【 6章/28章 】
≪ 陰・女(母)性的なるもの ・・・ 神秘化された生殖性 ≫
(成象・第6章) 注2)
§.「 谷神不死」 〔ク・シャヌ・プゥー・ス〕
「 玄牝之門」
‘the Doorway of the Mysterious Female’
注1) 古代東洋(中国)思想において、“陰陽相対(待)論”は唯一絶対・肝腎要〔かんじんかなめ〕のものです。 私は、儒学は【陽】に、黄老は【陰】により価値をおいていると考えることができるのではないかと思っています。 したがって、儒学は男性(君子)に重きをおき、黄老は女(母)性に重きをおくことになります。 老子の思想には、直截〔ちょくせつ〕に“雌・女(母)性”の重視が説かれています。 “雌・女(母)性”がもつ柔軟性・受動性・生殖性の尊重です。 例えば、§61章に「牝〔ひん〕は、常に静をもって牡〔ぼ〕に勝つ。」とあります。
(女性の)生殖性の尊重は老子思想の核心の一つです。 生殖によって雌から連綿と生命〔いのち〕が生み出されることは古代の人間にとって非常に神秘的な現象でした。 太古から人間が本来的にもっている敬虔の念でありましょう。 (そのぶん【陰】は【陽】に勝〔まさ〕るともいえましょう。) 女性・母性が神秘的で崇拝されたことは、例えば原始呪術〔じゅじゅつ/アニミズム〕の ※“土偶〔どぐう〕”などにも窺〔うかが〕い知ることができましょう。 私が初めてその“原始のヴィーナス〔女神〕”を(写真で)見た時、 腰や乳房が異様にデフォルメ〔強調〕された象〔かたち〕に神秘的圧倒を感じたものでした。
※“土偶〔どぐう〕”; 女性をかたどった(土)
人形。大きさは数〜30cm内外。日本で
は縄文早期から晩期にみられるものです。
(cf.現在の国宝指定土偶:「縄文の
ヴィーナス」・「中空のヴィーナス」・
「合掌土偶」・「縄文の女神」の4点。)
しかし、土偶は世界的にありますので
原始社会で普遍的なものといえましょう。
(ex.“ヴィレンドルフのヴィーナス”、旧石
器時代、オーストリア)呪術的〔アニミズム〕
な意味合いを持ち、収穫の豊饒〔ほうじょう〕
や子孫の繁栄を願うものであったと考えられ
ています。“原始の女神”であったとの説もあ
ります。
注2) この章句には、短文ながら老子の神秘性・特異性がいかんなく表れています。“道”の不可思議なる営みを“陰・女(母)性的なるもの”に託して、詩的な押韻文で見事に述べられています。「谷神」「玄牝〔げんぴん〕」・「玄牝の門」・「天地の根」といったキーワードが登場いたします。
「成象」は、象〔しょう・かたち〕を成〔な〕すの意。万物を生み出す母=道が、あらゆるもの・森羅万象を生成しているということでしょうか。
○ 「谷神不死、是謂玄牝。 | 玄牝之門、是謂天地之根。緜緜若存、用之不勤。」
( =♪韻 )
♪「死〔シ〕」・「牝〔ヒン(古音はヒ)〕」が押韻
♪「門〔モン〕」・「根〔コン〕」・「存〔ソン〕」・「勤〔キン〕」が押韻
■ 谷神は死せず。 是を玄牝〔げんぴん〕と謂う。
玄牝の門、是を天地の根と謂う。 緜緜〔めんめん〕として存するが若〔ごと〕く、之を用いて勤〔つ:=尽/つか・れず〕きず。
* The Valley Spirit never dies.
It is named the Mysterious Female.
And the Doorway of the Mysterious Female
Is the base from which Heaven and Earth sprang.
It is there within us all the while;
Draw upon it as you will, it never runs dry.
(A.Waley adj. p.149)
* The Spirit of the Valley never dies.
This is called the Mysterious Female.
The gateway of the Mysterious Female.
Is called the root of heaven and earth.
Dimly visible, it seems as if it were there,
Yet use will never drain it.
(D.C.Lau adj. p.10)
《 大意 》
万物を生みだす谷間の神は、(奥深い所でコンコンと泉を湧き出している永遠の生命〔いのち〕であり)死に絶えることはありません。それを “玄牝〔げんぴん〕” ―― 玄妙神秘〔霊妙不可思議〕な牝のはたらきと呼ぶのです。
その玄妙神秘な牝の(はたらきが発する)陰門〔いんもん・でぐち〕を、“天地の根〔こん〕”〔=生殖器/根源〕と呼ぶのです。
そのはたらきは連綿として(はっきりとは見えないけれども)存在し続け、(万物を生み出し続け)汲めども決して尽き果てることはないのです(/疲れることはないのです)。
・「谷神」: 「谷〔たに〕」を擬人化〔ぎじんか/人格化〕し(=“谷人”)、神秘的な意味を含ませて「谷神」としています。(仏教に言う“如来蔵”)
→ 「 研究」 《 「谷神」 (「玄牝」・「玄牝之門」) 》 参照のこと
・「不死」: 「死す → 死せず」。“す”は他の語と結びついて、一語のサ変複合動詞を作ります。(サ変動詞は、“す”・“おはす”の2語のみ) 従って活用は、〔 せ/し/す/する/すれ/せよ 〕。「死せず」となります。ちなみに「死ぬ」は、ナ変(ナ行変格活用)動詞です.活用は、〔 な/に/ぬ/ぬる/ぬれ/ね 〕。
・「玄牝」: 玄妙なる雌=谷神。「牝〔ひん〕」は「牡〔ぼ〕」に対する雌=女性=母性。それは生殖の力をもって豊饒の神となり、天地万物の根源となるのです。
§1章 「玄の又た玄、衆妙の門なり。」 と同義です。
・「玄牝之門」: 直接的・原始的で我々には、インパクトが大きい表現です。
神秘な 雌(牝)/女性が、生命〔いのち〕を生み出すその陰門〔でぐち〕。女性生殖器そのもの。“道”の不可思議なる営みを“陰・女(母)性的なるもの”=生殖器に託して述べています。
Mother−Deep. cf.Mother earth (万物を生み出すものとしての母なる大地)
(思い想いますに、 この“陰なるもの”には若いころには刺激的・衝撃的で過剰な関心と価値をおくものです。が、年を重ね長じてまいりますと落ちついて、宗教性・神秘性を認識するようになり敬虔の念を持つようになるようです。)
cf.東洋思想の「中〔ちゅう〕」は“生み出す”の意。 神道では「産霊〔むすび〕」といいます。
・「天地之根」: 万物を生み出す根源のこと。「男根〔だんこん〕」、「女根〔にょこん〕」の「根〔こん〕」。(易学の)「天」=【乾・陽・男】 と 「地」=【坤・陰・女】 との雄大なる交合〔生殖作用〕の ファンタジー〔fantasy/幻想的文学作品〕です。
・「緜緜若存」: 細く長く続いて絶えることがない。「永遠に続いて何かしらが存在しているようだ」の意。「綿」には柔弱の意味もあり「玄牝」のイメージによく合っています。
・「用之不勤」: 「勤」は「尽〔つ〕きる」の意。 A.Waley も、『淮南子〔えなんじ〕』の注からこのように解しています。私が想いますに、“道”のはたらきは、「一〔いつ〕」なるもの」(=DNA) の連続とも捉えられましょう。
他説に「勤」を疲労の意に解し、「労〔つか〕れ」と読むものもあります。(王弼の注)
《 “道”のはたらき 》
「一〔いつ〕」なるもの」 = 受け継がれるもの = DNA = (儒学では“徳”)
研 究
≪ 「谷神」 (「玄牝」・「玄牝之門」) ≫
老子は「谷」の文字を好んで用いています。例えば、§15章 「肱〔こう〕として其れ谷のごとく」、§39章 「谷は一を得て以て(水が)盈〔み〕ち、万物は一を得て以て生じ。・・・」、§41章「上徳は谷のごとし」 などです。老子は、「谷」を万物の始原・根源として象〔かたど〕り、最高の徳を谷の“空・虚”さに擬〔なぞらえ〕えているのでしょう。
「谷」がもつイメージは、奥深く空虚、低く窪〔くぼ〕んで水が流れています。水は悠久コンコンと湧き出しています。つまり、「谷」には水のミステリアス・パワーが結集しているのです。水(【坎】〔かん〕)は生命万物の根源であり、老子の思想を象〔かたど〕るものです。
( → 「 コギト(我想う) 」 ≪水【坎】 を楽しむ≫ 参照のこと )
そして、水のミステリアス・パワーをもつ「谷」は女性器を暗示するものです。「谷」は大地(易の【坤〔こん〕】=陰の極・母・女性)の “割れ目”・“裂け目”(キリスト教圏にいう“女のキズ”)なのです。( ―― これらのことについてフロイト的分析を試みると興味深いかもしれません。)
ところで、「谷」を“タニ”の意とせず「穀」の意とする説があります。「谷」〔コク〕と「穀」〔コク〕は、音通します。「穀」=「養」の意がありますから、「谷神」は「穀神」、すなわち“養いの神”・万物を養う神=“道”とみなす立場です。(竹内義雄氏) 河上公本でも「谷」を「浴」と書き「養」の意で解しています。「谷神」を谷の中空の“無”なるところと解しているのは、王弼〔おうひつ〕の注です。
先述のように、“水”は老子の思想を象る最大の譬〔たとえ〕です。水は深奥から湧き出し、低い所=「谷」に集まります。「谷」には“水”のパワーが結集し、その「谷神」の偉大にしてミステリアスなるはたらきも顕〔あらわ〕れるというものです。 A.Waley も『管子』・「水地篇」を引用し“水神”に注目しています。「谷」が「穀」ではなく、“タニ”であればこそ“水”につながり、汲めども決して尽き果てることはない「緜緜若存」に繋がってゆくというものでしょう。
【陰】なるもの・・・雌・女(母)性 = 生殖性 = 玄牝〔げんぴん〕 ≒ 谷神/ 玄牝の門 = 天地の根〔こん〕 = 女性生殖器 cf.中〔ちゅう〕・産霊〔むすび〕
(cf.§1章 「衆妙之門」再掲)
★ 宇宙造化の門 : 衆妙之門 = 玄牝の門【女性生殖器】 = 天地の根【生殖器】 / ≒「中」(易学) ・「産霊〔むすび〕」(神道)
■2013年10月27日 真儒協会 定例講習 老子[36] より
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