儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

大難解・老子講  『老子道徳経』  ●宇宙論/道=無 その2

こちらは、前の記事の続きです。

コギト(我想う) 1

≪ 循環の理 (1)  「大曰逝、逝曰遠、遠曰反」 ≫

「遠曰反」は、老子の思想の特徴的な部分であり、私は、老子の面目躍如たるものを感じます。

25章は、道の始原(元)性にはじまり、めまぐるしく論旨が展開していて複雑・難です。

中でも、この文は難解です。が、私は興味深く感じるものがあります。

 

道は周〔あまね〕く行き渡っているので、その性質から「大」といってみました。

「大」〔Great〕は「小」に対する相対的概念ではなく、“絶対大”・“無限大”です。

「大」なるものの運動は「逝」〔ゆ〕き「遠」ざかります。

無限・永遠の拡がりを示し、その極〔きわみ〕に達すると、“循環の理”に由って根源〔もと〕に「反」(=返)るのです。

“矛盾を孕〔はら〕んだ統一”ですね。

 

“Great, it pass on in constant flow. Passing on, it becomes remote.
Having become remote, it returns.“ (Kitamura adj. p.87)

 

さて、このことを現代の科学的(宇宙物理学・天文学・・・)常識・成果で考えてみましょう。

地球は球体(丸い)であり、太陽(月は地球)を自転しながら公転しています。

一日・一年の巡り(周行)でまたもとに戻ります。

「春→夏→秋→冬→」という四季の移り変わりも、それが故のことですね。

遥かに「遠」くなり、やがて本源に立ち返〔「反」〕るのです。 注1)

これが、老子の思想の深淵・面目躍如たるところです。

 

例えば、もし悠遠〔ゆうえん〕にみることが出来る望遠鏡があれば、地球上では自分の後ろ姿が見えるのでしょう?

アインシュタインの(宇宙)論でも、「遠」〔無限∞〕に遠くが見える天体望遠鏡で宇宙のはてを見ると、自分の後ろ頭が見えるといいます。 注2)

137億年前のビッグ・バンに宇宙は始まり、以後拡大・膨張し続けているといわれていますが、膨らむ宇宙の結末は、空間も引き裂かれてバラバラになるのでしょうか?!

それとも行き着くところまで行けば縮み始めるのでしょうか?

 

易学においても、陰陽2原論の易理が、現代のコンピューターの2進法の原理(0と1、Off と On)と同一です。

また、易・64卦の理は、生物学の胚の誕生・“卵割〔らんかつ〕”のプロセス(単細胞の受精卵が、2・4・8・16・・・と分割され64分割をもって終了すること。それ以降は、桑実胚〔そうじつはい〕とよばれます。)と同じです。

 

想いますに、これら21世紀の現代科学の成果と2000年余前の老子の思想との不思議な一致は何でしょうか?

なぜ、老子は知り得たのでしょうか?

これは、(易学でもいえることですが)私は、聖人のシックスセンスによる、“覚智〔かくち〕”の世界の故だと想うのです

まことに、“至れる哲学(者)は科学的であり、至れる科学(者)は哲学的”ではありませんか。

 

注1)

「遠の極み(遠の大なるもの)は、反〔返〕る」は、まことに万般においての哲理・真理と想われます。

それは、円運動にしろ振り子(半円)運動にしろ、山谷の波運動にしろ(cf.易は 円の循環でもあり、陰極まれば陽・陽極まれば陰の山谷の波の循環でもあります)、「周行」であるからなのでしょう。

大いに「離」=遠くなれば、反る。

その循環の理により自然に復帰するものですが、それは、人間のイデオロギーや心理状態にも言えるのでしょうか?

老子は、人間だけは進んで反(=帰)ることを知らないと言っています。

私は、現代文明=易の【離】はまさにそのとうり、反ることを知らないでいると思い想います

 

注2)

cf.現在の宇宙科学で、ビッグ・バン以来(加速しながら)膨張し続けている宇宙の格好は球体をしており、その大きさは、(年齢を137億年として) 【 9.1 × 10 の78乗 立法メートル 】 と計算されています。

roushi_image08
 

roushi_image09
 

*易: 易(の循環)は、「円」であり「波」である? 
(cf.光は粒であり波である:アインシュタイン)
 ・・・  算木の象は「6」、易卦は「64」の循環 


roushi_image10
 

コギト(我想う) 2

《 「四大説」の “4・四” 》

「道」の性質を「大」として、論旨は別方に転じて「四大説」が展開されています。

道・天・地・王がそれです。

老子のいう「王」は、道の体得者、無為にして化した三皇時代(堯・舜より前)の聖王でしょう。

(cf.“尚古思想”)

老子の理想的指導者像です。

「而王居其一」と強調しているところに、老子の政治思想の現実的立場がよく示されているといえます

 

老子の「四大説」では、言葉としては 5つあります。

が、意味するところは、「人」/「天・地」/「道」=「自然(おのずとそうである/道は自然のままに生まれる)」 と 3つに捉えるべきものでしょう。

そうして、「王(指導者・リーダー)」は「道(天・地を含む)」に従いかなうべきであると論理を展開してゆくわけです。

 

ところで、「四・4」という“数”に着目してみたいと思います。

東洋(儒学)では、「五行思想」【木・火・土・金・水】にもとづく“五”、易にいう   生数  “5”「五」を神秘的な霊数として重んじます

それに対し、“4”は西洋の源流思想の霊数です。

起源は、ギリシア哲学の「四元素説」【水・火・土・空気】です。

この「四元素」は、物質の4態: 固体・液体・気体・プラズマでもあります。

 (cf.プラズマ = 第4物質形態。宇宙の99.9%以上がプラズマ状態) 

西洋の「四元素説」 と東洋の「五行説」とは、遥〔はる〕かむかしからよき対照をなしているのです

 

なお、“4”は陰、“五”は陽の数です。

黄老と儒学は、コインの裏表のように中国二大源流思想を形成しています。

老子の思想を陰(ウラ)、儒学の思想を陽(オモテ)と考えることもできるかもしれません。

 

さて、インド(仏教)思想にも“四”がよく登場します。

「四苦」・「四諦〔したい〕」・「四法印」・・・ といった具合です。

「四大」についても、仏教では【水・火・土・風】を称します(ギリシア哲学の「四元素説」と同じですね)。

また、仏教で三宝〔さんぽう〕」 といえば「仏」・「法」・「僧」です。

聖徳太子の十七条憲法でも、「二に曰く、篤〔あつ〕く三宝を敬へ。三宝とは 仏〔ほとけ〕・法〔のり〕・僧〔ほうし〕なり。・・・ 」とありましたね。

この三宝も実は、『老子』・67章に登場するものです。

すなわち、「慈〔じ: 慈悲〕」・「倹〔けん: 倹約〕」・「後〔ご: 出しゃばって人の先頭とならない〕」の 3つがそれです。

→ 後述 ≪老子の三宝≫ 参照のこと

 

ちなみに、「老子化胡〔けこ〕説」というものがあります。

「胡」とは、釈迦(仏陀)のことです。

すなわち、消息を絶った老子が、その後インドに行き、釈迦を教えたとか釈迦そのものであるとかというものです。

それはともかくとしても、黄老思想と仏教とを眺めておりますと、老子の仏教への影響もまた深いものがあるかもしれません。


【大難解・老子講】 の目次は下のボタンをクリックしてください。

 ba_roushi


「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

大難解・老子講  『老子道徳経』  ●宇宙論/道=無 その1

『 老子道徳経 』  ※(本文各論)解説  

「道」に始まり 「不争」に終わる 5000 余語(字)

―― 一つとして固有名詞(人名・地名)なく、賁〔かざ〕ることなくエッセンスのみを、独り老子が静かに訥々〔ぼそぼそ〕と、そして時にシャープに語っています。

―― 形而上の極めて簡にして要の内容で、表現は“韻”を含んでまことに美しい文章だと想います。

○ 「李耳〔りじ〕は無為にして自〔おの〕ずから化す、清静〔せいせい〕にして自ずから正し。」

“李耳=老子は、ことさらな人為〔作為〕をすることなく自ずと人々を教化し、清らかで静かで自ずから人々を正しくしました。” ( 『史記』・「太史公自序」 )

老子の思想 


roushi_image05
roushi_image06
 

『老 子』 (老子道徳経) 

≪ 上篇: 道 経 ≫
(体道・第1章) (養身・第2章) (安民・第3章) (無源・第4章) (虚用・第5章) (成象・第6章) (鞱光・第7章) (易性・第8章) (運夷・第9章) (能為・第10章) (無用・第11章) (検欲・第12章) (狷恥・第13章) (賛玄・第14章) (顕徳・第15章) (帰根・第16章) (淳風・第17章)(俗薄・第18章) (還淳・第19章) (異俗・第20章) (虚心・第21章) (益謙・第22章) (虚無・第23章) (苦恩・第24章) (象元・第25章) (重徳・第26章) (巧用・第27章) (反朴・第28章) (無為・第29章) (倹武・第30章) (偃武・第31章)  (聖徳・第32章) (弁徳・第33章)(任成・第34章) (任徳・第35章) (微明・第36章) (為政・第37章) /

≪ 下篇: 徳 経 ≫
(論徳・第38章) (法本・第39章) (去用・第40章) (同異・第41章) (道化・第42章) (徧用・第43章) (立戒・第44章) (洪徳・第45章) (倹欲・第46章) (鑑遠・第47章) (忘知・第48章) (任徳・第49章) (貴生・第50章) (養徳・第51章) (帰元・第52章) (益証・第53章) (修観・第54章) (玄符・第55章) (玄徳・第56章) (淳風・第57章) (順化・第58章) (守道・第59章) (居位・第60章) (謙徳・第61章) (為道・第62章) (恩始・第63章) (守微・第64章) (淳徳・第65章) (後己・第66章) (三宝・第67章) (配天・第68章) (玄用・第69章) (知難・第70章) (知病・第71章) (愛己・第72章) (任為・第73章) (制惑・第74章) (貪損・第75章) (戒強・第76章) (天道・第77章) (任信・第78章) (任契・第79章) (独立・第80章) (顕質・第81章)

 

コギト(我想う)

≪ Q. なぜ81章か? ≫

→ 後代の人々によって章立てがなされたのでしょう。

なぜ81章か、については特に記されていないようです。

80が一区切りで81からまた始まる(循環する)という古来の考え方があるのかもしれません。

例えば、姓名学での(画)数は、1から80で81はまた1にもどります(1に同じです)。

また、道教の一派で年齢の理想を160と考え、81を半寿と考えています。

「八十」と「一」を組み合わせると、半分の「半」という字になります。

“ 道教の一派になりますと、人間の全〔まった〕き寿というものを百六十としています、八十一を半寿という、八十と一を組み合わせると、半分の半という字になりますから。

八十にいたらずして死するを夭という。

ということは、我々はまだ死ねんわけで、死んだら夭折になってしまいます。” 

(安岡正篤・『易と健康 下 /養心養生をたのしむ』 所収の付録「貝原益〔損〕軒の『養生訓』」)

(cf.『易経』は、64卦の循環の体系です。
※ 1.【乾】→ 64.【未済】→ 1.【乾】→ … )

≪ 主要英文文献 ≫

・Arthur Waley ; The Way and its Power,A Study of the Tao Tē Ching 
and its Place in Chinese Thought. London 1934 / Routledge 2005

・D.C.Lau ; Tao Lao Tzu Tao tē ching. Penguin Books, 1963  

roushi_title1
【 25章 / 4章 】

(象元・第25章) 注1) 《 “元始〔もとはじまり〕”の理 ―― 「道」とは? 》

§.「 有物混成」 〔イオ・ウ・フヌ・チャン〕

注1) 「象元」のタイトルは、“万物の根源たる道に象〔かたど/=のっとる =したがう〕って生きていくべき”の意で、この章の内容をよく表しているといえます。

この章では、“元始〔もとはじまり〕”の理が述べられています。天地万物に先立つ根源的存在(=道)が説いてあり、老子の宇宙論の中で最も重要な章です。

私(盧)は、この「道」の始原性・「道」の偉大なる営み(万物造化のエネルギー)について語るのが、老子の思想学修の“はじめ”によろしいのではないかと思います。

○ 「有物混成、先天地生。寂兮寥兮独立不改、周行而不殆、可以為天下母。 |
吾不知其名、字之曰道。強為之名曰大。大曰逝、逝曰遠、遠曰反。 |
故道大、天大、地大、王亦大。域中有四大、而王居其一。
人法地、地法天、天法道、道法自然。」

■ 物有り混(渾)成し、天地に先〔さき〕んじて生ず。 寂〔せき〕たり寥〔りょう〕たり、独立して改〔あらた/かわ・らず〕まらず、周行して殆〔やす/とど・まらず/あやう・からず/おこた・らず/つか・れず〕まず、以て天下の母と為すべし。 |
吾れ其の名を知らず、之に字〔じ/あざな〕して道と曰〔い〕う。強〔し〕いて之が名を為して大と曰う。大なれば曰〔ここ/すなわ・ち〕に逝〔ゆ〕き、逝けば曰に遠く、遠ければ曰に反〔かえ〕る。|
故に道は大なり、天は大なり、地は大なり、王も亦〔ま〕た大なり。域中〔いきちゅう〕に四大〔しだい〕有り、而して王は其の一〔いつ〕に居る。*人は地に法〔のっと〕り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。 |

 “ The ways of men are conditioned by those of earth.The ways of earth, by those of heaven.The ways of heaven  by those of Tao,
and the ways of Tao by the Self−so. 注)” 
注) The “ unconditioned ”; the“ what−is−so−itself ”.
(A.Waley adj. p.174)

 “ Man takes its law from the earth; the earth takes its law from 
the heaven; heaven takes its law from Tao; but the law of Tao is its spontaneity. ”  (Kitamura adj. p.88)


《 大 意 》

(定まったフォーム〔形態〕も名前もないけれども完〔まった〕き) “有るもの”があって、ミックスされて化成し、天地(開闢〔かいびゃく〕)より前に生じていました。

それは、寂として声なく、寥として形なく、(相対的にではなく)独り立って、(不易=不変にして)改まることなく、周〔あまね〕く万物の中に行き渡り、しかも息〔やす〕むことがありません(疲れることがありません/危なげがありません)。

ですから、それは、天地万物の慈母と称してよいのでしょう。

私は、その(混成したあるもの)真の名前を知りません。

(仮に)文字で現わして「道」をあててみました。

(が、どうも適当ではないようです。) 

無理に(こじつけて)名〔形容詞〕をつけて、「大」としてみました。

「大」は、はるかに「逝」〔い/=行〕ってしまう、
「逝」〔ゆ〕くは果てしなく遠ざかることですから「遠」とも現わせます。

遠ざかれば結局、(循環の理によって)また、本源へと「反」〔かえ/=返〕って来ますから「反」でも現わせます。

→ 道・大・逝・遠・反 のどれでも、また5文字全部をとって名前としてもよいのですが、いずれにせよイマイチで“有るもの”をピッタリと表示する文字はありません。)

 

「道」 ≒ 「」 → 「」 → 「 → 「反」 → 「」 ・・・

 

以上のように、「道」は「大」です。

そして、(大なるものは)天も大であり、地も大でありさらに「王」もまた大です。

世界中(=宇宙)の中に、大なるものすなわち「四大」があります。

「王」はその一つの地位を占めています。

(王は人ではありますが、その徳が天地自然と冥合〔めいごう〕した者が王であるからです。) 

(そして、次のように自分より偉大なものから規範をとりますので)
のあり方をお手本(=規範)とし、のあり方をお手本とし、のあり方をお手本とし、自然のあり方をお手本とするのです。

 

※ 【 四 大 】

 王(人) 〔従う〕 → 地 〔従う〕 → 天 〔従う〕 → 道 ⇒ 自然 〔おのずとしかり〕

 

・「有物混成」: 「物」=(あるもの)=“道”。混(渾)成=混合・入り混じりの意。混乱の意にみて“カオス”の状態に捉えるのは正しくないでしょう。

*There was something formlessly fashioned
That existed before heaven and earth. (A.Waley adj. p.174) 

*There is a thing confusedly formed
Born before heaven and earth. (D.C.Lau adj. p.30)

 

 参 考   ≪ 元始まり の“混沌”話 ≫

元始まりの話、天地未分化の“混沌”〔こんとん〕話は、多くの(歴史)神話・宗教・物語で語られています。

わが国では例えば、『古事記』には「くらげのように漂っている」と、『日本書紀』には「鶏卵の中身のようだ」と。

ある教派神道では、「どろ海で、“どじょう”が沢山いて“うを”と“み”がまじっていて・・・・・ 」といった具合です。

これらの“混沌”話 といったものは、有形のひとつのモノです。

老子のいう、無形の万物造化のエネルギーである「道」と同一視してはならないでしょう。

この章では、解かり易くするために“混成”という表現を用いたのでしょう。

・「寂兮寥兮」: 寂は無声、寥は無形。 14章に、之を視〔み〕れども見えず。/之を聴けども聞こえず。/之を搏〔とら〕うれども得ず。」と、道が超感覚的な存在であることが述べられています。

cf.  『中庸』    第16章にも、「鬼神の徳たる、其れ盛〔さかん〕なるかな。之を視〔み〕 れども見えず、之を聴けども聞こえず、物に体して遺〔のこ〕すべからず。」

《大意》 
天地宇宙の働き=造化 を「天」といい「鬼神」といいます。
この鬼神の徳と いうものは、実に盛大です。
しかし、形を持たないので肉眼で見ようとしても見えません。
声を持たないので、耳で聴こうとしても聞こえません。
けれども、その鬼神の徳(=はたらき)というものは、すべて自然に、万物の上に現れているのです。
宇宙の間に在るものはすべて、鬼神の徳によって生まれ、そのフオーム〔形体〕を得たのです。) 

*「鬼神」:神は天神(天〔あま〕つかみ)と地祗〔ちぎ〕(国つ神)をいいます。鬼〔き〕は、人の霊魂をいいます。

・「独立不改」: 絶対であるから独立、不改はその常道を改めないこと。

*Standing alone without changing. (Kitamura adj. p.85)

・「周行而不殆」: 「殆」はさまざまに訓読されています。
やす・まず/とど・まらず/あやう・からず。

道は万物に周〔あまね〕く行われ、息〔やす〕むことがないと解釈しておきました。
cf.易の“不易”・「自強不息」(【乾】大象)
この老子特有の“循環(復帰)の思想”は、16章にも述べられています。
「万物は並び作〔お〕こるも、吾は以て其の復〔かえ〕るを観る。」

・「天下母」: 帛書甲・乙本では「天地の母」とあります。=万物の母・母胎、天地の根。

・「大曰逝」: 「曰」〔えつ〕は、ここでは「而」〔じ〕や「則」〔そく〕と同じような用法・働きの言葉です。
≒すなわち。

・「道法自然」:  【自然】   ☆ 無為 = 自然 。

無為を別の面から説明したものです。「自然」は〔おのずからしかり〕で、“それ自身でそうであるもの”(他者によってそうなるのではなく、それ自身によってそうなること)の意。
A.ウェイリーの英訳 “the Self−soと 注釈 what−is−so−itself は参考になります。ほか、its spontaneity〔その自発性・自然さ〕。

*POINT: 5つの文字・言葉は、どれも「名」ですが、どれも適する文字・言葉ではありません。

 

roushi_image06

→この続きは、次の記事をご覧ください。

【大難解・老子講】 の目次は下のボタンをクリックしてください。

 ba_roushi


「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

大難解・老子講 <黄老の学 あらまし> 老子物語り(伝説)

§.供 圈]兄卻語り(伝説) ―― “龍のごとき人”(司馬遷・『史記』) 》  

老子の人物像・伝記についての、信頼に足る最古の記述は、史記』・「老子伝」です。

『史記』は、前漢武帝の時代に司馬遷〔しばせん〕によって書かれた最古(第一号)の正史です。

私は、司馬遷の偉大な人生と相俟って、最高の史書といっても良いと思っています。

その偉大さは、『史記』には生き生きと“人間”が描かれており、歴史書であると同時に優れた文学書でもあるということにあります。

 

『史記』に描かれている老子の物語・伝記は、とてもファンタスティックなものです。

例えば、孔子が老子に教えを乞い、その人物の偉大さに「其れ猶〔なお〕、龍のごとし」と感嘆しているシーンです。

 

ところで、『史記』には、老子の人物(特定)そのものについて、“老耼・タン〔ろうたん〕”以外にも楚の隠者“老莱子〔ろうらいし〕”・周の太史(史官)である“儋・タン〔たん〕”と 3様の候補があげられています。

つまり、司馬遷の時代、既に、老子の人物像そのものが伝説化していたと考えられます

まことしやかな伝説が、広く一般化していたのでしよう。

―― 以下、老子の物語をまとめてみました。

 

老子は、楚〔そ〕の国、苦県〔こけん〕の匐拭未蕕いょう〕、曲仁里〔きょくじんり〕 注1) に、西周末年武丁朝庚辰〔こうしん〕の2月25日 卯の刻に生まれました。

姓は李〔り〕、名は耳〔じ〕、注2) 字〔あざな〕は伯陽、おくりな〔謚〕して耼・タン〔たん〕といいました。

 

守蔵室の史官(図書・公文書館の管理人)をしていました。

そこで、仕事のかたわら黙々と書籍を読んで智恵を深めてゆき“道”と“徳”を修めました。

老子の思想は、自らの才能を隠し無名であること(=自隠無名)をモットー(ポイント)としていました。

 

さてある時、当時既に、教育・道徳家として名声の高かった若き日の孔子が訪れます。
孔老会見」(孔子問礼です。 注3) 

老子は、郊外まで孔子を迎えに行き、孔子もまた車を降りて応え手土産(雁)を贈りました。

 

孔子は、洛陽にいく日か滞在して、老子から 「礼」をはじめいろいろ教わりました。

別れに際し、老子は次の苦言を贈って諭〔さと〕しました。 

曰く。

「あなたが(信奉し)話題にしようとしている古〔いにしえ〕の聖賢(=先王の道/古来の礼)は、死んでしまって骨も朽ち果ててしまい、ただその言葉だけが(虚しく)残っているだけです。
(形骸化した言葉をそのまま重視してはいけません。)/ 
それにあなたは、(君子・古来の礼を強調なさるが)君子などというものは、時(運)を得たら高位に昇り志を実現できますが、時(運)を得なければ地位を追われ流浪するような(栄枯盛衰きわまりない)ものなのです。
私は、商売の上手〔うま〕い商人は、(良い品を持っていても)店の奥にしまっておき店頭に並べてひけらかしたりしないものだ、と聞いていますヨ。
(同様に)君子は、立派に徳を積んでいても、謙遜して表面には現わさず、ちょっと見その顔は“愚(愚昧)”のように朴訥〔ぼくとつ〕に見えるものです。
(礼の本〔もと〕は謙虚にあるのです。)
 注4)/ 
とりわけあなたは、驕り〔俺が俺がという傲慢さ〕、欲望〔野心・貪欲さ〕、思い上がった〔居丈高な〕てらい・ゼスチュア、意欲が過ぎる邪心、(が多過ぎます。これら)をみんな捨て去りなさい。
これらはどれも、あなたの身ににとって何の益にもならない(有害な)ものなのです。
私があなたに言ってあげられることは、ただこれだけです。」
 と。 注5)

 

孔子は、感激して魯〔ろ〕の国に帰ります。

そしてその後、弟子たちに、よく老子をほめてしみじみと言いました。

曰く。

「(私にも)鳥が飛べるということはわかっているし、魚が泳げるということはわかっているし、獣が走れるということはわかっている。
走る者が相手なら網で捕えればいいし、泳ぐ者が相手なら綸〔いと=釣り糸〕で捕えればいいし、飛ぶ者が相手なら矰〔いぐるみ=ひもをつけた矢〕で捕えればいい。
が、相手が(霊獣の)龍で、(龍は)風雲に乗じて天空に昇り(時に飛翔し時に雲間に隠れるのであれば)私の理解を超えている。
(如何ともし難い/捕えようがない。) 
今、私は、老先生にお会いしたが、老子というのはまるで龍のようなお人だナァ!
(龍を除いて老子に比較すべきものはない/推し量り難く捕えようがない。)」 と。 注6)

 

やがて、(周の昭王の23年)老子は、周王室の衰退をみて隠退を決意します。

洛陽を去り、西のある関(関所のこと/函谷関・散関か?)にさしかかりました。

そこの関所には長官の“尹喜”がまっていました。 注7) 

(※ 後述伝では、尹喜は“紫の気が東からやってくる”〔紫気東来〕のを見て聖人がやって来ることを知り、老子をお迎えします。) 

尹喜は、「(老)先生は隠れておしまいになろうとされています。(このラストチャンスに)ぜひにもお願いいたします。私のために、何か書物を書き残してください。」 

とねんごろに頼みました。

そこで、老子は初めて上・下二篇の書を著しました。

それは、“道”と“徳”の意義をのべた 5000字余りのものでした。

 

老子は、その書を渡して関所を去り西方への旅を続けました。

しかし、行方〔ゆくえ〕はようとして知れず、どのようにして生涯を終えたかその後の消息を知る者はありませんでした。 注8)

 

―― 以上の老子物語のポイントを整理すると、 
1)老子の姓・出自を老耼・タンとすること 
2)孔老会見(孔子問礼) 
3)『老子』(著作)を著し関令尹喜に渡したこと、

です。

私は、これらは、すべてフィクション(実際そうであったことではない)であると思います

老子の人物の実在そのものが、疑問です。

さらに、儒家思想の対抗・批判として道家(老荘)思想が形成されてゆきますから、孔子と老子が会うことはありえません。

また更に、自隠無名がモットーの老子があえて世に著作を著すはずもありません。

 

注1)
「苦」は、苦しい苦〔にが〕い。
「辧未蕕ぁ諭廚枠乕翩臓◆峩平痢廚録里魘覆欧襪伐鬚擦泙垢里如△匹Δ皺誘の名称のようにも思えます。
(地名の特定はできていますが ・・・)

 

注2)
「耼・タン〔たん〕」とは、耳の長いという意味ですから耳の長い・大きい人だったのでしょう。
耳は目に対して、遺伝的なものを顕すといわれています。
ちなみに、私は幼少の頃、(耳が大きかったので)“福耳をしている”と他人〔ひと〕から褒められ、母がその意味を解説してくれたのを記憶しています。
私が、“大耳子〔だいじし〕”と聞いて思い起こします人物は。
『三国志』の仁徳のある英雄・劉備玄徳〔りゅうびげんとく〕。
10人の話を同時に聞くことができたといわれる聖徳太子(豊耳聡〔とよみみと〕/豊聡耳〔とよとみ〕/豊聡耳太子〔とよとみみひつぎのみこ〕)。
“経営の神様”といわれた君子型経営者、松下幸之助氏(現・パナソニック創業者)。

 

注3)
まず、「孔老会見(孔子問礼)」では、老子は孔子(BC.551−BC.479)の大先輩として記されています。
が、『史記』の老子の系図から逆算しますとBC.400年ころの人物ということになってしまいます。
これは、孔子の孫(孟子の師)の子思とほぼ同時代となります。

ちなみに、両者の年齢は、孔子35歳・老子88歳、(インドの釈迦は49歳)であったと記している本もあります。
次に、孔老会見で、どうして“礼”について老子に教えを乞うのでしょうか? 
孔子は、礼学の専門家ではありますが、老子はそうではないでしょうに。
これについて、楠山春樹氏は次のように説明しています。 
『礼記』・曾子問篇〔そうしもんへん〕に、「吾聞諸老耼・タン」(吾れ、諸〔これ〕を老耼・タンに聞く) と老耼・タンを孔子の師として説く文が 4ヶ条もあります
ここに唯一登場する老耼・タンなる葬儀を差配する人物を、老子の徒が“老耼・タン”にしたて、孔老会見のフィクションが唱えられたのであろう、と。
(楠山春樹・『老子入門』 p.23によります)

 

注4)
「良賈深蔵若虚、君子盛徳容貌若愚 : 良賈〔りょうこ〕は深く蔵して虚〔むな〕しきがごとく、君子は盛徳たりて、容貌〔ようぼう〕愚〔ぐ〕なるがごとし

 

注5)
安岡正篤先生は、若いころの孔子について、気性激しく覇気満々たるところがあった。
か、と想像して、この孔老会見での老子による批評を次のように述べておられます。

○「史記に伝へられてをります老子との会見の事実につきましては、いろいろ考証家によって議論もございますが、何にしても老子が評したと申します 『子の驕気〔きょうき〕と多欲と態色と淫志とを去れ』 ―― 驕気といふのは、俺が俺がといふような気分でありませう。多欲は野心的といふことであり、態色と申しますのは、今日で申しますとゼスチュアに当たりませう。淫志は何でも思ったことは是が非でもやってのけるといふ意欲的なことを申します。 ―― さういふ気分をみな去れ、といふ話だけをとりますと、確にこれは若き孔子を想像するのに味のある言葉であります。」 
(安岡正篤・『朝の論語』 P.7 引用)

 

注6)
龍は“陽”の化身ですが、三棲するといわれています。
地上にいたり、深淵に潜んだり、雲間に隠れたり、天空を飛翔したり、と捉えどころがないの意でしょうか。
あるいは、スケールが大きすぎて圧倒されて推し量れないの意でしょうか。
思い起こされますには、坂本竜馬が初めて西郷隆盛に会った時、その(西郷の)印象を問われた時の応えです。
「よくわからぬ、“タイコ”のようなお人だ。小さく叩けば小さく鳴るし、大きく叩けば大きく鳴る。」 
―― 西郷隆盛もたしかに、わが国幕末・維新期の“人龍”には違いありません。

cf.孔子が老子を評した(とされる『史記』・「老子・韓非列伝」の)この文言は歴史的に名高いものです。
原文(読み下し文)は、次のとうりです。

“孔子去り弟子〔ていし〕に謂いて曰く、「鳥は吾〔われ〕其の能〔よ〕く飛ぶを知り、魚〔うお〕は吾其の能く游〔およ〕ぐを知り、獣は吾其の能く走るを知る。
走る者には以て罔〔あみ=網〕を為すべく、游〔およ〕ぐ者には以て綸〔いと〕を為すべく、飛ぶ者には以て矰〔いぐるみ〕を為すべし。
龍に至りては、吾其の風雲に乗じて天に上るを知る能〔あたわ〕ず。
吾、今日〔こんにち〕老子を見るに、其れ猶〔なお〕龍のごとき」 と。”

 “ The birds ― I know they can fly; the fishes ― I know they can swim; the wild beasts ― I know they can run. 
The runner may be caught by a trap, the swimmer may be taken with a line, and the  flyer may be shot by an arrow.
But as for the dragon,I am unable to know how he rises on the winds and the clouds to the sky.
To−day I have seen Lao Tzu; he is like the dragon. ” 
(Gowen)

 

注7)
「関令尹喜」 ―― 
1)「関令(関所の長官)の尹喜」 と 
2)「関の令尹(楚語で長官の意)は喜んで」
と 2とおりに読めます。

 

注8)
「莫知其所終」(其の終うる所を知る莫〔な〕し) と結んでいます。
文学的で情緒があり良い表現です。
(蛇足ながら、)更に、尾ひれがついたものとして、後世の道教に「老子化胡〔けこ〕説」があります。
「胡」とは、釈迦(仏陀)のことです。すなわち、消息を絶った老子は、インドに行きます。
そして、インドで、釈迦を教えます(釈迦になります)。
それはともかくとして。
老子の思想が、仏教に多大の影響を与えているであろうことや共通点が見られることについて(ex.“四大”・“三宝”や“無”の思想と“空〔くう〕”の思想など)、後述することといたします。

 

【大難解・老子講】 の目次は下のボタンをクリックしてください。

 ba_roushi


「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ