十三の話-不動産会社で生きるということ

古人曰く「どこへ行くのかがわかっていなければどの道を通っても何処にも着かない」。何処に行くかさえわかっていればたとえまわり道をしてもそこに着く。徒然の大いなるまわり道の記録が本ブログの趣旨である。 ※このブログはリンクフリーです。コメントは承認制ですのでご了承ください。

クリスマスは終わったが、サンタクロースを信じている子供はあどけなくて可愛いものだ。太った白人の老人は、一夜限りだが子供たちのヒーローだ。まだ幼いからと周りの大人は目を細めるが、では神仏を本気で信じている大人は幸せなのか。神仏に身ぐるみはがされたような人を見たことがある。介護施設には毎日のようにその手の寄付を依頼する電話があるそうだ。ただのサラリーマンだったのに亡くなって戒名を付けてもらったら何十万円ではすまないという話を聞いたこともある。

世の中で本当に恐ろしいものは化け物でも悪魔でもなく人だな。人ほど怖いものはない。だから必要なものは、坊主でも牧師でもなく、弁護士や税理士やと医師でもない。セラピストやケースワーカーでもない。労働基準監督署や区役所の職員も立場も予算も保身もあり、モラルを曲げ見て見ぬ振りができる。困ったときに頼りになる不動産屋くらいの信用はしてもいいが、それ以上の存在は必要ない。友人と家族もどうかわからない。いい人にも悪意はある。

蛇は自分の体の数倍の獲物を丸呑みする。どこで牙を剥くかはわからない。やはり、しっかりした判断力のある自分だな。自信と活力に満ちた幸福な時期はいつまでも続きはしないから、他人の不安に付け込んで儲ける輩が多い。

昭和が平成になり、平成が令和になっても、何も変わらないのが不動産業界だ。携帯電話で住宅を探す時代ではあっても、営業担当者のやっていることがそうは変わらない。今でもFAXは情報のやり取りには欠かせないし、靴底がすり減るほど歩き回ることも変わらない。この寒さの中で、手作りのチラシをポストに投げ込むスーツ姿の若者もいる。

会議の内容は20年前のままだと気付いているか。金利が上昇しないので物価は安定していて、従って所得も大して上がっていない。ブレーキを踏まなくても何れは行き止まりの道に辿り着くものだから、退職して、また同じ仕事をする。記憶力と判断力はそんなには役には立たないのかもしれない。

人生が辛くアンフェアだ時も、それを受け入れ、失望もせず後悔もしない。恐れない。挫けない。他人と気まずくなってもめげない。人に雇われ給料を貰うことはリスクは少なくても辛いことだ。会社の規模は関係がない。年を越したらまた、自分か誰かを信じて、また歩き出す。心の壁を厚くすることが生きていくコツだ。20代から50代までこの繰り返しが続いていく。家庭の中も同じようなものだ。・・・それにしても年末は人が多いな。

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田中森一著「遺言」を再読した。元特捜検事、弁護士。「闇社会の守護神」と呼ばれ、多くのバブル紳士たちとも親交があった。手形詐欺事件で実刑判決。収監中に別の詐欺事件で再逮捕、有罪。保釈中に前著「反転」がベストセラーになる。収監中に癌の告知を受け手術。出所後に死去した。享年71。この書は「反転」に続く自叙伝。保釈中と出所後でずいぶん印象が違う。収監中、心の拠り所としたのが「論語」だという。「塀のなかで悟った論語」という著書もある。人の何倍も努力したことだろうし、何度も大きな賭けに出たこともあるだろう。すごい人生だなと思う。これまで何千冊の本を読んできたという高名な評論家の著書も持っているが、プールサイドで泳ぐ人をずっと見てきたというのとどう違うのだろう。



わからないことは、行政であったり、司法書士や土地家屋調査士、設計士や水道業者、地元の他業者に確認する。売主のかすかな記憶をたどることもある。契約の前の調査がしっかりできているかどうかは大きな問題だ。

売買契約の前に重要事項の説明を行うが、重要事項を普通に読み説明するだけで1時間は十分かかる。説明する事項がそれだけ増えているからですが、それでも最低限、これだけは説明が必要なものというだけで、すべてを網羅されているわけではない。

仲介業者がよくいう言葉に、「値札が付いている限り売れない物件はない」というものがある。実際、再建築のできない家や、嫌悪施設の真横や傾斜している家を条件に合った買主に販売している。

ずいぶん昔だが、アレルギーがあって新しい家には住めないというお客さんがいた。古くてきれいな家がいいというので何か月も探して買ってもらったことがある。心理的瑕疵の告知事項のある物件を宗教的な見地から問題ないと成約したケースもあった。でもそれはある程度、特定の条件に特化したお客さんになる。ほかのどんなお客さんより固い意志を持ったお客さんだ。

知っていたら買わなかったとか、聞いてはいたが、これほどの状態だとは思わなかったとあとで言われるとトラブルになる。安心、安全で、満足できる現場をお客さんに提供することが安全で大事だが、完全無欠な物件などない。

安全な物件は重要事項説明の中で、契約書の特約の中で仕立て上げるものだ。担当者の腕の見せどころではある。取引の安全は関係者すべての利益になるからだ。人を憎まないで済むことは何事にも代えがたい。信頼を失えばすべてを失う。不動産の栄養担当が上手くことを運んで感謝され軽蔑される所以でもある。

法も規則も明解なものだ。白か黒かを判別するが人を救うものではない。忖度や借料、帳尻合わせ、自己満足、あらゆる操作を否定はしない。批判されることも間違うことを恐れない。業者間の軋みやタイミングの悪さも恐れない。恐れずにいられることに価値を見出すことが営業担当の存在できる理由である。ものごとの意味を少しは掘り下げて考えても表情には出さない。そういう仕事だろう。

今年も早、12月になった。師走か。気分的にも何かとせわしくなってきたが、実際にも稼働日数の関係上、相当急いで動かないと間に合わない時期になっている。クリスマスから休みを取るという会社もあるな。売主や仲介業者の日程を睨みながら商談や契約日程を進めないといけない時期になっている。

賞与が出たら「さようなら」という担当者もいるだろう。誰もがまっすぐ前を向いて歩いているわけではない。明日何が起きるなんて誰にも分らない。気にはしなくても、どんな時にも誰にでも人生がかかっている。それでも人はなるべき者になる。時間や経験は無駄ではない。回り道も通って見なければわからない。自分を信じれば周りも信じる。いい時も悪い時もあるが、答えは最後に出ると思っている。

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何度も読む本、何度も見る映画はあとで、もう1セット買うことにしている。二度見るものは2度見る価値があるからだ。共感してくれそうな誰かに譲ってもいい。ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル」というアメリカの法廷ドラマがある。もう10年以上前のものだが、DVDではシーズン2までしかない。もう再放送は期待していないが多くの教訓を得た作品だ。売っていないから値札はない。



緊急事態宣言が解除され、コロナの感染者が激減しても、長い間外食する習慣がなかったから何か食べに行こうとは思わなくなった。透明であろうとアクリルボードに囲まれていては圧迫感が半端ない。食べたいものはテイクアウトで買って帰る習慣がいつの間にかできてしまいそれが当たり前になった。会社から家に帰って最初にすることは、AMZONから来た配送の小包をこじ開けることだ。高額なもの以外、乾電池のようなものから、週に何本か見る映画もAMAZONのサイトで見ている。

世の中には学歴は無くても賢い人がいる。人生の大学ともいえる実社会で誰かと出会い、環境に適応し、コツを掴み経験を積み、実績を上げて、周囲にその存在を認めさせた。考えてみれば大学で学ぶ4年間で学ぶことなど何ほどのこともない。それにその人の運命はその人の能力より、その人の性格によることが大きい。不利な条件がいくつか重なったとしても、それをプラス要因に変える気迫と能力と人を惹きつける人柄があれば逆転は可能だ。不動産業界の数少ない魅力のひとつは逆転できるチャンスがあることだ。

いつも思うことは、ネットに費やす時間はともすればとてつもない浪費になるのではないかということだ。住む家を携帯で探せる時代ではあるが、費やした時間に見合う対価はあるか。自分の価値を試す機会を奪われはしないか。電車の中で昔は皆、サラリーマンは文庫本を若者は漫画を読んでいたが、今は皆が携帯とにらめっこだ。

違うのは文庫本も漫画も自発的に止めることができるが、携帯はもう半強制的なものだ。依存症のように止めれはしない。会社から家に帰って寝るまでネットか。住宅ローンの返済とネットで一生が終わるようで怖いな。対価を払えば買えないものはないはずだが、投資のわりにリターンが少ない。努力は条件が出そろって初めて実を結ぶ。その機会を奪われているような気もする。

大学生の就職はどうなんだろうな。人手不足になっている業界もあるだろうしそうでもない業界もあるだろう。行きも帰りも満員電車に揺られて、濃紺のスーツにエンジのネクタイを締めていた若者が白髪の老人になる。40年間近くも厚生年金を払ったらどんないいことがあるんだろうな。

新卒の学生が入社したいと思う人気企業の基準はいつの時代も同じはずだ。知名度があって、恰好よくて、安定していてということになる。一部の不動産会社は今もあこがれの的だ。福利厚生のレベルも生涯所得も高い。夢を抱くことはいいが、どんな楽園にも草むらに潜む毒蛇がいる。逃げ場のない解決できないことは背負って行く。引きずって歩く。こんなご時世だ。健闘は祈りたい。

さてさて、今年もあとひと月か。書店で来年の手帳も買った。読みたい本も買ってきた。もう一度読みたい本もあるし見たい映画もある。同じ本を何度も読むのは読んでも読んでも引き出せるものがあるからだ。一回読んでもう読まないレベルの本はたいした本ではないし、読んでいないのと同じだ。作者に失礼だし、自分を過信している。映画もそうだ。一回読んですべて吸収できるような人間は不動産業界にはいない。

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ときどき何もうまくいかない日があるだろう。何かしないと気合が入らない。そんな時に唱える言葉、読み返す言葉がある。海軍大将山本五十六の有名な言葉だ。「苦しいこともあるだろう。云い度いこともあるだろう。不満なこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。泣き度いこともあるだろう。 これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。」。旧長岡藩士の家に生まれ、日米開戦に反対しつつも、開戦が決まるや連合艦隊司令長官として六隻の空母機動部隊を率いて真珠湾を奇襲した。正月にもう一度読んでみよう。映画も見てみようと思う。そういう時期を迎えている。
山本五十六(上)(新潮文庫)
阿川 弘之
新潮社
2011-06-01









会社の帰りの電車で寝込んでしまって、降りる駅を通過して最終駅まで行ってしまうことがたまにある。疲れがたまっている。また、20分待って30分もかかって本来降りるべき駅に戻る。もう10時をずいぶん過ぎているのに駅前の不動産会社は蛍光灯がついていてまだ担当者が働いている。

遅い時間に契約をしていることもあるだろうし、ホームページを更新したり、手撒きのチラシを作っていることもある。案内のときに手際よく説明するための資料を作っているかもしれない。もちろん、昼間に調査した物件の重要事項を作ったり、契約書の特約を書いているのかもしれない。上司はネットサーフィンかな。

新人のときに上司、先輩に言われたことは、一日の内に朝一つ、昼一つ、夜一つ仕事を作れということだ。言い方を変えると、朝することと、昼することと、夜することを分けなさいということだ。朝から印刷機を触っていると当然怒鳴られる。明るい時間に会社にいるな。足で稼げということだ。机の上で行う作業は自然に夜になる。時間はすなわちカネで無駄に使うなということでもある。

緊急事態宣言が解除になり、いろんなことがもとに戻りつつある。当初、ゼロコロナということが言われたが、今はウィズコロナで、コロナと共存しながらやっていく。仕事がうまく運び生活が維持できるようにすることが必要だ。コロナに限らず逃げ場のない状況、解決できない状況があるなら、それと共存して背負っていくしかない。もちろん一人で背負うのではなく全体で背負う。会社とか学校とか人の集団のいいところはそういうところでもある。

今、コロナを契機にいろんなことが変わりつつあるという実感があるが、それでも住宅の売買は対面販売が基本で、お客さんの表情を見ながら、ほしいものの必要性を確認し、買える方法を提案し説明しながらクロージングをすすめるものだと思っている。モニター越しにお客さんと話をするというのは実感がわかない。無理ではないかとも思う。その一方で、かつてネットやメール、携帯電話を笑った先輩たちが実際いたことを思いだす。

たとえば、不動産のトラブルのたいていは重要事項説明義務違反ということにるが、テレビのモニター越しに説明はできても納得してもらうにはいくつかの手間をかけないとできないのではないかなと思っている。本来は複雑なことをわかりやすく説明することは腕の見せどころで楽しいはずだ。たやすいことだ。ガンの告知をする医師ほどの注意力があればいい。職業的な説明ではないか。よくわからないことは誰でも否定的な反応をするものだ。

実際にどんな対応をしているのか、他の業者に何か変わったことをしているのかと尋ねても、あまり変わってはいないようだ。新聞には出ていない、現場でしかわからないことをもっと聞き取ったり、勉強しないと対応できないとは思う。もっといろいろな情報を収集して仕事や生活に活かしていく必要がある。

恐れないこと。怖がらないこと。リスクは織り込み済みにして受け入れること。明日起こることなど誰にも分らない。いい人にも良くないことが起きるように、慎重ににしていても失敗することもある。行く道は行くしかないのだろう。十年も二十年も束の間のことだ。何かに紛れ込まされて辛いことも辛いと思わず、この上もなくありがたいことを当たり前に受け止める。思い煩わず気にしないことだ。

不動産会社に限りはしないだろうが、会社で人が苦しむの理由を知っているか。差し出したものに見合う報酬を得られないからではない。プライドに見合うというより、最低限の敬意を払われないからだ。傷つきその場から去るものは皆そうだ。


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総選挙が公示された。与党以外の野党の指導者はまた国民に一人10万円を至急せよと言っている。冗談ではない。たとえば、失業することのない公務員にも支給するのか。払ったものは何れは税金として返済しなければならない。公務員の小遣いを我々が返済していくのか。困っている人だけでいい。それが分配政策というものだろう。護憲だ人権だと言っている連中ほど人権を軽視するものはいない。シロかクロかなんて言うつもりはないが似非は嫌いだ。

燃えよ剣















映画「燃えよ剣」を見てきた。映画館には久しぶりに行った。原作の司馬遼太郎の小説は何度か読んでいる。岡田准一主演。現存する画像が残っているがよく似ている。新撰組副長土方歳三を描いた作品。武士としての敬意を受けたことで満足だったろう。映画館の大画面で、一番後ろのシートで見た。大迫力だった。今までの作品では一番良い。一日を無駄にしなかったと思えるだけでもありがたい。



緊急事態宣言が解除になったが、マスクを付けなくていいわけでなく、目の前のアクリルのパーテーションが無くなるわけではない。商業施設や飲食店の制限が順次緩和されて再開されることになり、学校の行事ももとに戻る。去年、入学した大学生は入学式もなく授業もリモートで禄に授業に出ていないと聞いている。不動産関係でも去年は会場が確保できなくて宅建試験が2回に分けて行われたりしていた。

宣言解除で中にはハメを外す者もいるだろうが、コロナが無くなったわけではない。リバウンドさせないためには危機感をもって用心をすることに越したことはない。ワクチン接種2回でも感染者が出ているが、それにしても感染者の激減には驚く。人と人の付き合い方、距離感が変化している。若手の社員が飲み会に無理に突き合わせられることもなかった。また、昭和型に戻る日が来るのかな。

このコロナ禍で気になることの一つは各地で品薄の状況からかなり土地の値段が上がってきていることだ。建築費も上がってきていて、これまでの成約事例では説明のつかないほどの高値で売買することが当たり前のようになってきている。所得は増えていない。空気感、ムードが内向きに変わっただけだ。

ずいぶん昔だが、土地神話というものがあって、土地は上がることはあっても下がることはない。現金よりも株よりも安全な資産ですとどこの営業マンも口をそろえてセールストークの中に入れていた。バブルの時、リーマンショックの時の経験を思いだせば、急に上がったものは急に下がることがある。いいことも悪い時も長くは続かないとは思っている。

住宅ローンの事前審査書類をよく見てみよう。買付と一緒にその写しを書類を業者に提出してもらうがその中には、年収や年齢、家族構成、就学児童の子供が何人いるか、年収に奥さんのパート収入がいくら加味されているか、賃貸料や車のローンはいくら負担しているかが書いてある。そのほかにも子供の塾の費用もクラブ活動の費用も当然かかる。家庭を維持できないほどの住宅ローンを組むお客さんはいない。

どこの業者がいくらで買ったとか、いくらで売り出しているとかいう情報がよく耳に入ってくるが、住宅売買の”よすが”となるのはやはりお客さんの生活の実態で、混乱状況のときこそお客さんの生活を見つめる視点が大事かなとは経験上思う。どういう理由で購入するのか、いくらまでなら購入可能なのか、という点をしっかりと見極めて、実際の需要がどこにあるのかという点を見据えていくべきだし、それを忘れては以前の失敗を繰り返すことになる。だいたい、欲しくても買えないものは買えない。35年のローンはまさに永遠に等しい。水中を航行する作戦中の潜水艦のイメージなんだが。

コロナ禍の中で景気を後退させまいと、資金の流れは政策的に絞られてはいない。だが、これからは違うだろう。返済猶予も認めなくなるだろう。銀行の恐ろしさはよくわかっているだろうが、これからは破産者が増えてくるのだろう。売主は喜んで売る人ばかりではない。任意売却に追い込まれるケースがこれから増えてくるのだろうな。

これまで存在していた世界が消えて、新しくて古いルールが甦ることになるのか。生きていくことは並大抵のことではない。反対に成功していなくても無事に家庭を維持しているのなら立派なことだと思う。それをわかってくれる奥さんならその人は幸せだ。人と自分んお状況を比較して金切り声を上げるなら家庭は地獄だな。

阪神大震災の後、マンションの設計図の帯筋の配置状況を気にするお客さんが出てきた。重要事項の説明に活断層の地図を付けていた。今は盛土の状況を気にするお客さんが増えた。土砂災害警戒区域かどうかは携帯で防災マップを検索すればすぐにわかる。大丈夫ですよというような根拠のない返答では納得してもらえない。異常気象がこの数年続いて被害を目の当たりにしているからだ。

繰り返すが35年の住宅ローンの返済の重圧は思い。懲役35年。人生のほぼすべてだ。明るい展望を持つ人ばかりではない。炭鉱のカナリアのように真っ先に被害を受けるのは誰か。ドミノ倒しのように不動産業者の連鎖倒産が実際あった時代も見てきた。不動産の営業を生業にするなら自身がカナリアであることにどうして気づかくべきだ。カナリアの緊急事態宣言の声は誰も聞いていない。誰にも届かない。

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ア・フュー・グッドメン (字幕版)
ケヴィン・ポラック
2010-10-01


同じ映画を何度も見る。「ウォール街」、「最高の人生の見つけ方」、そして、「ア・フュー・グッドメン」。命令外の命令、コード・レッドと呼ばれる暴力的制裁をモチーフに軍法会議の緊迫した状況を扱った作品。トム・クルーズの作品の中では間違いなく一番の作品だ。ロブ・ライナー監督。キューバの米軍基地で内部告発しようとした落伍兵に制裁を加えて死なせてしまった2人の兵士が軍法会議にかけられる。組織と命令、規律と服従。暴力と落伍者。どんな組織にも光と影がある。組織の中ではどんな命令も背くことは許されない。仕事だと言えば正当化される。教えられること、気付くことが多い。ところで、コード・レッドのない不動産会社があったら教えてほしい。







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