(こちらは、前のブログ記事の続きです。)


《 雁〔かり〕が羽を休める小枝の話 》

( ――― 落語:「雁風呂〔がんぶろ〕で雁を語る一節」)

『易経』の主たる動物(禽獣)は「鴻雁〔こうがん/かり〕」です。

【風山漸】卦は“鴻雁が飛びすすみゆくお話”になっています。

日本でも、古来から「鴻雁」は、生活・文化の中に広く深く根付いています。

「鴻雁」=雁〔かり/がん〕は秋に北方から渡来し、
春に北方へと帰ってゆく渡り鳥です。

は秋の夜、木の枝をくわえて遥〔はる〕か北方の国から、
海を渡って日本に飛来すると考えられていました。

その小枝というのは、渡りの旅がその道中羽を休める小島とてない長旅なので、
疲れるとその小枝を海に落として、その上にしばし休みを取って疲れを取り、
また飛び続けるためのものなのです。

そのようにして、漸〔ようや〕く日本の浜辺まで辿〔たど〕り着くと、
いらなくなった小枝を浜辺に落として、日本中を飛び回ります。

そして、また春が巡ってくると、その浜辺に戻ってきて、
自分の枝を再び拾いくわえて北方の国へと帰って行くのです。

“雁〔かり〕が羽を休める小枝の話”は、
落語・「雁風呂〔がんぶろ〕」の中で語り継がれています。 

―― ご紹介しておきましょう。

落語: 「雁風呂〔がんぶろ〕」

水戸黄門(光圀〔みつくに〕公)さま漫遊記の一節です。 

――― 休憩所のおやじが運んできた土佐光信〔とさみつのぶ〕の屏風の絵。

図柄は、“松の枝に雁”

松には鶴、雁には月を画くのが普通ですので、
光圀公、光信が名声におごって適当に画いたとばかり不快になり、
たいそう立腹いたします。

そこへ。
相客〔あいきゃく〕の町人連れがやって来て、
一人がその屏風絵に感嘆して言うには、

「“松に雁”とは、実に風流の奥義を極めてるなあ。
これは秋の雁やのうて、春の帰雁や。
雁と月、鶴に松などは俗〔ぞく〕で眼あって節穴同然や。」 と。

光圀公は自分の不明を思い知らされ、
その風流町人に、“松に雁”の取り合わせの由来を尋ねます。

その町人が語って言いますには。

《 雁は、温かい常盤〔ときわ〕の国から渡ってきて冬を函館の海岸で過し、
春にまた帰って行きます。

もともと大きく重い鳥なので、渡りの旅の途中で海に落ちて死ぬものも多いのです。

飛び続けてくたびれると常盤の国を出る時にくわえてきた小枝を海に落として、
それを止まり木にして羽を休め、回復するとまたくわえくわえして旅を続け、
漸〔ようや〕くのことで函館の(浜辺の)松にたどりつくのです。

雁は、松に止まると小枝を落とし、春まで日本各地を飛び回ります。

その間、函館の猟師たちは、枝の数を数えて束にし、
雁が南に帰る季節になると、その数だけ松の下に置いてやるのです。

雁には自分の枝が分かっており、各々それをくわえて再び帰って行くのです。

猟師たちは残った枝を数え、その数だけの雁が日本で命を落としたことを哀れみ、
その枝々を薪〔まき/たきぎ〕にして風呂を沸かします。

追善供養〔ついぜんくよう〕のためその「雁風呂〔がんぶろ〕」
金のない旅人や巡礼者を入浴させてあげ、一晩泊めてあげ、
なにがしかの金を渡して出発させてあげるのです。

―― この絵は、その時の帰雁が枝をくわえようとしている光景を画いたものなのです。》 

光圀公は、この話にすっかり感心し身分を明かします。

この風流を解する町人は、大坂淀屋橋の淀屋辰五郎という町人。

破産して浪々の身になったので、昔、柳沢美濃守〔みののかみ〕に貸した
三千両を返してもらおうと江戸にまでくだる途中とのこと。

光圀公は、雁風呂の話の御礼にと、柳沢宛てに
借り金を返すよう手紙を書いてやり辰五郎に渡します。

辰五郎は、その返金三千両でめでたく家業の再興がなった、
というお噺〔はなし〕です。

なお加えますと。上方落語では、別題を「天人の松」ともいい、
オチは「雁風呂の話一つで三千両とは、高い雁〔かりがね〕(=借り金)ですな。」/
「そのはずじゃ。貸金〔かしがね〕を取りにいく。」とサゲます。
最古の噺〔はなし〕本でも、「借り金」=「雁がね」のダジャレオチになっています。

*「雁風呂〔がんぶろ〕」=「雁供養〔がんくよう〕」の習慣は、
本来青森県・津軽の外ヶ浜のものといわれます。

春の季語にもなっています。

 
私、想いますに。これから、広い世界、厳しい世界に旅立つ人がいます。

困難や試練に遭遇する人がいます。

の飛翔、渡りの旅ですね。

心身ともに頑張りすぎる人には、時に羽を休めることが必要です。

そのための場所や人、別言すれば“陰なるもの”が必要です。

“羽を休める小枝(=陰なるもの)”になる人も必要です。

精神面でも癒される世界・“壺中〔こちゅう〕の天”が必要です。

私も、年を重ねるにつれて、“陰なるもの”・“羽を休める小枝”の
存在の必要性を強く想うようになってきています。

頑張っている人には、「頑張れ」といってはいけません。

何事も“中庸”が大切です。

“過ぎる”ことはよくありません。

頑張っている人には、“羽を休める小枝(=陰なるもの)”こそが必要です。

子供・学生に対しても同じです。

親というものは、もの言わず背中を見せながら(=生きざまを見せながら)
子供を育てるものです。

“勉強しろ”という親、言わぬ親! 
私の父も私も、その息子に“勉強しろ”と言ったことは生涯で一度もありませんでした ・・・・・。 

 

《 おわりに 》 

現在の日本では、殊〔こと〕に都市部においては、
雁の姿を見かけることはなくなりました。

トンビ〔とび・鳶〕すら見かけなくなり、
あだ花のごとくカラス〔烏・鴉〕ばかりが繁殖しています。

若い人は、鷲〔わし〕も鷹〔たか〕も鳶〔とび〕も区別がつきません。

都心部には、スズメ〔雀〕やツバメ〔燕〕ですら
そこを(人間が定住していない)過疎の地として認識し、繁殖していませんね。

『易経』が、最も主たる動物として、象でも義でも重んじた「鴻雁」は、
自然界から姿をけそうとしています。

そして、自然環境のことばかりではありません。

“中庸〔ちゅうよう〕”を欠き“衣食過ぎて、礼節を忘る”(盧)
がごとき今の平成日本の社会です!

「鴻雁」(の義と象)は、忘れかけている徳です。

今時〔いま〕、礼節と道義を取り戻さねばならないということは、
「鴻雁」に象〔かたち〕どられた『易経』の“理”と“情”を取り戻さねばならないということなのです。


( 以上 )。


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