儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

『易経』の最も主たる動物・《鴻雁》 その2

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)

《 鴻〔こう/雁・かり〕が飛び進みゆくお話 :
【漸】卦 》

『易経』は、「鴻雁」を最も重要な動物(禽獣)に位置づけていますから、
「雁」に象〔しょう〕や義を仮ることは、ままあります。

例えば、【坤為地】の卦辞にある「西南得」(西南に朋を得る)・
「東南喪」(東南に朋を喪ひ)というのは
この「鴻雁」の“渡り”のこととも解せられます。 注1) 

そして、「鴻〔こう/雁・かり〕」が、しだいに(漸〔ようや〕く)飛びすすみゆく物語が【風山漸☴☶】卦です。

この卦は、6爻すべてが「鴻」(大型の雁)をもって象とされ、
段階的・時系列的〔時間にしたがって〕に、物語が展開されています。

“漸”の文字は、もともと“水”・“川”にかかわることでもあります。

互体(2・3・4爻)【坎☵】で“水”、互体(3・4・5爻)【離☲】で“飛ぶ”ですから、
“水上の飛鳥”ですね! 

「鴻」という水鳥は、良く自然の時季を知り、善く群れの秩序を知り、
そして好く婚礼に用いられます。

それで、みんなが漸進〔ぜんしん〕し、
最後に“進み”を全〔まっと〕うしてよろしきを得ることの象としたのでしょう。

注1)

易学的には、「朋」を「鴻雁」と解することができます。
したがって、『論語』の冒頭(「小論語」)の「有自遠方来、亦不楽乎。」
(朋、遠方より来る有り。また楽しからずや。)も、
「朋」は普通“学友”と解していますが「鴻雁」の飛来とも解せます。

◇ 初爻「干〔みぎわ〕」 ⇒ 2爻「磐〔いわ〕」 ⇒ 3爻「陸〔くが〕」 
  ⇒ 4爻「木〔き〕」 ⇒ 5爻「陵〔おか〕」 ⇒ 上爻「逵〔き〕」


初六:
「鴻〔かり〕、干〔みぎわ〕に漸〔すす〕む。
小子は辧未△笋Α佑掘8世△譴匹瞎襦未箸〕なし。」

/「小子の劼は、義として咎なきなり。」 (象伝)

《初六の訳》

鴻〔かり〕が、水の上から陸に上がろうとして
水際〔みぎわ・みずぎわ・なぎさ/=汀/渚〕に進んだところです。
が、何分にもまだ若く経験の浅いなので、
不安でおののいていて何とも危なっかしい限りです!

それで、モタモタして先に進めないでいて、
他の仲間から“お小言”を頂戴するハメになります。

こんな情態でも、(自分の力量不足を承知した上で、然〔しか〕るべき時に
漸次〔ぜんじ〕進もうとしているのは、道理に適っているというものです。〔象伝による〕)
とがめ立てするような過ちは起こらないでしょう。」

「干〔かん〕」は岸〔きし〕・みぎわの意、
「于〔う〕」は助字、おいて・ゆくの意です。

2つの文字は、非常によく似ていますので、注意が必要です。

「干〔かん〕」=水際、です。

互体(2・3・4爻)の【坎☵】は“水”、
初爻で【坎水】の下にあるので“みぎわ/水のほとり”です。

「小子」は【艮☶】で少男、また初爻の象。
【艮☶】で止め、進めず。

上卦【巽☴】には、号令の意があります。

“倒兌〔とうだ:兌=口がさかさまとみます〕”でもあります。
“進め!”というお小言でしょう。

応爻なく比爻もなく、初爻で陰位にいる【陰】です。

孤独・“孤雁”で力量も弱く、
群れの列のビリに位置している、といったところでしょう。

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六2:
「鴻、磐〔いわ・おおいし〕に漸〔すす〕む。
飲食衎衎〔かんかん〕たり。吉なり。」

/「飲食衎衎たりとは、素飽せざるなり。」 (象伝)

《六2の訳》

鴻〔かり〕が、“磐”=大きな揺るぎない石のところへと進みました。

近くの仲間も遠くの仲間もこぞって和やかに楽しく饗宴しています。

(それは、功労もなく飲食に興じているのではなくて、
自分のなすべきことをし終えて後、みんなと和楽し英気を養っているのです。
〔象伝による〕)

吉であることは、言うまでもありません。

「磐〔いわ〕」は、磐石・大岩、安泰な場所のことです。
【艮☶】の象です。

「衎衎〔かんかん〕」は、和楽するようす。
2爻変じて2・3・4爻で【兌☱】=悦び楽しむの象。

「飲食」は互体(2・3・4爻)の【坎☵】の象です。
陰位にいて【陰】、中徳を持っています。

六2と九5が、この卦の主爻で、
両爻相応じて【漸】の道が完成するというものです。

九3と比してもいます。

それで、群れの仲間のたちと饗宴するのです。

和楽飲食して、身心の英気を養って“時(時期/時季)”を待っているのです。

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九3:
「鴻、陸〔くが〕に漸〔すす〕む。
夫征きて復らず。婦〔つま〕孕〔はら〕みて育〔やしな〕わず、凶なり。
寇〔あだ〕を禦〔ふせ〕ぐに利ろし。」

/「夫征きて復らず、とは、群醜を離るるなり。
婦孕みて育わずとは、その道を失えばなり。
用って寇を禦ぐに利ろしとは、順にして相い保てばなり。」
 (象伝)   

《九3の訳》

鴻〔かり〕が、(=大岩 より高い)“”地に進みました。

夫(=九3)は、(初六・六2の仲間を離れ捨てて、六4の愛人のところへ)行って
復〔かえ〕って来ようとはしません。

(軽々〔かるがる〕しく交わった六4の)その愛人は、
妊娠しても生まれた子を育てようともしません。

(この女性が生み育てられないのは、女性としての正道を見失って生んだ
不義の子だからです。〔象伝による〕) 

まったくもって、凶と言わざるをえません。

(そんなことで、この六4の女性というのは、
財産目当てで交わろうとしているような女性です。)

この(手近な)女性は、自分にとって仇
〔あだ=寇:害を加える、そこなう〕するような女性ですから、
(今述べているようにならないように)その誘惑を防ぐのがよろしいのです。」

「陸〔くが〕」は、平らで高い地。“”上から陸地に進んだところです。

水鳥のにとって、“”地は不安定な場所です。

この爻は、☰☷】の比隣〔ひりん〕関係の3爻の陰と
4爻の陽が交わって(交代してそれぞれ正位を得たもので)、
【漸☴☶】の九3となったものです。

応爻の上爻とは陽と陽で不応ですから、
身近な六4の【陰】(女性)と交わったものです。

互体(3・4・5爻)の【離☲】は、大腹・孕〔はら〕むの象。

互体(2・3・4爻)の【坎☵】も【坤☷】の中に1陽を孕んでいるとみられます。

【坎☵】は、大夫〔たいふ〕・水・水流れ去るの意、で「夫征不復」

流れる、で「不育」

「群醜」=群は群れ、下卦【艮☶】の仲間(のである)初六・六2のことです。

六4の女性は、【巽☴】の主爻。

【陰】をもって陽に乗じている危なっかしい女性です

欲深く、九3(=陽剛)の財産目当てに交わったのです。

九3は、行き過ぎの爻です。

要〔よう〕は、身近な情欲に溺れ、
漸進の大道を踏み外さないようにと戒めているのです。

注1)   トピックス〔時事〕 :

改めて、この“過”にして、下卦【艮☶】の主爻である九3を人間事に想ってみますと。

いつの時代も、人生行路のどの時代おいても、
身近な欲情・情欲に大道正道を見失って、
あらぬ“小径〔こみち〕”に逸〔そ〕れるということはままあるものです。

平成の御世〔いま〕、子どもの6人に1人が貧困家庭といわれています。
が、私は、そんな基準もわからぬ貨幣〔かね〕の格差のことよりも、
男女・親の“情”の貧困を想います。

“子ども(学生)”による子どもの妊娠・出産は、隠れた日常の茶飯事です。

乳幼児の遺棄(捨て子)、育児放棄とそれによる餓死、
虐待とそれによる子殺し・・・ なんとも痛ましい人倫の “すさみ”です。

我が国は、古き善き大切なものを失ってしまっています。

それらの“すさみ”の記事が、しばしば小さな記事で報じられている現状です。

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六4:
「鴻、木〔き〕に漸〔すす〕む。
或〔ある〕いはその桷〔たるき・かく〕を得れば、咎なし。」

/「或いはその桷を得とは、順にして以て巽なればなり。」 (象伝)

《六4の訳》

鴻〔かり〕が、“”より高い“”(の高所)に上〔のぼ〕り進みました。
は水鳥なので本来、木に止まるものではなく、今いる木の上は安住の場所ではありません。)
それでも(幸いにして)、桷〔たるき・かく〕=ヨコに伸びた枝(/平らな情態の木の枝)を得て、
一時〔ひととき〕は安定して居ることができます。
(それは、六4が陰位に【陰】で正しく居るので、
才能は乏しくとも、【巽☴】の謙遜・従順の徳を持っているからなのです。〔象伝による〕) 

とがめ立てするような(/高所から転落するような)危なっかしさはないでしょう。」

“木”(の高所)に上〔のぼ〕り進みました。
が、は水鳥なので本来、木に止まるものではありません。

そもそも、の足には“水かき”がありますので、うまく木の枝につかまれませんものね!

六4は【巽☴】の主爻、陰位に【陰】、不中、応ずる爻もありません。

【陰】で九3(過剛で不中)に乗〔じょう〕じて、はなはだ不安定で危なっかしい。

ですが、尊位の九5(正位で中徳あり)を承けており
これに親比して順〔したが〕うことができてうまくゆくかもしれません。 注1)

上卦【巽☴】は、“木”・“順う”の象です。

「或〔ある〕いは〜」とは、“幸いにも〜であれば”くらいの意味に解せます。

「桷〔たるき・かく〕」は、字典によれば、
「,燭襪、屋根やひさしをささえる長い角材。丸いものを椽〔てん〕という。 
△┐澄∧燭蕕砲里咾浸沺廖福愆糎賣咫戞砲任后

互体(2・3・4爻)の【坎☵】は、“美背”であり“梁〔はり〕/たる木”の象です。

たる木のように木の平らなもの、ヨコに平らにのびた枝で、
水鳥のでも何とか止まりやすいということなのでしょう。

注1)  

“乗〔じょう〕”と“承〔しょう〕”とは『易経』(易辞)の専用語です。
どちらも、【陰】の柔爻に限って用いられるもので、【陽】の剛爻には用いられません。

【陰】爻が【陽】爻に比している場合、
【陰】爻が上にあれば【陰】爻からみて【陽】爻に“乗〔の〕っている”と見、
【陰】爻が下にあれば【陰】爻からみて【陽】爻を“承〔う〕けている”と見ます。

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九5:
「鴻、陵〔おか〕に漸〔すす〕む。婦三歳まで孕〔はら〕まず。
終〔つい〕にこれに勝つことなし。吉なり。」

/「終にこれに勝つことなし、吉なりとは願うところを得るなり。」 (象伝)

《九5の訳》

鴻〔かり〕が、“”より高い「陵〔おか〕」に進みました。

(九5の夫と六2の)妻には、3年もの間、子どもができません。
(仲むつまじくしているのですが、ジャマだてされているのです。)

けれども、この夫婦の確かな情愛には、
こうしたジャマだて・艱難〔かんなん〕も勝つことはできないのです。

つまり、“最後に愛は勝つ”ですね! ですから、吉に違いありません。」

「陵〔おか〕」=岡、に進みました。

2爻が5爻に之けば、【艮☶】。

艮は山、“陰小陵”と称します。

それで、「陵」です。

また艮は、“止〔と・とど〕める”の意です。

九5は上卦の中爻にあって、陽位に【陽】をもって居ます。

六2の【陰】と陰陽正しく応じています。
の“ツガイ(夫婦)”ですね。

ですが、この夫婦(六2の妻)は、九3と六4の爻にジャマだて(阻害)されて、
夫婦交わることができず、3年もの間(六2が九5に辿りつくのに3爻・3段階あります)、
子どもを孕むことができないのです。

これが、「婦三歳不孕」です。

九3は、下卦【艮☶】の主爻で、2つの爻の“進み”を止めています。

また、互体(2・3・4爻)の【坎☵】の主爻でもあり、
“進み”を困難なものにしています。

互卦をみてみますと、【未済☲☵】にて孕まぬの意です。

5爻は上爻に接している(当たっている)ので、
その(妻の)不妊が終わり妊娠する、と解せます。

九5が変じると【未済☲☵】が【雷水解☳☵】となります。

春の到来、陰陽交わるの象です!

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上九:
「鴻、逵〔き〕に漸〔すす〕む。その羽用って儀となすべし。吉なり。」

/「その羽用って儀となすべし、吉なりとは、乱るべからざればなり。」 (象伝)

《上九の訳》

鴻〔かり〕が、大空高く舞い上がり、自在に天空を飛翔しています。

多くの雁が群れを成して、(「雁行」と称されるように)整然と秩序だって
“V字形”に隊列を作って、「逵〔き〕」=雲路を飛んで行く様〔さま〕、
その美しい情景こそ、我々のお手本として用いるべきです。

吉であることは言うまでもありません。」

64卦384爻の中で、三大上爻と呼ばれもする上爻です。

【初爻「干〔みぎわ〕」 → 2爻「磐〔いわ〕」 → 3爻「陸〔くが〕」 
→ 4爻「木〔き〕」 → 5爻「陵〔おか〕」】 と、
5爻まで段階を踏んで進んできたが、遂に上爻で天空高く飛び上がったのです。

の象を人間事にとってみましたら、
時期に応じて一歩一歩、順序をおって進み、
漸〔ようや〕く成功を克ち取ったのです。

“意のごとくになり”、人々からは師表〔しひょう〕と仰ぎ観られるようになったのです。

「逵〔き〕」は雲路・高い天空のことです。

上九は卦の極にあるから“天”であり、
また【巽☴】は“風・飛ぶ”から雲路を行くの意となります。

九3は“【坤☷】中の天”=「逵」ともみなせますが、
2爻が5爻に之〔ゆ〕けば上卦もまた“【坤☷】中の天”=「逵」となります。

また【巽☴】をもって“斉〔ととの〕う”とし、
「雁行」して飛翔する斉った情態の美しさを指します。

―― 「鴻雁来る」・「鴻雁来賓す」です。

「鴻雁」“仲秋”〔観月〕(*“白露”=太陽暦9月7日&“秋分”=太陽暦9月23日)に、
先に来るものが主たるものであり、
“季秋”〔晩秋〕(*“寒露”=太陽暦10月8日&“霜降”=太陽暦10月23日)に遅れて来るものは
“賓”であるともいわれています。


 

≪参考資料:盧 「『易経』64卦奥義・要説版」 p.45引用≫

53. 漸 【風山ぜん】  は、少しずつ進む。 

3吉卦・3大上爻、愛情4(5)卦

 ● 正婚・正妻、 賓卦「帰妹」、“小を積んで大となす”、継続の吉
「女の帰〔とつ〕ぐに吉なり」(卦辞)
「鴻〔こう・かり〕逵〔き〕に漸〔すす〕む。」(上爻) ;
水鳥が雲(高い天空)を飛ぶ → (意の如くなる)。

 ■ “山に植林する象”・“千里一歩の意”(新井 白蛾)
下卦が艮山、上卦が巽風・巽木にて
1)山の上の木が、日を追って漸〔ようや〕く成長する象。
2)〔男性(艮)が求め〕、女性(巽女)が落ち着いて(艮)求婚を待っている象。
3)艮の家、その外に巽女が出て行く=嫁ぐ象。
★ 漸は、【天地否】の3爻の陰と4爻の陽が交代し、それぞれ正位を得たもの。

 ○ 大象伝 ;「山の上に木あるは漸なり。君子以て賢徳に居りて俗を善くす。」

    (艮山の上に巽木が、居るべきところにあって高大であるのは、
それが少しずつ成長発展していったからです。
このように、君子は、その賢明なる徳を内に止め漸次進歩発展し、
善き風俗を形成するように〔民心に親しむように〕努め続けるのです。)


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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『易経』の最も主たる動物・《鴻雁》 その1

『易経』の最も主たる動物・《鴻雁》 その1

――― 鴻雁〔こうがん/かり〕/「鴻雁来〔きたる〕」・「鴻雁北〔かえる〕」
/【風山漸】卦・【雷山小過】卦/「雁書〔がんしょ〕」/“雁の産卵の瑞祥”(『古事記』)
/八幡太郎こと源義家/「雁の群列の乱れ伏兵の兆」(『孫子』)/奴雁〔どがん〕」
/雁風呂〔がんぶろ〕/“雁が羽を休める小枝(=陰なるもの)”  ―――


《 はじめに 》 

ふと、500年ほど前の、芸術(家)が偉大であった時代のイタリアに想いを馳〔はせ〕てみますと・・・・。

ルネサンス期の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチは、生涯、空を飛ぶことを夢み夢み続けました。

科学と自然との完全な融合を夢想したのでした。

おそらくレオナルドは、(雁ではないでしょうが)鳥の飛翔する姿を、
幾度も幾度も厭〔あ〕くことなく微笑〔ほほえ〕みながら、眺め続けていたことでしょう・・・・。

それはともかく。


『易経』には、多くの動物や植物(禽獣草木〔きんじゅうそうもく〕)が“たとえ”として登場しています。

その意味で『易経』は、太古におけるエンサイクロペディア〔百科事典〕ともいえるものでしょう。

とりわけ、登場する豊かな動物(禽獣)たちは寓意と物語性に富み、
私は西洋の『イソップ寓話』とのアナロジー〔類似性〕を感じております。  注1)


注1)

『易経』の64卦は、さまざまな人生の場面〔シーン:scene〕・状況〔スチュエーション:situation〕を表しています。

したがって、そこにはさまざまな人間が登場いたしております。

そして同時に、多くの人間に(当時は)身近な動物たちが登場しています。 

―― ある時は、神秘的に寓意〔ぐうい〕的に、
またある時は、愛くるしく親しみをもって登場しています。

これは、“易”の思想を動物(&植物)に、
より理解〔わか〕り易く象〔かたど〕ったものと言えましょう。

私には、これらの動物(&植物)が登場することにより、
“易の物語性”がより色濃く章〔あや〕どられているように思われます。 

私は、古代中国の『易経』の象〔しょう/かたち〕として登場する動(植)物の“たとえ話”と、
古代ギリシアの『イソップ寓話〔ぐうわ〕』の動物譚〔たん:=物語〕には、
とてもアナロジー〔類似〕を感じます。

謎に包まれた“哲人”である作者によって書かれた『イソップ寓話』は、
動物に擬〔なぞ〕らえられた生き方の知恵であり、
世界中で現在に至るまで普遍的に愛読され続けています。

『イソップ寓話』が書かれたと考えられる古代ギリシアのアテネの全盛期はBC.5世紀ごろ、
『易経』の解説(「十翼」)を整えたといわれている孔子が活躍したのもほぼ同時期です。

洋の東西で時代もさして変わらないころのアナロジー〔類似〕です。 

(by.盧「易と動物」)


『易経』に登場する動物(禽獣)たちを拾ってみますと、以下のとおりです。
(→資料参照のこと)

さて、これら、馴染み深かったり、ユニークであったりの動物の中で、
『易経』の最も主たる動物・重く扱っている動物は何でしょう? 


――― 今回は、「鴻雁〔こうがん/かり〕」について研究してまとめてみました。


→ 【参考資料】

《 『易経』(本文中心)に登場する動物たち 一覧 》   (by.盧)

龍(竜) 【乾】辞・初・2・4・5・上爻・用 (3爻は人龍・龍人)/
【坤】上爻(雌雄の龍)
→ ※龍は【乾】の象  cf.龍の三棲〔さんせい〕
【革】5・上爻 “大人虎変”・“君子豹変”/
【履】辞・4爻 “虎の尾を履む”/【頤】4爻 “虎視眈々”
○馬:【屯】2・4・上爻/【明夷】2爻/
   【睽】初爻/【渙】初爻/【中孚】4爻
    “馬匹〔ばひつ=両馬〕亡〔うしな〕う” 
○牝馬〔ひんば〕:【坤】辞 
○白馬(の王子):【賁】4爻 
○良馬:【大畜】3爻
鹿 【屯】3爻
○魚:【姤】2・4爻
○魚の目刺し:【剥】5爻
○鮒:【井】2爻
○牛:【睽】3爻/【无妄】3爻 “繋がれた牛”/
   【旅】上爻 “牛を易に喪〔うしな〕う”/
   【既済】5爻 “東隣の牛を殺す” 
○黄牛:【遯】2爻/【革】初爻“黄牛の革〔かく〕”
○童牛:【大畜】4爻
○牝牛〔ひんぎゅう〕【離】辞
〔しのと〕
=豚
○豕〔しのと〕:【睽】上爻 
○獖豕〔ふんし〕:【大畜】5爻 ※去勢したいのしし
○羸豕〔るいし〕:【姤】初爻 ※やせ豚 
○霊亀:【頤】初爻 ※万年を経た亀
○“十朋〔じっぽう〕の亀”:【損】5爻/
               【益】2爻 ※非常に高価な亀
○羊:【大壮】5爻 “羊を易に喪〔うしな〕う”/
    【夬】4爻 “牽羊〔ひかれるひつじ〕”/
    【帰妹】上爻 “士羊をサ〔さ〕きて血无〔な〕し”
○羝羊〔ていよう〕:【大壮】3・上爻 ※牡羊〔おひつじ〕
鼫鼠〔せきそ〕 【晋】4爻 ※大ネズミ、ムササビ? (→ 最悪人の意)
〔えもの〕
=鳥・禽獣
○禽〔えもの〕:【師】5爻/【恒】4爻/【井】初爻
○前禽〔ぜんきん〕:【比】5爻 
 ※目前の禽獣、または前へ逃げ去る禽獣の意
〔はやぶさ〕 【解】上爻
〔〔こう〕
=渡り鳥/水鳥
○鴻=鴻雁・雁〔がん・かり〕:
【漸】初爻〜上爻のすべて(上爻は三大上爻)
→※鴻の動きで語られています cf.玄鳥〔ツバメ〕 
★易経の主たる禽獣!
〔きじ〕 【旅】5爻
〔〔つる〕 鳴鶴とその子:【中孚】2爻 ※“鳴鶴陰に在り、その子これに和す。”
翰音〔かんおん〕
=鶏
【中孚】上爻 “翰音天に登る”
   〔→ろくに飛べない鶏は天に昇ってもすぐに落ちるの意〕
(飛)鳥 ○鳥:【旅】上爻 “鳥その巣を焚〔や〕かる”
○飛鳥:【小過】辞・初・上爻
  ※【雷山☳☶】の卦象から
豚魚〔とんぎょ〕
=イルカ
【中孚】辞 “豚魚吉” → ※黄河イルカのことか?
○狐:【既済】初・上爻
○三狐:【解】2爻 ※三匹の狐
○小狐〔しょうこ・こぎつね〕:【未済】辞・初爻
  “其の尾を濡〔ぬ〕らす”/上爻 
  “其の首を濡らす” ※狐は【坎☵】の象



《 鴻〔こう〕・雁〔かり/がん〕について 》

『易経』に中で最も主たる動物(禽獣)、代表する動物(禽獣)というのは
何だとお思いでしょうか? 

『易経』は、【乾・坤】の“”(ドラゴン)に始まり
“既済・未済”の“”に終わっています。が、これらではありません。

【乾☰】の象〔しょう/かたち〕、“陽”の権化〔ごんげ〕としての想像上の動物
(=神獣)ですし、“”は【坎☵】の象の動物というに過ぎません。 


それは、鴻雁〔こうがん/かり〕」です。

風山漸☴☶】卦は鴻が飛びすすみゆく物語になっています。

原文に出てくる「鴻」とは「雁」のことです。

雷山小過☳☶】は、その卦象が「飛鳥」の形(九三・九四が鳥の胴体で、
上下の4陰が翼)です。

『易経』では、象を雁に取り、義を雁にかる仮ることは実に多いのです。

つまり、「鴻雁」のことをよく知らなければ『易経』は、理解し難いということです。


では「鴻雁」が『易経』の最も主たる動物であるのは何故でしょうか?

それは、雁を「候鳥」とも書くように、“渡り鳥”だからに違いありません。

「鴻雁」と入れ替わりの“渡り鳥”「燕〔つばめ・つばくらめ・つばくろ/玄鳥・げんちょう〕」も同様です。

「鴻雁」・「燕」は“陰陽=寒暖・季節”に随って去来するもので、
易は陰陽・変化の学であるからにほかなりません。


「鴻雁」 注1) は、夏は白鳥などと同様にシベリア方面で過ごして繁殖し、
秋に北方から(冬鳥として)飛来して冬を過し、春に再び北方へと帰って行きます。

燕と入れ代わりですね。

“七十二候”。晩秋(10月上旬)「鴻雁来〔こうがんきたる〕」 注3) 

・中秋「玄鳥去〔げんちょう/つばくろさる〕」
晩春(4月上旬)「鴻雁北〔こうがんかえる〕」
「玄鳥至〔げんちょう/つばくろいたる〕」、というきせつがあります。

「雁」・「雁渡る」は秋の季語、「雁帰る」は春の季語です。」


遥かな昔から中国・日本の人々は、この「鴻雁」の行き来に情趣や季節の移り変わりを感じ、
多くの文芸を育〔はぐく〕み章〔あや〕なしてまいりました。


そして、この「鴻雁」の往来は、時月に随って、行くも来るも一定、
少しも誤ることがありません。

しかも、その群れをなし飛ぶ姿は列を整え順序正しく飛翔します。

この往来規律正しく、群れ飛ぶに秩序保っているところにこそ、
古来から注目され、『易経』の最も主たる動物と位置付けられた所以〔ゆえん〕のものがあるのではないでしょうか。

人間、殊〔こと〕に現代人には、大いに見習うべきものがあります!


注1)

「鴻」〔こう〕は“ひしくい”〔菱食〕ともよみ大型のものを、
「雁」〔かり/鴈・候鳥〕は鳴き声からでた“ガン”の異名で大型のものをさすともいわれています。

「カモ目カモ科の水鳥の総称。大きさは、カモより大きく、白鳥より小さい。
日本では、マガン・カリガネ・ヒシクイなどが生息し・・・・・。
家禽はガチョウ〔鵞鳥〕とよばれる。」(by.Wikipedia 抜粋)


注2)

「玄」は“くろ”・“黒色”の意だからでしょうか?
「乙」・「乙鳥」で“つばめ”。「乙禽〔いっきん〕」。


注3)

「来」は、古文では「来〔く〕」とカ行変格活用(こ/き/く/くる/くれ/こ〔よ〕)で読みます。
が、漢文では「来〔きた〕る」と四段活用(ら/り/る/る/れ/れ)で扱い、カ変は使いません。


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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謹賀丙申年 <後編>

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)


《 干支の易学的観想 / 【火天大有 ☲☰】&【天山遯 ☰☶】卦 》

※(→ 資料参照のこと)

次に(やや専門的になりますが)、十干・十二支の干支を
易の64卦にあてはめて(相当させて)解釈・検討してみたいと思います。


昨年の干支、「乙・未」は【風地観☴☷】卦でした。

精神性重視、心眼で深く観る、“観光”といった意でした。

今年の「丙・申」は【火天大有〔たいゆう〕☲☰】卦、
先天卦は【天山遯〔とん〕☰☶】となります。

【火天大有】卦は、大いに有〔たも〕つ、大いなるものを有つの意です。

易では(陰陽のうち)“陽”を“大”としますので
“陽”を有つの意とも考えられます。

「仲(冲)天の太陽」の象で、豊かな盛運の時を表しています。

2爻には「大車以て載〔の〕す」

上爻には
「天よりこれを祐〔たす〕く。吉にして利ろしからざるなし」
との辞があります。


しかるに、盛大・盛運な時と申しますのは、
凋落〔ちょうらく〕・衰運への可能性を孕〔はら〕んでいます。

十干・「丙」でも述べましたように、
“陽極まれば陰”で盛大・盛運に楽観し油断すると逆転してしまいます。


【大有】は、下卦【乾☰】の上に【離☲】があります。

5爻の“陰”は【離☲】の中爻ですから、最高の明智・明徳です。

つまり、【乾☰】の“陽剛” を「智〔知と徳〕」をもって有〔たも〕つのです。

社会のレベルでは文化と経済の、
個人レベルでいえば“文武両道”のバランスが大切です。


「天祐〔てんゆう〕」・“天恵” は最強で有難いものです。

『易経』384爻〔こう〕の中で最良でしょう。

「子曰く、祐とは助なり。」(繋辞上伝)とありますように、
それは“天助”に他なりません。

そして、その“天助”は、自然現象としてばかりではなく、
(具体的には)人からの協力・助力という形をとって現れもいたします。

「易」(=東洋源流思想)では、“天の思想”と“時”の理解が重要です。

“天”と“天の時”をよくよく認識して、
“天に応じて時じく行う”
ことが肝腎なことです。


加えて、指導者〔リーダー〕の活動の指針として、
順天休命(大象)が述べられています。

「君子以て悪を遏〔とど〕め善を揚げて、
天の休〔おお〕いなる命に順〔したが〕う。」
 

すなわち、君子は、悪に対しては 刑罰をもってこれを防ぎ止め、
善に対してこれを称〔たた〕え揚げ賞し登用するのです。

このようにして、天の真に善にして美しい命に順うようにつとめるのです。

このことは、為政の道ばかりでなく、
個々人のレベルにおける“修身の道”もまた然りではないでしょうか。


次に、先天卦の【天山遯】卦は、解脱〔げだつ〕達観の卦です。

引退・隠居の意、現職を辞して新規事スタートの意、でもあります。

春は一般に、異動・変化の時(=【震】☳)です。

「時と與〔とも〕に行うなり」(彖伝)とありますように、
時をはかって(時のよろしきを得て)退くことが肝要です。

また、自分の世界=“壺中〔こちゅう〕の天を持つことが大切です。

若者風にいえば“アナザースカイ”ですね! 

もちろん、実際に山奥に隠遁〔いんとん〕するわけにはゆきませんので、
駁雑〔ばくざつ〕な俗世の中に在っても
そういった精神世界を持つ、ということです。

私には、「易」老子の世界があり、
「美(への探究)」の世界があります。

おかげで、行き詰まり窮することがないし、
逆境辛苦の中にあっても致命傷を負わず心穏やかに過ごせています。


★参考資料 ≪ 高根:「『易経』64卦奥義・要説版」 pp.15・33 抜粋引用≫

 − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 

No.14.大有 【火天たいゆう】  は、大いに有〔たも〕つ
     
 3大上爻〔大有・大畜・漸〕、帰魂8卦
 高根流 日の7(8)卦 〔(離火)・升・晋・豊・大有・旅・賁・明夷〕

 ● 中天の太陽、天佑あり、順天休命(大象)
   易は、“陰”を小とし“陽”を大とする。
   大有は、陽を有つ意(=盛大)。
   (大いに有つと、大いなるものを有つの意)

  ・2爻:「大車以て載〔の〕す。」 ・・・ 
     A)ロールスロイスに財宝を山と積むように ── 。
     B)重荷を積んでゆくようにすれば ── 。 「積中不敗」(象伝)
     cf.「人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くが如し。・・・ 」
        (徳川家康)
  ・上爻:「天よりこれを祐く。」 ・・・ 天の配剤、384爻中の最良

 ■ 下卦 乾天の上に、上卦 離火(=太陽)。
  1)日、天上に輝く象。
  2)1陰 5陽卦 :
      5爻の1陰の天子は、大有の主爻。また、離の主爻
      陽位に陰爻あるは柔和な徳。離の明徳と中庸の徳を兼備し、正応・正比。
      他の 5陽の剛健な賢臣たちが随従している象。心を1つに集めている象。
   離の中爻の陰は、離の主爻であり中徳を持つ。
    なぞらえれば、離=炎 の中心は、虚にして暗く燃えていない、陰です

 ○ 大象伝;「火の天上に在るは大有なり。
       君子以て悪を遏〔とど〕め善を揚げて、天の休〔おお〕いなる命に順う。」

    (離火が、乾天の上にあるのが大有です。離の明知・明徳と乾の断行です。
    この象にのっとって、君子は、悪に対しては 刑罰をもってこれを防ぎ止め、
    善に対してこれを称〔たた〕え揚げ賞し登用するのです。
    このようにして、 天の真に善にして美しい命に順うようにつとめるのです。
    〔為政の道ばかりでなく、修身の道もまた然りです。〕)


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33. 遯 【天山とん】  は逃れ退く。

 精神性3卦 (観・无妄・遯)、
 大卦(大巽)、消長12卦 (7月)

 ● 解脱〔げだつ〕達観、「時と與〔とも〕に行うなり」(彖伝)、
   孤高、天国、壺中〔こちゅう〕の天

    cf.朱晦庵〔しゅかいあん〕 = 朱子(朱熹)が自ら「遯翁」と号す 
    ※ 明夷は地中に追いやられ、遯は高地にいる 

 ■ 山の上に天。
  1)乾の君子が高地(艮山)に隠遯している象。
  2)また、二陰の小人(初爻と2爻)が勢いを増して陽の君子が押されていく、
    が 「天地否」には至らぬ)象。

   * 2爻と5爻が正応。

 ○ 大象伝;「天の下に山あるは、遯なり。
       君子以て小人を遠ざけ、悪〔にく〕まずして厳しくす。」

    (山は天に迫ってそびえていますが、山高くとも天にとどかずです。
    この象にのっとって、君子は、小人を遠ざけるのに、憎しみをもってではなく
    自然に近づくことが出来ないように、自分を厳正にすることが大切です。)

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《 おわりに 》

 人生には、3つの“坂”があると言われます。

“上り坂”・“下り坂”・“ま坂〔マサカ〕”  注1) 
がそれです。

時代・社会のレベルにおいても個々人のレベルにおいても然〔しか〕りです。

易学的に解せば、“上り坂”は“陽の時”、“下り坂”は“陰の時”とも言えましょう。

“ま坂”には吉凶両極の場合があるわけですが、
吉事の“ま坂”「天祐」とも言えましょう。

今年の私の年筮は、【沢水困☱☵】の得卦で(動爻:5爻乾の坤変により)
【雷水解☳☵】の動卦〔どうか〕でした。(中筮・擲銭〔てきせん〕法による) 

この三難卦の一つ【困】卦を、“艱難〔かんなん〕汝〔なんじ〕を玉にす”  注2) 
で【大有】同様才智・力量ある人には吉、と捉え
自らを励まし励まし乗り切って、問題解決・氷解の【解】卦に至るつもりです。

人生の3つの“坂”と吉凶両極の“ま坂”に想いを馳〔は〕せながら、
「天の休〔おお〕いなる命〔めい〕に順〔したが〕って」、
“陽”を有〔たも〕つ年にしたいものと想っております。


注1) 

「まさか」は、本来“よもや・いくらなんでも”とんめいった意味で、
(打ち消し・反語などの語を伴って)予期しない仮定を表す副詞です。
「まさかの時」は、万一の場合をさします。
“ま坂”はゴロ合わせで、人生の予期しない奇想天外の出来事を指すのでしょう。

“ま坂”でふと思い浮かびましたのは。
人生ずっと“上り坂”であった羽柴(豊臣)秀吉が、
中国(=毛利)に遠征し対峙していた時、
“本能寺の変”で織田信長が明智光秀に討たれた状況です。
信長という巨大な後ろ盾を失い、大敵毛利を前方に光秀を後方にして
絶体絶命の大ピンチであったともいえます。大凶です。
反対に、一転して主君の仇・光秀を討ち、信長後継者の筆頭となり
一気に天下取りに躍り出て天下を統一いたします。むろん大吉です。
“ま坂”の時とその“ま坂”の吉凶は測り難いものです。


注2)

‘Adversity make a man wise.’
(逆境は、人を賢くする。) 

神はその人(の能力)にみあった試練(苦労)を与えるものです!


( 以 上 )

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