儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

小公子

F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』  (第3回)

※この記事は、F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』(第2回) の続きです。


F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』  (第3回)

(cf.関連ブログ【儒灯】 (儒学随想) 「“パンをもらった少年”に想う」 )
 → http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50716102.html


─── ジェントルマン〔gentleman:紳士〕&レディ〔lady:淑女〕への志向/
理想的母親像・婦人(夫人)像/静的(静止)社会イギリスと動的社会アメリカ/
大英帝国(イギリス)とフランスの文化的POWER/大英博物館・ケンブリッジ大学/
“中庸〔≒balance〕”・“徳”/仁愛〔思いやり〕/徳の感化・風化/
「高い席にいる者は貨幣〔かね〕を出せ!安い席にいる者は拍手を送れ!」/
“孔子学院”/篭襦未韻辰〕の道/「教」の 2義 etc.─── 


≪ 抜粋引用: 『小公子 セディ』・吉野壯兒 訳、角川文庫 /
『小公女』・伊藤 整 訳、新潮文庫 / ほか参照: 『小公子』・脇 明子 訳、岩波文庫 など ≫ 



(2) 描かれている理想的人間と “徳の感化/風化” について 

イギリスの古き善き理想的人間像(=指導者像)としての、
ジェントルマン〔紳士〕とレディ〔淑女〕が描かれています。

貴族の子女、“公子/公女”〔Little prince / Little princessです。

そして、先述のように、F.バーネット女史は同時に、
その愛息子〔まなむすこ〕・愛娘〔まなむすめ〕を育〔はぐく〕む“理想的母親像” を描いています。

それは、善く児童を育む理想的な“家庭の教育者像”でもあります。


以下、『小公子』 の本文から“徳育”に関する部分を抜粋引用しておきますと。 ―――

“真っ四角〔スクウェア〕”というのは “真〔ま〕っ正直”という意味なのだが、
伯爵はこのアメリカ英語を知らなかった。

【セドリック】:
「『それはね、ディックがだれもだまさないことだと思います
とセドリックは大きな声で答えた。
『そして、自分より体の小さい子どもをぶったりしないことだし、
お客さんの靴をよくみがいて、できるだけぴかぴかに光らせることです

ディックは本職の靴みがきですからね。』」

「(老伯爵が)自分がわれ知らず心をひかれているものは、
わが身にこれまでまったく備わっていなかった美点にほかならないということを、
おそらく認めないわけにはいかなかっただろう ―― 
つまり、率直で誠実な、思いやりのある性質、
人を愛し信頼して、決して悪く考えることのできない心、といった美点である
。」

【エロル夫人】:
『あの子は父親のような人間 ―― いつも勇気を失わず、
正しくて、誠実な人間になってもらいたいと切〔せつ〕に願っているのでございます
。』

「それは結局、ほんとうにとても簡単なことだったのだ ―― 
この少年が親切な優しい心の持ち主である母親の身近で育ち、
いつも人に親切を尽くすことと他人のために心を配ることを教えられたからにすぎなかった。
これはごく些細〔ささい〕なことかもしれないが、何よりも大切なことなのだ。

セドリックは伯爵だのといったものについては、何一つとして知らなかった。
豪勢なもの、華麗なものなどについても、まるで無知だった。
だが、セドリックは素直で、やさしかったから、いつも愛らしい少年だった。
こういう心を持っていることは、君主に生まれついたようなものなのである
。」
 ―― etc.


次に、更に一層重要な点は、その“徳”が “自ずと”(=自然に:
“the Self−so”/“what−is−so−itself”) 感化して、
周〔まわ〕りの人々を善く変えてゆく、本来の姿に立ち返らせてゆく、ということです。

『小公子』・セドリックも、『小公女』・セーラも、自分では全く気付かず、
意図することなく、ごく自然に周りの人々を感化してゆきます。

母親のエロル夫人も同様です。

東洋思想にいう “無為にして化す”(『老子』)、“化し成す” (『易経』)です。

“感化=徳化”、大きな領域でいえば “風化”です。


―― かかる、良き“核”となる人間=児童の育成は、
国家社会においても人間教育においても極めて重要です。

肝腎要〔かんじんかなめ〕です。  *補注1)

『小公子』のセドリック は、アメリカでのディックやホッブスさんといった親友に始まり、
この物語のもう一人の主役「気性の激しい/気むずかしい」老伯爵、 
頑迷・固陋〔がんめい・ころう〕の難物を徳化してゆきます。

さらには、領地のすべての人々を感化し、風〔ふう〕をなし化してゆきます

そのプロセスが、この物語の真骨頂〔しんこっちょう〕でもあり、
“楽しい” ところでもありましょう。

『小公女』のセーラ は、学校での友人一人一人に始まり、
社会(人)の代表でもあるかのごときパン屋のおかみさんを覚醒・感化してゆきます。

エピソード的に、この物語の後半〜ラストに盛り込まれている話とその影響は、
核心的で私には最も契機〔けいき/モメント:かなめとなる重要なもの〕に想われます。

それは、セーラがパン屋前の通りの下水で拾った4ペンス銀貨で甘パンを6つ入手します。

自分自身限界に近いひもじさにもかかわらず、
店先にいた乞食の少女(アンナ)にその5つまで与えるというエピソードです。

そして、その“行ない(行為・実践)”が、
パン屋のおかみさんと更に乞食の少女(アンナ)を変えてゆき(=覚醒・感化)、
“化育”・“化成”いたします。


以下、『小公女』 の本文から抜粋引用しておきますと。 ―――

「『この子だって人間だわ ―― そしてこの子は、わたしよりもお腹をすかしている。』 

その子ども ―― このひとりの人間 ―― はサアラを見つめ、
そこを通るサアラに道をあけてやるために、からだをうごかした。」

『公女さまというものは位〔くらい〕から追われて貧乏になっていても 
―― いつだって ―― 自分よりももっと貧しい人間を見ると ―― 
その人たちに、ものを分けてやるのだわ。

「(乞食の少女〔アンナ〕は)そしてサアラが見えなくなるまで、
食べかけた甘パンにそれ以上ひとくちも口をつけなかった。

「おかみさんは、もうずっと遠くなったサアラのみすぼらしいすがたを見おくり、
いつものおちついた気もちが、なんとなく不安で乱れるように思った。

そして、おかみさんは自分で言った。

あんなに早く行ってしまわなければ、あの子に(甘パンを)十二もやったのにねえ。』」

【パン屋のおかみさん】:
『それからね、どこへ行ってもパンをもらえない日はここへ来て、そう言うんだよ。
あの女の子のために、わたしはきっと、おまえにパンをあげるからね。』

【パン屋のおかみさん】:
「あの雨のふっていた日に、あんなにぬれて寒そうなあなたが、
ひもじいようすをしていながら、まるで公女さまのように
あの甘パンをほどこしてしまったのを見てからは
あの日から後わたしも、何度もパンのほどこしをしてまいりましたの
。」

【パン屋のおかみさん】:
『(乞食の少女〔アンナ〕が)そしてだんだん、
きちんとした気だてのいい子になってきましたわ
。』

「その少女ははずかしそうにしていたが、顔だちは愛らしく、
もう野育〔のそだ〕ちのようなところはなくって、
荒々しい眼つきも失せてしまっていた
。」

【ラストの文言】:
「『そしてわたし、今度あることを考えましたの。
きっとブラウン夫人は、子どもたちにパンをやるやくめを
あなたにさせてくださると思うわ。
あなたもひもじいってのは、どんなにかよく知っているから、
喜んでそのしごとをしてくれるでしょうね。』 

『はい、お嬢さま』とその少女が言った。

その子はほとんど口をきかなかったが、
サアラは自分の気もちはよく通じたように思った

その子はじっと立ったままサアラがインドの紳士といっしょに店から出て、
馬車に乗ってかけ去るのを、いつまでもながめていた。」 ―― etc.


加えて、人間のみならず動物にも影響を与えている点が指摘できます。

『小公子』では、人にめったに慣れない大型犬の「ドゥーガル」が
セドリックにすぐに馴〔な〕つき、
老伯爵が初対面でセドリックに好意的な関心を示すきっかけとなります。

『小公女』では、臆病なネズミの「メルチセデック」が
セーラの大の仲良しになります。

迷い込んだ(“インドの紳士”のペットである)サルもセーラに馴つき、
ハッピーエンドのきっかけとなります。

“愛玩動物〔ペット〕は飼い主に似る”といいます。

動物は正直です。

純粋に本能的に、人間の“徳(仁)”の影響を受けます。

そして、(私は人間はすべからく情〔じょう〕の人であらねばならないと思っておりますが、)
児童の情操教育にとって、
身近な動物は、思いやりの対象として直截〔ちょくせつ〕で重要です

以上のように、この 『小公子』/『小公女』 のペア作品は、
児童の教育と文学の両面において非常に深い価値を持つものです。

“読み楽しむ”うちに自然と徳性が涵養〔かんよう〕されるとともに、
豊かな文学性を堪能することができる
といえましょう。

善き児童期を過ごせず、あるいは忘却して
徳性が身につけられていない現今〔いま〕の大人〔おとな〕にとっても、
“読み楽しむ”べき名作です。

さて、“一燈照隅〔いっとうしょうぐう〕”という言葉があります。

暗い隅〔すみ〕を照らすように、
蒙〔くら〕いこころを啓〔てら/ひら・く〕して(=啓蒙)、
身近な一人一人を善く感化できれば世の中全体が明るく善く整ってまいります。

教育者であれば“教化”、政治家・官吏であれば“風化”の言葉が適切でしょうか。
(cf.“風〔ふう〕をなすものは吏と師”)

“徳化”=“徳の感化”という東洋風の言葉を、今風〔いまふう〕に用いれば、
“博愛・平等の精神”ということになりましょう。

“博愛”は、キリスト教の“愛”の思想がベースにある表現でしょう。

東洋思想にいう、儒学の“仁”、仏教にいう“(慈)悲”、と同じものです。

“平等”については、動的社会アメリカと静的社会イギリス
そして日本とではその内容がずいぶん異なっています。

(【陽】の)動的社会アメリカと(【陰】の)静的社会イギリスの対比は、
『小公子』の末文、ホッブスさんの言葉によく現れています。;

「年が若くて、活動的な連中には、アメリカも相当にいい国だ ―― だが、欠点もある。
ご先祖様〔アーント・シスター〕なんて一人もいないし、伯爵だってまったくなしだものな!」

アメリカは、自由主義の先鋭国です。

現代アメリカでいう自由とは“機会〔チャンス〕の平等”を指しています。

一方、イギリスと現代の日本でいう自由とは
“実質的平等の保障”
 を指していると考えられます。

これらのことを想うにつけても、私が座右の箴言〔しんげん〕ともしている
ヨーロッパの古諺〔こげん〕が思い起こされます。

“高い席にいるものは貨幣〔かね〕を出せ!安い席にいるものは拍手を送れ!” 、がそれです。

ちなみに、『小公女』 でネズミの“メルチセデック”の章で、
「バスチーユの囚人たちはよくねずみと仲よしになったものよ
わたしもおまえと仲よしになろうかな。」 というおもしろい記述があります。

フランス革命(1789.7.14)は、パリ市内にあるバスティーユを襲撃して火ぶたが切られます。

バスティーユ〔仏語で“牢獄”の意〕は、
政治犯の牢獄で多量の武器があると信じられていたので、
その襲撃・解放がフランス革命のシンボル〔象徴〕となったのです。

フランス革命は自由・平等・博愛を標榜〔ひょうぼう〕しました。 

この一節は、フランスびいきの著者が、あえて盛り込んだものでしょう。 *補注2)


補注1)

良き“核”となる人間、
すなわち国家社会を担う優れたエリート・指導者の資質について明言しているのです。; 

「セドリックは素直で、やさしかったから、いつも愛らしい少年だった。
こういう心を持っていることは、君主に生まれついたようなものなのである。」

今の日本の教育(家庭・学校・社会の教育全般)には、
この“核”〔かく〕となるリーダー〔指導者〕の育成が欠如しています。

儒学(孔子の思想)のキーワードの「仁」〔じん〕は、“おもいやり”の意です。

その「仁」は、同時に種子〔たね〕の“核”〔さね〕の意味でもあります。

欠くべからざる、最も貴重・重要なものの意です。

cf.中華料理のデザートに、白いゼリー状の“杏仁豆腐〔あんにんどうふ〕”がありますね。
   これは、杏〔あんず〕の種子(=仁)から作ります。


補注2)

フランス国旗の色=トリコロールは、自由・平等・博愛を象徴しているといわれています。
縦じまのデザインは、囚人(服) → 束縛からの解放の象徴、ともいわれています。

バスティーユ襲撃の7月14日は、後、フランス共和国の建国記念日〔パリ祭〕になっています。

余事ながら、バスティーユ襲撃の当日にいた囚人は、
実際には狂人を含め2・3名であったといいます!)


(3) 母国イギリスの栄光と“文化的パワー” について 

F.バーネット作品の特色の一つとして、
イギリスとアメリカが物語りの舞台背景となっていることが指摘されます。

先述のように、それは専〔もっぱ〕ら、女史の生い立ちによるものでしょう。

とりわけ、母国イギリスの古き善きものへの愛情、ひとかたならぬものを感じます。

そして、それは、時代を経て、現代という視点からみると
多分にエキゾチックな世界史的時代背景であり、
現代的意味での魅力が加わっているともいえます。

ところで、後にアメリカで活躍し、『武士道』 を英文で出版し
大反響を呼び起こすことになる新渡戸稲造〔にとべいなぞう〕は、
東大〔東京帝国大学〕の面接で志を問われた時・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』  (第2回)

※この記事は、F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』(第1回) の続きです。


F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』  (第2回)

(cf.関連ブログ【儒灯】 (儒学随想) 「“パンをもらった少年”に想う」 )
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─── ジェントルマン〔gentleman:紳士〕&レディ〔lady:淑女〕への志向/
理想的母親像・婦人(夫人)像/静的(静止)社会イギリスと動的社会アメリカ/
大英帝国(イギリス)とフランスの文化的POWER/大英博物館・ケンブリッジ大学/
“中庸〔≒balance〕”・“徳”/仁愛〔思いやり〕/徳の感化・風化/
「高い席にいる者は貨幣〔かね〕を出せ!安い席にいる者は拍手を送れ!」/
“孔子学院”/篭襦未韻辰〕の道/「教」の 2義 etc.─── 


≪ 抜粋引用: 『小公子 セディ』・吉野壯兒 訳、角川文庫 /
『小公女』・伊藤 整 訳、新潮文庫 / ほか参照: 『小公子』・脇 明子 訳、岩波文庫 など ≫ 


◆ 『小公子』

『小公子』 は、古き良(善)きイギリス、健全なる大英帝国の精神と、
イギリスが植民して後の独立したての国アメリカ合衆国の2国が舞台背景です。

(本国)イギリスと(かつての植民地)アメリカとを結び付けている作品と捉えることもできます。

世界史的にみてイギリスは、“貴族”という特異な指導者(リーダー)の存在する
伝統的な“静的(静止)社会”
です。

一方アメリカは、自由・平等・博愛と征服・攻撃の気に満ちた“動的社会”、
そして多様な要素が複合した“モザイク文化”の国です。


『論語』に、「文質彬彬〔ひんぴん/ひんひん〕として然る後に君子なり」
(擁也第6‐18) とあります。

東洋(中国)の理想的人間としての“君子〔くんし〕”像です。

野性的な逞〔たくま〕しさ“質”と 洗練された知的なもの“文”とを兼ね備えた、
理想的指導者像です。

つまり、誠実さと文化的要素(=【離】/美・文飾・明智)の調和した人です。

そして、“君子”は何より、
“徳”が“才”より勝〔まさ〕っていることがその必須条件です

“君子”は、東洋思想において、
理想的人間像・理想的リーダー〔指導者・為政者〕像として、
要〔かなめ/モメント〕の概念だと思います。

私は、この東洋における古〔いにしえ〕の“君子”が、
英国における “ジェントルマン〔gentleman:紳士〕”に相当すると想います

(日本では“武士〔ぶし/もののふ〕”像といったところでしょうか。) 

世界史をリードした、伝統あるイギリス(やフランス)には、
やはりさすがに、“中庸〔≒balance〕”・“徳”の精神が根付いており
その点、極端から極端への歴史である(当時の)新興ドイツなどとは
大いに異なっていたと考えられます。 

(※ 詳しくは、拙講資料:「『グリム童話』と儒学 
   ── 現代日本を“中す”一つの試論 ── 」の《はじめに》 を参照のこと )
http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50983879.html


---------------------------------------
「 ドイツ国民の歴史は、極端の歴史である。
そこには中庸さ(moderation)が欠如している

そして、ほぼ一千年の間、ドイツ民族は尋常さ(normality)ということのみを経験していなかった

  ・・・中略・・・  

地政的にドイツ中央部の国民は、その精神構造のうちに、
とりわけ政治的思考のなかに、中庸を得た生き方を見出したことはなかった。

われわれは、ドイツ史のなかに、フランスやイギリスにおいて顕著である
中庸(a Juste milien)と常識の二つの特質
をもとめるのであるが、
それは虚しい結果の終るのである。

ドイツ史においては激しい振動のみが普通のことなのである。」

(A・J・P・ティラー、『ドイツ史研究』)
---------------------------------------


『小公子』 には、その将来の“ジェントルマン”を目指し
志向する少年像・家庭教育像が描かれているのです


◆ 『小公女』 

『小公女』 は、古き善きイギリスの “淑女・貴婦人”〔レディ:Lady〕 像、
女性の理想像への志向を表した作品といえます

日本の古語でいう “なまめかしさ”(=優雅さ)でしょうか。

舞台背景としては、植民地インド(ボンベイ)と本国イギリス(ロンドン)、
それにフランス(/フランス語)が処々に出てまいります。

かつて(米・ソが台頭する前)、世界史をリードした両横綱の国、
“英・仏” 2国が描かれていると思われます。

セーラのすてきな母は、フランス人であり、
セーラが授業で流暢〔りゅうちょう〕にフランス語で語り、
(フランス語のできない)ミンチン先生をはじめとして皆を圧倒するシーンが、
こと細かに描かれています。

以下、≪フランス語の授業≫のシーンから抜粋引用しておきますと。 ───


「ほんとうを言えば、サアラはフランス語をしゃべれないときがあったなどと思えないのであった。
赤ん坊のときから父はよくサアラにフランス語で話をしてくれた。
サアラの母はフランス人であったのだ。
クルウ大尉はなくなった妻の国語を愛していたので、
サアラはたえずフランス語を耳にし、なれてしまったのであった
。」


「サアラは自分はフランス語を ── 本で ── 正確に習ったのではないこと、
ただ父やその他の人たちがいつもフランス語で自分に話していた、
それで、英語を読んだり書いたりできると同じように
フランス語も読み書きできるようになったこと

サアラが生まれたときに死んでしまった
なつかしいお母さまはフランス人であったこと、・・・・ 」


「デュファルジュ先生は非常に楽しいことにであったような顔で、ほおえみはじめた。
先生は、サアラが美しい子どもっぽい声で、
はきはきとかわいらしく自分の国のことばで話すのを聞いていると、
まるで自分の故郷フランスにいるような気もちになるのであった

冬のこういう曇った霧の濃い日など、
先生は、自分の国が遠いところにあるような気もちがしていたのであった。
サアラの話が終わると、デュファルジュ先生は、
いとおしむような眼つきでサアラの手から本をとった。
そしてミンチン先生に言った。
『先生、この生徒にはあまり教えることはありませんね。
この子どもはフランス語を習ったのでなくって、まるでフランス人ですよ。
みごとなアクセントです
。』」 ── etc.


言葉は文化(力)です。

世界一美しいといわれるフランス語、
その“フランス語を話す人がフランス人である”と考えているフランス。

私は、(イギリス人である)F.バーネットの、
フランス語とフランスに対する友情と敬意が表されていると、強く感じます



◆ 我想う ── 読後私感

『小公子』 に続く作品が『小公女』 です。

F.バーネット女史のこの両作品は、
“少年・少女”・“陽・陰/【艮・兌〔ごん・だ〕】”ペア〔対:つい〕の作品といえましょう。

児童文学として非常に深いもの、
“受け継がれる(べき)もの”(「一〔いつ〕」なるもの・善きDNA)を持っており、
自然に徳性が涵養〔かんよう〕されるものであるとともに、
“文学”の名を冠するに相応〔ふさわ〕しい “美(=芸術性)”を兼ね備えていると思います。


以下、この両作品を通しての私感を、いささか整理して記してみたいと思います。


(1) 物語りの “はじめ” の設定と “おわり” について

“家庭環境”という視点でみてみますと。 『小公子』 では、母子家庭(一人っ子)です
父は、イギリスの軍人セドリック・エロル大尉、伯爵家三人兄弟の末っ子です。

この父が病死したところから、物語が始まります。

父方の祖父が、ドリンコート伯爵。

この老伯爵は、広大な領地を持ち莫大な財産と勢力を保有しています。
が、頑固で気むずかしく、貴族の旧態然とした悪い面を備えています。

老伯爵は、孫であるセドリックを唯一人のわが子のように愛し、
セドリックもこの祖父を父の代わりとして“敬し愛し” ます。

そして、母(エロル夫人)を迎え入れ三人が ドリンコート城で幸せに暮らす、
というハッピーエンドで結ばれています。


一方、『小公女』 のほうは、(物語の当初から)父子家庭です
母はフランス人で、セーラが生まれた時に死んでしまいました。

やがて、ロンドンの寄宿舎つき私立学校へ入ります。

そして、急に父がダイヤモンド鉱山の事業に失敗し亡くなります。
セーラは、7歳にして全くの孤児という立場になります。

エンディングは、父親の共同経営者であって友人の“インドの紳士”が現れて、
父の財産と名声をセーラに相続させるというものです。

そして、おそらくこのインドの紳士は、セーラの父親代わりとなるのでしょう。


『小公子』・セドリックは、莫大〔ばくだい〕な 財産・権威権力・伝統 ・・・ を引き継ぎます。

また、『小公女』・セーラは、インドのダイヤモンド鉱山による膨大な富(と名声)を相続します。

どちらも物質的に Rich!〔豊か=金持ち〕 になる夢物語です

その意味で、人々の、憧憬〔あこがれ/しょうけい〕として、
“受け継がれるもの”・“「一〔いつ〕」なるもの”です。

が、それは、枝葉・末梢〔まっしょう〕的なものにすぎず、
本〔もと〕は、徳性、紳士・淑女〔Ladies and Gentlemen〕 への志向という、
理想像への善き DNA(=文化的遺伝子ミーム)の
不変・“受け継がれるもの”を物語にしたかったに違いありません


(2) 描かれている理想的人間と “徳の感化/風化” について

イギリスの古き善き理想的人間像(=指導者像)としての、
ジェントルマン〔紳士〕とレディ〔淑女〕が描かれています。

貴族の子女、“公子/公女”〔Little prince / Little princess〕です。

そして、先述のように、F.バーネット女史は同時に、
その愛息子〔まなむすこ〕・愛娘〔まなむすめ〕を育〔はぐく〕む“理想的母親像” を描いています。

それは、善く児童を育む理想的な“家庭の教育者像”でもあります。


以下、『小公子』 の本文から“徳育”に関する部分を抜粋引用しておきますと。・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』  (第1回)

F.バーネット女史著・『小公子』/『小公女』  (第1回)

(cf.関連ブログ【儒灯】 (儒学随想) 「“パンをもらった少年”に想う」 )
 → http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50716102.html


─── ジェントルマン〔gentleman:紳士〕&レディ〔lady:淑女〕への志向/
理想的母親像・婦人(夫人)像/静的(静止)社会イギリスと動的社会アメリカ/
大英帝国(イギリス)とフランスの文化的POWER/大英博物館・ケンブリッジ大学/
“中庸〔≒balance〕”・“徳”/仁愛〔思いやり〕/徳の感化・風化/
「高い席にいる者は貨幣〔かね〕を出せ!安い席にいる者は拍手を送れ!」/
“孔子学院”/篭襦未韻辰〕の道/「教」の 2義 etc.─── 


≪ 抜粋引用: 『小公子 セディ』・吉野壯兒 訳、角川文庫 /
『小公女』・伊藤 整 訳、新潮文庫 / ほか参照: 『小公子』・脇 明子 訳、岩波文庫 など ≫ 


《§.はじめに 》

幼少年期、純朴で夭〔わか〕い精神(頭脳)のころの読書というものは、
長じても鮮明に憶えているものです。

私の場合も、今から半世紀近くも前の、それも一度しか読んでいない
(子供のころは、本は一度しか読まず次の本に移ったものです。
一度であらまし理解できたのでしょうね?)
本なのに、そのあらすじや主人公の名前・イメージや場面などが、
あたかも自分の体験であるかのように心に刻まれています。

小学生の中学年のころでしょうか。
母が、豊かではない財布を工面して、毎月一冊ずつ発刊配本される
“少年少女世界の名作文学”(全50巻)を買ってくれました。

魅せられるように、文字をたどり、さし絵を楽しみに想像をふくらませたものです。

その第一回配本(?)であったかのようにも思いますが、
アメリカ編・バーネット女史( Frances Hodgson Burnett 1849−1924)の
『小公子』( Little Lord Fauntleroy ):セドリック少年の物話、
『小公女』( A little princess ):セーラ=クルーの物語
をよく、好んで憶えています。

私は、最初に読んだ『小公子』のほうが印象強いのですが、
今時の若者、少年・少女には、TVアニメーションやドラマの影響でしょうか、
“小公女セーラ”のほうがよく知られているようですね。

今、青年諸君に物語るために、改めて(原文で)読み直してみましたところ、
何とも、青少年に戻ったような不思議な“気”につつまれました。

ここで想いましたのは。
1)確かに、この両作品は名作であるナァ、と感銘を新たにいたしました。
2)『小公子』/『小公女』のタイトル〔本の表題〕に代表される、
  日本語訳〔やく〕は名訳であるナァ、と感心いたしました。
  まさに、“言い得て妙〔みょう〕”です。
3)前の時代(世紀)の英・仏、そして英・米といった国の
  世界史的・文化的魅力への感動も、生々〔せいせい〕たるものがありました。


F.バーネット女史・『小公子』/『小公女』 

◆ F.バーネット女史 

フランシス・ホジソン・バーネット(Frances Hodgson Burnett 1849‐1924は、
イギリス生まれのアメリカの女流作家です。

19世紀は、アメリカに女流児童文学作品が数多く輩出された時代でした。  *補注1) 

女史のプロフィールを 『オックスフォード児童文学必携:
“The Oxford Companion To Children‘s Literature.Oxford Univ.Press,1984”』

にもとずいて紹介しておきましょう。

F. バーネット女史は、1849年、イギリスのマンチェスターに生まれました
(ホジソンは旧姓です)。

女史が3歳の時に父が亡くなり、一家は、1865年、
母・兄妹(各々2人)と共に伯父さんを頼ってアメリカへ移住します。

生活は苦しく、家計を助けるために刺繍〔ししゅう〕・音楽教師・養鶏など
さまざまなことをしたといいます。

やがて、もともと書くことが好きだったので小説を書くようになります。

15歳の時、野ブドウを摘〔つ〕んで紙代と郵送料を作り、
雑誌社に作品を投稿したというエピソードは有名です。

1870年に母を亡くし、雑誌への投稿が掲載されたのを契機に精力的に小説を書き始め、
本格的に作家への道を歩み出します。

F. バーネット作品の特色の一つである、イギリスとアメリカという舞台背景は、
女史のこのような生い立ちによるものと推測されます。

そして、幼少期に去った、故国イギリスへの愛情は生涯持ち続けます。

記録によれば、女史は生涯に 33回も大西洋を渡っています。

1873年、S.M.バーネットと結婚し、
ライオネルとヴィヴィアンの2人の息子をもうけます。

1898年に離婚します。

長男の誕生を機に、子ども向けの本を書くようになり、
次男ヴィヴィアンをモデルにして書いたといわれる 『小公子』 が
『セント・ニコラス』 誌に連載され(1885.11〜)、
翌年10月の完結と同時に単行本として刊行されます。

英・米両国で大ヒットとなります。劇化、上演もされ大評判となります。

当時のエピソードとして、
男の子にレースの襟〔えり〕のついた黒ビロードの服を着せ長髪をカールさせる
“セドリック・スタイル” が流行したと伝えられています。  *補注2)

 また、物語のなかでセドリックが母親に呼びかける
“dearest:〔ディアレスト〕” という言葉が盛んに用いられたといいます。

ちなみに、『小公子』・セドリックのモデルとなった次男ヴィヴィアンは、
その著書 『ザ・ロマンティック・レディー』(1927) で母親バーネット像を描いています。

F.バーネットは、その後 『小公女』(1905)・『秘密の花園』(1911)・
『消えた王子』(1915)・ など多くの作品を執筆しました。

『小公女』 は、最初主人公の名をとって 『セーラ・クルー』 と題されて発表されました。

大反響の中、読者からの手紙のリクエストで、
気高〔けだか〕いこころを失わないセーラに相応〔ふさわ〕しい 
“リットル・プリンセス〔Little Princess〕”に変えられた、
というエピソードが伝わっています。

晩年はアメリカのロングアイランドで詩を作って生涯を終えます。
あとひと月で喜寿(77歳)の誕生日を迎える時であったといいます。

さて、私には、セドリックの母親・エロル夫人、セーラの亡き(フランス人の)母は、
バーネット女史自身を投影した “理想的母親像・婦人(夫人)像”であるかのように思われるのです。

東洋的に表現すれば、“仁・愛(=忠恕〔ちゅうじょ〕/慈悲)の母”の具体的存在です。

おもいやりといつくしみに満ちた、賢くもすてきな若き“お母さん”です。

そのお母さんが、物語った作品のように思われて、
何かしら暖かい光に包まれているような感じを受けます。

F.バーネット女史の名声を確立した 『小公子』 は、
英・米のみならずその他の国でも、非常な好評を博しました。

善く優れたものは、普遍的ですね。

わが国では、明治の半ばごろ、若松賤子〔しずこ〕女史によって訳されました。

原題名“Little Lord Fauntleroy”“Lord”は、
イギリスの公・侯・伯・子・男爵につける尊称です。

「公子」は、“公達〔きんだち〕”・“貴公子”の意ですから
“貴族の子” くらいの意味です。

私は、学生時代、サン・テグジュペリ
“Le Petit Prince”〔ル・プチ・プランス=「小さな王子様」/The Little Prince(英)〕を、
内藤 濯〔あろう〕氏が “星の王子様” と訳した
ことに感銘を受けました。

この若松女史の “小公子” の訳も、まさに簡にして妙です。

若松女史は、フェリス女学校を卒業して後、
病気がちの体を励まして、弱冠22歳〜24歳にかけて翻訳したといいます。

当時、まだ珍しかった言文一致体の翻訳文です。

この翻訳の業績、実に素晴らしいものと感じます。

女史は、31歳で夭折〔ようせつ〕し、
その翌年、訳書 『小公子』 が単行本として初刊されます。 


補注1)

19世紀の作品として、『クルミわりとネズミの王さま』・『不思議の国のアリス』・
『トム・ソーヤーの冒険』・『ハイジ』・『宝島』 など特別に魅力を持った物語があげられます。


補注2)

蛇足ながら、かつてのわが国の乗用車の名前にも“セドリック”があったように記憶しています。


◆ 『小公子』

『小公子』 は、古き良(善)きイギリス、健全なる大英帝国の精神と、
イギリスが植民して後の独立したての国アメリカ合衆国の2国が舞台背景です。

(本国)イギリスと(かつての植民地)アメリカとを結び付けている作品と捉えることもできます。

世界史的にみてイギリスは、“貴族”という特異な指導者(リーダー)の存在する
伝統的な “静的(静止)社会” です。

一方アメリカは、自由・平等・博愛と征服・攻撃の気に満ちた “動的社会”
そして多様な要素が複合した“モザイク文化”の国です。・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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