思いこみ

 私たちが日頃交わしている会話の中で使われる言葉は、共通の言葉であっても、そのバックにある体験が異なるため、人によって理解の違いがあります。
 自分の体験しか経験できない私たちは、相手の言葉を受け取った時に、自分の解釈で受け取ることになります。
 
 相手との関係や自分の状態でその言葉の解釈は異なってきます。
相手との関係が良好であれば、できる限り相手の言葉を善意にとらえ、自分が解釈できる中で一番よいと思うものを選びます。
 また、自分の状態がよければ、よい解釈をすることにもなります。

 逆に相手との関係がそれほどよくなければ、自分の都合に合わせて、解釈をすることになります。

 それが相手との関係を維持する上でとてもよいと感じてしまいます。

 しかし、誰にでもこだわりがあります。自分の大切にしている価値観については譲ることができず、相手との関係とは無関係に一方的に解釈します。

 これが、人との関係を悪くすることがあったり、誤解を招いたりすることになります。

 誤解が誤解を招き関係を悪化することは、常に起こりうることです。

 例えば、時間厳守の人が時間を守らなくて遅刻をした人を責めることがあります。
 「人に迷惑をかけることはよくない。」という価値観をもっていると、遅刻した人を人に迷惑をかける人だという解釈をしてしまいます。

 いったん、この解釈をすると、今度は「人に迷惑をかける」という視点から相手を見続けることになり、そういう所を見つけやすくなります。自分の解釈から、相手の行動を「人に迷惑をかける行動」として価値づけてしまいます。
そして、次第に人に迷惑をかける行動が目につくようになっていきます。
 
 そして、「嫌い」という感情が伴うと次第に相手の悪い事ばかりが目につくようになってしまいます。

 一つの強い価値観が相手との関係を悪くしていく負の連鎖が始まります。

 自分の価値観がどれほど相手との関係に影響を及ぼしているのか、あまり意識しないで生活していることは多いと思います。

 そのような状況に出会ったときに初めて、自分の価値観の強さが災いしていると感じるという体験をすることになります。

 日頃の言動に気をつけるということは、自分の価値観の強さを意識することかもしれません。相手がどのように受け止めるかというよりも、自分自身がどんなこだわりをもっているかに注目した方が気づきが早いかもしれません。

 言葉は、自分らしさをよく表しています。

 誤解を招いて、人間関係を悪化させてしまった今だから、見つめられる私です。反省、反省。

言葉通り受け取らないで

 子どもは、私たちよりも多く失敗を経験します。これは、経験が少ないために、仕方ないことです。
 失敗しながら、いろいろな価値を身に付けていきます。その価値は、社会に適応するために、必要な学びになります。

 ただ、だからと言って、正しいことばかり言ってればよいかと言えば、そうではありません。

 私たちは、感情の動物です。感情があるため、正しいと言われても受け入れられないこともあります。

 言葉が少ないということは、自分の感情をうまく言葉で表現できないということになります。そのため、大人からみれば、おかしい使い方だと思われる言葉でも平気で使います。
 
 その言葉に大人が反応して、否定されても、その言葉の裏にある子どもの本当の思いとずれているとすれば、子どもは、納得できずに不満が募ります。

 遊んでいる時に嫌な状況になって思わず「やめる」と言ったとしても、本当は、やめたい訳ではありません。やり方を変えれば、まだ遊べることもあります。
 「そう、やめたければ、やめればいい。」などと簡単に答えてしまっては子どもは、いじけてしまいます。

 仲良くしたいという気持ちがあるにも関わらず、喧嘩をして思わず、「○○さんなんか、嫌いだ。」と言った時、「嫌いなんていっちゃだめ。」と叱っても、全く子どもの気持ちを理解していることにはなりません。

 言葉が少ないからこそ、極端な表現をしてしまいます。

 その言葉よりも、その言葉を言った子どもの表情や態度や状況をつかみながら、言葉の真意を探ります。

 「どうして、そんな言葉を使うのだろう。」「そんな言葉を使わざるを得なかった子どもの気持ちは、何だろう。」などと察する必要があります。

 私たちが言葉をうまく利用できるのは、様々な状況を体験しながら、その状況に合った言葉を選ぶことができるようになったからです。つまり、失敗を繰り返してきた私たちだからできるのです。

 言葉ではなく、子どもの思いを察することが、子どもの気持ちをうまくつかみながら、適切な言葉の使い方を学ぶ機会を増やすことになります。
 
 これが生きた言葉の使い方になります。


 正しいことしか言わないでいると、子どもの気持ちとはずれているため、納得する学びにはならず、すぐに行動に出たり、言葉が少なくなったりします。
 
 これを続けると、うまく自分の気持ちを表現できなかったり、自分の気持ちを偽って表現したりするようになっていきます。
 また、「私の事をわかってくれない。」と不満が募っていきます。

 いつかどこかで、我慢した気持ちが爆発するかもしれません。
歪な形でしか自分を表現できないことにもなっていきます。

 子どもの気持ちに合った言葉を見つける努力をする姿勢は、子どもの心に伝わります。そして、その時に大人から子どもにとって価値ある言葉を学ぶことになります。

 「本当は、こんな気持ちがあるんでしょ。」「本当は、こんな気持ちがあるからこんなことを言ったんだね。」などと子どもの気持ちをわかろうとしながら、言葉をかける努力をし続けます。

 
 「わかってくれる人」を子どもは欲しがっています。正しいことを言って正しく導く人を欲しがっているわけではありません。

 間違ったことをしたいと思って生活を送っているわけではありません。うまく対応できないだけです。失敗するのは、そのためです。失敗から学ぶ子どもを育てたいと思います。

卒業式

 卒業式に向けて、どの学校でも練習を行っています。この練習に向けて、どんなことを子どもたちに語っているのでしょう。

 子どもたちには、最高の姿で卒業式を迎えるために、姿勢や声、動きについてかなり徹底する指導が行われます。

 ただ、一番大切な指導は、「卒業式に向かう構え」の指導だと思います。
この「構え」が姿となって現れると考え、指導することで、子どもたちの意欲を高め、子どもたちの姿を構えと結びつけるとかなりの効果を発揮します。


 例えば、

・あなたの姿勢が問われる機会
 卒業式には、保護者・地域の方々・先生・先輩(後輩)が参加します。その方々が、あなたを見ています。これは、これまでのあなたの取り組みやこれからの取り組みの在り方が問われる機会になります。どんな姿を見せたいのか、あなたの姿で示しましょう。

・欠くことのできないあなた
 1年の中で一番大切な行事に参加しているあなたが、作り上げる卒業式です。あなた一人が欠けても式は成立しません。先輩(後輩)として、式の中で活躍しなければならない存在です。あなたの姿のない式はありません。
堂々とした(凛とした)姿を見せましょう。

 練習の前半には、これらの取り組みのよさを味わうように刺激をし、姿勢のよさを見つけて次第に姿を変えていきます。

 そして、最後の練習の時には、「別れ」について語ります。

卒業式は、別れの場です。今のこの仲間でこの学校で過ごすことは、二度とありません。その場にあなたがいます。

 別れには、2種類あります。1つは、突然の別れです。これは、いつ訪れるかわからないため、何も準備ができず、慌ててしまいます。大切な人と別れる辛さ、やり残したことへの後悔などから、心が乱れます。

 もうひとつは、準備のできる別れです。卒業式は、これに当たります。悔いのないように準備をすることができます。残された時間の中で大切な人と別れるために、どのように過ごし、別れる時には、どんな姿を示したいのか、あなた次第です。

 その準備ができれば、辛さや後悔はありません。その代わり、今までの関わりについての感謝が生まれます。そして、120%の姿を別れの時に作り示すことができます。最後の練習です。大切な仲間と別れる大事な式の最後の練習です。あなたの精一杯さを見せてください。

 子どもたちは、私たち大人が考える以上に純粋です。価値あることに心が動き、取り組みが変わってきます。

 あなたは、子どもたちに何を語るのでしょう。卒業式に向かう、私たち教師の生き方が試されています。
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