Love letter FINAL

ねぇ、君
私は君との事をいろいろ考えたよ、
鬱から覚めて君との事を思い出した時は君の事が恋しくて堪らなかったよ、
でも自分が鬱だったりメンタルだった事を知ってからは君への恋しくて辛かったのは鬱の辛さとメンタルの辛さを勘違いして捉えて居て君の事は恋しく無かったんだと思う様になりました。
でも最近つくづく思うんだ~こんなにも君の事忘れられないのはやはり君の事愛して居たんじゃないか?と。。。
実際私の人生で心に残って居る男性は君しか居ないんだよ、
だから言うよ、

あの時の君へ
I Love you

君は世界一素晴らしい男性だったよ、
だから胸張って生きて行ってください。
幸せになってください。
君こそ幸せになるべき人なんだよ、
だってこの私にこんなにも愛と感動と幸せを与えてくれたのですから。。。

気になった指先の事を判ったのは偶然でした。

指先を見つめるのは母の癖だったんです。
私の母の指先はとても綺麗でした。
ですから家事で荒れた手が悲しかったのかも知れません。
母が発狂する前に指先を気にしてその内に泣き出して発狂して居たのです。
ですからと言って私に取って母の手は温かいもので恐怖として残って居た訳ではありません。

o(〃^▽^〃)oあははっ♪実は私子供を産んで居ても実家に帰る度に父が居ない時は母と寝て居ました。
それも母が寝た切りになってシングルのベットに寝るまでで40歳近くまで母にしがみ付いて寝て居ました。
温かくて気持ち良かったんです。
中学の時は時々母の膝の上に座って居た甘えん坊です。
手でも腕も母に触れて居れば幸せでした。

私の母の肌は綺麗だったんですよ、
病院でも化粧して居るんじゃないかと看護婦に年中言われて終いには肌を擦って調べられたくらいでした。
ですから触り心地が良かったんです。

母の余命を医者から聞かされた時に私は「母の人生って何だったんだろう」と考える様になったのです。
物心付いた時から「何時かはきっとお母ちゃんを幸せにするんだ~」と思い続けて居た母が幸せになる前に死んでしまうんです。
瞬間でも例え一秒でも死ぬ前に母に幸せを味わせてあげたかったです。でも期限が無くて無念でした。

私が物心ついた時には既に母は記憶を無くして居ました。
才女で社交的だった母が誰とも話さなくなって自分の兄弟の事さえ忘れてしまったのです。
ただ面白い事は判って居るみたいで映画の「男がつらいよ」を観ると笑って居ましたので年に二回上映された物は全て連れて行きました。
でも時々急に機嫌が悪くなるんです。
そう言う時はお腹が空いて居る時か疲れた時かトイレに行きたい時でした。
母は答えがノーでもイエスでも「うん」しか言わなかったのです。
ですからお腹が空いたとか疲れたとも言いませんでした。
何かを求めて居る時は機嫌が悪くなるのでそれで疲れて居るのかお腹が空いて居るのかトイレに行きたいのか聞いても全部「うん」と返事するだけで私が考えて判断するしかなかったのです。
ですから母が迷子になったら大変な事でした。
何故なら名前さえ言えないんですから、
「うん」と言う言葉でさえ他人には何も言わなくて永遠に無言です。
出掛けた時に母の手を放したら赤ん坊を街中に置いて来るのと同じでした。
いえ、赤ん坊ならニュースで大騒ぎしてくれますけど年寄りじゃあニュースまでは出てくれませんでしょう、
と信号の渡り方が判って居るのかも分かりませんでした。
事故に会うのも心配でしたし、お金は二・三万円くらいは財布入れて持って居ましたがバスの乗り方も電車の乗り方も知りませんでした。
と言うより駅とか停留場で乗り物に乗る事を知りませんでした。
犬も嫌いで犬が居ると其処から動けなくなりますし、
例え其処の道を行けば五メータで家に着く事が判って居ても「狭い道はおっかい(恐い)から嫌だよ~」と歩きませんし、
父が年中母の事を怒鳴って居て私が居ない時は暴力まで振るって居て助けてくれるのは私だけと思って居ましたから私を見る時は縋る目で見て居たのです。
そんな母を私は幾ら頭の中で思い浮かべて居た事でも置いて行ったのです。

勿論母をそのままに置いておく事はしませんが、ですからすぐに戻って来るからと言ったのですが、
普段の私でしたらどんな事があっても外に居る時でしたら母の手を一秒でも放しませんし「例え私は殺されても母の手だけは絶対に放したりしない」と思って生きて来ました。
ですから他人はどう思おうが私は母を一人で天国に行かせる事が不安で「天国で一人で遣っていけるか」と心配で母と一緒に死ぬと決めて居ました。
でもそんな私を娘が気づかない訳はありません。
母の余命が知らされた時に「お母さん、私は今お母さんが何を考えて居るか判って居ますよ、おばあちゃんと一緒に死のうと思って居ますでしょう?でも私に取ってもお母さんは私のお母さんで、そのお母さんが死んだらおばあちゃんが死んだ時にお母さんが悲しんで辛いのと同じくらい悲しくて辛い事なんですよ、その事を絶対に忘れないでくださいね」と娘に言われました。
そして私は母と一緒に逝く事を諦めました。
死にたかったんじゃないんです。本当に母の事が心配で堪らなかったんです。
でも天国に行ったら母の頭の傷が治って居て本来の母になってくれる事を願って母を見送りました。
そのくらい私に取って母の事を置いて行く事は重大な事でした。

私の精神が破壊され始めたのは医者から初めて結婚する事も子供を産む事も諦めてくれと言われた時なのでしょう。。。

そして気になった指先の事は全てが判った時でも判りませんでした。
それは衝撃的な事ではなくて日常の中にあった何でもなかった事でしたから結びつけなかったのです。
でも「母の人生って何だったんだろう」と母を見舞った帰り道の西日暮里の駅のホームで考えて居た時に黒い夜空に星が見えて居ました。
そして指先の事を考えて居てその当時の彼の事を思い出して居て、
その星を見た時に今度は「私は何であの星達を愛する事が出来なかったんだろう?」と急に思って呆然としてしまいました。すると右手が空に向かって上がって居たのです。
私は我の事ながら人込みでそんな事をした自分が恥しくて慌ててその手をコートのポケットに入れました。
でもその時に急に「嗚呼、あれはお母ちゃんの癖だったんだ」と思い付いたのです。

これは考えて居た事がその時のタイミングに合ったから思い出せたのです。
偶然でしか思い出せなかった事でした。

つづく

私は何故幸せにならなければいけないのか忘れて居ました。

鬱から覚めた時に君の事は覚えて居ました。
と言うより君の事は忘れて居ませんでした。
ただ考えない様にして居て考えて居なかっただけでした。
でも君が私を拒絶して居た時の事しか覚えて居なくて君にプロポーズして貰った事も忘れて居ました。
思い出すのに何年掛っただろう?二年くらい掛ったかな~

まだ鬱から覚めたばかりで思考能力が普通の状態ではなかったんです。
幾ら考えても答えは出て来ませんでした。
鬱から覚めて一年後くらいから大分良くなって二年後には考えなくても次から次へと思い出して行きました。

鬱の時もそうでしたが考えられない時はどう考えても駄目なんです。
それがどのくらいの期間なのかは人それぞれでしょうがその時が来るまで待った方のが無駄に苦しまずに済むもんなんです。
でも判らない人は早く治そうとして返って苦しんだり長引かせてしまうんです。
その点では私はウルトラ級でした。
それは短気とか負けず嫌いな性格も関わって居たと思います。
メンタルも悪化させたのは結局負けを認めたくなくて、挫けたくなくて、がむしゃらに前に突き進み過ぎて異常な自分の事も考えずに生きて来た事で気づくのが遅くなってしまいました。

初めて結婚の約束した彼の時に気になったのは母の事でした。
母にその時の喜びを伝えたかったのでしょう、
でもこの頃の私は実家にも帰って居ましたし、母の事も大事に思って居ましたが「母の為に幸せになろう」と思って居た事を忘れて居ました。
と言うより病院で初めて結婚や子供を産む事を諦める様に言われた時に忘れたと思います。

それは医者に言われた時にショックで呆然とした中で頭の中に思い浮かべて居たシーンに答えがありました。
私はその時に老婆を置いて進んで居ました。
あの時に私は母を捨てて居たんです。
自分の幸せしか考えられなくなってしまったのです。

病院の帰り道でこの詩を思い浮かべて居ました。。。

〖まだ見ぬ我が子へ〗

出来る事なら
この左手を捧げよう…
まだ見ぬ君の為に。。。

出来る事なら
この両足をあげよう…
まだ見ぬ君の為に。。。

私はね
君を抱きたかっただけなの
君の温もりが欲しかっただけなの。。。

嗚呼、
君の為に右手を残そう。。。

君の頬に触れる為に
君の涙を拭う為に

嗚呼…
君に右手を残そう。。。
君に乳を含ませる為に

ねぇ、
この胸は君の為に有るのでしょう?

私はね、
君と右手だけでいい…
後は何も欲しくないよ。。。

と、
やはり女として結婚も出来ない事や子供を産めない事は辛くて自分が子供を産む事に必死になってしまったのです。
常に「幸せになろう」と思って居ましたがその日から「母の為に幸せになろう」と考えなくなって居ました。

きっと母に「お母さん、私はこれで幸せになれましたよ、これで私達は幸せになれるんですよ」と言いたかったのでしょう、
そう思う筈だったのでしょう、
それが過去の事を忘れて居て自分の感情を把握出来なくなって思う様に思えなくて、
でも自分に取っては大切な感情で気になって仕方なかったのでしょう、

それだけだったのです。
ですからそれだけで彼と別れて居た事を知った時は悲しかったです。
メンタルで判らなかった自分があまりもかわいそうで堪りませんでした。
その事を判った時には泣きました。
何日かは泣き続けました。
暫くの間はこの事を思い出す度に泣きました。
でもこの事も「それも私の運命で神様くださったもの」と思う事にしました。
人は結ばれる人と結ばれない人は決められて居るんですよね、
その彼も私も別な人と結ばれる運命だったんです。
ですから悔やむ事ではないのです。
彼と私の事は通過点で彼と私が別れる事でその後に待って居る幸せに向かって行っただけだったのです。

君は今幸せですか?
私は幸せですよ、
君の幸せも私と別れた事であったでしょう?
もしなかったらこんな私で良かったら私が何時でも君を幸せにしてあげまよ、

つづく

15年間の沈黙

私はやくざの人と別れた頃から君と出会うまでの15年間の間トラウマに寄って幻覚を見る事はありませんでした。
と言うよりトラウマを感じる事がなかったのです。

鬱やメンタルに成る事を苦労の度合いで計ってしまう人が居ますが鬱もメンタルも苦労には関係なんだ~
苦労やショッキング的な事でしたら強姦された事ややくざの人に無理矢理付き合わされた事やその後にも私は酒乱の人と結婚して六年間の間暴力を振るわれ続けて居ましたのでそちらの方のが充分にメンタルに成る理由でしたでしょう。。。
この時三日三晩寝かされずに暴力を振るわれ続けました。四日目に相手も疲れて寝るので寝れましたが又次の日から三日三晩寝かされずに殴られる日々が始まってそれを六年間続けました。
外で暴力を振るわれる事は四六時中で目蒲線の車内で白昼に上半身を裸にされた事も二度あります。
それでもメンタルにして居ません。
まっ、子供達を育てる事で必死で何をされようがどうでも良かったので全然気にならなかったのですがそれが相手には余計気に入らなかったのかも知れませんね。。。

でも時々は頭に来て酔っ払って寝て居る時に本当に殺そうと迷った事もありましたし、
私がもの凄く機嫌が悪い日に酔っ払ってごにょごにょ言いましたので「ふざけるな~あ!お前なんか~あ!本当は~全然恐くないんだよ~私を嘗めるなよ~」と思い切りグーで殴って相手がベットまで吹っ飛んだ事もありました。
その時に大分驚いたみたいでそれからは私に暴力を振るわなくなりました。
でも今度は外で喧嘩する様になって三日に一度は警察に迎えに行って20万円とか10万円の罰金を払い続けました。
その上酔っ払って運転して年中ソアラの修理代で数万から20万近く払わせられて、
この人高校の時にボクシングを遣って居てあっと言う間に相手の肋骨等を骨折させてしまうのです。
相手の病院代を払って居ませんでしたから多分示談金も含まれて居たと思います。
貯めて置いたお金は次か次へと勝手に降ろして使いまくりますし、指輪の料金の為に避けて置いた70万円も支払い当日まで使った事を言わなくて本当に困ったちゃんでした。

o(〃^▽^〃)oあははっ♪流石に指輪の料金は彼の実家に乗り込んで怒鳴り散らして彼の母親が「お金で済む事なら幾らでも用意するから、頼むから離婚はしないで」と翌日に用意してくれましたけれど、
私も信販会社の信用問題になるので焦って言ってしまった事で後は幾ら使われ様がどうでも良い事で怒った事がありませんでした。

呆然として居たと言えば呆然として生きて居ましたけれど…
子供達を食べさせて行く事で必死で
何て言うのでしょう?
目に入らなかったと言うか?
面倒くさいと言うか?
「もう勝手に遣ってくれ」って感じでした。

この人とセックスするのが死ぬ程嫌で「風俗代は幾らでも出すから」と渡して風俗で済まして貰いました。
ですから酔っ払って迫ったり怒って居た面もありました。
お金を使いまくって居たのも少々はその事が関係して居たのでしょうね。。。
別れるにも精神力が消耗しますので別れるお話をするのも面倒で喧嘩するのも面倒でした。

寝かされなくても良かったですし、
殴られても全く痛くありませんでしたし、
と言うより私殴られて痛いと思った事が無いんですよね。。。

やくざの人に一度だけ思い切りボコボコに殴られた事があるんですけど、
その時は私が酔っ払ってやくざの偉い人ばかり集まって居る席で普段の恨み辛みで彼に対して暴言を吐き続けて「遣るなら遣ってみなさいよ~お!」と構え続けてしまいましたから彼も皆の手前殴るしかなくて、
組長の奥さんは悲鳴をあげて「じゅんちゃん避けるのよ~」と何度も言ってくれましたが私は意地張りですから避ける事をしませんでした。
ですから普段は可也出っ張った後頭部が直線になる程殴られてしまいましたけれど酔っ払って居たせいか全然痛くなかったのです。

私が幼い時に母が発狂して私達兄弟に暴力を振るった時も触った感じすら感じた事がありませんでした。
流石に父に五ミリ厚の鉄板で思い切り頭を叩かれた時は頭が痛かったですし、十二指腸に穴が開いた時も其れなりに痛かったですし、お産の時も其れなりに痛かったですけど生理痛が激しいくらいの痛みで大騒ぎする程の痛みではありませんでした。
多分私はあどれなりんの作用を起こし易いタイプなのかも知れません。

そして
ノルアドレナリン別名:ノルエピネフリン
交感神経の情報伝達に関与する神経伝達物質。副腎髄質から分泌されるホルモンの1つでもある。
ノルアドレナリンとは激しい感情や強い肉体作業などで人体がストレスを感じたときに交感神経の情報伝達物質として放出されたり、副腎髄質からホルモンとして放出される物質です。
ノルアドレナリンが交感神経の情報伝達物質として放出されると交感神経の活動が高まります。その結果血圧が上昇したり心拍数が上がったりして体を活動に適した状態にします。
副腎髄質ホルモンとして放出されると主に血圧上昇と基礎代謝率の増加をもたらして、
通常ノルアドレナリンはその人のおかれている状況にあわせてバランスを保ちながら働いていますがその働きが不均衡になると神経症やパニック障害、うつ病などを引き起こすと言われています。
と言うお話もあってこの辺りも関係して居ると思います。

そして結局私の見て居ない所で子供達に暴力を振るったり酷い事をして居ましたので離婚しました。
三度目でしたので今度こそ離婚しない様に我慢したんですけどね、
やはり子供達に対して酷い事をされるのは我慢出来ませんでした。
そして主人と出遭って四度目の結婚をして君と出遭うまでトラウマを感じた事がなかったのです。

つづく

〖この空に乾杯〗

貴女と君を求めて私は幾里歩いただろう、
君を求めた時は靴擦れでズボンの裾から膝まで血で染まる程歩いたよ、
貴女を求めて歩いた時は足が地に着いて居なくて驚きました。
このまま天に昇って貴女の所へ行けるかも?と思いました。
でもこの空を見た時に私は思いました。
まだまだ私の行く道はあると。。。
私が見て行く景色は果てしなくあると。。。
この空に乾杯かな?
立川の昭和記念公園で撮りました。
IMG_0557

ふとした事でトラウマから幻覚を見ました。

あれは何時の頃だったんだろう?
西川口の駅の東口に向かって居たから多分22歳か23歳の頃でしょう?
やくざの人とは別れて居たかも知れませんし、まだ別れて居なかったかも知れません。。。
その瞬間の事しか覚えて居ないのです。

天気が良い日でした。
東口に降りる階段を降りながら窓から見える水色の空を見ていて「綺麗だな~」と思って居ました。
でも空に見とれて居て階段から足を踏み外したのです。
驚いて、一瞬目を瞑ったのか?一瞬目の前が真っ暗になりました。
そして目の前が明るくなった瞬間に眩暈を起こしました。
そして目の前にあった花屋さんの真っ赤なバラを見た瞬間にそのバラが宙に浮いて尖った茎を向けて私を目掛けて向かって来たのです。
私はその時に「刺される」と思いました。
ですから私は階段の手すりを使って眩暈を起こしながら階段を降りて駅の外に出ました。
すると今度は空から金色の光が私を目掛けて向かって来たのです。
私は驚いて空を見ました。するとその瞬間に金色の光から突然ナイフが現れて私を目掛けて向かって来ました。
そしてそのナイフは私の胸を刺して胸に激痛を感じました。
すると私の胸から流れ出た血が地面に染まって空も私の胸から流れ出た血で真っ赤に染まったのです。
その瞬間に私はもの凄く悲しくなりました。
そして悲しくなった途端に今度は心臓を握り潰された様な引き千切られた様で何とも言い難い激痛を感じて息も出来なくって苦しくて、
これは幻覚ではなくて現実に道行く人に助けを求め様としたのですが声が出なくなって居ました。
それでも私はジェスチャーで胸が痛いんだと道行く人に泣きながら訴えました。
でも皆気持ち悪がって相手せずに通り過ぎて行きました。
嫌悪感丸出しの顔をして避けて通って行かれました。

もの凄く心臓(胸)が痛かったです。
そしてもの凄く悲しかったです。
そして大きな眩暈を起こす前に「何で~私だけが~こんな想いするのよう!!!」と嘆きました。
すると周りの景色が大きく回り始めて景色が見えない程回りました。

でもその眩暈から覚めた時には直前に起きて居た事を忘れて「あっ!仕事に行かなくちゃ♪」と(゚▽゚*)ルン♪(゚▽゚*)ルン♪気分で仕事に向かって行ったのです。
これじゃあ自分の異常に気づく事は出来ませんよね、

私が自分の異常を知れたのは鬱になって悪化した事でその時に幻覚を見て居た事を覚えて居たからなんです。
鬱になっていなければ私は多分自分の異常を知る事は出来なかったでしょう、
ですから私は鬱になった事を感謝して神様のプレゼントだと思って居ます。

きっと自分の事を知る時期が来たんだよ、
生き物って、人の思考って、生きる力って、凄いんだよ、

すぐに死にたがって居た私は破局的でしたが神様がそれでも私を生かしたのです。
死んだ方のが楽の時もありましたがそれでも神様は私を生かして苦痛を与えて居る様で「これも修行かな?」と何度か思いましたけれど大きな幸せを得るには大きな悲しみも苦痛も乗り越えないと味わう事が出来ないんだよ、
病気が治った時に健康の素晴らしさを実感出来る様に苦痛や悲しみを知ってこそ幸せが判るんだよ、

そして私が鬱の苦しみやメンタルの恐ろしさを味わったのはその時の事を正直に伝える為に神様が与えてくださった機会だと思って居ます。
でも実際神様が居るのかと考えれば私は目に見える形では存在しないと思って居る現実派です。
神様は各自の心に在って、それがプライドでも在って、生きる糧でも在って、それを裏切ると苦痛に感じたり、悲しかったりするんだと私は思います。
ですから私は自分の気持ちを大切にします。
誰が何と言おうと自分の気持ちに正直に生きます。
自分にだけは嘘を言いません。
言い訳もしません。
それが自分に取って一番の幸せだから。。。

因みにこの時にそうなったのは多分階段を踏み外した事で驚いて、偶々真っ赤なバラを目にした事で中学の時に見た幻覚を呼び起こしたのでしょう、
こう遣ってタイミングに寄っては心意的に何も無くてもトラウマを感じて幻覚を見る事があるのです。
ですからメンタルは治さなければ本人が苦しむだけの事ですから治した方のが良いのです。

つづく

やくざの人との別れ

やくざの人は子供が産まれた事で寄り一層結婚を迫って来ました。
でも私は彼の気持ちと反比例する様に寄り一層別れたくて仕方なくなりました。
一応別れる話はついて居ましたのに子供が生まれたらそんな事を忘れた様に寄り一層旦那面する様になったのです。
そして私がお店の託児所に子供を預けて居ると託児所には一刻も預けられないから自分が見ると自分の子をお店にまで来て迎えに来て居たのです。
その度に私は「誰が~あんたなんかに~見させるか~あ!この子は私だけの子なのよ~あんたの子じゃないのよ~お!それにぃ、、、ここは私の職場なんだから~私に恥かかせないでよ~お!」と罵倒して追い返して居ました。

情が深かったのでしょう、
子供を愛する気持ちは人並み以上でした。
でも私はやくざの人が家の息子を愛する事が不安だったのです。
多分あのままでは甘やかして子供の言い成りで何でも好きな事をさせて居たでしょう、
やくざの人の子に成る前に息子の将来が恐かったです。
そして一緒に居る事さえ身の毛が立つ想いで一緒の空気を吸う事さえ嫌になりました。

死んででも一緒に居たくないと思う様になったのです。
ですから又子供達を実家に預けて死ぬ覚悟で別れを告げました。

今度は「このやろう~まだそんな事言うのか~あ!」と怒鳴りながら日本刀で行き成り服を切り裂いて私を犯そうとしました。
ですから私も「今は遣られても~後で舌を噛むか~首を吊って~絶対にぃ、、、死んで遣るから~」と言いました。
彼もその時の私の固い決意を感じたのでしょう、無理矢理する事は止めました。
でも今度は押入れに隠してあった拳銃と弾を出して私の見て居る前で布に包まれて居た弾を拳銃に一つづつゆっくり込めてその拳銃を私の米神に当てて「これでもか?」と聞いて来ました。

私は本気で死ぬ覚悟して居たんです。いえ、彼とそれ以上居るくらいなら死にたかったのです。
拳銃で米神を撃ってくれるなら即死で苦しまずに死ねて返って日本刀で切られるより都合が良くて嬉しい事でした。
ですから
「o(〃^▽^〃)oあははっ♪早く遣りなさいよ~お!
幾ら~家のお父さんやお母さんや~子供達を酷い目に会わせるって~言っても~私が居なくなれば~貴方もそんな気ぃ失せるでしょ~
私は死んでも~子供達をやくざの子なんかにしないわよ~お!
だから~死ぬ事にしたのよ~私一人が死んで~皆が幸せになれるなら~これ程簡単で~良い事ないじゃない~だから~遣るならさっさとしなさいよ~」
と彼に言いましたら、
彼は「お前俺と結婚するのそんなに嫌なのか。。。」と聞いて来ました。
ですから「そうよ~やくざのあんたなんかと~結婚するくらいなら死んだ方のがましなのよ~お」と答えました。

すると彼はやくざを辞めると言ったのです。
そう言われますと断る理由を失ってしまって何も言えなくなってしまいましたが私はやくざと言うより彼が嫌だったのです。
誰が犯された人を愛する事が出来ますでしょう、
彼は私にどれだけ酷い事をしたのか判って居なかったのです。

殺したい程憎んで居ませんでしたが「死んでくれたら」と何度も願いました。
「誰かに刺されて死ねば良いのよ」とも思いましたし、
「誰かが殺してくれないかな~」とも願った事も何度もありました。

起きてしまった事を悔やんでぐじゅぐじゅ生きて居ても仕方ないと思って私はただ前向きに生きて居ただけだったのですが彼は自分がした事を私が許して居ると思ったのでしょう、
許せる訳がありませんでした。
言葉にするれば大した情景ではないですが、
死のうとして舌を噛んで居た私の頬を握り拳で思い切り何度も殴りながら反対の手の握り拳で口をこじ開けてその握り拳を口の中に入れながら犯したのです。
死にたくても死ねなくて死ぬより辛い想いをさせられたのです。
彼が私にどんなに優しくしてくれても許せるものではありませんでした。
と言うより息子の為に愛そうと考えた事がありましたがどう考えても愛せなかったのです。

愛は愛そうとして出来るものではないのですよね。。。
愛は自然に湧くもので自分自身でも制御出来ない感情なんですよね。。。

私は彼がやくざを辞めたら別れ易くなると思って彼がやくざを辞めるまで大人しく待つ事にしました。
そして彼がやくざを辞めてから強行的に別れを告げて別れられたのですがそれでも毎日の様に何だかんだと言い訳を作って会いに来たり、わざと酔っ払ってしつこく関係を迫って来ました。
ですから仕方なく例えやくざの彼でも到底手を出せない知り合いのやくざの人に二度と私に関わらない様に言って貰いました。

すると汚い手を使ったと彼は私を責めましたけれど私は死んでも其処まで落ちた人間になりたくなかったのでここまでその手を使わずに我慢して来たのです。
たった一言「しつこい人が居るから止めさせて欲しい」と言うだけで済んだ事でした。

「私はあんたが私にした事と同じ事をしただけなのよ~お!それも~ここまで我慢して遣ったじゃな~い!私を~あんたとなんか~あ!一緒にしないでよ~お」と彼に怒鳴りました。
そう言いながら「嗚呼、私はとうとうここまで落ちた人間になったんだ。。。」と自分が守って来たプライドが崩れた様でとても悲しかったです。
私は自分がどんな目に会ってもマイペースに自分の生きて行く道を守りたかったんです。
そんな酷い事をする人と同じ事はしたくなかったのです。

彼はもう何も出来なくなってすっぱりと別れてくれました。
ですが後日に会った時に
「今他の女と付き合って居るんだけど~お前と付き合ったおかげでその女の事を神様の様に見えるよ~
お前程酷い女は居ないからな~何でこんなに酷い女をあんなに夢中になったのか判らないよ~
でもお前には感謝して居るよ~お前みたい酷い女と付き合ったおかげで俺はどの女も皆優しく見えて~俺はもうどんな女でも遣っていける自信がついたよ~」
と又言われてしまいました。

別に卑下して言って居る訳ではなくて私は本当に男性に対しては酷い女なんですよ、だって男性を殺したい程憎んで居たんですから、
それを勝手に夢中になって強姦までして置いて、子供達の父親と離婚までさせて、脅して無理矢理付き合わせて置いてこの言い草です。

つづく

父親の愛

彼は
「俺はお前を一目見た時からお前程の女とはもう一生会えないと思ったんだよう、、、だからどんな事をしてもお前を手に入れようと思ったんだよう、、、」と一目見た時から私を狙って居た事を言いました。
計画的だったのです。
そして結婚を迫って来ました。
やくざの人と付き合されて居るだけでも嫌でしたのにぃ、、、両親や子供達や兄弟に果ては親戚にだって申し訳ないと思って居ましたのにぃ、、、
「結婚なんて~死んででも阻止しよう」と決断しました。

子供達には申し訳なかったですがそれでもやくざの人の子にするよりは私が死んだ方のがましだと思いました。
そして子供達を実家に預けて殺される覚悟で彼に別れる事を言いました。
するとやはりまずは日本刀を持ち出して「その腹をかつぁばくぞ~俺と別れるなら~俺の子を~置いて行け~」と言われました。
そうなんです。私は彼の子を妊娠して居ました。
ですから彼は結婚を迫ったのです。
そして私はお腹の子をやくざの子にしたくなくて死んでも彼と別れようとしたのです。

ですから
「あんたの~子は~私がちゃんと~産んで~育てるわよ~お!あんた~に犯された~この私が~あんたの子を産んであげるだけでも感謝しなさいよ~お!」
と言いました。
すると彼は子供が生まれるまで私一人では生活出来ないだろうと子供が生まれるまで面倒を見ると言う事で別れる約束をしてくれたのです。

でも彼は「やくざなんかに絶対認知はさせない」と言った私に、
お産で入院中に内緒で「子供がかわいそうだから」と勝手に認知してしまったのです。
そして退院してからは事務所に行くにもやくざの人達の集まりに行くにも何処にも行くにも「俺の子なんだ~絶対に放さない~」と言って24時間息子を放さずに居ました。
片時も離れずにおむつの世話もミルクの世話も自分一人で遣って居たのです。
私と別れるのが嫌と言う訳ではなくて心底息子を愛して居たんです。離れたくなかったのです。
でも流石にやくざの人達の集まりに連れて来るのは止めて欲しいと言われて、母親にもその間面倒をみてくれる事を断られて泣く泣く私に息子を戻しました。
ですから私は子供に「お母さんは■■■(子供の名前)君のお父さんを愛する事はどうしても出来なかったけど、■■■君は二人共に望まれてこの世に生まれて来て、二人共に愛されて来たんだよ」と言ってあります。

離婚した子供達の父親も子供達を愛して居ました。
離婚するなら子供達を置いていけと言われました。
ですから私は「じゃあ、仕事しながら自分だけで育ててよ」と無理難題を言って夫から子供達を奪って居ました。
その後に子供の事で会った時に若い女の子と付き合って居て、
私はその女の子から妊娠して居て堕胎する様に言われて困って居ると相談されました。
かわいくて、大人しくて、人懐こくて、一緒にサウナーまで行ってお風呂まで入った子です。
ですから私は子供達の父親に彼女と結婚して子供を産ませてあげる様に怒りました。
子供達の父親とは離婚の時も口喧嘩をした事がなくて離婚してから初めて口喧嘩をしました。
でも子供達の父親は「俺の子はこの世でお前の子だけなんだよ~俺はお前だけにしか絶対に子供を産ませないよ」と聞き入れてくれませんでした。
ですから「じゃあ~何で~妊娠させたのよ~」と怒ったのですが、
「そんな事~お前にだけは言われたくない~お前にそれを言う資格があるのか~」と怒られてしまいました。
彼女がかわいそうでどうにかしてあげたかったのですが確かにそうなのでもう私は何も言えなくなってしまいました。(ノ_δ。)

そして余談ですが其処のお店に偶々初めて結婚したO氏が居たのです。
子供達の父親も宮城の人で仙台で会って居たのですがo(〃^▽^〃)oあははっ♪なんとおO氏は女性とホスト様に踊って居ました。
私はトイレに行く途中でばったり出っくわしたのですけど私も驚きましたけれどO氏も可也驚いた顔をして居ました。
其処にはやくざの人と子供達の父親とO氏が居て奇妙な瞬間でした。
東京に住んで居た私が仙台で偶々入ったお店でそんな事があるなんて世間って狭いんですね。。。

時々犯されたり、酷い目に会った父親の子が憎いと言って子供をいじめる母親が居ると聞きますが、
それは恨みや辛みをまだ幼くて抵抗出来ない弱者に宛てて居るだけなんだと思います。
私は息子がお腹の中に居た時から心から愛し続けて居ますよ、だって私の子なんですから、

言い掛りで逃げるのはいい加減しろ~です。
自分は何なんだ~です。
その子の母親でしょ、
父親なんて関係ないんです。
母親なら~男の事くらいでうじうじして無いで~しっかり育てていかんか~いです。

ご両親が離婚したくらいでうじうじして居る人が居ますが、
家の子達は父親の顔さえ写真を焼かれてしまって知らないんです。
そして私は四回結婚して居て今の主人と会った時には全員小学生でした。
それでも本当の父親に会いたいと思いながら主人の事も本当の父親と思って生きて居ます。
長男は産みの親より育ての親で母親の私より主人の事を大切に思って居ます。
それは私達が別れる事があれば主人が一人になってしまうので「せめて俺だけでも残ってあげなければ」と言う想いでです。
そして私は子供達に苦労や悲しみを与えて来ました。
でも子供達は何れ私の元から離れるのです。
母親も人間で心があるんです。
夢も願いも寂しい気持ちも遊びたい気持ちも恋をしたい気持ちもあるんです。
母親になる事で自分の人生までは捨てません。子供達と共に自分の人生も歩んで行きたいです。
赤ん坊みたいな事をぐじゅぐじゅ言って居るな~です。

君は私が何度も離婚をして子供達がかわいそうだと言いましたね、
「僕が貴女を捕まえて~一生放さないで~もう二度と貴女の子供達には悲しい想いをさせない」と言いましたね、
でもね、子供達の父親は主人だけなんです。
君は成る必要がなかったんだよ。。。

つづく

夢から覚めた男が言った言葉

やくざの人は組の人では無くて親友を連れて部屋に雪崩れ込む様に入って来て
「人の女に手を出して~ただで済むなよ~」と自分は犯して、脅してまで他人の女房を取って居ましたのに彼に怒鳴りました。
そしてやくざの人の親友は部屋に入るなり彼の頭をガラスの灰皿でかち割ったのです。
この男性はセールスの男性が奥さんに話し掛けて居たのを見ただけで行き成り殴りつけてそのセールスの人にもの凄い重症を負わせた人です。ですから「人の女に手を出す奴なんて~殺してしまえば良いんだ~頭をかち割ったくらいでは俺の気は全然済まない」と暫く言って居た人です。

組の事務所に連れて行かれるのに私の前を通った彼は呆然として居て頭に巻かれて居たバスタオルはすぐに血で染まって血が滴り落ちて居ました。
私は彼を見るのはそれが最後で彼とはそれ以降会って居ません。

あっ!彼は殺されて居ませんよ、
やくざの人が事務所に連れて行ったのはお金が欲しかったのです。
彼が死んでも怪我しても一銭の特になりませんからそれ以上誰も彼を傷つける気はありませんでした。

でも彼はどう落とし前つけてくれるんだと脅かされた時に
「あなた達があの人を自由にしてくれる約束をしてくれるなら自分は今すぐにここで死にます。でもあなた達はどんな事があってもあの人を自由にしてくれないでしょう、ですから死ぬ事は出来ません。その代わりに指をつめます。」と言ったのです。
指をつめると言ってもそう簡単に出来るものではありません。ですからやくざの人達も脅すつもりで指をつめる用意をしたのですが、
彼は短刀を振り下ろしても切れなかった指を一気に何度も思い切り叩いて、あっと言う間に指を潰して切り離しました。
その速さはまさか本気で遣ると思わなかった人達には誰も止める間がなくて慌てて指を持って病院に連れて行ってももう指がぐしゃぐしゃで付ける事が出来なかったのです。
それは彼が警察に届けたら言い訳が出来ない完全な傷害罪になってしまうからです。
ですからやくざの人達は慌てて彼を事務所から解放しました。

やくざの人も考えて居るのです。
言葉の一つ一つに集中して付け入れる所を捜しながら話して居るんです。
それは彼等が決めた独特の決まりでしたが少しでも間違った話方をすれば其処に付け入るんです。
今は企業で大半の人が食べて行けるのでしょうが昔の人はこれも稼ぎの内でしたから人と話して居る間の集中力と記憶力はもの凄かったです。
ですからその反対に独特な話方があるんです。
例えば揉めて話し合いをして「わかった」と言っても「その事を忘れる」と言う事ではありません。
むしろ遣られた事は決して忘れてはいけないんです。ですから「忘れる」と言う言葉は間違えても使っては駄目でした。
「自分の吐いた言葉は忘れるな~」で一度口に出した事は取り消す事が出来なくて一言一言にもの凄い精神力を使って居ました。
ですから集まりの場や他の組の人と話す時は幾ら女で関係ないと言っても言葉を選ばなければならないのでとても疲れました。
まっ、何も喋らなければ良いのですが問われた時の返事でさえ良く考えて返事しなければならないのです。
簡単に申せば揚げ足を取ろうと必死なんです。ですから恐かったり、気を使ってあいまいな事を言いますと付け入られるんです。
この事を嫌と言う程お勉強出来た私はその事だけはやくざの人に誘われた時や言い掛りを付けられそうになった時等で助かった事が多かったです。

彼の事で私は「酷い女」とやくざの人にまで言われてしまいました。
それは彼は私を自由にしてくれたら本気で死ぬとまで言ったのに私は彼の事を何とも思っていなかったからです。
私からしますと彼は死ぬ覚悟をして私を抱いたのですからそれが指先だけで済んでラッキーだったじゃないかと今でも思って居ます。
そんな事がまかり通ったら誰でも死ぬ騒ぎで迫れば良いのですから幾つ身があっても足りません。
私は残酷で冷たいのかも知れませんが言った事は実行して欲しいんです。
実行出来ない事は言って欲しくないんです。
その場の限りの嘘だなんて~ぶっ飛ばすです。
本人が実行出来ないなら無理にでも実行させるか、それでも出来なければ私は即別れます。

そして彼は
「俺はこんなに大変な想いをしたのぃ、、、あいつは無傷なんだよ~
あいつも俺と同じ想いして居るだろうと思って俺はあいつの為に本気で死んでも良いと思ったのぃ、、、
大体あいつの旦那もおかしいんだよ~俺とこんな事があったのにぃ、、、あいつが何を言ってもへらへらしてあいつに甘いんだよ~怒るどころかもの凄く優しくして居たんだぜ~
こんな事って~信じられるかよ~あの旦那あいつが浮気しても何でも良かったんだよ~
俺はあいつに騙されたんだよ~あいつは~本当は酷い女だったんだよ~」
と周りの人達に言いまわりましたので私は随分周りの人達から彼の事で酷い女と暫くの間責め続けられました。

私は彼の事好きだと言って居ませんから何で彼を騙したのかも判りませんし、
やくざの人が私に全く怒らなかったのは私も驚いた事で想像も出来ませんでした。
でもやくざの人にしてみれば
「俺はお前が誰と遣ってもそんな事無理矢理付き合わせて居る俺がお前に文句言える立場じゃないからな~
だから今回の事もお前が良くて付き合ったならどうでも良い事だったんだけどお前が奴を追い出せと言っただろう、だから奴を脅しただけで、
皆の手前おおぴらでされたらそりゃあ困るけど、おおぴらじゃなければお前は誰と遣っても良いんだよ、お前は遣りたい奴と好きなだけ遣れよ、
お前は俺には勿体無い女なんだから、本当は俺なんかと暮らしてくれる女じゃないんだから、
だから俺はお前と居れるだけで良いんだよ、俺はお前が俺から離れなければ何でも良いんだよ、だからお前が誰と遣ろうがそんな事一々気にしちゃいないよ」
だったんです。
そして「でもあまり男を振り回して困らせるなよ~お前に振り回されたらどの男だってたまったものじゃなくて大変でかわいそうだから。。。」とまでやくざの人に言われてしまいました。

しつこく誘ったのは彼の方で願いまで叶えてあげたのに踏んだり蹴ったりの想いです。
関係を持てばそれまでの経緯はなくなってしまうのかな~やくざの人も自分が私に何をしたのか忘れて居ました。
ですから私は男の人の身勝手な想いが嫌いなんです。

つづく

男が何かを決断する仕草

その日の彼は妙に興奮して居ました。
私が彼女に啖呵を切った姿が彼的には欲情をそそったみたいです。
その時点では彼が覚せい剤をして居るのを知らなかったのですけど彼は覚せい剤を常習的にして居ました。ですから彼は覚せい剤で少し脳がおかしくなって居たかも知れません。。。

そして私は
「それでも俺は~死んででもお前を抱きたいんだ~お前を抱けるなら俺は何時死んでも良いんだよ~」
と言った言葉を愛の言葉を受け止めて彼を憎みました。

私のトラウマは時が経つに連れ変化して行ったのです。
殺されてしまう恐怖から殺す憎しみに変って居ました。

元々男性を憎んで居た私はしつこく言い寄って来る男性に対して憎しみがありましたからその変化をすんなり受け止める事が出来たのでしょう、
それと彼女に寄って中学時代の事を思い出して居ました。
それで「こんな男なんて~死んじゃえば良いんだ~」と思ったのです。
ですから「あんたなんか~私を抱いて死んじゃえば良いのよ~」と彼の申し入れを受けました。

「例え殺されなくても~最低でも片腕は絶対にぃ、、、本当にぃ、、、飛ぶから~その覚悟でしなさいよ~
両腕が飛んでも~両足が飛んで~大事な所を切り落とされても~誰も恨まないでよ~貴方が決めた事なんだから~あああ
それでも~貴方は私を抱きたいと言うの~」
と一応確認しました。
すると彼は「それでも良いよ、俺は死んでもお前を抱きたいんだ~男にはそう言う時があるんだよ」と言ったのです。

そして彼と池袋で待ち合わせしました。
待ち合わせ場所に着いた彼は三度目のデートの時の君と全く同じでした。
走って来た様に鼻息が荒くて、それを直そうとして居たのですが全身が震えて居てタバコを持った指先が小刻みに震えて居ました。
ですから私は「恐いの?だったら今からでも遅くないから、止めれば」と言いました。
それでも彼は「そんな事はないよ、武者震いだよ」と諦めませんでした。

その時に私は「男って本当にバカだな~」としみじみ思って居ました。
「見た目やスタイルは変っても入れる場所は同じで大差ないのにぃ、、、それでも命を掛けて抱くんだ~バカだな~本当にぃ、、、バカだよ~貴方本当に死んじゃうだよ~それでも本当に良いの?」と思って居ました。
私も迷って居たんですね、
その時はもう日にちが経って居ましたので彼に対して憎しみがなかったのです。

全身を震わせて、心も震えて居て、息を切らして一気に吐き出せなかったタバコの煙。。。
君は私との三度目のデートの時何を考えて居たのですか?
あの時の君の横顔に大人の男を感じて居ました。
12歳も年下の君が私より年上に感じた瞬間でした。
そして嫌な事が起きそうな予感を感じて居ました。
君も知って居て居たんだね、だから「これから先に何があっても絶対に後悔しないでくださいよ」と私に言って居たんだね、
そして自分に言い聞かせて居たんだね、

私達の運命は三度目のデートで決まったのかな~
私は君と出会う前から決まって居た運命だと思って居ます。
ただ運命の中にも選択出来る時があってその運命をどう辿るのかあの日の私達の選択で決められただけなんだよ、
君はあの日に本当に私を切り捨てる事が出来ましたか?
本当に抱かずに帰れましたか?
あの時触れ合いを強く望んで居たのはどちらでしたでしょう、
男の人って本当にかわいそうな生き物ですね、
苦痛が待って居る事を知って居ても抱かずに居られないのですから。。。

彼はその晩やっと夢が遂げられてきっと至福を味わったのでしょう、感動して居ました。
もう私から離れられないと言って居ました。
まっ、命を掛けたセックスなんですからそのくらいは無いと彼がかわいそう過ぎますね。。。

でも彼との事は私からやくざの人に言いました。
彼が私と会って居ない間に覚せい剤やシンナーをしてから毎日私を抱くから身体的に苦痛だったのです。
何時間でも一日中でも、二日でも三日でも一回も終らないのです。(T-T)そして全く疲れないんです。
彼は覚せい剤やシンナーを遣って居て痛みも麻痺して居たのか?性器が擦れて傷になって血が出て居ても止める気は更々無くて、
私は正気で休み無くされて、お互いに痩せて居たので恥骨が擦れて傷になる程で可也の痛みがありましたし、大事な所はそりゃあもう痛かったです。
ですから家出して彼と暮らす為に新宿の近くに借りた部屋から出て行ってくれと言ったのですが出て行ってくれなかったのです。
家具は彼が全て買いましたが私名義で、私が全て払って用意した部屋でした。
浮気を告白すると言うより高い家賃を払って居るのに自分が其処に帰れないのが悔しくて追い出してくれと頼みました。

つづく
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