儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

孔子の弟子たち

第二十四回 定例講習 (2009年10月25日) 前編

孝経  ( 広揚名章 第14 )  執筆中

― ― ―

論語  ( 孔子の弟子たち ―― 曾 子 〔2〕 )

4) 夫子(孔子)「一貫〔いっかん/いつもってつらぬく・おこなう〕の道」

 ○ 子曰く、「参や、吾が道は一〔いつ〕以て之を貫く(或いはおこなう)」と。
   曽子曰く、「唯〔い〕」と。
   子出ず。門人問うて曰く、「何の謂いぞや」と。
   曽子曰く、「夫子の道は、忠恕のみ」と。
  (里仁・第4−15)

 《 大 意 》

 孔先生がおっしゃるには、
 「参や、わしの道は一〔いつ〕なるもので貫いておる(行っておる)。
 (その道がわかっておるか?)」 

 曽子はすぐに、「はい〔唯〕。(よく承知いたしております)」と答えました。

 他の門人たちが、(禅問答のようでさっぱりわからないので)
 「今のお話は、一体どういう意味なのですか。」と問いました。

 曽子は、「先生の説かれる道は ※“忠恕”
 ( ――思いやりといつくしみ・まごころと思いやり/造化の心、
 そのまま、限りなく進歩向上していくこと
 
 のほかにはありませんよ」と答えました。

 ※曽子は、敢えてと言わずに解り易く具体的に忠恕と表現したと考えられます。
 (→ 研究後述)

研究

 A.とは?

  ・思いやりといつくしみ (忠恕・愛・慈悲) / 
   「忠」【おのれ】は中する心、限りなく進歩向上する心 = 弁証法的進歩
   「恕」【人におよぼす】= 女の領域・女の世界 = 造化
  ・「一〔いつ〕なるもの」=「永遠なるもの」=「受け継がれるもの」
  ・“見えざるものを観、聞こえざるものを聴く”ことによって智〔さとる〕(覚智)

   cf.“女をば法〔のり〕のみくら〔御座〕といふぞげに
      釈迦も達磨もひょいひょいと出る”
      (一休和尚)  / ・神道 “産霊〔むすび〕”

 B.荻生徂徠〔おぎゅうそらい〕の理解

  ・荻生徂徠は、「吾道一以貫レ之」について、
   孔子が仁の実践によって天下を安んずる道を理想とし、
   仁をあらゆる徳の根本であると理解しています。
   そして、「忠恕」を仁を実践する手段であると考えています。
   以下の原典ご参照下さい。

 ○ 夫れ先王の道は、天下を安んずるの道なり。
天下を安んずるの道は仁に在り。
故に曰く、「一以て之を貫く」と。/
何を以て之を貫くと謂う。仁は一徳〔いっとく〕なり。
然れども亦〔また〕大徳なり。故に能〔よ〕く衆徳を貫くべし。
先王の道は多端なり。唯だ仁のみ以て之を貫くべし。
辟〔たと〕へば繦〔きょう〕の銭を貫くがごとく然り。
故に貫くと曰う。
一理や一心や誠〔せい〕やのごときは則ち一〔いつ〕なるのみ。
何ぞ必ずしも貫くと曰わん。/
故に曽子曰く、「忠恕のみ」と。忠恕は之を為す方なるが故なり。

(荻生徂徠・『弁道』)

 《 大 意 》

そもそも、古〔いにしえ〕の聖王の道は、
世の中を遍〔あまね〕く平安にするための道です。

世の中平安への道は、“仁”の実現・実践にあります。

ですから、孔先生は、
「わしの道は一〔いつ〕なるもので貫いておる」とおっしゃっているのです。

それでは、どうして“貫かれている”というのでしょうか。

“仁”は1つの徳ではありますが、
すべてのものに行きとどく大きな徳なのです。

だからこそ、他の多くの徳を貫くことが出来るのです。

古の聖王が説く道は、多岐にわたっています。

が、ただ“仁”だけは、それらすべてを貫くことが出来るのです。

例えば、“ゼニサシ”がいくつもの銭の穴を貫いて
1つにつなげられるようなものです

そこで、“貫かれている”というのです

一理・一心・誠などは、ただ徳の1つにすぎません。

ですから、必ずしもすべてのものを貫くとは言えないのです。

以上のことから曽子は、
「思いやりといつくしみのほかにはありませんよ」と言ったのです。

要するに、“思いやりといつくしみ”が
“仁(= 一つのもの)”を実践するための具体的手段であるからです

 

5) ※『孝経』 を著わす

○ 曽子疾〔やまい〕あり。
門弟子〔ていし〕を召して曰く、
予〔わ〕が足を啓〔ひら〕け、予が手を啓け。
詩に云わく、戦々兢々〔せんせんきょうきょう〕として、
深淵に臨むが如く、薄氷を履〔ふ〕無が如し、と。
而今〔いま〕よりして後、吾免るることを知るかな。小子。
 (泰伯・第8−3)

 《 大 意 》

曽子が病気にかかり危篤〔きとく〕状になった時、
弟子たちを集めて言いました。

「ふとん〔夜具〕を開いて、私の足を見てみなさい。
(では次に)私の手を見てみなさい。
身体のどこかに傷痕〔きずあと〕はないか。

『詩経』(小雅・小旻〔びん〕篇)の中に、
“深い淵〔ふち:谷の断崖〕にっ立って落ちるのを恐れるごとく、
薄い氷をふんで割れはしないかと恐れるように、
戦々として恐懼し兢々として戒慎する”とあるが、
(私は、父母からもらったこの身体を傷つけぬように大切に保ってきた。
大変だったぞ。)
こうして無傷で(親不孝せずに)あの世に行ける。

もう我が身を傷つけぬ責任から解放される。

やれやれだよ。お前たち。」

※ 『論語』は、曽子の弟子が主体になって作られたようです。(?)
『孝経』は、孔子が曽子に語るという形式で、
曽子の弟子がまとめたと思われます
。(ex.曽子曰く ・・・ )

cf.「詩云、戦々兢々・・・」
→ 「身体髪膚これを父母に受く、
  敢えて毀傷〔きしょう〕せざるは孝の始めなり。」

 

6) 「千万人と雖も吾れ往かん」 (『孟子』)

○ 「昔者〔むかし〕曽子、子襄に謂いて曰く、子、勇を好むか。
吾嘗〔か〕って大勇を夫子に聞けり。
自ら反〔かえり〕みて縮〔なお〕からずんば、
褐寛博〔かつかんぱく〕(=賤者)と雖も、吾惴〔おそ〕れざらんや。
自ら反みて縮くんば千万人と雖も吾往かん。」 

(『孟子』・公孫丑〔こうそんちゅう〕上)

 《 大 意 》 

昔、曽先生は、(弟子の)子襄に向かっておっしゃっている。

「お前は、勇を好むか。
私は、かつて孔先生から、大いなる勇というものにいついて聞いたことがある。

それは、自分でよく反省してみて正しくない場合には、
たとえ褐寛博のような(取るに足らない賤しい)者であっても、
恐れないことがあろうか(いや、ありはしない)。

しかし、自分でよく反省してみて正しい場合には、
たとえ相手が千万人であろうとも、恐れずにっ向かってゆくであろう、
ということなのだ。(これが、真の意味での大勇なのだぞ。)」

自反・・・自ら反〔かえり〕みて/反〔はん〕して
→ 反省してみて(「三省」)
「縮」 = 直、
「直」はまた「徳」の字(右側のつくり部)でもあります。

「千万人と雖も吾れ往かん」 の勇ましいのを孟子とカン違いしている人もいるようです。
原典のように、『孟子』〔もうじ〕の中の曽子の言葉です。
孟子が弟子の公孫丑との会話の中で、曽子の言葉を引用して自論を述べています。

 

7) 重き荷を負うて ・・・・

○ 曽子曰く、士は以て弘毅〔こうき〕ならざるべからず
任重くして道遠し。仁以て己〔おの〕が任となす。
亦重からずや。死してのち已〔や〕む。亦遠からずや。
(泰伯・第8−7)

 《 大 意 》 

曽子が言うには、「士(道を志す者)は、心が広く意志が強くなければならぬ。
なぜならその任務は重く、行くべき道は、はるかに遠い。

その任とは、最高の徳“仁”の道の体得と実践である。
何と荷が重いことではないか。

この仁という重荷を死ぬまで負っていくのである。
何とはるかに遠いことではないか。」

「士」= 「士」の字は、十人を一束にしてゆく力量のある指導者。
士を公務員・教養人・指導者(リーダー、エリート)と捉え、
そういった官僚・公務員の心構えを説いていると解してもよいでしょう。

弘毅 = 度量広く意志が強いこと /
不可以不 〜 
は、〜でなくてはならない。
二重否定を用いて肯定を強める慣用形。

※ 任が重いのは「仁」を実現させねばならないからで、
道が遠いのは死ぬまでその遂行が求められているからです。
志士仁人〔ししじんじん〕といわれ、人の任務の重大さを力説する文章です。

cf.★井上 毅〔こわし〕/犬養 毅〔いぬかい・つよし〕/
広田弘毅〔こうき〕
:極東軍事裁判でA級戦犯となり
文官中で一人死刑となりました

徳川家康家訓 : 「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くがごとし
急ぐべからず。不自由を常とおもえば不足なし。
心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基〔もとい〕。怒りを敵と思え。
勝つことばかりを知りて負くることを知らざれば害その身に至る。
己を責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるに勝れり。」
(『東照君遺訓』)

 

8) 「託孤寄命章〔たくこきめいのしょう〕」

○ 曽子曰く、以て※六尺〔りくせき〕の孤を託すべく、
以て百里の命を寄すべく、大節に臨んで奪うべからず。
君子人〔じん〕か。君子人なり。 
(泰伯・第8−6)

 《 大 意 》 

曽子が言うには、
「15歳ほどの幼少の君(父を亡くした、みなし子)の将来を安心して頼める人、
一国の政〔まつりごと〕と運命を任せられる人、
国家の大事に臨んでも、節操・志節を失わない人、
こういう人こそ君子というべき人であろうか。確かに真の君子人であろうよ。」

※ 「六尺の孤= 2歳半を1尺といいます、
15歳の父を失った子。幼君。
曽子は、孔子の愛孫・子思を教育する。 / 「大節」 = 大変事

※ 「君子人與。君子人也。」 : 一度疑って後に決定 → 強め

cf.☆諸葛亮〔しょかつりょう〕孔明、
劉備の子(劉禅)を託される (出師の表)

☆加藤清正、秀吉の子(秀頼)を託される (家康との二条城での会見)

 

補説

親子2代の弟子 (顔回&曾子)

◇顔淵とその父・顔路: 顔路は、名を無繇〔むゆう〕といい、
孔子より 6歳少〔わか〕い。
孔子が始めて教えた時、学を受けています。
顔淵の死に際して、孔子の車を請い受け売って外棺〔そとかん〕を買おうとする話があります。

○「顔淵死す。顔路、子の車を請うて之が椁〔かく〕を為〔つく〕らんとす。」
(先進・第11−8)

◇曾子とその父・曾拭未修Δ擦〕: 曾燭蓮既にみたようになかなかの風流子です。
親子2代にわたる孔子に対する尊敬の念。
家庭の中で子に語る、家庭(父子)教育の大切さ。

(曾子完)

 

本学   【司馬遷と『史記』 ― 1 】  執筆中

 

易経   ( by 『易経』事始 Vol.2 ) & ( by 「十翼」 )

§.易の思想的基盤・背景 (東洋源流思想)  【 ―(5) 】

C. 陰陽相対〔相待〕論(陰陽二元論)・・・続き



続きは、次の記事(後編)をご覧下さい。




                                         

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第二十三回 定例講習 (2009年9月21日) 前編

第二十三回 定例講習 (2009年9月)

孝経   ( 広至徳章 第13 )

§.前章に同じく、1章の「先王至徳要道有り」をうけて、「至徳」ということを申〔かさ〕ねて明らか(=広)にしています。
 『論語』に「君子の徳は風なり、小人は草なり。草、これに風を上〔くわ〕うれば必ず偃〔ふ〕す。」(顔淵第12)とあります。民草は風になびき、自然に感化されるということです。 儒学の教えは、“感化・教化”による教育であり、(お手本として)上に立つ者の大事さを説いています。

“ 子曰く、君子の教うるに孝を以てするや、家ごとに至って、(而て)日ごとに之を見るに非ざるなり。
※教うるに孝を以てするは、天下の人の父た〔為〕る者を敬する所以〔ゆえん〕なり。注1) 教うるに悌〔てい〕を以てするは、天下の人の兄た〔為〕る者を敬する所以なり。教うるに臣を以てするは、天下の人の君た〔為〕る者を敬する所以なり。|詩に云う、「ガイ悌〔がいてい〕の君子は、民の父母」と。至徳に非ざれば、其れ孰〔たれ〕か能く民を ※順にする(こと)、注2) 此くの如く其れ大なる者あらんや(ならんや)。” 

《大意》
 「昔の聖人といわれた立派な指導者(君主・王)が、人々に対して孝道(=至徳)を教える方法は、必ずしも一軒一軒、家に足を運んで毎日毎日会って教えたわけではない。|
民に孝道を教えられたのは、広く世の中の人々に、その父というものを敬うようにさせたいからなのだ。 民に悌(=弟)道を教えられたのは、広く世の中の人々に、その兄というものを敬うようにさせたいからなのだ。 民に臣道を教えられたのは、広く世の中の人々に、その君というものを敬うようにさせたいからなのだ。|
だから、『詩経』(大雅、ケイシャグ〔けいしゃく〕)の中の句にも言っている。“楽しみ易〔やわ〕らぐところの君子(先生)は、(楽しく親しく徳があふれていて)民の父母とも仰ぎ慕われる立派なお方です。”と。
このような至徳・大徳〔この上もない孝悌の徳〕の持ち主でなければ、これほどまでに、人びとを徳化し柔順にさせることが出来ようか。(柔順にさせるに大なるものがあろうか。)」

・ 「家、日」=家ごと、日ごと(家々、日々)

・ 臣=臣道(忠敬)の意

ガイ悌〔がいてい〕の君子=ガイは楽しみ、悌は「易〔やわ〕」らぐ(和/やわらぎ)の意・「易簡〔いかん〕」の意で、天地自然のままの素直な易さです。すなわち楽易”の境地です。
 孝を教える者は、親のように親しく温かい心で教える ということなのでしょう。キリスト教の立派な神父さんや仏教の徳の高いお坊さんのお説教・法話をイメージすると分かりやすいでしょう。

cf. 「(中江)藤樹先生はガイ悌の悌を易と解し、易とは易簡の易としておられるが、此の易簡とは 蓋〔けだ〕し易伝に乾坤の徳を形容せる易簡であろう。所謂〔いわゆる〕天衣無縫、何等造作人為の煩なくして、為さざる無き大作用を起す所以〔ゆえん〕を言ったものであろう。先生の教が実に又此の易簡の二字を以て形容せられる。」  (『孝経啓蒙』、※現代かなづかいに改める)

※ 注1)  「教以孝、所以敬天下之為人父者也」 : 上・中・下点で返り、
       「所一以〔ゆえん〕」は熟語として扱い 一 (ハイフン)の左横に「下」点を打ちます。
       続く2ヶ所も同じです。

※ 注2)  A)順〔じゅん〕にする  B)順〔おし〕うる  C)順〔したが〕えんや などと読みます。

 

論語    孔子の弟子たち ―― 曾 子 〔1〕 )

§.曾参〔そうしん〕、姓は曾、名は参。字は子輿〔しよ〕。弟子の中で最年少で孔子より46歳若い。(孔子の没時27歳) 70歳過ぎまで生きて、孔子学統の後継者となります。『孝経』・(『曾子』・『大学』)の著者としても知られます。「宗聖」と尊称されます。
  私には、顔回を亡くし、長子鯉〔り〕を亡くし、絶望の淵にある孔子と儒学のために光明のごとく天がつかわした(=Gift)のように思われます。孔子の愛孫、「子思」を薫育します。地味な人柄ですが、文言を味わい味わうにつけても、有徳魅力ある人物です。
  『論語』の門人で、いつも「子」をつけて呼ばれるのは曾子だけです。(有子・冉子〔ぜんし〕・閔子〔びんし〕は、字〔あざな〕でも呼ばれています。)


1) あたかも魯なるが如し ―― 第一印象

・ 「柴〔さい〕や愚、参や魯、師や辟〔へき〕、由〔ゆう〕やガン〔がん〕。」
                                (先進第11−18)

《大意》
 柴(子羔/しこう)は愚か〔馬鹿正直〕で、参(曾子)は血のめぐりが悪く、師(子張)は偏って中正を欠き、由(子路)は粗暴・がさつだ。

※ 魯=遅鈍、魯鈍の語がありますが、血のめぐりが悪い・にぶい・“トロイ”と言った感じです。
   「愚」も「魯」も、味わいのある語で訳せません。
   孔子は、4人の4短所は学業修養によって癒え正せる、それを期待して指摘・表現したのでしょう。


2) さすが親の子 ―― 曾子のお父さん

 “この親にしてこの子あり”で、曾子の父・曾セキ〔そうせき〕も立派な人でした。

・ 「 ―― 点や、爾〔なんじ〕は何如〔いかん〕。瑟〔しつ〕を鼓すること希〔や〕み、鏗爾〔こうじ〕として瑟を舍〔お〕きて作〔た〕ち、対えて曰く、三子者の撰に異なる。 子曰く、何ぞ傷〔いた〕まんや。亦た各々其の志を言うなり。 曰く、莫春〔ぼしゅん=暮春〕には春服既に成り、冠者五六人、童子六七人。沂〔き〕に浴し、舞ウ〔ぶう〕に風して、詠じて帰らん。 夫子喟然〔きぜん〕として嘆じて曰く、吾は点に与〔くみ〕せん。 ―― 」  (先進第11−26)

《大意》
 孔先生は、「点(曾セキ)や、お前はどうだね。」と問われました。曾セキは、今まで低く弾いていた瑟を止め、カタリと置いて立ち上がり、お答えして言いました。「私のは、お三方〔さんかた〕の言われたような立派なものとは違いますが・・・。」 孔先生が、「いや、何でもかまわないよ。皆、ただそれぞれの志を飾りなく言ったまでのことだよ。(お前も遠慮なく言うがよい。)」とおっしゃいました。曾セキは、「春も終わりの頃、春着も既に整ったので、(それを着て)成人した若者5・6人と6・7人の少年を連れて、沂水〔きすい〕のほとりで浴し、雨乞いをする高台で涼風に吹かれて、歌を歌いながら(詩を吟じながら)家に帰ってきたいものです。」これを聞いて、孔先生は感に堪えぬといった様子でおっしゃいました。「私は、点に賛成するよ!」

  ※ 曾参のお父さんの人柄がよく現われている、『論語』の中でも少し調子の変わった部分です。
     孔子は、このように“悠游〔ゆうゆう〕”とした生活も決して否定していません。
     私も、儒学を修め、そして“風流子”もまたよしと思っています。


3) 「吾日三省吾身」 ―― 三省の深意

・ 「曾子曰く、吾〔われ〕日に吾が身を三省す。人のために謀りて忠ならざるか。朋友と交わりて信ならざるか。*伝えて習わざるか(習わざるを伝うるか)。」
                                           (学而第1ー4)

 《大意》
 曾先生がおっしゃいました。「私は、毎日何度もわが身について反省します。人のために考え計って、真心を持って出来なかったのではないだろうか。友達と交際して、誠実でなかったのではないだろうか。(先生から)伝えられたことをよく習熟しなかったのではないだろうか。(あるいは、よく習熟しないことを人に教えたのではないか。)と反省してみます。」

※ 吾日三省吾身 : 「三省」 
  (1) みたび吾が身を省みる
      ( 三=たびたびの意/二たびではダメですか・四たびではダメですか!) 
  (2) 以下の三つのことについて反省するの意 〔新注〕

・ 「」 (1)かえりみる、反省する  (2)はぶく (かえりみることによって、よくはぶける)

cf. 政治も教育も、「省く」ことが大切です。 が、現状は、「冗」・「擾〔じょう〕」。 (分散、駁雑〔ばくざつ〕)ばかりで、(統合、収斂〔しゅうれん〕)がなく、偏倚駁雑〔かたよりごたまぜ〕です。

注) ‘09.9 時事 : 従来は“動き出したら止まらない公共事業” → 民主党(前原国土交通相)は、143ヶ所のダム建設の(中止)見直し

ex. 文部科学などの「省」、「三省堂」の由来

※  「乎」 : 
   (1)伝え(られ)て習わざるか/伝わりて習わざるか〔新注〕
       → 伝えられたこと(聖人のおしえ)を、おさらいもしないでいるかの意
       cf.  ( 王 陽明 の『伝習録はこちらを採っています )
   (2)習わざるを伝うるか → よく習熟(おさらい)もしないことを、
                      (受け売りで)人に教えたのではないか〔古注〕

 

本学   【漢文訓読の基本 ― 2 】

§.訓点のおさらい・注意点と演習/重要語彙の充実 ・・・以下抜粋

● 返り点

 ○ 「レ 点」 ・・・ すぐ下の一字から、上の一字に返って読む時
 ○ 「一・二点」 ・・・ 2字以上を隔てて、下から上に返って読む時(三・四・・点もあり)
 ○ 「上(・中)・下点」 ・・・ 一・二点のついた句を中にはさんで、返って読む時
 ○ 「一とレ・上とレの組み合わせの点」 ・・・ レ点ですぐ上の1字に返って、
                             更に2字以上を隔てて返って読む時

 注1) 上(・中)・下 点 → さらに「甲・乙・丙 点」 → さらに「天・地・人 点」
 注2) 「レ点」は「一・上・甲 点」とは併用できますが、「二・下・乙 点」などとは併用できません
 注3) 熟語は「−(ハイフン)」で示す ex.「所―以〔ゆえん〕」・「教育ス」
     ※ ただし、実際には「−」がない場合も多いので要注意です!
     → 1字目と2字目の間(ハイフンの左側)に返り点をつけます
     

◆ 注意すべき漢字の読みと意味
 
・ 幾何 : いくばく − どのくらいか
・ 所謂 : いはゆる − いわゆる
・ 以為 : おもへ ラク − 思うことには
・ 所以 : ゆえん − 理由
・ 就中 : なかんづく − とりわけ・ことに
於レ是 : ここニ おイテ − そこで・こうして
是以 : ここヲ もつテ − そういうわけで
以レ是 : これヲ もつテ − このような方法で・このことによって
・ 若/而/汝/ : なんぢ − そなた・おまえ(二人称の代名詞)

※ 以下の語、おどり字がなくても重ねて読みますので要注意です!
・ 益 − ますます(益々)   ・夫 − それぞれ(夫々)
・ 数 − しばしば(屡)     ・各 − おのおの(各々)
・ 偶 − たまたま(偶々)   ・看 − みすみす(見す見す)
・ 愈 − いよいよ(愈々)   ・抑 − そもそも


◆ 和漢異義語 (※読みは現代かなづかいにいよる)

◇ 遠慮 : 漢)エンリョ ― 遠い将来まで見据えた深い考え(を巡らすこと)。
        和)えんりょ − 物事を控えめにすること。
◇ 稽古 : 漢)ケイコ ― 昔のことを考え調べること。学問・学習。
        和)けいこ − 武術・技芸などを習うこと。
◇ 故人 : 漢)コジン − 昔なじみ、旧友。  同)故知・故旧。
        和)こじん − 死んだ人。
◇ 人間 : 漢)ジンカン − 人の世・世間・俗世間。 cf.「人間到る処、青山あり。」 
        和)にんげん − 人・人類。
◇ 大人 : 漢)タイジン − 徳のある優れた人。年長者に対する敬称。
             cf. 聖人 ― 君子 ― 大人 − 小人 − (愚人)
        和)おとな − 成長した人。
◇ 小人 : 漢)ショウジン − 1)徳のないつまらないひと。 2)身分の低い人。
        和)しょうにん/こども − 1)子供。  2)背の低い人。
◇ 多少 : 漢)タショウ − 1)多いと少ない。 2)多い(少は助字)。 3)どれほど。
             cf.「 花 落 知 多 少 」(「春暁」)
        和)たしょう − 少し・幾らか。
◇ 百姓 : 漢)ヒャクセイ − 庶民・庶人・一般民衆。多くの人民。
        和)ひゃくしょう − 農夫・農民。農耕に携わる人。 
◇ 迷惑 : 漢)メイワク − 1)道に迷う。  2)心が乱れる。 
        和)めいわく − 厄介で困ること。面倒なこと。
◇ 包丁 : 漢)ホウテイ − 昔の有名な料理人の名前。料理人。 cf.『荘子』
        和)ほうちょう − 料理用の刃物。
◇ 経済 : 漢)ケイザイ − 世を治め人民を救う。「 民」の略。
             cf.Political Economy の訳 (by福沢諭吉)
        和)けいざい − 生活に必要な財貨の生産、分配、消費。
◇ 漸   : 漢)ヨウヤク ― しだいに。「ゼン」は順序、次第。 cf.易卦「風山漸」
        和)ようやく − やっと・しだいに。
◇ 大丈夫 : 漢)ダイジョウ − 一人前の立派な男子。 cf.女丈夫 
         和)だいじょう − たしかで、危なげがなく安心できる様。

 

易経   ( by 『易経』事始 Vol.2 ) & ( by 「十翼」 )

§.易の思想的基盤・背景 (東洋源流思想)  【 ―(4) 】

C. 陰陽相対〔相待〕論(陰陽二元論)



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第二十二回 定例講習 (2009年8月23日)

第二十二回 定例講習 (2009年8月)

孝経   (広要道章 第12 ― 《2》 )

( ―― 楽より善きは莫し。の続き )

“上〔かみ〕を安んじ民を治むるは、礼より善きは莫し。礼はのみ。 故に其の父を敬すれば、則ち子悦ぶ。その兄を敬すれば、則ち弟悦ぶ。その君を敬すれば、則ち臣悦ぶ。 ※注) 一人〔いちにん〕を敬して(而して)、千万人悦ぶ。敬する所の者は寡〔すくな〕くして(而して)、悦ぶ者は衆〔おお〕し。此れ之を〔此を之れ〕要道と謂うなり。”

《大意》
「上(指導的地位にある人=リーダー)を安泰にし、下(民衆・人々)を善く秩序立てて治めるには、礼義を教えるのが最もよいのです。その礼(の精神)は何かといえば、“”の一語に尽きます。
ですから、その上の地位・立場ある人がその父を敬えば、(下にいる人々の)子供は悦んでそれにならい従うでしょう。また上にいる人がその兄を敬えば、(下にいる人々の)弟は悦んでこれを見ならい、更に上にいる人が他の人君(指導者)を敬えば、天下の臣は悦んで服し従うでしょう。 ※注)
 このように、上に立つ者が(父・兄・君という)一人を尊敬することによって、千万者多くの人々が影響・感化されて悦び従うようになるのです。敬し尊ばれる者は少なく、悦び従う者は極めて多いわけです。これを要道(正道)といい、世の中を治めていく上でとても大切な考え()なのです。

・ 「敬」=孝の根本“愛と敬”。敬を「ウヤマウ」と読めば 広く他人を尊敬するの意、「ツツシム」と読めば 我が身を慎み守るの意。

・ 「礼者、敬而已矣」 ・・・「而已」は〜だけの限定、「矣」は断定の助字、2つを重ねた強い言い切りの形。

※注) 「一般に、他者が、その人の父を尊敬するとその子は悦ぶ.…」ともとれなくはありませんが、ここでは、上に立つ者・上の地位にある者が率先してお手本を示し教化するという儒学の考え方だと思います。 

 −−−−−

論語    ( 孔子の弟子たち ―― 顔回 〔2〕 )

§. 禅宗の碩学が、人間の4類型として、 

1. 「賢々〔かしこ かしこ〕」 
2. 「賢阿呆〔かしこ あほう〕」 
3. 「阿呆賢」 
4. 「阿呆阿呆」 

ということを言っておられます。(易の四象のようですね)

2.の「賢阿呆」は、本来は非常な賢人・大才にもかかわらず、一見したところ「愚の如く、魯の如し」で阿呆のように見えます。この賢〔さか〕しがらず偉ぶらない人間が、真の賢人・大才です。それが、孔子門下の圧巻〔あっかん〕・顔回と孔子の後継・曽子です。


4)  ―― 心の通じあう師弟

・ 「子、匡〔きょう〕に畏す。顔淵後〔おく〕る。子曰く、吾、女〔なんじ〕を以て死せりと為す。 曰く、子在〔いま〕す。回何ぞ敢えて死せん。」 (先進第11−23)

《大意》
孔先生が、匡の土地で危険な目に遇われて警戒していた時、顔淵は孔子を見失って後れてしまいました。ようやく逢うことができたので、孔先生が喜んで 「わしは、お前が(匡人の手にかかって)死んだかと思ったよ。(よく生きていたなあ)」と、おっしゃいました。そうすると、顔淵は「先生がご無事でいらっしゃるのに、どうしてこの私が、軽々しく(匡人の手にかかって)死んだりいたしましょうか。」と答えました。


5)  ―― 顔回の見た孔子像

・ 「顔淵、キ然として嘆じて曰く、之を仰げば弥〔いよいよ〕高く、之を鑽〔き〕れば弥堅し。之を瞻〔み〕るに前に在り、忽焉〔こつえん〕として後〔しりえ〕に在り。夫子〔ふうし〕、循循然として善く人を誘〔いざな/みちび・く〕う。 ※我を博〔ひろ〕むるに文を以てし、我を約するに礼を以てす。罷〔や〕めんと欲するも能わず。既に吾が才を竭〔つく〕す。立つ所ありて卓爾〔たくじ〕たるが如し。これに従わんと欲すと雖も、由未〔よしな〕きのみ。」 (子罕第9−11)

《大意》
顔回が、“ああ”といかにも感に堪えないといった様子で言いました。「(孔先生は)仰げば仰ぐほど、いよいよ高くて到底及ぶべくもない、(タガネで金属を)切り込 めば切り込むほど、いよいよ堅くて歯が立たない。前方におられたかと思うと、ふいにまた後方におられる。そうして先生は、(身近におられて)順序よく巧みに人を導かれる。
学問(詩書礼楽の類)をもって、私を博〔ひろ〕め(古今の事理に広く)通じさせてくださり、そしてそれが散漫にならないように礼をもって引き締めてくださる。(そういう修養を)止めようと思っても止めることはできません。すでに私は、自分の才能を出し尽くして、先生について学んでまいりました。でも、やっと追いついたかな、と思うと、もう先生は私の及びもつかない高い所へ立っておいでです。何とかそこまでゆこうと思うのですがどうにもなりません。

※「我以文約我以」=「博文約礼」 ・・・ cf. 伊藤博文


6) ―― 顔回の死

・ 「顔淵死す。子曰く、噫〔ああ〕、天予〔わ〕れを喪〔ほろ〕ぼせり、天予を喪せり。」  (先進第11−9)

《大意》
顔淵が死にました。孔先生が、顔淵の死をひどく傷んでおっしゃるには「ああ、天はわしを喪ぼしたのだ。 天はわしを喪ぼしたのだ。」
※孔子は、顔回を後継としていたのに、死んでしまってもはや道を後世に伝えることができなくなったからです。
人も学問・教えも、後継者(受け継がれるもの)を得て、「永遠」・「不易」が実現するのだと思います。 

cf.”人間は遺伝子の乗り物”


7) ―― 孔子の顔回礼讃

・ 「哀公問う(て曰く)、弟子〔ていし〕、孰〔たれ〕か学を好むと為す。孔子対〔こた〕えて曰く、顔回なる者有り、学を好み、怒〔いか〕りを遷〔うつ〕さず、過ちを弐〔ふた〕たびせず。不幸、短命にして死せり。今や則ち亡し。未だ学を好む者を聞かざるなり。」 (擁也第6−3)

《大意》
魯の哀公が、孔子に「お弟子の中で、誰が学問を好みますか。」とお尋ねになりました。 
孔先生が答えておっしゃるには、「顔回というものがおりました。学問を好み、怒りにまかせて他に八つ当たりするようなことはなく、過ちを再び繰り返すことがありませんでした。不幸にも、短い寿命で死んでしまって、今は(弟子の中に)おりません。この者の他には、(天下の人の中で)本当に学問好きという者を聞いたことがありません。」

※ 「学」=いうまでもなく、人間形成の学、人格完成の学、徳を修め学

※ 「短命」 ・・・顔回の死は『孔子家語』では、32歳。異説多く、41歳の説もあります。そうすると孔子71歳、最晩年の悲痛な言葉といえます。


8) ―― 曽子のみた顔回

・ 「曽子曰く、能を以て不能に問い、多きを以て寡〔すく〕なきに問い、有れども無きが若〔ごと〕く、実〔み〕つれども虚〔むな〕しきが若く、犯されても校〔むく〕いず。 昔者〔むかし/さきに〕、吾が友、嘗〔かつ〕て(或いはつねに)斯〔ここ〕に従事せり。」  (泰伯第8−5)

《大意》
曽子が言うには、「自分は才能がありながら ない者にたずね、知識・見聞豊かでいろいろ知っているのに それの乏しい者に問い、有っても無きがごとく、充実していながら空っぽのごとく、人から害を受けても(道に外れた侵害を受けても)仕返しをしない。昔、自分の学友(顔回)に、そういう(上記5つのこと)に努め励んだ者がいました。(でも、もうその人は死んでしまっていないのです。)

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本学    ( 『中庸』 4 )

● 経書・『中庸』 ―― 「中庸章句」 )

1) 孔子の孫・子思、『中庸』を著す

○ 「孔子鯉〔り〕を生む、字〔あざな〕は伯魚 伯魚年五十、孔子先だちて死す。伯魚、処ヤ〔きゅう〕を生む。字は子思、年六十二。曾〔かっ〕て宋に困しんで、子思中庸を作る。」 (『史記』・孔子世家)

・ 子思は、孔子存命中に生まれる。孔子の喪に喪主を務めたという。

   「子思の学は 蓋し曾子に出づ。」 (韓愈)
   「子思之を唱え、孟軻〔もうか〕之に和す。」 (荀子) 
              ・・・『中庸』と『孟子』は、多くの点で共通している。

☆ 【血縁】 孔子 ―― 鯉 ―― 子思 、
   【師弟】 孔子 ―― 曾子 ―― 子思 ―― 孟子


2) 『中庸』を著した理由

○ 「中庸は何の為にして作るや、子思子、道学の其の伝を失わんことを憂えて作るなり。」 (朱子・「中庸章句」序文)

老子一派の攻撃 VS 儒家の対抗

孔子の経典・『論語』・・・言行録、常識的・実践哲学の教学 
              → 形而上学(哲学)説の必要性  cf. 『易経』 

「子曰く、穏〔かく〕れたるを素〔もと〕め怪しきを行うは、後世述ぶるあらん。吾は之を為さず。」 (『中庸』・第11章)

不易」の論 ・・・ 孔子の学=中正平易・永久不変 → “中庸”と命名(中は中正にして過不足がないこと、庸は常の道=「恒」)
「惟〔こ〕れ精、惟れ一〔いつ〕、允〔まこと〕に厥〔そ〕の中を執れ。」〔允執厥中〕 (『書経』) ――「精」= purify 純化する、
「一」= simplify単純化する(いろいろの矛盾や相対・相剋を去って、新たに創造する) cf.「精一」の名


3) 『中庸』の世へのひろまり

・ 『大学』と同じく、『礼記』の一篇 → 宋初の二程子(程明道・伊川の兄弟)が独立の地位を与えて尊重する。 → 南宋の朱子、校訂し官学に採用(進士の試験必須文献とする)、中庸章句 ※日本でも最重要経典 (cf.朱子学文化圏の形成)


4) 本論 (宋朱子章句) ―― 中庸首章

○ 「子程子曰く、不偏(偏らざる)之を中と謂い、不易(易わらざる)之を庸と謂う。中は、天下の正道にして、庸は、天下の定理なり。此の篇、乃〔すなわ〕ち孔門伝授の心法にして、子思其の久しうして差〔たが〕わんことを恐る。故に之を書に筆して、以て孟子に授く。」 ( 序 )

○ 「の命ずる之を性と謂い、性に率〔したが〕う之を道と謂い、道を修むる之を教えと謂う。」 (第1章・冒頭)
・・・ 儒家の道は天に本づくものであって、古の先王らによる人為的作為的なものではない。 天=造化=宇宙根源の働き

○ 「喜怒哀楽の未だ発せざる、之をと謂う。発して皆節に中〔あた〕る、之を和と謂う。中は天下の大本〔たいほん〕なり、和は天下の達道なり、中和を致して天地位し、万物育す。」 (第1章)
・・・ 未発の中とは、“the whole”=全きものの意。

○ 「仲尼曰く、君子は中庸す、小人は中庸に反す。君子の中庸は、君子にしてす(時じく中る)。小人の中庸は、小人にして忌憚〔きたん〕する無きなり、と。」  (第2章)
・・・ 時中=どんな時・所にも応じて適中(その節度にかなって中正である)すること。「発して皆節に中る」に相当する。

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易経    ( by 『易経』事始 Vol. 2 )

§. 易の思想的基盤・背景 (東洋源流思想)  【 ―(3) 】

C. 陰陽相対〔相待〕論(陰陽二元論)
      ・・・ 易学に由来する。易は、陰陽の理法。
         明治期以降、陰陽(五行)説を軽視 ・・→  復権 

 陽とは ・・・ 発動分化、分化発展してゆく力 
                    ex.根→ 幹→ 枝→ 葉→花
          (能動的、攻撃的、昂進的状態に傾いているもの) cf.「わからぬ」

 陰とは ・・・ 統一し含蓄する力、分かれたものを統一し、
          それを根元に含蓄しようとする働き  
                    ex.花 ーー・・・→ 根 → 実   
          (受動的、防衛的、沈静的状態に傾いているもの)

※ 陰陽 =(戦国時代以前は)剛柔 といった・・→ 陰陽五行説となっていった

○ 「剛柔は、本を立つる者なり。変通は、時に趣く者なり。」(繋辞下伝)


● 「陰」の字と「陽」の字

霊気が覆うのが陰、発散しているのが陽

・ “こざとへん” を “阜”〔コウ・岡〕と解し南を明るく陽、北を暗く陰とする。
       ex. ・・・ 山陽道/ 山陰道

・ “こざとへん” を阜〔フ〕とよみ、神霊の昇降する様子。陰陽の初義は神様の前で執行される魂振りの神事

cf. “陽(あかり)”さん〔人名〕、“陽子”、“陽水”

      陰陽文字カット(甲骨文&金文) ―― 略

               と     


● 陰陽の理法ポイント

(1) 二元論(「微妙〜」はない)  (2) 相対(待)論  (3) ベクトル的概念


(1) 二元論 

乾坤天地、“転定(てんち)”、父母、大(陽)と小(陰)、〈大吉・中吉・小吉〉、
方(ほう・四角・陰)と円(えん・丸・陽)  ――“水は方円の器に従う”
イザナギノミコトとイザナミノミコト(『古事記』)、アダムとイブ(『旧訳聖書』)
   ex.― 秦の統一貨幣、日本の和同開珎〔ちん・ほう〕・富本銭、前方後円墳
        コンピューター(= 二進法、1と0、オンとオフ)、
        ライプニッツ  陽・・・1  陰・・・0 
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※補 ―― 中国人は対(つい)で考えます。「絶対」は、優れた対(ペアー)
   ex.? 「四声」・・・ 一声― やや高くのばすマー     ma 〔母〕 
                三声― 低く短いマァ            ma 〔馬〕   
                二声― 高く急に上がるマァ      ma 〔麻〕     
                 四声― 上から急に下がるマァ    ma 〔しかる〕 
 

(2) 相対論

―ex.1 父と母、親と子、息子と娘は、それぞれ《陽と陰》の関係。
      母と息子の関係は《陽と陰》。陰であった母は陽に、陽であった息子は陰に転じています。

―ex.2 梅干番茶(梅酸が胃中でアルカリ性に働く)や乳酸。

―ex.3 夫が陽(性)だと妻は陰(性)に、夫が陰(性)だと妻は陽(性)に働きます。〔“相互転換性”〕


(3) ベクトル =力と方向

―ex.  『古事記』“国産み”・・・右旋(左から回る)―陽(左目)
                    左旋(右から回る)―陰(右目)

※参考 【 陰陽哲学・思想 】

○「天は尊(たっと)く地は卑(いや)しくして、乾坤定まる。卑高以て陳(つら)なりて、貴賤位す・・・ 」 (繋辞上伝)

○「一陽一陰をこれ道と謂う。これを継ぐものは善なり。これを成すものは性なり。」
(繋辞上伝) ―― 張載の気一元論と朱子の理気説、孟子の性善説    

○「子日く、乾坤は其れ易の門か。乾は陽物なり。坤は陰物なり。陰陽徳を合わせて剛柔体あり。以て天地の撰を体し、以て神明の徳に通ず。」 (繋辞下伝)    

○「初めに神は天と地を創造された」 (旧約聖書・創世記)


―― 〔生物学〕陰中の陽・陽中の陰、陰から陽へ
    
 
※考察 【 陰陽(中)思想の再考・復権 】

陰陽が乱れた現代・社会・・・母子・父子家庭、家庭サービスだけの父親(=母親が二人いるだけ)、 “敬(父)”と“愛(母)”の必要性

○「故に母には其の愛を取り、君には其の敬を取る。之を兼ぬる者は父なり。」
(孝経・士章第5)


※研究 【 バリアフリー〔障壁除去〕住宅・空間と陰陽 】

―ex.段差をなくす、角を丸める、暗部をなくす、スロープをつける・・・。
    要するに「陰」の部位を「陽」の部位に変えることです。 

 


§. 八卦の象意(おさらい)

● 八卦〔はっか/はっけ〕・八象〔はっしょう〕 (高根流)

 「八卦」・「八」 の言葉
“あたるも八卦、あたらぬも八卦”、“ハッケヨイ!ハッケヨイ!”、“八卦見”=易者、
“八俣〔やまた〕のおろち”・“大八島国”(『古事記』)、“口八丁、手八丁”、“八百万〔やおよろず〕”、“八百屋〔やおや〕” ・・・

1. 乾 【けん/】 (六白金性/星) : 父、全陽、剛健〔ドラゴン〕・虎・駿馬。

2. 兌 【だ/】  (七赤金性/星) : 少女、悦楽、角の長い動物・羊(象形から)
 ・ 流水「坎」の下をふさいでせき止めた象。
 ・ 陰が2陽の上に乗って悦んでいる象(肩車)。
 ・ 兌の字義 ・・・口を開いて顔にシワがある形から。
 ・ 「口」の意、口を開いて男心をそそる意。
                  cf.「天沢履」=“女子裸身の象

3. 離 【り/】  (九紫火性/星) : 中女、明智、蛍・雉・孔雀・かに・・・
 ・ 乾の中爻に1陰の太陽が麗〔つ〕く、南天に沖する太陽とも1陰を太陽の黒点ともとる。
 ・ 中虚(中爻の陰)からビン・鳥の巣、陰を柔として亀・かに・貝など
                  cf.「風沢中孚」=大離で “まこと、タマゴ”

4. 震 【しん/雷】 (三碧木性/星) : 長男、振動小龍・仔馬・音の出るもの(携帯電話・インターネット)・・・。
 ・ 1陽が2陰におさえられ怒気を発する(雷)、発奮の気・春雷、早春の2陰の冷たさを
   払い除こうと躍動する。

5. 巽 【そん/ (四緑木性/星) : 長(大)女、伏入、蛇・豚・蝶・トンボ・・・。
 ・ 乾の天に1陰が伏入(巽〔たつみ〕風)、寒気は陰で重いから下から入ってくる。
 ・ 画象は、座卓・和机・木製ベット・・・。

6. 坎 【かん/】 (一白水性/星) : 中(次)男、陥険・鼠・魚・・・。
 ・ 字は「土を欠く」 。 
 ・ 坤地に1陽の水が流れている。
     cf.算木の画象から → タテ「川」の字、「水」の字? 

7. 艮 【ごん/】 (八白土性/星) : 少年(男)、停止(ストップ)、犬・鹿・昆虫。
 ・ 画象は、大地(坤地)にそびえる山脈の尾根の象。 山、カベ。
 ・ 股を開いた象。
                    cf. 「地山謙」=“男子裸身の象

8. 坤 【こん/】 (二黒土性/星) : 母、全陰、柔順(牝)牛・豹・猫・・・。


                                         

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第二十一回 定例講習 (2009年7月26日)

第二十一回 定例講習 (2009年7月)

孝経    ( 広要道章 第12 − 《1》 )

  “ 子曰く、民に親愛を教うるは、孝より善きは莫〔な〕し。民に礼順を教うるは、悌〔てい〕より善きは莫し。風〔ふう〕を移し俗を易〔か〕うるは、楽〔がく〕より善きは莫し。”
 
《大意》 孔先生がおっしゃいました。「人々に親愛の情〔みなが親しみ愛すること〕を教えるには、“孝道”を(自ら実践して)教える以上のものはない。また、長上の者に対する礼儀正しく従順なことを教えるには、“悌道”を教える程よいものはない。人々のよくない風俗(ならわし)を変え改め、善良なものとしてゆくには、“音楽(を通じての教化)”が最もよいのだよ。」

要道正しい道 について述べる、明らかにする章。
この章からの3つの章は、第1章・開宗明義章での聖人の教えのキーワードを、詳しく解説したものです。この章は「要道」について。

・ 「移風易俗」=「風」は風習、もとは上からの教化の意。
  「俗」はならわし。「易」は交換するの意。
・ 「楽」=娯楽用の音楽ではなく、儀式の際の“礼楽”との意。
  孔子は「音楽を通じての教化」を重視しました

○ 「君子の徳は風なり。小人の徳は草なり。」(『論語』・顔淵第12)
   “風をおこすものは吏と師”  
             ・・・・・「風」は、風化・教化・感化の教育の意

論語   ( 孔子の弟子たち ―― 顔回 〔1〕 )

顔子・顔回。 は名、 は字。 孔門随一の俊才・偉才です。
(後、「復聖」と尊称されます。が、惜しくも早世(32か42歳)。
20代の頃から髪がまっ白であったといわれています。 
顔回は、孔子が自ら後継ぎと託した偉大なる愛弟子〔まなでし〕だったのです。
  ※ 孔子との年齢差 「30」才

1) あたかも愚物の如し(「如愚」) ・・・孔子の顔回への初印象。

・ 「子曰く、吾回と言うこと終日、違〔たが〕わざること愚の如し。
退いて其の私〔わたくし/し〕を省みれば、亦以て発するに足れり。回や愚ならず。」(為政第2−9)

《大意》
わしは、回と一日中(学問上の)話をしたが、(全く従順で)意見の相違も反問することもなく、まるで何もわからない愚か者のようであった。だが、回が退出した後に、くつろいだ私生活を観てみると、わしが話し教えた道理をしっかりと行いの上に発揮(活か)することができておる。〔大いに啓発するに足るものがある。〕
回は愚かではないよ。


2) 「箪食瓢飲〔たんし ひょういん〕」 ・・・孔子の顔回賛美

・ 「子曰く、賢なるかな回や。一箪〔いったん〕の食〔し〕、一瓢〔いっぴょう〕の飲〔いん〕、陋巷〔ろうこう〕に在り。人は其の憂いに堪えず。回や其の楽しみを改めず。賢なるかな回や。」 (擁也第6−11)

《大意》
回は、ほんとうにえらい〔賢い〕ものだね。食べるものといったら竹のわりご一杯のごはん、飲むものといったら ひさご一杯の飲み物、住む所といったらむさくるしい狭い路地暮らしだ。普通の者ならそんな貧乏の憂い〔辛さ〕にたえられないだろうに。回は、そんな生活の中でも、心に真の道を楽しむことを変えようとしない。〔この修養の高さはとうてい他人の及ぶところではないね。〕まったくえらい〔賢い〕ものだね、回は!

※ 「賢哉回也」 ・・・回也賢哉 というところを語の位置を変えています(倒置)。
              孔子が大いに賛美していることがうかがえます。
   「食」 ・・・動詞の場合は「ショク」、名詞の場合は「シ」と読みます

cf. 「シカゴ大学にクリールという教授がおる。 ・・・・・・ 然しこの人には顔回がわからない。『顔回はあまりにも貧乏であったために、自ずから万事控え目になり、引っ込み思案になったのだ』と言い、最後には『少し馬鹿だったのではなかろうか』とまで疑うておるのでありますが、とんだ誤解です。一寸〔ちょっと〕以外な浅解です。」 (安岡正篤・『論語に学ぶ』)


3) “中庸”の徳

「子曰く、回の人と為りや、中庸を択〔えら〕び、一善を得れば、則ち拳拳服膺〔けんけんふくよう〕して之を失わず。」(『中庸』・第8章) : (孔子が言われた。「顔回の人柄は、過不及をわきまえて中庸の道を選び、もし一善を得れば、謹しみ謹しんで、これを実践して失わないように努めた)と。〔伊譽田覺・『仮名中庸』〕)

cf.「朕、爾〔なんじ〕臣民ト倶〔とも〕ニ拳拳服膺シテ咸〔みな〕其徳ヲ一〔いつ〕ニセンコトヲ庶幾〔こいねが〕フ。」(「教育勅語」) : (わたくしも国民の皆さんと共に、父祖の教えを胸に抱いて、立派な徳性を高めるように、心から願い誓うものであります。 〔杉浦重剛・『教育勅語』〕)

「恭倹〔きょうけん〕己レヲ持シ」 : (自分の言動を慎しみ) ――
‘ bear yourselves in modesty and moderation
恭・・・ Modesty (慎み深いこと・謙遜)
倹・・・ Moderation (節約・中庸・適度) 
     ※中庸=the [golden] mean

本学   ( 『中庸』 3 と 易筮演習 )

A. 『中庸』 1&2 のおさらい  / ・ 『論語』 顔回〔1〕− 3)“中庸”の徳

B. 易筮演習 ――― 時事的テーマで今まで講じた「象」を中心とする解釈の演習。私が代表で立筮(筮竹・略筮法)し、皆で自分の立筮として解釈しました。

イ) 易的 (占的) :
  「 今回の総選挙で、民主党が(自民党に対して)勝つか否か 」 
                        / ‘09.7.26. PM.2:45〜 
※ 略筮法の易的は、YES・NO で答えられる形に絞り込むよう工夫することが大切です。今回は、NO.1の自民党・NO.2の民主党、2大政党に絞り両者の(政権獲得)勝負占としました。現状勢力を基準に、第一党(政権獲得)になれるかどうかが勝つか負けるかということです。
主語をどちらにするかによって、判断は逆になります。今回は、受講者の意向で「民主党が・・・」という形にしました。

ロ) 得卦 :
  「 地雷復 5爻 にて、水雷屯に之〔ゆ〕く 」
※ 筮竹残本数、1回目−4本 ・2回目−0(8)本 ・3回目−5本でした。
    (サイコロなら、8面体赤4・黒2,6面体5の目ということです)
    之卦は、5爻の陰・陽を逆転させます。

ハ) (象による) 解釈例 〔 by 高根、下記解説要点テキスト参照のこと〕

a.得卦 「復」 ・ 5爻   ( cf.易経64卦解説奥義 要説版 P.24 )

・ 「復」 ・・・ “一陽来復(福)”、冬からやっと春の兆し、1陽5陰(初爻・陽) =
民主党勝利し、長い野党の時代を脱しやっと政権を獲ります。が、(生じたばかりで極めて軟弱・微弱。リーダー〔指導者〕のいない民衆(坤地)の中に1陽のリーダーが戻ってきました。新しい局面が拓けていきます。しかし、このリーダーはまだ弱いものです。

・ 5爻(陰) ・・・ 5爻の尊位にて中徳を持っています。柔徳・中徳の(政党)党首総理〔鳩山氏〕です。“陰”の党首・総理であり、本来5爻は陽の位であるのに陰が位しています。そして、「比」してなく(4爻・上爻の身近・身内同士からの応援なく)、「応」じてなく(2爻の遠方・野党同士?の応援もなく)他の力が借りられない弱さをも持っています。


 ※  ―― 要説版テキスト一部ピックアップ (P.24)

24. 復 【地雷ふく】  は、かえる・くり返す

12消長卦 (12月)    (陰暦11月・冬至の卦)

 ● スプリング・ハズ・カム〔 Spring has come./春は来(き)ぬ=春が来た、今は春です〕
一陽来復(福)”・・・冬からやっと春の兆し、出直し、   ルネサンス
明治の維新 ・・・幕府の引退、近代日本の世界史上への躍進

・ 「復はそれ天地の心を見るか。」(彖伝)・・・陰陽の消長・循環、偉大なる天地自然の摂理・営みに対する畏敬の念! ※ 人間社会においてもあるでしょうか?

・ “復は反〔もど〕るなり”(雑卦伝) 
・ “剥すること上に窮まれば下に反〔そ〕る。 故にこれを受くるに復を以てす。”(序卦伝) ・・・ 賁,剥すれば一転して復(“文芸復興)”

■ 下卦 震雷、上卦 坤地。(「剥」の綜卦)

1) “一陽来復”:12消長卦、1陽5陰卦。「剥」の1陽が剥がれ尽くされ、坤地となった大地に1陽が戻ってきた象。

2) リーダー〔指導者〕のいない民衆(坤地)の中に、1陽のリーダー・君子が戻ってきた。復活、新しい局面が拓けていく。

3) “地を掘って宝を得るの象”(白蛾) ・・・地は外卦坤、宝は内卦震の象。掘るは震の動から。


b.之 卦 「屯」    ( cf.同上書 P.7 )

近未来、選挙後(9月〜)の民主党政権のスタートの状況と思えばよいでしょう。
創造・生みの苦しみです。 滞り行きづまることが予想されます。
・ 下卦の震は、動き進もうとする若芽=民主党です。上卦の坎は、坎倹・悩みで、日本の現状の厳しさ、民主党の政権担当能力・人材の悩み、また野に下った自民党勢力かもしれません。
大象伝 ―― 民主党(・党首)は、「創始の大切なことを悟り、天下国家の経綸を行う」ことが肝要です。


※  ―― 要説版テキスト一部ピックアップ (P.7)

3.屯 【水雷ちゅん】  は、なやみ、くるしむ

4 難卦〔坎水・蹇・困・屯〕、「屯難」

● 創造・生みの苦しみ、「駐屯」・「屯〔たむろ〕」、滞り行きづまる、入門は吉、
赤ん坊をそっと(育てる)・幼児教育 ・・・ ※ 父母(乾坤)の間に震(巽)の長子が生まれた時 

・ 「天造草昧〔そうまい〕」(彖辞) ・・・ (草が生い茂っているように)天の時運がまだ明らかでない〔これから開かれようとする時〕 =天下草創・暗黒の時代
・ 「屯とは盈〔み〕つるなり。屯とは物の始めて生ずるなり。」(序卦伝) 
     ・・・ ex. “明治維新”〔幕末から明治政府設立までの動乱・混乱期〕

cf.(通常の日座空亡に対し) 易学空亡 = 屯・蒙の2ヶ月、その後有卦〔うけ〕の3ヶ月

■ 「屯」の字義 :「一」は、地を現わし、下の草木が芽生え地上に出ようとして曲がっている形、から創生の悩みを意味している。
上卦の坎は、坎険・水・川・寒・暗。下卦の震は、動・進む・伸びる・若芽・蕾〔つぼみ〕。

すなわち、
   1)進もうとして前に川があり、 
   2)草木の若芽が伸びようとして、寒気で伸び艱〔なや〕んでいる象。
   3)水=雲 と 雷=雨で雷鳴、雷鳴り雲雨を起こさん。

○ 大象伝 ;「雲雷は屯なり。君子以て経綸す。」
(上卦に坎の〔いまだ雨とならぬ状態の〕雲があり、下卦に震の雷がある。天上に雷鳴り響き、今にも雨が降ろうとする象です。 この天下創草の時、君子は、この象にのっとって、創始の大切なことを悟り、天下国家の経綸〔径は機織の縦糸、綸は横糸から、整える意。転じて平安に治政すること〕を行なうのです。)


c.賓 卦 「剥」    ( cf.同上書 P.23 )

・ 2者の勝負占ですから、相手から見た状況が重要です。相手から見る(自分の立ち位置を変える)代わりに、算木を180度回せば同様の卦が得られます。

・ 自民党の側からすれば、「山地剥」(復とペアの卦)。身心のはがれ、“退勢の極致” ※ 賁が破るといった方向にいった時

・ 12消長卦・1陽5陰 = ■部参照のこと ・・→ 自民党惨敗・崩壊・離反者造反者多し(民主党に合体もする)。


 ※  ―― 要説版テキスト一部ピックアップ (P.23)

23. 剥 【山地はく】  は、はげる・みだれる

準4難卦、12消長卦 (10月)

● 身心のはがれ(「傷官〔しょうかん〕」・・・身心のメス)、“退勢の極致”、ガン・かいよう注意
    ※ 賁が破るといった方向にいった時

■ 上卦 艮山、下卦 坤地。

1) 12消長卦にて、陰が上昇し上爻に1陽だけが踏み止まって残っている象。
下の5陰がせまり、その1陽も剥がれ落とされようとしている象。累卵の危機。

2) “旧を去って新生ずるの意”(白蛾) ・・・12消長卦にて、上爻の1陽は剥がされ尽くされてしまうが、やがて再び1陽生じ“1陽来復”の「地雷復」となる。

3) 陰の小人(達)が勢いと数を増してきて、君子を追い出し、残るはただ一人の君子のみ。

4) 高い山(艮)が崩れて、地(坤)に附着した象。

5) 地に山ある象。坤は陰柔薄弱、風雨により土台が剥落して艮山不安定、崩壊の成り行きを示す。

6) 1陽5陰卦、1陽崩壊寸前にて男性苦労の象。

○ 大象伝 ;「山の地に附くは剥なり。上は以て下を厚くし宅を安んず。」
(艮山が坤地に付いているのが剥の象です。これは、山が崩れて平地になろうとしているのは、地盤が薄くて不安定だからです。地盤が堅固であれば、山もまた安泰なはずです。
君子たるものは、この象にのっとって、上の立場にあるものは、天下万民の生活に厚く恵みを施し豊かにするように努め、そうすることで、自分の居る地位をも安泰にするよう心がけなければなりません。)

d.互 卦 「坤地」    ( cf.同上書 P.5〜 )

・ 2・3・4爻で下卦、3・4・5爻で上卦をつくります。含んでいるもの、蔵しているもの、可能性などと考えればよいでしょう。

・ 全陰、陰の極み、牝牛横たわり草を喰むイメージ、“柔順の貞”・・・。

用六 ・・・ 党首・要人は、「柔順な姿勢を失わず坤徳を永久に正しく貞正に堅持することで利ろしきを得る」。


 ※  ―― 要説版テキスト一部ピックアップ (P.5〜)

2.坤 【こん為地】  は、柔・大地・女性

全陰 ・・・ 統一含蓄の原則、8重卦(純卦)、女性・純陰(老陰)、12消長卦 (11月)

● 母なる大地、牝牛横たわり草を喰むイメージ、“柔順の貞”・“女性の貞”、

・ 「坤はいにる。牝馬〔ひんば/めすうま〕の貞に利し。」(卦辞)、厚徳戴物〔こうとくたいぶつ〕」(大象)、 「積善の家には必ず余慶あり。積不善の家にはかならず余殃〔よおう〕あり。」(文言伝)

・ 初爻辞 「霜を履みて堅氷〔けんぴょう〕至る。」 ・・・陰の気から霜、放置すればやがて堅固な氷。

・ 5爻辞 「黄裳〔こうしょう〕、元吉なり。」 ・・・黄色は五行で土、インペリアルカラー〔高貴な色〕、すなわち坤徳。裳は下着・スカート、謙遜な坤徳の意。

・ 上爻辞 「龍野に戦う。その血玄黄〔げんこう〕なり。」 ・・・陰の勢い極限に達し、陽(真)の龍と陰(偽)の双龍 戦い傷つき血を流している。

「玄」は黒で天=乾の雄龍の血の色、「黄」は土の色で雌龍の血の色、“天地玄黄”(「千字文〔せんじもん〕」)。

※ 爻変じて(之卦)「山地剥」、坤徳を失い自分自身の剥れを意味する。

■ 上卦・下卦とも坤、乾の天に対して一面の地。全て陰爻、乾の“剛健の徳”に対して“柔順の徳”、人事にとれば乾の天子・君子・大人・男性に対して、臣下・庶民・女性

○ 大象伝 ;「地勢は坤、君子以て徳を厚くし以てものを戴〔の/たい〕す。」
(大地の象は坤で、その形勢は柔順にして厚く万物を戴せています。この象にのっとって、君子は、坤徳をますます厚いものとして、万物・万民を包容するように努め徳を施すのです。)

◎ 用六 「永貞に利ろし」 ;陰の道〔臣下・妻の道〕は、柔順な姿勢を失わず坤徳を永久に正しく貞正に堅持することで利ろしきを得るのです。そうして、有終の美を飾る〔陰極まって陽となり、陽の大をもって終る〕ことができるのです。



☆ 今回は専ら象によって、現状を判断しました。算木をさまざまに変化させ、インスピレーションを得るのがコツです。

☆ 重要 : 以上は、現時点での判断です(投票日・投票終了後なら結果は決まっています)。 通俗“占い”や“アテもの”、ではありません。

総選挙告示日 18日、投票日 30日ですから、各政党・各候補が戦いの準備を始めている段階です。戦いはこれからです。状況・状勢は時々刻々動きます。

そして、勝利の傾向・兆しある側はそれをより確かなものに、また更なるよき拡大結果を目指します。逆に敗れる傾向・兆しのある側は、そうならないように現状を一新し、方策を講じなければなりません。更に言えば、選挙後の事々まで“遠慮〔遠くをおもんばかる〕”しなければなりません。―― 以上に、易学・易筮の意義も真面目もあることをお忘れなくなく。

付け加えますと、リーダー・指導者の立場にある人(政治家・政党関係者・ブレーンなど)は、「大象伝」の深意に学んでもらいたいものです。



易経    ( by 『易経』事始 Vol.2 ) & ( by 「十翼」 )

§.易の思想的基盤・背景 (東洋源流思想)  【 ―(2) 】

B. 天の思想 と 天人合一観 (大宇宙マクロコスムと小宇宙ミクロコスム)
   
● 中国思想・儒学思想の背景観念、 天=大=頂上

・ 形而上の概念、モノを作り出すはたらき、「造化」の根源、“声なき声、形なき形” を知る者とそうでない者
    「」〔しん〕 ・・・・ 不可思議で説明できぬものの意
                 天 = 宇宙 = 根源 = 神
            cf.「 0 」(ゼロ・レイ)の発見・認識、 「無物無尽蔵」(禅)

・ 敬天、上帝、天(天帝)の崇拝、ト〔ぼく〕占(亀ト)、天人一如〔てんじんいちにょ〕、
  天と空〔そら〕

・ 崇祖(祖先の霊を崇拝)、“礼”の尊重

太陽信仰 ・・・・ アジアの語源 asu 〔アズ〕 =日の出づるところ
 ―― ユーロープの語源 ereb 〔エレブ〕 =日のない日ざしの薄いところ“おてんとう様”、
 “天晴〔あっぱれ〕”、天照大御神 

ex. 天命・天国・天罰・天誅・天道・天寿・北京の「天壇」 
    「敬天愛人」(西郷隆盛)、「四知」(天知るー地知るー我知るーおまえ知る)
    「天地玄黄」(千字文) ・・→ 地黄玄黒

○ 「天行は健なり、君子以て自強して息〔や〕まず」(『易経』 乾為天・大象)
    ――― “龍(ドラゴン)天に舞う”

○ 「五十にして天命を知る」 孔子の “知命” (『論語』)

○ 「の我を亡ぼすにして戦いの罪にあらず・・・」 (『史記』・「四面楚歌」)

天賦人権論〔てんぷじんけんろん〕
   「は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず・・・」 
                             (福沢諭吉・『学問のすすめ』)

易性革命〔えきせいかくめい〕
   「天子の姓を易〔か〕え天命を革〔あらた〕める」 ・・・ 天命は天の徳によって革る
                                     革命思想・孟子

 ※ 研究 ――― 松下幸之助氏が説く “” (by 伊與田覺先生講義)
 
 ・ 書物によってではなく、自らによって(天によって)学んだ人
 ・ 「真真庵」の “根源さん” の社〔やしろ〕―(中には何も入っていない、無、空)
 ・ 人生は“運”(たまたま)、自分を存在させてくれるものは何か?
   “両親” ・・→ そのまた両親 ・・→ “人間始祖” ・・→ 人間はどこから?
   ――― “宇宙の根源” からその生み出すによって生み出された
   ―― 自然の理法(法則) = 宇宙万物のものを生成発展させる力
 ・ 天と交流し、宇宙根源の働き、天によって生かされていることを悟得した(覚った)
 ・ その感謝のきもちを “” の形で表した
 


 
§. 十 翼  ―― 十 翼〔じゅうよく〕 とは

・ 古代中国の学者達の手による、儒家の易(「易経」本文)についての10の解釈(解説・参考)書のこと。儒学の経典・経書となります。( “四書五経” )

・ 「易経」本文と十翼を合わせて経書・『易経』となります。( 五経の筆頭 )
占筮と思想・哲学の二面性を持つ“東洋の《奇書》”の誕生です。

・ 象辞を文王・周公の作とすることから、十翼を孔子の作とするのは当然の妙案ではありますが、非学的です。孔子及びその門下の数多が、永年にわったって著わしたと考えられます

・ 「伝」とは衍義〔えんぎ〕・解説の意です。                 (by 高根)

● 「易経」本文

A. 〔け・か(小成卦 ・ 64大成卦)、卦の文言が(彖〔たん〕もしくは)卦辞

 ex.「 乾は、元亨利貞〔げんこうりてい〕。 
        ※乾は 元〔おお〕いに亨〔とお〕る、貞〔ただ〕しきに利ろし。 」
    「 坤は、元亨利〔げんこうり〕、(※元いに亨る) 牝馬の貞に利ろし・・・」  

B. 爻〔こう〕(64×6=384の爻、初爻〜上爻、九〔きゅう=陽〕と六〔りく=陰〕)
      爻の文言が(象もしくは)爻辞

ex.【乾】 「初九、 潜龍〔せんりゅう〕なり、用うるなかれ。
          ・・・上九、 亢龍悔〔こうりゅう く〕いあり。」
   【坤】 「初六、 霜を履〔ふ〕みて堅氷〔けんぴょう〕至る。
          ・・・上六、 龍、野に戦う。その血玄黄〔げんこう〕。」

◎ 十 翼

1. 彖〔たん〕伝 (上・下経 2編)

・ 彖伝は、卦辞(彖辞)の意味を解釈したものです。すなわち、その卦名・卦象、成立の意義・特質・動静などを解釈しています。象伝とともに、最も古いものが現在に伝わっています。

ex. 「彖伝に曰く、大いなるかな乾元〔けんげん〕、万物資〔と〕りて始む。すなわ〔及〕ち天を統〔す〕ぶ。 雲行き雨施し、品物〔ひんぶつ〕形を流〔し〕く。大いに終始を明らかにし、六位〔りくい〕時に成る。時に六龍〔りくりゅう〕に乗り以て天を御す。 乾道変化しておのおの性命を正しくし、大和を保合するは、すなわ〔及〕ち利貞なり。庶物に首出〔しゅしつ〕して、万国ことごと〔咸〕く寧〔やす〕し。」 

2. 象〔しょう〕伝 (上・下)

・ 象伝には、「大象」と「小象」の 2つがあります。
大象は、64卦の各卦毎にあります。その卦(大成卦)の八卦(小成卦)からの構成を説いていて、政治的・道徳的教訓から“君子(リーダー・指導者)のあり方”を述べています。簡明にして、結語的。
小象は、卦辞に対する彖伝のようなもので、384爻の 爻辞を解釈して、各爻の意味・位置・他爻との関連を述べています。

ex. 「大象伝に曰く、天行は健、君子以て自強して息〔や〕まず。」
   「初九、 象に曰く、潜龍用いるなかれとは陽にして下に在ればなり。」
   「上九、 象に曰く、亢龍悔ありとは盈〔み〕つれば久しかるべからざるなり。」

たかね研究 : 老子にみる大象  ――  大象無形 ・ 道

大象を執らば、天下往かん。」(大いなる象〔かたち〕=「道」をしっかりと守れば、世の人々は心を寄せるようになります。) 〔『老子』 35章〕

大器晩成し、大声は声希〔かす〕かに、大象は形無し。」(大きな器は仕上がるのに時間がかかり、大きな声はかえって聞き取れず、大いなる象には形がないのです。) 〔『老子』 41章〕

 象〔かたち/すがた/しょう〕は形があってこそ象ですが、「大」には“無限大”の視点があり、大象は形として捉えられないものであるということ。

「無状の状、無物の象〔しょう〕」(すがたのないすがた、かたちのないかたち)
〔14章〕=「道」であるということ。

 

3. 繋辞伝 (上・下)                  cf. 「形而上・形而下」の語

・ 繋〔か〕けられた辞〔ことば〕(卦辞・爻辞)についての解説の意。易学の総論・概論、(私は)形而上学(哲学)として高められていると思われます。

ex. 「天は尊く地は卑〔いやし〕くして、乾坤定まる。卑高〔ひこう〕もって陳〔つら〕なりて貴賎位す。動静常ありて、剛柔断〔わか〕る。 ・・・・・ 」

4. 文言〔ぶんげん〕伝

・ 繋辞伝の各論的なもの。文はあや、飾るの意、言は卦爻の辞のこと。純陽・乾と純陰・坤を重視して詳細を述べたものとも言われています。が、(私は)現代に、乾・坤の2卦だけが伝わっていて、古くは全卦についてあったものだと思っています。

ex. 「 − 乾 − 文言に曰く、元は善の長なり。亨〔こう〕は嘉の会なり。利は義の和なり。貞は事の幹なり。 ・・・・・ 」

5. 説卦〔せっか〕伝

八卦(小成卦)の意義を説明しています。八卦の説明は、とりわけ 象で観るとき、易占上で重要です。この(64卦の)各論にあたるものが、大象といえます(現行易経で、「象に曰く」とあるもの)。
総論的。所々、四書の『大学』と共通の文言があります。

ex. 「昔者〔むかし〕聖人の易を作るや、神明に幽賛〔ゆうさん〕して蓍〔き〕を生ず。天を参〔さん〕にし地を両〔りょう〕にして数〔すう〕を倚〔よ〕す。 ・・・・・ 」

6.※ 序卦〔じょか〕伝    (※序卦・雑卦は占筮家の易説で、いくらか後期の作

・ 64卦全体の流れ・順序・概念などを説いています。上経:1乾・2坤〜29坎・30離、下経:31咸・32恒〜63既済・64未済 ――この順序・序列の意味を説いています。

ex. 「天地有りて然る後に万物生ず。天地の間に盈〔み〕つる者はただ万物なり。故に之を受くるに屯〔ちゅん〕を以てす。 ・・・・・・ 」

7.※ 雑卦〔ざっか〕伝

64卦各卦の Point/傾向を一言〔ひとこと〕で要約したものです。卦の順番はバラバラです。
ワンペアー/“対・つい”でまとめてあり、漢(唐)詩のような平明な短い言葉で表しています。リズム感にあふれ、全体が1つの“韻〔いん〕”をふんで流れていて、(私には)心地よいものがあります。

ex. 「乾は剛にして坤は柔なり。屯見〔ちゅん あら〕われて(而〔しか〕も)、その居を失わず。蒙は雑にして著〔あら〕わる。 ・・・・・・・ 」

                                          

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