儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

定例講習

老子講 『老子道徳経』 「有生於無」 ―― 「道」の作用 その4

こちらは、前の記事の続きです。

コギト(我想う)

≪ 【損・益】の深意  ―― 現代的意義を考える ≫

易の賓卦・反卦の【損・益】卦、五行思想の相剋〔そうこく〕関係【水】と【火】、陰・陽の相対関係を、矛盾・対立するものとして(弁証法的に)捉えるのは、西洋的かもしれません。

私が想いますに、今一つの考え方として、両者がペアで協力してはたらくという捉え方ができるのではないでしょうか。東洋的視点とも言えましょう。それは、車の両輪やコイン(紙幣)の裏表などと例えるよりは、「呼吸」のような関係に似ていると想います。―― といいますのは。

「呼吸」は、 (1)「呼〔はく〕」と「吸〔すう〕」が、反対の用(作用・はたらき)でありながら、お互いを助け合っています。「出入」〔人が出たり入ったり/食物の排泄と摂取〕、「終始」〔物事の終わりと始まり〕、「忘却と記憶」〔忘れることと覚える保持すること〕などの関係も、同様です。

(2)次に強調したいのが、両者の順序です。どちらが先行か、後行かです。深呼吸は、まず、しっかりと吐いて(汚れた空気を出して、肺を空にして)から、新鮮な空気を十二分に吸い込むのです。

ですから 「呼 ⇒ 吸」 です。食物も、まずお腹を空腹にして(宿便を)排泄してからしっかりと食べます。「出 ⇒ 入」です。

頭の中も、まず忘れてリセット(空〔から〕・無)にしてから、新しい知識や忘れたことを再び記憶します。記憶の定着は“憶え ー 忘れる”を17回以上繰りかえすと実現すると心理学でいわれていると聞いたことがあります。

つまり、記憶のコツは、忘却することにあるということです。ですから、「忘却 ⇒ 記憶」です。

また、ものごと、終わりは始まり。終わって始まります。『大学』に「物に本末有り、事に終始有り。先後するところを知れば、則ち道に近し。」とあります。英語の“コメンスメント”〔commencement:卒業式〕も始まりの意味です。「始終」といわず「終始」といいます。「終 ⇒ 始」です。

――― このように、【損・益】も【損】が先で【益】は後です。またかくあるべきなのです

さて、平成の大衆社会は、先賢の教えに学ばず、カケネなしの愚行を繰り返しています。全く、ちぐはぐ、トンチンカンな社会状況です。

己の利ばかりを思い、過陽 ”で “ わからぬ ” 状況が蔓延しております。企業・経済人は、まず(先に)ユーザーへの福音となるように社会貢献を考え、利益は後です。

公務員・教育の現場も“中庸”を欠き、駁雑〔ばくざつ〕に過ぎます。まず、よく省〔かえり〕み省〔はぶ〕き、空〔あき〕を創ってから新規事を益〔ま〕すのです。

なお、余事ながら付言しますと。人生にもリセットが大事かもしれません。まず、チャラ(白紙)にして、新しい人生が描けるのでしょう。

○ 「蘧〔キョ〕伯玉 行年五十にして四十九年の非を知り、六十にして六十化す。」 ※補)

(『淮南子〔えなんじ〕』)

安岡正篤先生の著書〔講演録〕・『易と人生哲学』 (致知出版社) で知り、感銘を受けた文言です。私は、50の歳の時に奇〔く〕しくも、この言葉・この本に出合ったわけです。今にして想うにつけても、まさに、縁尋機妙」な出合いでした。

※補) 蘧伯玉〔きょはくぎょく〕という人は 孔子がたいへん尊敬していた衛〔えい〕の国の賢大夫です。その名言が これです。その意味は、今までの四十九年の人生が間違っていた と認識して、五十歳で人生を“リセット”したということです。なかなか出来ないことです。そして、「六十にして、六十化す。」と続きます。つまり、今までの人生が全部駄目だったと認めたうえで、そこから 自己改造して進歩向上させていくことが出来るものなのです。

 

《 参考資料 》 1.

( たかね・「易経64卦解説奥義/要説版」抜粋引用)

《 41 & 42 のペア 》

41. 損 【山沢そん】  は、へらす。

包卦(乾中に坤)

● “損益の卦”、上経の“泰否の卦”と好一対、賓卦 「益」、 「遜」にも通じへりくだり奉仕する、“損して得とれ”、“ Give and Take ”/“One lost, two found.”
―― まず与える 易は損が先、 正しい投資

5爻 「十朋〔じっぽう〕の亀〔き〕」(神占をするための高価な霊亀)登場、元吉

cf.貝原益軒・・・ 84歳で死ぬ1・2年前に 「益軒」を名のる、それまでは「損軒」、(『養生訓』)

■ 沢は地表面が減損したものですから、沢が深いほど山は高い。

1)地天泰であったものが、3爻の一陽を減らして上爻に益した象。即ち、内を損して外を益した象。

2)外、私の心を去って動ぜず(艮山)、内、悦んで(兌沢)修養努力する象。

○ 大象伝 ;
「山下に沢あるは損なり。君子以て忿〔いか〕りを懲〔こ〕らし欲を塞〔ふさ〕ぐ。」

(沢は地表面が減損して、それが山となっている、自然の理です。そこから君子は、損することの道理を悟り、自分を抑え怒らぬように節制し、私欲・欲望を抑え 塞ぎ止めるようにするのです。)


42. 益 【風雷えき】  は、ます・ふやす。

包卦(乾中に坤)

● 益する道、損(正しい投資)があって益あり、  賓卦 「損」
「損して已〔や〕まざれば必ず益す」(序卦伝)、 2爻 「十朋の亀」、永貞吉

■ 1)動いて(震雷)従う(巽風)象。

2)上より下にくだる。 「否」の4爻と初爻が入れかわったもので、上を損じて下を益すの象。 

3)雷(震)の裏卦が風(巽)で、陽陰共存の象。

○ 大象伝 ;
「風雷は益なり。君子以て善を見ればすなわち遷〔うつ〕り、過ちあればすなわち改む。」

(風と雷は、互いに助け益します。そのように 君子は、自分の徳義が益するように、善いと見れば就〔つ〕き従って動き、自分に過失があれば勇気をもって改めるのです。)

cf. 『論語』より ; 
「利に放〔よ〕りて行へば怨み多し。」 (里仁第4)
「君子は義に喩〔さと〕る。小人は利に喩る。」 (里仁第4)
「過〔あやま〕っては則ち改むるに憚〔はばか〕ること勿〔なか〕れ。」
(学而第1、子罕第9)


(この続きは、次の記事に掲載させて頂きます。)


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老子講 『老子道徳経』 「有生於無」 ―― 「道」の作用 その3

こちらは、前の記事の続きです。

◆◇ 次に以下、『老子』のなかで、「損・益」について述べられているものを拾ってみますと。

( §42章 )

○ 「故物或損之而益、或益之損。

■ 故に物は或いは之を損して益し、或いは之を益して損す

《 大意 》

まことに、ものごとは、(※『易経』の【損・益】の卦に教えているように) それを損する(減らす)ことによってかえって益する(益す・増やす)ことがあり、(逆に)それを益する(益す・増やす)ことによってかえって損する(減らす)ことがあるものなのです。

 

( §77章 )

○ 「天之道、其猶張弓与。高者抑之、下者挙之、有余者損之、不足者補之。 |
*天之道、損有余而補不足。人之道則不然、損不足以奉有余。」

■ 天の道は、其れ猶〔な〕お弓を張るがごときか。高き者は之を抑〔おさ〕え、下〔ひく〕き者は之を挙げ、余り有る者は之を損じ、足らざる者は之を補う。 |
*天の道は、余り有るを損じて、而〔しか〕して足らざるを補う。人の道は則ち然らず、足らざるを損じて、以て余り有るに奉ず。」

《 大意 》

天の道(自然なあり方)は、あたかも弓に弦〔つる〕を張るようなものでしょう。上の端(高い上弭〔うわはず/末弭:うらはず〕)は下にひっぱり、下の端(下の下弭〔もとはず/本弭:もとはず〕)は上に持ち上げます。余り過ぎたら減らし、足らなければ継ぎ足し補います。(それでこそ、立派に調整ができるのです。) |
天の道は、このように、余り過ぎたものを減らして足りないものを(=ホドよく、中和させる)補うのです。(しかしながら)人の道(=やり方)は、そうではありません。足りない方をさらに減らして取り上げ、それを有り余っている者にさし上げる(たてまつる)ということなのです。 補注)※

*“It is the way of heaven to take from those who have too much, 
and give to those who have too little.But the way of man is not so.”    (Kitamura adj. p.252)

*この章は、共産主義(中国)にも資本主義にも利用されてきました。ここに老子の思想のスケールの大きさが感じられます。そして、所詮小さな“主義”を振り回すのみで、不平等を好み、
人の道は則ち然らず」で現在に到っています。

補注) 現代的に例えてみますと。貧しい人からの収奪(搾取?)・税金の徴収。金持ちに「金」が集まる→金が金を生む(利子や地代)。“持てる者と持てない者と”の格差の広がり。(東京大学合格者の8割は金持ち・・・ )
社会的「衡平: “累進課税”の制度。社会保障諸政策(生活保護、児童・子ども手当、高校授業料無償化、国立大学授業料低所得家庭への無償化 etc.)

★  盗夸  

◆ 「盗〔とう〕の夸〔おご〕り(盗夸〔とうか〕)、道に非ざるかな」(53章) “盗人〔ぬすっと〕のぜいたく(盗人のリーダー〔親分〕)” 、みちを踏み外すことはなはだしいものです。

 

( §81章 )

○ 「聖人不積。既以為人、己愈有。既以与人、己愈多。」

■ 聖人は積まず。既(ことごと・尽/すで・に)く以て人の為〔た〕めにして、己〔おのれ〕は愈々〔いよいよ〕有り。既く以て人に与えて、己は愈々多し。

《 大意 》

 聖人は、モノを蓄〔た〕め込んだりしません(/心に知を積め込まず空虚〔から〕です)。何もかも他人〔ひと〕のために出し尽くしながら、それでいてかえって自分がますます持つ(充実する)ことになります。何もかもすべて、他人に与えていながら、それでいてかえって自分はますます(心が/精神的にも物質的にも)豊かです。(*“ ―― he is richer still.”)

平成日本の(経済的)格差社会社会的“中庸”の実現/福祉国家・社会の実現

「高い席にいるものは、貨幣〔かね〕を出せ!安い席にいるものは、拍手を送れ!」

( ヨーロッパの古諺 )

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老子講 『老子道徳経』 「有生於無」 ―― 「道」の作用 その2

こちらは、前の記事の続きです。

研 究

其の1 ・・・ ≪ 【損・益】の卦 と「老子」 ≫ 

【 42 / 77 / 53 / 81章】

『易経』64卦、【山沢損:☶☱】(41)と【風雷益:☴☳】(42)。この【損・益】の対卦は、【泰・否】(11&12)と【既済・未済】(63&64) とともに、『易経』のペア卦を代表するものです。とりわけ、【損・益】の思想は、現実社会の政治と経済に直結するものです。

老子は、わけても、【損・益】の思想を自分の主張として取り入れて、展開して述べています。ここに、一般には隠者的思想と思い込まれているムキのある黄老思想の現実的・政治的・為政者的(指導者・リーダー論的)側面が、よく現れているといえましょう。

私見ながら、この「損・益」は、老子の思想のベースに易学があるという一つの例であると考えます。「五経〔ごきょう〕」の筆頭として儒学の専売特許のように位置づけられている『易経』です。が、私は、この中国最古の奇書は儒学の源流思想であると同時に、黄老の思想形成にもおおいにあずかって影響を与えていると考えています。

そして、現今〔いま〕の経済立国・日本は、あたかも、たそがれて行く先を失い道に迷い窮せんとしているが如き状態です。現状の不慈不善を正し、日本の近未来の(そしてその指導者〔リーダー〕の)あるべき姿を取り戻すためにも、この“損・益の思想”は現代の光をあてて再考しなければなりません。

さて、【損】と【益】は、“反卦〔はんか〕”/「賓卦〔ひんか〕」の関係です。つまり、相手が対面していて(正面にいる)、その相手から見ての卦(=卦を180度回転させれば良いことになります)です。平たく例えれば、自分が 一万円あげる・損する( ギブ:give/lose )のは、相手から見れば一万円もらう・得する( テイク:take/get )です。試合や勝負で、自分が負けるということは相手が勝つということです。非常に、理に適っています。

◇以下、【損・益】の卦・思想について、ポイントをいくつか説明してみましょう。( →詳しくは《参考資料》 参照のこと )

まず、一言確認しておきますと。易においては、「陽」を以て余り有るものとし、「陰」を以て不足なるものとします。そして、上卦は為政者(政府)・指導者〔リーダー〕・金持ちであり、下卦は大衆・一般ピープル・貧しい人々、と考えます。(両者の)相対的関係では、主体を下卦の大衆・一般ピープル・貧しい人々を基準に考えます。(民衆中心の思想〔民本主義〕)

 
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No.1
【益】  《上を損して下を益す》

もと、【天地否 ☰☷/乾・坤】であったものが、上卦【☰/乾】の4爻〔こう〕の一陽が下がって下卦【☷/坤】の初爻に一陽(入れ替わって)生じ【☳/震】となった象〔しょう・かたち〕です。上の有余しているものから(減らし)下の不足しているところへ、一陽を益し与えています。【否】の塞〔ふさ〕がっている時(代)にあって、上より下に与え、皆が“悦び活気づき、巽順にして大いに活動します(=☳/震の象意から)”。

ex.企業活動: 寄付・利益還元・社会貢献・フィランソロピー・メセナ ・・・

※(4爻と初爻の移動関係は、“応爻”の関係ということです。小成卦=八卦を上卦と下卦の順で左右・横に並べるとその対応関係がよく解かります。)

【益】彖伝〔たんでん〕: 

「益は、上を損して下を益す。民 説〔よろこ〕ぶこと疆〔かぎ〕りなし。上より下に下る。その道大いに光〔あきら〕かなり。  ・・・・・ 益は動きて巽〔したが〕い、日に進むこと疆〔かぎ〕りなし。天は施し地は生じ、その益すこと方〔ほう〕なし。およそ益の道は、時と偕〔とも〕に行わる。」

No.2
【損】  《下を損して上を益す》

もと、【地天泰 ☷☰/坤・乾】の安泰の時にあって、下卦【☰/乾】3爻〔こう〕の一陽を減〔へ〕らして上卦【☷/坤】の上爻に益した象です。公共のため社会のために誠をもって自ら進んで減らし損するのです。損すべきときに損するに値する損をする、時幾が大切です。正しい損=投資はやがて反〔かえ/=返〕ってきます。自分の代でなくとも、子・孫の代にも反ってきます。。“情〔なさけ〕は、人のためならず”です。

ex.寄付・税金を納める・ボランティア(勤労奉仕)・国家会社に仕える、正しい投資 ・・・

【損】彖伝〔たんでん〕: 

「損は、下を損して上に益し、その道上行す。損して孚〔まこと/= 誠心〕あれば、元吉にして咎〔とが〕なし。  ・・・・・ 剛を損して柔を益すに時あり。

大象伝: 「君子以て忿〔いか〕りを懲らし欲を塞〔ふさ〕ぐ。」


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老子講 『老子道徳経』 「有生於無」 ―― 「道」の作用 その1

【 40章 】

(去用・第40章) 注1)  「有生於無」  ―― 「道」の作用 ≫

§. 「反者道之動」〔ファヌ・チャ・タオ・チ・トウン〕 

注1) 「去用」は、「作用に去〔ゆ〕く」で意味がはっきりしません。偉大な道の作用を目指すの意?かも、世俗的で強引な作用を除けの意? かもしれません。
「道」が動いて「有」となり(=反)、「有」が静まって「無」となります(=常)。「常」は「弱」であり、「弱」は「静」であり、それが万物の生みの母です。短い文言ですが「道」の全様を説き尽くしています。

※注2) この章、帛書では 41章と 42章との間に位置しています。(40章と41章を入れ替えるとよい) 従って、前の文(前の2句)は41章を受け、後の文(後の2句)は42章に吸収すると解かり良いです

「反者道之動、弱者道之用。 |* 天下万物生於有、有生於無※注2)

■ 反〔はん〕(反〔かえ〕る者)は道の、弱〔じゃく〕(弱き者)は道の。 |
− − − − − − − − − − − − − − ※ 
天下の万物は有〔ゆう/う〕より生じ、有は無より生ず

*“ For though all creatures under heaven are the products of Being, Being itself is the product of Not−being. ” (A.Waley adj. p.192)

*“ The myriad creatures in the world are born from Something, and  Something from Nothing.”    (D.C.Lau adj. p.47)


《 大意 》

(道という)根源〔根元〕に返〔反〕ろうと(回帰)してゆくのが道の働きです。ひたすら柔弱〔じゅうじゃく/にゅうじゃく〕なのが道の作用なのです。 |
世界の万物は「有」(道の用)から生じますが、その有は「無」から生じるのです

・「反者」 = 「返」 : 
『老子』の「反」には、1)対立・反対の意 2)循環・反復・回帰の意 があります。
ここでは、2)循環・反復・回帰の意 です。――― 老子の“回帰・復帰の思想”です。
 cf.楚簡は「也者」

“ In Tao the only motion is returning.”  (A.Waley adj. p.192)

・「有生於無」: 
「無」が象〔しょう・すがた・かたち〕を現して「有」となり、「有」が象を消して「無」となり、森羅万象の変化はこの交代が繰り返され循環します。仏教でいう「因果承続の理」でしょう。

cf.「 ――― 有とは限定であり固定であって、無こそ永遠であり全体である。有限の形の世界からは無という他〔ほか〕はない。無から有を生ずと申しますが、本当に有というものは無から出て来るのであります。無は、言い換えれば全、完〔まった〕しであります西洋ではこれを Complete wholes といっております。これはうまい訳の仕方であります。そこから有限・現実の世界に現われて来ると、それはもう限定・固定されてしまう。決して無でもなく常道でもないのであります。」 
 (*安岡・前掲書A p.98引用)


★ POINT! (by.たかね)

《 ―― 天地万物の生成論 ―― 》

【老子】:

 ※「」=「」   →      

※「無」は“Nothing” ということではありません

→ 「一」=気 → 「ニ」=陰・陽(地・天) → 「三」=陰・陽・ (三才)→→ 万物

【易学】:(儒学)

*  |  有  

| 「太極」ありき → 「2」(両儀) → 「4」(四象) → 「8」(八卦)・・・「64」
→ 「2」=陰・陽(地・天) → 「3」=陰・陽・ →→ 万物

※「易に太極あり。これ両義を生ず。両義は四象を生じ四象は八卦を生ず」(繋辞上伝)

【科学】:(宇宙物理学)

? →?→  ビッグバン!  →(暗黒時代)⇒ ☆ファーストスター   →→→ 万物

※137億年前  ←       《 拡大・膨張 》

cf.(生物学) 易・太極=卵細胞 → ips 細胞(‘12 山中教授)

cf.【宗教】:(仏教)

 無  = 「空〔くう〕」 →  有   「色」〔森羅万象/=万物: Everything〕

※「 色即是空(しきそくぜくう)。空即是色(くうそくぜしき)。」: 空と色は“環状”で循環(時間・季節のめぐり)

【宗教】:(キリスト教・ユダヤ教・神道)

*  |  神 ありき → 「2」=男・女 → 「3」=父・母・子 ・・・ →→ 万物

(雄・雌) ex.アダム&イヴ/イザナギ&イザナミ ・・・

cf.≪宇宙の誕生≫ 「暗黒空間(時代)」/水素・ヘリウム・暗黒物質/「ファーストスター」 (太陽の100万倍・青白〜白)/宇宙の膨張は加速度的・「暗黒エネルギー」の存在
(‘11.10.5 ノーベル物理学賞: 米 ソール・パールマター博士、豪 ブライアン・シュミット博士、米 アダム・リースら3氏による“宇宙の膨張加速の発見”)

→ ※宇宙の始まりに急激な膨張(インフレーション)があったとする理論を支持することにもなりました。/膨らむ宇宙の結末は、(1千億年後)空間も引き裂かれてバラバラになるのでしょうか?


参考資料

○「無極にして大極」 (近思録) ・・・ 朱子は 【大極 = 有】 と考えています

○「是の故に易に太極あり。是れ両儀を生ず。両儀四象を生じ、四象八卦を生ず。八卦吉凶を定め、吉凶大業(たいぎょう)を生ず。」 (繋辞上傳)

○「太初(たいしょ)に言(ことば)あり、言は神と共にあり」 (旧約聖書)

○「天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時、高天原(たかまのはら)に成れる神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、次に高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、次に、神産巣日神(かむむすひのかみ)。」 (古事記・冒頭)

○「道は一を生じ、一は二を生ず。」(老子) ・・・ 道を「一」が生ずる前の「無」と考えています


コギト(我想う)

≪ タマゴが先か?ニワトリが先か? ≫ ―― 生命の 根源

「ゼロ/零」 = 「無・道(空)」   「タマゴ」(有)が生じる前の状態、“原始のスープ”(“宇宙のチリ”・“水素/ヘリウム/暗黒物質”)

 「一」 = 「1元気」  「タマゴ」(卵〔らん〕/胚)・単細胞 (“ファーストスター”)

 「ニ」 = 「陰・陽(地・天) の2元気」  成体・多細胞/雌雄

 「三」 = 陰陽の気を和合させるある種の触媒  自己増殖・繁殖

・・・万物(生物)生成のメカニズム


◆ タマゴが先か? ニワトリが先か?

論理的思考(文章)のトレーニングに良いテーマです。―― ニワトリ(=成体)がいきなり出来るという考えでは、“神が創りたもう”ということで宗教・神話になってしまいます。「タマゴ」(ラン・単細胞/=有) がまず誕生したと考えるのが論理的です。その誕生の前提に原素材のある空間としての「無」が必要です。「無」は、全く何も無いという意味の「無」ではなく、「有」の前提としての「無」です。

最新の宇宙物理学で、宇宙の誕生は、次のように解明されています。(ビッグバン“The Big Bang”の後)星々が宇宙のチリから誕生する前の空間を暗黒空間(≒ 老子の 「玄」 )と呼びます。水素・ヘリウム・暗黒物質があったと考えられています。その 「恍惚」 たる 「無」 の空間から、太陽の100万倍の明るさの(青白〜白) 「一」 つのファーストスターが誕生するのです。

現代の生物学や地学でも、地球の生命誕生は、原始の一定の条件のもとで最初のタンパク質(アミノ酸)が生まれたと考えられています。

そして、生命誕生の今一つのポイントは、自己増殖作用です。子孫を残すことが出来なければ生命の誕生とはなりません。 「二」 は、その陰陽・雌雄と考えられます。単細胞から多細胞に殖え、さらに子孫(=DNA)を連続させます。連綿として続く命の連鎖・循環、永遠なるものです。その意味で、“赤ちゃんの年は20万歳”・“人間(生き物)はDNAの乗物”とも表現されています。

要するに、元〔はじめ〕に「タマゴ」が生じ「ニワトリ」になり、(雌雄にわかれ/2羽の鳥?)子孫としてのタマゴを産んだのです。なお付言すれば、今の成体(ニワトリ)は、元〔はじめ〕に「造化」されてより 「進化」という過程を経て在り、その進化のプロセスの途上の一時点として今存在しているわけです。

( ※ 文中の  * の語は、「老子」の専用語です)

cf. → ips 細胞(‘12 山中教授)


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老子講 『老子道徳経』 老子の “万物生成論“

【 42章 / 40章 】 ・損益 【 42/ 77/ 53/ 81章】

道化・第42章) 注1) 老子の “万物生成論“

§.「道生一」〔タオ・シャン・イ〕

注1) タイトルの「道化」は、「“道=無”から万物が化育される」の意。この章の内容をよくあらわしていると思われます。この章は、老子の“万物生成論”として有名なものです。多くの見解・解釈があり、文献から理解するのは非常に難しいと思われます。
後半の“損・益”は、私感するに、易卦【損・益】の教えるところに共通するかと思います

○「* 道生一、一生ニ、ニ生三、三生万物。| 万物負陰而抱陽、沖気以為和。 | 
人之所悪、唯孤・寡・不穀、而王公以為称。 故物或損之而益、或益之損。 |
人之所教、我亦教之。教梁者不得其死、吾将以為教父。」

■ 道は一〔いち/いつ〕を生じ、一はニを生じ、ニは三を生じ、三は万物を生ず。 |
万物は陰を負い陽を抱き、沖気以て和を為す。 |
人の悪〔にく〕む所は、唯だ孤・寡・不穀にして、而〔しか〕も王公は以て称と為す。故に物は或いは之を損して益し、或いは之を益して損す。 |
人の教うる所は、我も亦之を教えん。教梁(なる)者は、其の死を得ず、吾れ将〔まさ〕に以て教えの父と為さんとす。

*“ TAO GAVE birth to the One; the One gave birth successively 
to two things, three things,up to ten thousand.” (A.Waley adj. p.195)

*“ Tao produced Unity; Unity produced Duality; Duality produced 
Trinity; Trinity produced all existing objects.”    (Kitamura adj. p.149)


《 大意 》

道が(動いて、まず「有」であるところの) 一元の気を生じ、一元の気が陰・陽(天地)のニ気(=両儀)を生じ、陰・陽(天地)のニ気が相和して第三の沖気(天地人の三才)を生じ、この第三の沖気から(4.5.6 ・・・百・千・万と)万物を生じます。 | ※ → POINT!参照のこと

万物は陰を後〔背負い〕に、陽を前〔抱き〕に(して生育)し、沖気〔沖虚の気〕が(陰陽の気を交流させ)調和〔バランス/ハーモニー〕を保っているのです。 |

人々が嫌うものは、それこそ、“孤(みなしご)”・“寡(ひとりもの)”・“不穀(ろくでなし/たわけもの)”です。が、王や公族たちは、(へりくだって)それらの言葉を自称しているのです。(だからこそ、高位を保っていられるのです。) まことに、ものごとは、(※『易経』の【損・益】の卦に教えているように) それを損する(減らす)ことによってかえって益する(益す・増やす)ことがあり、(逆に)それを益する(益す・増やす)ことによってかえって損する(減らす)ことがあるものなのです。 |※ →  研 究  【損・益】の卦と「老子」 参照のこと

(古〔いにしえ〕の)人々が教えてくれたことを、私もまた(現代の人々に)その言葉を例として教えることとしましょう。「力にまかせてゴリ(ムリ)押しする者は、ろくな(まともな)死に方はしない。(強暴・剛強な者は畳の上では死ねない)」 私は、(謙虚に柔弱でいるのが善いとする)このことをこそ、教えの根本(=父)としてゆくとしましょう。

・ 「 道生一 、一生ニ、ニ生三、三生万物。」
「一」は「道」の別称としても述べられていますので(10章・22章・39章)、「道生一」は、文言からはわかり難いともいえましょう。「一」は、「無」や「道」とは異なり、具体的で象〔かたど〕られたものです。易学的に表現すれば、陰陽未分化の“胚〔はい〕”の状態ともいえましょう。
ここで特筆できることは、最新の宇宙物理学が、(日本の研究者が最優秀のコンピューターによって)宇宙の始まりを解明したことです(2010)。 すなわち、暗黒空間(時代)からの“「一」つ”の“ファーストスター”の誕生です。また、リニューアルした“ハップル望遠鏡”による観測のアプローチも、131億年前の“赤ちゃん宇宙”を明らかにしています。 これらの驚くべき科学的成果が、(逆に)2000年以上まえの黄老の哲学をわかり易くしてくれています! 何とも不思議な気がします。

「万物負陰而抱陽、沖気以為和。」: 
老子特有の比喩表現(たとえ、暗喩 → 玄喩?)です。日の当らない側が“陰”で“負う≒背”、日のあたる側が“陽”で“抱く≒胸”。したがって、陰陽を前後にして、または陰陽に挟まれて の意。 
「沖気」は、“中和の気”と表現できるでしょう。次の A.ウェイリィの表現が良く示していると思います。 

“ ―― it is on this blending of the breaths that their harmony 
depends.”  (A.Waley adj. p.195)

・「孤・寡・不穀」: 
「孤」〔はみなしご、「寡」〔クアごけ・ひとりもの(または寡徳)、「不穀」〔プクウおろかもの : 39章にも同じことが述べられています。 王侯は、当時、それを謙遜の辞として自身を称するとき(第一人称・代名詞)に用いています。指導者(リーダー)の謙辞・謙譲、易卦の【地山謙】の教えです

ex.「孤」・「寡人」(徳の少ない者: 『孟子』に見られます)・「不穀」(=不善・不賢: 『左伝』や『礼記』に見られます) 
一般ピープルでも、「僕」・「不肖」・「私」・「拙者」などと用いています。

・「物或損之而益、或益之損: 
之を損〔へ〕らし損らして、終〔つい〕には無に至ります。無から 1 を生じ、1・2・3・4・5・・・百・千・万・億・兆・・・と益(増)し無限多です。無限多は数理において無限小に等しく、無限小は無です。之を益してその結果は損となります。
損益は循環します。循環の理法からすれば、損と益は一つのものです。陰陽・強(剛)柔もまた然りです。強ならんと欲せばまず柔たれ、益せんと欲せばまず損せよ、ということでしょう

・「教梁者不得其死」: 
棟〔むね/棟木〕を負う木材を “梁〔はり〕”といいます。“在来軸組工法”では荷重が梁に集中しますので剛強な支持力を必要とします。おそらく、この句の文言は、古語なのでしょう。

cf.孔子の弟子 三千人の中で、人気ナンバーワンのキャラクター“子路”は、「暴虎馮河」のルーツの豪傑です。が、その激しく剛直な性格が災いして、孔子の暗示どおり、晩年に惨殺されます。

○ 「 ――― 由〔ゆう〕や?〔がん〕。」/「子路行行如たり。 ―― 由が如きは其の死を得ず。然〔しか〕り。」  (『論語』・先進第11)
「全身膾〔なます〕のごとくに切り刻まれて、子路は死んだ。」・「子路の屍〔しかばね〕が 醢〔ししびしお: 人体を塩づけにする刑〕 にされたと聞くや、(孔子は)家中の塩漬類をことごとく捨てさせ、爾後、塩はいっさい食膳に上さなかったということである。」 

(中島敦〔あつし〕・「弟子」より)


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老子講 『老子道徳経』 首章・冒頭 ―― 「道」とは? その6

こちらは、前の記事の続きです。

参 考 / 研 究

・・・ ≪ 『大学』・明明徳 ≫

○ 古之欲明明徳於天下者、先治其国。欲治其国者、先斉其家。欲斉其家者、先修其身。欲修其身者、先正其心。 欲者、先。 欲誠其意者、先致其知。致知在格物。

■ 古の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、先ず其の国を治む。其の国を治めんと欲する者は、先ず其の家を斉〔ととの〕う。其の家を斉えんと欲する者は、先ず其の身を修む。其の身を修めんと欲する者は、先ず其の心を正しゅうす。其の心を正しゅうせんと欲する者は、先ず其の意〔こころばせ〕を誠〔まこと〕にす。其の意を誠にせんと欲する者は、先ず其の知を致す。知を致すは物を格〔ただ/いた・る〕すに在り。

The ancients who wished to illustrate illustrious virtue throughout the empire, 
first ordered well their own States.  Wishing to order well their 
States,they first regulated their families.Wishing to regulate their families,
they first cultivated their persons.Wishing to cultivate their persons,
they first rectified their hearts.  Wishing to rectify their hearts, they first 
sought to be sincere in their thoughts. Wishing to be sincere in their 
thoughts, they first extended to the utmost their knowledge.

*八条目: 格物 → 致知 → 誠意 → 正心 → 修身 → 斉家 → 治国 → 平天下 

*八条目: 平天下 → 治国 → 斉家 → 修身 → 正心 → 誠意 → 致知 → 格物 

cf.野田佳彦総理、所信表明演説(‘11.9)にて、“和と中庸の政治”を標榜〔ひょうぼう〕し、“正心誠意”(『大学』)の言葉についても語られました。

 

 POINT! (by.たかね)

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★51&10章(重複): 「玄徳」  ―― これが、神秘の「徳〔ちから〕」とよばれる

「 道生之、徳畜之、長之育之、、亭之毒之、養之覆之。生而不有、 為而不恃、長而不宰,
是謂 玄徳。」

*This is called the Mysterious Power.(A.Waley adj. p.153 ) 

*Such is called the mysterious virtue. (D.C.Lau adj. p.14 )

 

コギト(我想う)

《 黄老の「玄」〔げん/くろ=黒〕 と 儒学の「素」〔そ/しろ=白〕 》 

 

――  略  ――

 


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