儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

2018年12月

老子道徳経: ◆研究 《 【損益】の卦と「老子」 》 その6

こちらは、前の記事の続きです。

【一休禅師 (一休宗純)】

日本において、僧侶(仏教)は、教養として儒学(易学)・老荘の思想を学修していました。

とりわけ、禅宗においては、易と老荘の影響が大きいと考えられます。

私感いたしますに、その教えは“逆説の真理(論法)”を多分に含んでおり、「禅問答」などは、平行思考・右脳思考といえましょう。

座禅による覚り・覚知の世界も易と黄老の“神秘主義的傾向”と推測しています。

今回は、私たちに馴染みの深い、室町時代の禅僧・一休禅師について少々語ってみたいと思います。

1) まずは、モノの見方・発想・思考過程について。

一休さんと言えば、小坊主のころの“とんち”話で親しまれています。“この橋わたるべからず”に対して、「はし〔橋→端〕をわたらず真ん中を通りました」といったお話ですね。

ここで用いられているような前提条件そのものを変えてみるのが、平行思考、右脳的思考です。これらは易の思考プロセスと同じです

一休さんは、モノを角度(視点)をかえてみる、常識にとらわれない自由な考え方を大切にして、モノゴトの本質を見極めようとしたのです。“急がば回れ”的な、“発想の転換”です。

そして、その相対的見方・逆説の真理は、黄老に同じです

2) 次に、禅宗が重視している“覚り・覚智”の世界について。

「禅」(=「禅定」)は、梵語〔ディヤーナ〕の音訳で「静慮」(cf.黄老の「静」)と訳されています。

もともと“考える”という意味に由来するとも言われています。命題(迷い)をトコトン「考える」ことがポイントです。

易には第六感〔シックスセンス: 霊感・インスピレーション〕の世界があり、黄老にも (A.Waleyも言っていますように)ある種の神秘主義的傾向があります

平たく言えば、“学知”を超えた“覚智”の世界があるのです。

“見えざるものを観、聞こえざるものを聴く”ことによって智〔さとる〕(覚智)

○ 【一休さんの覚り】  《 夜カラス、カアと鳴いて 一休覚る 》 (by.たかね)

一休さんは、五年の間(“吾いかに生くべきか”の)覚りを求めて、ひたすら座禅と内職に専心いたします。27歳のある夜、カラスの鳴き声を聞いて覚りを開きます。

「夏夜鴉〔ア/からす〕有省」 ―― カラスも一匹・自分も一人、1人の道を歩こう、といったところでしょうか。

“覚る”とは、迷いから覚めることです。迷いのない人には、“覚り”もまたありません。そして、その“覚りのプロセス”は、ドーンと一気にすべてがわかるというものです

3) では、以上に述べた一休禅師の面目躍如たる“句”を紹介してみましょう。

○ 「女をば 法〔のり〕のみくら〔御座〕と いふぞげに 釈迦も達磨も ひょいひょいと出る」

釈迦は仏教の教祖、達磨〔だるま〕は禅宗の開祖です。お釈迦さま、達磨大師は偉大であるけれども(その母が生み育てたのですから)、おっかさんはもっと偉大だということです。

曾子は、「夫子〔ふうし/=孔子〕の道は忠恕のみ」と解しました(「孔子一貫の道」)。孔子(儒学)のいう「仁」とは、思いやりといつくしみ (忠恕・愛・慈悲)です。

「忠」【おのれ】は中する心、限りなく進歩向上する心 = 弁証法的進歩

「恕」【人におよぼす】 = 「女性(母)のクチ」ではなく「女性(母)の世界・領域」 = 造化

cf.「一〔いつ〕なるもの」=「永遠なるもの」=「受け継がれるもの」 / 神道 “産霊〔むすび〕”

○ 「漏地〔うろじ〕より 漏地〔むろじ〕へ帰る 一休〔ひとやすみ〕
雨ふらば降れ 風ふかば吹け」

漏地は、迷いのこと、漏地は迷いから覚めて“覚り”を開くこと。自分はそのどちらでもなく真ん中にいて一休〔ひとやすみ〕。迷いにも覚りにもとらわれない自由闊達な生き方が示されています。

「有」から「無」への“循環の理”が示され、バランスを保った“中庸”の徳が示されています。

雨・風(=風水、天地自然の代表)は、“無為自然” の境地でしょう。

*「一休」の名は、覚りを開いてからつけられた名前です。

○ 「たらいから たらいへうつる ちんぷんかん」

一休禅師、辞世の句です。昔時〔むかし〕は、生まれて盥〔たらい〕で産湯〔うぶゆ: 生まれた赤ちゃんを湯で清めること〕につかり、死んで盥で湯灌〔ゆかん: 死者を湯で清めること〕しました。死後のことは、ちんぷんかんぷんで分かりはしないという意です。死生観にも、また循環の理が現れていて、私には易的・黄老的なものが感じられます。

―― ちなみに、易数の「八」プラス「八」の八十八歳の長寿(=米寿)で亡くなったと伝えられています。


コギト(我想う)

≪ 一休さんと「易」の発想  ーー 「この橋わたるべからず!」 ≫

日本禅宗と老荘思想の関連が、深いものであることを述べました。ここで、「易」の発想・思考法との関連について付言しておきましょう。

先だっての11月11日(西暦‘11.11.11./元は、平成11年 11月 11日)を、“ポッキー(プリッツ)の日”といいます。タテに「1」が並んでいる象〔しょう/かたち〕からです。

10月10日を“目の日”というのもおもしろいですね。お分かりですか? 「10」を90度下に向けて、2つヨコに並べてみて下さい。易の【兌為沢】の象が“笑う少女”、【離為火】の象が“(両)目”・“めがね”であるのと同じです

音からの連想として、“耳の日(3/3)”・“虫歯の日(6/4)”・「焼き肉」(8/29)・「納豆〔なっとう〕」(7/10)・「豆腐〔とうふ〕」(10/2)の日や、さらに「いい夫婦」(11/22)の日というものまであります。

さて、一休さんといえば、小坊主のころの“とんち”で有名です。“この橋わたるべからず”と書かれた高札に対して、「はし〔橋→端〕をわたらず真ん中を通りました」と言ったお話は有名です。

これらのように、前提条件そのものを変えてみるのが、平行思考、右脳的思考です。これらは易の思考・発想法と同じです。そしてそれは、黄老のものの見方とも重なるところがあると、私は想います。

左脳ばかりを使って生きている人の多い現代。右脳的思考、左右の脳をバランスよく用いることが望まれます。とりわけ、指導者(リーダー)はそうです。そのことは、西洋の歴史に照らしてもよく解かります。

西洋古典文化の源、ギリシアの理想像は「調和のとれた人間」であり、その“再生”であるルネサンスは「普遍的人間」でした。

ついでに、この右脳的思考は、“ボケ(老人性痴呆)”の防止・“アルツハイマー性痴呆”の予防にあずかっているともいわれています。

超高齢社会の進展するわが国において、その意味でも重要と考えられます。


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老子道徳経: ◆研究 《 【損益】の卦と「老子」 》 その5

こちらは、前の記事の続きです。

研 究

其の2 ・・・ ≪ 「黄老」 と 「易」 と 「禅」(一休) ≫ 

【 黄老と易の思想 】

「老子」のオリジナル〔原典〕を読み、黄老の思想について考えておりますと、本質的に易の思想と同一(時代的に易が母胎)であることに気付きます。“易学”を「本〔もと〕」にしているとも、至れるもの(=形而上学)が易と「一〔いつ〕」であるともいえましょう。

具体的に両者の共通するものとしては、私が想いますに、A)「変化」と「循環の理」 / B)「逆説の真理(論法)」 / C)アプローチの方法としての“覚智の世界” 、がそれです。 A)B)とは、一体となって思想を形成し説き述べられています。以下、少々例示してみましょう。

※ 例1 ≪ 【泰・否】のペア ≫  ➔ 《 参考資料 》 3.参照のこと

まず、易の思想的原点・出発点は、“陰陽二元論(相対論)”です。陽=【乾〔けん〕】・天 / 陰=【坤〔こん〕】・地 です。この、陰陽の組み合わせの典型的・代表的な「象〔しょう・かたち〕」(3陰3陽の基本卦)が、大成卦【地天泰】 と 【天地否】とのペアです。

要するに、上に【乾】・天/下に【坤】・地が“自然”の善き有様であるようで、じつは全く逆であるということです。“上に天/下に地” では、「閉塞〔へいそく〕・“八方塞がり”、天地交流せず男女和合せず」【否】反対に“下に天/上に地”で、天は上に行こうとし地は下に行こうとして、「天地交流し、万物循環し、男女和合して安泰・泰平が実現」【泰】 します。

このことは、誰もが易理を学んで最初に感じる、新鮮な驚き・おもしろさ(興味深さ)ではないでしょうか。まさに、「変化」と「循環の理」を含んだ「逆説の真理(論法)」、平行思考ではありませんか。

※ 例2 ≪ 【離】・【離為火】 =「火」 ≫

八卦の【離】=「火」・64卦の【離為火】 も、“離れる”と同時に“麗〔つ〕く”と逆説的真理で説かれています。

そして、「火」は“はなれつき”移りつづけます。そのあたりのことが、『荘子』 に具体的に説かれています。

○ 「指窮於為薪、火伝也、不知其尽也」 (指は薪を為〔すす〕むるに窮するも、火は伝わる、其の尽くるを知らざるなり)。 ( 『荘子』・養生主〔ようせいしゅ〕/篇・第三)

難解な断章部です。指で薪をおしすすめて火を焚くことが出来なくなっても、火は伝わり続けまったく無くなることはないのだ、くらいの意味です。

『荘子』には、『易経』の教養がベースになっている箇所が多々あります。『易経』が最古の書であり、儒家の批判的立場から道家(老荘)が成立することを考えれば当然かも知れません。

『易経』によれば、【離】=「火」。「火」は、離れ麗〔つ〕くで、(木などの)モノにくっついて移ってゆきます。人間(生命)の不変なるもの(=「一〔いつ〕」なるもの)も、“徳”と“DNA〔遺伝子〕”の連続として捉えることが出来ます

※ 例3 ≪ 「火」と「水」 ≫

八卦の【坎】=「水」・64卦の【坎為水】 は、多くの古今東西の思想家・賢人が好んでいるものです。儒学思想(孔・孟)においてもそうですが、黄老思想においてとりわけ「水」は重要です。老子は、その思想の「象〔しょう〕」を「水」としました。至れる善は水のごとくして「道」に幾〔ちか〕い、“柔弱謙下”・“不争の徳”です。老子を「水」の思想(家)といってもいいでしょう。→ (※後述)

そして、「火」と「水」の関係においても、私は「逆説の真理(論法)」を強く感じるのです

五行思想では相剋〔ライバル〕の関係“水剋火”(水で火を消す)。その場合、火のパワーが強すぎると(「焼け石に水」で)水で消えない。あるいは水が蒸発してしまい“剋”が逆転する。 (・・・ 命学・九星気学・四柱推命など)

易の中論だと、水と火〔正・テーゼと反・アンチテーゼの異質・対立するもの〕を、統一・止揚して〔アウフヘーベン・中す〕、価値の高い新たなるもの〔合・ジンテーゼ〕を生み出します。〔ヘーゲル弁証法〕

元来 天地万物、皆 矛盾するところがあります。相反し、剋し合っておわるものではありません。 例えば、水と火の協力でお湯が沸き生米から 美味しいごはんを炊くことができます。男性と女性という全く異なる陰陽の融合で、子供という新しい生命が誕生いたします。

○ 「天地位を定め、山沢気を通じ、雷風相い薄(せま)り、水火相い射(いと)わずして八卦相い錯(まじ)わる。」 (説卦傳)

※ 例4  ≪ 循環の理 & “回帰・復帰”の思想 ≫

易64卦は、全体として宇宙・人生の偉大な 「変化」と「循環の理」です。シーンやスチュエーション〔場景や情況〕として各卦に示される「変化」と「循環の理」です。そして、そこには「逆説の真理(論法)」が展開されています。

易の思想は、無始無終、循環の理です。『易経』 64卦は、63番目が【水火既済〔すいかきさい/きせい〕】で、完成・終わりの卦です。 64番目、最終の卦が【火水未済〔かすいみさい/びせい〕】で、未完成の卦です。即ち、人生に完成というものはなく、また再び 1番目、上経最初の卦【乾為天〔けんいてん〕】(もしくは、31番目、下経最初の卦【沢山咸〔たくさんかん〕】)に戻り、こうして、永遠に循環連鎖いたします―― 円周的循環、黄老の“回帰・復帰”の思想です

循環の理法は、各卦の関係(対/ペア)にも現れています。たとえば、損・益、【山沢損】と【風雷益】。損と益は一つのもの、同一根です。日本語にも「損して得取れ」 という言葉があります。もともと、 「徳」=「得」 です。“Give and take.”〔まず与え、そして取る〕という英語がありますが、益(利益)を望めばまず損(投資)せよです。乾・坤、【乾為天】と【坤為地】もそうです。乾=剛(強)ならんと欲すれば、まず坤=柔になれです。

「陰極まれば陽、陽極まれば陰」の循環。 ―― 波状的循環です。これは、易の「之卦〔しか・ゆくか〕」の考え方(当該「爻〔こう〕」の陰陽を逆転して近未来の傾向を探る)の根拠にもなっています。

 

《 参考資料 》 3.

( たかね・「易経64卦解説奥義/要説版」抜粋引用)

《 11 & 12 のペア 》

11. 泰 【地天たい】  は、やすらか

3陰3陽の基本卦、
12消長卦 (2月)

● 安泰・泰平、天地交流し男女和合す、賓卦・裏卦とも「否」・先々(近未来=上卦と下卦の入れ替え)も「否」、“治にいて乱を忘れず”、女性上位、房事過多、易者の看板
・「小往〔ゆ〕き大来る。吉、亨る。」(卦辞) 
A)天地のあるべき位置が逆である
B)小は陰で大は陽、陽は上り陰は下る

■ 外卦 坤地は陰(=柔)、内卦 乾天は陽(=剛)

1)天地交流 : 天は上に地は下に、暖かい陽気は上に冷たい陰気は下に行こうとする
➔ 交流し、合体融合の象。成就の象。懐妊の象。

2)“外柔内剛”(と “内柔外剛”=「否」卦)の象。

3)女性上位の象。坤地 陰の女性が、乾天 陽の男性の上に位置している。

4)“健全なる精神は健全なる肉体に宿る”の象。( by 高根 ) ・・・坤の肉体の内に乾の(乾善なる)精神あり。


12. 否 【天地ひ】  は、ふさがる

3陰3陽の基本卦、
12消長卦 (8月)

● 八方塞がり、天地交流せず男女和合せず、賓卦・裏卦とも「泰」・先々も「泰」

“君子の道塞がって小人はびこる”、冬も極まればやがて春になる

“否泰は其類を反するなり。”(雑卦伝) :「泰」の“外柔内剛”と「否」の“内柔外剛”、先々(近未来)と裏卦(過去)の対応関係

・「否はこれ人に匪〔あら〕ず。」 ➔ 
匪人(罪人の意)に塞がる(by 安岡正篤)
「比」の3爻辞も 「比之匪人」

■ 外卦 乾天は陽(=剛)、内卦 坤地は陰(=柔)

1)天地交流せず : 天の気は上昇し地の気は下降しようとする ➔ 天地は交流しない。隔たり、塞がり、通じない象。

2)“内柔外剛”と“外柔内剛”(「泰」卦)の象。

3)男性上位の象。

4)「人に匪ず」 :内卦に坤の肉体、外卦に乾の精神 (健全なる精神が宿らぬ肉体、精神の宿っていないスポーツマン。 スポーツマンシップとは何か?)

5)“月 霧裏に臓〔かく〕るるの象”(白蛾) :乾を月・君子とし坤を霧・小人とみます。
「小人の道長じ、君子の道消するなり。」(彖伝)

小人の道長じ、君徳行なわれない ―― 小人闊歩〔かっぽ〕する時
・・・ 今の時代・我国のように思われます (by 高根)


(この続きは、次の記事に掲載させて頂きます。)


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