年内での解散を発表した時間堂。その解散公演を前に、自身の演劇観や時間堂という劇団との出会いや思い出、そして最終公演『ローザ』について語った劇団員ロングインタビューです。(聞き手:松本一歩)

第五弾は『ローザ』ではクララを演じるヒザイミズキです。

ヒザイミズキプロフィールhttp://jikando.com/member/hizai.html

「演劇をやりたいけど、勉強もしなきゃな」

ーご自身のこれまでの演劇経歴を、教えてください。

遡れば高校の演劇部からですね。高校に入った時に演劇部に入って、大会に出たりして。進学校だったので大学に行くというのはほぼ決まっていたし、勉強もまあ出来たので一応勉強もしていたんですけど、なんかまだ演劇やめたくないな、と思っていて。私は筑波大学生物学類というところに結局行くんですけど、実は演劇科のある大学も受けてみたりとかして。日芸も願書を貰ったし、演劇が有名だからというので早稲田も受けたり。演劇をやりたいけど、親の手前勉強もしなきゃな、みたいな感じで。大学でもサークルに入って演劇ばっかりやってましたね。もうそのころには就職しないぞって決めていて。最初は親も「許さないぞ」みたいな感じだったけど、次第に「卒業だけはしてちょうだい」ということになり(笑)。一応4年でちゃんと卒業しまして。でも就職活動を一切しないままいたので「さすがにあれかな」と思って、卒業する年の3月にニナガワカンパニー・ダッシュというところのオーディションを受けて受かって、入りました。蜷川さんは有名だし、親にも真面目に演劇やろうとしてると納得してもらえるかと思いまして。でもそこでは結構揉まれまして、いやぁ大変でしたね(笑)。ちょっといろいろとつらい思いをして、だから一年ちょっとしかいなかったんですけど。ニナガワカンパニーに在籍しつつ、大学時代に旗揚げした素パンク団っていう変な名前の劇団も、東京に出てきて公演したりして。素がパンクな劇団ということで(笑)。
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「実は似たようなことをやっていた」

それでニナガワカンパニーを辞めるのと同時期に素パンク団も辞めて、フリーで小劇場の散歩道楽とかへ出たりしていました。そのあと2005年から自分が主宰・プロデューサーで、作・演出の児玉洋平さんと二人であさかめというユニットを作ってやっていました。劇場ではなくカフェとかギャラリーの空間で演劇をやるということを五年くらいやっていましたね。
最近世莉さんが稽古で時間堂の昔話をよくするんですけど、似たようなことをずっとやってました。時間堂も昔はカフェとかギャラリーとかでやってたりして、実際に同じ会場でもやってますね。a-bridge(三軒茶屋)っていう、カフェ・バーみたいなすごくおもしろい場所で。お互いのことはまだ知らないけど、同時期に同じことをやっていたかなって。どういう劇団なのかは認識していなかったけど、当時から時間堂っていう名前だけは見たことがあって知っていて。やっぱりギャラリーとか普段演劇で使わないような場所を探したりしている時に時間堂の名前が出てくるんですよね。「あ、ここ演劇で貸したことあるんだ」って。

時間堂について「まったく接点がなかった」

ー時間堂の作品と初めて出会ったのはいつですか?またその時の印象を教えてください。

2011年、あさかめも休止した後ですね。2011年4月の『廃墟』を客として観に行ったのが初めてで、そのすぐ後にオーディションを受けて劇団員になりました。それまで私は時間堂のワークショップを受けたこともなかったし、公演を観たこともなかったし、黒澤世莉にも会ったことがなかったし、その『廃墟』にも知り合いも一人も出ていなかったし、まったく時間堂と接点がなかったんです。同じ東京の小劇場に結構長い間いた割に巡り合っていなくて。あさかめを休止した後にフリーでやっていたんですけど、やっぱり「どこかに入ろうかな」みたいな気持ちになって。でも私既にある団体に新入りとして入るのが得意じゃないんですよ。だから自分でユニットを作ったりしていたんですけど。あんまり人のルールに従えないし、一言多いし。そうするとやっぱり生意気だってなるし(笑)。あんまりうまくいかないし、こっちもそこまで従いたいっていう人には出会わないし。「面白いな」って思った劇団でも劇団員を募集をしていなかったりするから、あんまり縁がなかったんですけど。

「ストレートに、なんのひねりもなくおもしろかった」

三十歳を過ぎていたのもあるし、それまでいわゆる演劇学校とか養成所とか事務所とかに入って演劇の勉強をしていた訳ではなくて、ほぼ独学というか、ただやっていただけの人だったので、ちょっと勉強をしてレベルアップしたいなという気持もあって。そのためにはフリーで客演でちょこちょこ出てるだけじゃ使われるだけだから駄目だな、と。それでちゃんと演劇の基礎をやっていそうな劇団を探そうと思って探していた時に、時間堂が劇団員募集をしているのを見つけました。それで公演を観なきゃな、というので観た『廃墟』が観たことない感じで、面白かったですね。東京の小劇場で三時間くらいある三好十郎の作品を、同年代の人たちが真面目に奇をてらうことなく熱演して面白いんですよ。新劇とか商業演劇とかではそういう古典みたいな作品はあるけど、小劇場でそういう経験はなかったので。すごくストレートになんのひねりもなくやっていて、変な演技もしていなくておもしろくて。私にとってはそれがエキサイティングだったんですね。おもしろかったし、やっぱり受けようというので劇団員に応募して、そのオーディションで初めて黒澤さんと会いましたね。その時直江も一緒ですね。直江も応募している人で、貴夫とか浩司さんは劇団員としていて、それが初対面でした。

ーその時の黒澤世莉さんの印象はいかがでしたか?

その時は黒澤世莉は早口で何言ってるのか分かんなくて。朝からお昼休憩、ご飯休憩を挟んで一日がかりのオーディションだったんですよ。岸田國士の『驟雨』を使って各チームで創作するっていう結構な長丁場で。その前半のいわゆる時間堂のエクササイズ部分が私にはまったく経験のないことで、全部。「はあ?頭使わないって、何言ってんの?」みたいな(笑)。世莉さんがよく聞く「いまどう感じてる?」っていう質問の意味も全然わかんなくて。「こう思ってます」って言うと「それ頭で考えたことだよね!?」って瞬殺で言われるし、「ええっ?」って(笑)。全然私にはわからなくて。その当時マイズナーのリピテーションっていうエクササイズを独自に応用したダイアログっていうエクササイズを時間堂でやっていたんだけど、それをやらされた時にはほんとに帰りたい気持になって(笑)。「何をさせたいの?何が目的?私は今なにをしたらいいの?」みたいな。「ダイアログってことは会話…?でも会話しちゃだめ、って言われるし…。」って。でも世莉さんに「その訳が分からない、困った、というのは表現できましたか?」って聞かれて、「それは出来ました」って答えたら「じゃあいいんじゃない?」みたいな感じで言われて。「あ、いいのか…?なんだよ訳分かんねえよ!」みたいな感じで。台本を使うパートが夜にあったから、そこでようやく私が知っている演劇になって、そしたら世莉さんもすごい面白がって見ていたから、そこでは共通の面白がり方がありそうだなと思って。ほんとに台本を使うメニューがなかったら私はたぶん時間堂に入ってなかっただろうし、選ぶ側の劇団の人たちも「あの子は別に」って思ってただろうなと思いますね。

ー時間堂を選んだ決め手は、なんですか?

やっぱり『廃墟』が面白かった、ということです。オーディションではちょっと不安になったけど、一緒にやりましょうということになって、世莉さんと二人で会って面談をして話したんです。当時時間堂には制作がいなくて、私は自分のユニットで制作業やほかの美術や衣裳、宣伝美術とかのスタッフワークも大概やっていたので、世莉さんから「そういうスタッフワークも期待している」みたいな感じのことを言われてちょっとムカッとして(笑)。「私はあくまでも俳優として入りたいので、そういうの期待されるの嫌なんですけど」って言ったら、世莉さんも「そうだよねー。」みたいな(笑)。それは今にいたるまでずっとそうですね。なんかやな感じで言ってくるんですよ(笑)。
3年前の時間堂の本公演の『森の別の場所』(2013)っていう三時間くらいある骨太な作品に私は結構喋る役で出てたんですけど、晴香さんがその公演は体調不良で降板してたんです。なので私は制作業も兼ねていて。大阪公演もあってすごい大変だったんですけど、その公演が終わって大入り袋を渡すときに世莉さんに「まあ役者としても頑張ってたけど、ヒザイさんは制作としてが一番よかったよね。」って言われてカッチーンときて(笑)。ずっとそういう関係ですね。このあいだの『ゾーヤ・ペーリツのアパート』(2016)の時も大入り袋を渡すときにも「役者としてもそうだけど、演出助手的な相談役としてすごい頼りにしました」みたいなコメントが来て「まただよ!」みたいな(笑)。それはもう入るときからずっとそう言われてるな、と。もちろんサポートするのは嫌じゃないし、いろんな意見やアイディアを言って聞いてもらえるのは時間堂や世莉さんのいいところだけど、第一に俳優として必要とされたいという万国共通の思いは未だにあまり実っていないですね(笑)。

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ゾーヤ・ペーリツを演じるヒザイミズキ

「黒澤世莉を焚きつけていた」

ー入るまでと、入ってからの時間堂に対する印象の変化などがあれば、教えてください。

私は『廃墟』しか見ないで入ったので、古典とか骨太がっつり系な作品をイメージしていたし、そういうのがやりたくて入ったのだけど、意外とそれまでの時間堂ではそういう作品を扱っていなくて、もっとゆるふわな少女漫画系で、ちょっとおしゃれな90分位の作品をやっていたらしいと知って、「私は別にそういうのやりたくない」と思って(笑)。その当時は周りの人にとっても、どちらかというとゆるふわな方が時間堂のイメージだったんだろうけど、私はもう『廃墟』のゴリゴリの時間堂しか知らないし、そういうのがやりたかったから、私が入ってからは割とそういうゴリゴリ系の作品が多いと思います。「何がやりたい?」って聞かれるから、「もうがっつり行きましょう、がっつり!!」って(笑)。皆殺し演劇って言ってた時期(※)のことを今世莉さんは反省しているけど、私がそれを焚きつけていた部分はあるので。「皆殺しっすよ!」「やっちまいましょう!」「わかりやすさとか糞っすよ!!」という派なんですね、時間堂の中の。分かりやすくしたくない訳じゃないけど、そういう見やすい、食べやすい食べ物を出すというのはやりたくなくって。だってそうじゃないことを出来るって知っているから。口当たりいい作品をつくるのは他の団体でもできるし、自分もそれまでそういうことをやっていたから。もっと根本から観た人を揺るがすようなものを作れる団体なんだから、がっつり行きましょうというのをずっと言い続けてきました。
(※ 時間堂が「観客全員皆殺しだ!」「観た人の人生変えてやるぜ!」というモチベーションで演劇を作っていた時期のこと。)

「呼吸が出来て、生き返る」

ー時間堂にいて、一番楽しい時を教えてください。

やっぱり稽古かな。稽古も本番もそうだけど。演劇をやって救われる、とか、癒されるみたいな言葉をあんまり使いたくないけど、そういうことをたまに言ってしまうのは、ほんとに普段ストレスがあったり、そのストレスが元で体調不良になったりしているのが、稽古に来て何かエクササイズをやったり声に出してみたり、公演をやったりしているうちに治るんですよ、ほんとに。それって私が呼吸が出来ているっていうか、普段生活していて詰まっている息が出来ることで生き返る感じがして。それが、最高に楽しい。だから稽古中険悪に見えても私は楽しいんですよ(笑)。

ーこれまでの時間堂の活動の中で、一番の思い出はなんですか?

やっぱりですね、『ローザ』初演(2012)の全国ツアーがやはり一番、演劇も楽しかったけど、とにかく旅として楽しくって。車一台で北から南までみんなで行って芝居して次の土地へ旅立つみたいな。もうすごい楽しかったですね。もちろん苦しかったりもしたし、ムカついたりもしていたはずなんだけど、ほんとになんかねじが飛んでいる状態で。楽しいことしか思い出せないぐらい。ツアーが終わった後に「あるくと」っていうエクササイズで「思い出に残っている道を歩いているシーンの再現」とかをすると、みんなツアーの時の場所だったりすることがあって。やっぱりすごく強烈な体験でしたね。初のツアーだったというのもあるし、途中東京に帰らずに日本全国を回ったので、すごい体験だな、と。

ー時間堂の一番のお気に入りの作品を教えてください。

それは難しい、どれも思い出深いんですけどねぇ…。なかなか「これ」って言えない…。その時その時で今回が一番だな、って思うから、直近だと『ゾーヤ・ペーリツのアパート』(2016)なんだけど。あれは時間堂としてのお気に入りというよりかは、私としてはいい体験したな、みたいな感じで。『森の別の場所』(2013)かなぁ、やっぱり。『森別』です。時間堂に入った時に基礎を身につけたいということを言ったんですけど、そのマイズナーテクニックの技術みたいなことが、入った当初の何本かの公演では出来なかったですね。やっぱり身につかず、世莉さんの言ってることも何割かしか分からず苦しかったり自覚してなかったりして出来てなくって。それが初めて割と大きい部分というか長い時間で「こういうことかな」というのを作品、役、台詞として実現できた気がしたのは『森別』が初めてだったし。「もっとよくできる」って今ではすごく思うけど、でも私が『廃墟』を観たときに感じたようなエキサイティングなやり取りとか、スリリングな演劇だったりしたな、と思います。

「何も言わない奴なんで黙ってるの?」

ー「時間堂はこうでなくっちゃ」というこだわりを、教えてください。

やっぱり、風通しがいいっていうのが一番団体の哲学としてあって。よその現場だとそもそも演出家の言うことに口出したりできなかったり、口を出したりしたら超怒られたりするし。私も超怒られたことがあるし、超怒られるから何も言わないで貝になってたりしたこともあったけど。でも時間堂だとほんとに黒澤さんがそれを歓迎してくれて、みんなで作ろうってなるんですよね。むしろ「何も言わない奴なんで黙ってるの?」ってくらいの感じだから。それはほんとにすごく新鮮でびっくりしたし、慣れるまではいつ言ったらいいんだろうってすごくドキドキしていたけど、むしろ言うべきなんだっていうことが分かってからはすごく大事だなって思って。それは作品を作っている稽古場でもそうだし、団体の運営について何かを決めるような話し合いの場でもそうで、誰か偉い人が決めたことに従うのではなく、新入りも元からいる人も関係なく意見やアイディアを出して言い合える、それで回っていくというのが時間堂ではとても大切で。そうじゃなかったら時間堂じゃないかな、という部分かな。

ーその風通しの良さというのは、外から見ていてとても強く憧れる部分でもあります。

でもそれが成立するのは結構難しい。全員がそう思ってないと、ただただ無駄に時間を費やしたりしてしまって。要らないバイアスがかかった状態で話し合ってもやっぱりちょっと違うし。これをよしとしているのは最初から最後までずっとそうなんだけど、その風通しの良さが成立している瞬間を常に維持できている訳ではないので。それを維持するために結構一生懸命ですね。たとえば劇団員以外の人がいる時にどうやってそれを理解してもらって、みんなも言いやすくするかとか。劇団員同士の軋轢が生じた時にも風通しが悪くなることがあって。だから口で言うのは簡単なんだけど、それを維持するのがほんとに難しいんだなというのがこの数年間でとてもよく分かりました。

「ホーム」

ーいま、時間堂を一言で言い表すとすると、なんですか?

えぇ…?一言…(笑)?やっぱりホームだと思いますね、わたしの。解散するしないっていう話をずっとしていた時に、たとえば休止するとか、いつ復帰するか分からないけどとりあえず時間堂という名前を残しておきたいっていう話があったんですよ。私は公演予定がなくても、劇団としてはお休みでも、「ヒザイミズキ(時間堂)」でいたいって言ったんですよ。なんか、やっぱりそういうホームだと思ってるんですよね、今も。…まあそこは、旅立たなければいけないんですけれど。

「時間堂の劇団員の印象」

ー黒澤 世莉(堂主 / 演出家)

印象…?なんだろう、困るなあ…。黒澤さん…(笑)。まあ、愛すべき厄介者っていう感じですかねぇ。毎回「やれやれ」って思ったりするけど、みんなに愛されているからああやって人が集まったり、人と人とを繋いだりしてるし。自分でも言ってるけど演劇にも愛されてるだろうし。そうやって人に厄介を掛けながら生きていってほしいですね。

ー菅野 貴夫(俳優)

貴夫は、いちばん戦友みたいな感じですね。一緒に戦える。一番気を遣わなくって芝居を出来るから。頼りにしてるんだけど、「先輩」とか「ついていきます!」っていうんじゃなくて、「戦うぜ!」っていう感じですね。

ー鈴木 浩司(俳優)

浩司さんは、照れ屋のおじさんです。ちょっと照れ屋過ぎて一見怖いんだけど、ただ照れ屋なだけだから(笑)。それが分かるまで結構かかった。最初「怖いな」って思っていたから。

ー直江 里美(俳優)

なんか…、実はすごく、羨ましかったりするっていうか。すぐ私のことを妬んできたり褒めてきたりするんですけど、実際は私が持っていないものばかりを持っていて、それをもしもっと対等にぶつけ合えれば、貴夫みたいに「戦友」って感じがするんだけど、すごくずっと私を上に置きたがるんですよあの人。その関係って時間堂に入った時からもうずっとそうで。同期なんだけど年も私の方が上だし、最初っから私のことを褒める奴なので(笑)。外から見たら「直江の方がいいじゃん」ってことがあったり、私から見ても「お前の方が出来るじゃん」って思ったりするんですよ。そういうことを本当はもっと対等に勝負したかった、けど…(笑)。まぁ今んとこそうじゃなくて、だから実際は私は羨ましいと思っていたり、怖いと思っていたりするんだけどな、みたいな感じです。
自分を下に置くっていうのは、ずるいんだよ(笑)。実際入った時はものすごく下手だったけどね。「なんで下手な子とったんだろうな」って思ったもん。それは当時いた人はみんな知ってますよ(笑)。だからその、出来なかった時の癖がついちゃったのかもね。出来るようになってからも、同期なのにそういう「先輩たちについていきます」みたいな感じになっちゃうのはずるいなぁと。

ー阿波屋 鮎美(俳優)

鮎美ちゃんは、情熱的な頑固者ですね(笑)。可愛いんだけどすごく燃えるものを持っていて、それがぱっと見外から見えづらいんだけど。鮎美ちゃんはあさかめに出てもらったりしていたので時間堂以前の知り合いなんですよ。鮎美ちゃんが時間堂に入ったのも私が出ているのを観に来たのがきっかけで。このメンバーの中では一番古い知り合いが鮎美ちゃんなんだけど。昔はもっとそういう「燃える頑固者」っていう部分をほぼ見せてなかったんだけどそれを段々と表に出すようになったのは、世莉さんが「それを見せろ」「それが見たい」「阿波屋はそこが面白いんだ」と言ってきたのもあって。それをたぶん本人も自覚し始めて、すごく変わったと思う。私もその方が素敵だと思うし。最後も鮎美ちゃんとは一緒にやりたかったけど。

ー尾崎 冴子(俳優)

冴子ねぇ(笑)。すごくこう、陽性のオーラが強い。私は自分が陰なので、そういうのにすごくやられちゃうんですよねぇ、よくない意味で。「ああ、あなたはそうやって明るくて、いいわね」みたいな(笑)。それが彼女の魅力だし、本人はそれで苦労していることもあると思うんですよね。素直だから騙されることもあるだろうし、つらいこともあるだろうし。けど素直で明るいというのはすごく素敵なことだから。うらやましいとは別に思わないんだけど、「いいんじゃない?」と思う(笑)。

ー國松 卓(俳優)

卓ちゃんはあんまりいっしょにやっていなくて、このあいだの10月のレパートリーシアターの『言祝ぎ』で初めてがっつり共演をして。だからあんまり知らないんだけど(笑)。でもその時共演してみて「ここがすごく魅力的だな」って思ったのは、可愛いところですね。普段は飄々としていて感情的な部分をあまり見せないんですよね。いろんなことをそつなく出来るし、気も利くしっていう感じだけど、芝居とかエクササイズとかをやっている時にすごく切ない顔をしてる時があって(笑)。それが彼の魅力かなって。頑張れ、って。

ー穂積 凛太朗(俳優)

そんなやついたね(爆笑)。ほんとあいつ普段はいないんだけど、たまに話し合いの場とかでほんとに鋭いことを言うんだよね。だから芝居はまだ全然だめだけど、なにか見る目があるんだろうなって。芝居は全然だめで、だめなまま卒業で、可哀想に(笑)。ってそういうこと書くと性格が悪いと思われちゃうね。

ー大森 晴香(プロデューサー)

あの人は、ほんとに善人ですね。もう人が良すぎる。わたしからは想像もできない。「そこ人信じるんだ」とか、「あんなことがあったのに、困ってたら心配するんだ」とかどこまでいい人なんだよって思うので、いやぁ、苦労するだろうと思いますね。やっぱり私はひねくれてるので、そんなに他人の心配をしたり親切にしたりあまりしないんですよ。「知らね」って(笑)。そこが全然違うから。そんなにいい人だったら疲れるだろうなって、思う(笑)。でも晴香さんがひねくれたりしたら「どんだけひどいことがあったんだろう…」って思っちゃうから、今のままでいてほしくもある。

「『ローザ』について」

ー稽古はどうですか?

稽古は、なんか今までにない感じですね。稽古自体はいつもの時間堂で、哲学がちがうということはないんだけど、作品作りとして、というか作品として実験的だったりするので。時間堂といえばストレートプレイだったり、あまり奇をてらわずにドラマを作るイメージが強いんですけど、今回はちょっといろんなことを試してそうじゃない部分、違う異相のものを差し込んだりとか、ちょっと実験色が強いので。作っている過程としては、最後なのに今まで見たことがない感じの作品だなって思います。結局全部やらないかもしれないけど(笑)。

ー『ローザ』でお気に入りの台詞(あるいはシーン)を教えてください。

さっき「稽古に来ると生き返る」みたいな話をしたんですけど、ローザの台詞で「呼吸は私を生き返らせる、何度でも何度でも生まれ変わる」って深呼吸をする台詞があるんですけど、それが「本当にそうだな」って思って。結構好き。こういうかっこいい台詞を書いた人がいるんですよねぇ…(笑)。

ー『ローザ』という作品を一言で表すと?

今回の『ローザ』については、「自由」の演劇というか。自由についての話でもあるし。台本の冒頭にも書いてある(※)けど、ローザの言っていた自由というのもあるし、演劇というものの自由な可能性というのもあるし。いろんな意味で自由というものを拡張して作っている作品かなあ。
(※ 「自由とはいつでも、自分と意見を異にするもののための自由である」ローザ・ルクセンブルク)

ーこの『ローザ』の稽古場で一番大切にしているのはなんですか?

ローザに限らずいつもなんですけど、作品の可能性を探し続けるっていうことですね。自分の役とかシーンと全然関係なく、常に作品全体、台本もスタッフワークもほかの人がやってることも全部含めて、「こういう風にもできるんじゃないか」「実はこうしたらいいんじゃないか」という可能性に常にアンテナを張って探し続けることに集中力を使っているかな。

ー自分自身とご自身の役を花にたとえるとしたら、それぞれどんなお花ですか?

私はアザミかな。なんか雑草だな、と思って。とげがあったりして、チクチクするんだけど、「あれ、よく見るといいとこあるんじゃない?」「綺麗だったり可愛かったりする時もするんじゃない?」みたいな感じかなぁ。自分のことをそうやって思っているって思われたらいやだなぁ(笑)。
アザミ
アザミ

クララさんは、どうですかねぇ…。ユリみたいな感じかな。結構でかくて豪快なんだけど、芯が通った女性らしさもある、という感じかな。花粉が付きそうで怖いとか(笑)。
ユリ
ユリ
「時間堂、『ローザ』にまつわらない、いろいろな質問」

ーこと演劇について、最も影響を受けているのは誰ですか?

一人、黒澤世莉がいるのはもちろんあるんですけど、それ以前になると山崎哲さん(新転位・21 演出家)ですね。 新転位・21に私は二回出てるんですけど、まあ、あそこはほんとに厳しいんです。あそこまで厳しいところを他に知らないんですけど。『俳優になる方法』という本を哲さんが出しているんですけど、そんな親切なタイトルの割にハウトゥー本ではなくて、内容がすごい深くてですね。演劇の成り立ちから、人間が言葉を獲得していく過程を絡めて、演劇・演技とは何かということが書いてあって。それまでそんなこと考えたことがなかったので、本当に勉強になったというか。当時はつらくてつらくて5キロくらい痩せたし、ほんとにもう二度とやりたくないと思ったんですけど、他の現場で作品を作っていて自分で迷ったり見失いそうになった時に、その本とか哲さんのブログを見直して、そもそも演劇ってどういうものだったっけ、とか、人と会話をするってどういうことかというところに立ち戻るというか。そういう影響はすごく大きく受けていると思います。

ーちなみに蜷川さんはいかがでしたか?

厳しいのは山崎さんも蜷川さんも両方厳しいんだけど、蜷川さんはばっさり切るんですよ。駄目だったらちがう役者に変えちゃったりとか、本番直前にシーンをバッサリ切られるとかそういう厳しさはあるんですけど。哲さんは切り捨てない、みっちみちに逃がさない、終電がなくなっても(笑)。出来ない本人が逃げていなくなることはあっても、哲さんから「お前もう来るな」ってことはないんです。だから食らいつかなきゃって思って、当時の私は粘っていて。今となっては得るものもあったから粘ってよかったと思うんですけど。哲さんも「優しい訳じゃなくて切れないんだ」って言ってたんですけど、その方がよっぽどきついっていうことが分かった(笑)。人間は本当にいろいろ否定されると呼吸も脳も停止するというのを経験したし。
割と世莉さんのやり方としては出来なくても追い詰めようとしないじゃないですか。むしろリラックスしてる方がいいとか、呼吸を止めるなって言ったりとか。結局求めているものは共通する部分もあるけど、アプローチが全然ちがうというか。人はそういう風にも育てることが出来るんだって思うし、直江とかもすごく下手だったのが成長したのを実際に見てきたし。まあ直江には厳しかった部分もあるけど、でも怒鳴ったりすごく厳しくせずとも人を育てられるのはいいことだな、と。

ー稽古場で手放せないものはなんですか?

手ぬぐい好きなので手ぬぐいは常に持っていますね。世莉さんも手ぬぐい好きでかぶるからいやだなあって。世莉さんと物の趣味がかぶっちゃうんですよ。私は時間堂に入る以前からずっと手ぬぐいコレクターですから、ほんと真似しないでくださいって。おんなじもの買おうとしたりしちゃうんですよ。ほぼ日の腹巻二人とも持ってるんですけど。「柄かぶるからやめてください」って(笑)。「俺もその柄にしようと思ったのに」とか言うんですよ。そういう趣味がかぶる。

ー今まで見た中で「これぞ!」という一本のお芝居を教えてください。

これはいくら考えても難しいやつですよね…。それぞれにそれぞれですよねえ…。ちょっと思いついたのは、ダルカラの『河童』(2014)を妊娠中に観たときにすごいショックで、全然良い話でも感動的でもなかったのに泣いちゃったのには自分でもすごいびっくりしたかな。衝撃というか。

ー稽古場でうまくいかなかったり困難な時、どうやって乗り越えますか?

私のあまりよくない部分として「分かんないとできない」というのがあって。分かんなくても、とりあえずこうしろって言われたことをパッとそのままやる方がいい場合もあるんですけど、自分の腹に落としていかないとそれができないんですよ。でもそれだと遅いから…。自分の中ではなくて台本の中や共演者がやっていることをよく見て答えや次の一手を探すというか。大体うまくいかない時の答えは自分の中にはないものだから、台本をよく読んで、ほか人のやっていることをよく見て、観察して考えるかな。みんなそうじゃないの(笑)?

ー直江さんは「もう台本見ーない」とか「今日はもう遊ぶ!」とかするって言ってました。

ああ、そういうんじゃないですね。読みますね、私。もう、夕方の公園で一人で台本を読んでしまいますね…。ネクラなんで。そういうことは考えなかった。とにかく何とかして次の一手を、その壁を打破する決め手になるものを探して、次の稽古や次の出番までに何かしら用意するのに必死ですね。

「生きるための術」

ー演劇とは結局何なんでしょうか?

私にとっては、生きるための術ですね。エネルギーというか。エネルギーがあるからやるんじゃなくて、演劇をやるからエネルギーが生まれて生きられる、そういう素(もと)なんだなって思う。産休で休んでいた時間を経て、なんか「私演劇をやっていないと、だめだ」というのを、自分でもすごい感じたので。

ー時間堂解散後の活動のご予定は?

ない(笑)。別に金輪際演劇をやらないぞ、とか辞めるわけではなくて。ずっとやろうとは思っているけど予定はないし、数ヶ月は休もうかなと思っている。その先のことは全然分からないけど、すぐにがっつり何かをしようというのではないですね。舞台に限定することなく、いろんなめぐりあわせがあればな、と。

ー最後に一言お願いします。

私は時間堂に入って本当に自分が成長したし、よかったと思っているので…。またもっと自分も成長して、ほかの人たちも成長して、心置きなく戦えることがあったらいいなと思います。
…なんか劇団大好きっ子みたいなコメントばっかりしちゃったなぁ、嫌なこともいっぱいあったのになぁ(笑)。私も「もう限界だ」って何度も思ってるのにな、おかしい…。「こっちが辞めてやるわ!」みたいなこともあったんですけどね。

(2016年11月25日 池袋のカフェにて)

[ヒザイミズキ扱い 予約フォーム]
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