「人の一生は重き荷を負うて・・・」

――― 『論語』、江戸儒学の系譜、「大有」・「同人」卦


「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。」を引用して、
披露宴で気のきいた祝辞をのべた議員を知っています。

これは、徳川家康のものと伝えられている 『東照君遺訓』 の文言です。
広く知られてはいるものの案外この続きをご存知ない人が多いようです。

――― 「不自由を常とおもえば不足なし。
心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基。怒りを敵と思え。
・・・・・ 及ばざるは過ぎたるに勝れり。」 と続きます。

(私はこの続きの文言に、より身近な感銘を得ています。)

この文言は 『論語』(泰伯篇)の次の一章にもとずいていると思われます。

「曽子日[いわ]く、士は以[も]って弘毅[こうき]ならざるべからず。任重くして道遠し。
仁以って己の任となす。亦[また]重からずや。死して後已[や]む。亦遠からずや。」

「弘毅」 とは、度量広く意志が強いこと。

任が重いのは 「仁」 を実現させねばならないからで、
道が遠いのは死ぬまでその遂行が求められているからです。

「志士仁人[ししじんじん]」 といわれ、人の任務の重大さを力説する文章です。

また最後の句は、「過猶不及(過ぎたるは、なお及ばざるがごとし)」(先進篇)の変形と思われます。

ところで家康は、江戸幕府を支える思想・学問として儒学(朱子学)を採用します。
思想・哲学としての易学が儒学者を中心とする先哲によって形成されたことを考えますと、
この江戸儒学の系譜を一瞥[いちべつ]しておくのも意義あることかと思います。

※(注) “儒学文化圏”の形成、日本儒学の形成については、
HP.「儒学の歴史」――――― 儒学年表 ・ 日本伝来とその後、を参照して下さい。


儒学は、中国春秋時代の末期、孔子[こうし]により創始されました。
仁と礼による社会秩序、徳治主義を唱えました。
孟子[もうし]、荀子[じゅんし]に受け継がれ、漢代国教とされ国家統治の経学となります。

その後、宋代に朱子、明[みん]代に王陽明が出て更に発展いたします。


我国近世儒学の興隆は、まず 「朱子学」 が盛んになり、次いで社会が動揺をみせはじめると、
その批判的立場として 「陽明学」、「古学」 が興りました。(儒学三派)

朱子学は身分制秩序を重んずるもので
 「近世儒学の祖」 ともいわれる藤原惺窩[せいか]に始まります(京学派)。

家康は惺窩の講義を受け幕府に仕えるよう要請しますが惺窩は拒み、
高弟の林羅山[らざん]を推挙します。

推挙を得て弱冠24才の羅山は家康に仕え、以後 秀忠・家光・家綱まで四代の将軍に待講します。
まったく驚きです。

以後代々林家[りんけ]は、大学頭[だいがくのかみ]となり幕府の儒官として仕えます。

「犬公方[くぼう]」 で知られる五代綱吉は、儒学を好み、
林家の私塾と孔子廟[びょう]とを湯島に移し聖堂学問所と聖堂を建てました。

「寛政異学の禁」(1790)により朱子学が正学とされ、聖堂学問所は官立とされ 「昌平坂学問所」 となります(1797)。

そして、明治になり、他の江戸幕府の諸学校と共に統合されて 1877年東京大学が設立されます。

ちなみに、湯島聖堂では毎年11月3日の文化の日に日本易学協会の大講演会が開催されています。

私も2000年に上京し講演いたしました。 (「カラーの時代“Color Ages”からみた易学思想」)

孔子廟に参り、園内の6m程もある孔子銅像を拝し、由緒ある講堂で講演し、感無量なものがありました。

話を戻しまして、朱子学は、この京学派以外にも、
南村梅軒が開き山崎闇斎[あんさい]が京都で広めた南学派、
徳川光圀[みつくに・水戸黄門]で知られる水戸学派があり、文[あや]を競いました。

一方、在野の儒学としては、「知行合一[ちこうごういつ]」 を主張する陽明学。
「日本陽明学の祖」 中江藤樹と弟子の熊沢蕃山[ばんざん]は著名です。

系統的には発展しませんでしたが、
幕末の佐久間象山[しょうざん]、吉田松陰、大塩中斎等の実践家を輩出することになります。

また孔孟への復古の学である 「古学」。
山鹿素行、伊藤仁斎、荻生徂徠[おぎゅうそらい、赤穂浪士事件で切腹を主張]が著名です。

幕藩体制を思想的に支えた朱子学に対し、
これらの批判的立場の思想は、他の 「国学」、「洋学(蘭学)」 等と共に維新を実現し、
明治の時代を築く思想的基盤となります。

さて、冒頭 「人の一生は・・・」 の文言について最古典の 『易経』 に想いを馳せてみましょう。

「火天大有[かてんたいゆう、大いにたもつ]」 中天の太陽、天祐[てんゆう]ありの卦、が思いうかびます。

賓卦[ひんか、相手方からみた卦]は 「天火同人[てんかどうじん、親しむ]、
志を同じくし多くの人が集う卦。

「同人誌」 の同人です。即ち、大いに有[たも]とうとすれば、必ず同人を持たねばならないということ。

大有大象に 「順天休命(君子以て悪をとどめ善を揚[あ]げて、天の休[おお]いなる命に順う)」 とあります。

道義主義、理想主義、正しい者の同人大有でなければならないのです。

二爻[こう]辞に、「大車以て載[の]す」 とあります。

象伝に 「積中不敗(中にいくら積み込んでも良い)」 とありますように、
通常は、ロールスロイスに財宝を山と積んで云々[うんぬん]の意で解されています。

しかし人生、宝くじの一等が当たるようなことは滅多にあるものではありません。

家康の文言のように、重荷を積んでゆくように心してがんばれば・・・・・ というように捉えるのが、
より人生において味わい深いものがあると私は思っています。

最後に、上爻は 「天よりこれを祐[たす]く」 とあります。
三大上爻(大有・大畜・漸)と称されるものの一つです。

「天佑」――― 天意・天の配剤より吉なるものはないでしょう。

結びにふさわしい句だと思います。


                          真儒協会 会長 : 高根 秀人年

 


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