ASUKA物語

2005年1月4日、韓国語を勉強するために高麗大学韓国語文化教育センターにやってきました。以来、韓国でのあれこれをとりとめもなく・・・

2008年05月

ご無沙汰しました

72e16c32.jpg

日本で手術を受けて、ソウルにに戻ってきて忙しく過ごしていたら、今度は猛烈な肩こりに襲われました。どうやら手術で首を動かせずにいるうちに、50肩を併発したようで、こぶとりじいさんが終わったと思えば、今度は五十肩、なんともかとも年寄り臭くていやになります。五十肩にはどうも風呂と運動が良さそうなので、せっせと努力しています。

ところで、このごろのソウルは米国産牛肉の輸入反対のためのろうそく集会が盛り上がっていて、なかなか面白いのです。今日はつきあいのある高大生から電話があって、一緒に行きませんかと誘われたものの、こっちは肩が痛くてひいひい言っていて、とてもそんな元気は出ません。店があるのでと言って断ったのですが、元気だったら是非とも一回は行ってみたいと思っているのですが・・・

ハンギョレ新聞(2008-5-29より)

 ソウル広場4万ロウソクのあかり“国民相手に宣戦布告…イ・ミョンバクOUT”

 夕方7時20分. 政府が告示を押し切った日,ロウソクのあかりは清渓広場を越えて,ソウル広場で火を灯した。 パク・ウォンソク狂牛病国民対策会議状況室長は“一ヶ月間国民の願いを伝えてきたが、ついに政府は米国牛肉輸入告示を押し切った”として“イ・ミョンバク政府は国民に仕える政府でなく、この瞬間から独裁政権になった。 政府が国民に宣戦布告をした”と訴えた。 4万を越える‘ロウソクのあかり市民’はいっせいに“ワ〜”と叫び声を上げた。 22回目ロウソクのあかり文化祭は激昂した雰囲気の中で始まった。

ソウル広場ロウソクのあかり文化祭も市民らの自由発言で始まった。 清渓広場ロウソクのあかり文化祭と違うところがない。 初めての発言者として人権団体連席会議活動家ペ・ヨジン氏は“私たちは暴力デモをしないで平和的にデモをしたが,イ・ミョンバク政府が見せた結果は告示強行”としながら悔しさをさく烈させた。 ペ氏は“単純に狂牛病牛肉輸入再協議だけすればいいと言うのではなく集会とデモの権利を主張しよう”として“今は私たちが直接行動しなければならない“と主張した。

 オミギョン(ソウル大人文大学4学年)氏は“言論では大学生がなぜ静かかと言っているが,今ソウル大ではストライキ休業を決めるための総投票を進行している”として“さらに多い大学らがストライキ休業に参加しよう“と訴えた。

全国金融産業連盟キム・ジェイル政策委員長も舞台に上がった。 彼は“米国牛肉を輸入しようとするならお金が必要で,貸し出しを要求するはずなのに,金融機関がこれを拒否するように貸し出し拒否闘争を行う”と主張した。 市民らは“素晴らしい”と熱狂した。

地方から来た中学生も制服を着たまま舞台に上がって,市民らの歓呼を受けた。 江原道カンヌンから来たキム・カラムさんは“インターネット生中継でろうそく追悼集会をたくさん見たし,ここにいるすべての方と力を合わせたかった。 それで終わりに歌を準備した”と話した。 キムさんは<美しい山川>を呼ぶやソウル広場ロウソクのあかりは大波大波踊った..

 続く自由発言で市民らは“イ・ミョンバク退陣”を主張するなど強硬な主張を広げた。

チェクンチョル(35・九老区,九老洞)氏は“告示強行は反対する90%の国民を無視する処置”として“このような形ならばイ・ミョンバクは退陣しなければならない”と主張した。 キム・ジュヨン(28・麻浦区ヨンヒ洞)氏は“まだ就任して100日なのに,良くないことがとても多い”として“いっそ退陣するほうが良い”と話した。

8時30分. ろうそく追悼集会は普段より遅く始まり,さらにはやく終わった。 告示強行が市民らの心に火を付けた。 市民らは集会が終わるやいなや街に飛び出した。

隊列先頭はロッテデパートの前までよどみなく押し進んだ。 しかし4万人余りを越えるデモ参加の人波でまだ隊列の尻尾はソウル広場を抜け出すことができなかった。警察は市民らの街頭行進を制止できなかった。 現在までデモ隊と警察との衝突はない。

※大統領選挙で圧倒的な強みを誇ったイ・ミョンバク大統領は就任後わずか100日で支持率が20%まで下落しています。こうした状況の中で、大統領府は強権をふるって乗り切りをはかり、与党は国民の懐柔を通じて打開をはかろうとしています。

韓流雑誌「ブロコリマガジン」に

burok1

ASUKAが紹介されました。一緒に韓国語を勉強した友達が、昨年この雑誌を発行している会社に就職して、その紹介で載せてもらいました。

この記事の作成過程が実に面白くて、雑誌記者から韓国語でインタビューを受けて、それを記者さんが日本語に直して日本語の雑誌にするというわけで、なんだかまどろっこしいなーという感じ。

実際はそんなこと言っていないと言う部分も多々ありますが、そういう課程でできている雑誌ですからまあ仕方

 

burok2

ないでしょう。

日本から一昨日戻ってきて、昨日は店を再開、今日は開店前に昨年度分の総合所得税申告をするなど、忙しい日々を過ごしています。この国の税収は付加価値税(10%)が中心なので、昨年分の税金申告も付加価値税が1月、次いで法人税が3月、一番あてにされていない自営業者の総合所得税は5月なのです。5月にもなって昨年分を払えと言われると、なんだか損したような気になります。もちろん微々たるものですが・・・。

 

 

 

 

 

 

退院しました

昨17日、無事退院しました。傷口も塞がり、風呂にも入れるようになりましたが、風呂から上がったら一ヶ月くらいはテープを貼っておかないといけないそうです。手術跡は日焼けしやすいので、スキントンテープで保護しておく必要があるらしいです。明19日に韓国に戻り、長らく休業していたASUKAを再開します。

注意:下の写真は術前、術後の比較写真です。気持ち悪いので拡大して見ないようにしてください。

ateroma1ateroma2

 

 

 

 

 

術後の経過

外科の場合は内科と違って一日ごとに目に見えて制約がとれていくのが実にうれしいですよね。これも、手術で一旦最悪の状態にたたき落とされるせいだとわかっていても、それでもうれしくなるのは庶民の哀しい性だと思えるのであります。手術当日のことについては殆ど覚えていないので、D+1から順に変化を書き留めておきます。
【D+1】首からは血抜きのチューブが出ているものの点滴は終わっていたので、喫煙コーナーには行くことができました。尿道カテーテルを抜かれた後、自力で排尿するときの痛みは予想外。尿道炎にかかったように、一生懸命力んでチョロチョロと出る程度。ところが夜になって排尿しようとすると、突然筒先が振動を始めました。あれ、どうした、なんなんだと思っていると、堰を切ったように尿が飛び出してきました。ようやく尿道が開通したんでしょうね。消防訓練でホースの筒先を構えていると、水圧で大きく振られることがありますが、まさにその感覚。
【D+2】朝の回診で首からの血抜きチューブがとれました。これがなくなると実に気持ちがかるくなります。喫煙コーナーに向かう足取りも軽やか。テーピングもやや軽くなったせいか、肩こりもなおってきました。これで、一応・不便はなくなったわけですが、そうなると、もう少し脂っこい飯が食いたいとか、退院したいとか、不満の種はつきないのですが、これ以上望んではいけないのでしょうね。 
 今回切除した腫瘍は縦11cm横9cm、手術そうは8cmということでした。横幅より1cm短いということが医者の技術の現れなんでしょう、なんとなく自慢げに仰っていました。

全身麻酔初体験

昨日、全身麻酔を初体験しました。いやあ、すごいもんですねー。全く記憶がないんです。入眠したのが午後1時、目が覚めたのは4時、その間の3時間はまったく欠落しています。病室でスッポンポンの上に手術着を着て、睡眠導入剤を注射されたまでは覚えているのですが、ストレッチャーに乗って手術室へ向かったあたりからすでに記憶が曖昧です。ストレッチャーの上から手術室の無影燈を見た覚えがありますが、酸素マスクみたいなものを当てられて深呼吸してくださいと言われ、2回ほど吸い込んだ後は全く覚えがありません。ほかの人の体験談などでは、10から逆に数字を言ってくださいなどと言われたとか書いてありますが、そんな記憶はまるでありません。次に目覚めたときに、切除した腫瘍を見ますか?と言われて見せてもらいましたが、イチゴジュースに入ったゆで卵みたいなものを見たような記憶があるだけです。というわけで、体験記とは言ってもはなはだ頼りなくて、どうもすみません。 全身麻酔と喫煙は大いに関係があるようで、医者からは厳しく禁煙を申し渡されていましたが、最大限努力することを約束し、誠実に履行しています。禁煙を指示される理由は3つあるようです。一つは全身麻酔下では呼吸が不安定になるので、気管に管を入れて人工呼吸を行うのですが、この管を挿したり抜いたりする際に、喉に傷がつき、痰がでやすくなります。喫煙者の場合は更に痰がふえるので、呼吸困難を引き起こすことがあるということです。もう一つは、喫煙者の場合は人工呼吸中に呼吸が不安定になり、手術中断を余儀なくされる場合があるということです。最後に、全身麻酔後の喫煙は転倒の原因になったり傷跡の治りを遅くしたりするということがあげられます。こうしてみると、たしかに喫煙はよくないですね。私は入院してから1日5本以内を目標にがんばっています。特に手術当日は早朝と深夜に各1本を吸っただけです。がんばればできるんですねー。手術の結果は傷口の痛みもなく大変良好です。ただ、まだ傷口を巨大絆創膏で圧迫しているので首がまわりません。おかげで肩が凝ってしかたないのです。が、それ以外は何の不自由もなく暇と戦っています。これも頑張って節煙したおかげだと思います。

闘暇生活

月曜に手術ということで土曜日に入院したものの、これといってすることはなし。明けて日曜はさらに暇。することと言えば、体温と血圧をはかり、お風呂に入っておくことだけ。何のために土曜に入院させたかと言えば、ただ病院の収益をあげるためだけ。ひどいもんですねー。こういうことで健康保険財政が圧迫されているんですよね。後期高齢者保険なんてすっぱりやめて、こういう悪徳病院に対する監査を強めないといけないのではないでしょうか。で、あまりに暇なもので、病院の売店からモデムを借りてきました。こんなこともあろうかと、自宅から往年の名機シグマリオン3を持ってきていますからね。ちなみにモデム賃借料は1日300円。ディルームにおいてあるたった1台のパソコンは15分100円ですから、まあそれでもいいんですけどね。が、しかしつながらない!サポートセンターに電話すると、これまたつながらない。暗雲にわかにたちこめる、お定まりのパターンですね。泣き面に蜂、マーフィ君大活躍。ここで、あきらめればいいものを、なにしろ暇なもので、何十回目かでサポートセンターに接続。事情を説明してゲートウェイをリブートしてもらったりしたものの、まだ許してくれません。半ばあきらめて、モデムの交換をお願いしたのです。まったく期待していなかったのですが、なんと別のモデムでは一発でつながるじゃありませんか。ここまでの所要時間約5時間。あー、疲れた。

5月21日まで休業のお知らせ

GWも終わり、世の中やっと正常に戻ったと思ったら、気温がいきなり急降下、明日の最高気温は14度、3月下旬並だそうです。私は明日より入院し、月曜12日に手術、退院の予定は19日月曜の予定です。予定通り進めば、20日は休んで21日に韓国に戻る予定です。病院って救急車で担ぎ込まれた場合は大いに頼りになりますが、今回のように命には別状無い場合は本当にじれったいものです。というわけで、ASUKAならびにブログの更新は21日までお休みさせていただきます。22日からは、首の醜い瘤も無くなって、再び元気に営業を再開致しますので、どうぞよろしくお願いします。

20年ぶりの小岩

首の後ろにできたアテローマが大きくなってしまい手術を受けようと日本に一時帰国したものの、GWのためになかなか手術をしてくれません。そこで、すばらしく暇になったわけであります。自分の生まれ育った町がどうなっているかなーと急に気になって、散歩に行ってきました。

ホーマット北小岩

隣のアパート

 

 

 

 

  ↑実家跡            ↑旧和田さん方       

小坂井さん

田下酒店

 

 

 

 

   ↑旧小坂井さん方       ↑田下酒店

ミスミ乾物店飯田金物店

 

 

 

 

   ↑ミスミ乾物店        ↑飯田金物店

柳家菓子舗床屋と田辺青果店

 

 

 

 

   ↑柳家和菓子店        ↑床屋と田辺青果店

富士見保育園

宣要寺

 

 

 

 

   ↑富士見保育園        ↑宣要寺          

京成小岩駅越後屋

 

 

 

 

    ↑京成小岩駅        ↑越後屋

※久しぶりの小岩でしたが、結構、昔のお店が残っていました。クツワパンがセブンイレブンになったり、ミスミがファミリーマートになったりはしていましたが、やっぱり懐かしいですね、この町は。
livedoor ピクス
本ブログパーツの提供を終了しました
Recent TrackBacks
キリンビールブログ発ブログパーツ
QRコード
QRコード
Recent Comments
  • ライブドアブログ