儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

むかしの中国から学ぶ

むかしの中国から学ぶ 第6講 「世界の占い・実践」  (完結編)

●吹田市立博物館・講演 『 むかしの中国に学ぶ /【全6講】 』

 第6講 §.「 世界の占い・実践 」 (完結編)


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── 最終講は、運命学全般・主な占法について、
具体的・ビジュアル(視覚的に)にポイントを紹介いたしました。

実践体験学習として易学(周易)/気学(九性学)/心理学(心理鑑定)を
ダイジェストで扱いました。

“たかね易学鑑定研究所”の用具・資料の一部を披露し、
またスタッフの皆さんにお手伝いをお願いいたしました。


── 全6回の講議を終えるにあたり、
“晩年を輝かせましょう”との内容であいさつし結びといたしました。 

そして、博物館館長による過分の感謝のお言葉をいただき、
盛大な拍手のうちに閉講となりました。


《 §.元〔はじめ〕に 》

・運命学/占 : 命学・卜〔ぼく〕学・相学・そして心理学(心理鑑定)

 ◆ 命 学 / 四柱推命〔しちゅうすいめい〕
 ◆ 卜 学 / 易学・周易
 ◆ 相 学 / 気学・九性(星)学〔きがく・きゅうせいがく〕
 ◆ 心理学 / 心理鑑定


「あたるも八卦〔はっけ〕、あたらぬも八卦」 : 八卦見 = 易者
    → “易学”が ではなく、易者に当たり外れが多い、の意

・占術や占具にパワーがあるにではなく(重要なのではなく)、
 占う人の才徳のいかんによります


≪※占具・道具の紹介≫

ex.

数珠〔じゅず〕 ・・・ 水晶・紫水晶(アメジスト)/菩提樹の実と根/
            27×4= 108 コ

(霊)水晶 ・・・ “地球の卵”・10億年前/月のパワー/
          【仏教】 → 七宝の一つ・仏像の額〔ひたい〕・数珠/
          【欧・中世】 → パワーストーン・ダイヤより貴重・アーサー王の“エクスカリバー”


【 易占 】

◆易占 / 立筮〔りつぜ〕 の方法

[ 立筮法 と 用具 ]
 略筮(三変)/中筮(六変)/元乃筮〔げんのぜい〕(四変)/本筮(十八変)
   cf.梅花心易(邵康節〔しょうこうせつ〕)/“無刀取”・「名人伝」
 ○サイコロ/コイン/筮竹〔ぜいちく〕/イーチンタロット/数珠〔じゅず〕/雑誌のページ/
  算木(象〔しょう〕と変化を視覚化、イメージ)/水晶(霊水晶、精神集中と雰囲気)


[ 占的〔せんてき/=易的〕(略筮) ]
 1 抽象的でなく具体的にしぼり込むこと → YES./NO.がはっきりするように
 2 時期は限定し、絞り込むこと → 結婚できるか? =年内に・・・数年のうちに・・・
 3 複数の比較・優劣は、A・B・C・D・・・ 個々に卦を出し比較検討すること

  《注意》
   ・精神を集中し無心となること → 願かけは ダメ!
   ・再度(再三)行わないこと → オミクジではありません!


[ 立筮 の 実践 ]
 1 筮竹〔ぜいちく〕 *易占の王道、(特に関西では)扱える先生は殆どいない
 2 イーチン・タロット *“グローバル時代”、海外での普及の可能性大
 3 サイコロ ・・・ (八面サイ・八面体 と 六面体)
 4 コイン 【擲銭法〔てきせんほう〕】 ・・・ コイン〔硬貨〕6枚 (5枚と1枚)


■ サイコロ 【八面サイ・八面体 と 六面体】
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■ コイン 【擲銭法〔てきせんほう〕: コイン6枚(5枚と1枚)】
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《 配布資料など 》

◆【卜 学】 ・ 易占  
  易の仕組み(八卦易理図・易占64卦一覧)/オリジナル易経64卦分類/易経64卦一言
  タイトル/易経64卦一行ポイント要約
  ≪*実践≫ ── 筮竹〔ぜいちく〕による立筮〔りつぜ〕デモンストレーション/
           上記演習用紙を用いて、サイコロとコインによる立筮演習と解釈演習!

◆【命 学】 ・ 四柱推命 
  四柱推命易学鑑定書参考例(たかね易学鑑定研究所編)

◆【命 学】 ・ 気学・九性(星)学 
  陰陽五行相生・相剋〔ごぎょうそうしょう・そうこく〕図/五行九性学一覧(星の特性・相性)/
  平成23年九性(本命・月命・傾斜)早見表/気学運勢の盛衰と易の八卦/
  “運勢の盛衰グラフ”(10ケ年の盛衰リズム・各月の盛衰リズム・ラッキー色)/
  辛卯〔かのとう〕・七赤金星〔しちせききんせい〕方位図/今年のあなたにとってよい方位


≪*実践≫ ── 自分の九性(星)を出し、性格・相性・運勢・色・方位などを鑑定してみましょう!

◆【心理学】 ・ 心理鑑定 

○ “心理鑑定”とは? ・・・ “こころの時代”/“いやしの時代”/
                テラピー(セラピー・療法)/心理学の発達・科学性(診断・鑑定)/
                命・卜〔ぼく〕・相学 → 第六感〔シックスセンス〕

○ “キトラ古墳壁画と「十二支」”
 ・「十二支」(天 干 地 支 /えと)〔文字・記号〕 → 動物のイメージ  → 〔動物〕 → 
   → 個性・性格〔キャラクター〕・心(的)状態 ≒ Personality〔パーソナリティー〕

        cf.ペルソナ 〔仮面〕
 ex.「丙・午〔ひのえ・うま〕」の女性はジャジャ馬(四柱の日柱の誤解も重なる)/
    午(≒馬)年生まれは足が速い・・・、
    子(≒鼠)年生まれはチョコマカする・・・、
    巳(≒蛇)年生まれは執念深い・・・ etc.

   子(ね) ・ 丑(うし) ・ 寅(とら) ・ 卯(う) ・ 辰(たつ) ・ 巳(み) ・ 
   午(うま) ・ 未(ひつじ) ・ 申(さる) ・ 酉(とり) ・ 戌(いぬ) ・ 亥(い)

   鼠 ・ 牛 ・ 虎 ・ 兎 ・ 龍 ・ 蛇 ・ 
   馬 ・ 羊 ・ 猿 ・ 鳥 ・ 犬 ・ 猪

   マウス/カウ・ブル/タイガー/ラビット/ドラゴン/スネーク/
   ホース/シープ/マンキー/バード/ドッグ/ワイルドボア


≪*実践1≫ ── 「動物による深層心理(願望)分析」;

   次の5匹の動物(ペット)で、手放す順位をつけてください。
   また、そのようにした基準(理由)は何ですか?
   【 牛(  ) ・馬(  ) ・虎(  ) ・羊(  ) ・猿(  ) 】

   A: 牛=(財産・金)/馬=(仕事)/虎=(プライド・名誉)/
      羊=(恋人・配偶者)/猿=(子ども)


≪*実践2≫ ── 「過小評価・過大評価」;

   (部屋のイラストの線描きしていない空白部分に) 
   一円玉が線に重ならず何個置けますか? 描き込んで下さい。
   遠近的に部屋の中にあると考えずに直接画面上に置くと考えてください。
  

   A: ゼロ、1個も置けません。
      だれしも、一円玉は実際の大きさより過小評価しているものです。
      (逆に、五百円は実際の大きさより過大評価しているものです。)


≪*実践3≫ ── 「もうひとりの自分」;

   (二人のほぼ同じ少女のイラストが線描きしてあります) 
   あなたに双子のきょうだいがいたとしたらたら? 洋服の色をぬりわけましょう。

   A: 双子のきょうだいの服と色の差が大きいほど、
      隠された人格・願望(もうひとりの自分)がいると考えられます。


≪*実践4≫ ── 「木の絵を描いてください」〔バウムテスト〕;

   (四角い縦長のワクのみ示してあります) 
   自由な色使い・大きさ・レイアウトで描いてください。

   A: さまざまな深層心理・潜在意識の読み取りが考えられます。
      参考例として、“たかね研究所”作成の理想的人間像パネルイラストを
      示しながら概説いたしました。


《 むすびに 》 ── 少子高齢社会を善く生きる

1.易学・易占は、脳の活性化・老化防止 / 右脳思考・平行思考 / 精神修養 
   ★人間の学(徳育の学)

2.「子曰く、我に数年を加して、五十以て易を学べば(以て易を学ぶことを卒〔お〕えしめば)、
  以て大過なかるべし。」
(『論語』・述而第七)
   ─── 晩年に学ぶ(まねぶ)にふさわしい、至れる学

3.「易に通ずる者は占わず。」 (荀子〔じゅんし〕) ・・・ * 高根の境地




§.吹田博物館講義 :  お わ り に  

《 万博市民展 〜千里から上海へ〜 》 関連イベント   H.23.6
─── むかしの中国から学ぶ ───

● 講師 : 真儒協会会長   高根 秀人年

 第1講  「 孔子 と 論語 」
 第2講  「 易占 と 易学 」
 第3講  「 陰陽相対(待) 」
 第4講  「 五行 (中国医学) 」
 第5講  「 英語でABC論語カルタ 」
 第6講  「 世界の占い・実践 」
 


〜〜〜〜〜〜〜〜 晩 年 を 輝 か し ま し ょ う 〜〜〜〜〜〜〜〜

● 「温故而知新」 (『論語』・為政第2) 
 ── 中国の古典を温め・温〔たず〕ね、古〔いにしえ〕と対話して現代に活かしましょう!

■ 三学:「少〔わか〕くして学べば、則ち壮にして為すことあり
      壮にしてして学べば、則ち老いて衰えず
      老いて学べば、則ち死して朽ちず」 
(佐藤一斎・『言志晩禄』)
 → *老いて学べば、則ち寿〔いのちなが〕し

● 「知者は楽しみ、仁者は寿〔いのちなが〕し (『論語』・雍也第6)
 ── 晩年を“輝かす”!

□「人間はおわりが来ることを心配することはない。
 常にいまだかって始めを持たなかったということを戒めよ」
 (ニューマン枢機卿)

「元亨利貞 〔げんこうりてい: おおいにとおるていによろし〕」 (『易経』・乾 卦辞)

── 元気〔もとはじまりの気〕、はじめよ! 

◆ 「多逢勝(聖)因 縁尋機妙 〔たほうしょういん えんじんきみょう〕」 (仏典) 
  cf.一期一会

◎ 「たたけよ さらば開かれん。」 (『聖書』)

晩年を“輝かす”── 門をたたく。 求め学ぶ、始めましょう! 

そして、「自強不息 〔じきょうふそく: 君子、自ら勉めて息まず〕」 (『易経』・乾 大象)

*真儒協会HP./高根ブログ → “儒学に学ぶ”・“儒灯”、「たかね易学研究所」 ほか


 ( 以 上 )


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むかしの中国から学ぶ 第5講 「英語でABC論語カルタ」 (その4)

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)

【 今回の“ABC論語カルタ”の講演 】

今回の“ABC論語カルタ”の講演は、ア)のパターン
(英語を話せる英語指導者が用いるツール)
で試作中のもの
26パターンを紹介・解説いたしました。

参考までに、そのいくつかをご紹介しておきましょう。

ex.

 D    【delight】  (大いに)楽しむ/嬉しさ・楽しさ

The Master said, “ The wize delight in water, the humane delight in mountains. ”
【子曰、知者楽水、仁者楽山。】 (雍也第6−23)
「子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。」
(孔先生がおっしゃいました。「知者は、〔水が流れるように流動的で、変化に対応して窮するこ
とがないので〕水を楽しみ、仁者は、〔泰山のようにどっしりと、やすらかにゆったりとしているので〕山を楽しむのです。」)

ex.

 F   【friend】  友/学友〔がくゆう/がくとも〕 ・ 道友〔どうゆう/みちとも〕

The Master said, “ It is a pleasure, isn’t it? To have friends coming from far
away and talk to each other. ”

【(子曰)、有朋自遠方来、不亦楽乎。】 (学而第1−1)
「(子曰)、朋あり遠方より来〔きた〕る(朋遠方より来る有り)、亦〔ま〕た楽しからずや。」
(孔先生がおっしゃいました。「だれか友〔=学友/道友〕が、遠くからやってきて語り合う、何とも楽しいことだねェ。」)     
 cf.山県有朋〔やまがたありとも〕/*「不亦〜乎」: なんと〜ではないか。詠嘆を表します。

ex.

 R    【respect】   尊敬

The Master said, “Yan Pingzhong was skilled in his dealings with others.
Even after a long period , he treated his acquaintances with respect. ”

【子曰、晏平仲善興人交、久而(人)敬之。】 (公冶長第5−17)
「子曰く、晏平仲〔あんぺいちゅう〕は善〔よ〕く興人と交わり、(人)*久しくして之を敬す。」
(孔先生がおっしゃいました。「晏平仲は、立派に人と交際され、長い間交際しても慣れ過ぎることがなく、*友人たちに敬意をもって接した。〔友人たちは敬意をもって彼に接した。〕」)
cf.晏平仲:名は嬰〔えい〕・平はおくり名・仲は字〔あざな〕、斉〔せい〕の名宰相、『晏子春秋』/
「久敬〔きゅうけい〕」/(人)の字を加えて読むと他人〔ひと〕が晏子を敬ったの意になります → 
Yan Pingzhong’s acquaintances treated him with respect.

ex.

 T    【timely】  時宜〔じぎ〕を得た/時機をみて

The Master said, “ To learn something and timely practice it. ----― that’s
enjoyable, isn’t it?”

【子曰、学而時習之、不亦説乎。】 (学而第1−1)
「子曰く、学びて之を時習す、亦〔また〕説ばしからずや。」
(孔先生がおっしゃいました。「学んで、時機に応じておさらいをする、何とも楽しいことだねェ。」)
 cf.『論語』の冒頭・ “小論語” の一節/「時習」の深意→ sometimes / from time to time
や alwaysはダメ。 /*「不亦〜乎」: なんと〜ではないか。詠嘆を表します。

( 以 上 )


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むかしの中国から学ぶ 第5講 「英語でABC論語カルタ」 (その3)

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)

《 ABC論語カルタ 》

◎英語・中国語(漢語)・日本語 の語学教育ツール / 
◎イラスト・絵画による美術・情操教育ツール / 
◎内容文言による徳育・基本的生活習慣形成のベース
(*儒学徳目の基本的キーワードで創られています)


 わが国は、21世紀・ “グローバルな時代” に在って、
また同時に少子(超)高齢社会が進展しております。

かかる時代情勢において、 “ABC論語カルタ” は、
古くも新しい優れた伝統的教育ツール〔手段・方法〕として、私が考案中のものです。

 親子(祖父母・孫)で、 び・しめ・べる 伝統的教育ツールで、
現代の荒〔すさ〕んだ“心の貧しい”・“家庭の(絆の)貧しい”時代にこそ
相応〔ふさわ〕しいものだと考えます。

「温故而知新」です。 ── その意義・特色を挙げてみますと。


【 意義・特色 】

1) 親子(祖父母・孫)で、び・しめ・べます。
   親子(祖父母・孫)の絆〔きずな〕を、
   親が子に自然に知識・教養を教えながら創ることが出来ます。
   家庭(教育)の再生です。
2) 高齢者世代(その子どもであった親世代)自身の教養・頭脳の活性化
   (=ボケ予防)が図れます。
3) 進展する超高齢社会での高齢者の果たすべき社会的役割は、
   (経済的に稼ぎ働くことではなく)蓄積した人生の文化遺産(=経験・教養)を
   孫の世代(=次の次の世代)に教えることではないでしょうか。
   「一〔いつ〕なるもの」は受け継がれるものに他なりません。
   そのために必要な、ノウハウ〔やり方〕・ツール〔具体的教材〕となります。
4) 家庭教育の場でのツールであると同時に、内容を深化・工夫することにより、
   学校(公)教育・私教育の場に導入できます。
   就中〔なかんずく〕、語学教育・徳育(加えて描画・イラストによる芸術・情操教育)を
   一体化して行うことができます。  補注)


補注)

小学校教育の現場に英語教育の必修化が実施されました(‘11.春〜)。
然しながら、そもそも、一体誰が、どれほどの素養のある教師が、
どのような方法で授業に携わっているのでしょうか? 
現実は、“つけやきば”で小手先末梢的なものです。
このままでは、母語(日本語)も英語も生半可な人間を濫造する教育となるだけです。
また、中国では儒学を国教化し、『論語』を児童教育に導入しています。
日本も、本来あるべき儒学教育を再生していくべきです。
が、それにしても、当面そのための“師”と“ツール”にこと欠くことは必至です。
儒学的教養を教えることのできる先生がいません。
その先生・指導者を育成する先生(=師の師)たる人も、ますます稀少です。


【 “ABC論語カルタ”の試作 】

●まず、【カードの枚数】: “いろはがるた”は、末尾に「京」の字が加えられ
 48文字(鎌倉時代)が、読み札と絵札の 48×2=96 枚で構成されています。
 “ABC論語カルタ”は、アルファベット26文字が、
 読み札と絵札の 26×2=52 枚で構成されるということになります。
 量的に少ないと考えるようならば、アルファベットを大文字・小文字それぞれ 
 26×2=52 枚 とし、全体を52×2=104枚で構成すれば、
 ホド善いボリュームになるかと思います。

●次に、【カードの構成形式】: “いろはがるた”は、
 “いろはにほへと ・・・(あいうえお ・・・)”が単語の頭〔かしら〕に
 つくように作られています。
 【い】 → 「ぬ〔犬〕も歩けば棒にあたる」 といった具合ですね。
 してみると、“ABC論語カルタ”の作り方には、2通りが考えられます。
 それは、次の2パターンです。
 ア) アルファベットABC(スペル)・・・を、英語の単語(キーワード)のスペルを中心に考える
 イ) アルファベットABC(発音)・・・を、日本語(=漢字・漢語)の発音を中心に考える

─── 具体的に例示してみましょう。
◆『論語』(儒学)のキーワード 「愛/愛する」 を用いるとしましょう。
 「愛」「仁」 ・ 「(慈)悲」 と同じ概念です。
 “人べん”に“二”で、人と人とのかかわり・ヒュ─マンリレーションズをさします。
 “思いやり”のことです。
 「仁」の語は、『論語』に100回以上登場いたします。
 「愛」は専らキリスト教で用いられています。
 したがって英語の “love”も最重要キーワードです。
 『論語』に該当文言を探してみますと次のものが非常にシンプルで明確です。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

《漢》 【樊遅問仁、子曰愛人。】 (顔淵12−22)
《日》 「樊遅仁を問う、子曰く、人を 愛す 。」
《英》
 Fan Che asked about humaneness.
    The Master said,“ It is to
 love  others. ”

《現代語訳》
(樊遅〔はんち〕が、“仁〔じん〕”とはどのようなものですかとお尋ねしましたところ、
孔先生は「人を愛することだョ。」 とおっしゃいました。)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ア)のパターンですと、 「愛/愛する」= love  は “l・o・v・e”のスペルですから
 アルファベットの 【 L 】 の分類となります。
 英語・語学教育の中に、『論語』を取り入れるというニュアンスです。
 英語を話せる英語指導者が用いるツールとしてよいでしょう。

イ)のパターンですと、アルファベットの音を日本語(カタカナ)表記します。
 「愛/愛する」=アイ〔ai〕= I (アイ)〔ai〕ですから、
 アルファベットの 【 I 】 の分類となります。
 こちらは、日本人には用いやすいと思います。
 英語の初心者・入門者向きです。
 指導者(=読み手)に英語の素養があまりない場合によいでしょう。
 日本語(漢文)・『論語』をベースにしながら英語も学べるといったニュアンスです。


★ ア) と イ)、その目的と対象と水準〔レベル〕に応じて、
  2 とおりを作り組み合わせて用いるのもよいと思います。


【 今回の“ABC論語カルタ”の講演 】

今回の“ABC論語カルタ”の講演は、ア)のパターン
(英語を話せる英語指導者が用いるツール)
で試作中のもの
26パターンを紹介・解説いたしました。

参考までに、そのいくつかをご紹介しておきましょう・・・



※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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むかしの中国から学ぶ 第5講 「英語でABC論語カルタ」 (その2)

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)

《 “「英語」より『論語』” 》

“「英語」より 『論語』”。

だれが言ったか、ゴロもよく(エイ・ロン と韻〔いん〕をふんでいます)、
アメリカ(欧米)文化に追随して、
日本語と日本の伝統精神を忘れている現状からの脱却を端的に示しています。


「太初〔たいしょ〕に言〔ことば〕があった。言は神と共にあった。言は神であった。」 と、
『聖書(ヨハネによる福音書)』にあります。

言葉は文化です。

文化は、“POWER”です。

21世紀・ “国際化の時代”・“グローバル時代” において、
わが国は、まず 母語=日本語 をしっかりと善く身につけさせるべきです。

その上で、国際語としての【英語】を、
そして最も多くの人が話している【中国語】を修得すべきです。

(尤〔もっと〕も、中国が経済力や軍事力のみならず、
世界をリードするに相応〔ふさわ〕しい“文化大国”に成長するならばですが。)


そして、何より忘れてはならないことが(現実にはすっかり忘れているようですが)、
話す中身、教養・人徳(品格)が肝腎〔かんじん〕です。

いくら英語をペラペラと流暢〔りゅうちょう〕に話せても、
その話している中身が浅薄であり、
教養・仁徳(品格)に欠けるものではダメです。

それこそ、日本人の恥を世界に吹聴〔ふいちょう〕し、
曝〔さら〕しているようなものです。

それならば、むしろ母語でしっかりと表現するほうがマシというものです。


わが国は、明治以来の欧米に対する言語・文化的コンプレックスを
いい加減払拭〔ふっしょく〕して、
日本語・日本伝統精神の本来あるべき姿に帰る時です。

明治期の英語で知られる啓蒙〔けいもう〕的教養人、── 
例えば、福沢諭吉(慶應義塾大学創設者)にしろ
夏目漱石(作家になるまでは東大の英語の先生)にしろ、
皆、漢学・日本語の偉大な教養人でもあったのです。

外国語としての英語の受容も、
ベースにあるものは日本語・東洋文化でなければなりません。


ところで、大概〔たいがい〕、末学〔まつがく〕の「知」のご人 というものは、
得てしてその「知」が“曇り”・“障壁”となって、
単純明白な真理すら見えにくくなるものです。

病だれの「痴」(*バカ者の意)となりがちです。

今、何が“本〔もと〕”で何が“末〔すえ/まつ〕”なのかを見失っているのです。


先述のように、当世の中国では、“文化大国”を標榜〔ひょうぼう〕し、
(英語でなく)中国語〔=漢語〕と中国文化(儒教文化)を世界に広めようとしています。

国内では儒学を“国教化”し、若者に『論語』を学ばせています。

孔子は、再び聖人に奉られてきているということです。


かつて、 「日の出づる処(ASIA)」 (by.聖徳太子) であったわが国は、
今や 「沈みいくたそがれの国」 (by.オスヴァルト・シュペングラー)となりつつあります。

“心貧しき”わが国が、忘れかけている徳性・道徳性を取り戻すためにも、
儒学を中心とする伝統精神の象徴としての 『論語』 を再生・復権することが急務なのです。


《 いろは がるた 》

●「犬も歩けば棒にあたる」/「論〔ろん〕より証拠」/「花より団子〔だんご〕」 
(江戸がるた)

■「一寸〔いっすん〕先は闇〔やみ〕」/「論語読みの論語知らず」/「針〔はり〕の穴から天のぞく」 
(上方がるた)


「いろはがるた」は、わが国江戸期(後期・化政文化)の優れた教育における、
そのツール(手段・方法)の一つです。

和歌のカードである「(小倉)百人一首」なども、
より古い歴史を持つ同様のツールといえましょう。


そもそも「いろはにほへと・・・・」(=いろは歌)そのものが、
他の言語には類をみない日本言語文化の傑作です。

仮名文字(ひらがな&カタカナ)は、
平安時代に中国伝来の漢字を簡略化(ひらがな)したり
一部を取って(カタカナ)発案されました。

これで、容易に日本語を文字で表記することが可能になりました。

とりわけ、漢字に対する“ルビ(ふりがな)”は、何とも偉大な工夫です

そして、「あいうえお・・・」 47の仮名を1字も余さずすべて用いて 
“いろは歌”という素晴らしい作品を創り出しました。

これは、七五調で曲節〔きょくせつ〕をつけて歌われました。  補注) 


なお、 「かるた」 〔carta/歌留多・骨牌〕の言葉は、
かつて世界史をリードした強国ポルトガルの語です。


西洋のカード(トランプなど)が、専〔もっぱ〕らゲーム・娯楽であるのに対して、
「いろはがるた」は、文化教養と娯楽を渾然〔こんぜん〕一体に兼ね備えた
優れものといえましょう。

西洋のカードとは、似ていて否なるものといえましょう。


殊〔こと〕に、内容文言において、
“ことわざ”・“慣用句”・“格言”・・・ などと称されるものが
用いられていることが重要です。

これらの短いフレーズは、本来は深遠な思想や人生(処世)哲学を、
一般庶民にきわめてわかり易くかみ砕いて表現したものです。

そして、それらを家庭教育・初等教育の場において
日本中に普及させたことは偉大です。

見事としか言いようがありません。

日本文化の英智を改めて想います。


補注)

「いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ 
うゐ〔イ〕のおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑ〔エ〕ひもせす」

「いろは匂いへ〔エ〕ど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ〔ン〕 
有為〔ウイ〕の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひ〔エイ〕もせず」

*「いろは歌」の元は仏教の『涅槃経〔ねはんぎょう〕』にある、
次の四句と言われています。

「 諸行無常〔しょぎょうむじょう〕/是生滅法〔ぜしょうめっぽう〕/
生滅滅已〔しょうめつめつい〕/寂滅為楽〔じゃくめついらく〕 」


《 ABC論語カルタ 》

◎英語・中国語(漢語)・日本語 の語学教育ツール / 
◎イラスト・絵画による美術・情操教育ツール / 
◎内容文言による徳育・基本的生活習慣形成のベース
(*儒学徳目の基本的キーワードで創られています)


 わが国は、21世紀・ “グローバルな時代” に在って、
また同時に少子(超)高齢社会が進展しております。

かかる時代情勢において、 “ABC論語カルタ” は、
古くも新しい優れた伝統的教育ツール〔手段・方法〕として、私が考案中のものです・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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むかしの中国から学ぶ 第5講 「英語でABC論語カルタ」 (その1)

●吹田市立博物館・講演 『 むかしの中国に学ぶ /【全6講】 』

《 万博市民展 〜千里から上海へ〜 》 関連イベント    H.23.6.18


第5講 「 英語でABC論語カルタ 」 (その1)

       講師 : 真儒協会会長   高根 秀人年 (たかね ひでと)


 ── “グローバル時代”(国際化・ユビキタス社会)/
アメリカと中国とそして日本(GDP)/日の出づる処(ASIA)/
言葉は文化/英語教育の小学校必修化/“「英語」より『論語』” ──


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《 はじめに 》

21世紀初頭の現代は、 “国際化の時代”・“グローバル時代” と称されています。

グローバルな世界と申しますのは、
米国の、経済を中心とする影響力によるまとまりを意味する世界です。

政治的には米国の、言語文化的には英語(英米)のパワー(影響力・支配)が
覇〔は〕をとなえている時代といえましょう。

その弊害・課題は、顕〔あら〕わになりつつあります。

その「陽〔よう〕」の面を視〔み〕れば、文明的には“ナノ(テクノロジー)の時代”です。
コンピューター、インターネットで緊密に結ばれる
“ユビキタス社会” が到来しようとしています。

然るに反面において、「陰〔いん〕」の視点から近未来を展望してみると、
地球環境はますます荒廃しております。

また、とりわけ中国・日本において、
急速に少子(超)高齢社会が進展し大きな問題を孕〔はら〕んでいます。


《 現代中国のようす 》 

米・ソ 2大国の時代から、米国一人横綱の時代となりました。

そして、(公称)13億の人口を抱える中国が世界の舞台に急速に台頭してまいりました。

資本主義国顔負けの経済発展を推進し、軍備も増強しています。

中国は、わが国を抜いてGDP.世界第2位(2010)。
少なくとも、経済の視点からは、
“米 − 中 − 日” の3国は世界に大きな影響力を持つ国です。

「中国〔チュンクオ〕」 (中す国)は、 “文化大国” も標榜〔ひょうぼう〕しています。

実〔じつ〕が伴えばそれは結構なことではあります。

中国政府は5年ほど前に儒学を復活 「国教」化 しました。

2008.8.8.8 に“北京奥林匹克〔ペキンオリンピック〕”を開催し、
開会式で『論語』の冒頭を世界に向けてアピールしたことは記憶に新しいです。

国策として孔子と孫文の思想を広げようとしています。

世界各地に 「孔子学院」 を開設し、
中国語と中国文化を普及(大阪では2大学に開設)しています。

今・・・ 中国の子ども達は熱心に 『論語』 を学んでいます。
モノ(経済)のみならず“精神”も充実しつつあると言えましょう。

(ちなみに、私は趣味として、9カ国語で“一人カラオケ”を歌って楽しんでおります。
その9カ国語目が中国語です。
当世、“国際化の時代”に似つかわしく、
また高尚安価な趣味かナ?と自嘲〔じちょう〕しています。)


現代の中国語表記は (1)漢字 と (2)中国式ローマ字〔ピンイン〕 の2種があります

中国式ローマ字〔ピンイン〕も立派な中国語です。

英語の素養のある若人〔わこうど〕諸君には、
むしろピンインのほうがとっつき易いかも知れません。

そして、漢字はより多くの人々が書けるように積極的に簡略化が図られています。

“言葉は文化”です。

文化は水のように高き所から低き所へと流れてゆきます。

現代中国には、日米の言葉が急激・大量に入ってきています。

例えば、「カラオケ」・「ぱちんこ」・「ラーメン」 ・・・ などは
皆、日本の文化的産物であり日本語です。

そしてまた、言葉は“音”です。

漢字は本来表意文字であったのですが、
現代中国では表音文字化して(音を借りるだけで)受容吸収しています。

一例をあげてみましょう。 ──── 

「奥林匹克〔オリンピック〕」・「咖啡〔コーヒー〕」・「麦当労〔マクドナルド〕」・
「肯徳基〔ケンタッキー〕」・「拉面〔ラーメン〕」・
「卡拉OK〔カラオケ:英語の“OK”をそのまま借用しています〕」 等々。


補注) 

わが国でも、かつて“開国 〜 明治維新期”に、
英語を中心に欧米の言語が急速かつ大量に流入してまいりました。

先人の偉大なところは、それらの外国語をそのまま受け入れるのではなく、
対応する日本語の訳を造語したところです。

この受容吸収力が、日本人のDNAが持っている
“陶鋳力〔とうちゅうりょく〕”なのです。  ── 

一例をあげれば。
前島密〔ひそか〕造語による「郵便〔Post〕」、
福沢諭吉造語による「経済〔Economy:“経世済民”から〕」・
「演説〔Speech〕」などがよく知られていますね。



《 英語教育の小学校必修化 》

たまさか、昨日(2011.6.17)の朝日新聞・「天声人語」に、
今春から必修化されている小学校での英語教育について書かれていました。
( → 抜粋引用) 

その内容、善き哉〔かな〕見識と同感いたしております。

このままでは、日本人は“カタコト外国語(英語)”を話す国民にとどまらず、
生半可な母語(日本語)しか話せない“日系日本人(?)” を濫造してゆくことになりそうです。


─── 書けるが話せない、読めるが聞けない。

日本の英語教育の、今日にいたる宿痾〔しゅくあ〕だろう。

▼批判にさらされて、文科省は「英語が使える日本人」を育てる計画を進めてきた。
今春からは、小学5、6年で英語が必修になった。
コミュニケーション重視の一環と言う。
訳読と文法中心で育った世代には、どこか?〔うらや〕ましい。

▼英語なしにはグローバル経済の果実をもぎ取れないという声もきこえる。
様々な人々が一家言を持ちつつの教育の舵〔かじ〕切りだ。
その侃々諤々〔かんかんがくがく〕に口をはさませてもらえば、
英語重視が日本語軽視を誘わないよう、気をつけたい

▼第2、第3言語は道具だろう。
しかし「母語は道具ではなく、精神そのものである」と、
これは井上ひさしさんが言っていた。
英語習得もたしかな日本語力が前提との説に、異を言う人はいまい。

▼振りかえれば、日本人は自信喪失期に日本語を冷遇してきた。
敗戦後には表記のローマ字化さえ浮上した。
そして今、英語を公用語にする日本企業が登場している。
ダンゴラスで笑っていられた時代が羨ましい人も、多々おられようか。

(「天声人語」抜粋、2011.6.17)


《 “「英語」より『論語』” 》

“「英語」より 『論語』”。

だれが言ったか、ゴロもよく(エイ・ロン と韻〔いん〕をふんでいます)、
アメリカ(欧米)文化に追随して、
日本語と日本の伝統精神を忘れている現状からの脱却を端的に示しています・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。



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むかしの中国から学ぶ 第4講 「五行〔ごぎょう〕(中国医学)」 (その4)

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)

§.付説   ───  貝原益(損)軒の『養生訓』  ───

*《序》
 名前はご存知の方も多いでしょう。
『養生訓』 は、江戸時代 (元禄) の大学者 ・ 貝原益軒 〔かいばらえきけん〕 の、
最晩年・84歳のときの著作です。

「益軒」 は、最晩年の号〔ごう〕で、実は 「損軒」 ともうします
漢方・本草学〔ほんぞうがく〕の大家でもあります。

(少子)高齢社会が急速に進展する現在。
(cf.満65歳以上の高齢者の占める割合23.1%、平均寿命:女子86.39、男子79.64) 

善き晩年の養心・養生のために(また自分自身のためにも)講じたいと思って、
長年この『養生訓』について研究準備しておりました。

今回、「五行(中国医学)」を講じることとなり、
また受講者にこれから晩年を生きる方が多いことを踏まえまして、
付説・補論として加えました。

今回、直接の原教材としては、
安岡正篤・『易と健康 下 /養心養生をたのしむ』(所収の付録)を用いました。

これは、かつて(S.39.8/私が10歳のころ!)
安岡先生が講演されたものが講演録として編集・出版されているものです。

簡にして要を得たものです。

それを更に、抜粋して紹介させていただきました。
以下、少々、教材を引用しておきましょう。


─── 抜 粋 ───

 “ なぜ損軒を益軒と直したか。これまた面白い問題であります。
損益というのは易の卦〔け〕である。
損の卦、山沢損の卦は「忿〔いかり〕を懲〔こ〕らし、欲を塞〔ふさ〕ぐ」という
つまり克己修養、克己努力だ。
損の卦の上九爻辞〔こうじ〕をみますと「損せずして之を益す」とある。
すなわち自由に到達する。
克己修養の結果、到達するところの自由の境地、
その自由と委任の道を明らかにしたのが益の卦です。
それで損軒先生、克己修養の努力を積んでだ、
八十近くなって、ようやく自由という境地に自信を得たんでしょうね。
そこで損軒よりも益軒を用いた。”


 “ 世間が考えておるような単純、あるいは頑固な人ではなくて、
自由闊達〔かったつ〕、非常に豊かな生き生きした大人〔たいじん〕であります。
そうして医学にも本草学〔ほんぞうがく〕にも長じた人が、
これだけの体験と勉強を積んで、八十を過ぎて半生を省みて、
後進の人々のために著してくれた『養生訓』であるから、
これは世間でいうような簡単な養生学問とは違う。”

人生五十にいたらざれば、血気いまだ定まらず。知恵いまだ開けず。 古今にうとくして、世変〔せへん: 世の移り変わり〕になれず。 言〔げん〕あやまり多く、行〔こう〕悔多し。 人生の理〔ことわり〕も楽しみもいまだ知らず。 五十にいたらずして死するを夭〔よう〕という。 是れ亦た不幸短命と云うべし。 長生すれば楽しみ多く益多し。 日々にいまだ知らざることを知り、日々にいまだ能〔よ〕くせざることを能くす。 この故に学問の長進することも、知識の明達なることも、長生せざれば得がたし。 之を以て養生の術を行い、いかにもして天年をたもち、・・・・・ 。

 “ 道教の一派になりますと、人間の全〔まった〕き寿というものを百六十としています、
八十一を半寿という、八十と一を組み合わせると、半分の半という字になりますから
八十にいたらずして死するを夭という。
ということは、我々はまだ死ねんわけで、死んだら夭折になってしまいます。
ともかく、長生すれば楽しみ多く益多し。
我々もやっぱり年をとってみて、まさにごもっともであるとつくづく考えさせられる。”

人の元気は、もと是〔こ〕れ天地の万物を生ずる気なり。 是れ人身の根本なり。 人此の気にあらざれば生ぜず。 生じて後は飲食衣服居処〔きょしょ〕の外物〔がいぶつ〕の助によりて、元気養われて命をたもつ。

 “ (「摩訶〔まか〕不思議」の「摩訶」と) 同じように
元という文字も、時間的にいえば、発生的にいえば「始め」という意味である。
ものの始めという意味。形態的にいえば「根本」という意味である。
末に対して元という意味。
それから、限定的なものに対して、部分的、限られたるものに対していうならば、
これは「全体」という意味だ。
だからこれを「大いに」と読む。
そのいずれの意味にも限ることができませんから、「元」というのである。”

凡〔およ〕そ人の楽しむべきこと三〔みつ〕あり。 一〔ひとつ〕には道を行い、ひが事なくして善を楽しむにあり。 二には身に病なくして快く楽しむにあり。 三には命ながくして久しく楽しむにあり。 富貴にしても、此の三の楽なければ真の楽なし。 故に富貴は此の三楽の内にあらず。

 “ つまり、一つは宿罪、宿業、宿悪をなくすること。
第二には疫病をなくすること。
三つには長生きして久しく楽しむ。
富とか出世するとかいうことは、この三楽の中には入らん。
孟子は「君子に三楽あり」 (尽心章句・上) といっておる。
「而〔しこう〕して天下に王たるは与〔あずか〕り存せず」。
皇帝になることは、三楽に関係ない。
まず第一に、 「父母倶〔とも〕に存し、兄弟〔けいてい〕故〔こ〕なきは、一の楽しみなり」。
それから 「仰いで天に愧〔は〕じず」、良心的にやましくない。
第三には、「天下の英才を得て之を教育す」ということで、
「天下に王たるは与〔あずか〕り存せず」と、孟子らしい気炎をあげておりますが、
益軒先生も、富貴はこの三楽の中にはないという。
読めば、もっともなことである。”

夕食は朝食より滞りやすく、消化しがたし。 晩食は少きがよし。かろく淡きものをくらうべし。 晩食にテイ〔てい〕の数多きは宜しからず、テイ多く食うべからず。 魚鳥などの味濃く、あぶらありて重き物、夕食にあしし。 菜類も薯蕷〔やまのいも〕、胡蘿蔔〔にんじん〕、菘菜〔はくさい〕、芋根〔さといも〕、慈姑〔くわい〕 ※注) などの如き、滞りやすく、気をふさぐ物、晩食に多く食〔くら〕うべからず

 “ これは専門家に聞かないとわかりませんが、
山の芋、人参なんていうものが「滞りやすく、気をふさぐ」なんて書いてある。
これはもう非常な本草の大家ですから、よほどの研究の結果の解説でしょう。
ちょっと私どもの常識とは違っておる。
 なるほど確かにいわれてみれば、里芋や慈姑〔くわい〕なんてものは、
ちょっと確かに重いですね。
白菜が滞りやすく、気をふさぐなんて思わないが、
菜類の中ではそういう中に入るんでしょうかね。
しかし本草学に基づいて、益軒先生はいうておる。”


※高根 注) 「クワイ」は、吹田市の特産物でもあり
(ご受講の皆さまには)お馴染みですね。
「秋茄子は嫁に食わすな」
(秋茄子は陰気が強く体を冷やすから、と姑が嫁の体を気づかった言葉)
ということわざがあります。
「慈悲」の「慈〔じ/いつくしみ=〕」と「姑〔しゅうとめ〕」をあてているのが、
興味深いと思っています。

四時〔しじ/=四季〕、老幼ともに、あたたかなる物くらうべし。 殊に夏月〔かげつ〕は*伏陰・内にあり。 若く盛んなる人もあたたかなる物くらうべし。 生冷を食すべからず。 滞りやすく泄瀉〔せっしゃ〕しやすし。 冷水多く飲むべからず

*伏陰 ・・・ 陽の中に隠れて有る陰 
(ex.バナナ・パイナップルなど熱帯の果物は陰性にて食すると体を冷やします。)

 “ これはもう大事なことです。
ことに夏は、外が陽ですから、中はみな陰になっている。
だから夏の季節にできる食物は、みんな中が陰です。
胡瓜〔きゅうり〕でも茄子〔なす〕でも、
みな非常に陰性のものであります。
白菜などもそういう意味においては、やはりそうでしょうね。
これは伏陰というやつです。”


      ─── 中略 ───


 “ まあ、こういうところが益軒先生の『養生訓』の抜粋、
すなわち精粋の存するところであります。”

 “ 元気を養うということは、「真気を養う」ということである。
肉体の鍛錬・陶冶〔とうや〕だけでは、どうしても元気にならんですね。
やっぱり真気、精神力というものを養わんというと、
本当の意味の生命力・体力というものはわからん。”

 “ まあ養生というものも、学問も政〔まつりごと〕も、みな同じことだ。
これが根柢〔こんてい〕の養生の道であり、術である。
どうぞ一つみなさんも、貝原益軒先生、損軒先生に負けずに健康で、
学問もして、長生きしていただきたいと思います。” (終)

  ─── 私(高根)も、まったく同感でございます。

                     ( 以 上 )


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(この続き、“むかしの中国から学ぶ” 第5講 「英語でABC論語カルタ 」 は
次のブログ記事に掲載の予定です。)


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