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 【 31章 】 (30章/81章)
 (*安岡正篤:「シュヴァイツァーと老子」

偃武・第31章) 注1) 

 《 老子の平和主義 ―― 「戦勝以喪礼処之」 》 

 §.「 夫佳兵」 〔フ・チャ・ピン〕

注1) 「偃武〔えんぶ〕」とは、“武事(=戦争)”を偃〔や〕める”という意味です。ここでは、老子の実際的平和主義が説かれています。当時(春秋戦国時代)にあっては、“危言”(タブー)といえましょう。
おしなべて、宗教家や哲学者は、絶対的戦争反対・無抵抗主義を唱えています。が、老子は、現実的に自衛のためのやむをえない武力行使は是認しています。 「直〔ちょく〕を以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ。」(憲問第14−36) と孔子が『論語』で述べている、現実味のある“中庸”の精神も根本において同一であるといえましょう。

○「夫(佳)兵者、不祥之器。 物或悪之。故有道者不処。(是以)君子居則貴左、用兵則貴右。|
兵者、不祥之器、非君子之器。 不得已而之用、 恬淡 為上。勝而不美。而美之者、是楽殺人。夫楽殺人者、則不可以得志於天下矣。 |
吉事尚左、凶事尚右。偏将軍居左、上将軍居右。言以喪礼処之。*殺人之衆、以悲哀泣之、戦勝、以喪礼処之。」

■ 夫〔そ〕れ(佳)兵は、不祥〔ふしょう〕の器〔き〕なり。 物或〔つね/あるい・は〕に之を悪〔にく〕む。故に有道者は処〔お〕らず。(是れを以て)君子は居るには(居りては/居らば)則〔すなわ〕ち左を貴び、兵を用うる(とき)には則ち右を貴ぶ。|
兵は不祥の器にして、君子の器に非ず。 已〔や〕むを得ずして之を用うるも、 恬淡 〔てんたん〕を上と為す。勝ちて美とせず。而〔も/しか・るに〕し之を美とする者は、是れ人を殺すを楽しむなり。夫れ人を殺すを楽しむ者は、則ち志を天下に得べからず。 |
吉事には左を尚〔たっと〕び、凶事には右を尚ぶ。偏将軍は左に居〔お〕り、上将軍は右に居〔お〕り*補注) 喪礼を以て之れに処〔しょ〕するを言う。*人を殺すことの衆〔おお〕ければ、悲哀を以て之に泣〔のぞ〕み(/之に泣き)、戦いに勝つも、喪礼を以て之に 処り*補注)

補注) 「居り・処り」は、ラ行変格活用の終止形ですから、“処る”ではなく“処り”として文を切ります。
cf.〔 ら/り/り/る/れ/れ 〕、ラ変の動詞 → あり・居り・侍〔はべ〕り・在〔いま〕すがり

*A host that has slain men is received with grief and mourning;  he that has conquered in battle is received with rites of mourning.
(A.Waley adj. p.181)

*When great numbers of people are killed, one should weep over them with sorrow。When victorious in war, one should observe the rites of mourning
(D.C.Lau  adj. p.36)

《 大意 》

そもそも、武器(=兵器)というものは、(たとえ優れた=精巧にして美麗なものであっても)不吉な(殺人の)道具です。人は(誰もが)、それを怖れ嫌うでしょう。ですから、“道”を身につけた者は、武器を用いる(=戦争をする)立場にはたちません。君子〔くんし〕は、ふだん(家にいる時には)左を貴〔とうと〕びますが、戦時(戦場にいる時)には、(反対に)右を貴びます。

武器というものは、不吉な道具であり、君子が用いる道具ではありません。(然しながら、世は平和な時ばかりではなく、戦争ともなれば「不祥」などと言っていられません。ですからもし、)やむを得ず用いる場合(=戦争をする場合)には、恬淡〔てんたん:=あっさりと執着せずに〕と用いるのが第一です。戦いに勝っても(勝利を)賛美しないことです。(決して立派なことではないのです。)しかるに、(勝利して賛美する者があるなら)それは人を殺すことを楽しむ(残忍な)人です。そもそも、人を殺すことを楽しむような者は、自分の志を天下にかなえることなどできはしません。

(ですから、一般に、)慶び事には左を尚びますが、凶事では右を尚びます。軍隊では、副将軍が左に位置を占め、上将軍が右に位置を占めています。つまり、(これは軍隊というものが人を殺すものですから) 葬儀の決まりごとに倣〔なら〕っているということなのです。したがって、戦争は多くの人を殺〔あや〕めるので、心からの*悲哀の気持ちで戦〔いくさ〕に臨み(/=戦争で人を殺〔あや〕めることが多い時には、*悲哀の心をこめて泣き)、戦いに勝っても、葬礼〔葬儀の礼〕の方法(きまりごと)によって、これ(=戦後)を処理するのです

・「夫(佳)兵者」:「佳」の文字を用いている本が多いです。が、帛書にはこの文字はありません。
「佳兵」は、1)精巧な武器、すぐれた武器の意  2)「佳」は、「隹〔すい〕」の誤字で「唯」と同義とする説(王念孫)

・「物或悪之。故有道者不処。」:24章に同文があります。「物」は万物で人も含みます。世人・誰もがの意。 「或」は、 1)「ある・いは」で、たいがいは、おそらくは、の意。 2)「つね・に」

・「君子居則貴左、用兵則貴右」:平時の儀礼では、左を貴びます。 「君子南面す」で、主君は南面して(北に)坐りますから、左が東で【陽】、右が西で【陰】、【陽】を貴び【陰】を卑〔ひく〕めます
また、陰陽観で、【陽】は“生”に、【陰】は“死”に結びつきますので、戦時には右が上位になるとも考えられましょう。

cf.穢〔けが〕れたものを持たない左手を神聖視した原始信仰による。すなわち、戦争を穢れに連なる行為と考え戦時には右を上位とした、と考える立場。(加藤常賢氏)
  研究  ≪ 日本における左・右観 ≫参照のこと

・「恬淡」:心安らか、静かであっさりして執着しないこと。淡白・無欲。『荘子』の中にも、「虚静〔きょせい〕恬淡」・「恬淡無為」/「君子の交わりは淡〔あわ〕きこと水の如し」(=「淡交」)とあります。。 戦いに勝っても、あっさりと切り上げるのが上策というもの。欲を出すと、勝って身を亡ぼします。

cf.「隴〔ろう〕を得て蜀〔しょく〕を望む」(=望蜀)

・「以悲哀泣之」:「泣」〔きゅう〕は、楚簡では「位」〔い〕、帛書は「立」〔りつ〕。「立」は「位」の略字、「位」は「莅」の略字。
*「泣」は、1)泣く の意  2)「磧廖未蝓佑慮躬と考えられ、「磧廖Α帶」〔りん〕は、「臨」〔りん〕=のぞむ、の意。
「以悲哀」は、表面上の儀礼として無名戦士の墓前に花をささげるだけでなく、殺された人とその遺族諸氏に対して心からなる哀悼の意をささげて悲しむ、ということです。

cf.馬叙倫氏は、この章は、本文と注が錯乱・混合しているとしてして、陶方の訂誤を付記して説明しています。それによると、この部分 「戦勝以喪礼処之」 が本文で、「殺人之衆以悲哀泣之」 を注としています。

研究

≪ 日本における左・右観 ≫

中国において、宰相職の左・右の上位・下位の関係は、時代によって異なるように思います。わが国では、左・右両大臣のうち左大臣を上位とするようです。尤〔もっと〕も、“右に出る者はない”という慣用句もあり、右を貴んでいるようにも思われます。催事・セレモニーで、国旗(日の丸)と一般の団体旗(○○政党旗など)を壇上に並置して飾る時も右(壇上からみて右、客席から見れば左)が国旗です。易学・陰陽思想で右(手)が【陽】で、左(手)が【陰】と考えられるからでしょうか。

想いますに、現代にまで繋がっている日常生活の風習にも、この易学の生死にかかわる“左右/陰陽観”の影響が推測されるものがあります。―― 例えば。“和服の襟〔えり〕”は、通常は左が前です(右手が入るように)。それが、死装束〔しにしょうぞく:死者に着せる着物〕では、逆に右が前です。“帯締め(帯止め)”も、通常・日常は、左・右両方を上に向けます。が、葬儀に出席する時は、逆に、左・右両方を下に向けます。(上方は【陽】、下方は【陰】です。) 流派にもよるのでしょうが、披露宴などでは、右は上(慶び)・左は下(悲しみ)にするといいます。これからの人生、慶びも悲しみもありますヨ、の意図でなんともシャレた考え方・方法ですね。

“死んだら何でも(生前と)反対にすればいい”と、幼少のみぎり、母から教えられたのを記憶しています。“のし袋”のウラの重ねも、祝い事の場合はからかぶせます(上向き)が、香典袋の場合はからかぶせます(下向き)。香典として袋の中に入れる紙幣も、使い古したものを(新しければクシャクシャにして古く見せて)用います。古いお札は、死者と同じく【陰】だからでしょう。


■2014年8月24日 真儒協会 定例講習 老子[44] より


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