【 42章 / 40章 】 ・損益 【 42/ 77/ 53/ 81章】

道化・第42章) 注1) 老子の “万物生成論“

§.「道生一」〔タオ・シャン・イ〕

注1) タイトルの「道化」は、「“道=無”から万物が化育される」の意。この章の内容をよくあらわしていると思われます。この章は、老子の“万物生成論”として有名なものです。多くの見解・解釈があり、文献から理解するのは非常に難しいと思われます。
後半の“損・益”は、私感するに、易卦【損・益】の教えるところに共通するかと思います

○「* 道生一、一生ニ、ニ生三、三生万物。| 万物負陰而抱陽、沖気以為和。 | 
人之所悪、唯孤・寡・不穀、而王公以為称。 故物或損之而益、或益之損。 |
人之所教、我亦教之。教梁者不得其死、吾将以為教父。」

■ 道は一〔いち/いつ〕を生じ、一はニを生じ、ニは三を生じ、三は万物を生ず。 |
万物は陰を負い陽を抱き、沖気以て和を為す。 |
人の悪〔にく〕む所は、唯だ孤・寡・不穀にして、而〔しか〕も王公は以て称と為す。故に物は或いは之を損して益し、或いは之を益して損す。 |
人の教うる所は、我も亦之を教えん。教梁(なる)者は、其の死を得ず、吾れ将〔まさ〕に以て教えの父と為さんとす。

*“ TAO GAVE birth to the One; the One gave birth successively 
to two things, three things,up to ten thousand.” (A.Waley adj. p.195)

*“ Tao produced Unity; Unity produced Duality; Duality produced 
Trinity; Trinity produced all existing objects.”    (Kitamura adj. p.149)


《 大意 》

道が(動いて、まず「有」であるところの) 一元の気を生じ、一元の気が陰・陽(天地)のニ気(=両儀)を生じ、陰・陽(天地)のニ気が相和して第三の沖気(天地人の三才)を生じ、この第三の沖気から(4.5.6 ・・・百・千・万と)万物を生じます。 | ※ → POINT!参照のこと

万物は陰を後〔背負い〕に、陽を前〔抱き〕に(して生育)し、沖気〔沖虚の気〕が(陰陽の気を交流させ)調和〔バランス/ハーモニー〕を保っているのです。 |

人々が嫌うものは、それこそ、“孤(みなしご)”・“寡(ひとりもの)”・“不穀(ろくでなし/たわけもの)”です。が、王や公族たちは、(へりくだって)それらの言葉を自称しているのです。(だからこそ、高位を保っていられるのです。) まことに、ものごとは、(※『易経』の【損・益】の卦に教えているように) それを損する(減らす)ことによってかえって益する(益す・増やす)ことがあり、(逆に)それを益する(益す・増やす)ことによってかえって損する(減らす)ことがあるものなのです。 |※ →  研 究  【損・益】の卦と「老子」 参照のこと

(古〔いにしえ〕の)人々が教えてくれたことを、私もまた(現代の人々に)その言葉を例として教えることとしましょう。「力にまかせてゴリ(ムリ)押しする者は、ろくな(まともな)死に方はしない。(強暴・剛強な者は畳の上では死ねない)」 私は、(謙虚に柔弱でいるのが善いとする)このことをこそ、教えの根本(=父)としてゆくとしましょう。

・ 「 道生一 、一生ニ、ニ生三、三生万物。」
「一」は「道」の別称としても述べられていますので(10章・22章・39章)、「道生一」は、文言からはわかり難いともいえましょう。「一」は、「無」や「道」とは異なり、具体的で象〔かたど〕られたものです。易学的に表現すれば、陰陽未分化の“胚〔はい〕”の状態ともいえましょう。
ここで特筆できることは、最新の宇宙物理学が、(日本の研究者が最優秀のコンピューターによって)宇宙の始まりを解明したことです(2010)。 すなわち、暗黒空間(時代)からの“「一」つ”の“ファーストスター”の誕生です。また、リニューアルした“ハップル望遠鏡”による観測のアプローチも、131億年前の“赤ちゃん宇宙”を明らかにしています。 これらの驚くべき科学的成果が、(逆に)2000年以上まえの黄老の哲学をわかり易くしてくれています! 何とも不思議な気がします。

「万物負陰而抱陽、沖気以為和。」: 
老子特有の比喩表現(たとえ、暗喩 → 玄喩?)です。日の当らない側が“陰”で“負う≒背”、日のあたる側が“陽”で“抱く≒胸”。したがって、陰陽を前後にして、または陰陽に挟まれて の意。 
「沖気」は、“中和の気”と表現できるでしょう。次の A.ウェイリィの表現が良く示していると思います。 

“ ―― it is on this blending of the breaths that their harmony 
depends.”  (A.Waley adj. p.195)

・「孤・寡・不穀」: 
「孤」〔はみなしご、「寡」〔クアごけ・ひとりもの(または寡徳)、「不穀」〔プクウおろかもの : 39章にも同じことが述べられています。 王侯は、当時、それを謙遜の辞として自身を称するとき(第一人称・代名詞)に用いています。指導者(リーダー)の謙辞・謙譲、易卦の【地山謙】の教えです

ex.「孤」・「寡人」(徳の少ない者: 『孟子』に見られます)・「不穀」(=不善・不賢: 『左伝』や『礼記』に見られます) 
一般ピープルでも、「僕」・「不肖」・「私」・「拙者」などと用いています。

・「物或損之而益、或益之損: 
之を損〔へ〕らし損らして、終〔つい〕には無に至ります。無から 1 を生じ、1・2・3・4・5・・・百・千・万・億・兆・・・と益(増)し無限多です。無限多は数理において無限小に等しく、無限小は無です。之を益してその結果は損となります。
損益は循環します。循環の理法からすれば、損と益は一つのものです。陰陽・強(剛)柔もまた然りです。強ならんと欲せばまず柔たれ、益せんと欲せばまず損せよ、ということでしょう

・「教梁者不得其死」: 
棟〔むね/棟木〕を負う木材を “梁〔はり〕”といいます。“在来軸組工法”では荷重が梁に集中しますので剛強な支持力を必要とします。おそらく、この句の文言は、古語なのでしょう。

cf.孔子の弟子 三千人の中で、人気ナンバーワンのキャラクター“子路”は、「暴虎馮河」のルーツの豪傑です。が、その激しく剛直な性格が災いして、孔子の暗示どおり、晩年に惨殺されます。

○ 「 ――― 由〔ゆう〕や?〔がん〕。」/「子路行行如たり。 ―― 由が如きは其の死を得ず。然〔しか〕り。」  (『論語』・先進第11)
「全身膾〔なます〕のごとくに切り刻まれて、子路は死んだ。」・「子路の屍〔しかばね〕が 醢〔ししびしお: 人体を塩づけにする刑〕 にされたと聞くや、(孔子は)家中の塩漬類をことごとく捨てさせ、爾後、塩はいっさい食膳に上さなかったということである。」 

(中島敦〔あつし〕・「弟子」より)


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