儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

孝教

“甘やかし” を “麦ふみ” に想う  (その1)

“甘やかし” を “麦ふみ” に想う 

───  “ゴミふみ”と麦ふみ /“じゃがいも理論”/ 「甘やかし子を捨てる」 /
  舐犢〔しとく〕の愛・“舐猫の愛”/ 『孝経』 / 「家貧しくして孝子出づ」  ────

 

《 はじめに 》

私は、週2回、勤務先の高校で、“(もえるゴミの)ゴミふみ”をしています。
── どういうことかと申しますと、次のような事情です。

ゴミの公的回収費用は、(有料化の論議はあるものの)どこも無料だと思います。
そして、“ゴミ(回収ビニール)袋”のあり方は、自治体によってまちまちです。

このところ、ゴミ袋は指定化・有料化の傾向にあります。
一般のゴミ袋も店頭から、黒い袋は次第に姿を消し、
いつしか白色・半透明のものに変わってきていますね。

例えば、四国・愛媛の郷里の市〔し〕では、一枚(大)40円ほどの指定袋です。
現住の大阪北部の市では、市が自治会を通じて一定数無料配布しています。
一般の白または半透明袋でもよいことになっています。

これに対して、職場のある大阪南部の市では、(大)100円と少々高値です。
有料ゴミ袋の利益は、ゴミ回収関連の経費の一部を補填〔ほてん〕しているのでしょう。

一枚の値段は、しれているとも言えます。
それでも、(学校のように)消費数がまとまるとかなりの負担金額になります。

このゴミ袋にかかる費用を少しでも節約するために、
できるだけ(圧縮し、カサを減らして)“詰め込む”・“押し込む”ということです。

そんなわけで、やや大きめ(70リットル)厚出で黄色い柄の袋に、
“これでもか”といわんばかりに“親の敵〔かたき〕のように”、
大の男が足で踏みに踏んで
飲料の紙パックなどなどを踏みつぶしているというわけなのです。

まあ、特殊地域的な異様な風情〔ふぜい〕
(椿事〔ちんじ〕?)といったところでしょうか。〔苦笑〕


長い前置きは、この位といたしまして。

この“ゴミふみ”をしながら、不思議と“麦ふみ”を連想いたします。
そのあれこれ脳裡〔のうり〕に想っていますことを、今回まとめてみました。

 

《 麦踏み 》

 文部省唱歌・“冬景色”に、 ♪♯

「 1.さ霧消ゆる 湊江〔みなとえ〕の   舟に白し 朝の霜
    ただ 水鳥の声はして   いまだ覚めず 岸の家 / ♪
  2.烏〔からす〕鳴きて 木に高く  人は畑に 麦を踏む  
    げに小春日の のどけしや  かえり咲きの 花も見ゆ 」

とあります。(カラオケにあるので、時々歌っています♪)

私が幼少の砌〔みぎり〕、自分の家は農家ではなく、都市在住でしたので 
「畑に 麦を踏む」という直接の体験はないのですが、
小学国語の教科書挿し絵に、麦踏みの光景の挿し絵が幾度か登場していたのを
微〔かす〕かにに記憶しています。

ついでに、「小春日」。

小春日・小春日和〔こはるびより/小6月/ Indian summer〕は、
晩秋から初冬にかけてのポカポカと暖かいうららかな(=小春)日・ひよりのことです。

学生諸君で勘違いしている人が見受けられますが、
春の候を指した用語ではありません。

昨年(‘10.12)師走のはじめ頃、
天気予報で「小春日和」の表現をつかっていたのは、興深いものがありました。
(ちなみに、昨年末に発表の、一年の世相を表す漢字は「暑」でした。)

─── 話を戻しまして。



今時の学生には、とんと「麦踏み」の話が通じません。

例によって、言葉そのものの内容を示す説明と、
加えて(何故かという)解説が必要です。


ところで、『孟子』(公孫丑上)の中に、「助長」という寓話があります。
稲の成長を助けてやろうと、一日中引っ張り伸ばし
全部ダメにしてしまった愚かな男の話です。

(周りの人が)無理に力を添え、かえってこれ(=本人)を害することです。
(そこから、悪い傾向を一層強くすること、
/物事の成長・発展のために外から力を添えることの意で使われます。) 

「助長」は、稲を引っ張りダメにすることでたとえた、孟子の作り話です。
が、「麦踏み」は麦を踏んで善くする現実の話・実際の話です。

冬の寒さの中、成長して伸びようとしている麦の若芽を足で踏みつけるのです。

それによって、(適度な負荷・ダメージによって)、
逆に麦がしっかり丈夫に育つということなのです。

冬期、土が霜で浮いた状態なのを踏み固める効果があるのかも知れません。

中国には、「獅子の子おとし
(獅子=ライオンは中国にいませんから虎でしょう。
虎は、生まれた子を千仞〔せんじん〕の谷に落とし、
這い上がり生き残った子だけを養育する)
という、まことしやかな言い伝えもあります。


わが国にも、「可愛い子には、旅をさせろ」・「他人の釜の飯を喰わせろ」 
・・・ などなど。

自分の子を苦難・艱難の環境において、
その器量を試したり 育成したりせよと誡〔いまし〕めていますね。

 

《 “甘やかし” と “じゃがいも理論” 》
 
じゃがいも理論”は、誰もご存知ないでしょう。
これは私が高校生の頃、単なる思いつきで考案したものを自称したものです。

私の若かりし時登場した「ポテトチップス」は、スナック菓子の主流となり、
ありきたりと思われていた「じゃがいも(馬鈴薯〔ばれいしょ〕)」も
人気のシャレた野菜となりました。

さらに、その後“カウチ・ポテト族”などという、
(数十年前の)当世若者気質〔かたぎ〕を表わす言葉も誕生しました。

これは、自宅で“カウチ”に寝そべって(孤独に)“ポテトチップス”をかじりながら、
独りファミコンなどに時を過ごす若者気質のことです。

平成の御世、「ポテトチップス」の類のスナック菓子は全盛を極め
店頭にところ狭しと安価に並べられています。

そして、“じゃがいも”も、昔は非常に安価で庶民的で、
“コロッケ”・“肉じゃが”を始め家庭料理(お袋の料理)の主要食材でした。

片栗粉”(馬鈴薯でんぷん)も懐かしいです。

が、今時、都市部でスーパーの店頭に並ぶと
(ひと山いくらでなく、一個いくらで売られており) 
決っして安価とはいえないと感じることしきりです。


さて、私は農業に関する専門知識があるわけではありません。
けれども、洋の東西を問わず、広く栽培され
古くから好んで食されているこの“じゃがいも”の栽培は、
肥沃な土地である必要はありません。

いな、むしろ痩〔や〕せた土地で良く育ちます。

しっかりと、せっせと光合成(炭酸同化作用)を行い、
できた養分(デンプン)を 根(=じゃが芋部)に蓄えるのです。



人間(ヒト)の場合も、(経済的にもお金持ちではなく) 
一見小柄で華奢〔きゃしゃ〕な体つきのお母さんが、
ずいぶん子沢山であったりすることを思い浮かべたものです。

そこから、
物質的・生物学的環境に(適度に)恵まれていない方ほうが、
子孫を多く残す意思・パワーがある

と、考え “じゃがいも理論” と名付けました。

今(2010.12)、エチゼンクラゲの異常発生が報じられています。
その原因を、学者は異常気象により、クラゲにストレスが加わり
多量の繁殖をもたらしたのではないかと説明していました。

およそ、動植物=生物〔せいぶつ〕の本能として、
自分の生〔せい〕の不安(ストレス)があると
子孫を残そうという本源的働きが活発になるということなのでしょう。

シンプルといえばシンプルな、自然の摂理には違いありません。

現代日本の、物質的に過度に恵まれた社会において、
子供を産み育てようという、
人間本来の、女(母)性本来の意思・願望が鈍化〔どんか〕してきています。

今や※出生率は、1.2人程にまで半減しています。
生物学的・民族的・国家的危機です。 注1)

われわれ人間ともうしますものは、ともすると、自分が生物であること、
動物であることを忘れてしまいがちです。

天地自然の存在を超越した、何かしら特別な存在であると錯覚する人がいます。

結局最後に生き残る者は、最も強い者でも最も賢いものでもない。
それは、変化し続けるものである。」 

これは、『種の起源』で著名な生物学者チャールズ・ダーウィンの言葉です。
(儒学=『易経』は、変化とその対応の学です。) 

“甘やかし”・“過保護”は、ヒトを種〔しゅ〕として弱くしてしまいます。
“負のDNA”を連鎖させます。

人工薬や好環境に依存し過ぎると、自然治癒力を弱めていゆき、
いずれヒトは簡単に疾病〔しっぺい〕に斃〔たお〕れてしまいます。

今の日本人は、“負のDNA”を連鎖させ、
どんどん弱くなっていくように思えてなりません。

“じゃがいも”は、“じゃがいも”の立場から言えば、
“甘やかされず”(劣悪な)環境に変化・適応し、
種としてのパワーを強めながら種として繁栄しているとも表現できましょう。



注1)
正確には※「合計特殊出生率」。
本来人口が減少せずに、(ひと組=2人の男女が)再生産されるためには、
“2.2人”ほどの子どもを育てなければなりません。

今や、子どもの数は着実に減少し、(2005年で) 1.25人にまで低下しています。
半数近くに減った子ども達は、長じてまた、
半減に近い次世代しか生産しないという“連鎖”です。

日本人で減った人口(労働力人口)は、当然に、外国人が流入してくるわけです。

この「少子化」の現状を、「(女性の)産む権利=産まない権利」や
教育費の高額や「経済社会的な子育て環境の不整備」などの理由に
すり替えているように思われます。

そもそも、主要因は、子(子孫)を産み育てる本能・本源的パワーそれ自体が、
鈍化衰退していることにあります。
(ヒトという)種〔しゅ〕の危機、日本人という民族の危機です。



※ この続きは、次の記事をご覧下さい。


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第二十三回 定例講習 (2009年9月21日) 前編

第二十三回 定例講習 (2009年9月)

孝経   ( 広至徳章 第13 )

§.前章に同じく、1章の「先王至徳要道有り」をうけて、「至徳」ということを申〔かさ〕ねて明らか(=広)にしています。
 『論語』に「君子の徳は風なり、小人は草なり。草、これに風を上〔くわ〕うれば必ず偃〔ふ〕す。」(顔淵第12)とあります。民草は風になびき、自然に感化されるということです。 儒学の教えは、“感化・教化”による教育であり、(お手本として)上に立つ者の大事さを説いています。

“ 子曰く、君子の教うるに孝を以てするや、家ごとに至って、(而て)日ごとに之を見るに非ざるなり。
※教うるに孝を以てするは、天下の人の父た〔為〕る者を敬する所以〔ゆえん〕なり。注1) 教うるに悌〔てい〕を以てするは、天下の人の兄た〔為〕る者を敬する所以なり。教うるに臣を以てするは、天下の人の君た〔為〕る者を敬する所以なり。|詩に云う、「ガイ悌〔がいてい〕の君子は、民の父母」と。至徳に非ざれば、其れ孰〔たれ〕か能く民を ※順にする(こと)、注2) 此くの如く其れ大なる者あらんや(ならんや)。” 

《大意》
 「昔の聖人といわれた立派な指導者(君主・王)が、人々に対して孝道(=至徳)を教える方法は、必ずしも一軒一軒、家に足を運んで毎日毎日会って教えたわけではない。|
民に孝道を教えられたのは、広く世の中の人々に、その父というものを敬うようにさせたいからなのだ。 民に悌(=弟)道を教えられたのは、広く世の中の人々に、その兄というものを敬うようにさせたいからなのだ。 民に臣道を教えられたのは、広く世の中の人々に、その君というものを敬うようにさせたいからなのだ。|
だから、『詩経』(大雅、ケイシャグ〔けいしゃく〕)の中の句にも言っている。“楽しみ易〔やわ〕らぐところの君子(先生)は、(楽しく親しく徳があふれていて)民の父母とも仰ぎ慕われる立派なお方です。”と。
このような至徳・大徳〔この上もない孝悌の徳〕の持ち主でなければ、これほどまでに、人びとを徳化し柔順にさせることが出来ようか。(柔順にさせるに大なるものがあろうか。)」

・ 「家、日」=家ごと、日ごと(家々、日々)

・ 臣=臣道(忠敬)の意

ガイ悌〔がいてい〕の君子=ガイは楽しみ、悌は「易〔やわ〕」らぐ(和/やわらぎ)の意・「易簡〔いかん〕」の意で、天地自然のままの素直な易さです。すなわち楽易”の境地です。
 孝を教える者は、親のように親しく温かい心で教える ということなのでしょう。キリスト教の立派な神父さんや仏教の徳の高いお坊さんのお説教・法話をイメージすると分かりやすいでしょう。

cf. 「(中江)藤樹先生はガイ悌の悌を易と解し、易とは易簡の易としておられるが、此の易簡とは 蓋〔けだ〕し易伝に乾坤の徳を形容せる易簡であろう。所謂〔いわゆる〕天衣無縫、何等造作人為の煩なくして、為さざる無き大作用を起す所以〔ゆえん〕を言ったものであろう。先生の教が実に又此の易簡の二字を以て形容せられる。」  (『孝経啓蒙』、※現代かなづかいに改める)

※ 注1)  「教以孝、所以敬天下之為人父者也」 : 上・中・下点で返り、
       「所一以〔ゆえん〕」は熟語として扱い 一 (ハイフン)の左横に「下」点を打ちます。
       続く2ヶ所も同じです。

※ 注2)  A)順〔じゅん〕にする  B)順〔おし〕うる  C)順〔したが〕えんや などと読みます。

 

論語    孔子の弟子たち ―― 曾 子 〔1〕 )

§.曾参〔そうしん〕、姓は曾、名は参。字は子輿〔しよ〕。弟子の中で最年少で孔子より46歳若い。(孔子の没時27歳) 70歳過ぎまで生きて、孔子学統の後継者となります。『孝経』・(『曾子』・『大学』)の著者としても知られます。「宗聖」と尊称されます。
  私には、顔回を亡くし、長子鯉〔り〕を亡くし、絶望の淵にある孔子と儒学のために光明のごとく天がつかわした(=Gift)のように思われます。孔子の愛孫、「子思」を薫育します。地味な人柄ですが、文言を味わい味わうにつけても、有徳魅力ある人物です。
  『論語』の門人で、いつも「子」をつけて呼ばれるのは曾子だけです。(有子・冉子〔ぜんし〕・閔子〔びんし〕は、字〔あざな〕でも呼ばれています。)


1) あたかも魯なるが如し ―― 第一印象

・ 「柴〔さい〕や愚、参や魯、師や辟〔へき〕、由〔ゆう〕やガン〔がん〕。」
                                (先進第11−18)

《大意》
 柴(子羔/しこう)は愚か〔馬鹿正直〕で、参(曾子)は血のめぐりが悪く、師(子張)は偏って中正を欠き、由(子路)は粗暴・がさつだ。

※ 魯=遅鈍、魯鈍の語がありますが、血のめぐりが悪い・にぶい・“トロイ”と言った感じです。
   「愚」も「魯」も、味わいのある語で訳せません。
   孔子は、4人の4短所は学業修養によって癒え正せる、それを期待して指摘・表現したのでしょう。


2) さすが親の子 ―― 曾子のお父さん

 “この親にしてこの子あり”で、曾子の父・曾セキ〔そうせき〕も立派な人でした。

・ 「 ―― 点や、爾〔なんじ〕は何如〔いかん〕。瑟〔しつ〕を鼓すること希〔や〕み、鏗爾〔こうじ〕として瑟を舍〔お〕きて作〔た〕ち、対えて曰く、三子者の撰に異なる。 子曰く、何ぞ傷〔いた〕まんや。亦た各々其の志を言うなり。 曰く、莫春〔ぼしゅん=暮春〕には春服既に成り、冠者五六人、童子六七人。沂〔き〕に浴し、舞ウ〔ぶう〕に風して、詠じて帰らん。 夫子喟然〔きぜん〕として嘆じて曰く、吾は点に与〔くみ〕せん。 ―― 」  (先進第11−26)

《大意》
 孔先生は、「点(曾セキ)や、お前はどうだね。」と問われました。曾セキは、今まで低く弾いていた瑟を止め、カタリと置いて立ち上がり、お答えして言いました。「私のは、お三方〔さんかた〕の言われたような立派なものとは違いますが・・・。」 孔先生が、「いや、何でもかまわないよ。皆、ただそれぞれの志を飾りなく言ったまでのことだよ。(お前も遠慮なく言うがよい。)」とおっしゃいました。曾セキは、「春も終わりの頃、春着も既に整ったので、(それを着て)成人した若者5・6人と6・7人の少年を連れて、沂水〔きすい〕のほとりで浴し、雨乞いをする高台で涼風に吹かれて、歌を歌いながら(詩を吟じながら)家に帰ってきたいものです。」これを聞いて、孔先生は感に堪えぬといった様子でおっしゃいました。「私は、点に賛成するよ!」

  ※ 曾参のお父さんの人柄がよく現われている、『論語』の中でも少し調子の変わった部分です。
     孔子は、このように“悠游〔ゆうゆう〕”とした生活も決して否定していません。
     私も、儒学を修め、そして“風流子”もまたよしと思っています。


3) 「吾日三省吾身」 ―― 三省の深意

・ 「曾子曰く、吾〔われ〕日に吾が身を三省す。人のために謀りて忠ならざるか。朋友と交わりて信ならざるか。*伝えて習わざるか(習わざるを伝うるか)。」
                                           (学而第1ー4)

 《大意》
 曾先生がおっしゃいました。「私は、毎日何度もわが身について反省します。人のために考え計って、真心を持って出来なかったのではないだろうか。友達と交際して、誠実でなかったのではないだろうか。(先生から)伝えられたことをよく習熟しなかったのではないだろうか。(あるいは、よく習熟しないことを人に教えたのではないか。)と反省してみます。」

※ 吾日三省吾身 : 「三省」 
  (1) みたび吾が身を省みる
      ( 三=たびたびの意/二たびではダメですか・四たびではダメですか!) 
  (2) 以下の三つのことについて反省するの意 〔新注〕

・ 「」 (1)かえりみる、反省する  (2)はぶく (かえりみることによって、よくはぶける)

cf. 政治も教育も、「省く」ことが大切です。 が、現状は、「冗」・「擾〔じょう〕」。 (分散、駁雑〔ばくざつ〕)ばかりで、(統合、収斂〔しゅうれん〕)がなく、偏倚駁雑〔かたよりごたまぜ〕です。

注) ‘09.9 時事 : 従来は“動き出したら止まらない公共事業” → 民主党(前原国土交通相)は、143ヶ所のダム建設の(中止)見直し

ex. 文部科学などの「省」、「三省堂」の由来

※  「乎」 : 
   (1)伝え(られ)て習わざるか/伝わりて習わざるか〔新注〕
       → 伝えられたこと(聖人のおしえ)を、おさらいもしないでいるかの意
       cf.  ( 王 陽明 の『伝習録はこちらを採っています )
   (2)習わざるを伝うるか → よく習熟(おさらい)もしないことを、
                      (受け売りで)人に教えたのではないか〔古注〕

 

本学   【漢文訓読の基本 ― 2 】

§.訓点のおさらい・注意点と演習/重要語彙の充実 ・・・以下抜粋

● 返り点

 ○ 「レ 点」 ・・・ すぐ下の一字から、上の一字に返って読む時
 ○ 「一・二点」 ・・・ 2字以上を隔てて、下から上に返って読む時(三・四・・点もあり)
 ○ 「上(・中)・下点」 ・・・ 一・二点のついた句を中にはさんで、返って読む時
 ○ 「一とレ・上とレの組み合わせの点」 ・・・ レ点ですぐ上の1字に返って、
                             更に2字以上を隔てて返って読む時

 注1) 上(・中)・下 点 → さらに「甲・乙・丙 点」 → さらに「天・地・人 点」
 注2) 「レ点」は「一・上・甲 点」とは併用できますが、「二・下・乙 点」などとは併用できません
 注3) 熟語は「−(ハイフン)」で示す ex.「所―以〔ゆえん〕」・「教育ス」
     ※ ただし、実際には「−」がない場合も多いので要注意です!
     → 1字目と2字目の間(ハイフンの左側)に返り点をつけます
     

◆ 注意すべき漢字の読みと意味
 
・ 幾何 : いくばく − どのくらいか
・ 所謂 : いはゆる − いわゆる
・ 以為 : おもへ ラク − 思うことには
・ 所以 : ゆえん − 理由
・ 就中 : なかんづく − とりわけ・ことに
於レ是 : ここニ おイテ − そこで・こうして
是以 : ここヲ もつテ − そういうわけで
以レ是 : これヲ もつテ − このような方法で・このことによって
・ 若/而/汝/ : なんぢ − そなた・おまえ(二人称の代名詞)

※ 以下の語、おどり字がなくても重ねて読みますので要注意です!
・ 益 − ますます(益々)   ・夫 − それぞれ(夫々)
・ 数 − しばしば(屡)     ・各 − おのおの(各々)
・ 偶 − たまたま(偶々)   ・看 − みすみす(見す見す)
・ 愈 − いよいよ(愈々)   ・抑 − そもそも


◆ 和漢異義語 (※読みは現代かなづかいにいよる)

◇ 遠慮 : 漢)エンリョ ― 遠い将来まで見据えた深い考え(を巡らすこと)。
        和)えんりょ − 物事を控えめにすること。
◇ 稽古 : 漢)ケイコ ― 昔のことを考え調べること。学問・学習。
        和)けいこ − 武術・技芸などを習うこと。
◇ 故人 : 漢)コジン − 昔なじみ、旧友。  同)故知・故旧。
        和)こじん − 死んだ人。
◇ 人間 : 漢)ジンカン − 人の世・世間・俗世間。 cf.「人間到る処、青山あり。」 
        和)にんげん − 人・人類。
◇ 大人 : 漢)タイジン − 徳のある優れた人。年長者に対する敬称。
             cf. 聖人 ― 君子 ― 大人 − 小人 − (愚人)
        和)おとな − 成長した人。
◇ 小人 : 漢)ショウジン − 1)徳のないつまらないひと。 2)身分の低い人。
        和)しょうにん/こども − 1)子供。  2)背の低い人。
◇ 多少 : 漢)タショウ − 1)多いと少ない。 2)多い(少は助字)。 3)どれほど。
             cf.「 花 落 知 多 少 」(「春暁」)
        和)たしょう − 少し・幾らか。
◇ 百姓 : 漢)ヒャクセイ − 庶民・庶人・一般民衆。多くの人民。
        和)ひゃくしょう − 農夫・農民。農耕に携わる人。 
◇ 迷惑 : 漢)メイワク − 1)道に迷う。  2)心が乱れる。 
        和)めいわく − 厄介で困ること。面倒なこと。
◇ 包丁 : 漢)ホウテイ − 昔の有名な料理人の名前。料理人。 cf.『荘子』
        和)ほうちょう − 料理用の刃物。
◇ 経済 : 漢)ケイザイ − 世を治め人民を救う。「 民」の略。
             cf.Political Economy の訳 (by福沢諭吉)
        和)けいざい − 生活に必要な財貨の生産、分配、消費。
◇ 漸   : 漢)ヨウヤク ― しだいに。「ゼン」は順序、次第。 cf.易卦「風山漸」
        和)ようやく − やっと・しだいに。
◇ 大丈夫 : 漢)ダイジョウ − 一人前の立派な男子。 cf.女丈夫 
         和)だいじょう − たしかで、危なげがなく安心できる様。

 

易経   ( by 『易経』事始 Vol.2 ) & ( by 「十翼」 )

§.易の思想的基盤・背景 (東洋源流思想)  【 ―(4) 】

C. 陰陽相対〔相待〕論(陰陽二元論)



続きは、次の記事(後編)をご覧下さい。




                                         

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第十九回 定例講習 (2009年3月22日)

第十九回 定例講習 (2009年3月)












孝経   ( 紀孝行章 第10 − 《2》 )

“親に事〔つか〕うる者は、上〔かみ/うえ〕に居て〔おご〕らず、下〔しも〕と為りてせず。醜〔しゅう/もろもろ〕に在〔あ〕りて争わず。上に居て而て驕れば則ち亡ぶ。下と為りて而て乱すれば則ち刑せらる。醜に在りて而てえば則ち兵せらる。 三者除せざれば、日に三牲〔さんせい〕の養〔やしない〕を用うと雖〔いえど〕も、猶お不孝たるなり。

《大意》 「親へのつとめを立派に果たす人は、人の上に立っても(リーダー〔指導者〕)おごり・高ぶることなく、人の下で支えるようになっても(反抗などして)秩序を乱すようなことはしない。世の人々(大衆)の中にあっても争い合うことはない。 リーダーの立場にいるにもかかわらず、おごり・高ぶれば、たちまちその地位を失い滅んでしまうだろう。部下であって反乱を起こせば、必ず刑罰を受ける。大衆の中で争い合えば、必ず刃傷〔にんじょう〕ざたになるだろうよ。以上の3つの不善のこと(驕・乱・争)が除かれないとすれば、いくら毎日親を、ごちそう・珍味の食事で養ってあげたとしても、やっぱり “不孝”の罪を免れないのだよ。」

● 「驕・乱・争」という不善の行為を行えば、結局は不孝の子を免れません。

・ 「醜」=衆または衆類(仲間)の意  
・ 「兵」=武器の総称ですが、ここでは刃傷殺戮〔にんじょうさつりく〕
・ 「三牲」=神霊に供える 牛・羊・豕〔いのこ:イノシシ・豚〕の最も丁重な犠牲(太牢:たいろう)

○ 個人の孝の実践がよろしければ、社会の秩序は安心であり、道徳的によろしければ、その結果として法的にも問題は起こらないと考えています。

 

論語

「子曰く、中庸〔ちゅうよう〕の徳たる、其れ至れるかな。民鮮〔すく〕なきこと久し。」 
(擁也第 6 −29)

《大意》 中庸の徳というものは、ほんとうに至れる徳であるなあ。しかしながら,(世が乱れてしまって)その中庸の徳が鮮なくなって もう久しいね。

・ 孔子(儒学)の教えは、“中庸の徳”を尊びます。“”は ホド〔程〕よく過不足なく、 “”は平正で不変なことです。後に、孔子の孫である子思が、その教えを明らかにするために『中庸』という本を著すこととなります。

・ 21世紀の我国は、“戦国”の時代ではありませんが、モノの豊かさとはうらはらに人心は乱れ、道徳は忘れられ、この憂〔うれ〕いそのものだと思います。

ちなみに、アニメの名作「千と千尋〔ちひろ〕の神隠し」で、千尋が行きたい“魔女・ゼニーバ”の所へ行ける(40年前の使い残りの)電車の切符、を“かまじい”から受け取るときのやりとりに注目です。 

「行くにはな〜、行けるだろうが、帰りがなー。」・
昔は戻りの電車があったんだが、近頃はいきっぱなしだ。それでも行くかだ!」 
「うん、帰りは線路を歩いてくるからいい」。

そして、電車の線路は、水に浸〔つ〕かり沈みかけていました。 
―― さて、その電車の行き先(電車前面に書いてある)が何処と書いてあったかご存知ですか? 

中道」(=中庸)とありました。
中徳を失った(失いかけている)現代人への寓意〔ぐうい〕でしょうか。 


本学   《 『中庸』 1 》     ( by 『易経』事始 )

● 中庸

・ 「」=人間社会は矛盾の産物、その矛盾(撞着〔どうちゃく〕)したものを結ぶ
   中す・中〔あた〕る ―― 融合・結合 ・・・ 限りない進歩・発展
   “これこそ絶対のもの” =“相反するもの” =“陰の極と陽の極”
   例 :男女が結ばれて子供が生まれる(未来に向かう進歩・発展)
   “神道〔しんとう〕” では “産霊〔むすび〕”/中す=結び・結ぶ・化成

・ 「」=つね・常・並・用いる、平正で常に変わらないこと

・ 「中庸」=常識(常識に適っている、中の精神)。ホド良く過不足のないこと。
  中程(真ん中)の意ではない。正しきをとって正しい向に向かわねばならない
    “折衷〔せっちゅう〕”・・・ 折は、くじく、悪しきをくじき正しきを結ぶ(安岡氏)
    “易姓革命〔えきせい〕” (孟子) ・・・ 中国では、ゼロにして又始めることのくり返し 
       cf. J.ロックの革命思想(抵抗権を認める社会契約説)
    “易世革命〔えきせい〕” (易の六義) ・・・ 世をかえ〔易〕るというより世を修(治)める

 

◎ ヘーゲル弁証法 参考図

ヘーゲル弁証法 参考図




cf.Hegel,W.( ヘーゲル ) ※ 観念弁証法
   Marx,K.( マルクス ) 唯物弁証法(唯物史観)
            ・・・ 弁証法 + フォイエルバッハ唯物論



※ ヘーゲル 観念弁証法

ヘーゲル 観念弁証法


● 「中和」=中と和、和 ・・・ 和合、調和すること

 ○ 「和〔わ・やわらぎ〕を以って貴〔たっと〕しとなし、忤〔さから〕ふること無きを宗〔むね〕とせよ。」
     (聖徳太子、十七条憲法 604年)
 ○ 「礼の用は和を貴となす」  (『論語』・学而第1)
 ○ 「礼は之れ和を以て貴しとなす」  (『礼記』・儒行篇)
 ○ 「君子は和して流れず」  (『中庸』)
 ○ 「喜怒哀楽の未だ発せざる、之を中と謂ふ。発して皆節〔せつ〕に中〔あた〕る、之を和と謂ふ。
    中なる者は、天下の大本〔たいほん〕なり。和なる者は、天下の達道なり。
    中和を致して、天地位し、万物育す。」  (『中庸』・朱子章句第1章2節)
 ○ 「過ぎたるは 猶及ばざるが如し」  (『論語』・先進第11) *陰・陽でも考えてみよう

 ※ 参考 酸(陽)とアルカリ(陰) ―― 「塩(えん)」 ・・・ 人体でも大切

 


易経      ―― 《 象による 64 卦解説 》 (其の4)    

下経

 

  (続き)

《 49 & 50 のペア 》

49. 革 【沢火かく】 は、あらたまる、かわる

● 改革・革新・変人・易道家、 革〔かわる〕=変革・Change : 破壊し捨てる、
革命 Revolution (クーデター・政変) と 維新 Evolution (進化・日々に新た・・・) 、互卦「天風姤」(秘密)    ※ 「大正」の語源 ―― (「大亨以正」)

cf. “易姓革命”(孟子):「姓を易〔か〕え命を革〔あらた〕む」 中国では ゼロにしてまた始めることのくり返し
        ※ J.ロックの革命思想(抵抗権を認める社会契約説)

易世革命”(易の六義):世をかえるというより世を修(治)める
5爻辞 :「大人虎変す」 面目一新、革命成功の時 (※陽爻)
上爻辞 :「君子豹変す」 行けば凶 (※陰爻)

■ 上卦兌沢で水、下卦離火で 1)水と火と消しあう(相剋)象(※水火の“中”す)
2)離の夏から 兌の秋の季節変化、動物の毛変わり
3)兌の金(属)を離火で熔かす(五行相剋)
4)二女同居してうまくゆかぬ象(離の中女の上に兌の少女がのっていて順序転倒 ―― 変化する、モメる、/矛盾をどう処理するか ―― 中す)

cf. 易道(占)家の良卦 (離は聡明・兌でインスピレーション、「変化」=易、易学は大化・維新の学、革命・改革する人・指導者、先天卦は「需」=儒者=易者 ?)

○ 大象伝 ;「沢中に火あるは革なり。君子以て‘暦’〔こよみ〕を治め時を明らかにす。」
(兌沢の中に離火がある。すなわち、水火相争いどちらが勝っても変わる象。〔対立する二物が並存して推移する象〕。この象にのっとって、君子は、指導者として暦〔農耕暦〕を正しく制定し、季節の四時の推移を明確に示したのです。)

50. 鼎 【火風てい】 は、かなえ

● 三者鼎立〔ていりつ〕、三角関係、養いのナベ(※「かなえ」は、古代中国の三本足の煮炊きする器)、仏教での線香立て(焼香の器) ?
三人で支え三人なら成就(三頭政治) ・・・三国鼎立(魏・蜀・呉)/三本の矢(毛利元就)/三本の剣(「ホラチウス兄弟の誓い」 ダビット)
「革は故きを去るなり、鼎は新しきを取るなり」(雑卦伝) :革は破壊・鼎は建設の意、“革鼎”革と鼎で革命は成功する ex. 信長―秀吉―家康 にて天下安定

■ 下卦が巽木、上卦が離火   1)木を以て火を燃やす象
2)火中に風木を入れて煮炊き〔烹飪:ほうじん〕する象
3)卦象は、鼎をかたどる。初爻は鼎の脚、2・3・4爻の3陽は腹(胴)、5爻は耳、上爻は弦
4)離は明知・明徳、巽は謙遜に順〔したが〕う。明知に順って行動する

○ 大象伝 ;「木の上に火あるは鼎なり、君子以て位を正し命を凝〔な〕す。」
(巽木の上に離火があるのが鼎です。君子は、この〔煮炊きする象にのっとるのではなく〕鼎の美しく安定した形体にのっとって、自分の位置するところを正して、天から与えられた命を成就〔凝す=成す〕するのです)
  


《 51 & 52 のペア 》

51. 震 【しん為雷】 は、うごく・おどろく     

八重卦(純卦)

● 洊雷〔せんらい〕、 雷また雷、音・電磁波・インターネット・Eメール・電子レンジ、
「震は、百里を驚かすも、匕鬯〔ひちょう〕を喪わず。」(卦辞) ;沈着と恐懼修省〔きょうくしゅうせい〕が必要

■ 震雷の上に震雷。震は、振であり動。天にあっては雷、地にあっては地雷。坤の地中に一陽が生じ、地を破って奮い動き出そうとする象。人では長子・後継者。
上下6爻 全て不応。

○ 大象伝 ;「洊〔しき〕りに雷あるは震なり。君子以て恐懼修省す。」
(震雷の上に震雷の象。この象のように、君子は、恐れ慎むことを忘れず、常々よく 徳を修め自分自身を修正し、省みるのです。)

52. 艮 【ごん為山】 は、とどまる     

八重卦(純卦)

● 兼山〔けんざん〕、兼山艮、 山また山、カベまたカベ、“表鬼門”( =丑寅〔うしとら〕 

cf. 鬼門は、気門・生門で 陰陽の気の交替の時であり、元気・生気すべての気が生じます)
“風林火山”の山;「動かざること山の如し」(『孫子』)、地震 ・雷の時は泰山・富士山のように どっしりと落ち着くこと。 「至善に止まる」(『大学』)

cf. 野中 兼山(土佐の人,浅蜊と蛤)、 片山 兼山(上野〔こうずけ〕の人)

cf. 児童心理学での 厳しい山=父のカベ的存在、“双子の黄色い山”=母への愛情への欲求(甘え)、乳房

■ 山また山(双子山)の象。人事では、止まって進まぬ進退、一陽が二陰の上に止まってこれ以上進めず止まっている象。隠居・分限に止まるの象。天に近いのが山 ・・・ 目立つ(出世)。少年同居の象にて無心に遊ぶ。

・ 上下 6爻すべて不応

○ 大象伝 ;「兼ねて山あるは艮なり。君子以て思うこと その位を出でず。」
(山また山でお互い交わらず、止まるべき所に止まっている。このように君子は、〔上にあれば上、下にあれば下で〕自分の職分・才能の分限に止まって、逸脱しないようにするのです。)

※ この一文は 『論語』にあります。「曾子曰く、君子は思うこと其の位を出でず。」
(憲問第14) ;(君子は思い慕うことが、己の本分・職分の外に出ない)


《 53 & 54 のペア 》

53. 漸 【風山ぜん】 は、少しずつ進む    

3吉卦・3大上爻、 愛情4(5)卦

● 正婚・正妻、 賓卦「帰妹」、“小を積んで大となす”、継続の吉
「女の帰〔とつ〕ぐに吉なり」(卦辞)
上爻 「鴻〔こう・かり〕逵〔き〕に漸〔すす〕む。」 ;水鳥が雲(高い天空)を飛ぶ
(意の如くなる)。

■ “山に植林する象”・“千里一歩の意”(新井 白蛾)
下卦が艮山、上卦が巽風・巽木にて
1) 山の上の木が、日を追って漸〔ようや〕く成長する象。
2) 〔男性(艮)が求め〕、女性(巽女)が落ち着いて(艮)求婚を待っている象。
3) 艮の家、その外に巽女が出て行く=嫁ぐ象。

・ 漸は、地天泰の3爻の陰と4爻の陽が交代し、それぞれ正位を得たもの

○ 大象伝 ;「山の上に木あるは漸なり。君子以て賢徳に居りて俗を善くす。」
(艮山の上に巽木が、居るべきところにあって高大であるのは、それが少しずつ成長発展していったからです。このように、君子は、その賢明なる徳を内に止め 漸次進歩発展し、善き風俗を形成するように〔民心に親しむように〕努め続けるのです。)

54. 帰妹 【雷沢きまい】 は、結婚(嫁入り)   

愛情4(5)卦、 帰魂8卦

● 自由恋愛・副妻・愛人、 女の生霊(ジェラシー)、 賓卦 「漸」
「帰妹は女の終りなり」(雑卦伝) ;女〔むすめ〕の終りで、人の妻としての始め
「征〔ゆ〕けば凶なり」(卦辞) ;64卦中 最も警戒を要する
4爻 “鶍〔いすか〕の觜〔はし〕の食い違い”、“待てば海路の日和あり”(晩婚)

■ “少女、男を追うの象” (白蛾)。 
下象・沢の陰気が上蒸して、上象・震の陽気が感じて動く象。 
1) 「漸」と反対で女性(兌)のほうから、〔悦楽の気分で〕男性(震)に婚を求めている象。
2) 2爻から5爻まで、位が正しくない。 
3) 柔(陰)が剛(陽)に乗じている ;(3爻の陰が初・2爻の陽の上に、陰の5爻・上爻が4爻の陽の上に乗って 〔女性が男性を凌いで〕いる。

○ 大象伝 ;「沢上に雷あるは帰妹なり。君子以て終わりを永くし敝〔やぶ〕るるを知る。」
(兌女、悦楽気分で上方の男性を追って失敗する。そこで、君子は、遠くを慮〔おもんばか〕り、物事〔結婚〕が末永く続くように、トラブルが生じることをよく察知して、始めによく深意・慎むように戒めるのです。)

※ 耳に痛い内容です。自由恋愛にせよ見合い結婚にせよ、この大象を よく玩味せねばならない現代の世相でしょう。(高根) 


《 55 & 56 のペア 》

55. 豊 【雷火ほう】 は、

● 豊大に富む、人生のまっさかり
※ 「豐」の字義 : 豆の字は 神前に供物を捧げる器具、上部は 山に木がたくさん茂っている象で、山のようにお供えを盛っている形です

■ 卦象は下卦離火・上卦震雷。
1)雷がとどろき、稲妻が光る象。 (音と光で豊大の極)
2)十分に出来た女性(離の中女)が立派に出来上がった男性(震の長男)に寄り添った象。
3)卦徳では、離は文(明徳・明知)、震は武(活動・行動)にて“文武両道”・盛大。

○ 大象伝 ;「雷電みな至るは豊なり。君子以て獄を折〔さだ〕め、刑を致す。」
(雷鳴と電光が共に至るのが豊の卦象です。このように、君子は、まず下卦の明徳・明知をもって〔訴訟の〕正邪曲直を正し裁定し、上卦震の行動をもって罪有る者には刑罰を執行するのです。)
 
56. 旅 【火山りょ】 は、旅立ち

● 修行の旅、行かねばならぬ旅、孤独な旅人  ※「旅」=進む道の意
芸術・学術・医術など精神的のことは吉

cf. 杜甫、松尾芭蕉〔ばしょう〕・『奥の細道』、 留学 ・・・・ 空海ら(遣唐使節)
坂本竜馬 :“人の言うにまかせよ、我行く道は我のみぞ知る”

■ 下卦 艮山で上卦 離火。   1)山上の火が燃え移って一ヶ所に止まらぬ象。
2)山をめぐって太陽が移り進む象。
3)豊が幽居の象であるのに対して、旅は郷里を離れた外遊の象。
4)下卦艮から上卦離に向かうから、朝から日のある中〔うち〕に旅行する象。
5)止まって(艮)明に麗く(離)から、日暮れになれば、灯火・明らかな館に宿泊する象。 だから、「小しく亨〔とお〕り、貞なれば吉。」(卦辞)

○ 大象伝 ;「山上に日あるは旅なり。君子以て明らかに慎んで刑を用いて獄を留めず。」
(艮山の上に離火があり、燃え移り久しくは留まらないのが旅の卦象です。また、離の明知・明察と艮の断行を意味しています。これにのっとって、君子は、刑罰には明察をもって 慎重の上にも慎重を期し、裁くべきは裁き 訴訟を留めておくようなことはせず、断行するのです。)

cf. (2009現在) 死刑判決確定後の再審請求により(DNA鑑定などで)、無罪(冤罪)となる場合が問題となっています。また、長い期間の審議・裁判も問題です。(高根)


《 57 & 58 のペア 》

57. 巽 【そん為風】 は、したがう。 伏入。    

八重卦(純卦)、 重巽、 随風巽

● 風のように従い従う、風のたより(郵便)、「大人を見るに利〔よ〕ろし。」(卦辞)

cf. フィトアロマテラピー〔植物芳香療法〕の卦 (風―香りー鼻の象) (by.高根)
イソップ 寓話 ・・・ “樫〔かし〕とアシ”・“北風と太陽”

■ 巽は 風・伏入・命令・謙遜に順うの意。どこへでも柔順に入り込んでいく象。
互卦は「火沢睽〔けい〕」であるから、内心背き離れるの意をふくむ。

・ 巽〔したが〕うの2つに意味 : (1)下の者が上の者に巽う  (2)上の者が下の者に巽う (ex. 現代の民主政・選挙 ・・・世論に巽う? 教師が生徒・保護者の要望に巽う教育?それが良いことでしょうか?

・ 初爻・4爻の陰が主爻で、2爻・5爻(中正)の大なる陽に巽順している。

○ 大象伝 ;「随〔したが〕へる風は巽なり。君子以て命を申〔かさ〕ね事を行う。」
(巽為風は、風のあとにまた風が随〔したが〕って吹いている象です。この象にのっとって、君子は、命令が行き渡るようにくり返し丁寧に説き示し〔説明責任を果たし〕、手落ちなくして後実施するのです。〔そうしてこそ、民は皆風のように従い従うのです。〕)
 
58. 兌 【だ為沢】 は、よろこぶ。     

八重卦(純卦)、 麗兌、 麗沢兌

● 悦び・また悦び、“笑う少女”の象、神職・医業(得に歯科)は吉、講習・セミナー、飲食・社交性、女難・色難・Sex

cf. 男の兌・笑う ・・・ 男性苦笑い(仕方がない)、男は苦しい時 笑わねばならない (高根)
「男というものはつらいもの、顔で笑って腹で泣く」 (フーテンの寅さん)

■ 兌は沢。沢は、草木の茂る湿地、止水のあるところ。すべての生物は沢をより所として成長し、悦び、楽しむ。潤沢。季節は秋・実りの秋。
“少女笑う象”(白蛾)、口を開いて笑う・語る象、乙女相随って笑い語る象。

○ 大象伝 ;「麗沢〔りたく :麗は附くの意〕は兌なり。君子以て朋友講習す。」
(沢が2つ並んでいるのが兌の卦です。お互い和悦の心を持って、潤し益し合うのです。このように、君子は、朋友とお互い講習し〔勉学にいそしみ〕潤沢し合って向上し合うように心がけねばなりません。)

cf. 慶応義塾大学 :お互いが教えあった伝統から、今でも「君」づけで教師を呼んでいます(「先生」といえば 福沢諭吉です)


《 59 & 60 のペア 》

59. 渙 【風水かん】 は、散る、離れる

● 散る、離れる。水上の風、吉凶共に散らす、善悪の二面あり
「王有廟にいたる」(卦辞);(民心が渙散せぬよう、万民の艱難が渙散するよう祈る)

・ 兌沢で朋友講習し、各々四方に渙散し大業を成す。やがて結集・結実する。

cf. 幕末〜維新の三大学塾 : 山口・萩の“松下村塾〔しょうかそんじゅく〕”(吉田松陰)、大阪の“適塾”(緒方洪庵)、大分の咸宜園〔かんぎえん〕(広瀬淡窓)。その俊英たちが四方に散って、〔明治維新の〕大業を成しました。

■ 下卦坎水の上に、上卦巽風があり   1)風、水上に在って水を吹き散らす象。
2)風=木 = 舟、帆を張って水上を行くの象。
3)下卦坎の寒気が、上卦巽の春風によって渙散、冬のなごりを春風で吹き散らす(春一番)象。
4)人事では、坎の艱難が、巽の新風によって渙散し、新たなスタートの象。

・ 渙は、「天地否」(天地閉塞)の4爻の陽が2爻に来て、坎水となり、2爻が4爻に位を得て巽風となったと考えられます。天の気 下って雨となり、地の気 昇って風となり、天地の閉塞が渙散するのです。

○ 大象伝 ;「風の水上を行くは渙なり。先王以て帝を享〔まつ〕り廟を立つ。」
(下卦坎の水上を、上卦巽風が吹いて水が飛散するのが渙の象です古の天子は、この象を観て、〔渙散することがないように〕上帝を祭り、廟を建てて祖霊をお祭りして、人心を萃〔あつ〕めるように努められたのです。)

60. 節 【水沢せつ】 は、竹のふし (節は“たけかんむり”)

節目〔ふしめ〕、節度・節制・節操、志節・志操、ダム・・・「止まるなり」(雑卦伝) 
※ 物事ホド〔程〕良く節すれば亨〔とお〕る

cf.“節から芽が出る” ( 教派神道ex.竹のふし、ハスの地下茎など)、 音楽の楽節、
「雁書」・・・ 蘇武〔そぶ〕の“節”

■ 下卦が兌で、上卦が坎水。坎は水で通ずる。兌は止水で止める。竹は、中は空で通じているが止まるところがある。

沢上に水をたたえた象。(※ ―― 水 涸れれば「困」となり、溢れれば「大過」となる。水を調節するダムの作用が「節」 )

・ 5爻は陽剛・中正な天子、2爻は剛健な賢臣が中爻にあって陰柔に流れることを防ぎ、天子と同徳相通じて中庸の節を実現している

○ 大象伝 ;「沢上に水あるは節なり。君子以て数度を制し、徳行を議す。」
(下卦兌沢に程よく上卦坎の水が蓄えられ、ダムのように調整されて安泰な象が節です。このように、君子〔人君・リーダー〕は、もろもろの事柄に制度や規則を定め、人倫の節を説き示し、人〔人臣〕の才知力量・徳や行いを協議〔し任用〕するのです。)

※ 数度 = 礼制・礼数法度〔れいすうはっと〕 :数は多寡、度は法制

cf. 「有子曰く、礼は之れ和を用って貴しとなす。先王の道、これを美となす。小大之に由る。行はれざる所あり、和を知って和すとも、礼を以て之を節せざれば、亦行はるべからざるなり。」 (『論語』 学而第1)


《 61 & 62 のペア 》

61. 中孚 【風沢ちゅうふ】 は、まこと・信にあたる。   

遊魂八卦、 大卦(大離)

● 愛情、“キス・オブ・ファイアー”、からっぽ〔空虚〕、「豚魚にして吉なり」(卦辞)
※ 「」の字義は、爪の下に子がある形、親鳥が爪で卵を抱いている象形。
※ 「豚魚」 ・・・ (1)豚や魚にまで及ぶ。   (2)豚・魚は貧しい人のお供え。
(3)江豚、すなわち黄河イルカ (兌の水中にあって風に口を向けるいるか)。

■ 下卦に兌沢、上卦に巽風。風と水という自然の相応は、人の虚心な信〔まこと〕
1) 沢の口と風の口と相接する(巽=倒兌/大離)、口移しの象、“火の接吻”の象
※互卦は「山雷頤〔さんらいい〕」で、親鳥がくちばしで雛鳥の口にエサを与える象。
2) 親鳥が爪で卵を抱いている象。「孚は卵なり」(4個のタマゴ・・・3・4爻の陰?)
3) 卵の象。3・4爻の陰は 土で黄色から黄味、2・5爻は白味、初・上爻はカラ、陽は円く固く 色は白だから。
4) 舟(風木)沢上を行く象。

○ 大象伝 ;「沢上に風あるは中孚なり。君子以て獄を議し、死を緩〔ゆる〕す。」
(巽風は兌沢上を無心に吹き渡り、沢水はその風に無心に随って波立ちます。この象にのっとって、君子は、孚の心によって刑罰の理非曲直を十分に審議し、あえて厳罰〔死罪〕を科すことなく、寛大に更生の道を開いてやるのです。)

62. 小過 【雷山しょうか】 は、少しく〔陰に〕過ぎる   

遊魂八卦、 大卦(大坎)

● “飛鳥 山を過ぎるの象”(白蛾)、“安分知足”(分に安んじ足るを知る)の意、
「小事には可なり、大事には可ならず。飛鳥これが音を遺〔のこ〕す。」(卦辞)
(上るには宜しからず、下るには宜し、安分知足、謙虚・控え目であれ)

■ “飛鳥 山を過ぎるの象”(白蛾) 倒艮、艮
下卦艮山の上に震雷が鳴っている形  1)山は大、雷は小にて小過。
2) 4陰 2陽、陽は大で陰は小にて 陰が過ぎている(小過)の象。人では陰の気過ぎ、国家社会では小人が大人より過ぎている。
3)飛鳥の象。・・・ 3・4爻の陽爻が胴体、上下の 4陰が広げた翼。

○ 大象伝 ;「山上に雷あるは小過なり。君子以て行ないは恭に過ぎ、喪は哀に過ぎ、用は倹に過ぐ。」
(艮の山の上に雷が鳴り渡っていますが、その音の程度は 小〔すこ〕し過ぎているだけです。この象にのっとって、君子は、日常の行いはむしろ恭敬に過ぎるほどに慎み、喪では哀しみ過ぎるほどに悼み、日用の出費は倹約に過ぎるほどに節します。〔恭・哀・倹に過ぎることは、小過の卦義によく適っているのです。〕)

cf. 寸暇を惜しんで、過ぎるほどに学びたいものです! (高根)


《 63 & 64 のペアー 》

63. 既済 【水火きさい/きせい】 は、すでに成る、ととのう

● 「既〔おわ〕り 済〔す〕む」、“有終の道(美)”、成就・完成、ジ・エンド 〔THE  END〕、 不良、 「初めは吉にして、終わりは乱る」(卦辞)
“月満つれば欠ける”・・・変化に備えること、 先天卦「地天泰」・・・泰平の世も永くは続かない
・ 初爻辞 「その輪を曳〔ひ〕き、その尾を濡らす。咎なし。」 ―― 64未済辞解説参照のこと

■ 上卦 坎水、下卦 離火
1) 6爻全てが正しい位にある。下卦の中爻には陰爻、上卦の中爻には陽爻が位置している。 正位・中正・正応・正比。 64卦中唯一の完全なる卦象
※互卦をみると「未済」を含む
2)火は下(卦)より炎上し、水は上(卦)より潤下する。水火相交わり、各々その用を済〔な〕す。  ex. 火と水で湯が沸き、料理が出来る
3)火に水を注いで、火の消える象。 夫婦不和の象

○ 大象伝 ;「水の火上に在るは既済なり。君子以て患を思いて豫〔あらか〕じめこれを防ぐ。」
(水の性は潤下し、火の性は炎上し、相交わり相資って用を済す卦象です。しかし同時に、バランスを崩すと水・火相剋し滅ぼしてしまいます。この象にのっとって、君子は、その後の憂患すべきこと困難を慮って、あらかじめそれを防ぐ手立てを講ずるのです。)
※ 「患を思う」は坎難の象、「豫め防ぐ」は離明の象

64. 未済 【火水みさい/びせい】 は、未完成      

64卦 最終卦

● 最終の卦=人生に完成はない、 無終の道=循環・無始無終、 
  ―― 「物に本末あり、事に終始あり。」 (『大学』 始終ではない)
  英語の「卒業」“Commencement ; コメンスメント”は、始まりの意
先天卦 「天地否」 ・・・「泰」・「否」の相対
“花落ちて実結ぶの意”(白蛾) :後に楽しみあり ―― 中論 /
  ヘーゲル弁証法の「合」〔ジンテーゼ〕/アウフヘーベン〔止揚・楊棄・中す〕
「小狐ほとんど済〔わた〕らんとして、その尾を濡らす。」(卦辞)

※ 未済初爻にも「その尾をぬらす」とある、    小狐=子狐、 狐は坎の象
  「済」の字義:(1)わたル、わたス ・・・(川を)渡る、渡す
  (2)なス、なル ・・・なしとげる、できあがる
  (3)すくウ ・・・救う、助ける

cf.チャーハン、準備万端ととのったり ーーあとは炒めるだけ
エジソン、“99%の努力と 1%のインスピレーシヨン” ーー大事なのは、1%のほう!

■ 上卦 離火、下卦 坎水
1) 6爻全てが、陰陽逆で正位を得ていない。下卦の中爻の陰位には陽爻が、上卦の中爻の陽位には陰爻が位置している。しかし、全て正応・正比。
※ 互卦は「既済」、未済の中に完成の意を包む
2)上卦の火は上にあって炎上し、下卦の水は下にあって潤下する。水火交わらず用を成さない象。
3)光明(離)を望んで険(坎)を済〔わた〕る象。
4)女性上位の象。 ( ※「地天泰」も女性上位)

○ 大象伝 ;「火の水上に在るは未済なり。君子以て慎みて物を辨〔べん〕じて方〔ほう〕に居〔お〕く。」
(火の性は炎上し 水の性は潤下するので、両者は相交わることなく、功用を発揮することが出来ず物を済わせない象です。しかし反面で、火・水は、相異なるものとして居るべき所に存在している象でもあります。この視点にのっとって、君子は、慎重の上にも慎重にもろもろの事物を弁別して、それぞれをその居るべき場所・位地・方位に置くのです。)


§. “〔 Dragon ; ドラゴン〕” から “小狐〔 Little Fox 〕” ・・・・・

◎ 『易経』も『論語』も ーー 無始無終円通自在
 
「未済はまた新たな咸を体することであり、乾を始めることでもある。かくして、ずっと限りなく循環していく。無始無終であり、無限の循環は尽きることがない。我々はここに六十四卦の偉大な循環連鎖をみることができるのであって、これがいわゆる『大易』というものです。」
                             ( 安岡 正篤 『易と健康(上) 易とはなにか』 )

                                              (以 上)


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第十八回 定例講習 (2009年2月8日)


第十八回 定例講習 (2009年2月)



孝経   ( 紀孝行章 第10 ― 《1》 )

 “ 子曰く、孝子の親に事〔つか〕うるや、 〔きょ/おる〕には則ち其の敬を致し、 〔やしない〕には則ち其の楽〔たのしみ〕を致し、 〔やまい〕には則ち其の憂〔うれい〕を致し、 には則ち其の哀〔かなしみ〕を致し、 〔まつり〕には則ち其の厳〔げん〕を致す。  五者備わる。 然る後、能く親に事うるなり。”

 《大意》 孔先生がおっしゃいました。「孝行な子が親につかえるには、どのようにすべきだろうね。ふだん(親が)家に居〔い〕るときには心から敬意を尽くし、(衣食日常)養うときには心から楽しんで(うれしそうな顔つきで)するようにし、病気のときには心から心配し、(もし)亡くなったときには心から哀〔かな〕しみ、御霊〔みたま〕を祭るときには心からおごそかにする、ということが大切だね。この 5つの善い事ができてはじめて、子として親へのつとめを果たしたということができるのだよ。」

 ● ・ 「紀」=記 に通じて、記録するの意。孝行についてのことを紀〔しる〕す章。
     孔子が具体的なアドバイスとして、5つの善事の奨励、3つの不善の戒めを述べられました。
    ・ 「居・養」=親が元気であるときの、現実生活の基本として《敬》と《愛》のことを述べています。

 ○  「子曰く、生けるにはこれに事〔つか〕うるに礼を以てし、
     死すればこれを葬〔ほうむ〕るに礼を以てし、これを祭るに礼をもってす。」 (『論語』・為政第2)

論語

 「 過ぎたるは 猶〔なお〕及ばざるが如し 」 (先進第 11 −16)

 “”は、代表的な再読文字で“なお 〜 ごと シ”と、二度読みます。再読文字の学習の意味からも、漢文でよく出てくる おなじみの一節です。

 《大意》 やり過ぎるのは、やり足りないのと同じようなものだ(どちらもよくない)の意です。過不足のない、中庸〔ちゅうよう〕 を得ていることが大切であることを述べた章です。 孔子に問うた 子貢は、やり過ぎた(師〔子張〕という弟子)のほうが、及ばぬ(商〔子夏〕という弟子)よりもよい(マシ)と思ったようですね。それに対する孔子の答えがこれです。

私は、以上の一般的説明の後で、学生に“皆さんはどう思いますか?” “孔子の真意はどうなのでしょう?”と問いかけることにしています。(例えば、言い過ぎて人を傷つける場合と 言うべきことが言い足りない場合との比較です)
学生達の答えはさまざまですが、私は“孔子は及ばないほうが優れていると考えている”と思います。徳川家康も同じ捉え方のようで、「東照君遺訓」の中に
「人の一生は 重き荷を負うて遠き道を行くがごとし。 ―― 及ばざるは 過ぎたるに勝れり。」とあります。
 
 

本学    《 中庸 入門 》    ( by 『易経』事始 )

‘ (I am the sun god, Apollo. )
Think of the responsibility I have !  The skies and the earth must receive their share of heat.  If the chariot goes too high, the heavenly homes will burn.  If it goes too low, the earth will be set on fire.
I can not take either of these roads.  There must be some balance.
This is true of life, itself.  The middle course is the safest and best. ’

〔 Phaёthon “ Popular Greek Myths” 〕

《大意》 「(私は、太陽の神・アポロである。) 私が担っている責任の重さを想ってもみよ! 天と地には、それぞれ相応の熱を与え得ねばならぬのだ。もし、(太陽の2輪)馬車の運行する道筋があまり高すぎれば、天の御殿が燃えてしまうだろう。低きにすぎれば地上は火事となるだろう。
私は、そういう(2つの極端な)道をとるわけにはいかぬのだ。 それなりのバランスというものをはからねばならぬのだ。 このことは、人生そのものにも当てはまる。 中庸の道こそが最も安全で、また善き道なのだ。

〔 パエトン・『ギリシア神話』 〕


§.「中(ちゅう)」の思想 (『中庸』・中道・中徳・中の説…中の学問・弁証法

○ 「そこで、この陰陽相対性理法によってものごとの進化というものが行われるのですが、
  この無限の進化を『中』という。だから易は陰、陽、中の理法であり学問である。」
   (『易とはなにか』、安岡正篤)
○ 「中行にして咎无(とがな)し」 (『易経』・夬九五)
○ 「子日く、中庸の徳たる、其れ至れるかな。民鮮(すく)なきこと久し。」 (『論語』・雍也第6)

(中庸ということの道徳としての価値は、最高のものであるなあ。しかしながら世が末世になって、中庸の徳の鮮ないことはもう久しいことだなあ。)
    
・ 易は、「 中=むすび 」である。 
  易の最も重視するものが “時中(時に中す)” = 中道に合致すること。 ※時中=中節
・ 東洋の儒教、仏教、老荘―(道教) ・・・は、すべて中論   
・ 西洋の弁証法(論理学の正・反・合) ―― ヘーゲル弁証法、アウフヘーベン(止揚・揚棄)

● 中=「むすび(産霊)」・天地万物を生成すること   

  ○ 「天地因縕〔いんうん〕として、万物化醇す。男女精を構(あ)わせて〔構=媾精〕,万物化生す。
    易に曰く、三人いけば一人を損す。一人行けば其の友を得、と。致一なるを言うなり。」 
    (繋辞下伝)
    (天地も男女も二つ〔ペアー〕であればこそ一つにまとまり得るとの意)
  ※ 参考 ・・・ 日本の「国学」、神道(しんとう)、随神(かんながら)の道
     ―― 天御中主神 〔あめのみなかぬしのかみ〕;天の中心的存在の主宰神
   
● 中=なか・あたる、「ホド(程)」、ホドホド…あんばい(塩梅・按配)する、良いあんばい、調整、
   いい加減=良い加減=中道・中庸、 中庸は天秤〔てんびん〕=バランス=状況によって動く
   ♪“ホドの良いのにほだされて…”(「お座敷小唄」) “千と千尋の神隠し”の「中道」行き電車、
   “ヴントの中庸説”、 入浴の温度、 飲み物(茶・酒)の湯加減、 
   スポーツ競技での複数審査員の合算評点法 ・・・ etc.

  1)静的(スタティック・真ん中)なものではなく、動的(カイネティック、ダイナミック)
  2)両方の矛盾を統一して、一段高いところへ進む過程、無限の進化
     例 ―「中国」、「中華」、「黄中」、「心中〔しんじゅう、心・中す、=情死〕、「折中」
   ※ 参考 ―“中(なか、あたり)” さん〔人名〕、大学・中学・小学、「中学」は違う!


 ◎ 中庸参考図 (棒ばかり)

棒ばかり
 


 

 

易経      ―― 《 象による 64 卦解説 》 (其の3)

下経

※ 上経は乾&坤、下経の冒頭は咸&恒。(上経の「屯」にあたる)
 「乾坤2卦が 天地万物を創るのと同じく、咸恒2卦から人生万般の問題が生まれる。」
  (『易と健康(上) 易とはなにか』)


《 31 & 32 のペア 》

31.咸 【沢山かん】  は“”。

愛情4(5)卦〔咸・恒・漸・帰妹・(姤)〕、 包卦(坤中に乾)

● 感じて応〔こた〕える、 恋愛の卦、“咸臨丸”スタート、「女を取〔めと〕るは吉なり」(卦辞)

■ 恋愛=男女(艮と兌)の相思・相愛。陰陽が互いに引き合い感じ合う象(艮と兌が表裏をなす)。男性(艮の少年)が 下にあって女性(兌の少女)に想〔おもい〕をよせる象。山と沢は 相互に感じあって相補うもの(艮山の気は下がり、兌沢の気は上がり交わる自然の咸の象)。

○ 大象伝;「山上に沢あるは、咸なり。君子以て虚にして人を受く。」
(自然界で、兌沢の水は 下って艮山の土を潤し受容されます。人間界では、山の高きをもって沢の卑〔ひく〕きに下るのです。このように君子も、おのれの心を空しくして、先入観なく 素直に人の言葉・誠意を受け入れるのです。)

32.恒 【雷風こう】 は恒常・久しい。

愛情4(5)卦、 包卦(坤中に乾)

● 幾久しく変わらぬ愛情、結婚・夫婦の卦

※「亘」(わた・る)の字義 :下の「一」は地平線・日は太陽・太陽が地平線から出て昇って沈む(その動きが上の「一」)を表している

cf. 孟子の“恒産〔こうさん〕”(安定した収入)

「曰く 恒産無くして恒心有る者は 惟〔これ〕士のみ能くすと為す。民の如きは則ち 恒産無ければ因りて恒心無し。苟〔いやしく〕も恒心無ければ放・辟・邪・侈・無さざる無し。」  (『孟子』 梁恵王下)

■ 結婚・夫婦 = 成男と成女(震と巽)との相愛。若者(艮)は夫(震)となり 少女(兌)も婦(巽)となり、位置も夫が外・上(卦)になり 婦が内・下(卦)と変わっています。 夫は外に向かってよく働き 婦は内でよく随〔したが〕っています。 各爻の陰陽が正しく応じています。

○ 大象伝;「雷風は、恒なり。君子以て立ちて方を易〔か〕えず。」
(自然界で、雷と風が上下あるべくあって 助けあって万物を化成してゆきます。このように、君子も 自らの立つべき所に自立し、自分の進むべき進路、方向・方針を変えないのです。)

cf.“ Hic Rodhos, Hic Salta!〔ここがロドスだ ここで跳べ!〕” (ヘーゲル)


《 33 & 34 のペア 》

33. 遯 【天山とん】 は逃れ退く

精神性3卦 (観・无妄・遯)、大卦(大巽)、消長12卦 (7月)

● 解脱〔げだつ〕達観、「時と與〔とも〕に 行うなり」(彖伝)、孤高、天国、“壺中〔こちゅう〕の天

cf.朱晦庵〔しゅかいあん〕 = 朱子(朱熹)が自ら 「遯翁」と号す 

※ 明夷は地中に追いやられ、遯は 高地にいる 

■ 山の上に天。
1)乾の君子が高地(艮山)に 隠遯 している象。
2) また 二陰の小人(初爻と2爻)が勢いを増して陽の君子が押されていく、が 「天地否」には至らぬ)象。

・ 2爻と5爻が正応。

○ 大象伝;「天の下に山あるは、遯なり。君子以て小人を遠ざけ、悪〔にく〕まずして厳しくす。」
(山は天に迫ってそびえていますが、山高くとも天にとどかずです。この象にのっとって、君子は、小人を遠ざけるのに、憎しみをもってではなく 自然に近づくことが出来ないように、自分を厳正にすることが大切です。)

34. 大壮 【雷天たいそう】 は、陽(大)気壮〔さか〕ん

大卦(大兌)、12消長卦 (3月)

● 青信号・進めの卦、牡羊登場(3爻)突進・上爻身動き出来ない、猪突猛進

■ 上卦(震)・下卦(乾)ともに陽であり、雷が天上に鳴り 剛健にして動き 陽気壮んの象。初爻から4爻まで陽で、君子の道が長じている形。 地天泰の一段進んだ形。

○ 大象伝;「雷の天上に在るは、大壮なり。君子以て礼にあらざれば 履〔ふ〕まず。」
(震雷が乾の天上に鳴っています。万物を生成するとともに、パワー〔威力〕を示しているのです。この象のように、君子は、克己し 礼に外れた行動をするものではありません。)

※ 乾天 = 礼儀(公明正大)、  震雷 = 履む

cf.「礼は 天の経なり、地の義なり、民の行いなり」 (『春秋左氏伝』)

《 35 & 36 のペア 》

35.晋 【火地しん】 は、すすむ

三吉卦、遊魂八卦、高根流 日の4(5)卦 〔升・晋・賁・明夷・(大有)〕

● 地上(真上)の太陽、中年壮年、昼、晋(すすむ)・進め(5爻)、 
4爻 大ネズミ登場(鼫鼠;〔せきそ〕、 384爻のうち最悪人の意)

cf. 人名 ・・・ 安倍 晋三 元総理、 高杉 晋作

■ 地(坤)上の太陽(離)にて、太陽が地を照らしている象。臣下が、大明・明徳の天子(君主)に 付き従う象意。

○ 大象伝;「明 地上に出づるは晋なり。君子以て自ら明徳を昭〔あきら〕かにす。」
(離明の太陽が、昇り進んで 地上を照らしています。この象のように、君子は、自らが持っている明徳を輝かせるよう努めるのです。)

cf.「大学の道は 明徳らかにするにあり」 (『大学』)

36.明夷 【地火めいい】 は、明るいもののやぶれること

遊魂八卦、高根流日の4(5)卦

● 地中の太陽、“君子の道 閉ざされ、小人はびこる”、夕暮れ、夜の卦

cf.“天の盤戸〔いわと〕開き”、ヨーロッパ中世の“暗黒時代” ―― ルネサンスで復活、「地雷復」の卦

※ 今の時代 = 徳のない時代、蒙〔くら〕い時代

■ 地(坤)中の太陽(離)にて、正しきものが 傷つけられ やぶられる。夜の象。正論の通らぬ時代。“暗黒時代” 。

○ 大象伝;「明の地中に入るは明夷なり。君子以て衆に莅〔のぞ〕み、晦〔くら〕きを用いて(しかも)明らかなり。」
(離明が地中に入っています。この象にのっとって、君子は 衆民に臨むにあたり、あまり細かいことに立ち入らず、聡明さを隠しておき 衆民を親しませます。それでいて、内には 明徳・明察を失わないようにするのです。)

※ 晦〔くら〕い処にいて、明るい方をみれば、すべてが はっきり見えます。自分自身は、目だたぬようにしましょう。

cf.馬鹿殿 (馬鹿になれる殿 = 名君)、班超(―― 細かいことは言わぬ。“虎穴にいらずんば虎子を得ず”)


《 37 & 38 のペア 》

37.家人 【風火かじん】 は、家庭の人・家族 

包卦(乾中に坎)

● 家庭の平和・調和、家を斉〔ととの〕える道(家庭の平和は女が貞正に婦道を守って実現)、男の発展・女の縁談

4爻・・・女性しっかりして大吉(陰爻)    5爻・・・男性しっかりして大吉(陽爻)

※ 火は物事を進めるエネルギー、文明のみなもとは 「」と「石のカケラ

■ 1)風(巽)が火(離)を燃やす。  2)長女(巽)と次女(離)並ぶ象。 
 3)下卦の離女が、巽女の下位で柔順に随〔したが〕っていて、長幼の序 正しき象。

・ 離の主爻 2爻は(陰爻を以て陰位にいて) 中正を得、巽の主爻  4爻も陰爻で陰位に 正位している。 5爻も、陽爻陽位にて 正位。

○ 大象伝 ;「風の火より出づるは家人なり。君子以て言には物あり。行いには恒〔つね〕あり。」
(巽風・離火は、火が燃えて風が生ずる象。このように君子は、言〔ことば〕には、それ相応の法(理由・実体)があるべきで、行ないには徳にのっとった一定の方針を持ち、不変性・恒久性を持たなければなりません。)

cf. 現在、本来の意味での家庭・家族が崩壊して、ただ同居生活しているだけになりつつあると思います。(高根)

38. 睽 【火沢けい】 は、そむく・異なる。

包卦(乾中に坎)

● 嫁と姑、二女反目。女性同士の背反 (先天卦「訟」は 男性同士の背反)。
   「小事に吉なり」(卦辞)

■ 1)二女反目 :姑〔しゅうとめ〕と嫁 (離女と兌女)、下卦(内卦)の兌女は内に留まって悦び、上卦(外卦)の離女は うとんざれて外に行こうとしている象。
2)火と水で背反 :上卦の離火は 燃えて上へ昇り、下卦の兌沢は流れて降り、乖〔そむ〕き離れる象。

・ 中庸の徳をもって、2爻、5爻の中爻は 相応じている。兌の和悦をもって、離の明徳に付き従ってゆく、と捉えられます。

cf. 「睽」のへんは「目」で離・陽の火、右側は「癸」で陰の水。

注) 五行思想では、水と火は 相剋〔ライバル関係〕です。 が、易では水と火の相対立するものを止揚 〔中、アウフヘーベン〕して、価値の高い 新しいものがうみだされると考えます。(元来 天地万物、皆 矛盾するところがあります。)相反し、剋し合っておわるものではありません。 例えば、水と火でお湯が沸き生米から 美味しいごはんを炊くことができます。

○ 大象伝 ;「上に火、下に沢あるは睽なり。君子以て同じくして異なる。」
(上卦に離火、火卦に兌沢があり そむきあっている。この象のように、君子は その志すところは一〔いつ〕ですが、水火・陰陽のように表面的なものは同じではありません。大同の中の異なるもの、を知っておかねばなりません。)


《 39 & 40 のペア 》

39. 蹇 【水山けん】 は、足の不自由・行き悩む

3(4)難卦、包卦(坤中に離)

● 寒さに足が凍えて進めない、足止めストップ、「西南に利ろし」(卦辞)、「難〔むずかし〕きなり」(序卦伝)

cf. 『蹇蹇録〔けんけんろく〕』 (陸奥宗光〔むつむねみつ〕) ―― “蹇蹇匪躬〔けんけんひきゅう〕”(みのことにあらず : 自分の名誉や富貴のためではなの意)。

「四面楚歌」( 『史記』 ・“時利あらずして騅〔すい〕ゆかず” 〕。
“艱難〔かんなん〕、汝を玉にす”

■ 自然界では、手前に艮の山、向こうに水の険難、2・3・4爻も坎を形づくり険   難が重なっている形。前途の坎険に対して、艮の足止めストップするのがよい。
「険(上卦の坎)を見て能く止まる(下卦の艮山)、知なるかな。」(彖伝〔たんでん〕) また、坎を冬とし 艮を山とするので、冬山で行き悩むの象。

○ 大象伝 ;「山上に水あるは蹇なり。君子以て身に反〔かえ〕りて徳を修む。」
(艮山の困難の上に 更に坎水で、上下共に行き悩む。このような時に、君子は、ただわが身に反〔かえ〕って 省みて、ますます徳を修めることで解決をはかるのです。)

cf.「行なひて得ざるものあれば、皆反りこれを己にもとむ」 (『孟子』・離婁上)

40. 解 【雷水かい】 は、とける・ちらす

包卦(坤中に離)

● 春の雪解け。(1)悩みが解ける・解決 と (2)解約・解消の二意があり解釈は難しい。「渙」も散らすの意。

■ 1)雷(震)と水(坎)で、雷雨の象。=巣籠りの虫が這〔は〕い出し、啓蟄〔けいちつ〕。
2)下卦の坎は艱難・冬・寒、上卦の震は活動・春・スタートの意。 
3)「蹇」の処置よく 「蹇」の外に出た象。 
4)坎の冬の苦しさから脱し 春到来の象。 
5)坎水の険難凌いで(解消して)、その外に動く(新たなスタート)の象。

○ 大象伝 ;「雷雨作〔おこ〕るは解なり。君子以て過を赫〔ゆる〕し罪を宥〔なだ〕む。」
(雷雨起こり、天地の閉塞を解消して新たに生命が活動・生長する。このように、君子は時機をみて 過失をおかした者を赦〔ゆる〕し、罪をおかした者も寛大な処置をとり、人心を一新 のびのびとするようにはかるのです。)

cf. 「稲妻〔イナズマ〕」: 古代人は、雷によって陰陽交流し、稲が実ると考えました。


《 41 & 42 のペア 》

41. 損 【山沢そん】 は、へらす 

包卦(乾中に坤)。

● “損益の卦”、上経の“泰否の卦”と好一対、賓卦 「益」、 「遜」にも通じへりくだり奉仕する、“損して得とれ”、“ Give and Take ”―― まず与える 易は損が先、 正しい投資

5爻 「十朋〔じっぽう〕の亀〔き〕」(神占をするための高価な霊亀)登場、元吉

cf. 貝原 益軒・・・ 84歳で死ぬ1・2年前に 「益軒」を名のる、それまでは「損軒」

■ 沢は地表面が減損したものですから、沢が深いほど山は高い。
1)地天泰であったものが、3爻の一陽を減らして上爻に益した象。即ち、内を損して外を益した象。 
2)外、私の心を去って動ぜず(艮山)、内、悦んで(兌沢)修養努力する象。

○ 大象伝 ;「山下に沢あるは損なり。君子以て忿〔いか〕りを懲〔こ〕らし欲を〔ふさ〕ぐ。」
(沢は地表面が減損して、それが山となっている、自然の理です。そこから君子は、損することの道理を悟り、自分を抑え怒らぬように節制し、私欲・欲望を抑え 塞ぎ止めるようにするのです。)


42. 益 【風雷えき】 は、ます・ふやす

包卦(乾中に坤)

● 益する道、損(正しい投資)があって益あり、  賓卦 「損」
「損して已〔や〕まざれば必ず益す」(序卦伝)、 2爻 「十朋の亀」、永貞吉

■ 1)動いて(震雷)従う(巽風)象。   2)上より下にくだる。 「否」の4爻と初爻が入れかわったもので、上を損じて下を益すの象。 
3)雷(震)の裏卦が風(巽)で、陽陰共存の象。

○ 大象伝 ;「風雷は益なり。君子以て善を見ればすなわち遷〔うつ〕り、過ちあればすなわち改む。」
(風と雷は、互いに助け益します。そのように 君子は、自分の徳義が益するように、善いと見れば就〔つ〕き従って動き、自分に過失があれば勇気をもって改めるのです。)

cf. 『論語』より ; 「利に放〔よ〕りて行へば怨み多し。」 (里仁第4)
「君子は義に喩〔さと〕る。小人は利に喩る。」 (里仁第4)
「過〔あやま〕っては則ち改むるに憚〔はばか〕ること勿〔なか〕れ。」(学而第1、子罕第9)
 


《 43 & 44 のペア 》

43. 夬 【沢天かい】 は、決なり

準四難卦、 12消長卦 (4月)

● よほどの決心・決定(勇断果決)、堤防決壊(ぶちこわし)、 君子夬夬(決めるべきをきめる) ―― “真の知とは決断すること”
初爻 “ならぬ堪忍するが堪忍”
5爻 「莧陸〔けんりく〕、夬夬。中行にして咎なし」 (「山ごぼう」引き抜いて吉、中行 = 中庸)

■ 五陽進み 上爻に迫る、一陰の小人を五陽の君子が消し去ろうとしている象。
健(乾)にして悦ぶ(兌)。 上爻の陰(小人)は、5爻の天子に親しくして高位にあってよからぬ策を弄している。弁舌はたくみ。 決して和する象。

○ 大象伝 ;「沢の天に上るは夬なり。君子以て禄を施して下に及ぼし、徳に居ることはすなわち忌む。」
(沢の気である水が、天に上り 必ずまたあふれて雨となって下り万物を潤わせます。この象にのっとって、君子は、俸禄を施し恵みを万民に及ぼすのです。ただ、自分が沢徳を積み それを蓄え止めておくことを 戒め・忌み嫌う〔分かち合う〕のです。)


44. 姤 【天風こう】 は、遇う、出会うこと 

愛情5卦、 12消長卦 (6月)

● 思わぬめぐり会い、邂逅〔かいこう〕、「女壮〔さかん〕なり」(卦辞)、女性は玉の輿(シンデレラ?)、女性との出会いで発展(男女とも)
5爻辞 ;「章〔あや〕を含めば、天より隕〔お〕つることあり。」 天恵あり、幸福がふってくる。 章 = 知識・才能・徳、寵愛 

■ 夬の上爻の陰が下に回った五陽一陰卦。 「地雷復」の錯卦( = 裏卦、復の陰陽逆の卦)、 12消長卦にて陰がやがて勢いを増す ―― 陰気上昇、「女壮なり」

○ 大象伝 ;「天の下に風あるは姤なり。后〔きみ〕以て命を施して四方〔しほう〕に誥〔つ〕ぐ」
(上卦乾天の下に、下卦巽の風が吹いています。風は、天の下を吹き渡ってあまねく触れ風靡〔ふうび〕していきます。このように、君子は、命令を発布してあまねく 四方の民に告げ教化するのです。)


《 45 & 46 のペア 》 

45. 萃 【沢地すい】 は、あつまる。

● 人やモノがあつまる、 冠婚葬祭、 祭祀の卦(先祖を祭る)、 万民・人心あつまる、 選挙吉

cf. 「抜萃」=エリート :雑然とあるものの中から抜いて萃める。人材登用、抜擢

■ 坤地の上に兌沢。  1)地に秋の収穫の潤沢あり、悦び・豊作の象。 
2)兌を巫女 坤を衆民とし、天子が祭祀をして万民・人心これに従い集る象。  
3)兌を悦び 坤を柔順とし、悦びもって万民 萃〔あつ〕まる象。「順〔したが〕って悦ぶ」(彖伝)
4)沢水が地上にあつまって万物を潤します。 ※ 沢水 地にあつまる象を、占家は 洪水あるも豊作と判断するといいます。 ―― “エジプトはナイルの賜物”(ヘロドトス)《 by.高根 》

・2爻と5爻、正位正応

○ 大象伝 ;「沢の地に上るは、萃なり。君子以て 戎器〔じゅうき〕を除〔おさ〕め、不虞〔ふぐ〕を戒〔いまし〕む。」
(沢が地の上にある。すなわち 人・モノがたくさん集った象であり、また 水高きにあって決壊・氾濫するかも知れない象です。この象にのっとって、君子は、平素から武器を修理整備して不測の事態に備えるのです。)

※ 除〔おさ〕め=治める、修理・整備する。3・4・5爻の巽、整えるの意。
※ 「治に居て乱を忘れず」 (易経・繋辞伝)

46. 升 【地風しょう】 は、のぼる 

3吉卦 (晋・昇・漸)、 高根流 日の卦

● 順を追って昇り進む、昇天、先祖を祭って開運、「南征して吉」(卦辞)
5爻辞 「貞しければ吉なり。階〔きざはし〕に昇る。」(女性 “玉の輿”)

■ 下卦 巽風で、上卦 坤地 
1)巽風はまた木、木が地中から生長・大きくなる象。向上発展。
2)また、地中の巽木は 木の根であり芽です。3・4・5爻に震があり、その芽が 震の伸長発展の気をもって 上に昇り進む〔生長していく〕象。
3)卦徳、下卦巽は謙遜、上卦坤は柔順。謙遜に柔和して正道に従って高位に昇る(出世する)ことが出来ます。

・2爻と3爻、中庸の徳あり、正位正応

○ 大象伝 ;「地中に木を生ずるは升なり。君子以て徳に順〔したが〕い、小を積みて以て高大なり。」
(坤地の中に巽木が生じて生長発展して大きく上昇していく象。このように、君子は、〔木が時に従い、天に従って生長することを悟り〕自ら慎んで、徳を修め徳に従うことに心がけ、小さな善事・小さな才徳を積み重ねて高大なものに到達するように努めるのです。)


《 47 & 48 のペア 》

47. 困 【沢水こん】 は、くるしむ、なやむ 

三難卦。

● 困難、“艱難辛苦”、“粒粒辛苦”、“四面楚歌”、「大人は吉にして咎なし」(卦辞)
“精神一到 何事か成らざらん”
※「困」の字義は、囲いの中の木。行き詰まって困り、苦しく悩むこと
5爻 “艱難〔かんなん〕汝を玉にす”・‘Adversity make a man wise.’(逆境は、人を賢くする。) 祭祀することで開運 
※神はその人(の能力)にみあった試練(苦労)を与えるものです!(高根)

■ 沢の止水が下に漏れ枯れている象。“漏水枯渇の象。 2爻の陽が初爻と3爻の陰に、4爻と5爻の陽が3爻・上爻の陰におおわれている象。(君子が小人におおわれて困窮している形)

2爻は陰位に剛健(陽)にして中徳,5爻は中正にて中徳を持っている。

○ 大象伝 ;「沢に水なきは困なり。君子以て命を致し志を遂〔と〕ぐ。」
(沢の水が下に漏れて枯れ窮まるのが困の卦象です。これにのっとって、君子は、困難な時に臨んでは、どんなことにも 一命を投げ打って初志を貫いて、志・目的を遂行達成するのです。)

48. 井 【水風せい】 は、井戸

● 恵みの井戸、 「丼」は井戸とつるべ(「丼」は井戸の古字、「、」は釣瓶)、 男性と女性(色情問題・性行為)

※ 難問題に行き詰まり、反省・内省して自己を深めることを、井戸掘りになぞらえて物語っています

上爻 :万人に分かち合う(人のために尽くすことでうまくゆく) ―― ※ 64卦の中で陰爻で卦極にあって“元吉”と書かれているものはこの卦だけ

cf. “オピニオン・リーダー”、“ポンプの呼び水”/ 「寒泉精舎」、岡田寒泉の雅号

■ 下卦に巽木・上卦に坎水。巽は 木・伏入・往来、坎の水の中に巽木が伏入して水を汲み上げる象。険難を前に自ら修める象。

瓶〔つるべ〕=釣瓶は、巽の象。2・3・4爻の兌で水の容器とし、また3.4.5爻の離で中虚・容器とする。

井戸とつるべ=男女の象 :(1)水の陽と風の陰、(2)深層心理学的解釈による (by. 高根)

cf. 易道(占)家の良卦 (坎水は宗教性、巽風は神職・インスピレーシヨン、井戸のまわりに人が集るごとく人が相談に集るからか?)

○ 大象伝 ;「木の上に水あるは井なり。君子以て民を労〔ねぎら〕い 勧め相〔たす〕く。」
(水火風木で、井戸に釣瓶を入れ水を上に汲み出す象。この象にのっとって、君子は、善政を行って民を労い いたわると共に、民を励ましお互いに協力することを勧め、助け合うようにするのです。)


                                     (以 上)


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第十七回 定例講習 (2009年1月25日)


第十七回 定例講習 (2009年1月)

 

孝経

 聖治章 第九 の群読 : この章は孝経18章中最も長く、内容的にも核心部分です。読み味わうにつけても、著者が力をいれて説いていることが感じられます。くり返し熟読したいものです。

 例話 2つ :

1) 直江 兼続 (なおえかねつぐ、上杉家家老)

‘09年のNHK大河ドラマ 「天地人」の主人公として周知と思います。豊臣秀吉からは信頼され可愛がられた上杉家・直江兼続でしたので、「関が原の戦い」では西軍につきます。

敗戦降伏後、徳川家康の命令により領地(当時は会津領)が 120万石から 30万石に減じ移されることになります。経営的には、家臣も4分の1にしなければならない計算です。しかし、兼続は家臣のリストラはしませんでした。謙信公以来の忠臣を皆引き連れて米沢に移ります。

米沢では、家臣の俸給は3分の1に減らしました。(4分の1と3分の1との差額不足分は兼続の私財で工面したといわれています) その耐乏生活の中で上杉家は一致団結して力を蓄えます。

やがて、この領地の狭さに似合わぬ大軍団(1万弱くらい)は、「大阪の役」で家康側(東軍)で大活躍し、その功により、徳川の時代にあって名門としての不動の地位を築くことになります。

ちなみに、兼続の兜〔かぶと〕正面の瓩諒源飾りは、仁愛・敬愛の愛なのでしょう。愛は儒学の“瓩汎韻犬任后


2) 松下 幸之助 (狆床偲鉄錙魅淵轡腑淵襦有畫篭伴圈

「経営の神様」 と呼ばれた、昭和財界を代表する立志伝中の人です。
5坪の町工場であった狆床偲鉄鎰瓩鮟抄醗1万人、売り上げ1千億円の大企業へと発展させます。

その経営は 「日本的経営」 の代表ともいわれ、「企業一家」 の考え方です。
つまり、松下夫妻が父母であり、従業員たちが子供ということです。

幸之助氏は、儒学を書物で学んだわけではありませんが、その考え方は儒学的 瓩龍気┐頬棔未發函佑鼎ものにほかなりません。

かつて、不況の時に臨んで、幸之助氏はリストラしませんでした。
労働(生産)時間は半分にしましたが、給料は減額しませんでした。

家族瓩世らです。

すると、従業員たちは奮起して、その休みの半日を使って在庫の商品を自主的にセールスして回ったそうです。在庫の山は、みるみる減ってなくなったそうです。

今、狆床偲鉄鎰瓩蓮 “Panasonic ・パナソニック” に社名が変わっています。
現在の不況に際して、1万5千人の人員削減(半分は国内)を打ち出しています。(‘09.2.4) 
アメリカ化して変わったのは、社名ばかりではないように私は思います。


論語

 「 子曰わく、 歳〔とし〕寒くして 然る後に松柏〔しょうはく〕の 彫〔しぼ〕むに後るることを知る。 」 (子罕第九 −29)

 時候が寒くなって初めて、(他の樹木は枯れしぼんでいるのに) 松や柏〔かや・ひのき ※ 常緑樹〕 がしぼまずに残っていることがわかります。

 (人の真価・節操というものも大事乱時にわかるものです。)

 ‘09 年 1月 “ We can change. ” 〔変革〕をとなえた オバマ氏が新アメリカ大統領に就任いたしました。

自然も人生も大いなる変化・無常・「変易〔へんえき〕」です。
 
しかし、変化の根柢〔こんてい〕にある、変わらないもの・変わってはいけないもの・ 「不易」なものの価値を大切にしなければなりません。

それは、人間界では狷銑瓩任后

易卦 「雷風恒〔らいふうこう〕」 は、幾久しく変わらぬ道を説き、 「水沢節〔すいたくせつ〕」 は志節・節操を説いています。

孔子も 「 ―― 難いかな恒〔つね〕 有ること」 (述而第七 −25)と嘆じていますが、今の我国も心は すさみ、蒙〔くら〕く、瓠Ν瓩六犖譴砲覆蠅弔弔△蠅泙后 

狆召妨添の色なし瓩魏めて考えてみなければなりません。

 「松柏千年青」 (『広燈録』など)

「国乱れて忠臣あらわれ、 家貧しくして孝子出づ」


本学

1) 干支〔かんし・えと〕 = 十干〔じゅっかん〕(天干) と 十二支(地支)

 十干 ・・・ 甲〔こう〕 ・ 乙〔おつ〕 ・ 丙〔へい〕 ・ 丁〔てい〕 ・ 戊〔ぼ〕 ・ 己〔き〕 ・ 庚〔こう〕 ・ 辛〔しん〕 ・ 壬〔じん〕 ・ 癸〔き〕

十二支 ・・・ 子〔ね〕 ・ 丑〔うし〕 ・ 寅〔とら〕 ・ 卯〔う〕 ・ 辰〔たつ〕 ・ 巳〔み〕 ・ 午〔うま〕 ・ 未〔ひつじ〕 ・ 申〔さる〕 ・ 酉〔とり〕 ・ 戌〔いぬ〕 ・ 亥〔い〕

 十干と十二支の組み合わせで暦(旧暦)をつくりました。
甲子〔こうし・きのえね〕に始まり61年でもとの甲子にもどります(還暦)。 
「甲子園球場」 は甲子の年に出来て還暦を過ぎました。

 今年は犖福Ρ〔き・ちゅう、つちのと・うし〕瓩任后
この旧暦は、明治時代に太陽暦が取り入れられるまで我国で用いられました。


2) 九性(星)気学

 易の八卦の象意〔しょうい〕をダイジェストに取り入れ、それに 「五黄土性〔ごおうどせい〕」を加えました。

一白〔いっぱく〕水性  = 坎 、   二黒〔じこく〕土性   = 坤
三碧〔さんぺき〕木性 = 震 、   四緑〔しろく〕木性   = 巽
六白〔ろっぱく〕金性  = 乾 、   七赤〔しちせき〕金性 = 兌
八白〔はっぱく〕土性  = 艮 、   九紫〔きゅうし〕火性  = 離 

 この九性(星)を、下図のような 魔方陣〔マジックスクウェアー〕 に配列しました。 

タテ・ヨコ・ナナメのどれでも、3つの数字をたすと 「15」 になります。
そして、この位置が一定の規則性で動き(変化)ます。

※ 古代中国で、禹王〔うおう〕が洪水を治めた時、河(洛水)から浮かび上がった カメ(神亀)の甲羅〔こうら〕にこの配列が示され、禹王また悟るところがあって 「洛書〔らくしょ〕」 を書いたと伝えられています。これは後、易学の 「後天〔こうてん〕の図」 のもととなります。

( 「洛書方陣 ・ 十五方陣」 )

 今年は、「九紫火性」にあたります。八卦の象意では、「 離・火 」 にあたります。


易経

1) 本年、「平成21年」の干支〔えと〕(己・丑)と九性気学(九紫火性)の易学的解釈・解説

(※ブログ “平成21年度のごあいさつ”の、今年の干支・九性気学の深意をご参照下さい)

 十干・十二支を易学八卦(小成卦)になおすと次のようになります。

甲=寅 ―― 震(雷)、           乙=卯 ―― 巽(風)、

丙=午 & 丁=巳 ―― 離(火)、   戊=辰・戌 ―― 艮(山)、

己=丑・未 ―― 坤(地)、         庚=申 ―― 乾(天)、

辛=酉 ―― 兌(沢)、           壬=子 & 癸=亥 ―― 坎(水)


 己 と 丑 ―― 坤(上卦) と 坤(下卦)で  「坤為地〔こんいち〕」です。 ‘純陰、母なる大地、柔順の貞〔てい〕 ・・・ ’ の意。 「君子以て徳を厚くし以て物を載〔の〕す。」(大象伝)

 九紫火性は、 火=離 ―― 離 の象意(小成卦)、離の重卦で 「離為火〔りいか〕」(大成卦)。‘つき離れる、聡明・美・文化文明 ・・・ ’ の意、「大人以て明を継ぎ、四方を照らす。」(大象伝)


2) 高根による、 筮竹〔ぜいちく〕 を用いた立筮(略筮法)の実演・披露と易占用具についての説明。

3) 各自の倏筮〔ねんぜ :‘09年1月〜12月〕 瓠腹┌卸遑監から翌年2月3日までではありません) の発表と解説
 ――― 以下に 4つの例とその解釈のポイントを示しておきましょう!


その1. 受講生の年筮 (8面サイによる中筮)

【 Aさん 】

 8面体ダイスが 「(上爻)4 ・ 5 ・ 4 ・ 4 ・ 1 ・ 7(初爻)」の数なので、「(上) 震〔しん〕 ・ 巽〔そん〕 ・ 震 ・ 震 ・ 〔けん〕 ・ 艮〔ごん〕(初)」。

  これを 陰陽(女男)に直すと「 陽 ・ 陰 ・ 陽 ・ 陽 ・ 陽 ・ 陽 」。従って、得卦は、
  「 火天大有〔かてんたいゆう〕」 ‘大いに有〔たも〕つ、中天の太陽’の意。

 2爻 が動爻の「乾」なので、陽陰変じて「」となり、変卦(=之卦)は、「 離為火〔りいか〕」 ‘つき離れる、聡明・美・学術文化’の意。

 6(つの)爻 の中味をみると、主爻 は定卦主・成卦主とも5爻にて「巽」。‘風のように従って吉’の意。 「震」が3つもあるのが特徴的。 「震」は‘動き・起の兆し・音や電波による連絡’などの意。

 時期の見方の一例。 1・2月(初爻)=「艮」‘足止めストップ’、3・4月(2爻)=「乾」 ‘剛健・陽の兆し’、5・6月(3爻)=「震」‘驚き・動く’、7・8月(4爻)=「震」、9・10月(5爻)=「巽」‘従って吉’、11・12月(上爻)=「震」。


【 Bさん 】

 「(上) 〔こん〕 ・ 巽〔そん〕 ・ 艮〔ごん〕 ・ 離〔り〕 ・ 〔けん〕 ・ (初)」 にて、得卦は、「 雷水解〔らいすいかい〕」‘春の雪解け、解決と解消の2意あり’。

 初爻 、2爻 、上爻 の3つが動爻 (変爻)で、大いに変動ありと考えられます。変卦(之卦)は、「 火雷噬嗑〔からいぜいこう〕」 ‘口の中に挟まっている障害物 〔4爻〕’で、良いものなら飲み込むし、悪いものなら吐き出すの2途があります。


中筮法による年筮解釈のPointo ; 動爻の数と2つ以上ある小成卦(八卦)の象意、  
主爻の象意、1年間を2ヶ月ごとに6分割する(6 爻に相当させる)


その2. 講師の年筮 (筮竹による略筮と中筮)

【 高根 (略筮法) 】

『 水雷屯〔すいらいちゅん〕上爻にて、風雷益〔ふらいえき〕に之〔ゆ〕く 』
(※ 屯は四難卦の1つ)

 得卦 「」は、‘創造・万物生成の始まりと生みの苦しみ’ の意。

 之卦 「益」は、‘益する道、善事とみれば従い動く’ の意。

 互卦 「山地剥〔さんちはく〕は、‘身心のはがれ、依って立つ処を注意!’ の意。

 上爻 辞は、「悲運の極みにて 行きつ戻りつして進退窮まる」。 しかし、(上爻なので)奮起・新局面打開に努力して、時至ればおおいに通じさせられると考えられましょう。

 時期については、今年の前半(下卦)は 「 震」にて、‘動き・起の兆し・連絡・進展あり。’後半(上卦)は 「 坎」にて、(悩み・困難・病気ばかりではなく) 自分自身〔高根〕が一白水性・水の人でもあり、 ‘学問(易学・儒学)や 移動の吉’と捉えたいと思います。


【 嬉納 〔きな〕(中筮法) 】

「(上) 坎・  ・ 坎 ・ 震 ・ 離 ・ 艮 (初)」 にて、得卦 「 離為火〔りいか〕」、動爻は 5爻にて 変卦(之卦)は 「 天火同人〔てんかどうじん〕」。

 主爻は 2爻(成卦主)で 「 離」、 5爻(定卦主)の 「 」 は動爻にて陰の極から陽の極 「 」へと大変化する。

 「離火」・「離」・「九紫火性」の象意にて、‘学術・発展・発表・カラー ・・・’などの意。 内容的に 「離 = 火」 と 「坎 = 水」 の相対するものがあります。 ※(注)

 変卦は 「同人」にて、‘志を同じくし、多くの人が集まる’の意。

 時期については、今年の前半(下卦)・後半(上卦)とも 「離」にて同様。 3・4月(2爻)は 「離」にて‘学術・発表’ (4月に狄深瑤僚犬き疇段鵡岷蕕鮹甘いたします)、 1・2月の「艮」のカベ・障壁は 4月講演に向けての労力や苦難かと思います。 後半(7・8月、11・12月)の「坎」は、自分自身〔嬉納〕が一白水性でもあり、易学・儒学の学業と捉えたいと思います。

※(注) 五行思想では 「 水」 と 「 火」 は、一般に相克〔そうこく;ライバル関係〕として捉えます。 が、「 ―― 水火 相〔あ〕い射〔いと〕わずして 八卦 相い錯〔まじ〕わる 」(説卦伝 3章) とあるように、深意は狠耋性瓩如 峪瀝函Α魅▲Ε侫悄璽戰鵝諭廚箸眤えられます。例えば、火と水(が協力して)で美味しい料理が創り生み出される と考えると良いでしょう。

( 以上 )

真儒協会 会長  高根 秀人年



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第十六回 定例講習 (2008年12月)


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