201194

旧約聖書 出エジプト記515「連絡(コミュニケーション)」

アリ牧師

 

イエス様はこの世の中に現れ、十字架上で死んでくださいました。それは私たちの罪をゆるすだけでなく、私たちを前進させるためでした。そして私たちの人格を明らかにすることで、私たちがどれほど神に愛され大切な存在であるかを示すためでした。そればかりでなく、イエス様は私たちに「賜物」を与えて下さいました。 

私たちは聖霊によって賜物をいただき、人格とよく付き合っています。信仰生活において人々の役に立ち、神様の栄光をあらわすことを通して、私たちは賜物の働きを常に味わうことができます。その賜物が与えられているのは、私たちが献身するため、そこでコミットするということです。つまり賜物は、神様とコミットするための働きだということをこれまで学んできました。

コミットの次に出てくるものがコミュニケーションです。

私たちのコミットは、神と連絡を取るということです。そこで覚えたいことは、私たちと連絡を取るために、神がまずこの地上に降りてくださったことです。きよいところを離れてわざわざこの地上に来られた理由は、私たちとコミュニケーションするためなのです。

「わたしはあなたと共にいるよ、あなたを捨てないよ、あなたを幸せにするよ。」という神様の約束の中に私たちは居ます。しかし、その約束はいったいいつ、どこで、どのように果たされるのかと疑問を持つかもしれません。

信仰生活には苦労があり、努力も必要です。努力する人間には必ず祈りが生まれます。努力できない人間は祈ることができません。神様の御前に努力を捧げる人は、神とのコミュニケーションが生まれます。そのコミュニケーションが祈りです。

J・Mという方が『孤立無援では何もできない』と言っています。ギル・アメリオは『優れたコミュニケーション能力を身につけることは、優れたリーダーシップをとる上で絶対に不可欠である。リーダーは人々に緊迫感と情熱を伝えるために、知識とアイデアを共有しなければならない。もしリーダーがメッセージを明確に伝えることができず、人々に行動を起こさせることができないなら、たとえメッセージを持っていても何の意味も持たない』と言っています。

 

コミュニケーションを高める原則

 

・メッセージを簡潔にする

メッセージを細かく伝える必要はありません。何がほしいのか、求めているものをシンプルに伝えることが大切です。

神様もモーセにメッセージを簡単に伝えました。それをモーセはパロに伝えました。「わたしの民を離せ」、それだけでした。

モーセは口下手でした。神様は口上手な人を選ばず、口下手な人を選びます。というのも、口上手な人はパロを相手に無駄な政治議論をしてしまうからです。ところが神様は口下手なモーセを選んで、たった一つのメッセージ、「私の民を離せ」と言わせました。

レーガンがなぜ8年間も大統領を務めることができたのか。それは、「家族、仕事、隣人、自由、平和」という5つのメッセージをシンプルに伝え続けたからです。大統領選で彼はこのメッセージをもってカーターに勝利したのです。

 

・相手のことを考える

自分のことばかり言う自己中心的なコミュニケーションではなく、相手のことを考えましょう。誰に対して、何を、どのように言おうとしているのか、しっかり考えて話しましょう。

 

モーセの相手がエジプト王のパロだったことを忘れてはなりません。余計なことを言ってしまったらパロは怒ってモーセを殺したかもしれません。だからこそモーセはメッセージをシンプルにしました。

モーセとアロンが登場する3節には次のように書かれています。

『すると彼らは言った。「へブル人の神が私たちにお会い下さったのです。どうか今、私たちに荒野へ3日の道のりの旅をさせ、私たちの神、主にいけにえを捧げさせてください。でないと主が疫病か剣で、私たちを打たれるからです。」』

具体的な内容と目的、期限までをきちんと相手に伝える必要があります。そのためにも相手をしっかり見極める必要があります。だからこそ必ず相手のことを考えるのです。

 

・真実を示す

まず自分が話すことを、自分自身が信じているかどうかです。

イエス様はすでに真実を言われました。

「わたしが来たのはあなたがたを導くためであり、神様の御国をあなたがたに示すためです。わたしを信じる者が救われ、永遠の命を得ます。わたしは十字架の上で死にますが3日後に復活します。」

それを聞いたペテロはイエス様のことを黙らせようとしました。「やめてくれよ、そんな厳しい話、こんな真実をここまで明らかに言わなくてもいいじゃないか。」

またそんなイエス様の言葉を聞いてつまずく人もいました。しかし、イエス様は最後の最後までは自分の話す事を信じていました。

 

・反応を求める

こちらの情報を相手に対して一方的に押し付けることがコミュニケーションではありません。モーセとアロンはパロの反応を待ちました。反応を見てまた次を考え、それからまた神様とコミュニケーションする、という手続きを踏みました。この反応が非常に大事です。

 

私は牧師なので人を導くために必ずコミュニケーションを取ります。現在の状況や周囲の人々を理由にして、あたかも自分が被害者だと訴える人が多いことは事実です。そんなとき私は「あなたがどう思うか、あなたがどうしたいか、ということがあるでしょう」と決まってその人に問いかけます。その人にしてみれば、できればこのような質問は聞きたくないはずです。聞けば聞くほど耳を押さえたくなるでしょう。けれども、本人が自分自身を見る時、そのときこそ、真にふさわしい反応をすることができるのではないかと私はいつも思います。

 

自分の言いたいことだけを一方的に言うのではなく、相手の反応を待ちましょう。神様は、ただ十字架上で死なれるだけではなく、私たちの反応を忍耐強く待っておられます。

「私はあなたのために十字架に死んだよ。あなたがわたしの内にあるなら、あなたは新しく生まれ変わるよ。」そうしてひたすらあなたの反応を待っておられるのです。

同じように、家族や隣人友人、会社の上司や同僚にも忍耐強く反応を待ちましょう。その一つの過ちを通して相手を決めつけてはいけないと思います。その人の心に神様が触れられるまで、私たちには待つ必要があると思います。

 

・さらに高めるために

さらにコミュニケーションを高めるためにこの3点を心がけましょう。

 

明快さを心がける

明快さを心掛けなければ、きちんと伝えることができません。

神様は明快で明確でした。「あなたの罪のゆるしのために来ましたよ。」と伝えているのです。それだけではなく、「あなたの中に生きるために来ましたよ。」「あなたを通してこれから働きたいから来ましたよ。」とも伝えています。

聖書は明快、明確です。あなたのために、あなたの中に、あなたを通して、ということが明示されています。

 

焦点を絞る

色々忙しくすることはありません。自分にとって今、何が最も大事なのか、ポイントを合わせるのです。

 

有言実行

言葉だけではなく、「信仰による行い」が大切です。

 

黙とうしましょう。