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【 51章 】

養徳・第51章) 注1) 《 老子のキーワード ―― 「道」と「徳」 》

§.「 道生之」 〔タオ・シオン・チ〕

注1) 『老子』は、別名『(老子)道徳経』とも呼ばれます。

それは、「道経〔タオチン〕」と「徳経〔タアチン〕」の(上下)二篇に分かれていることによります。二篇の分割は、内容的に異なるからではなく(単に携帯の)便宜からでしょう。

名称も(『論語』や『孟子』の章名と同じく)章(篇)の最初の文字をとったものです。 (cf.§1章「可道」・§38章「上不徳」)

「道」と「徳」は老子の思想の最重要キーワードであり、本質的には同じものです。儒学の“道”・“徳”と黄老の「道」・「徳」とは、その意味するものが異なります。その違いをよくよく押さえておくことが必要です。( → 後述対照表参照のこと )

「養徳」とは、“徳を養う”で、無為自然の道の偉大な玄徳を身につけるという意味です。「徳」は「道」が身につけられた状態ですが、本章ではとりわけ、「道」のはたらきの中で“養い育むはたらきを”強調していると考えられます。

○ 「* 生之、 畜之、 形之、勢(器)補注1)成之。是以万物、莫不尊道而貴徳。|
道之貴、徳之貴、夫莫之爵(命)、而常自然。 |
故、道生之、徳畜之、長之育之、亭之毒之 補注2)、養之覆之。生而不有、為而不恃、
長而不宰。*是謂 玄徳 。」

補注1) 帛書 甲・乙本には「器」とあります。もとは「勢」ですが、やや解りにくい言葉です。「勢」は、ここにみえるだけです。「器」の字は、「樸〔ぼく〕は散ずれば器となる」(§28章)をはじめたびたび用いられています。“形をとった万物が、それぞれの役割・用途を持つことでこの世界が成り立つのです”の意味に訳せましょう。

補注2) 「亭之、毒之」は、厳本や河上本などは「成之、熟之」です。「亭」・「毒」は、A)定め安んずる(形を定め中味を完成させる)と解するものと、B)成熟させると解するもの、とがあります。

■ 道 之を生じ、徳 之を畜〔やしな〕い、物 之を形づくり、勢〔いきおい〕(器) 之を成す。是〔ここ〕を以て万物、道を尊〔たっと/とうと〕び徳を貴〔たっと/とうと〕ばざるは莫〔な〕し。|
道の尊きと徳の貴きは、夫〔そ〕れ之れに爵する(命ずる)莫〔な〕くして、常に自〔おのず〕から然り(自然なればなり)。|
故に道之を生じ、徳之を畜い、之を長じ之を育〔そだ〕て、之を亭〔かた/さだ/てい・し〕め、之を毒〔あつ/やす・んじ/どく・し〕くし、之を養い之を覆〔おお〕う。生じて有せず、 為して恃〔たの〕まず、長じて宰〔さい〕せず(長たるも而も宰たらず)、是れを 玄徳 と謂う。

*Tao gave them birth; 
The ‘power’ of Tao reared them, 
Shaped them according to their kinds,
Perfected them, giving to each its strength.
・・・・・・・ This is called the mysterious power
(A.Waley adj. p.205)

*The way gives them life;
Virtue rears them;
Things give them shape;
Circumstances bring them to maturity.
・・・・・・・ Such is called the mysterious virtue
(D.C.Lau  adj. p.58)


《 大 意 》

“道”が万物を生み出し、“徳”がそれらを養(畜)い育てます。(養い育てられた)物に形が与えられ環境の勢いで仕上げられます。(道具としての働きをもったものがこの世界を創り上げるのです。)

そういうわけで、万物は、みんな“道”を尊〔たっと〕び“徳”を貴〔たっと/とうと〕ぶのです。“道”“徳”が、そのように尊貴なことは、そもそも、誰かに爵位〔しゃくい〕を与えられたからではなく(誰かが任命して尊くなったのではなく)、不変的に自〔おの〕ずから(=それ自身)そうなっているのです。

ですから、“道”がものを生み出し、“徳”がそれを養い、成長させ発育させ、それを結実させ成熟させ、慈養〔いつくしみ育てる〕し、保護してゆきます。が、それでいて、ものを生み出しても私〔わたくし〕(=自分のものと)せず、為〔つく〕っても功を誇らず(=恩沢を施しても見返りは求めず)、成長させても自ら主宰者(=首〔かしら〕)の位置に居すわってシキったりはしません(=支配はしません)。(この偉大な“徳”を名づけて)“玄徳” ―― 不可思議な奥深き能力〔パワー〕 ―― というのです。

・「道・徳」: 『老子』は『(老子)道徳経』ともいいます。『老子』の中で、「道」は76回、「徳」は44回登場しているようです。

「道」は、黄老の核心・最重要のキーワードです。老子と荘子の学派を「道家」と呼ぶのはこれに由るところでしょう。「道」は、無論、単なる“道路の道”でも、儒学のいう“人倫の道”でもありません。「道」は、万物の根源であり「無」に同じです。「道」=「無為」=「自然」=「静」です。

静的である時は「道」、それが動いて「徳」となります「徳」は、「道」から与えられた性質、あるいは「道」を身につけた状態といえます。「徳」は、万物に内在し万物を養い育み成長させるものです。

※ → 以下老子と儒学の「道」「徳」を一覧にまとめてみました。

ちなみに、『論語』には、「仁」が100回以上登場します。孔子・儒学の(徳の)核心・最重要のキーワードです。また、「天下」は、『老子』の中に58回も登場しているようです。私は、このあたりにも、老子の現実経世の学としての性格が現れていると想います。

cf.「虚無で形がないのが道、万物を化育するのが徳」(管子)

※ → ≪ 「道」と「徳」 / 老子(道家)と孔子(儒家)との違い ≫

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cf.「 徳のもとは「道」、つまり人間を含めた宇宙・大自然の本質である。これあるによって宇宙・自然が成り立っておる。これを失えば宇宙・自然は壊滅する。そういうものが、つまり宇宙・自然の本質が、これは一つの徳である。自然の場合はこれを「道」といい、そして自然と人間を合わせて「道徳」という。これは東洋の易学、東洋哲学の一つの基本概念である

(*安岡正篤・『養心養生をたのしむ ――易と健康〔下〕―― 』  p.90引用) 

◆ 『老子』の「道・物・徳・勢」 = 『易経』の「元・亨・利・貞」

老子の「」は易の、「物(形)」は、「」は、「勢(器)」は

≪ 道の造化のはたらき ≫

道=生(生じる) / 徳=畜(養う) / 物=形(形成する) / 勢(器)=成(完成する)

・「勢(器)成之」: 個体の周囲の情勢がそれを完全なものに仕上げます。例えば、同じ風(易の【】)でも、春には芽吹かせ花を咲かせ、秋には実を熟させますね。

*All things are completed according to the circomstances of their condition.

・「莫之爵(命)」: 孟子のいうところの「天爵」です。人から爵位を与えられて尊くなったのではないの意。一本に、爵を「命」につくっています。

・「生而不有、・・・ 」: 10章に、「生之畜之」 とあり 「生而不有、―― 」以下同文が重複しています。10章の文を51章の錯簡とみる説もあります。

・「玄徳」: 幽玄不可思議の徳
This is called its mysterious operation.

*10章: 玄徳  ―― これが、神秘の「徳〔ちから〕」とよばれる

*This is called the Mysterious Power.(A.Waley adj. p.153 ) 

*Such is called the mysterious virtue. (D.C.Lau adj. p.14 )

(*安岡・前掲「老子と現代」 pp.129−131引用) ・・・ 〈 第51章 〉

 だから結論として万物を生んで、而もそれを私しない。色々とこれに作為をして、而も『俺がこうしてやったのだ』という様な、又従ってどうならねばならぬとか、どうしてくれなきゃならぬとか、そういうような私欲を持たない、恃〔たの〕まない。長として、物の頭〔かしら〕になってもこせこせと干渉しない。これを玄徳と言うのであります

長として宰せず』。これは東洋の政治哲学・宰相哲学に常にある語であります。所謂統〔す〕べる、統一するが干渉しない。大体人の上に立つもの程こういう心掛けが必要であります。

安岡先生は、「世間には全くその逆になっておるいくつかの言葉があります。」と続けられ、次の最も普及しているもの(同時に“常識の誤解”しているもの)三つの言葉を、例示説明されておいでです。これらは、黄老に源を発する「愚」・“愚の思想”です。すなわち ――

A) 「馬鹿殿」: バカな殿様ではなく、“名君”のことをアイロニカルに表現したもの

B) 「糠味噌女房」: 糠味噌〔ぬかみそ〕漬けの上手な女房は至れる女房。女房礼賛の話

※「糟糠〔そうこう〕の妻 堂より下さず」(『後漢書』・宋弘伝)

C) 「女房と畳は新しいほど好い」: 畳は畳表〔タタミオモテ〕を裏返しし、更に畳表のみ取り替えるなどしてリフレッシュする。老子的“生活の芸術”です。今は亭主も同様にあれ!

cf. ≪ 易との関係 ― 「元享利貞」 ≫

道= 、物(形)= 、徳= 、勢(器)= 

 

《 参考資料 ― 「元享利貞」 》

( たかね・「易経64卦解説奥義/要説版」抜粋引用)

1. 乾 【けん為天】  は、剛・天の運行

全陽 ・・・ 分化発展の原則、
8重卦(純卦)、男性・純陽(老陽)、12消長卦 (5月)

● 乾=の意、天の運行・剛健、龍(ドラゴン)、「乾は剛にして坤は柔なり」(雑卦伝)、
大人に吉凡人に凶

■ 「元亨利貞〔げんこうりてい〕」(卦辞) と 自強不息〔じきょうふそく〕」(大象)

※  乾の四徳  ・・・  循環連続性 
芽生え「元」
 ↓
・・・ 時間的にいえばはじめ、立体的にいえばもと、大極=「元気」、大小の大、季節は春、徳では「仁」
成長 /「亨」
 ↓
・・・ 通る、通じる、元で生じたものの無限の生成化育、季節は夏、徳では「礼」
結実 /「利」
 ↓
・・・ 利ろし・利益・善きことがある意、 “きく”・成果・結果を生む・収穫・実り、季節は秋、徳では「義」
不変性「貞」
 ↓↓
・・・ 正しく堅固に安定、次の生成への基、季節は冬、徳では「智」

また、芽生えと循環。 季節もまた然り。

(彖伝・全)

「大いなる乾元、万物資〔と〕りて始む。すなわ〔及〕ち天を統〔す〕ぶ。|
雲行き雨施し、品物〔ひんぶつ〕形を流〔し〕く。|
大いに終始を明らかにし、六位〔りくい〕時に成る。時に六龍〔りくりゅう〕に乗り以て天を御す。|
乾道変化しておのおの性命を正しくし、大和を保合するは、すなわ〔及〕ち利貞なり。庶物に首出〔しゅしつ〕して、万国ことごと〔咸〕く寧〔やす〕し。」

《 大 意 》

乾天の気である元の根源的なパワーは、何と偉大であることよ! 天地〔宇宙〕間に存する万物は、みなこの元の気をもとにして始められているのです。すなわち、天道の全てを統率、治めているのが乾元〔=乾徳〕なのです。以上 元の解釈

乾のはたらきにより、水気は上って天の気の“雲”となって運行し、雨を施して地上の万物を潤し、万物・万生物(品物)が形を成し現われて活動を始めるのです。(以上 亨の解釈)

乾天のはたらきは、物の始まりから終わりまで、そしてまた始まりと間断なく循環するところを大いに明らかにしていて “6つの爻”(もしくは、老陽・老陰の交わって生ずる 震・巽・坎・離・艮・兌)は、その時と場合に応じて成すべきことを示しているのです。(聖人・君子は)その時に応じて、6つの変化の龍の陽気にうち乗って、それを自在に駆使することによって、天の命である 自身が履むべき道を行なうことができるのです。以上 元亨の解説|  

天の道は、時々刻々と神妙なる摂理によって変化しますが、その変化に応じて万物もまたそれぞれの性命〔天から与えられた本来のあるべき姿・性質〕を正しく実現して、大いなる自然の調和〔大和=大いに調和した気〕を保って失わないのです。これが利貞の徳であり乾徳なのです。  (聖人・君子は)天乾の剛健の気にのっとっていることにより、万物万民に抜きん出た地位につくのであり、その乾徳を発揮してこそ万国は、みな感化され安泰安寧を得ることができるのです。これが、聖人の利貞です。以上 利貞の解釈

 「保合大和・・・ 自然の大調和を持続せしめ〔保〕これに和する

 孔子の作ともいわれる彖伝。乾の卦辞「乾・元亨利貞」の解釈・解説文です。
まことに比類なき深遠名文と感嘆、ほれぼれいたしております。(盧)



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