儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

中庸

謹賀丁酉年 〔謹んで丁酉年を賀します〕 その3

謹賀丁酉年 〔謹んで丁酉年を賀します〕 その3

「鳥〔とり〕」のお話の結びに「鴻雁〔こうがん〕」について述べたいと想います。

「鴻雁」は、中国古典によく登場している鳥です。

例えば、秦末・陳勝の「燕雀安知鴻鵠之志哉」:
燕雀〔えんじゃく〕いずくんぞ鴻鵠〔こうこく〕の志を知らんや」。
(『史記』・陳渉世家) 

「燕」はツバメ「雀」はスズメ、「鴻」は大鳥「鵠」はコウノトリ
(あるいは鴻・鴻鵠で白鳥の意とも)。

小さな鳥=小人物は、大きな鳥=大人物の心を知り得ないという喩〔たと〕えです。

また、前漢の蘇武〔そぶ〕の故事から手紙・消息のことを
「雁書〔がんしょ〕」・「雁信」・「雁帠〔はく〕」・「雁の便り」・「雁のふみ」・
「雁の玉章〔たまづき〕」
などといいます。

故事は漢代・武帝の時代。

漢の使節蘇武が匈奴に幽〔とら〕えられました。

バイカル湖あたりに囚われている消息を、雁の足に手紙を付けて運ばせ、
奇しくもこれを中国の皇帝が射落として知ったということです。

日本の古典の世界でも、「雁」は主要です。

『万葉集』“雁”が詠〔よ〕まれている数は、
“ほととぎす”についで第2位といわれています。

平安女流文学・清少納言の『枕草子』に、
「まいて雁など連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。」
(「春はあけぼの」)
とあるのは、よく知られていますね。

もう一方の渡り鳥「燕」についても付言しておきますと。

「燕」も、古くから人間の生活に密接に関わり適応して生きてきております。

日本最古の物語・『竹取物語』に、
「燕」が人家の軒下で営巣している光景が描写されています。

ところで、中国最古の書・『易経〔えききょう〕』は、
東洋源流思想の英知であり
儒学経書(“五経〔ごきょう〕”)の筆頭です。

私は、“東洋のバイブル”が『論語』なら、
『易経』は“東洋の奇(跡)書”
と呼ぶに
相応〔ふさわ〕しいものであると考えております。

加えて『易経』は、古代におけるエンサイクロペディア〔百科事典〕であり、
万象の動植物が生き生きと登場しています。

その中で最も主たる動物(禽獣)が、「鴻雁」に他ならないのです。

以下にご紹介しておきたいと思います。

*『易経』にみる鳥 ・・・ 鴻〔こう〕・雁〔かり/がん〕について
( 『易経』の最も主たる禽獣・《鴻雁》 より抜粋再掲 )

『易経』に中で最も主たる動物(禽獣)、代表する動物(禽獣)というのは
何だとお思いでしょうか? 

『易経』は、【乾・坤】の“”(ドラゴン)に始まり
“既済・未済”の“”に終わっています。

が、これらではありません。

【乾☰】の象〔しょう/かたち〕、“陽”の権化〔ごんげ〕としての
想像上の動物(=神獣)ですし、
“狐”は【坎☵】の象の動物というに過ぎません。 

それは、 鴻雁 〔こうがん/かり〕」です。

風山漸 ☴☶】卦は鴻が飛びすすみゆく物語になっています。

原文に出てくる「鴻」とは雁」のことです。

雷山小過 ☳☶】は、その卦象が「飛鳥」の形
(九三・九四が鳥の胴体で、上下の4陰が翼)です。

『易経』では、象を雁に取り、義を雁に仮ることは実に多いのです。

つまり、「鴻雁」のことをよく知らなければ
『易経』は、理解し難いということです。

では「鴻雁」 注1) が『易経』の最も主たる動物であるのは何故でしょうか? 

それは、雁を「候鳥」とも書くように、“渡り鳥”だからに違いありません。

「鴻雁」と入れ替わりの“渡り鳥”
「燕〔つばめ・つばくらめ・つばくろ/玄鳥・げんちょう〕」 注2) も同様です。

「鴻雁」・「燕」“陰陽=寒暖・季節”に随って去来するもので、
易は陰陽・変化の学であるからにほかなりません

「鴻雁」は、夏は白鳥などと同様にシベリア方面で過ごして繁殖し、
秋に北方から(冬鳥として)飛来して冬を過し、
春に再び北方へと帰って行きます。

燕と入れ代わりですね。

“七十二候”。

晩秋(10月上旬) 「鴻雁来〔こうがんきたる〕」 注3) 
中秋「玄鳥去〔げんちょう/つばくろさる〕」
晩春(4月上旬) 「鴻雁北〔こうがんかえる〕」・
「玄鳥至〔げんちょう/つばくろいたる〕」
、という季節があります。

「雁」・「雁渡る」は秋の季語、 「雁帰る」は春の季語です。

遥かな昔から中国・日本の人々は、この「鴻雁」の行き来に
情趣や季節の移り変わりを感じ、多くの文芸を育〔はぐく〕み
章〔あや〕なしてまいりました。

そして、この「鴻雁」の往来は、時月に随って、
行くも来るも一定、少しも誤ることがありません。

しかも、その群れをなし飛ぶ姿は列を整え順序正しく飛翔します。

この往来規律正しく、群れ飛ぶに秩序保っているところにこそ、
古来から注目され、 『易経』の最も主たる動物と位置付けられた
所以〔ゆえん〕のものがあるのではないでしょうか。

人間、殊〔こと〕に現代人には、大いに見習うべきものがあります!

注1) 
「鴻」〔こう〕は“ひしくい”〔菱食〕ともよみ大型のものを、
「雁」〔かり/鴈・候鳥〕は鳴き声からでた“ガン”の異名で
大型のものをさすともいわれています。
「カモ目カモ科の水鳥の総称。大きさは、カモより大きく、白鳥より小さい。
日本では、マガン・カリガネ・ヒシクイなどが生息し・・・・・。
家禽はガチョウ〔鵞鳥〕とよばれる。」(by.Wikipedia 抜粋)

注2) 
「玄」は“くろ”・“黒色”の意だからでしょうか?
「乙」・「乙鳥」で“つばめ”。「乙禽〔いっきん〕」。

注3) 
「来」は、古文では「来〔く〕」と
カ行変格活用(こ/き/く/くる/くれ/こ〔よ〕)で読みます。
が、漢文では「来〔きた〕る」と四段活用(ら/り/る/る/れ/れ)で扱い、
カ変は使いません。

 

現在の日本では、殊〔こと〕に都市部においては、
雁の姿を見かけることはなくなりました。

トンビ〔とび・鳶〕すら見かけなくなり、
あだ花のごとくカラス〔烏・鴉〕ばかりが繁殖しています。

若い人は、鷲〔わし〕も鷹〔たか〕も鳶〔とび〕も区別がつきません。

都心部には、スズメ〔雀〕やツバメ〔燕〕ですら
そこを(人間が定住していない)過疎の地として認識し、繁殖していませんね。

『易経』が、最も主たる動物として、象でも義でも重んじた「鴻雁」は、
自然界から姿をけそうとしています

そして、自然環境のことばかりではありません。

“中庸〔ちゅうよう〕”を欠き“衣食過ぎて、礼節を忘る” (盧)
がごとき今の平成日本の社会です!

「鴻雁」(の象と義)は、忘れかけている徳です。

今時〔いま〕、礼節と道義を取り戻さねばならないということは、
「鴻雁」に象〔かたち〕どられた『易経』の“理”と“情”を
取り戻さねばならないということなのです

 

《 干支の易学的観想 / 【火沢睽〔けい〕☲☱】・【天水訟☰☵】卦 》

次に(やや専門的になりますが)、十干・十二支の干支を
易の64卦にあてはめて(相当させて)解釈・検討してみたいと思います・・・

 

★この続きは、次の記事に掲載いたします。


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老子の“現実的平和主義” に想う (第3回)

※この記事は、老子の“現実的平和主義” に想う (第2回)の続きです。

老子の“現実的平和主義” に想う (第3回)

──── 『老子』・「不争」/「兵は不祥の器」/「戦いに勝つも、喪礼を以て之に処り」
/永世中立国スイス/老子とシュヴァイツァー&トルストイ/安岡正篤・「シュヴァイ
ツァーと老子」/佐藤栄作&ケネディ大統領会談/儒学(孔子)の平和主義 ────


《 (空想的)平和主義/反戦 》

わが国の“日本国憲法”において(3つの)柱として、
“永久平和主義(戦争放棄)”は唱えられています。

従って、言葉は誰しもが聞いているわけです。

が、しかし、“日本国憲法”は理想主義の憲法です。


近代民主主義の精神として平和主義が具体的に立論されたのは、
1625年 グロチウス(1583〜1645)の 
『戦争と平和の法』 に始まるとされています。

そして、ホッブズ(1588〜1679)をはじめ諸賢人・哲人をへて、
1795年 カント(1724〜1804)の 『永久平和のために』に到り
組織立ったものになってまいりました。

然るに、私はそもそも、四大聖人・老子の時代から、
平和への想い願いは、“平和思想”として
しっかりと優れたものがあると言ってよいと考えています


それにもかかわらず、いっこうに人間世界から争い・戦争はなくなりません。

否、むしろその規模・内容(武器)において、
拡大の一途を辿っています。

石ころ・コン棒から刀槍、銃火器、そして核兵器へと。

今や、地球は、生命そのものが何度も死滅し、
地球そのものが破壊されるほどの核兵器を持つに至っています。


戦争をなくし、争いのないユートピア社会を造るという課題は、
宗教も哲学思想も、夢に過ぎないことを“歴史”が明確に示しています。

人間というものは、先哲による平和への偉大な思想・理論を持ちながら、
いっかな実践を伴わぬということです。

「空想的社会主義」という語がありますけれども、
“空想的平和主義/反戦主義”とでも名付けられそうなものが
跋扈〔ばっこ〕しているのが現実です。 

── 根拠のない楽観(信頼)主義・他力本願の“平和”、
かけ声ばかりの“平和”・“反戦”は、絵空事〔えそらごと〕でしかありません。

私は、それは“本〔もと〕”が誤っているからだと考えています


《 スポーツ と 戦い 》

今夏(’12.8)、ロンドン五輪が開催されました。

連日連夜、メダル・メダル・・・、記録・記録・・・、と
マス・メディアが煽る〔あお〕り、
選手も民衆も勝つことばかりに過度にこだわり、
メダルや記録に血眼〔ちまなこ〕になっています。

オリンピック競技大会を「平和の祭典」と表現していた
マス・メディアがありました。

が、私には今のそれは、“享楽・見せ物の祭典”・
“戦いの祭典”のように思われてなりません。

そもそも、 「(オリンピックは勝ち負けではなく)参加することに意義がある」
との名言が語られたのは、104年前の“ロンドン大会”ではなかったでしょうか。


民主主義・哲人政治もオリンピック(オリンピア)競技大会も、
ルーツは古代ギリシアです。

これら古代ギリシアの偉大な文化遺産を受け継いだ世界は、
頽廃〔たいはい〕を遂げていると言わざるを得ません。

現在(2012年)ギリシアは、国家自体が経済的に破綻しようとしています。

── 私は、古代ローマ帝国末期の民衆が、
「パンと見せ物」に酔い毒されていたことを、また思い起こしてしまいました。


ヨーロッパには、“凱旋門”〔がいせんもん〕という
建築物の文化遺産が多く残されています。

それは同時に、武力による征服と征服の歴史を物語るものでもありました。

古代ローマ帝国の時代より、
“凱旋”軍はさぞ賛美され華やかに迎えられたことでしょう。


わが国の、ロンドン五輪メダリスト“凱旋パレード”も銀座で行われました
(’12.8.20)。

膨大な人々が集い迎えました。

それは一興で良いとしても、
メダルを取れなかった多くの選手は一顧だにされず、
否、恥辱、肩身の狭い有様です。

健闘を労〔ねぎら〕われることもないように見受けられます。

現代企業の“成果主義”と同じで、結果の良し悪しがすべてなのです。


私は、スポーツもスポーツマンシップも好きではありません。

当世のそれが、勝つことしか眼中になく、
“敬”〔けい/=うやまい・つつしむ〕の精神も欠如している
からです。

大人〔おとな〕の実社会では極度に勝つことのみが価値づけられ、
子どもの教育現場では徒競争で皆が手をつないでゴールしたり、
劇で出場者全員が桃太郎やシンデレラ(主役)という
奇妙キテレツなる “何でも同じ主義” が跋扈〔ばっこ〕しています。

わが国は、まったく“過陽”にして
“中庸”(=バランス)を欠いてしまっている病的精神情況にあります。


孔子の教え(儒学)も、勝つことのみを善しとはしていません。

そもそも、儒学の徳目の柱が “譲〔じょう/ゆずる〕” ということです。

例えば、『論語』の中に「礼射(弓の礼)」についての記述があります。

○ 「子曰く、射は皮を主とせず。
力の科〔しな〕を同じくせざる為なり。
古〔いにしえ〕の道なり。」
 (3−16)

■ 孔先生がおっしゃるには、
「礼射(弓の礼)では、皮(=的〔まと〕)を射貫〔いぬ〕くことを第一としない。
それは、個々人の能力には強弱(=ランク)があり同じではないからだ。
これは古(周が盛んであったころ、徳を尊び力を尊ばなかった時代)に行われた道なのだヨ。」

(それが、今や弱肉強食の武力中心となり、
礼射でも、力ばかりを尊んで皮(=的)を射貫くことを主とするようになってしまった。)


儒学は、平和主義の教えであり、
歴史的にも平和な時代に「国教」として採用されてまいりました。

至れるもの、2大源流思想の儒学と黄老(孔子と老子)は、
“平和”の視点からもぴったりと、その主旨を同じくしているといえましょう。


ところで、私は、日本の“武道”はその精神において、
儒学の教えに通ずるものがあると感じています。

それは、精神の修養、徳性の涵養〔かんよう〕を目的とするものであり、
相手に対する“敬”といったものです。

“敬”は、“うやまい・つつしむ”ことで、
人間を人間たらしめている根本的徳性です。

“敬”を知ることから進歩・向上があるのです。

敬し敬うことを日本語で「参〔まい〕る」といいます。

武道で用いる「参った(参りました)」はここからきています。

剣道(時代劇など)で、構えて向かい合っただけで
「参りました」という場合をよく目にしますね。

相手を敬う、相手に感服すればこそ「参った」であり、
勝ち負けをいうなら「(コン)チクショウ」・「クソッ」ということになります。


また、国際競技で日本の選手の活躍を、マス・メディアが安易に讃美して
「サムライが云々〔うんぬん〕 ── 」と報じています。

“サムライ〔侍〕”=武士(もののふ)は、
日本における伝統的・理想的人間像
です。

中国の“君子〔くんし〕”、
英国の“ジェントルマン〔紳士〕”に相当するでしょう。

それは、“敬”に根ざしているものです

(*「参る」から側〔そば〕に近づき親しみたい =「侍〔はべ〕る」・「侍〔じ〕する」)。

ですから、“サムライ〔侍〕”は、当世のスポーツマンとは違うと思います。

“勝てば官軍、勝てばサムライ〔侍〕”では、
まことに浅薄ではありませんか。


さて、武道であった“柔道”は、東京オリンピックの時初めて五輪競技となりました。

スポーツの「ジュウドウ:JUDO」となりました。

その時の、名選手(金メダリスト)がオランダのアントン・ヘーシンクです。
(76歳で2010年にご逝去。)

そして、神永昭夫選手(故人)は日本の柔道が偉大であった時代の
尊敬すべき柔道家であったと思います。

偉大な柔道家お二人の戦いに関する記事があります。

── (アントン・ヘーシンクさんの)
▼「神永昭夫選手(故人)との無差別級決勝は、あの場面無しに語れない。
勝利を決めた瞬間、興奮したオランダの関係者が畳に駆け上がるのを、
厳しく手で制止した。

自身には笑顔もガッツポーズもない。
敗者への敬意と挙措に、多くの日本人はこの柔道家が「本物」だと知った

▼その強さは際立っていた。
勝てる者はいないと言われた。
白羽の矢が立ったのが神永選手である。 
「誰かがやらなければならない大役」だったと、
非壮とも言える記述が公式報告書に残る

▼そしてノーサイドの高貴が、この勝負にはあった。
一方が「神永さんは敵ではなく仲間なのです」と言えば、
一方は「私のとるべき道は良き敗者たること。心からヘーシンクを祝福しました」。

素朴さの中で五輪は光っていた

▼「日本に生まれた柔道が世界に広まり、オランダで花咲かせたことを祝福し・・・・」
と当時の小欄は書いている。 

「柔道からJUDO]への貢献は末永く続いた。

思えばまたとない人物に、あのとき日本は敗れたのであろう。

(朝日新聞・「天声人語」抜粋、2010.8.30)


現代。

国際的大会の舞台で、勝ってメダルの決まった日本の選手が、
両手を挙げて飛び上がって喜びを現わし、
負けた選手は床に崩れ落ちているという場面をよく目にします。

また、かつて「ヤワラチャン」と愛称され国民的英雄となった
女子柔道・金メダリストは、今、なぜか国会議員になっています。


次に、日本の国技になっている“相撲”について一言いたしておきますと。

相撲には源流思想(易学)がよく取り入れられ、
その影響が色濃く残っています。

具体的には、「陰陽」・「五行〔ごぎょう〕」・
「易の八卦〔はっか/はっけ〕」
などの思想です・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』  (第2回)

※この記事は、F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』(第1回) の続きです。


F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』  (第2回)

(cf.関連ブログ【儒灯】 (儒学随想) 「“パンをもらった少年”に想う」 )
 → http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50716102.html


─── ジェントルマン〔gentleman:紳士〕&レディ〔lady:淑女〕への志向/
理想的母親像・婦人(夫人)像/静的(静止)社会イギリスと動的社会アメリカ/
大英帝国(イギリス)とフランスの文化的POWER/大英博物館・ケンブリッジ大学/
“中庸〔≒balance〕”・“徳”/仁愛〔思いやり〕/徳の感化・風化/
「高い席にいる者は貨幣〔かね〕を出せ!安い席にいる者は拍手を送れ!」/
“孔子学院”/篭襦未韻辰〕の道/「教」の 2義 etc.─── 


≪ 抜粋引用: 『小公子 セディ』・吉野壯兒 訳、角川文庫 /
『小公女』・伊藤 整 訳、新潮文庫 / ほか参照: 『小公子』・脇 明子 訳、岩波文庫 など ≫ 


◆ 『小公子』

『小公子』 は、古き良(善)きイギリス、健全なる大英帝国の精神と、
イギリスが植民して後の独立したての国アメリカ合衆国の2国が舞台背景です。

(本国)イギリスと(かつての植民地)アメリカとを結び付けている作品と捉えることもできます。

世界史的にみてイギリスは、“貴族”という特異な指導者(リーダー)の存在する
伝統的な“静的(静止)社会”
です。

一方アメリカは、自由・平等・博愛と征服・攻撃の気に満ちた“動的社会”、
そして多様な要素が複合した“モザイク文化”の国です。


『論語』に、「文質彬彬〔ひんぴん/ひんひん〕として然る後に君子なり」
(擁也第6‐18) とあります。

東洋(中国)の理想的人間としての“君子〔くんし〕”像です。

野性的な逞〔たくま〕しさ“質”と 洗練された知的なもの“文”とを兼ね備えた、
理想的指導者像です。

つまり、誠実さと文化的要素(=【離】/美・文飾・明智)の調和した人です。

そして、“君子”は何より、
“徳”が“才”より勝〔まさ〕っていることがその必須条件です

“君子”は、東洋思想において、
理想的人間像・理想的リーダー〔指導者・為政者〕像として、
要〔かなめ/モメント〕の概念だと思います。

私は、この東洋における古〔いにしえ〕の“君子”が、
英国における “ジェントルマン〔gentleman:紳士〕”に相当すると想います

(日本では“武士〔ぶし/もののふ〕”像といったところでしょうか。) 

世界史をリードした、伝統あるイギリス(やフランス)には、
やはりさすがに、“中庸〔≒balance〕”・“徳”の精神が根付いており
その点、極端から極端への歴史である(当時の)新興ドイツなどとは
大いに異なっていたと考えられます。 

(※ 詳しくは、拙講資料:「『グリム童話』と儒学 
   ── 現代日本を“中す”一つの試論 ── 」の《はじめに》 を参照のこと )
http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50983879.html


---------------------------------------
「 ドイツ国民の歴史は、極端の歴史である。
そこには中庸さ(moderation)が欠如している

そして、ほぼ一千年の間、ドイツ民族は尋常さ(normality)ということのみを経験していなかった

  ・・・中略・・・  

地政的にドイツ中央部の国民は、その精神構造のうちに、
とりわけ政治的思考のなかに、中庸を得た生き方を見出したことはなかった。

われわれは、ドイツ史のなかに、フランスやイギリスにおいて顕著である
中庸(a Juste milien)と常識の二つの特質
をもとめるのであるが、
それは虚しい結果の終るのである。

ドイツ史においては激しい振動のみが普通のことなのである。」

(A・J・P・ティラー、『ドイツ史研究』)
---------------------------------------


『小公子』 には、その将来の“ジェントルマン”を目指し
志向する少年像・家庭教育像が描かれているのです


◆ 『小公女』 

『小公女』 は、古き善きイギリスの “淑女・貴婦人”〔レディ:Lady〕 像、
女性の理想像への志向を表した作品といえます

日本の古語でいう “なまめかしさ”(=優雅さ)でしょうか。

舞台背景としては、植民地インド(ボンベイ)と本国イギリス(ロンドン)、
それにフランス(/フランス語)が処々に出てまいります。

かつて(米・ソが台頭する前)、世界史をリードした両横綱の国、
“英・仏” 2国が描かれていると思われます。

セーラのすてきな母は、フランス人であり、
セーラが授業で流暢〔りゅうちょう〕にフランス語で語り、
(フランス語のできない)ミンチン先生をはじめとして皆を圧倒するシーンが、
こと細かに描かれています。

以下、≪フランス語の授業≫のシーンから抜粋引用しておきますと。 ───


「ほんとうを言えば、サアラはフランス語をしゃべれないときがあったなどと思えないのであった。
赤ん坊のときから父はよくサアラにフランス語で話をしてくれた。
サアラの母はフランス人であったのだ。
クルウ大尉はなくなった妻の国語を愛していたので、
サアラはたえずフランス語を耳にし、なれてしまったのであった
。」


「サアラは自分はフランス語を ── 本で ── 正確に習ったのではないこと、
ただ父やその他の人たちがいつもフランス語で自分に話していた、
それで、英語を読んだり書いたりできると同じように
フランス語も読み書きできるようになったこと

サアラが生まれたときに死んでしまった
なつかしいお母さまはフランス人であったこと、・・・・ 」


「デュファルジュ先生は非常に楽しいことにであったような顔で、ほおえみはじめた。
先生は、サアラが美しい子どもっぽい声で、
はきはきとかわいらしく自分の国のことばで話すのを聞いていると、
まるで自分の故郷フランスにいるような気もちになるのであった

冬のこういう曇った霧の濃い日など、
先生は、自分の国が遠いところにあるような気もちがしていたのであった。
サアラの話が終わると、デュファルジュ先生は、
いとおしむような眼つきでサアラの手から本をとった。
そしてミンチン先生に言った。
『先生、この生徒にはあまり教えることはありませんね。
この子どもはフランス語を習ったのでなくって、まるでフランス人ですよ。
みごとなアクセントです
。』」 ── etc.


言葉は文化(力)です。

世界一美しいといわれるフランス語、
その“フランス語を話す人がフランス人である”と考えているフランス。

私は、(イギリス人である)F.バーネットの、
フランス語とフランスに対する友情と敬意が表されていると、強く感じます



◆ 我想う ── 読後私感

『小公子』 に続く作品が『小公女』 です。

F.バーネット女史のこの両作品は、
“少年・少女”・“陽・陰/【艮・兌〔ごん・だ〕】”ペア〔対:つい〕の作品といえましょう。

児童文学として非常に深いもの、
“受け継がれる(べき)もの”(「一〔いつ〕」なるもの・善きDNA)を持っており、
自然に徳性が涵養〔かんよう〕されるものであるとともに、
“文学”の名を冠するに相応〔ふさわ〕しい “美(=芸術性)”を兼ね備えていると思います。


以下、この両作品を通しての私感を、いささか整理して記してみたいと思います。


(1) 物語りの “はじめ” の設定と “おわり” について

“家庭環境”という視点でみてみますと。 『小公子』 では、母子家庭(一人っ子)です
父は、イギリスの軍人セドリック・エロル大尉、伯爵家三人兄弟の末っ子です。

この父が病死したところから、物語が始まります。

父方の祖父が、ドリンコート伯爵。

この老伯爵は、広大な領地を持ち莫大な財産と勢力を保有しています。
が、頑固で気むずかしく、貴族の旧態然とした悪い面を備えています。

老伯爵は、孫であるセドリックを唯一人のわが子のように愛し、
セドリックもこの祖父を父の代わりとして“敬し愛し” ます。

そして、母(エロル夫人)を迎え入れ三人が ドリンコート城で幸せに暮らす、
というハッピーエンドで結ばれています。


一方、『小公女』 のほうは、(物語の当初から)父子家庭です
母はフランス人で、セーラが生まれた時に死んでしまいました。

やがて、ロンドンの寄宿舎つき私立学校へ入ります。

そして、急に父がダイヤモンド鉱山の事業に失敗し亡くなります。
セーラは、7歳にして全くの孤児という立場になります。

エンディングは、父親の共同経営者であって友人の“インドの紳士”が現れて、
父の財産と名声をセーラに相続させるというものです。

そして、おそらくこのインドの紳士は、セーラの父親代わりとなるのでしょう。


『小公子』・セドリックは、莫大〔ばくだい〕な 財産・権威権力・伝統 ・・・ を引き継ぎます。

また、『小公女』・セーラは、インドのダイヤモンド鉱山による膨大な富(と名声)を相続します。

どちらも物質的に Rich!〔豊か=金持ち〕 になる夢物語です

その意味で、人々の、憧憬〔あこがれ/しょうけい〕として、
“受け継がれるもの”・“「一〔いつ〕」なるもの”です。

が、それは、枝葉・末梢〔まっしょう〕的なものにすぎず、
本〔もと〕は、徳性、紳士・淑女〔Ladies and Gentlemen〕 への志向という、
理想像への善き DNA(=文化的遺伝子ミーム)の
不変・“受け継がれるもの”を物語にしたかったに違いありません


(2) 描かれている理想的人間と “徳の感化/風化” について

イギリスの古き善き理想的人間像(=指導者像)としての、
ジェントルマン〔紳士〕とレディ〔淑女〕が描かれています。

貴族の子女、“公子/公女”〔Little prince / Little princess〕です。

そして、先述のように、F.バーネット女史は同時に、
その愛息子〔まなむすこ〕・愛娘〔まなむすめ〕を育〔はぐく〕む“理想的母親像” を描いています。

それは、善く児童を育む理想的な“家庭の教育者像”でもあります。


以下、『小公子』 の本文から“徳育”に関する部分を抜粋引用しておきますと。・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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『徒然草』 にみる儒学思想 其の2 (第4回)

※この記事は、『徒然草』 にみる儒学思想 其の2 (第3回) の続きです。

『徒然草〔つれづれぐさ〕』 にみる儒学思想 其の2(第4回)

――― 変化の思想/「無常」/「変易」/陰陽思想/運命観/中論/
“居は気を移す”/兼好流住宅設計論( ―― 「夏をむねとすべし」)/
“師恩友益”/“益者三友・損者三友”/「無為」・「自然」・「静」/循環の理 ―――


【第127段】   改めて益〔やく〕なきことは 

《 現代語訳 》----------------------------------------------------

改めても効果のないことは、(むしろ)改めないのがよいのです。

--------------------------------------------------------------------


「改めて益〔やく〕なきことは、改めぬをよしとするなり。」 : 
「益」は“ヤク”と読み、利益・効果・ききめ。

「益無し」は、無益だ・かいがない・つまらない、といった意味です。

メモのような一文のみの段で、前後の関係もなく、
読者には何が言いたいのかほとんど意図が不明です。

兼好は、“無益なことをするな”と処々に説いていますので、
その関連のメモなのかも知れません。

例えば、【第98段】には、
「しやせまし、せずやあらましと思ふことは、おほやうはせぬはよきなり。」
〔(そのことを)しようか、しないでおこうか、と思い迷うことは、
たいていはしないほうがよいものであるよ。〕 と述べています。

かつて、“(どちらか指す手に)迷った時には勢いのある手を指す”
と語っていた将棋の名人がいました。

勝負人(棋士)ならではの、“陽”・“動”の哲学です。

隠者・兼好には、これと逆の“陰”・“静”の哲学思想、
消極的意味における悟り(=あきらめ)を感じます

さてこの一文。その言いたかったこと、
兼好のこころに浮ぶに至った深層心理・潜在意識(無意識)にある
思想を探ってみるのも、また一興というものです。

―― 私が、思い想いますに、
これは黄老の“無為の思想”への同感なのではないでしょうか?

黄老思想の中で、最も要〔かなめ〕にして難解・特異な哲理は、
「無為」・「自然」・「静」でしょう。

これは、畢竟〔ひっきょう〕するに、
儒学でいう過不及をさける「中庸(中徳/時中)」と同じです。

“無為自然”とは、平たく言えば、ことさらな作為をなくすこと。
自然の法に逆らって無理を押さないということに他なりません。

例えば、大阪から東京へ行くのに、(ワラジばきで)歩いて行くのが、
江戸時代までであれば、それが「自然」であり「無為」であり「静」でありました。

が、しかし今ではそれは、“不自然”で“有為”で“動”です。

飛行機や新幹線や直行バスで移動するのが、
現代の「自然」であり「無為」であり「静」であるといえましょう。

更にもっと、当世という時に中してみれば、
家に居ながらにして、FAX.・TEL.(携帯)・
PC(インターネット)などで用件を片づけるのが、
なお一層「自然・無為・静」の意に適〔かな〕うというものです。

この、自然の命ずるままに任せて人知を加えないという
“無為の思想”は、『老子』全篇を貫いている信条です。


○「道は常に無為にして而〔しか〕も為さざる無し。 
 ・・・・・ 欲せずして以て静ならば、天下は将に自ずから定まらんとす。」

 (『老子』・第37章)

 〔道はいつも何事も為さないでいて、しかもすべてのことを為しているのです。
 (→ 道は何も働きかけていないように見えますが、
 全てのものはその理法の下にあり、道を離れては何物もありません。
 ですから全てのことは道が為しているとも言えるのです。)〕

cf.“Tao is eternally inactive, 
   and yet it leaves nothing undone.”

すなわち、 道=無為   であり、それによって万人が自然に感化されるので、
 道=無不為   といえるのです。


○「故に聖人云〔いわ〕く、我 無為にして民自〔おの〕ずから化し、
 我 静を好みて民自ずから正しく、 ・・・・・ 」 
(『老子』・第57章)

 〔そこで、古の聖人が言うには、私が何も為さないでいれば、 人民は自然と感化(純化)され、
 私が(無欲で)静けさを好めば、(天下)人民は自ずから正しく落ちつき、・・・・・ 〕

cf.“I will do nothing of purpose, 
   and the people will be transformed 
   of themselves.”


加うるに、黄老と対照(対峙〔たいじ〕)的に捉えられがちな儒学においても、
“無為”はしっかり尊重されています。例えば。


○「子曰く、無為にして治まるものは其れ舜〔しゅん〕なるか。
 夫〔そ〕れ何をか為さんや。
 己〔おのれ〕を恭〔うやうや〕しくして正しく南面するのみ。」

 (『論語』・衛霊公第15−5)

 〔(古の多くの帝王の中で、その徳がゆきわたり民が自然に化し、)
 自ら手を下すことなく、天下をうまく治められた人は、まあ舜だろうネ。
 いったい、舜は何をなさっていたのだろう。
 ただただ、ご自分の身を敬〔つつし〕まれて、真南を向いておられただけだヨ。 *補注) 〕


補注)

天子や諸侯といった君子の位は、
「南面」して(北に位置して)政〔まつりごと〕をとりました。

cf.“May not Shun be instanced 
   as having governed efficiently 
   without exertion? 
   What did he do? 
   He did nothing but gravely 
   and rever‐ently occupy his imperial seat.”


【第155段】   世に従はん人は 

《 現代語訳 》----------------------------------------------------

〔1〕世間なみに従って生きてゆこうと思う人は、
   第一に物事の潮時〔しおどき〕を知らなければなりません。
   物事の時機(順序)の悪いことは、人の耳にも逆らい、
   気持ちをも悪くさせて、そのことがうまくゆきません。
   (ですから)そういう、(そのことをなすべき)機会というものを
   心得なければならないのです。・・・



※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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むかしの中国から学ぶ 第2講 「易占と易学」 (その3)

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)


《 2.むかしの中国の思想 》 
: 易の思想的基盤・背景 (東洋源流思想) 


 A. 大〔太〕極 (たいきょく、=「皇極」) 

   ──易の根本・創造的概念、宇宙の根源、万物の起源、
     神〈自然〉の摂理〔せつり〕

・ 陰陽以前の統体  ──  
   1) 「無」(晋の韓康伯)、
   2) 「陰陽変化の理」(朱子)、
   3) 「陰陽分かれぬ混合体」(清の王夫之) 
      参考:『荘子』北極星の意


ビッグバン(=特異点)/ヒモ宇宙/ブラックホール/
道/無/分子─原子─陽子/
ウルマテリー〔原物質・原子極〕(原子物理学、独・ハイゼンベルグ等)/
神ありき ・・・
「天(之)御中主神・〔あめのみなかぬしのかみ〕」(神道・〔しんとう〕)/
易神 = 造物主


☆ 太極マーク (図示略)       
    陰陽に分かれるモトの状態を表しています 

☆ 韓国国旗(大極旗・テグキ) (図示略)
    中央に対極マーク、四方に易の四象
    (4つの易象、天・地、水・火)を配置しています

  ※ 参考──万物の根源  《 タマゴが先かニワトリが先か? 》


・ 科学 ── ビッグバン〔137億年前〕 (宇宙物理学)、
     ウルマテリー(原子物理学)・・・極微の世界(ミクロコスミック)において
     大極が発見されようとしている。
     天文学的研究(マクロコスミック)においては未だ大極に至ってはいない。

・ 宗教 ── 神話、聖典 ・・・ etc.

・ 儒学=易 ・・・ 「太極」 / 道教(老荘) ・・・「無」 / 
          仏教 ・・・「空(くう)」

○ 「無極にして大極」 (近思録) ・・・ 朱子は 大極 = 有 と考える

○ 「是の故に易に太極あり。是れ両儀を生ず。両儀四象を生じ、四象八卦を生ず。
  八卦吉凶を定め、吉凶大業(たいぎょう)を生ず。」 (繋辞上傳)

○ 「太初(たいしょ)に言(ことば)あり、言は神と共にあり」 (旧約聖書)

○ 「天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時、
  高天原(たかまのはら)に成れる神の名は、
  天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、
  次に高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、
  次に、神産巣日神(かむむすひのかみ)。」  (古事記・冒頭)

○ 「道は一を生じ、一は二を生ず。」 (老子) ・・・ 道は無と考える


易(の中に潜む)  神 “シン”
   = 天地の神、人格神的なものではなく神秘的な作用の意  

    ※参考─汎神論(はんしんろん)


○ 「陰陽測(はか)られざるをこれ神(しん)と謂う。」
  「故に神は方(ほう)なくして易は体(てい)なし。」 (繋辞上伝)

○ 「※鬼神を敬して之を遠ざく。」 (論語・雍也) 
    ※鬼神=死者の霊魂や人間離れした力
        


 B. 天の思想 と 天人合一観  : (大宇宙マクロコスムと小宇宙ミクロコスム) 

● 中国思想・儒学思想の背景観念、 天=大=頂上

・ 形而上の概念/モノを作り出すはたらき/「造化」の根源/
 “声なき声、形なき形” を知る者とそうでない者

 」〔しん ・・・・ 不可思議で説明できぬものの意
              天 = 宇宙 = 根源 = 神

    cf.「 0 」(ゼロ・レイ)の発見・認識、 「無物無尽蔵」(禅)、
        松下幸之助氏の“根源さん”(社〔やしろ〕の中は?)

・ 敬天/上帝/天(天帝)の崇拝/ト〔ぼく〕占(亀ト)/
 天人一如〔てんじんいちにょ〕/天と空〔そら〕

・ 崇祖(祖先の霊を崇拝)/“礼”の尊重

太陽信仰 ・・・・ アジアの語源 asu 〔アズ〕 =日の出づるところ
   ── ユーロープの語源 ereb 〔エレブ〕 =
          日のない日ざしの薄いところ“おてんとう様”、
          “天晴〔あっぱれ〕”、天照大御神 

ex. 天命・天国・天罰・天誅・天道・天寿・北京の「天壇」 
    「敬天愛人」(西郷隆盛)、「四知」(天知るー地知るー我知るーおまえ知る)
    「天地玄黄」(千字文) ・・→ 地黄玄黒


○ 「天行は健なり、君子以て自強して息〔や〕まず」 (『易経』 乾為天・大象)
  ─── “龍(ドラゴン)天に舞う”

○ 「五十にして天命を知る」 孔子の “知命” (『論語』)

○ 「の我を亡ぼすにして戦いの罪にあらず・・・」 (『史記』・「四面楚歌」)


◎ 天賦人権論〔てんぷじんけんろん〕
   「は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず・・・」 
       (福沢諭吉・『学問のすすめ』)

◎ 易性革命〔えきせいかくめい〕
   「天子の姓を易〔か〕え天命を革〔あらた〕める」
        ・・・ 天命は天の徳によって革る
            革命思想・孟子


 C. 陰陽相対〔相待〕論 (陰陽二元論) 

  ・・・ 易学に由来する。 易は、陰陽 の理法。
      明治期以降、陰陽(五行)説を軽視 ・・→  復権 

   ─── 以下、この部分は、[ 第3講 ] にて扱います


 D. 変化の思想 (易の三義【六義】) ) :  〔 Principle(Classic) of Changes 〕

  《 ある朝、グレゴール・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、
    自分が寝床の中で一匹の巨大な毒虫に変っているのを発見した。
    彼は鎧のように固い背を下にして、仰向けに横たわっていた。 》

          Franz Kafka  Die Verwandlung,1916 (カフカ・『変身』)


“易” = 変化  Change  “蜴”(カメレオン) 
 
“ The Book of Changes ”  (変化の書・『易経』)


※ 2008.12 世相を表す文字 「変」 (2007「偽」)
  2009.1 「変革」をとなえて、オバマ新米大統領登場・就任
    cf. 漢字検定協会・理事長父子 逮捕!


1)。  「 変易 」  ・・・ か〔易〕わる           

 易の名称そのものが変易の意義をもつ、生成変化の道、 
 天地自然は大いな る変化、変易。 自然と人生は大いなる「化」

  ex.── 季節・昆虫の変態・無常/お化け(女性の化粧)/
        “大化の改新”(645)

  ◎「結局最後に生き残る者は、最も強い者でも最も賢い者でもない。
    それは変化し続ける者である
。 」     (チャールズ・ダーウイン)

  ex.── (一かけらの石=隕石 の衝突により)強大な恐竜は絶滅し、
         弱小な哺乳類が栄えている)

 ・ イノベーション=「革新」

 ・ 「日新」: 「湯の盤の銘に曰わく、苟〔まこと〕に、日に新た、
        日々に新たに、又日に新たならんと。」  (『大学』) 
           cf.“日進月歩”

 ・ 「維新」: 「詩に曰わく、周は舊〔旧〕邦なりといへども、
        その命、維〔こ〕れ新たなり。」 (『大学』、詩=『詩経』・大雅文王篇)

    ex. ── “松下電器”、五坪の町工場から従業員一万人・売り上げ一千億に進化発展
        ・ 松下幸之助氏の「変易」
          (変革・イノベーション、テレビブラウン管技術の輸入)と「不易」なるもの

        cf.“Panasonic パナソニック”: 一万五千人 人員削減(半分国内)、
                 ソニー:一万六千人、NEC:二万人 (09・2/4)

 ・ 革命」 (Revolution) と 「進化」 (Evolution)


2)。  「 不易 」  ・・・ 不レ易・かわらぬもの

 変化の根柢に不変・永遠がある、不変の真理・法則の探求、 “千古不易”、
 “千古不変”、“真理不変”、“一〔いつ〕なるもの”、“永遠なるもの” 
 変わらぬ物の価値、 目立たぬが確かな存在

 ・ 自然界の法則 & 人間界の徳(仁)、芸術の世界での「美」 ── 本質的なもの

  ex.── “ 不易〔フエキ〕  糊〔のり〕”: 
            「硼酸〔ほうさん〕またはサルチル酸のような防腐剤と香料とを入れて
             長く保存できるようにした糊」 (広辞苑)
        “パーマ” 〔 parmanent  wave 〕
        “(日清)チキンラーメン”: 1958年誕生、ロングヒット商品、
             カップメン、カップヌードルの発明
 
 □「化成」: 変化してやまない中に、変化の原理・原則を探求し、
        それに基づいて人間が意識的・自主的・積極的に変化してゆく。 
        クリエーション(創造)

  ex.── 「三菱化成」(化学合成ではない)=「化し成す」(「離」卦)


 ※ 参考  ── 変わらぬもの
  ◎ “松に古今の色なし
  ○ 「松樹千年翠〔みどり〕 不入時人意(時の人の心に入らず)」
    「松柏〔しょうはく〕千年青」 (『広燈録』など)
  ○ 「子曰く、歳〔とし〕寒うして然る後松柏の彫〔しぼ〕むに後るるを知る。」 
         松柏 = まつとかや = 君子の節操  (『論語』子罕第九)
  ○ 「 ── 難いかな恒〔つね〕有ること 」 (述而第七)


3)。  「 簡易 」  〔かんえき・かんい〕 ・・・
        (中国流で易簡、 Purity ピュアリティー / Simplity シンプリティー)

 変化には複雑な混乱ということがない。平易簡明、無理がない

  ex. ─── “簡易郵便局”、“簡易保険”、“簡易裁判所” 

  ※参考 ── 茶道 “ Simple is beste ” シンプル・イズ・ベスト

  ○ 「自然は単純を愛す」 (コペルニクス)
  ○ 「自然は常に単純であり、何らの自家撞着〔じかどうちゃく〕をも持たない」
       (ニュートン)
  ○ 「真理は単純なり」 : 道元は中国から何も持ち帰らなかった。
        目はヨコに鼻はタテに附いているとの認識を新たにしてきた。
        (あたりまえのことを、当たり前と認識する)


4)。  「 神秘 」  ・・・・ 
         易は「イ」、「夷〔えびす・イ〕」に通じ、感覚を超越した神秘的なものの意。
         自然界の妙用「神秘」、奇異。

 ◎ 「希夷」の雅号 ・・・ 聞けども聞こえず見れども見えず(五官・五感をこえて)、
              それでいて厳然として微妙に、神秘に、存在するもの。


5)。  「 伸びる 」  ・・・・ 易〔の〕ぶ、延・信

 造化、天地万物の創造、進化でどこまでも続く、伸びる、発展するの意。

 ○ 「悪の易〔の〕ぶるや、火の原を焼くが如く ・・・」


6)。  「 治める 」  ・・・・ 修 ・ 整

 天地の道を観て、人間の道を治めるのが易。

 ○ 「世を易〔か・変〕えず」 ── 「世を易〔おさ・治〕めず」と読むと良い。
    (「乾」・文言伝 初九)


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 E.「中(ちゅう)」の思想  : (『中庸』・中道・中徳・中の説…中の学問・弁証法)

■ 《 中庸 入門 》    ( by 『易経』事始 )

‘ (I am the sun god, Apollo. )
Think of the responsibility I have ! 
The skies and the earth must receive their share of heat. 
If the chariot goes too high, the heavenly homes will burn. 
If it goes too low, the earth will be set on fire.
I can not take either of these roads. 
There must be some balance.
This is true of life, itself. 
The middle course is the safest and best. ’
              〔 Phaёthon “ Popular Greek Myths”〕

《大意》
「(私は、太陽の神・アポロである。)
私が担っている責任の重さを想ってもみよ! 
天と地には、それぞれ相応の熱を与え得ねばならぬのだ。
もし、(太陽の2輪)馬車の運行する道筋があまり高すぎれば、
天の御殿が燃えてしまうだろう。
低きにすぎれば地上は火事となるだろう。
私は、そういう(2つの極端な)道をとるわけにはいかぬのだ。 
それなりのバランスというものをはからねばならぬのだ。 
このことは、人生そのものにも当てはまる。 
中庸の道こそが最も安全で、また善き道なのだ。
           〔 パエトン・『ギリシア神話』 〕


○ 「そこで、この陰陽相対性理法によってものごとの進化というものが行われるのですが、
  この無限の進化を『中』という。だから易は陰、陽、中の理法であり学問である。」  
   (『易とはなにか』、安岡正篤)

○ 「中行にして咎无(とがな)し」 (『易経』・夬九五)

○ 「子日く、中庸の徳たる、其れ至れるかな。民鮮(すく)なきこと久し。」
   (『論語』・雍也第6)

(中庸ということの道徳としての価値は、最高のものであるなあ。
しかしながら世が末世になって、中庸の徳の鮮ないことはもう久しいことだなあ。)


・ 易は、「 中=むすび 」である。 
  易の最も重視するものが “時中(時に中す)” = 中道に合致すること。
   ※ 時中=中節

・ 東洋の儒教、仏教、老荘─(道教) ・・・は、すべて中論   

・ 西洋の弁証法(論理学の正・反・合) ── 
   ヘーゲル弁証法、アウフヘーベン(止揚・揚棄)


● 中=「むすび(産霊)」 ・ 天地万物を生成すること   

   ○ 「天地因ウン〔いんうん〕として、万物化醇す。
    男女精を構(あ)わせて〔構=媾精〕,万物化生す。
    易に曰く、三人いけば一人を損す。
    一人行けば其の友を得、と。致一なるを言うなり。」 (繋辞下伝)

   (天地も男女も二つ〔ペアー〕であればこそ一つにまとまり得るとの意)

  ※参考 ・・・ 日本の「国学」、神道(しんとう)、随神(かんながら)の道 
     ── 天御中主神 〔あめのみなかぬしのかみ〕;天の中心的存在の主宰神

   
● 中=なか・あたる、「ホド(程)」、ホドホド…あんばい(塩梅・按配)する、
  良いあんばい、調整、いい加減=良い加減=中道・中庸、 
  中庸は天秤〔てんびん〕=バランス=状況によって動く

    ♪“ホドの良いのにほだされて…”(「お座敷小唄」) 
    “千と千尋の神隠し”の「中道」行き電車、
    “ヴントの中庸説”、 入浴の温度、 飲み物(茶・酒)の湯加減、 
    スポーツ競技での複数審査員の合算評点法 ・・・ etc.

 1) 静的(スタティック・真ん中)なものではなく、動的(カイネティック、ダイナミック)

 2) 両方の矛盾を統一して、一段高いところへ進む過程、無限の進化

   例 ─「中国」、「中華」、「黄中」、
      「心中〔しんじゅう、心・中す、=情死〕、「折中

   ※ 参考 ─“中(なか、あたり)”さん〔人名〕、大学・中学・小学、「中学」は違う!



 ◎ 中庸参考図 (棒ばかり)
 

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(この続きは、次のブログ記事に掲載しております。)


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器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その4)

※この記事は、器量人・子貢 と 経済人・ロビンソン=クルーソー (その3) の続きです。



2) 中庸・中徳  :

儒学(=易学)の根本思想は、中論”・“中庸です。

中庸の思想は、西洋においても古代ギリシアの古くからみられ、
普遍的思想であるともいえましょう。

昨年、ドイツのお話をした時に
(H.22 真儒の集い・特別講演:“ 『グリム童話』と儒学 ”)、
その 《はじめに》 で、両極端で“中庸”を欠くドイツ史? として、
次の文を引用しました。

● 「ドイツ国民の歴史は、極端の歴史である。
  そこには中庸さ(moderation)が欠如している。

  そして、ほぼ一千年の間、
  ドイツ民族は尋常さ(normality)ということのみを経験していなかった

  ・・・中略・・・  

  地政的にドイツ中央部の国民は、その精神構造のうちに、
  とりわけ政治的 思考のなかに、中庸を得た生き方を見出したことはなかった。

  われわれは、ドイツ史のなかに、
  フランスやイギリスにおいて顕著である中庸(a Juste milien)と常識
  二つの特質をもとめるのであるが、それは虚しい結果の終るのである。

  ドイツ史においては激しい振動のみが普通のことなのである 」
    (A・J・P・ティラー、『ドイツ史研究』)


 『ロビンソン漂流記』で、冒頭の部分は、
ロビンソン=クルーソーが父親から説教され訓戒を受けているシーンです。

その 2ページほどの文言に、著者デフォー の言いたかったことが
代弁され尽くしているといっても良いのです。

その内容は、中流の人々こそがイギリスの国を支えている土台であり、
個人としても幸福である
ということ。

アドヴェンチャラーとしての荒稼ぎを誡め
堅実に父祖の仕事を“受け継ぐ”こと
を指します。

現代の日本社会・日本経済の荒廃は、
父の誡めを破ったロビンソン=クルーソーの失敗と同じに、
この中庸・中徳 を失った所に根本原因があります。


【 冒頭 ── 中位の人・中庸 】 
       (デフォー・『ロビンソン・クルーソー』、旺文社文庫pp.6−7)

● 「賢くて謹厳な父はわたしの計画を見抜いて、心をこめたりっぱな警告をしてくれた。
  痛風で閉じこもっていた自分の部屋に、ある朝わたしを呼んで、
  この問題について懇々と説諭〔せつゆ〕してくれた。

  お前は親の家を出、生まれ故郷を捨てるというが、
  いったいどんな理由があるのか、
  ただお前のもっている放浪癖にすぎないではないか。

  ここにいれば、りっぱに世間に出してもらえるし、
  勤勉と努力しだいでは身代〔しんだい〕を作る見込みもじゅうぶんあり、
  安楽なたのしい生活が送れるだろうに。

  冒険を求めて海外に乗り出し、思い切ったことでひと旗あげ、
  尋常一様〔じんじょういちよう〕でない仕事をやって名をあげようなんて連中は、
  やぶれかぶれになった人間か、幸運に恵まれた野心家か、そのどちらかなのだ。

  こういうことはお前などのとうてい企て及ぶところではない。

  あるいは、そこまで身をおとすべきことではない。

  お前の身分は中位のところだ。
  下層社会の上の部といってもよかろう。

  自分の長い経験によるとこれがいちばんいい身分で、
  人間の幸福にもいちばんぴったり合ってもいる。

  身分のいやしい連中のみじめさや苦しさ、その労苦や苦悩をなめる必要もないし、
  身分の高い人たちの虚栄や贅沢や野心や嫉妬になやまされることもない。

  こういう中位の立場がどんなに幸福であるかは、
  ほかの連中がみんなうらやましがっていることを考えて見るだけでよくわかるだろう。

  例えば、古来いくたびか、王者たちは権勢の地位に生まれついたばかりに
  なめねばならないみじめさを嘆き
  貴賎の両極端の中間に生まれたかったと願ったことであろう。

  また、貧も富もさけたいと願った賢者(1) は、
  この中位の身分こそ真の幸福の基準であることを証言したのだ。


  父はこのように語ったのである。


   父は続けた。

   ・・・・ 中略 ・・・・ 

  中位の生活はあらゆる美徳とあらゆる楽しみをうけるようにできている。

  平和と豊かさはこの中位の運にかしずく侍女のようなものである。

  節制や中庸や平静や健康や社交、
  またあらゆる楽しい娯楽やあらゆる望ましい快楽は、
  中流の人々についてまわる恵みなのだ。 


  (1) 『箴言〔しんげん〕』 三章八節。
      『箴言』は旧約聖書の中の一書でイスラエルの賢者の言葉を含んでいる。  」 




○ 「 子貢問う、師と商とは孰〔いず〕れか賢〔まさ〕れる。
  子曰く、師や過ぎたり。商や及ばず。
  曰く、然らば則〔すなわ〕ち師は愈〔まさ〕れるか。
  子曰く、過ぎたるは 猶〔なお〕及ばざるが如し。」 (先進第11−16)

  ・ “”は、代表的な再読文字で“なお 〜 ごと シ”と、二度読みます。
    再読文字の学習の意味からも、漢文でよく出てくる おなじみの一節です。

《大意》
やり過ぎるのは、やり足りないのと同じようなものだ(どちらもよくない)の意です。
過不足のない、中庸〔ちゅうよう〕 を得ていることが大切であることを述べた章です。 

孔子に問うた 子貢は、やり過ぎた(師〔子張〕という弟子)のほうが、
及ばぬ(商〔子夏〕という弟子)よりもよい(マシ)と思ったようですね。

それに対する孔子の答えがこれです。

・ 私は、以上の一般的説明の後で、
  学生に“皆さんはどう思いますか?” “孔子の真意はどうなのでしょう?”と
  問いかけることにしています。

  (例えば、言い過ぎて人を傷つける場合と 言うべきことが言い足りない場合との比較です)

  学生達の答えはさまざまですが、
  私は“孔子は及ばないほうが優れていると考えている”と思います。

  徳川家康も同じ捉え方のようで、「東照君遺訓」の中に 
  「人の一生は 重き荷を負うて遠き道を行くがごとし。 
     ── 及ばざるは 過ぎたるに勝れり。」とあります。




[ 参考 ]

*第18回 定例講習 
■本学 資料 《 中庸 入門 》 ( by 高根・『易経』事始 )

‘ (I am the sun god, Apollo. )
Think of the responsibility I have ! 
The skies and the earth must receive their share of heat. 
If the chariot goes too high, the heavenly homes will burn. 
If it goes too low, the earth will be set on fire.
I can not take either of these roads. 
There must be some balance.
This is true of life, itself. 
The middle course is the safest and best. 
           〔 Phaёthon “ Popular Greek Myths”〕

《大意》
「(私は、太陽の神・アポロである。)
私が担っている責任の重さを想ってもみよ! 
天と地には、それぞれ相応の熱を与え得ねばならぬのだ。
もし、(太陽の2輪)馬車の運行する道筋があまり高すぎれば、
天の御殿が燃えてしまうだろう。
低きにすぎれば地上は火事となるだろう。
私は、そういう(2つの極端な)道をとるわけにはいかぬのだ。 
それなりのバランスというものをはからねばならぬのだ。 
このことは、人生そのものにも当てはまる。 
中庸の道こそが最も安全で、また善き道なのだ。」
              〔 パエトン・『ギリシア神話』 〕


 
§.「中(ちゅう)」の思想  (『中庸』・中道・中徳・中の説…中の学問・弁証法)

○ 「そこで、この陰陽相対性理法によってものごとの進化というものが行われるのですが、
  この無限の進化を『中』という。
  だから易は陰、陽、中の理法であり学問である。」  (『易とはなにか』、安岡正篤)

○ 「中行にして咎无(とがな)し」 (『易経』・夬九五)

○ 「子日く、中庸の徳たる、其れ至れるかな。民鮮(すく)なきこと久し。」
     (『論語』・雍也第6)

《大意》
中庸の徳というものは、ほんとうに至れる徳であるなあ。
しかしながら,(世が乱れてしまって)その中庸の徳が鮮なくなって もう久しいね。


孔子(儒学)の教えは、“中庸の徳”を尊びます。
  ”は ホド〔程〕よく過不足なく、 “”は平正で不変なことです。

  後に、孔子の孫である子思が、その教えを明らかにするために
  『中庸』という本を著すこととなります。


・ 21世紀の我国は、“戦国”の時代ではありませんが、
  モノの豊かさとはうらはらに人心は乱れ、
  道徳は忘れられ、この憂〔うれ〕いそのものだと思います。

  ちなみに、アニメの名作「千と千尋〔ちひろ〕の神隠し」で、
  千尋が行きたい“魔女・ゼニーバ”の所へ行ける
  (40年前の使い残りの)電車の切符を“かまじい”から
  受け取るときのやりとりに注目です。 

  「行くにはな〜、行けるだろうが、帰りがなー。」 ・
  「昔は戻りの電車があったんだが、近頃はいきっぱなしだ。それでも行くかだ!」
  「うん、帰りは線路を歩いてくるからいい」。

  そして、電車の線路は、水に浸〔つ〕かり沈みかけていました。 

  ── さて、その電車の行き先(電車前面に書いてある)が
  何処と書いてあったかご存知ですか? 

  「中道」 (=中庸)とありました。

  中徳を失った(失いかけている)現代人への寓意〔ぐうい〕でしょうか。


・ 易は、「 中=むすび 」である。
  易の最も重視するものが “時中(時に中す)”
  = 中道に合致すること。  ※時中=中節


・ 東洋の儒教、仏教、老荘─(道教) ・・・は、すべて中論   


・ 西洋の弁証法(論理学の正・反・合) 
     ── ヘーゲル弁証法、アウフヘーベン(止揚・揚棄)



■ 中=「むすび(産霊)」・天地万物を生成すること   

  ○「天地因ウン〔いんうん〕として、万物化醇す。
    男女精を構(あ)わせて〔構=媾精〕,万物化生す。
    易に曰く、三人いけば一人を損す。 一人行けば其の友を得、と。
    致一なるを言うなり。」 (繋辞下伝)

  (天地も男女も二つ〔ペアー〕であればこそ一つにまとまり得るとの意)

  ※参考 ・・・ 日本の「国学」、神道(しんとう)、随神(かんながら)の道 
    ── 天御中主神 〔あめのみなかぬしのかみ〕;天の中心的存在の主宰神


■ 中=なか・あたる、「ホド(程)」、ホドホド…あんばい(塩梅・按配)する、
  良いあんばい、調整、いい加減=良い加減=中道・中庸、
  中庸は天秤〔てんびん〕=バランス=状況によって動く

  ♪“ホドの良いのにほだされて…”(「お座敷小唄」) 
  “千と千尋の神隠し”の「中道」行き電車、“ヴントの中庸説”、 
  入浴の温度、 飲み物(茶・酒)の湯加減、 
  スポーツ競技での複数審査員の合算評点法 ・・・ etc.

1)静的(スタティック・真ん中)なものではなく、動的(カイネティック、ダイナミック)

2)両方の矛盾を統一して、一段高いところへ進む過程、無限の進化

   例 ─「中国」、「中華」、「黄中」、「心中〔しんじゅう、心・中す、=情死〕、「折中

  ※ 参考 ─“中(なか、あたり)”さん〔人名〕、大学・中学・小学、「中学」は違う!




■ブログ 【儒灯】 「中庸の美」より   美の思想2 ── 中庸 ──
     (→ http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50718529.html


 東洋思想特有の言葉であり、儒学(易)思想の根本概念が 
中庸〔ちゅよう〕”です。

中庸の徳といいますのは、 過・不足 の両極端を廃して
ホド〔程〕”よく あんばい〔塩梅〕する、“中和”することです。

中論」は、仏教や神道〔しんとう〕の思想にもあり、
ギリシア哲学にもありますから 半ば普遍的なものとも言えましょう。

中庸を 美の学として、西洋的に表現しますと、
統一の要素 ユニティー 〔 Unity 〕と同義に扱われたり、
包含するものとして扱われる “バランスBalance 〕”の概念が
一番近いのではないかと思います。

また、心理学的にも中庸は用いられています。
例えば、ヴント( W.Wundt ; 心理学の祖 )の快適性についての“中庸説”は、
刺激強度が適当であるときに最も快適であることをいったものです。

 

図解


さて、この中庸は、ともすると 単純・浅薄に、中央・平均と捉えられがちです。

先の図2 でいうと、変化と統一の要素の 相半ばする点と考えられがちですが、
そうではありません。 中庸には、もっと深意があります。

中庸を理解するために、例として“棒ばかり〔秤〕”について述べてみましょう。

図3 にモデル図を描いてみました。

学生諸君は、“はかり”といえば 針で数字を表示するものしかご存知ないでしょう。

理科で、分銅をのせて(減らして)左右のバランスをとる
“天秤〔てんびん〕”はご存知でしょう。

(今中年の)私の幼少のころは、行商の人が 
魚や野菜などを各家庭に売り歩いていました。

その重さを量る道具として 棒ばかり を持っていました。

重さを量るやりかたを、幼心にかすかに覚えています。

棒(秤竿〔はかりざお〕)の上に、重さを表示する目盛りが刻まれています。
片方よりにヒモの持ち手(逆三角形で示しています)があり、
図では右側にはかるモノをのせる秤皿が 固定されてついています。

この皿に、例えば 魚をのせます。

反対の端には、おもり(分銅)を引っ掛けます。

はかるモノは、重さが異なりますので 
おもりの(重さではなく)位置を調節して、
棒の水平を実現します。

その水平になった時、棒の目盛りを読むと重さがわかるという仕組みです。

棒ばかりは、“てこの原理”の応用で
秤皿のモノと おもりとのバランスをとります。

支点である 持ち手を動かしても、おもりを動かしても
原理的には同じですが、
おもりを動かして棒を水平にした のだと思います。

この おもり(の動き)にあたるものが、
中庸を示していると考えられます。

つまり、はかるモノ( = 状況、価値基準など)が変化すれば
中庸 は動きます。

中庸の深意は、この 動的概念 にあります。


※ ちなみに、“はかりめ”という言葉(魚)をご存知でしょうか?

関東(千葉県南半部)では、“あなご”のことを“はかりめ”というそうです
その棒状の形状の側面に、はかりの“め”のような
模 様があることに由来しているとのことです。

興のある名前です。

私は、学生に 中庸の概念を身近に考えさせる時に、
よくテストの成績を具体例にあげて問いかけ話します。

テストといえば、学生・保護者は よく“平均点”を知って基準にしたがります。
100 点満点のテストで、中庸の目標点数は 
学年平均点や中央(値)点のことではありません。

各個々人によって、その能力や志向によって、
60 点のこともあれば、80 点のこともあれば、
40 点(欠点でない)のこともある・・・ということです。

大学受験生にしても、志望大学・各部によって 
ホドよい点数(学力)は、異なってきますでしょう。

中庸の美を、私なりに定義すると、 
「状況・変化に対応した動的な バランス〔 Valance: 均衡 〕」 
といったところでしょうか。

中庸の考え方は、全陰と全陽をその両端と考え、
陰陽の動的バ ランスの中に あるべき姿 (美) があるとするものです。

これは、非常に深く 妙なもので、芸術美においても 人生においても、
普遍的な「一〔いつ〕なるものであると思っています。

棒ばかり




*第19回 定例講習 
■本学 資料 《 中庸 1 》  ( by 高根・『易経』事始 )


■ 中庸

・ 「」=人間社会は矛盾の産物、その矛盾(撞着〔どうちゃく〕)したものを結ぶ
    中す・中〔あた〕る ── 融合・結合 ・・・ 限りない進歩・発展
    “これこそ絶対のもの” =“相反するもの” =“陰の極と陽の極”
   例 :男女が結ばれて子供が生まれる(未来に向かう進歩・発展)
     “神道〔しんとう〕” では “産霊〔むすび〕”/中す=結び・結ぶ・化成

・ 「」=つね・常・並・用いる、平正で常に変わらないこと

・ 「中庸」=常識(常識に適っている、中の精神)。ホド良く過不足のないこと。
  中程(真ん中)の意ではない。正しきをとって正しい向に向かわねばならない
    “折衷〔せっちゅう〕”・・・ 折は、くじく、悪しきをくじき正しきを結ぶ(安岡氏)
    “易姓革命〔えきせい〕”(孟子)
            ・・・ 中国では、ゼロにして又始めることのくり返し
                  cf. J.ロックの革命思想(抵抗権を認める社会契約説)
    “易世革命〔えきせい〕” (易の六義) 
            ・・・ 世をかえ〔易〕るというより世を修(治)める




[ ヘーゲルの弁証法哲学 と “中論”(中庸) ]

・ Hegel,W.(1770−1831)

・ 正 ー 反 ─ 合   cf. “さくら花”〔cherry blossams〕考・・・ 花のあと葉
  
  「正」=日本・儒学 − 「反」=ドイツ・グリム童話 →“中す” → 「合」= ?
  「アウフヘーベン」 Aufheben; ( 止揚・揚棄 = 中す )

◎ ヘーゲル弁証法 参考図


ヘーゲル弁証法 参考図






(この続きは、次の記事をご覧下さい。)


※全体は以下のようなタイトル構成となっており、7回に分割してメルマガ配信いたしました。
  (後日、こちらのブログ【儒灯】にも掲載いたしました。)


●5月20日(金) その1 
                《 §.はじめに 》

                《 『論語』 と 子貢 について 》            

●5月23日(月) その2 
                《 D.デフォー と ロビンソン=クルーソー について 》 

                《 経済と道徳・倫理について 》

●5月25日(水) その3 
                《 子貢 と ロビンソン=クルーソー 》
                   1) 理想的人間(像)                

●5月27日(金) その4
                   2) 中庸・中徳                   

●5月30日(月) その5   
                   3) 経済的合理主義                 

●6月1日(水)  その6
                   4) 時間の大切さ                  

●6月3日(金)  その7
                   5) 金儲け(利潤追求)      

                《 結びにかえて 》



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