2011年10月9日
新約聖書へブル人への手紙5章11~14節 「認識力(洞察)」
アリ牧師
「本質を見抜く力が、問題を解決する。」
自分の中に、たとえどんな問題があったとしても、その問題に誰がいるのか、またその人の心の中に自分がどう映るのかを考えることによって問題の見方が全く違ってきます。
投獄されているパウロはくさりにつながれていました。しかしパウロはそのくさりが自分をつないで縛るものとしてではなく、神様の栄光をあらわすものとして見ていました。つまりパウロは牢屋で自分が縛られているとは考えず、自分を監視する番人にどのように証しをするか、そのことを考えていたのです。
イエス様を信じる皆さんの中に聖霊様はおられます。それは私たちの心にはとても素晴らしい力が存在し、その力によって生かされているということです。そこで大切なことは、これから神様がどのように私たちを指導し、その神様とどのようにかかわっていくかということです。
まず見分けましょう!
そのためにもまずは聖書のみことばの中で洞察、つまり見極めをする必要があります。聖書には見極めについての記述がいくつも登場しますが、伝道者の書3章の11節には『神のなさることはすべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることはできない。』とあります。私たちには、初めから終わりまで見極めることができないことを、まずは見極めましょう。
私たちのためにイエス様が十字架の上で死なれたことを毎日意識しましょう。好き勝手な人生を歩んできた私たちのために十字架の上で死ぬことは、計算してできることでは決してなく、考えられないことです。神の恵みがすでに用意され、私たちの前に置かれているのです。私たち自身の働きとは一切関係ありません。
私はそのことを感じれば感じるほど、毎日みなさんと会うことも考えることも楽しくなります。洞察力とはそこから湧いてくるものです。人を裁いたり欠点を非難したりする発想ではなく、「何が自分にとって良いものか」や「どこに神様のみこころがあるのか」を考える洞察がそこから生まれてくるのです。
洞察力において重要なこと!
へブル人への手紙5章14節の中に『しかし堅い食物は大人の物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です』とあります。この箇所から洞察力について考えてみましょう。
1、問題の根源を見つける
「堅い食物は大人の物」とありますが、裏を返すと、子供は堅い物が食べられないということです。大人の場合、どんな物でもまず自分で食べてみてから味を知り、それから評価します。ところが子供の場合、まだ食べてもいない段階で色が気に入らない等の理由から、端から食べ物を受け付けないことがあります。大人は色々なものが食べられるからこそ見極めることができ、そして教えることができます。つまり問題の根源を見つけられる存在が大人なのです。
私たちには神様によって、おいしい霊の食事が用意されています。様々な出来事や色々な隣人たちを用いながら、みことばや祈りの中の導きを通して、神様は私たちに語ろうとされ、教えようとしているのです。
2、問題解決力を高める
「訓練された」という言葉がここにもあるように、良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練させることが大切です。なぜなら問題解決力を高めるためです。問題を起こしてはいけないと、聖書のどこにも書かれていません。問題を解決する訓練が大切なのです。もちろん問題が起こることによって、迷ったり疲れたりするときはあります。そのような時でも神様がいつも共におられることを意識しましょう。「わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」(マタイ福音書28章20節)と主は言われました。解決の糸口が神様にあることを知りましょう。
私たちと共におられる偉大な方に、できないことは一つもありません。だから神様の恵みによる訓練の中で自分の感覚を高めていきましょう。問題やミスをただ怖れることではなく、それらを訓練として迎えることが大切です。
3、最大限のインパクトを発揮するための策を吟味する
「経験によって良い物と悪い物」と書かれてありますが、経験には悪いことばかりでなく必ず良いこともあります。エペソ人への手紙にも「賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し」(5章15節)との記述もあり、何が良くて何が悪いのかを見極めなさいと説いています。
私たちの人生の中では良いことも悪いことも両方起こり、どちらにも良いインパクトと悪いインパクトがあります。イエス様を信じればすべての問題が解決したり、何でも楽になる訳ではありません。けれども、苦しみはあっても信じる者には聖霊という助け主がその心におられるので、その聖霊様の助けによって問題を乗り越える力や知恵が与えられ、そこで主の恵みを味わうことができるのです。
また自分の信仰を告白することに怖れを抱いている人がいるとします。そのような人は、どうして自分の信仰を他の人々に伝えられないのかを吟味することが大切です。それはイエス様に問題があるのではなく、自分自身に問題があるからです。もし十字架が自分のためにあると心から信じ、そのことを自分の口から告白するならば、それは家族やまわりの人々の救いにつながるはずです。自分自身に問題があると気付いたなら、見極める賢さを身に着ける必要があります。これこそが洞察です。
4、機会を増やす
試練の中ではたくさんの体験ができるということです。体験を重ねることが大切です。私自身も体験を重ねたおかげで色々見えてきたことがあります。日々みことばに触れながら、皆さんと心合わせて食事をし、主と共に交わる生活を歩むなら、互いの間で結ばれた絆は深まります。こうしたときにはたとえ何か問題が起こっても、共に見極めながら問題を克服することができます。
弟子たちはずっとイエス様と一緒にいましたが、彼らは一度はイエス様を裏切り、そして離れていきました。しかし彼らの間で結ばれた絆によってユダ以外の弟子たちは、全員イエス様のところに戻り、後に立派な宣教師となりました。
彼らは神様との食事の中で共に歩み、たくさんの体験を重ねてきました。ペテロは3度裏切りましたが、そのことは問題ではありません。ペテロがどれほどイエス様に愛されたかという点の方が重要です。そのような体験は私たちにとっても非常に大切なのです。
洞察力を深めるために
ではその洞察力を深めるために、次の3点を挙げておきたいと思います。
過去の成功を分析する
ここでは人間的な分析ではなく、神様が与えて下さった恵みの分析を意味します。過去は必ずしも悪いことばかりでなく、いいこともたくさんあったはずです。そのいいことを数え上げ、恵みの数として覚えてください。詩篇の中にも「自分の日を数えることを教えて下さい」(90篇12節)とあります。就寝前には神様が私たちにしてくださった良いことを思い出してみましょう。
偉大な主に従ったリーダーの考え方を学ぶ
私たちの周りにはたくさんのリーダーがいます。聖書を読みながら成長している先輩たちがたくさんいます。その人たちの生活や証しを学びましょう。幸い私たちはいくつもの証しを聞きながら励まされています。証しを聞き続けることが大切です。
自分の直感に耳を傾ける
私たちが重ねてきた多くの体験を通して、神様は私たちにふさわしい直感を与えてくださいます。そのときに私たちは、あのときの恵みに似ているなと感じるはずです。だからこそ私たちは、見極めることができるのです。
私たちは数々の主の恵みを味わいながら、それぞれの良さがどこにあるかを見極めることができます。色々な体験を通して、神様は私たちの直感を高めようとしておられます。ですからぜひ直感に耳を傾けてみましょう。
聖書では預言と言う賜物について触れています。神様は預言をもって私たちにみこころを語られることがあります。時には夢で語るでしょう。それを無視してはなりません。
数々の体験を通して主や聖霊様の働きを体験しましょう。この体験が私たちの洞察力を高めることにもなるのです。
良いものと悪いものを見極めるだけではなく、それをどのようにしたらいいのか、という方法まで考えるのが洞察です。この洞察を、神様は様々な訓練や霊の食事を通して私たちに教えようとしておられます。主の恵みによってこの洞察力を高めていきたいと思います。
しばらくの間黙とうしてください。


いつも更新ありがとう。忘れっぽいので後からこうやって読むことができてすごく助かっています。