   そこをあえてラグマンを提供するとは、、。

   そういうのいいと思うけど、何か自分がしていた事と似ているような、何か客観的に自分を見ているような、、。

   5万人の人口の益田で、南インドのカレーやスープ、惣菜なども提供していたから、そのぶっ飛んだ感覚に近い。

   いくら10万人規模の鳥取でも、ウズベキスタンのラグマンや、イランの料理に対してのお客の反応はどうなんだろう?と思ってしまう。

   でも頑張ってほしい。楽しい提供を続けてほしい。

   そんな店がなきゃ面白くない。

   

   今の自分は店辞めちゃったけど、相変わらずぶっ飛んだ事してる。

   でもいつか地元・島根の益田に

        いい意味で還元できる日が

               来ることを楽しみに、飛び続けようと思う。

   どう?

  応援してくれる??

   

   

ネット・マガジン掲載予定

 

       昨年トルコを食文化の旅を続けている際に、ASAHI・中東マガジンの川上様よりメールが届きました。

   ASAHI中東マガジン

  トルコからのレポートを体験談と一緒に投稿できませんか?という内容でした。

  そのときは旅を始めたばかりで、かき集めた資料も少なく、連絡も途絶えたままになっていました。

  トルコ全土81県あるうちの約3分の1を旅し、帰国して、こちらから改めて、是非させていただきたいと申し出たのです。

  帰国してからは、自分の方から知人を頼ったり、新聞社さんからお話を頂き、体験したことを文章を通じて、皆さんにお伝えする機会を得ることができました。

  こちらの中東マガジン様からは、4回連載でトルコ料理について、述べてほしいというもので、初めの2回はトルコでも日本でも比較的知られているメニューにして、残りの2回は地方を周った際に味わった地方料理を挙げました。

  情報量としても、かなりありますし、なるほどと思えるものも、体験談もありますので、読み応えがあると思います。

  以前から、文章でトルコを伝えたり、体験を伝えることは、ブログやツイッター等で随時書いていました。

  しかし、有料のネットマガジンということで、購読者の皆様に、いかにわかりやすく読んでもらえるか。つっかっかることなくスムーズに読んでもらうためには、平明に書いていかなければなりません。

  お金を頂いている以上は、親切な文章にする技術が必要でした。今回は川上さんにも、かなりのお手数をおかけしたと思います。

  しかし、このような機会を頂き、また書き方についても何回も何回も指導していただいた事は感謝以外の言葉もありません。

  まだまだ文章力を磨く必要がありますね〜。

  今日、

  「4回連載の原稿の流れもついたので、今週の末から連載を始めましょう」

                              との連絡を頂きました。

  毎週1回で計4回、1ヶ月の連載になります。

  もしよろしければ、皆さんも中東マガジン読んでみて下さい。

  

  このようにトルコで自分が体験した事を、

     少しでも皆さんと分かち合えることを

             とてもうれしく思います。

     WEBRONZA+  こちらをクリック!

 

次回の旅は、かなり楽しみな地域!

 

  来年予定している、”トルコ全土・料理の旅”の第2弾。

  前回は黒海沿岸と東部を中心に周ったが、次回は東南トルコを主に旅する予定。

  この地域はトルコの象徴ともいえる食文化が凝縮されたところで、

    誰もが”東南トルコへ行きなさい”と口をそろえて言う。

    .▲瀬覆瞭食文化

  ◆.▲鵐謄廚量省ピスタチオ

   マラシュのアイスクリーム

  ぁ.泪薀肇笋琉

  ァ.Ε襯侫 ▲泪襯妊ン、ハタイの

           トルコとアラブが混在した文化

  Α.妊ヤルバクルの

           クルド人、クルド料理

  

  これだけでも本が1冊書けそうなほどの内容。

  正直早くからこの辺りを旅してしまうと、もったいない感じもするが、

   ”人生行ける時に行かねばならない!”

                 と言う思いも同時に湧いてくる。

  9回もトルコに訪れながら、なかなか全土を周るまで至らず、今回こうして自分が計画したからこそ、全土をくまなく、選り好みせず、旅できるわけ。

  主にこの6項目については、記事に出来るように、いつもよりも深く掘り下げ、調査したいと思う。

  第1弾での反省点と、改善点を踏まえて、より自分らしい調査の仕方を確立させていきたい。出来ることなら、旅をしながら仕事をすることも考えている。勿論、情報を提供し、その対価として現金をいただく事は並大抵ではない。店の営業とは違って、食べ物や飲み物を提供してお金を頂くほうがまだ楽である。

  僕が得た情報と言うのも、今すぐ必要性があるわけでもないし、娯楽やエキストラ的な部分がある。

  そこを如何にして、商品として提案し提供できるか?エンターテイナーとして、楽しんでもらえる面白い情報を提供することで、皆さんに新たな世界へと導くこと。  

  トルコの魅力が、自分と言うフィルターを通してどのように出てくるのか?それを自分なりに感じて、楽しみながら、提供できるようにしたいと、思っている。

  今はトルコ全土を一通り周ってみるまで、

    未来のことはあまり考えず、

       自分の知らないトルコを感じ、

           発見することに徹するのみ

  

  とにかくワクワクせずには入られない。

  

 

今日は毎日新聞の地元支所にお電話して

 

   毎日新聞社の益田支社に電話して、新聞の枠にトルコを旅して感じたことを紹介できるようなコーナーがあるのかどうかを尋ねてみた。

   市民からの投稿で成り立つような海外のレポートのコーナーが今のところないとのこと。国際部が扱うようなレポートではなく、一個人が体験を通して、見たもの感じたものを原稿にした文化紹介コーナーは、予定も入っていないと言う。

   もちろん何冊か出版して、ある程度の実績がある人ならば、コーナーのテーマに基づいてこちらから会社のほうからお願いして、連載もあるとの事だった。

   実際今すぐに新聞社に駆け込んでお願いするまでもなく、いずれまた機会があったときにでもと思って、今の状況をしりたかったのだ。

   そんな問答を繰り返していると、記者の方も、なぜ自分がトルコに興味を持っているのか?トルコ全土81県を食をテーマにくまなく周る人も珍しく、なぜそんなことをしているのか?と逆に関心を持っていただいた。

   「一度お会いしませんか?」

              と言うことになり、来週早速お会いすることになった。

   今自分に出来ることは、

     自分の夢に向かっての

      人脈作りやアピールをしていくこと。

   せっかくこれからトルコについて、いろいろ伝えようとしているのに、出来るだけ多くの人に見てもらいたいという想いがある。そのためには人脈も大事で、実際待っているだけでは埒があかない。

   自分を知ってもらい、理解してもらってこそ、今後何かあったときにお互いGIVE&TAKEできるというもの。

   たまたま他社の中国新聞さんとは、店をしていったときからの知り合いだったし、”海外レポート”という枠があったので、先月と今月の2回にわたって、書くことが出来た。1000字程度のもので、1枚の写真つき。初めてのギャラつきのお仕事だった。

   将来、トルコの食文化や地方料理をエッセイと言う形でまとめ、本ですることが自分の夢のひとつである。だから今はこうしていろいろ訓練できるのが、たまらなく嬉しいし、ありがたい。通常ならお金を払って、文章の書き方も習うのが普通なのに、、。

   

   帰国してから4ヶ月。その間に、書いてきた原稿がある。そういったものや、今後の旅の計画など、自分をアピールできるものはしてみる。

   記者の方にお会いでき、自分を知ってもらうだけでも十分だと思っている。今はそれでいい。今の状況下で、小さな事でも出来ることをする。楽しいからする。

    

   

中国新聞・夕刊に掲載されました

  

  帰国後、中国新聞のOさんに依頼を頂いて、夕刊の”海外MAIL”という枠に投稿することになっていました。そして、今週の14日火曜日の夕刊に掲載されました。

 Oさんとは、以前自分の店で”インド古典音楽の会”をしたときに記事に取り上げていただきました。それからは、店の常連さんとしても当店をご贔屓にしていただいた方の一人でした。

  私にとっては、今回トルコを旅しながら食文化に触れたことを、記事に書くことが出来るチャンスで、トルコの東南部・シールトから、”自然のナッツを堪能”と題して、ピスタチオについての体験談を書かせて頂きました。

  体験を通じてINPUTしたものをOUTPUTする絶好の機会です。そしていつか自分の体験を本にまとめるために訓練や勉強にもなるわけです。Oさんにも文の校正もしていただき、新聞にあった、すっきりまとまった記事になったように思います。

  新聞の記事になると、写真や枠も彩られ、単なる原稿が

       ”伝えるコーナー”へと変貌します。

  海外からの情報らしく、異文化を放つ、格好いいスペースになりましたね。

  でも新聞って、結局一日のもので、そのコーナーが楽しみな方や、偶然目に留まった方以外では、伝わると言う事にはなりません。だから、今は少しでも機械を頂いて、積み重ねる以外にないでしょうね。こういう経験を大事にして、一つ一つ溜めていく事で、いつか膨大な原稿リストが出来るように思います。

  何か山登りに似ているように感じます。一つ一つの原稿を書き終えていくと、少し見晴らしのいい場所に出た気分になる。依頼を頂いては登りだし、終えて提出したときは、見晴台で深呼吸して休憩します。これを続ける事で、更にいい景色を見ることが出来ればと思いますね。でもこの山は高いな〜〜〜。

  今月と来月の2回連載ですが、来月はどんな内容にしましょう?リストの中から面白そうな話題を選ばなければ、、。写真も一枚入れるので、いいショットが撮れたものとの兼ね合いもある。

  杖のように長い・バフラのピザ。もしくはヨーグルトの作り方でもいい。

  こうして、もっともっと旅して、体験して面白い記事が書けるようになりたいですね。トルコのはまだまだ面白い食文化が眠っている。

   それらを発見し、

    掘り起こし、

     皆さんに伝えていく事が、

       何か自分の使命のように感じる今日です。

  

            中国新聞記事 
 
             画像をクリックすると拡大します。




 
 
 

タッチ・オブ・スパイス

    

      僕が好きな映画の中にこの

      ”タッチ・オブ・スパイス”がある。

  主人公の少年ファニスは、祖父の経営するスパイス屋で、天文学の基礎をスパイスで教えてもらう。

  ”美食の中には、宇宙が宿る”

  そう言って、宇宙・太陽系の図の上に、おじいさんがスパイスを置きながらフェニスに説明する場面。

  太陽は辛く、熱い。そして中心であり、全体を見る存在であるし、それはすべての料理に入れる胡椒と言える。

  水星もまた、熱く、赤唐辛子ともいえるだろう。

  金星は絶世の美女で、ほろ苦く甘いシナモンである。まさに女性と同じである。

  地球は生命の源。命を保つにはが必要。味気ない人生は惨めで、食べ物も人生も塩が必要なのだ。

  トルコ料理によく使われるスパイスをこのように例えているのは興味深かった。

  それではクミンの存在は?それは天体に例えると何だろう?とも考えてしまう。強大な木星か?

  また

  

  常連の女性のお客には、恋人が家族と一緒に来られるので、肉団子にクミンを買いに来たというと、

  ”クミンじゃ強すぎる、人を充足してしまうので内にこもらせてしまう。

  ここはシナモンを使うと良い、想いを伝えるには意外なものを加えるといい!シナモンは人を近づけ、互いを見させる。

  この縁談に乗り気なら、是非使うといい!”

  祖父の店主はそう言って、アドバイスしていたのを、少年フェニスが興味津々で聞いている姿がほほえましいし、祖父の持つスパイスを通じての人生観には、なるほどな〜とうなづいてしまった。

  

  フェニスはここで出会った少女サイメに恋するが、トルコとギリシャのキプロスを巡っての歴史的紛争によって引き裂かれる。ギリシャ側から見たトルコとの歴史に、2人は巻き込まれる。数十年後に再び再会するも、イスタンブールで哀愁の別れが待っている。

  結局料理についての映画と言うよりも、人生においてのスパイスの位置づけを盛り込んだストーリー。恋愛の流れになりすぎて料理の事がすこしおろそかになっていて、もっとスパイス使いを見たかったのは否めない。それでもトルコ好き、食好きでかなりひいき目での評価。

  やはりスパイスの見方が変わったことと、人生の中で料理を作る事、楽しむ事を考えさせられた貴重な映画となった。

  

        

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