一般社団法人日本心エコー図学会理事長のブログです。理事長という職にはありますが、ここに書かれることは心エコー図学会の公的意見ではありません。私個人が経験したこと、感じたことを自由に書いてみたいと思います。少しでも心エコーを身近に感じてもらえれば幸いです。なおご意見、ご批判等は一切受け付けませんのでご了解ください。

 全く心エコーに関係ない話ですが、最近、学会にも研究会にも行っていないもので。

 16日(日)は知人のからみで社会人ビッグバンドフェスティバルを聞きにいっていました。そのときあるバンドがYou don’t know what love is.という曲を演奏する際、MCの方がそれを“あなたはまだ恋を知らない”と紹介されました。これはもちろんこれでいいのですが、その時ふと、loveの訳は愛のはず、では恋は英語で何と言うのかな、と考えてしまいました。たまたまその日の某新聞の人生相談の欄で、恋と愛は別物、恋が先にあって愛は後から来る。恋は自分の欲望だが、愛は何よりもまず相手のことを思いやる、というようなことが書かれていたのを思い出したりしたわけです。で、帰宅後辞書で恋の英訳を調べてみたのですが、loveとしか出てきません。日本語では恋と愛が明確に区別されているのに、英語には区別がないのです。なんと。皆さんはご存知でしたか。英語国民には恋と愛の区別がないということになってしまいます。恋愛が人生の最大重要事項である(偏見かも知れませんが)イタリア人はどうなのか、ということで今度はイタリア語の辞書を見てみると、愛はamore、恋もamoreでやはり区別がありませんでした。さらに、小粋に愛をささやく(偏見かも知れませんが)フランス人はどうかということでフランス語も調べてみるとどちらもl’amour。ドイツ語でもどちらもliebe。中国語でも愛(本当は簡略字体です)、韓国語でもsalang(本当はハングルです)と皆一語で恋と愛を表現しています。なんと、なんと。ひょっとして恋を愛を明確に区別しているのは日本人だけなのでしょうか。実に興味深いですね。一度文化人類学者だか哲学者だかにこのあたりについて聞いてみたいものです。

 連休中にしょうもない話ですみませんでした。

 週末は大阪で開催された第66回日本心臓病学会学術集会(大会長:増山先生)に顔を出していました。展示場の一画にオープンスペース的な会場を持ってこられたり、比較的小さい部屋でeポスターを行われたりと、なかなか工夫されたプログラムであったように思います。また大会長の趣味もあってか、通常の学会や講演会ではあまり取り上げられないようなマニアックな内容も取り上げておられました。たとえば渦に関するシンポジウムとか、torsionに関するコントロバーシーとか。実は私は渦に関するシンポジウムの座長とtorsionに関するセッションのコメンテーターを仰せつかっていたので、増山先生からはよほどマニアックな人間と思われているのかも知れません。渦についてはVortex Symposiumでカリフォルニア大学のArash Kheradvar先生のお話をお聞きしました。私達は二次元断層像で渦を観察しているので心尖長軸像で拡張期に僧帽弁の近傍に二つの渦が見えると言っていますが、実はあれはvortex ringの一部を見ているわけで本当は三次元的に考えないといけないと思いました。話を聞いている最中に、イルカが口から出すというバブルリングを思い出しました(興味ある方、ネットで“イルカ バブルリング“で見てください。可愛いし面白いです)。あれと同じことを僧帽弁が行っているのかと思うと自然界の妙に感心します。

 Torsionのセッションは「LV torsionは研究する価値があるのか?臨床に役立つのか?」という挑戦的なタイトルの下、納富先生がハンドリングされて賛成派と反対派に分かれてディスカッションしました。私は賛成派のコメンテーターの役割でしたが、心室の捻じれはなぜあるのか、なぜ健常者でも値がばらつくのか、そもそも要るのか、等々ディスカッションの間でもいろいろな疑問が起こってきて個人的にはたいへん楽しめました。役割上、反対派になった先生方もおそらく皆さん研究したい気持ちは同じなのではないかと思いました。心筋線維の収縮は15%程度なのに左室駆出率が60%にもなるのは捻じれがあるからだと言われています(Buckberg GD, JTCS 2002;124:863)。捻じれもまた自然界の妙ですね。

wringing

捻じれの意義を説明するのに時々使うスライドです。



 ということで今回もほとんど観光する時間のなかった海外出張でした。会議と会議の合間にちょこっと街に戻って写真を数枚撮り、地球の歩き方に載っていたレストランでおやつがわりにビールとソーセージを食べ、最終日に飛行機までの時間、ダッシュで美術館(アルテ・ピナコテーク)に行ったのがせいぜいでした。とは言え、昼間からビールを飲めることの幸せを感じ、美術館ではアムステルダムの国立美術館に所蔵されているフェルメールの「手紙を読む青衣の女」がなんとたまたまミュンヘンに貸し出されていて見ることができました。フェルメールは好きな画家で、海外出張の際に時間があれば美術館に行って作品を見ています(今までパリ、アムステルダム、デン・ハーグ、ニューヨーク・・・で見た)。この作品も以前にアムステルダムで見たことがあるのですが、もう一度見ることができるとは思ってもいませんでした。ラッキーでした。

 出張のお供にいつも何かしら本を持っていきます。今回は黛まどか氏の「奇跡の四国遍路」(中公新書ラクレ)を持っていきました。俳人の黛さんが数か月かけて1400キロを歩いて四国遍路をされたときのお話です。いろいろと不思議な体験もされたようで興味深く読みました。遍路は88か所のお寺をまわっていくのですが、大事なのはゴールたるお寺ではなくそこへ至るまでの道を歩くというプロセスであるという意味のことが書かれていました。わが身を振り返るに、出張に出てもほとんどが会場とホテルの往復で、旅を楽しんでいるとはあまり言えません。忘れっぽいせいもあるのですが、せっかく海外に行っても、どんな街だったか覚えていないこともしばしばです。せっかくなので学会場というゴールだけでなくプロセスたる旅も楽しみたいものです。というようなことを前掲のレストランでビールを飲みながら考えていました。以前にもどこかで書きましたが、自分でもあきれるくらい読んだ本などに影響されます。今回も読みだした頃は、そのうち私も遍路に行ってみるか、と思っていたのですが、読み終わると、遍路は生半可な気持ちで行けるものではなく、いろいろな意味で覚悟が要ると思いました。しばらくは行きません、というか行けないですね。

ESCビール

真昼間からビール

ESCフェルメール

フェルメールと再会

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