次に指導者〔リーダー〕にも『論語』ということについて述べておきたいと思います。
私が(一応)半世紀近くも『論語』に親しみ、その500余りもの文言の中で、
いまだに感銘第一に挙げたいものが「温故知新」です。
皮相的浅薄な知識としては知らぬ者がないほど、お馴染みの文言です。
しかるに、二千数百年の時間と空間を経てもなお、
現代の日本にとって最も重要なものと強く感じています。
○ 子曰、温故而知新、可以為師矣。 (為政・第2)
「子曰く、「故〔ふる〕きを温〔あたた/たず・ねて〕めて新しきをしれば、
以て師たるべし。」 と。
《 孔先生がおっしゃるには、「古い事柄〔歴史・古典〕を深くしっかりと探求して、
(そこから得た英知を)現在の実際の諸課題に活学して見識をもつ、
それでこそ人々の指導者〔リーダー〕である師(=先生)
となることができるのだよ。」 》 補注4)
この「師」が、現代的意味においてもキーワードです。
「師」は易卦・【地水師】にもとづく語で
“いくさ〔戦・軍〕”の意です(ex. 師団・出師〔=軍を出す〕の表)。
いくさで最も重要なのは知謀に長〔た〕けた“軍師”。
そこから派生して、人を導く“先生”の意となりました。
(ex. 師匠・教師・恩師)
確かに、孔子についても“先生”・“教育者”との位置づけも
当〔とう〕を得ていると思います。
けれども、より適切なのは、
優れて賢い有徳の“指導者〔リーダー/君子〕”と解するのが善いと思います。
現代の指導者〔リーダー〕は、広く、
重役・管理職・ブレーン・理事者・政治家・教育者 ・・・
などと称される立場の人々が該当すると考えたいと想います。
本来、指導者〔リーダー〕のための帝王学の経書〔けいしょ〕が、
五経〔ごきょう〕の筆頭 『易経』 ではあります。
けれども、儒学そのものが指導者〔リーダー〕の学ぶべきものです。
四書の筆頭『論語』も、一般ピープルから指導者〔リーダー〕まで、
全ての人々に普及した処世の学、人生哲学の書であると同時に、
指導者〔リーダー〕たらんとする者の「本〔もと〕」を形成させる
道義/徳義教育のテキストブックでもあるのです。
つまり、いやしくも“人の長〔ちょう〕”たらんとする者が、
まず第一に学ぶべきものです。
指導者不在、指導者教育のなっていない現代日本において、
その意味でも『論語』を学ぶことは急務です。
── “指導者には『易経』”・“指導者にも『論語』”です。
21世紀初頭の現代は、“グローバル”な世界の時勢にあります。 補注5)
わが国は、2011年春から英語教育の小学校必修化が開始され進展しつつあります。
また、現在(2012)「グローバルリーダー」なる方向性が指向されつつあります。
内容的には、専〔もっぱ〕ら“話せる英語教育”と
“国際交流”への対応が中心に考えられています。 補注6)
私想いますに、わが国は、まず 母語=日本語 を
しっかりと善く身につけさせるべきです。
その上で、国際語としての【英語】を修得すべきです。
そして、何より忘れてはならないことは(現実にはすっかり忘れているようですが)、
話す中身、教養・人徳(品格)が肝腎〔かんじん〕です。
いくら英語をペラペラと流暢〔りゅうちょう〕に話せても、
その話している中身が浅薄であり、
教養・仁徳(品格)に欠けるものではダメです。
それこそ、日本人の恥を世界に吹聴〔ふいちょう〕し、
曝〔さら〕しているようなものです。
それならば、むしろ母語でしっかりと表現するほうがマシというものです。
今のままでは、生半可な母語(日本語)しか話せない
“日系日本人(?)”を濫造してゆくことになりそうです。
── “「英語」より 『論語』”です!
そもそも、“グローバル”・“グローバルな世界”と申しますのは、
アメリカの、(経済を中心とする)影響力によるまとまりを意味する世界です。
政治的にはアメリカ一国の、言語文化的には英語(英米)の、
パワー(影響力・画一化・支配)が覇〔は〕をとなえている時代といえましょう。
畢竟〔ひっきょう〕するに、わが国のしかるべき方向性は、
この“グローバル”にまったく追随することではなく、
わが国の古き善き道義・徳義を取り戻すことです。 補注7)
わが国の指導者〔リーダー〕は、
「温故知新」に根ざした指導者〔リーダー〕でなければなりません。
── “「温故知新」の指導者〔リーダー〕”を志向するための『論語』(儒学)
ということを付言して、
『犬にも論語』 編集・執筆の嚆矢〔こうし: はじまり〕といたします。
(2014年・夏)
補注4)
「温故而知新」。 この「温」は、
1.「故〔ふる/古〕きをアタタめて」とも
2.「故きをタズねて」とも読み、解します。
1.の「温めて」は、原義はゆっくり肉を煮込んでスープを作ること。
また、私は、カレーやシチューを“ねかせて”さらに一工夫を加えて、
あたため直し新しい味を引き出すことと解しています。
2.の「温ねて」は、なぜ “尋ねる” と読むのでしょうか?
「温」の字は、氵サンズイ(水) + 日=囚(元字) + 皿 からなります。
つまり、囚人に対して、水と皿に食物を盛って(差し入れて)訪れ、
「お前は、如何〔どう〕してこんな所にいるんだい? ・・・・ 」 と
あたたかく尋ね諭〔さと〕すところから成っている、と教わったことがあります。
深いお話です。
儒学で重んじる人間のあり方、あるべき姿が示されています。
“情”の世界、“仁〔思いやり〕 ”、“恕〔ゆるす〕”、
“悔い改める”、改め善く“変化する” ・・・ です。
「師」 ── 易卦 【地水師】
*いくさ〔戦・軍〕(ex. 師団・出師の表) → 戦争の軍師
→ 「先生」(ex. 師匠・教師・恩師・医師)
cf. 子=先生 (ex. 孔子=孔先生)
*「記問(物知り)の学は、以て人の師為るに足らず」 (『礼記』学記)
“あんたは、牛のケツじゃな”とは何の意味?
⇒ (牛=モー の尻 → “ものしり”)
cf. 情報 → 知識 → 見識 → 胆識
“経の師は遇い易く、人の師は遇い難し” (郭 林宗)
= 「レーゼ〔本を読む〕・マイスター〔先生〕・レーベ〔人生の生〕・マイスター 」
(by安岡正篤) (高根:「温故知新」研究 抜粋引用)
補注5)
「21世紀初頭の現代は、“国際化の時代”・“グローバル時代”と称されています。
グローバルな世界と申しますのは、
米国の、経済を中心とする影響力によるまとまりを意味する世界です。
政治的には米国の、言語文化的には英語(英米)のパワー(影響力・支配)が
覇〔は〕をとなえている時代といえましょう。
現今〔いま:2014〕その弊害・課題が、顕〔あら〕わになりつつあります。
その「陽〔よう〕」の面を視〔み〕れば、
文明的には“ナノ(テクノロジー)の時代”です。
コンピューター、インターネットで緊密に結ばれる
“ユビキタス社会”が到来しようとしています。
しかるに反面において、「陰〔いん〕」の視点から近未来を展望してみると、
地球環境はますます荒廃しております。
また、とりわけ中国・日本において、急速に少子(超)高齢社会が進展しており、
これは大きな問題を孕〔はら〕んでいます。」
(高根講演:『英語でABC論語カルタ』 序文 抜粋引用)
補注6)
☆トピックス: わが国の大学入試制度について
○現在の暗記中心の“センター試験”による入試制度は、
近々(早ければ2021年度入試から)考える力を重視したものに制度変更される計画です。
○グローバルな人材の育成を目指し、大学のグローバル化を進めるべく、
「国際バカロレア (IB)」〔世界各国の大学入学資格が得られる教育プログラム〕を
入試に取り入れる大学が増え始めています。 (2014.8.23. 朝日新聞)
補注7)
一言に要せば、道義教育/徳義教育のルネサンス〔復興再生〕です。
具体的に私見を少々付言しておきますと。
1.初等(=幼児&児童)教育に『論語』を取り入れる
─── 【失われた日本の古き善き家庭教育の代替再生】
2.大学入試制度を改正して(他科の比重を減らし)“漢学”の比重を大きくする
─── 【道義立国・日本のあるべき指導者の育成】
3.企業(官公庁)内外の社員研修・教育に“儒学”を導入する
─── 【経済立国・日本のあるべき本〔もと〕を取り戻す】
※ 『論語』・“漢学”・“儒学”を指導できる先生を養成するための
国公立の機関をつくる
─── 【“先生の先生”の必要性が今後でてくる】
( 以 上 )