儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

2011年05月

器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その5)

※この記事は、器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その4) の続きです。


3) 経済的合理主義  :

 ロビンソン=クルーソーは、いったいどのような人間類型として
描かれているのでしょうか? 

―― それは、経済的・合理的に行動する人間です。

例えば、小麦を食べてしまわずに蒔いて増やします。
※ 山羊〔やぎ〕を捕らえ“囲い込み地”の牧場で繁殖させます。
経済的生活実現のための“再生産”ですね。

このような、先々を見越した実践的合理主義です。

子貢は、名ばかりで実体のない毎月の祭事に供える、
生きた羊の出費(浪費)をめぐって孔子と対立します。

今時でいえば、“事業仕分け”すべきムダ・浪費の筆頭項目といったところでしょうか。


【 山羊〔やぎ〕 と 羊 】

○ 「爾〔なんじ〕はその羊を愛〔お〕しむ。我はその礼を愛しむ。」 (八イツ・ハツイツ第3)
 
(経済的)実益と(精神的)文化のどちらに重点をおくか、
という儒学(孔孟思想)での見解の相違です。

私は、社会科学的思考と人文科学的思考との並立・相異でもあるかと感じています。


※ 「羊が人間を喰う」(トマス・モア): 
  土地をすべての基盤におこうと努め続けたフランスに対して (注1)、
  イギリスでは、土地は利潤の手段にすぎませんでした。

  従って、資本主義は、イギリスにおいて典型的進展を示すことになります。

  “enclosure”〔エンクロジャー〕(注2)は、
  共同利用・共有財産的性格にクサビを打ち込み、私有財産に転化させました。

  人々は、土地という共通の基盤を失ってしまい、
  “1つの国民”は複数の国民になってしまったのです。(注3)


注1) 当時の農業(中心主義)国フランスの思想に学び、
    これからの我国の「農業」を再考する時だと思います。

注2) 「囲い込み運動」(第2次) ―― 「羊が人間を喰う」(トマス・モア):
    毛織物工業の原料羊毛生産のため、農民を土地から追い出して、
    土地を囲い込み羊を飼育しました。

注3) 現代日本は、格差社会が進展しています。
    共通のモノサシ(社会的基準・規範)も失い、個々バラバラです。

 



(この続きは、次の記事をご覧下さい。)



※全体は以下のようなタイトル構成となっており、7回に分割してメルマガ配信いたしました。
  (後日、こちらのブログ【儒灯】にも掲載いたしました。)


●5月20日(金) その1 
                《 §.はじめに 》

                《 『論語』 と 子貢 について 》            

●5月23日(月) その2 
                《 D.デフォー と ロビンソン=クルーソー について 》 

                《 経済と道徳・倫理について 》

●5月25日(水) その3 
                《 子貢 と ロビンソン=クルーソー 》
                   1) 理想的人間(像)                

●5月27日(金) その4
                   2) 中庸・中徳                   

●5月30日(月) その5   
                   3) 経済的合理主義                 

●6月1日(水)  その6
                   4) 時間の大切さ                  

●6月3日(金)  その7
                   5) 金儲け(利潤追求)      

                《 結びにかえて 》



「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
※定例講習、吹田市立博物館における講演(全6回)のご案内も掲載しております。
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

 

器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その4)

※この記事は、器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その3) の続きです。



2) 中庸・中徳  :

儒学(=易学)の根本思想は、中論”・“中庸です。

中庸の思想は、西洋においても古代ギリシアの古くからみられ、
普遍的思想であるともいえましょう。

昨年、ドイツのお話をした時に
(H.22 真儒の集い・特別講演:“ 『グリム童話』と儒学 ”)、
その 《はじめに》 で、両極端で“中庸”を欠くドイツ史? として、
次の文を引用しました。

● 「ドイツ国民の歴史は、極端の歴史である。
  そこには中庸さ(moderation)が欠如している。

  そして、ほぼ一千年の間、
  ドイツ民族は尋常さ(normality)ということのみを経験していなかった

  ・・・中略・・・  

  地政的にドイツ中央部の国民は、その精神構造のうちに、
  とりわけ政治的 思考のなかに、中庸を得た生き方を見出したことはなかった。

  われわれは、ドイツ史のなかに、
  フランスやイギリスにおいて顕著である中庸(a Juste milien)と常識
  二つの特質をもとめるのであるが、それは虚しい結果の終るのである。

  ドイツ史においては激しい振動のみが普通のことなのである 」
    (A・J・P・ティラー、『ドイツ史研究』)


 『ロビンソン漂流記』で、冒頭の部分は、
ロビンソン=クルーソーが父親から説教され訓戒を受けているシーンです。

その 2ページほどの文言に、著者デフォー の言いたかったことが
代弁され尽くしているといっても良いのです。

その内容は、中流の人々こそがイギリスの国を支えている土台であり、
個人としても幸福である
ということ。

アドヴェンチャラーとしての荒稼ぎを誡め
堅実に父祖の仕事を“受け継ぐ”こと
を指します。

現代の日本社会・日本経済の荒廃は、
父の誡めを破ったロビンソン=クルーソーの失敗と同じに、
この中庸・中徳 を失った所に根本原因があります。


【 冒頭 ── 中位の人・中庸 】 
       (デフォー・『ロビンソン・クルーソー』、旺文社文庫pp.6−7)

● 「賢くて謹厳な父はわたしの計画を見抜いて、心をこめたりっぱな警告をしてくれた。
  痛風で閉じこもっていた自分の部屋に、ある朝わたしを呼んで、
  この問題について懇々と説諭〔せつゆ〕してくれた。

  お前は親の家を出、生まれ故郷を捨てるというが、
  いったいどんな理由があるのか、
  ただお前のもっている放浪癖にすぎないではないか。

  ここにいれば、りっぱに世間に出してもらえるし、
  勤勉と努力しだいでは身代〔しんだい〕を作る見込みもじゅうぶんあり、
  安楽なたのしい生活が送れるだろうに。

  冒険を求めて海外に乗り出し、思い切ったことでひと旗あげ、
  尋常一様〔じんじょういちよう〕でない仕事をやって名をあげようなんて連中は、
  やぶれかぶれになった人間か、幸運に恵まれた野心家か、そのどちらかなのだ。

  こういうことはお前などのとうてい企て及ぶところではない。

  あるいは、そこまで身をおとすべきことではない。

  お前の身分は中位のところだ。
  下層社会の上の部といってもよかろう。

  自分の長い経験によるとこれがいちばんいい身分で、
  人間の幸福にもいちばんぴったり合ってもいる。

  身分のいやしい連中のみじめさや苦しさ、その労苦や苦悩をなめる必要もないし、
  身分の高い人たちの虚栄や贅沢や野心や嫉妬になやまされることもない。

  こういう中位の立場がどんなに幸福であるかは、
  ほかの連中がみんなうらやましがっていることを考えて見るだけでよくわかるだろう。

  例えば、古来いくたびか、王者たちは権勢の地位に生まれついたばかりに
  なめねばならないみじめさを嘆き
  貴賎の両極端の中間に生まれたかったと願ったことであろう。

  また、貧も富もさけたいと願った賢者(1) は、
  この中位の身分こそ真の幸福の基準であることを証言したのだ。


  父はこのように語ったのである。


   父は続けた。

   ・・・・ 中略 ・・・・ 

  中位の生活はあらゆる美徳とあらゆる楽しみをうけるようにできている。

  平和と豊かさはこの中位の運にかしずく侍女のようなものである。

  節制や中庸や平静や健康や社交、
  またあらゆる楽しい娯楽やあらゆる望ましい快楽は、
  中流の人々についてまわる恵みなのだ。 


  (1) 『箴言〔しんげん〕』 三章八節。
      『箴言』は旧約聖書の中の一書でイスラエルの賢者の言葉を含んでいる。  」 




○ 「 子貢問う、師と商とは孰〔いず〕れか賢〔まさ〕れる。
  子曰く、師や過ぎたり。商や及ばず。
  曰く、然らば則〔すなわ〕ち師は愈〔まさ〕れるか。
  子曰く、過ぎたるは 猶〔なお〕及ばざるが如し。」 (先進第11−16)

  ・ “”は、代表的な再読文字で“なお 〜 ごと シ”と、二度読みます。
    再読文字の学習の意味からも、漢文でよく出てくる おなじみの一節です。

《大意》
やり過ぎるのは、やり足りないのと同じようなものだ(どちらもよくない)の意です。
過不足のない、中庸〔ちゅうよう〕 を得ていることが大切であることを述べた章です。 

孔子に問うた 子貢は、やり過ぎた(師〔子張〕という弟子)のほうが、
及ばぬ(商〔子夏〕という弟子)よりもよい(マシ)と思ったようですね。

それに対する孔子の答えがこれです。

・ 私は、以上の一般的説明の後で、
  学生に“皆さんはどう思いますか?” “孔子の真意はどうなのでしょう?”と
  問いかけることにしています。

  (例えば、言い過ぎて人を傷つける場合と 言うべきことが言い足りない場合との比較です)

  学生達の答えはさまざまですが、
  私は“孔子は及ばないほうが優れていると考えている”と思います。

  徳川家康も同じ捉え方のようで、「東照君遺訓」の中に 
  「人の一生は 重き荷を負うて遠き道を行くがごとし。 
     ── 及ばざるは 過ぎたるに勝れり。」とあります。




[ 参考 ]

*第18回 定例講習 
■本学 資料 《 中庸 入門 》 ( by 高根・『易経』事始 )

‘ (I am the sun god, Apollo. )
Think of the responsibility I have ! 
The skies and the earth must receive their share of heat. 
If the chariot goes too high, the heavenly homes will burn. 
If it goes too low, the earth will be set on fire.
I can not take either of these roads. 
There must be some balance.
This is true of life, itself. 
The middle course is the safest and best. 
           〔 Phaёthon “ Popular Greek Myths”〕

《大意》
「(私は、太陽の神・アポロである。)
私が担っている責任の重さを想ってもみよ! 
天と地には、それぞれ相応の熱を与え得ねばならぬのだ。
もし、(太陽の2輪)馬車の運行する道筋があまり高すぎれば、
天の御殿が燃えてしまうだろう。
低きにすぎれば地上は火事となるだろう。
私は、そういう(2つの極端な)道をとるわけにはいかぬのだ。 
それなりのバランスというものをはからねばならぬのだ。 
このことは、人生そのものにも当てはまる。 
中庸の道こそが最も安全で、また善き道なのだ。」
              〔 パエトン・『ギリシア神話』 〕


 
§.「中(ちゅう)」の思想  (『中庸』・中道・中徳・中の説…中の学問・弁証法)

○ 「そこで、この陰陽相対性理法によってものごとの進化というものが行われるのですが、
  この無限の進化を『中』という。
  だから易は陰、陽、中の理法であり学問である。」  (『易とはなにか』、安岡正篤)

○ 「中行にして咎无(とがな)し」 (『易経』・夬九五)

○ 「子日く、中庸の徳たる、其れ至れるかな。民鮮(すく)なきこと久し。」
     (『論語』・雍也第6)

《大意》
中庸の徳というものは、ほんとうに至れる徳であるなあ。
しかしながら,(世が乱れてしまって)その中庸の徳が鮮なくなって もう久しいね。


孔子(儒学)の教えは、“中庸の徳”を尊びます。
  ”は ホド〔程〕よく過不足なく、 “”は平正で不変なことです。

  後に、孔子の孫である子思が、その教えを明らかにするために
  『中庸』という本を著すこととなります。


・ 21世紀の我国は、“戦国”の時代ではありませんが、
  モノの豊かさとはうらはらに人心は乱れ、
  道徳は忘れられ、この憂〔うれ〕いそのものだと思います。

  ちなみに、アニメの名作「千と千尋〔ちひろ〕の神隠し」で、
  千尋が行きたい“魔女・ゼニーバ”の所へ行ける
  (40年前の使い残りの)電車の切符を“かまじい”から
  受け取るときのやりとりに注目です。 

  「行くにはな〜、行けるだろうが、帰りがなー。」 ・
  「昔は戻りの電車があったんだが、近頃はいきっぱなしだ。それでも行くかだ!」
  「うん、帰りは線路を歩いてくるからいい」。

  そして、電車の線路は、水に浸〔つ〕かり沈みかけていました。 

  ── さて、その電車の行き先(電車前面に書いてある)が
  何処と書いてあったかご存知ですか? 

  「中道」 (=中庸)とありました。

  中徳を失った(失いかけている)現代人への寓意〔ぐうい〕でしょうか。


・ 易は、「 中=むすび 」である。
  易の最も重視するものが “時中(時に中す)”
  = 中道に合致すること。  ※時中=中節


・ 東洋の儒教、仏教、老荘─(道教) ・・・は、すべて中論   


・ 西洋の弁証法(論理学の正・反・合) 
     ── ヘーゲル弁証法、アウフヘーベン(止揚・揚棄)



■ 中=「むすび(産霊)」・天地万物を生成すること   

  ○「天地因ウン〔いんうん〕として、万物化醇す。
    男女精を構(あ)わせて〔構=媾精〕,万物化生す。
    易に曰く、三人いけば一人を損す。 一人行けば其の友を得、と。
    致一なるを言うなり。」 (繋辞下伝)

  (天地も男女も二つ〔ペアー〕であればこそ一つにまとまり得るとの意)

  ※参考 ・・・ 日本の「国学」、神道(しんとう)、随神(かんながら)の道 
    ── 天御中主神 〔あめのみなかぬしのかみ〕;天の中心的存在の主宰神


■ 中=なか・あたる、「ホド(程)」、ホドホド…あんばい(塩梅・按配)する、
  良いあんばい、調整、いい加減=良い加減=中道・中庸、
  中庸は天秤〔てんびん〕=バランス=状況によって動く

  ♪“ホドの良いのにほだされて…”(「お座敷小唄」) 
  “千と千尋の神隠し”の「中道」行き電車、“ヴントの中庸説”、 
  入浴の温度、 飲み物(茶・酒)の湯加減、 
  スポーツ競技での複数審査員の合算評点法 ・・・ etc.

1)静的(スタティック・真ん中)なものではなく、動的(カイネティック、ダイナミック)

2)両方の矛盾を統一して、一段高いところへ進む過程、無限の進化

   例 ─「中国」、「中華」、「黄中」、「心中〔しんじゅう、心・中す、=情死〕、「折中

  ※ 参考 ─“中(なか、あたり)”さん〔人名〕、大学・中学・小学、「中学」は違う!




■ブログ 【儒灯】 「中庸の美」より   美の思想2 ── 中庸 ──
     (→ http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50718529.html


 東洋思想特有の言葉であり、儒学(易)思想の根本概念が 
中庸〔ちゅよう〕”です。

中庸の徳といいますのは、 過・不足 の両極端を廃して
ホド〔程〕”よく あんばい〔塩梅〕する、“中和”することです。

中論」は、仏教や神道〔しんとう〕の思想にもあり、
ギリシア哲学にもありますから 半ば普遍的なものとも言えましょう。

中庸を 美の学として、西洋的に表現しますと、
統一の要素 ユニティー 〔 Unity 〕と同義に扱われたり、
包含するものとして扱われる “バランスBalance 〕”の概念が
一番近いのではないかと思います。

また、心理学的にも中庸は用いられています。
例えば、ヴント( W.Wundt ; 心理学の祖 )の快適性についての“中庸説”は、
刺激強度が適当であるときに最も快適であることをいったものです。

 

図解


さて、この中庸は、ともすると 単純・浅薄に、中央・平均と捉えられがちです。

先の図2 でいうと、変化と統一の要素の 相半ばする点と考えられがちですが、
そうではありません。 中庸には、もっと深意があります。

中庸を理解するために、例として“棒ばかり〔秤〕”について述べてみましょう。

図3 にモデル図を描いてみました。

学生諸君は、“はかり”といえば 針で数字を表示するものしかご存知ないでしょう。

理科で、分銅をのせて(減らして)左右のバランスをとる
“天秤〔てんびん〕”はご存知でしょう。

(今中年の)私の幼少のころは、行商の人が 
魚や野菜などを各家庭に売り歩いていました。

その重さを量る道具として 棒ばかり を持っていました。

重さを量るやりかたを、幼心にかすかに覚えています。

棒(秤竿〔はかりざお〕)の上に、重さを表示する目盛りが刻まれています。
片方よりにヒモの持ち手(逆三角形で示しています)があり、
図では右側にはかるモノをのせる秤皿が 固定されてついています。

この皿に、例えば 魚をのせます。

反対の端には、おもり(分銅)を引っ掛けます。

はかるモノは、重さが異なりますので 
おもりの(重さではなく)位置を調節して、
棒の水平を実現します。

その水平になった時、棒の目盛りを読むと重さがわかるという仕組みです。

棒ばかりは、“てこの原理”の応用で
秤皿のモノと おもりとのバランスをとります。

支点である 持ち手を動かしても、おもりを動かしても
原理的には同じですが、
おもりを動かして棒を水平にした のだと思います。

この おもり(の動き)にあたるものが、
中庸を示していると考えられます。

つまり、はかるモノ( = 状況、価値基準など)が変化すれば
中庸 は動きます。

中庸の深意は、この 動的概念 にあります。


※ ちなみに、“はかりめ”という言葉(魚)をご存知でしょうか?

関東(千葉県南半部)では、“あなご”のことを“はかりめ”というそうです
その棒状の形状の側面に、はかりの“め”のような
模 様があることに由来しているとのことです。

興のある名前です。

私は、学生に 中庸の概念を身近に考えさせる時に、
よくテストの成績を具体例にあげて問いかけ話します。

テストといえば、学生・保護者は よく“平均点”を知って基準にしたがります。
100 点満点のテストで、中庸の目標点数は 
学年平均点や中央(値)点のことではありません。

各個々人によって、その能力や志向によって、
60 点のこともあれば、80 点のこともあれば、
40 点(欠点でない)のこともある・・・ということです。

大学受験生にしても、志望大学・各部によって 
ホドよい点数(学力)は、異なってきますでしょう。

中庸の美を、私なりに定義すると、 
「状況・変化に対応した動的な バランス〔 Valance: 均衡 〕」 
といったところでしょうか。

中庸の考え方は、全陰と全陽をその両端と考え、
陰陽の動的バ ランスの中に あるべき姿 (美) があるとするものです。

これは、非常に深く 妙なもので、芸術美においても 人生においても、
普遍的な「一〔いつ〕なるものであると思っています。

棒ばかり




*第19回 定例講習 
■本学 資料 《 中庸 1 》  ( by 高根・『易経』事始 )


■ 中庸

・ 「」=人間社会は矛盾の産物、その矛盾(撞着〔どうちゃく〕)したものを結ぶ
    中す・中〔あた〕る ── 融合・結合 ・・・ 限りない進歩・発展
    “これこそ絶対のもの” =“相反するもの” =“陰の極と陽の極”
   例 :男女が結ばれて子供が生まれる(未来に向かう進歩・発展)
     “神道〔しんとう〕” では “産霊〔むすび〕”/中す=結び・結ぶ・化成

・ 「」=つね・常・並・用いる、平正で常に変わらないこと

・ 「中庸」=常識(常識に適っている、中の精神)。ホド良く過不足のないこと。
  中程(真ん中)の意ではない。正しきをとって正しい向に向かわねばならない
    “折衷〔せっちゅう〕”・・・ 折は、くじく、悪しきをくじき正しきを結ぶ(安岡氏)
    “易姓革命〔えきせい〕”(孟子)
            ・・・ 中国では、ゼロにして又始めることのくり返し
                  cf. J.ロックの革命思想(抵抗権を認める社会契約説)
    “易世革命〔えきせい〕” (易の六義) 
            ・・・ 世をかえ〔易〕るというより世を修(治)める




[ ヘーゲルの弁証法哲学 と “中論”(中庸) ]

・ Hegel,W.(1770−1831)

・ 正 ー 反 ─ 合   cf. “さくら花”〔cherry blossams〕考・・・ 花のあと葉
  
  「正」=日本・儒学 − 「反」=ドイツ・グリム童話 →“中す” → 「合」= ?
  「アウフヘーベン」 Aufheben; ( 止揚・揚棄 = 中す )

◎ ヘーゲル弁証法 参考図


ヘーゲル弁証法 参考図






(この続きは、次の記事をご覧下さい。)


※全体は以下のようなタイトル構成となっており、7回に分割してメルマガ配信いたしました。
  (後日、こちらのブログ【儒灯】にも掲載いたしました。)


●5月20日(金) その1 
                《 §.はじめに 》

                《 『論語』 と 子貢 について 》            

●5月23日(月) その2 
                《 D.デフォー と ロビンソン=クルーソー について 》 

                《 経済と道徳・倫理について 》

●5月25日(水) その3 
                《 子貢 と ロビンソン=クルーソー 》
                   1) 理想的人間(像)                

●5月27日(金) その4
                   2) 中庸・中徳                   

●5月30日(月) その5   
                   3) 経済的合理主義                 

●6月1日(水)  その6
                   4) 時間の大切さ                  

●6月3日(金)  その7
                   5) 金儲け(利潤追求)      

                《 結びにかえて 》



「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
※定例講習、吹田市立博物館における講演(全6回)のご案内も掲載しております。
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

 

器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その3)

※この記事は、 器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その2) の続きです。


《 子貢 と ロビンソン=クルーソー 》

 では、本講演の中心テーマでありま、“器量人”と“経済人”との「合一なるもの」について、
つぎの 5つの視点から考えてみましょう。


1) 理想的人間(像)  :

 人格の完成した“理想的人間”を、儒学では 「君子〔くんし〕」 といい、
英国では 「ジェントルマン〔Gentleman:紳士〕」 といいます。

才徳兼備の人間像ですが、東洋思想では、徳がかったタイプといえます。

現実の経済社会では、そうとばかりにはゆきません。

子貢は、器〔うつわ〕・大器量人と位置付けられています。

経済社会にあっては、才がかった面(小人タイプ)の要素が必要です。

その才徳が、時代・社会状況を背景に一定のバランスを実現した理想像を、
「大人〔たいじん〕」と称せば良いのではないか
、と私は考えています。


 「器ならざる人」・西郷隆盛は、徳がかった“君子タイプ”(=陰)。
勝 海舟は、才がかった“小人タイプ”(=陽)。
と 陰陽で類型だてることができます。

西郷隆盛は“情の人” であったと思われます。
隆盛の弟、従道〔つぐみち〕も兄に似て言葉少ないけれども不言実行家で、
独特の才能を持っていました。

従道は、明治政府の下で長く重要な地位を占め重んじられます。


─── 現在、指導的立場に、“口舌〔こうぜつ〕の徒”という
軽輩ばかりが多いことを改めて思います。

現代日本の政治は、大衆民主主義社会の悪弊で衆愚化し、
(小)器ばかりの為政者となっています。 

否、器・器量人ならまだしも器ですら一向にない人たちが議員バッジをつけています。
何とも不思議なことです。


※ 【 君子について 】
 「君子」 ──  “クンシ”は、専ら男性に用いられます。
“聖人君子”と四字熟語で用いたりもします。

私が思いますに、現代に近い人間像で平たく擬〔なぞら〕えれば、
英国におけるジェントルマン〔gentleman: 紳士〕、
日本における武士〔ぶし/もののふ〕像
が近いかと思います。

君子は、東洋思想においての理想的人間像、
理想的リーダー〔指導者・為政者〕像
として、
要〔かなめ/モメント〕の概念だと思います。

儒学の“君子”に代称される理想的人間像・指導者(為政者)像を一言に要せば、
徳望のある人、中庸の徳のある人、であるといえます。

西洋思想においては、(古代)ギリシアの理想的指導者像、
“哲人”・“哲人政治”が相当するかと思います。

今世〔いま〕は、男女同権ですので、
女性も含めての君子像・指導者像を創ってゆかなければなりません。

 cf.理想的人間像 : 古代ギリシア → (智・徳・体)調和のとれた人、「調和の美」 /
    ルネサンス → 普遍的人間・万能人 / 現代 → スペシャリスト〔専門家・一芸一能〕

 《 東洋の人物五類型 》 → 《 聖人 ─ 君子 ─ (大人) ─ 小人 ─ 愚人 》 


※ “人が良い・お人よし(御人好)” と“良い人”は意味が違います。
  知恵はないが人が良いのはいいものです。
  (善良にすぎる、好人物)  cf.「天雷无妄」卦

※ 聖人 ─ 君子 ─ (大人) ─ 〔素人─〕 小人 ─ 愚人 で
  聖人は才徳兼備・完備、愚人は才徳兼亡・兼無。
  君子 ─ 小人は共に才あり、その才(才の用い方)に善し悪しがある、
  徳が相対的に勝っているか劣っているか、と考えています。
  (現実的に聖人はいません。)

  私は、才は無いが徳はあるという人物を、“素人・朴訥〔ぼくとつ〕人”とでも名付けて
  君子・小人の間に類型してはどうかと考えています。


○ 「子曰く、君子は器〔き〕ならず。」 (為政第2−12)

 器物は、用途が1つ決まっていますが、人格の完成した人=君子は、限定されることなく、
広汎〔ひろ〕く自由に、何事にでも対応できるということです。

君子は、特化・偏することなく一能一芸を守らぬものということです。

弟子の子貢〔しこう〕の問いに対して、「女〔なんじ〕は器なり。」(公治長第5−4) 
と答える場面もあります。

子貢は、どこに出しても恥ずかしくない有用な人材ですが、
器物としての限界がある、君子には今一歩及ばないということでしょうか。

 一方、孔子自身は多能・多才の(聖人)君子です。

ルネサンスの理想的人間像“普遍的人間”でもあったといえましょう。
けれども孔子は、君子は多能を恥じると言っています。


○ 「吾れ少〔わか〕くして賤〔いや〕し。故に*ヒ事に多能なり。君子、多ならんや、多ならざるなり。」
   (子罕第9−6)

 孔子は、その苦労の生い立ちから様々の技能を身につけました。
孔子は、自分はつまらないことがいろいろできるが、君子はいろいろするものではないよ 
と言っているのです。

多能に対する評価は、我国にも“器用貧乏”などという言葉もあります。
私も器用な性〔たち〕で、前半生“マルチ人間”と言われたりもしました。

しかし、多事を手掛けて才能を分化・“分散”させてしまったことを、少々後悔しています。

もっとも、以上のことは、「*ヒ事」〔つまらないこと〕についてのことです。
また、私は孔子自身の多能多才についての「謙遜」も差し引いて考えるべきかと思っています。


○ 「子曰く、質、文に勝てば則ち野〔や〕。 文、質に勝てば則ち史〔し〕。
  文質彬彬〔ひんぴん〕として然る後に君子なり。」 (雍也第6−18)

 真の君子像を、「文質彬彬」と表現しています。
「質」=誠実・質朴といった生地・素地が、
「文」=外面のあや・かざりより過ぎれば粗野な野人です。

逆に文が質に過ぎれば(軽薄なる)文書係のようになります。

文と質が、うまく融け合って調和してこそ、はじめて人格の完成した君子となるのです。

 「知性/智」と「野性/素」の融合調和、これ以上の理想的人間像の表現はないでしょう。
これは、別言すれば、“調和(バランス)の美”であり、“中庸の美”でもありましょう。




(この続きは、次の記事をご覧下さい。)



※全体は以下のようなタイトル構成となっており、7回に分割してメルマガ配信いたしました。
  (後日、こちらのブログ【儒灯】にも掲載いたしました。)


●5月20日(金) その1 
                《 §.はじめに 》

                《 『論語』 と 子貢 について 》            

●5月23日(月) その2 
                《 D.デフォー と ロビンソン=クルーソー について 》 

                《 経済と道徳・倫理について 》

●5月25日(水) その3 
                《 子貢 と ロビンソン=クルーソー 》
                   1) 理想的人間(像)                

●5月27日(金) その4
                   2) 中庸・中徳                   

●5月30日(月) その5   
                   3) 経済的合理主義                 

●6月1日(水)  その6
                   4) 時間の大切さ                  

●6月3日(金)  その7
                   5) 金儲け(利潤追求)      

                《 結びにかえて 》



「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
※定例講習、吹田市立博物館における講演(全6回)のご案内も掲載しております。
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

 

器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その2)

※この記事は、 器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その1) の続きです。   
                   

《 D.デフォー と ロビンソン=クルーソー について 》

*ダニエル・デフォー (1660?〜1731) :
 実業と政治・社会問題に取り組んでで波乱万丈の生涯を送りました。
メリヤス商・煉瓦商を経営し、政治に没頭し(倒産も体験)、処刑されかかったりもします。

ジャーナリストとして本領を発揮。 罰金・さらし台・禁固の刑を受けます。

 デフォーが60才に近いころ、『ロビンソン=クルーソー漂流記』が世に出ます。
この作品は大ヒットし、小説家として著述を重ね、実り多い晩年を過ごします。

デフォーは、当時の新興中産階級の代弁者です。
そして、その作品に一貫するテーマは、「人間はいかにして生きるべきか 
ということではないかと思われます。


*ジョナサン・スウィフトの 『ガリヴァの航海(旅行記)』 :
 18世紀前半のイギリス文壇で活躍した3巨匠は、デフォーとスウィフトとポープです。 

デフォーの 『ロビンソン=クルーソー漂流記』 と
ジョナサン・スウィフトの 『ガリヴァの航海(旅行記)』 は、
イギリスのその時代を代表する 2大作品です。

ともに、子どもの本ではなく、寓意〔アレゴリー〕満ちた政治・経済の書です。

『ガリヴァの航海(旅行記)』 は、その強烈な政治批判・社会批判の内容で
発禁となります。


● 「『ロビンソン=クルーソウ漂流記』が、その当時のイギリスの中流の身分 
── 私はしばしば 中産的生産者層」と呼びますが、
そうした社会層の人々の行動様式をユートピア的に理想化し、
その明るい面のみを集中的にえがいたものだとすると、
逆にその暗い面のみを集中的にユートピア化してえがいたのが 
『ガリヴァの航海』
 だともいえるのではないか。」
          (大塚久雄・「経済人・ロビンソン・クルーソウ」 P.127引用)


* 『ロビンソン・クルーソーの生涯と不思議な驚くべき冒険の数々』 (1719) :
“The Life and Strange Surprising Adventures of Robinson Crusoe, of York, Mariner”

A. 冒険漂流物語り (純文芸作品

B. 中産階級の事業家の成功談/父親とその生活倫理に背いた子の悔い改め (道徳・宗教
  cf. 「子どもにはじめて読ませたい書物こそ、この『ロビンソン・クルーソー』である。」   
                                (J.ルソー・『エミール』)

C. “経済人”〔ホモ・エコノミクス〕のユートピア的具象化
    (18C初イギリス経済史・社会文化史
  A.スミス / K.マルクス / 大塚久雄 ・・・
  cf. 「経済学はロビンソンを愛好する」(『資本論』第1篇 1−4)/
     “労働価値学説”の解説


・日本への伝わり :
 『ロビンソン・クルーソー』 発刊の頃 → 享保4年、新井白石の著述発刊の時代
 明治5年(1872) 『魯敏遜全伝』・斎藤了庵〔りょうあん〕
夏目漱石の大学でのデフォー講義
 『ロビンソン・クルーソー』 の全訳・平田禿木〔とくぼく〕


* あらすじ・あらまし :
(背景となる時代は「大航海時代」) ロビンソン・クルーソーは、
神と父(母)の訓えに逆らい無謀な家出をします。
【恒】徳な訓戒に背いて、アドベンチャラー式の冒険で荒稼ぎしようと
海外に飛び出します。


天罰てきめん、(1859年9月30日)、西インド洋で暴風雨に遇い舟は難破します。
ボートは転覆し、クルーソー1人助かって無人島に上陸します。

無人島で、1人、快適環境を建設しながら逞しく生きてゆきます。

船の中から、小麦などの食料・鉄砲や弾薬などの資材を運び出します。
柵を作って土地を“囲い込み”ます
そこで、山羊〔やぎ〕を飼い乳を絞ったり肉を食べたり、
小麦を栽培したりします。

住居を作り、仕事場を設けて、土をこねて陶器を作りシチュー鍋を作ります。
山羊の皮で着物や帽子や日傘を作ったり ・・・ 。


約10年経ったある日、自家製丸木舟で無人島を一周。
20数年経ったある日、1人の蛮人を助けます。

金曜日にちなんで「フライデー」という名を与え、改宗させ召使とします。

ある年、イギリス商船が沖合に来ます。
この“反乱船”をフライデーや船長らと共に制圧します。

かくして、28年と2カ月ぶりにフライデーとともにイギリスに帰ることが出来ます。


(普通ならここで終わりですが、続編があります)


クルーソーは、イギリスでの幸福な生活を振りきり、
1694年再び放浪癖を出して、甥と共に出帆します。

そして、10年と9カ月を経て再びロンドンへ帰ってくるのです。


〔 補 述 〕
試みに、『ロビンソン=クルーソー漂流記』 を易64卦では何が相当するか考えてみました。
ぴったしという卦がないのですが、火山旅などはどうでしょうか。

孤独な旅人・危険な旅・行かねばならない修養の旅の意です。

上卦の【離・火】は、文明・明智の象〔しょう〕ですし、
下卦の【艮・山】は、困難・カベ・ストップの意です。

時間的にも、遭難・ストップの上に(次に)明智による工夫・文明があります。

 

《 経済と道徳・倫理について 》

 日本は、今、経済しかない国です。
もともと、広い国土も豊かな天然資源もありません。
“人”と“経済”しかありません。

その“人”と“経済”も、実に心ないものに堕しています。
私は、常々易卦の「地火明夷」の状態が進行していると感じています。

 “経済大国日本”、“21世紀は日本の時代”などといわれた、
虚栄の時代も一時はありました。

エコノミック・アニマル(はてはエロティックアニマル)と蔑称されて
数十年にもなります。

金権亡者・拝金主義・唯物(モノ)的価値観 ・・・ 
現今はもっとひどい状態に堕〔お〕ちています。

かつて、開国・維新期、“東洋の徳”・善き日本人像として、
世界から 「敬」されたもの
は歴史の彼方に消滅・忘却されています。

“古き善きもの”となり果ててしまいました。


 現在、「100年に1度の不況」などと、
絵空事がまことしやかに報じられウワついている社会・経済状況です。


 さて、経済立国日本は、そもそも“経済”とは何たるか、
どうあるべきものなのかを見失っています。

経済(学)と道徳・倫理 ── 経済(学)と儒学 ── の関係は同体不可分です。
経済と道徳・倫理は、「はなはだ遠くて、はなはだ近い」ものなのです。


 経済(学)と道徳(倫理)の不可分・合一には、次のような例をあげておきましょう。

経済学(イギリス古典派経済学) 〔political economy/economics〕の祖 
A.スミス 〔Adam Smith 1723−90〕 は、“道徳哲学”の先生です。
(『道徳情操論』/「神の見えざる手」) 

経済学の原点、『諸国民の富 (国富論)』には、道徳的思想がベースにあります。


 明治期、「経済」〔economy〕の訳語そのものが、
当時のインテリゲンチャーの第一人者・福沢諭吉(現・慶応義塾大学 創立)によって
創られました。

「 [] 世 [] 民 〔けいせいさいみん〕」(「文中子・礼楽」) から採られました。

「経世済民」(経国済民)は、世の中を治め人民の苦しみを救うという意味です。
けだし、名訳です。


 明治期、「右手に算盤〔ソロバン〕、左手に『論語』」をモットーに 
500余の会社を設立して近代日本経済の発展に貢献した 渋沢栄一氏。

昭和期、“天(道)”に学び「経営の神様」と呼ばれた
“君子型実業家”・松下幸之助氏をはじめ立志伝中の人々。

近い過去に、お手本とすべき経済人はいます。


 平成の御世、日本経済と経済人のあり方、その未来が問われています。

今こそ、(資本主義)経済の発展と儒学について真剣に学ぶ時です。
これが次代を啓〔ひら〕く “キー〔鍵〕”となりましょう。


 子貢は、『論語』における“経済人(経済的人間)”です。
経綸・経営に関わる多くの人にとって、
子貢の文言は珠玉の示唆と道標〔みちびき〕になると思います。

まずは、子貢に学べ!です。


● 「人間の行為を直接に支配するものは、理念ではなくて利害である。
しかし理念によって作られた『世界像』は、きわめてしばしば転轍手〔てんてつしゅ〕 
── 機関車の進行方向を変えるあの転轍手です ── として軌道を決定し
そしてその〔理念が決定した〕軌道に沿って利害のダイナミックスが
人間の行為を押し動かしてきた。」
(M.ヴェーバー・『宗教社会学論集』所収/「世界宗教の経済倫理・序説」より)

 M.ヴェーバー は、専ら人間の経済的利害状況
人間個人個人の行為(歴史の動き)を押し進める。

それにもかかわらず、推進の方向を“宗教的理念”=“思想”が決定すると述べています。


○ 「 子貢政〔まつりごと〕を問う。
  子曰く、を足し、を足し、をして之を信ぜしむ。
  子貢曰く、必ず已むを得ずして去らば、斯〔こ〕の三者に於いて何をか先にせん。
  曰く、兵を去らん。
  子貢曰く、必ず已むを得ずして去らば、斯〔こ〕の二者に於いて何をか先にせん。
  曰く、食を去らん。古〔いにしえ〕より皆死あり。民は信なくんば立たず。」 
                                  (顔淵第12)

※「人はパンのみにて生くるものにあらず」/「義人なし、1人だになし」 (『聖書』)
※「衣食足りて礼節を知る」  cf.「衣食過ぎて礼節を忘る」 (高根)




(この続きは、次の記事をご覧下さい。)



※全体は以下のようなタイトル構成となっており、7回に分割してメルマガ配信いたしました。
  (後日、こちらのブログ【儒灯】にも掲載いたしました。)


●5月20日(金) その1 
                《 §.はじめに 》

                《 『論語』 と 子貢 について 》            

●5月23日(月) その2 
                《 D.デフォー と ロビンソン=クルーソー について 》 

                《 経済と道徳・倫理について 》

●5月25日(水) その3 
                《 子貢 と ロビンソン=クルーソー 》
                   1) 理想的人間(像)                

●5月27日(金) その4
                   2) 中庸・中徳                   

●5月30日(月) その5   
                   3) 経済的合理主義                 

●6月1日(水)  その6
                   4) 時間の大切さ                  

●6月3日(金)  その7
                   5) 金儲け(利潤追求)      

                《 結びにかえて 》



「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
※定例講習、吹田市立博物館における講演(全6回)のご案内も掲載しております。
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

 

器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その1)

● 真儒協会開設 5周年記念・特別講演
                                        
 「 器量人・子(し)貢(こう) と 経済人・ロビンソン=クルーソー
         ── 経済立国日本を“中(ちゅう)す〔Aufheben〕” 
                          1つの試論 ──  」 

                         
□ 講師 : 真儒協会会長・ 高根 秀人年
□ 日時 : 平成23(2011)年 4月 29日
□ 場所 : 吹田市文化会館(メイ・シアター)

photo_20110429


《 §.はじめに 》

 西洋世界と東洋世界を包含〔ほうがん〕し、グローバルな世界が現れたのは、
おおむね近代ルネサンス以降といえます。

その世界史を堂々とリードした両横綱は、イギリスとフランスでした。  補注1) 

第2次世界大戦を契機にヨーロッパはたそがれ、
アメリカとソビエトが英仏の両翼にとって代わりました。

そして、 21世紀の近未来はアメリカと中国の時代となるでしょう。


 わが国は、かつて、「経済大国」と称せられた時期もありました。
しかしながら、GDP世界第2位の地位を中国に明け渡し(2010年)、
内外ともに凋落〔ちょうらく〕の一途を辿りつつあります。

わが経済立国“日本”は、行方を見失い、窮し行き詰まっています。

更に、そのような表面的なことよりも深刻なのは、
人間の内面においても道義が廃〔すた〕れ、人心が荒〔すさ〕んでいることです。

今、中国では儒学を復活させ“国教”とし、
若者は熱心に『論語』を学んでいます。

それに比べてわが国の次の世代は、
(「後生 畏るべし」ではなく) “後世 恐るべし” の状態です。


 かつて、シュペングラー『沈みいくたそがれの国』を著し、
近代ヨーロッパ文明の消滅を予言してから久しいものがあります。  補注2) 

が、このままでは、聖徳太子が“日の出づる国(日の本)”と言霊〔ことだま〕した
わが日本は、滅びゆく“日の没する(たそがれの)国”に
なり下がってしまうのではないでしょうか


その打開・再生の方途〔みち〕は、“儒学ルネサンス”しかありません。

今回の講演は、その実現のための一つの指針となれば、と想っての試論です。


補注1)
大英帝国・イギリスは、(スペインに代わって)
「日の没することなき世界帝国」と呼ばれました。

実際、世界全土に植民地を持っていたので
イギリスの領土から太陽が沈むことはなかったのです。

世界に先駆けて“産業革命”を実現し(1760年代〜)、
「世界の工場」として繁栄いたしました。

イギリスは、第二次大戦(ドイツとの戦い)により、その政治的パワーを失いました。
しかしながら、現在、(アメリカ=米語も含めて) “英語”による世界支配を
実現しているとも言えます。

── 偉大な国・国民ではありませんか。

言葉は文化です。
英語により、イギリスの文化を全世界に影響づけているのです。

わが国でも、今年度(H.23)より、小学校から英語が導入されます。
日本語・日本文化をおざなりにしての、見識なき愚かな教育行政が続いています。
情けないことです。


補注2) 
ドイツの歴史哲学者 オスヴァルト・シュペングラー 〔Spengler 1880-1936 〕は、
その著“Der Untergang des Abendlandes”
〔『西洋の没落』 あるいは 『沈みいくたそがれの国』〕で、
資本主義社会の精神的破産と第一次大戦の体験から西洋文明の没落を予言し、
たいへんな反響を呼びました。

すなわち、近代ヨーロッパ文明は既に“たそがれ”の段階であり、
やがて沈みゆく太陽のように消滅すると予言したのです。




 歴史が物語っていますように、儒学は平和な時代・成熟した社会の教えです。
かつて、“日出づる処”アジア(中国〔清・明〕 − 朝鮮〔李朝〕 − 日本〔江戸〕) が、
儒学(朱子学)文化圏を築いて繁栄した時代がありました。

日本は明治以降、資本主義を発展させ
(農業国から)経済(工業)立国へと進化してまいりました。

私は、善き経済の発展と儒学の隆盛とは、相扶ける関係にあると結論しています。

経済と道徳(倫理)は、「はなはだ遠くて、はなはだ近い」 ものなのです。


 さて、儒家の開祖が孔子(BC.552〔551〕〜BC.479)です。
儒学の源流思想は、孔子とその一門にあります。
“孔門の十哲”の一人 子貢〔しこう〕 は、
3000人ともいわれる孔子の弟子の中で随一の才人・器量人です。

『論語』にも(子路とともに)最も多く登場します。

そして特筆すべきは、リッチ/ Rich!な存在です。
商才あり利財に優れ、社会的にも(実業家として)発展いたしました。


 一方、ロビンソン=クルーソー (D.デフォー、『ロビンソン漂流記』)は、
単なる児童冒険文学ではありません。

当時の経済的人間”の代表像として捉えることができます。

つまり、世界帝国・イギリス資本主義の青年時代の担い手
=「中流の(身分の)〔“middling station of life”〕人々」の
理想的人間像
と考えられるのです。  補注3) 


 今回の講演では、洋の東西、時代も場所も全く異なるこの両者に、
グローバルな現代の視点から光をあて、
“「合一」なるもの”を探ってみたいと思います。

例えば、理想的人間(像)/中庸・中徳/経済的合理主義/金儲け(利潤追求)
/時間の大切さ・・・etc. といったものなどです。


補注3)
“器量人”・“経済人”の現代日本語の一般的(通俗的)用い方を考えてみますと。
「器である」・「器が大きい」・「器量人だ」といった用い方は、
人に秀で優れたリーダー(指導者)であるという意味で使われているように思われます。

私のいう、大人〔たいじん〕の意のようなニュアンスです。

一部特殊な業界では、「貫目〔かんめ:身に備わる威厳・貫禄〕が足りない」(=器量不足)
などとも使うようです。

一方、“経済人”は、活躍しているビジネスマン、
実業界の中堅管理者層以上のリーダーに用いられているように思います。

本講演により、この2つの言葉・言霊のその有るべき姿を考えていただきたく思います。



─── 主要参考文献について ───

子貢とその儒学関連の記述・引用は、 
真儒協会・定例講習 「論語」・「本〔もと〕学」 レジュメを中心にまとめています。

D.デフォー、 ロビンソン=クルーソー については、
物語引用は、『ロビンソン・クルーソー』・デフォー著 佐山栄太郎訳・旺文社文庫によります。

“経済人・ロビンソン=クルーソー”については、
大塚久雄 「経済人・ロビンソン・クルーソウ」(『社会科学の方法』・岩波新書 所収)、
同氏関連著作によります。

ほか、M.ヴェーバー・『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の倫理』』・岩波文庫 
などを参照しています。




《 『論語』 と 子貢 について 》

 孔子門下を儒家思想・教学の本流から眺めれば、
顔回と曽子を最初に取り扱うのが良いかと思います。

が、『論語』を偉大な 社会・人生哲学の日常座右の書としてみる時、
子路と子貢とはその双璧といって良いと思います。

個性の鮮烈さ、パワー(影響力)において、
孔門 3.000人中で東西両横綱でしょう。

実際、『論語』に最も多く登場するのが子路と子貢です。

『史記』・「仲尼弟子〔ちゅうじていし〕列伝」においても
最も字数が多いのは子貢、そして子路の順です。 


 さて、子貢(BC.520〜BC.456)は字〔あざな〕。姓は端木、名は賜〔し〕。
衛〔えい〕の出身で裕福な商人の出とされています。

四科(十哲)では、宰与〔さいよ〕と共に「言語」に分類されています。

孔子との年齢差は、31歳。 親子ほどもの年齢差です。


 孔門随一の徳人が俊英・顔回なら、孔門随一の才人・器量人が子貢でしょう。

口達者でクールな切れ者。
そして特筆すべきは、商才あり利財に優れ、
社会的にも(実業家として)発展
いたしました。

清貧の門人の多い中、リッチ・Rich!な存在です。

孔子とその大学校(※史上初の私立大学校ともいえましょう)を、
強力にバックアップしたと思われます。

今でいう理事長的存在(?)であったのかも知れません。

そのような、社会的評価・認知度もあってでしょう、
“孔子以上(の人物)”と取り沙汰され、
その風評を子貢自身が打ち消す場面が幾度も『論語』に登場します。


 大器量人子貢  ・・・ “女〔なんじ〕は器なり”、君子とは? 君子


○ “子貢、問うて曰く、「賜〔し〕や 何如〔いかん〕。
  子曰く、「女〔なんじ〕は器なり。」 
  曰く、「何の器ぞや。」 
  曰く、「瑚レン〔これん〕なり。」” (公冶長第5−4)

《大意》
 子貢が、「賜(この私)は、いかなる人物でございましょうか。」とお尋ねしました。
孔先生は、「お前は、器物だ。」とおっしゃいました。
子貢は、「それでは、一体どのような器物でございましょうか。」と
(重ねて)お尋ねしました。
孔先生は、「瑚レンだね。」とおっしゃいました。

※ 何如(=何若・何奈)は、“いかん”と読み
  “どうなるか”・“どんなか(状態を表す)”の意。 
  如何(=若何・奈何)は、“いかん(せん)”と読み
  “どうしましょうか”の意。

※ 「女器也」「何器也」 : 孔子は、子貢の材は用に適する(有用)ものなので、
  “器〔うつわ〕”と言いました。
  器には、器物としての限界があります。
  「君子不器」を、おそらく子貢は知っていると思います。
  それで、少々不満で、「どのような器物でございましょうか?」と
  重ねてお尋ねしたわけでしょう。 
  ── 子貢、大才・大材なれど君子には及ばぬということです

※ 「瑚レン也」 : 瑚レン (夏代に瑚、殷代にレンといい、
  周代にはホキ〔ほき〕といいます)は、
  宗廟〔おたまや〕のお供えを盛る貴重で美しいもの。 
  ── 子貢は、君子には達していないが、
  器の中で最高に貴いものであろうかということです! 
  (孔子は、少々子貢に気を使ってタテテいるのかもしれませんね?)


○ “子曰く、「君子は器ならず。」 ”  (為政第2−12)

《大意》
 孔先生がおっしゃるには、
「君子は、器物のように用途が限定されて他に通用しないようなものではないよ。」

※ 君子は、一芸一能に止まらず、窮まることなく何事にも応じることができる人です。


○ “子貢、君子を問う。
  子曰く、「先〔ま〕ず其の言を行い、而〔しか〕して後にこれに従う。」 ”
  (為政第2−13)

《大意》
 子貢が、君子とはどのようなものかお尋ねしました。
孔先生がおっしゃるには、
「まず、言わんとすることを実行して、行ってから後にものを言うものである。」

※ 子貢は、言語の科で知られるように弁才の人です。
  時に、言行不一致、口達者のきらいがあるのを含んでたしなめた孔子の言葉でしょう。 
  「君子は、言に訥〔とつ〕にして、行に敏ならんと欲す。」 (里仁第4−24) 
  ともあります。

  “不言実行”・“雄弁は銀、沈黙は金”という古諺〔こげん〕がありますね。
  また、“黙養”という修行もあります。

  騒がしく口うるさいのを感じる時世です。口舌の徒多い時勢です。 
  ── 想いますに、男子はもの(口)静かなのが善いと思います。

◎ “君子は器〔き〕を身に蔵し、時を待ちて動く” (『易経』)

孔子は、君子は用途の決まった器物のようなものでなく、
  器物を使う人であると言っています。
  東洋思想にいう君子は、徳を修めた者で、小人は技芸を修めた者という意味です。

cf.「大器晩成」 (『老子』) : 
    大きな器は、作るのに時間がかかる → 大人物は速成できない

 * 「大器免成」 : 大いなる器は、完成しない → 大人物は到達点がない
  (『易経』・・・未済は、未完成。 64卦 最終の卦=人生に完成はない、 
   無終の道=循環・無始無終。
  「終始」 = 終りて始まる、という悠なる易学の循環の理。 )


(この続きは、次の記事をご覧下さい。)



※全体は以下のようなタイトル構成となっており、7回に分割してメルマガ配信いたしました。
  (後日、こちらのブログ【儒灯】にも掲載いたしました。)


●5月20日(金) その1 
                《 §.はじめに 》

                《 『論語』 と 子貢 について 》            

●5月23日(月) その2 
                《 D.デフォー と ロビンソン=クルーソー について 》 

                《 経済と道徳・倫理について 》

●5月25日(水) その3 
                《 子貢 と ロビンソン=クルーソー 》
                   1) 理想的人間(像)                

●5月27日(金) その4
                   2) 中庸・中徳                   

●5月30日(月) その5   
                   3) 経済的合理主義                 

●6月1日(水)  その6
                   4) 時間の大切さ                  

●6月3日(金)  その7
                   5) 金儲け(利潤追求)      

                《 結びにかえて 》



「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
※定例講習、吹田市立博物館における講演(全6回)のご案内も掲載しております。
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

 

「真儒協会開設 5周年に想う」 真儒協会副会長 嬉納 禄子

「真儒協会開設 5周年に想う」
                    真儒協会副会長 : 嬉納 禄子 〔きな さちこ〕

―――  照隅啓蒙/たかね研究所/「君子の儒」/「一〔いつ〕なるもの」(不変・変易)/
       「縁尋機妙」/「経の師は遇い易く、人の師は遇い難し」/“変化〔Change〕の学”/
       「時に中す」/「飛龍」  ―――


( ※ 本稿は、さるH.23.4.29 に催された“開設5周年 真儒の集い”で、参加者に配布いたしました 嬉納禄子 女史の随想です。)


《 はじめに 》

 真儒協会開設 5周年を皆さまと共に迎えられますことを、
心よりお慶び申し上げます。

 “真儒協会”は、平成19年 6月16日に、“発足の会を催しまして、
照隅啓蒙〔しょうぐうけいもう〕 ”の対外的活動を開始いたしました。

「光陰矢のごとし」と申しますが、あっという間に月日が流れ 
5周年目の“真儒の集い”を迎えることとなりました。

誠に、感慨深いものがあります。


 念願のインタ−ネットによる発信活動も、
平成21年春から本格的に開始いたしました。

○真儒協会ホームページ : http://jugaku.net/
  (文字検索 : 儒学に学ぶ

○盧会長のブログ : http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/
  (文字検索 : 儒灯 〔じゅとう〕 】

内容も “定例講習レジュメ” ・ “儒学からの言霊” ・ “儒学随想” ・・・ など、
しっかりと充実してまいりました。

沢山の方がご覧になって、自学・自修に利用して頂きつつあります。

ネットによる発信内容に感銘を受けられて、
それをきっかけに、“真儒の集い”に参加されたり、
“定例講習”を受講されたりする方も増えてまいりました。


 『論語』の冒頭に、「朋〔とも〕遠方より来る有り。亦〔また〕楽しからずや。」 (学而第1)
[共に道を学ぼうとして、思いがけなく友人が遠くからはるばるやって来る。
何とまあ、楽しいことではないか。] とあります。 

このことが、近年は、私にとりまして大変身近に力強く感じられております。


 さて、敗戦後の日本は、“日本の善きこころ” を忘れ、
教育現場から(半世紀以上も)道徳・徳育が無くなっています。

これでは日本の未来は危ういと、
盧先生は“儒学”のルネサンス〔再生・復活〕を志されました。

『論語』にいう「温故知新」です。

新たに「真儒協会」を開設され、
“照隅啓蒙〔しょうぐうけいもう〕 ―― もっと光を ―― ”のスローガンのもとに、
今日まで着実な活動を重ねてきておられます。


 真儒協会の中心的活動である“定例講習”は、
「論語」 ・ 「老子」「孝経」 : H.22終了) ・ 「本学〔もとがく〕」 ・ 「易経」 の
4つの講座から構成されております。

全講座を、盧秀人年先生お1人で講義されておいでです。

私は、4科・4人の先生による講義と錯覚して、
いつも不思議を感じるところです。

漢文原書の現代語訳・解説をはじめ、
すべてオリジナルで講習教材を作成され、
またパソコンに入力してレジュメをネット上に発信されております。

http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/cat_10018468.html

いつもながらのこととはいえ、驚異的な多才〔マルチ〕と 
その精励ぶりに感心することしきりです。


 3年余をかけて「孝経」全文の講義が終了し、
昨年度から、「老子」の学習が開始されました。

東洋思想を学ぶ者にとって到達点、ある種の憧憬〔あこがれ〕ともいえる
『易経』『老子』
を、ふたつながら学べますことを
ほんとうにありがたく感じております。

《 師のこと 》
 
 私の師・盧先生は、多芸多才の器量人です。

多くの分野に才能を発揮されています。

学問においても、“ふところ” が深く、多くの専門分野を一身に修められ、
学識を蓄えられておいでです。

公的資格を 50 ほどもお持ちです。


 例えば、美術・デザインの分野では、
「カラー〔色彩〕」の第一人者として知られています。

ご自身、日本で最初の、第一回文科省認定・1級カラーコーディネーターです
(’92認定取得)。

大学で講義されたり民間のスクールや団体で講演を重ねられたり、
教本執筆や教材の開発を手掛けられたりと、
その才能をいかんなく発揮されてきました。


 私も、「たかね研究所」で “色彩研究科”に在籍して、
色彩検定対策講座、パーソナルカラー研修課程などを広く・長く学ばせて頂きました。

“色彩研究科”には、1級カラーコーディネーターやカラーアナリストの
全国レベルの先生方が、きら星のごとくいらっしゃいました。

それらの諸先生方の、個性あふれる優れた面に学ぶことが出来ました。

とても、恵まれたことと感謝いたしております。


 とりわけ、私は、盧先生の肝いりで、
カラー・メイク・アロマのスペシャリストである 汐満未佐子先生に、
パーソナルカラーとメイクの専門的個人指導をして頂きました。

たいへん光栄に思っております。

汐満先生は、真儒協会とのつながりでも、
カラーやメイク、風水の分野で“特別セミナー”をお手伝い頂き、
また毎・年度当初の “真儒の集い”では、司会・進行をお務めになっていらっしゃいます。


 そして、特に記しておきたいのが盧先生のご子息、盧未来さまについてです。

 盧未来さまは、幼少より父君〔ちちぎみ〕に、
『孝経』・『大学』・『論語』・『易経』などの薫陶を受けられました。

“11歳”で、易学の大きな団体で初めての講演 (テーマ : 「易と動物」 を
立派に果たされました。

その折、受講生の(年配)の方が感動なさいまして、
「今まで『易経』は難しいと敬遠していましたが、今日からその考えを改めて、
勉強していきたいと思います。」との感想を述べられたのを、
印象深く記憶しています。

翌年、12歳の時、真儒協会・“発足の会”で、
「教育勅語」 を格調高く朗誦〔ろうしょう〕
されました。


 盧未来さまは、その後、逞〔たくま〕しく成長されており
人望・徳望は衆を超え、強力なリーダーシップを育まれています。

中1で剣道部主将、高1で応援団団長に就かれました。

現在、高校生活を諸活動と勉学に、
「自強不息〔じきょうふそく〕」 (『易経』 乾・大象) で励んでいらっしゃいます。


 盧先生は、よく、「一〔いつ〕なるもの」(不変・変易)は、
一面で“受け継がれるもの”
 (DNA./【雷風恒〔らいふうこう〕】卦)でもある、
と持論を語っておられます。


志と思想は、受け継がれなければなりません。

『論語』に「後生畏るべし」とありますが、
まさに、未来さまのような青年のことをいうのでしょう。

将来、正しく志と思想を“受け継ぎ”、
日本を背負う 「君子の儒」・リ−ダー となり、
“世界の架け橋”となられることを楽しみに期待いたしております。



《 友のこと 》
 
 「たかね易学研究所」の学友で、
物故者となられた方々にも善い人がいました。 

 Rさんは、いつもご自身の波乱に満ちた深い人生体験を、
易学に基づいて語られていました。

それは、私にとって活〔い〕きた学問であり、とても勉強になりました。

難病をかかえており、医師から余命が告げられ、
「その(告げられた寿命の)歳から、すでに10年 生き続けています」
とおっしゃっていたのが、いまだに印象に残っています。

盧先生のもとで学ぶことができる機縁をとても喜ばれて、
熱心に学習されていました。

ご自身が、サロン風の“鑑定所”を開いて、
アドバイザーとして活躍する日を楽しみになさっていましたのに。

残念ながら、その日をまたずに逝〔い〕かれました。

 もうおひと方、Tさんは、真儒・定例講習では、
「(研究)発表」で朗読を務められました。

盧先生から、私といっしょに“書”もご指導していただき
2人して立派な軸装(半折)に仕上げ、美術展に出品したりしました。

彼女は、東洋源流思想を熱心に学ばれていました。

ご自身、「仁徳」が体からにじみでていて、“凛〔りん〕”とした雰囲気の方でした。


 この、類〔たぐい〕まれなるお二人は、私の半生最良の学友・道友でした。

お二人にご縁があったことを身の幸せと思い、
縁尋の機妙〔えんじん きみょう: 善い人から善い人へと縁がつながっていきます。
これは、まことに人知を超えた神秘なものであるということ〕」

想わずにはいられません。

 以上にみてまいりました私の師との、また友との巡り合いにつきましては、
今、この「縁尋機妙」ということばを、深くかみしめております。

人の運命は、人間や学問・モノ事などとの出合いによって、
大きく変わってまいります。

善い師・善い友に巡り合えば生きていく力が増し、
善い学問・モノ事は人生を豊かに輝かせます。

このあたりが、“人生(の成功)は運が大きい”といわれるゆえんなのでしょう。

“自分のことは自分で決めろ”と申しますが、
“変化”に良く即応し善き生活環境(場)に自分をおくには、
善い師・友の導きが重要です。

中国の古い言葉に、
「経〔けい〕の師は遇い易く、人の師は遇い難し」とあります。

講説の先生には出会えても、
人生を教えてくれる先生にはなかなか出会えないものです。


この歳になり、しみじみとこのことを実感しております。


《 私のこと ・・・ 》

 私は、故郷の沖縄から大阪に出てきて 40年ほどになります。

その大半の歳月を「たかね研究所」という“場”での学修活動で過ごしました。

盧先生の講演のアシスタント、政治活動のお手伝い、
歌唱などの芸術活動、などなど。

他所〔ほか〕では得られない、幅広く多彩な人生体験を重ねさせて頂きました。


 私は、師に恵まれているとつくづく思います。

盧先生に出合ったことで、『易経』を筆頭に東洋思想を学ぶことができました。

更に、盧先生とのご縁を通して(間接的に)東洋思想の泰斗〔たいと〕、
安岡正篤先生の教学を学ぶことができています。


 なかんずく、盧先生から東洋思想の源流 『易経』を学べたことは、
私の“人生の宝”・“財産”です。


この易学により、後半生の生き方が一変いたしました。

易は“変化〔Change〕の学”です。

「臨機応変」・“臨変応機”という語があります。

私は、盧先生から、その時々・変化に対して
適切に「敏〔びん〕」に対応すべきであることを教えて頂きました。

「時のよろしきを得る」・「時に随〔したが〕う」・「時に中す」・・・ ということです。

先生から易を学んだことで、窮することなく、
円通自在の易の世界で人生を賁〔かざ〕ることができております。


 ところで、真儒協会では、毎年4月の年度初めに
“真儒の集い”を開催
いたしております。

1部:特別講演 / 2部:式典 の構成内容です。


 私も、平成21年度“真儒の集い”・特別講演で講演させていただきました。

テーマは、「儒学と私 ―― 師と 『易経事始』 との出合い ―― 」です。
http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50755067.html 

私にとって、過分の貴重な体験でした。

それまで、日本易学協会大阪府支部、関西師友協会・篤教講座などで
講演・発表
の機会を頂いておりました。

しかし、この時の特別講演は、私の人生にとって
一番の大決心・大奮闘で務めさせて頂きました。

私の人生で最大の“実績”です。

盧先生には、最初のあいさつの仕方に始まり、
いろいろと事細かにご指導を頂きました。

結びのあいさつの時には、先生に対する感謝の気持ちで、
胸にこみあげてくるものがありました。


《 おわりに 》

 いま“5周年”の貴重な節目にあたり、
“あなたが、一番大切にしているものは?” と聞かれましたら、
私は迷わず 「師」ですと応えます。

盧先生と、師弟の縁で出合ったという意味です。

それを契機〔けいき〕に学友・道友にも出合えました。

そして、儒学・易学を学ぶことも出来ました。


 現在、真儒協会副会長という過分の要職を頂き、
温かく育んで頂いておりますこと、
またこうして研究や発表の“場”を頂いておりますことに
心から感謝申し上げます。

お陰様をもちまして、浅学菲才な私の、
晩年の人生が “きらめいた” ものとなっております。 

――― これで“善かった”と思えております。


 『易経』 64卦、第一番目の卦【乾為天〔けんいてん〕】の 5爻辞〔こう じ〕に、
「飛龍〔ひりゅう〕 天に在り。  大人〔たいじん〕を見るに利〔よ〕ろし。」とあります。

5爻の陰陽変じて、之卦〔しか:近未来を現わします〕は、
【火天大有〔かてんたいゆう〕】[大いに有〔たも〕つ の意]です。


 真儒協会と盧先生父子が、“インターネットの雲”に乗り 
「飛龍」 となって天翔〔あまがけ〕る
日が来ることを、せつに希望して結びといたします。

                                               ( 以 上 )




「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
※吹田市立博物館における、講演のご案内掲載しております。 (2011年6月)
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

  


QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ