『易経』の最も主たる動物・《鴻雁》 その1

――― 鴻雁〔こうがん/かり〕/「鴻雁来〔きたる〕」・「鴻雁北〔かえる〕」
/【風山漸】卦・【雷山小過】卦/「雁書〔がんしょ〕」/“雁の産卵の瑞祥”(『古事記』)
/八幡太郎こと源義家/「雁の群列の乱れ伏兵の兆」(『孫子』)/奴雁〔どがん〕」
/雁風呂〔がんぶろ〕/“雁が羽を休める小枝(=陰なるもの)”  ―――


《 はじめに 》 

ふと、500年ほど前の、芸術(家)が偉大であった時代のイタリアに想いを馳〔はせ〕てみますと・・・・。

ルネサンス期の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチは、生涯、空を飛ぶことを夢み夢み続けました。

科学と自然との完全な融合を夢想したのでした。

おそらくレオナルドは、(雁ではないでしょうが)鳥の飛翔する姿を、
幾度も幾度も厭〔あ〕くことなく微笑〔ほほえ〕みながら、眺め続けていたことでしょう・・・・。

それはともかく。


『易経』には、多くの動物や植物(禽獣草木〔きんじゅうそうもく〕)が“たとえ”として登場しています。

その意味で『易経』は、太古におけるエンサイクロペディア〔百科事典〕ともいえるものでしょう。

とりわけ、登場する豊かな動物(禽獣)たちは寓意と物語性に富み、
私は西洋の『イソップ寓話』とのアナロジー〔類似性〕を感じております。  注1)


注1)

『易経』の64卦は、さまざまな人生の場面〔シーン:scene〕・状況〔スチュエーション:situation〕を表しています。

したがって、そこにはさまざまな人間が登場いたしております。

そして同時に、多くの人間に(当時は)身近な動物たちが登場しています。 

―― ある時は、神秘的に寓意〔ぐうい〕的に、
またある時は、愛くるしく親しみをもって登場しています。

これは、“易”の思想を動物(&植物)に、
より理解〔わか〕り易く象〔かたど〕ったものと言えましょう。

私には、これらの動物(&植物)が登場することにより、
“易の物語性”がより色濃く章〔あや〕どられているように思われます。 

私は、古代中国の『易経』の象〔しょう/かたち〕として登場する動(植)物の“たとえ話”と、
古代ギリシアの『イソップ寓話〔ぐうわ〕』の動物譚〔たん:=物語〕には、
とてもアナロジー〔類似〕を感じます。

謎に包まれた“哲人”である作者によって書かれた『イソップ寓話』は、
動物に擬〔なぞ〕らえられた生き方の知恵であり、
世界中で現在に至るまで普遍的に愛読され続けています。

『イソップ寓話』が書かれたと考えられる古代ギリシアのアテネの全盛期はBC.5世紀ごろ、
『易経』の解説(「十翼」)を整えたといわれている孔子が活躍したのもほぼ同時期です。

洋の東西で時代もさして変わらないころのアナロジー〔類似〕です。 

(by.盧「易と動物」)


『易経』に登場する動物(禽獣)たちを拾ってみますと、以下のとおりです。
(→資料参照のこと)

さて、これら、馴染み深かったり、ユニークであったりの動物の中で、
『易経』の最も主たる動物・重く扱っている動物は何でしょう? 


――― 今回は、「鴻雁〔こうがん/かり〕」について研究してまとめてみました。


→ 【参考資料】

《 『易経』(本文中心)に登場する動物たち 一覧 》   (by.盧)

龍(竜) 【乾】辞・初・2・4・5・上爻・用 (3爻は人龍・龍人)/
【坤】上爻(雌雄の龍)
→ ※龍は【乾】の象  cf.龍の三棲〔さんせい〕
【革】5・上爻 “大人虎変”・“君子豹変”/
【履】辞・4爻 “虎の尾を履む”/【頤】4爻 “虎視眈々”
○馬:【屯】2・4・上爻/【明夷】2爻/
   【睽】初爻/【渙】初爻/【中孚】4爻
    “馬匹〔ばひつ=両馬〕亡〔うしな〕う” 
○牝馬〔ひんば〕:【坤】辞 
○白馬(の王子):【賁】4爻 
○良馬:【大畜】3爻
鹿 【屯】3爻
○魚:【姤】2・4爻
○魚の目刺し:【剥】5爻
○鮒:【井】2爻
○牛:【睽】3爻/【无妄】3爻 “繋がれた牛”/
   【旅】上爻 “牛を易に喪〔うしな〕う”/
   【既済】5爻 “東隣の牛を殺す” 
○黄牛:【遯】2爻/【革】初爻“黄牛の革〔かく〕”
○童牛:【大畜】4爻
○牝牛〔ひんぎゅう〕【離】辞
〔しのと〕
=豚
○豕〔しのと〕:【睽】上爻 
○獖豕〔ふんし〕:【大畜】5爻 ※去勢したいのしし
○羸豕〔るいし〕:【姤】初爻 ※やせ豚 
○霊亀:【頤】初爻 ※万年を経た亀
○“十朋〔じっぽう〕の亀”:【損】5爻/
               【益】2爻 ※非常に高価な亀
○羊:【大壮】5爻 “羊を易に喪〔うしな〕う”/
    【夬】4爻 “牽羊〔ひかれるひつじ〕”/
    【帰妹】上爻 “士羊をサ〔さ〕きて血无〔な〕し”
○羝羊〔ていよう〕:【大壮】3・上爻 ※牡羊〔おひつじ〕
鼫鼠〔せきそ〕 【晋】4爻 ※大ネズミ、ムササビ? (→ 最悪人の意)
〔えもの〕
=鳥・禽獣
○禽〔えもの〕:【師】5爻/【恒】4爻/【井】初爻
○前禽〔ぜんきん〕:【比】5爻 
 ※目前の禽獣、または前へ逃げ去る禽獣の意
〔はやぶさ〕 【解】上爻
〔〔こう〕
=渡り鳥/水鳥
○鴻=鴻雁・雁〔がん・かり〕:
【漸】初爻〜上爻のすべて(上爻は三大上爻)
→※鴻の動きで語られています cf.玄鳥〔ツバメ〕 
★易経の主たる禽獣!
〔きじ〕 【旅】5爻
〔〔つる〕 鳴鶴とその子:【中孚】2爻 ※“鳴鶴陰に在り、その子これに和す。”
翰音〔かんおん〕
=鶏
【中孚】上爻 “翰音天に登る”
   〔→ろくに飛べない鶏は天に昇ってもすぐに落ちるの意〕
(飛)鳥 ○鳥:【旅】上爻 “鳥その巣を焚〔や〕かる”
○飛鳥:【小過】辞・初・上爻
  ※【雷山☳☶】の卦象から
豚魚〔とんぎょ〕
=イルカ
【中孚】辞 “豚魚吉” → ※黄河イルカのことか?
○狐:【既済】初・上爻
○三狐:【解】2爻 ※三匹の狐
○小狐〔しょうこ・こぎつね〕:【未済】辞・初爻
  “其の尾を濡〔ぬ〕らす”/上爻 
  “其の首を濡らす” ※狐は【坎☵】の象



《 鴻〔こう〕・雁〔かり/がん〕について 》

『易経』に中で最も主たる動物(禽獣)、代表する動物(禽獣)というのは
何だとお思いでしょうか? 

『易経』は、【乾・坤】の“”(ドラゴン)に始まり
“既済・未済”の“”に終わっています。が、これらではありません。

【乾☰】の象〔しょう/かたち〕、“陽”の権化〔ごんげ〕としての想像上の動物
(=神獣)ですし、“”は【坎☵】の象の動物というに過ぎません。 


それは、鴻雁〔こうがん/かり〕」です。

風山漸☴☶】卦は鴻が飛びすすみゆく物語になっています。

原文に出てくる「鴻」とは「雁」のことです。

雷山小過☳☶】は、その卦象が「飛鳥」の形(九三・九四が鳥の胴体で、
上下の4陰が翼)です。

『易経』では、象を雁に取り、義を雁にかる仮ることは実に多いのです。

つまり、「鴻雁」のことをよく知らなければ『易経』は、理解し難いということです。


では「鴻雁」が『易経』の最も主たる動物であるのは何故でしょうか?

それは、雁を「候鳥」とも書くように、“渡り鳥”だからに違いありません。

「鴻雁」と入れ替わりの“渡り鳥”「燕〔つばめ・つばくらめ・つばくろ/玄鳥・げんちょう〕」も同様です。

「鴻雁」・「燕」は“陰陽=寒暖・季節”に随って去来するもので、
易は陰陽・変化の学であるからにほかなりません。


「鴻雁」 注1) は、夏は白鳥などと同様にシベリア方面で過ごして繁殖し、
秋に北方から(冬鳥として)飛来して冬を過し、春に再び北方へと帰って行きます。

燕と入れ代わりですね。

“七十二候”。晩秋(10月上旬)「鴻雁来〔こうがんきたる〕」 注3) 

・中秋「玄鳥去〔げんちょう/つばくろさる〕」
晩春(4月上旬)「鴻雁北〔こうがんかえる〕」
「玄鳥至〔げんちょう/つばくろいたる〕」、というきせつがあります。

「雁」・「雁渡る」は秋の季語、「雁帰る」は春の季語です。」


遥かな昔から中国・日本の人々は、この「鴻雁」の行き来に情趣や季節の移り変わりを感じ、
多くの文芸を育〔はぐく〕み章〔あや〕なしてまいりました。


そして、この「鴻雁」の往来は、時月に随って、行くも来るも一定、
少しも誤ることがありません。

しかも、その群れをなし飛ぶ姿は列を整え順序正しく飛翔します。

この往来規律正しく、群れ飛ぶに秩序保っているところにこそ、
古来から注目され、『易経』の最も主たる動物と位置付けられた所以〔ゆえん〕のものがあるのではないでしょうか。

人間、殊〔こと〕に現代人には、大いに見習うべきものがあります!


注1)

「鴻」〔こう〕は“ひしくい”〔菱食〕ともよみ大型のものを、
「雁」〔かり/鴈・候鳥〕は鳴き声からでた“ガン”の異名で大型のものをさすともいわれています。

「カモ目カモ科の水鳥の総称。大きさは、カモより大きく、白鳥より小さい。
日本では、マガン・カリガネ・ヒシクイなどが生息し・・・・・。
家禽はガチョウ〔鵞鳥〕とよばれる。」(by.Wikipedia 抜粋)


注2)

「玄」は“くろ”・“黒色”の意だからでしょうか?
「乙」・「乙鳥」で“つばめ”。「乙禽〔いっきん〕」。


注3)

「来」は、古文では「来〔く〕」とカ行変格活用(こ/き/く/くる/くれ/こ〔よ〕)で読みます。
が、漢文では「来〔きた〕る」と四段活用(ら/り/る/る/れ/れ)で扱い、カ変は使いません。


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村