儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

干支

謹賀丁酉年 〔謹んで丁酉年を賀します〕 その4

《 干支の易学的観想 / 【火沢睽〔けい〕☲☱】・【天水訟☰☵】卦 》

次に(やや専門的になりますが)、十干・十二支の干支を
易の64卦にあてはめて(相当させて)解釈・検討してみたいと思います。
※( → 資料参照のこと )

昨年の干支、「丙・申」は【火天大有☲☰】卦(先天卦【天山遯☰☶】)でした。

大いに有〔たも〕つ、大いなるものを有〔たも〕つの意。

「仲(冲)天の太陽」の象で、豊かで盛運の時を現していました。

今年の「丁・酉」は【火沢睽〔けい〕☲☱】卦、先天卦は【天水訟☰☵】となります。

火沢睽】卦は、“そむ〔叛/背〕く”・“そね〔嫉〕む”。

背き離れるの意です

【☲】と【☱】の陰卦同士ですので、二女反目・女性同士の背反です。

【離☲】女と【兌☱】女ですから、姑〔しゅうとめ〕と嫁・正妻と愛人・
職場などのお局〔つぼね〕(=先輩)と新人などといったところでしょうか! 

また、火と水の背反です。

上卦の【離火】は燃えて上へ昇り、下卦の【兌沢】は流れて降り
乖〔そむ〕き離れる象です。

「睽〔ケイ〕」という文字そのものが、へんは「目」で離・陽の火、
右側は「癸」で陰の水で、火水の背反対立を表しています。

ちなみに、「背〔そむ〕く」という文字の「北」は、
二人の人間(「月(肉)」は人を意味します)が背中を向け合って
反目している象形です。

反対に【水地比☵☷】卦の「比〔した〕しむ」は、一人がもう一人の腰に
(後ろから)手をやって寄り添っている象形です。

しかしながら想いますに、“睽〔そむ〕くもの”・“相背反するもの”が、
必ずしも単に剋〔こく〕し合い損〔そこ〕ない合うというものではありません。

この卦の場合、中庸の徳をもって、2爻、5爻の中爻は相応じています

下卦【兌☱】の和親・和悦の態度をもって、
上卦【離☲】の明らかなもの(明智・明徳)に付き従っていくという
善〔よ〕い面でも捉えられます。

2爻の【陰】は、(主爻で)【離☲】の中爻ですから、最高の明智・明徳です。

【離☲】女と【兌☱】女は、相応〔そうおう〕し補い合ってもいます。

二女は、バランス〔中庸〕は保っているのです

また、火と水の背反についても。

五行思想では、水と火は相剋〔そうこく:ライバル関係〕です。 

が、易では(中論・弁証法的に)水と火の相対立するものを
止揚・揚棄〔=中、アウフヘーベン〕して、
価値の高い新しいものが生みだされると考えます。

(元来、天地万物は、みな矛盾するところがあります。)

相反し、剋し合ってそれで終わるものではありません。

例えば、水と火の協力によってお湯が沸き、
生米から美味しいごはんを炊くことができ、
料理が作れるというものです。

ところで、『易経』は、殷末衰微の時代社会を背景として、
賢徳の帝王・文王によって、古〔いにしえ〕の聖人が創った“象”をもとに
書かれた壮大な物語です! 

そこに物語られた文章=“辞〔じ〕”には、筆者によって巧みに隠された
(古代中国史上)実際のヒロイン〔女主人公〕の物語が織り込まれているのです。

私は、この女性の主人公を、女性の理想像ということで、
仮に“K女”/“KIMIKO”と呼んでいます。

“K女”は、殷の帝王(28代・太丁)の次男の妻でしたが
夫が戦死し未亡人になります。

そして、帝王の長男(奸未擦鵝諭Ц紊裡横溝紂δ覯機未討いい帖諭砲
妾〔しょう:=側室〕となります。

やがては、皇后に上りつめ、後の紂〔ちゅう〕王
(殷王朝最後の帝王・30代帝辛〔ていしん〕)を生むことになります。

火沢睽〔けい〕☲☱】卦は、この妾の“K女”(【兌☱】)と正妻(【離☲】)とが二女同居し、
反目・緊張し同時にバランスを保っている状況をよく表していると考えられます。

私の執筆中の「易経秘色〔ひそく〕」から、
以下にその部分のあらましを抜粋してご紹介しておきます。

☆参考資料  ≪ 盧:「易経秘色〔ひそく〕」 抜粋引用≫

一方“K女”からすれば、もともと若い上にも若返って再婚し、
皇帝となった長男【震☳】(=義理の兄)と相通ずることで
大きく運命が転換することとなりました。

地雷復☷☳】卦がそれです。

“一陽来復”、独〔ひと〕り服喪に過ごした冬の時代の終焉〔しゅうえん〕です。

【復】は冬至の卦ですが、 “K女”の人生は(冬の)陰が陽転していくのです!

ところが、この長男【震☳】の正妻が夫と“K女”との
親密な関係を嗅〔か〕ぎつけるところとなります。

火沢睽〔けい〕☲☱】卦は、この二女同居し反目・緊張バランスの状況を
よく表しています。

○「二女同居 其志不同行 説而麗乎明 柔進而上行 得中而應乎剛」

(二女同居して、その志は行いを同じくせず。
説〔よろこ/=悦〕びて明に麗〔つ〕き、柔進みて上行し、
中〔ちゅう〕を得て剛に應ず。)
(彖伝)

すなわち、下卦【兌☱】女は妾(=“K女”)、 上卦【離☲】は正妻
互体(3・4・5爻)の【坎☵】は夫(奸當覯機

2爻〜上爻は【離☲】と【離☲】で“目”と“目”、“睨み合い”。

「睽〔けい〕」の字“そむ・く”そのものが
「目」と「癸」=離・陽の「火」と陰の「水」です。

そして、下卦(内卦)の【兌☱】女は内に留まって悦び、
上卦(外卦)の
【離☲】女は、疎〔うと〕んぜられて外に行こうとしている象です

尤〔もっと〕も、反目ばかりで相互に剋〔こく〕し
損ない合うばかりのものでもありません。

中爻(九2と六5)において相応し補い合っています。

二女は、一時〔ひととき〕のバランスは保っているのです。

正妻と妾(“K女”)は、横目で睨み合いながらも
互いに慎むところもあったのでしょう。

ちなみに、夫からすれば、(【離☲】と【兌☱】)
【離☲】と【離☲】で二女が美しく着飾って並んでおり、
“両手に華”といったところでしょうか?! 

なお、【睽】は、女性同士の背反の卦ですが、
先天卦【天水訟】は男性同士の背反の卦
(=長男と戦死した次男との反目・争い)になるのは、
なんとも興味深いですね。

――― 中 略 ―――

その後の展開は、
【風天小畜☴☰】/【天沢履☰☱】/【地天泰☷☰】などに物語られています。

“K女”は男子を出産し、皇帝のお気に入りとなり、
喪服を脱ぎ捨て公然と后妃になるのです。

正妻を追い出し、この【震☳】・帝乙との間に3男子をもうけます。

長男・微子啓、次男・中衍〔えん〕、三男・受徳です。

この末子・受徳こそが、殷王朝最後の帝王30代・“紂王〔ちゅうおう〕 です。

image1_20170318

(by.盧)

 

☆参考資料  ≪ 盧:「『易経』64卦奥義・要説版」 pp.9・35・36 抜粋引用≫

38. 睽ケイ 【火沢けい】  は、そむく・異なる。
包卦(乾中に坎)

● 嫁と姑、二女反目。女性同士の背反 (先天卦「訟」は男性同士の背反)。
  「小事に吉なり」 (卦辞)

■ 1)二女反目
     姑〔しゅうとめ〕と嫁(離女と兌女)、
     下卦(内卦)の兌女は内に留まって悦び、
     上卦(外卦)の離女はうとんぜられて外に行こうとしている象。

  2)火と水で背反 
     上卦の離火は燃えて上へ昇り、下卦の兌沢は流れて降り、
     乖〔そむ〕き離れる象。

 ・中庸の徳をもって、2爻、5爻の中爻は相応じています。
  兌の和悦をもって、【離】の明徳付き従ってゆく、と捉えられます。

 cf.「睽ケイ」のへんは「目」で離・陽の火、右側は「癸」で陰の水。

 ○ 大象伝 ;
     「上に火、下に沢あるは睽〔ケイ〕なり。君子以て同じくして異なる。」

     (上卦に離火、下卦に兌沢があり、そむきあっています。
     この象のように、君子は その志すところは一〔いつ〕ですが、
     水火・陰陽のように表面的なものは同じではありません。
     大同の中の異なるもの、を知っておかねばなりません。)


6.訟【天水しょう】 は、うったえる
  遊魂8卦

 ● 訴訟・矛盾、男性同士(陽と陽)の背反、“天水違行”の形     
  ※「作事謀始」(大象) ・・・ 
     事業は始め、教育は幼少時代、を大切に。
     万事始めが肝腎!
  cf.「訴えてやる!」(TV“行列のできる法律相談室”) ・・・
     法的良悪と道徳的善悪は必ずしも同じではない。
     道義的・倫理的責任。 “法(法治主義)と道徳(徳治主義)”。

 ■ 上卦 乾天は上昇の性、下卦 坎水は下降の性 ・・・ (天水違行)
  1)“天水違い行くの象”(白蛾) ・・・ 
     水は低きに流れ、天はあくまで高く、背き進む象。
  2)乾は剛健にして上にあり、坎は苦しんで下にある象。
     そして、両者相争う象。

 ○ 大象伝 ;
     「天と水と違い行くは訟なり。君子以て事を作〔な〕すに始めを謀る。」

     (乾天は上昇し、坎水は下降し、両者は相違った行き方をして争いが起こる。
     この象に鑑みて、君子は、※ものごとが行き違い争いとならぬように、
     事をなすにあたって、始めをよくよく慎重に考慮するのです。)

 

《 結びにかえて 》

昨年は、従来まで研究・執筆に隠遁〔いんとん〕していたのを、
意識して少々、外向きの活動も再開し始めました。

長年の【陰】生活を【陽】に転じ反〔かえ〕ろうかと想ったわけです。

易卦でいえば、【地雷復☷☳】ですね。

今年の私の年筮〔ねんぜ〕は、【山火賁☶☲】の得卦で
(動爻:4爻坤の乾変、上爻乾の坤変)【雷火豊☳☲】に之〔ゆ〕くでした。
(*中筮/擲銭〔てきせん〕法によります)  

――これは、夕日の燦〔きら〕めき、晩年を賁〔かざ〕る・豊大の意です

新年早々1月10日には、下関商工会議所青年部に招聘〔しょうへい〕されて、
下関市で儒学の講演を行ってきました。
(テーマ:「――古〔いにしえ〕よりの教え『論語』に学ぶ―― 
仁=忠・恕/孔子一貫の道」) 

2月からも、「安岡正篤先生生誕120年/関西師友協会創立60周年記念大会」(2.25)
を始めとして各種行事に招かれており、
出来れし参加するつもりでおります。

ところで、人と会う機会が増えますと、
「お若く見えますね」とか「先生はお若いですから」などと、
まんざらお世辞ばかりでもなく(?)
褒〔ほ〕められる事が多くなってまいりました。
―― さりながら。

○「いつ見ても さてお若いと 口々に  褒〔ほ〕めそやさるる 歳ぞ悔しき」 
という狂歌が伝わっています。

「お若く見える」とは、すなわち歳をとったということの証〔あかし〕に他なりません・・・。

歳を重ねることは、悪いことではありません。
が、さりとて改めて「若いですね」と褒められると、
喜んでばかりもいられません。

気(精神)は、まだまだ若いつもりでいても、
“私も歳をとってしまったのだナァ”と感慨一入〔ひとしお〕、
人生の晩節を善く全うせねばと自らに言いきかせています。

○「子曰く、知者は水を楽しみ、者は山を楽しむ。
知者は動き、者は静かなり。知者は楽しみ、 者は寿〔いのちなが〕し。」

(雍也・第6)
と『論語』にあります。

孔子が73(74)歳で没したのも、当時の平均寿命を考えれば
極めて長寿といえましょう。

我が国の財界人に一例をとってみても、
明治の渋沢栄一氏(“右手に算盤、左手に『論語』”/“道徳経済合一説”)92才、
昭和の松下幸之助氏(“君子型経営者”/「経営の神様」)95才と長寿です。

私の身近でも、昨年末、『論語』などの古典講義を何度か受講させていただいていた、
お二人の仁徳〔じんとく〕ある老先生がご逝去〔せいきょ〕されました。

行年〔ぎょうねん〕、80歳と101歳でした。

 寿命は天命です。肉体上の疾病〔しっぺい〕もありますので、
「仁者は寿〔いのちなが〕し」の言葉のままに、ともゆきません。

私は、余生を一年一年貴重なものと認識して、
この一年、価値ある仕事を進め晩年を賁〔かざ〕ってゆかねばならない
改めて想っております。

( 以 上 )

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謹賀丁酉年 〔謹んで丁酉年を賀します〕 その1

謹賀丁酉年 〔謹んで丁酉年を賀します〕 その1

――― 丁・酉・一白水性/新旧両勢力の衝突/今年の漢字「金」
/【火沢睽〔けい〕☲☱】・【天水訟☰☵】卦/“背き離れる”/「鶏鳴狗盗」・「鶏口牛後」
/「八咫烏〔やたがらす:三本足の烏〕」/「鳥なき里の蝙蝠〔こうもり〕」
/鴻雁〔こうがん〕/『易経』のヒロイン“K女”・“KIMIKO”
/【山火賁☶☲】卦  ―――

《 はじめに ・・・ 干支について 》

明けて平成29年(2017)。
新年を皆様と迎えますこと、大慶でございます。

歳重ねの想いを新たに、例年のように干支〔えと/かんし〕から始めて、
いささか本年の観想といったものを述べてみたいと思います。

今年の干支〔えと/かんし〕は、(俗にいうトリではなく)
「丁・酉〔ひのと・とり/てい・ゆう〕です。

干支は、十干〔じっかん〕(天干)と十二支(地支)です。

かつてはこの、10と12の組み合わせで、
60干支〔かんし〕の暦を作っていました。

そして、本来十二支は、動物とは専門的には直接関係ありません。
が、動物のイメージ・連想は、人口に膾炙〔かいしゃ〕しています。

干支を「今年のエトは、トリで ・・・ 」とメディアが薄々軽々と
報じているところです。

また、干支は旧暦(太陰太陽暦:我国で明治維新期まで用いられました)ですから、
年始は 2月4日(立春)からで、2月3日(節分)までは、
まだ「丙・申〔ひのえ・さる/へい・しん〕」です。

これらのことを確認しておきまして、
これから本年の干支「丁・酉」年にまつわるお話をしてまいりましょう。

 

《 今年(‘16)の漢字 「金」 》

昨年・平成28(2016)年の世相をあらわす文字(「今年の漢字」)は「金」でした。
(一昨年は「安」、その前は「税」。) 注1) 

リオデジャネイロ五輪での日本選手達の金メダル獲得ラッシュ。

前東京都知事の辞任や東京五輪開催に伴う経費など
“政治と金”をめぐる問題。

米大統領候補トランプ氏から連想される
金髪や金持ちのイメージを反映しているもの、と報じられています。

五輪・金メダルからの連想による「金」は、
2000年と2012年に続き3回目です。

古代ギリシアに起源する古代オリンピック競技大会は、
“平和への(願いの)祭典”として“平等”を大切にして
約1200年間も生き続けました。 注2) 

私は、勝つことのみ、(金)メダルの数を競うのみ、の
スポーツマンシップ
に堕落した現代のオリンピック競技大会を残念に想います。

古〔いにしえ〕の孔子の時代から
“射は的に中〔あた〕ることを主とせず”/
“君子は人と争い勝負を競うことはしないが、
もしするとすれば弓の競射だろうか”(八佾・第3)などと、
その勝利第一主義は嘆かれています。

そして、“貨幣”=「金」についても、
私は、貨幣〔かね〕そのものに価値を置く今の日本の
“拝金主義”・“儲け主義”
を情けなく想います。

「 5 7 5 / それにつけても金の欲しさよ」と、
上の句に続いて下の句が読めるのは、
いつの時代にも共通した世相ではありましょう。

けれども、現代人はあまりに「足〔たる〕を知らず」、
「満足することなき」に過ぎてはいないでしょうか?

また、2位は「選」で18歳選挙権の導入や
電力自由化で個々人の選択肢が増えたことによるもの。

3位は「変」で英国のEU離脱などの世界情勢の変化や
島根・鳥取の地震など天変地異によるもの、とのことです。

私は、候補の漢字を見るにつけて毎年感じ想うのですが、
倫理・道徳の根本をなす漢字は一字も登場していません。

“徳”・“仁”・“恕”・“義”・“孝”・“恥”・“敬”・“譲”・・・ 
といった珠玉の貴重な言葉が忘れ去られ「死語」となりつつあります。

むろん、文字だけでなくその精神が忘れ去られようとしているのです。

まことに、残念でなりません。

注1)
“その年の世相を表す漢字を発表する「今年の漢字」(日本漢字能力検定協会主催)が
今年で22年目を迎えます。
「今年の漢字」は1995年に始まり、
毎年「漢字の日」の12月12日に清水寺の森清範〔せいはん〕貫主〔かんす〕が揮毫し、
清水の舞台で発表されています。”

◆ 歴代の「今年の漢字」
1995 「震」 (阪神・淡路大震災、オウム真理教事件)
1996 「食」 (O〔オー〕157集団食中毒)
1997 「倒」 (山一証券経営破綻〔はたん〕)
1998 「毒」 (カレー毒物混入事件)
1999 「末」 (世紀末)
2000 「金」 (シドニー五輪)
2001 「戦」 (米・同時多発テロ)
2002 「帰」 (拉致被害者の帰国)
2003 「虎」 (阪神タイガースのリーグ優勝)
2004 「災」 (相次ぐ台風上陸)
2005 「愛」 (紀宮さま成婚、「愛・地球博」)
2006 「命」 (悠仁さま誕生)
2007 「偽」 (食品偽装)
2008 「変」 (リーマン・ショック)
2009 「新」 (政権交代)
2010 「暑」 (猛暑日が連続)
2011 「絆」 (東日本大震災)
2012 「金」 (ロンドン五輪やノーベル賞)
2013 「輪」 (東京五輪開催決定)
2014 「税」 (消費税率8%に引き上げ) ――(以上、朝日新聞:2014.12.13 引用)
2015 「安」 (安保関連法、安倍内閣〔アベノミクス〕)
2016 「金」 (リオデジャネイロ五輪、“政治と金”をめぐる問題)

注2)
“古代オリンピック”は、ギリシアのポリス〔都市国家〕から生まれ(BC.8世紀〜)、
平和への願いと平等という価値観を大切にすることで、
1200年間(〜AD.394)もの長きにわたり、休戦を守って生き続けました。
優勝者に与えられたものは、頭に巻く一本のヒモ(彫像を作ってよいという権利)だけだったといいます。
“近代オリンピック”は、1896年、ピエール・ド・クーベルタンによって復活されました。
その歴史は、(リオデジャネイロオリンピックで)120年です。
その間、戦争あり、不正(ドーピングなど)あり、メダル獲得競争あり ・・・・ です。

 

《 丁・酉 & 一白水性 の深意 》

さて、今年の干支「丁・酉〔ひのと・とり/てい・ゆう〕には、
どのような深意があり、どのように方向づけるとよいのでしょうか。

十干「丁〔ひのと〕」は、(五行)「火」の“陰”です。

「一」〔いち〕と「亅」〔はねぼう/けつ〕とからできています。

「一」 は、従来の代表的な動き=“陽気”がまだ続いていることを示しており、
昨年の「丙〔ひのえ〕」の上の「一」の続きと解せます。

「亅」は、旧勢力の陽気に対抗する新しい動きを示しています。
つまり、「丁」という文字は、新旧両勢力の衝突を意味しているのです

十二支”の「酉〔ゆう/とり〕」は、
酒を醸〔かも〕す麹〔こうじ〕が甕〔かめ/みか〕の中に在って
発酵するのを示す象形文字です。

甕の中で発酵したエネルギーがいつ爆発するかわからない情況を示しているのです。

したがって「丁・酉」の今年は、
今までの陽の勢力に対抗する新しい気風(=甕の中で発酵した新しいエネルギー)が
衝突するという形勢を現していると考えられます

字義から時期を推察してみますと、陽気の陰〔かげ〕りは5月ごろ、
新しい勢力による困難な情勢(黍〔きび〕の発酵)は仲秋ともいえましょう。

※(以上の干支の解説については、安岡正篤氏干支学によりました。 
『干支新話(安岡正篤先生講録)』・関西師友協会刊。p.85、p.127 参照。)

 

付言しますに、後述いたしますが、
干支の「丁・酉」を易卦に直すと【火沢睽〔けい〕☲☱】
(先天卦:【天水訟☰☵】)となります。

“そむ〔叛/背〕く”・“そね〔嫉〕む”の意です。

「火」と「水」、「中女」と「少女」の対立・反目です。

が同時に、火水が折り合ってゆく、
対立矛盾を統合(=中す/アウフヘーベン)してゆくべき、
という意味でもあります。

干支の文字の示すものと、易卦の象意〔しょうい〕とが
ピッタリと符合していますね!

 

また次に、九性(星)気学で今年は「一白水性(星)」にあたります。

陰陽五行思想・「木/火/土/金/水」の「水性」です。

易の八卦でいえば【坎〔かん〕☵】が相当します。

【坎】は、“水”であり、“陥〔おちいる〕であり、
人間で言えば“中男/次男”です。

象〔しょう〕の【☵】は、中爻〔こう〕が
背骨・肉体を貫く精神・一貫するもの・不変不易なるもの
・仁徳・・・を現しています。

「水」(液体)は、氷(固体)となり水蒸気(気体)となり
三つの態に変化します。

孔子や老子という賢人は、水の象〔しょう/かたち〕を
その思想の要〔かなめ〕としています。 注)

「一白水性(星)」には、理念・連絡・親和・情・水没・無彩色(白/黒)・・・ 
などの現象を現す意味が考えられます。

今年の時勢を推し測ってみますと。

政治・外交・経済・家庭・・・すべての分野で流動的であり、
洪水氾濫のような危険をいつも孕〔はら〕んでいるといえましょう。

龍(水と陽の象)が、水中(淵〔ふち〕)に潜んで飛翔する力を蓄えるように、
力を蓄える年でしょう

注)
儒学の開祖・孔子は、『論語』で 
「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。」(雍也第6)/
「子、川上〔せんじょう/かわのほとり〕に在りて曰く、逝〔ゆ〕く者は斯〔か〕くの如きか。
昼夜を舎〔お/や・めず/す・てず〕かず。」(子罕第9) 
と言っています。
老荘(道家)の開祖・老子も水の礼讃者で、
“不争”・“謙譲”を“水”に象〔かたど〕りその政治・思想の要〔かなめ〕といたしました。
例えば。「上善は水の若〔ごと〕し」「水は善く万物を利して争わず」(『老子』・第8章) /
「天下に水より柔弱〔じゅうじゃく〕なるは莫〔な〕し」(『老子』・第78章) etc. ―― 
孔子は水を楽しみ、孟子(や朱子)は川の流れに智の絶えざる・尽きざるものを観、
老子は水の柔弱性と強さをその思想にとりました。

 

なお、日本の現情勢を眺めてみますと、
内外共に、以上に見てまいりましたこの対立の厳しい情勢が在ります

たとえば、国際政治・外交面では、
韓国の朴槿恵〔パククネ〕大統領弾劾〔だんがい〕をめぐる
政情不安定と我が国との対立、
米国のトランプ大統領就任(2017.1)により予想される
世界と日米関係の混乱・緊張、をはじめとして
中国、ロシアなど各国との対立です。

経済面でも“EU問題”、“TPP問題”などの対立。

国内でも、政治は与野党の対立ばかりが目に立ち、
経済(“アベノミクス”)も課題多しです。

そもそも現代の社会・世界そのものが、
個人も国も自分中心主義が目立ち過ぎます。

この、かかる情勢から考え想いますことは、
親和の精神・“中庸=バランス”を図ることの大切さに他なりません

 

《 酉 → 鳥 あれこれ 》

「酉=鳥」

十二支・「酉年」は、一般に「鳥〔とり〕〕年」と言われ、
動物の「鳥〔Bird〕」、とりわけ「鶏〔にわとり:Hen/Cock〕」に当てはめられます。

「鶏」は古来より食用とされており、より以上に日常的な鳥だからでしょうか? 

よく用いられている英語の“チキン〔Chichen〕”は、
食用としての鶏の肉に用いられる語です。

「鳥」にちなむ文言や言い回しについてあれこれ述べてみたいと思います。・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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謹賀丙申年 <前編>

謹賀丙申年 〔謹んで丙申年を賀します〕

―――  丙・申・二黒土性/今年の漢字「安」/【火天大有】・【天山遯】卦/
「猿も木から落ちる」/「猿を決め込む」→「見ざる」・「聞かざる」・「言わざる」/
“反省する猿”/「天よりこれを祐く」/「順天休命」/
“上り坂”・“下り坂”・“ま坂”   ―――


《 はじめに ・・・ 干支について 》

明けて平成28年(2016)。
新年を皆様と迎えますこと、大慶でございます。

歳重ねの想いを新たに、例年のように干支〔えと/かんし〕から始めて、
いささか本年の観想といったものを述べてみたいと思います。


今年の干支〔えと/かんし〕は、
(俗にいうサルではなく)「丙・申〔ひのえ・さる/へい・しん〕です。

干支は、十干〔じっかん〕(天干)と十二支(地支)です。

かつてはこの、10 と 12 の組み合わせで、60干支〔かんし〕の暦を作っていました。


そして、本来十二支は、動物とは専門的には直接関係ありません。
が、動物のイメージ・連想は、人口に膾炙〔かいしゃ〕しています。

干支を「今年のエトは、サルで ・・・ 」とメディアが薄々軽々と報じているところです。


また、干支は旧暦(太陰太陽暦:我国で明治維新期まで用いられました)ですから、
年始は2月4日(立春)からで、
2月3日(節分)までは、まだ「乙・未〔きのと・ひつじ〕」です。

これらのことを確認しておきまして、
これから本年の干支「丙・申」年にまつわるお話をしてまいりましょう。


《 今年(‘15)の漢字 「安」 》

昨年・平成27(2015)年の世相をあらわす文字(「今年の漢字」)は「安」でした。
(一昨年は「税」、その前は「輪」。) 

“安”保関連法や“安”倍内閣(アベノミクス)からの「安」でしょうか。

私は連想いたしますに、“安心”・“安全”の「安」です。

ただし、“安心”・“安全”がないという意味で、です。

わが国の経済格差の拡がりは、ますます顕著になってきております。

経済的に“安心”して穏やかに暮らすことができない
(これからの)“超高齢社会”です。

また、近隣諸国からの侵害・テロといった国家レベルから
食の安全と言った日常生活レベルでの“安全”が脅かされています。

年が明けて(2016)早々から、廃棄処分食品(“カツ”など)の
小売店頭での流通が、メディアを賑わせ国民を驚かせました。

貨幣〔かね〕のために売り、“安い”が故に買うという、
“倫理”や“義”が忘れられた世相です。

かくして、“安〔やす〕らか”でない人心!です。


《 丙・申 & 二黒土性 の深意 》

さて、今年の干支「丙・申」には、どのような深意があり、
どのように方向づけるとよいのでしょうか。

「丙〔ひのえ〕」は、(五行)「火」の“陽〔よう〕”。

「炳」の字をあてはめ、“盛ん”・“あきらか”・“強い”といった意味です。

昨年の“干支”「乙・未」は、
困難にあい伸びようとしても苦しむさまを暗示していました。

が、今年は一昨年・昨年の陽気が一段とはっきり発展するということです。


「丙」の上の“一”は伸びる“陽気”を表し、
下の部分は“かこい”に“入”と書いてあります。

陽気が囲いの中に入る、つまりモノは盛んになり続けるということはなく
必ず衰える兆しを含んでいるということです。

しかるにまた、衰えるということは再び盛んになるという未来を含んでいます。

人間というものは“老いる”ということを多く嘆きます。

決してそうではないのです。
老いたら老いたで、楽しみもあれば力もあるのです。
生命・創造の働きは無限の循環なのです。

「丙」の文字は、よくこのことを表しているのです。

“超高齢社会”の進展している我が国の現状で、味わいたいものですね。


以上の理〔ことわり〕は、私が想いますに、
“陰極まれば陽・陽極まれば陰”、良い時も戒め・悪い時も励ます、という
易学・『易経』の世界そのものです。


「申〔さる〕」は、“〜申し上げます”の“申〔もう〕す”と同じ文字です。

“申す”は、自分をへりくだって言う語(=謙譲〔けんじょう〕語)です。

もともとは、光る稲妻を描いた甲骨文字とも言われています。
(円満字次郎氏) 

「申」は、“イ〔にんべん〕”をつけた“伸〔しん〕”、
“伸〔の〕びる”の字に同じです。

“のびる”という意味で、善悪両方の意味において
いろいろな新しい勢力・動きが伸びてくることをあらわしています。


以上のように「丙」も「申」も共に、あきらか・盛ん・伸びるの意味です。

強い生命力と活力を含んで、諸事、成長発展する年であるといえましょう。


※(以上の干支の解説については、安岡正篤氏干支学を中心にまとめました。
 『干支新話(安岡正篤先生講録)』・関西師友協会刊。pp.65―66、p.98、参照。)


また次に、九性(星)気学で今年は「二黒〔じこく〕土性」にあたります。

陰陽五行思想で“陽”の「八白〔はっぱく〕土性」に対して“陰”の土性です。

易学的には【坤〔こん〕/地】、
人間でいえば母、母なる大地・田畑の土、「根〔コン〕」です。

従って、地味・大地・農業・忠実・生み作り出すなどの
多くの現象を表すと考えられます。

そこで、今年の時勢を推し測ってみますと。
エネルギーの蓄積、腰を低くして苦労に耐え忍ぶ、
内容充実の目立たない年ということがいえましょう。


《 歴史的に「丙・申」年を振り返る 》

歴史的に、前回の「丙・申」年つまり60年前は、
昭和31年(1956/八白土性)にあたります。

この前年は、昨年度お話しいたしましたように、
敗戦から10年を経て「もはや戦後ではない」(経済白書、1955/s.30)
といわれるほどに戦後の復興が進みました。

経済界は、“神武景気”(記紀の神武天皇建国以来の好況期の意: s.29.11〜s.32.6)
といわれるほどの活況を示します。

日本経済の“高度成長期”は、一般にはこの昭和30年(1955)から
昭和48年(1773)の第一次オイルショックまでを指します。

日本は、自由主義経済世界で第2位の経済大国となります。

しかしながら、急激な経済成長は“公害”や“交通事故の激増”をはじめ
外部不経済現象の顕在化をもたらし、
生活関連の社会資本の整備は後回しになってしまったのです。


《 申 → 猿 あれこれ 》

十二支・「申年」は、一般に「猿〔さる〕年」と言われ、
動物の「猿〔Monkey/Ape〕に擬〔なぞら〕えられます。

「猿」にちなむ言葉や言い回しについて、あれこれ述べてみましょう。


「猿」は、生物学的に我々「ヒト」と祖先を同じくする動物ですので、
獣の中では最も知恵が優〔まさ〕っています。

昔時〔むかし〕、大ヒットしたショッキングなSF.映画・「猿の惑星」は、
「猿」が人間にとって代わって地球を支配する話で、実に感慨深いものでした。

また、深層心理学的には“子ども”を表します。
人間に近い・似ているからでしょうか。

そして言葉としての慣用的な使い方としては、
「猿芝居」・「猿知恵」・「猿まね」・・・といった具合で、
あまり良い使い方がないように感じます。


「猿も木から落ちる」という慣用句はよく用いられます。

「弘法〔こうぼう〕も筆の誤り」と同じで、
その道に長じた者〔ベテラン〕も時には失敗することがあるということです。

しかし、失敗してしまった時には、“モノは考えよう”で、
「猿」にしろ「弘法」にしろその実力は前提として認められている訳ですから、
落ち込みすぎずに前向きに考えて次をがんばることが大切でしょう。

また、この慣用句を捩〔もじ〕って、
“猿は木から落ちても猿のままだが、政治家は落選するとただの人となる”
との名言を残した代議士もいます。

政治・選挙の関係者の間では、重みのある言葉です。


「猿」の“音(=サル/エン)”だけをとって、良い意味で使われてもいます。

“サル=去る”で災いや病が去ること/“まサル=勝る・魔が去る”/
“エン=縁”で縁結び、といった具合です。


「猿を決め込む」 → 「見ざる」・「聞かざる」・「言わざる」
現代的意味で考えさせられるものがあります。

手で目を隠し、耳を覆い、口を押さえたトリオ猿の絵や人形は今でもよく見かけます。

ちなみに、先だってこれらの3匹の猿が描かれた色紙で
バック〔背景〕に“桃”(の実)が3つ描かれたものを見かけました。

“桃”は、(中国伝来の思想で)霊力のある樹と考えられていました。

“縁起物”といった意味あいで描き添えられていたのでしょう。

この3つの姿勢の処世哲学は、本来、消極的保身・姿勢・悟りの戒めであると思われます。

私が想いますに。
“見過ぎ”・“聞き過ぎ”・“言い過ぎ”の
姦〔かしま〕しき「過(陽)」の現代日本においては、
“省み省いて”目指すべきもの
ではないかと思います。

これは、“老子”の境地、「無為自然」・「静」の世界に通ずるのではないでしょうか?


面白いところで、“反省する猿”というのがありました。

「吾、日に吾が身を三省す」、という『論語』の曾子の言葉はよく知られていますね。

“省〔かえり〕み”、“省〔はぶ〕く”ことは極めて重要なことです。

尤〔もっと〕も、真に“反省”できるのは人間だけでしょう。
猿は、反省のポーズを(芸として)取ることができるというだけのことだと思います。


なお、中国古典・文化と関連して、漢詩の中によく“「猿」の声”が登場します。

盛唐の2大巨星、李・杜〔り・と〕の詩から少々ご紹介してみましょう。

(『唐詩選』新書漢文大系6・明治書院 参照)


早〔つと〕に白帝城を発す       李 白〔り はく〕 

 朝〔あした〕に辞す白帝彩雲の  / 
 千里の江陵一日〔いちじつ〕にして〔かえ〕る
 両岸の猿声啼〔な〕いて住〔や〕まざるに(住〔とど〕まらず) /
 軽舟已〔すで〕に過〔す〕ぐ万重〔ばんちょう〕の

  ★韻: 「間」・「還」・「山」

 ――“詩仙”・李白の七言絶句の傑作です。
 詩全体に力強さとスピード感がみなぎり、
 「猿声」の悲哀とのマッチングがとても魅力的です。


登 高 〔とう こう〕        杜 甫〔と ほ〕

 風急に天高くして猿嘯〔えんしょう〕  /
 渚清く沙〔すな〕白くして鳥飛び〔めぐ〕る
 無辺の落木は蕭蕭〔しょうしょう〕として下り /
 不尽の長江は滾滾〔こんこん〕として
 万里悲秋常に客〔かく〕と作〔な〕り /
 百年多病独〔ひと〕りに登る
 艱難〔かんなん〕苦〔はなは〕だ恨む繁霜〔はんそう〕の鬢〔びん〕 /
 潦倒〔ろうとう〕新たに停〔とど〕む濁酒〔だくしゅ〕の

  ★韻: 「哀」・「廻」・「来」・「台」・「杯」

 ――“詩聖”・杜甫の七言律詩の代表傑作で、
 古今七言律詩のナンバーワンとも賞されます。
 この詩は全てが対句(全対格)で構成され、
 かつ全句がそれぞれ三層に切れているという、
 優〔すぐ〕れて特異なものです。
 首聨〔しゅれん:1句と2句〕を観てみますと、
 対句となっており「猿嘯哀」「鳥飛廻」がペアになっています。
 「哀〔アイ〕」「廻〔カイ〕」とは、韻を踏んでいます。
  

このように漢詩の世界では、「猿声」を哀(=悲)しみをつのらせる動物の声として捉え、
それゆえにこそ“詩になる”ということです。

“猿の鳴(=啼)き声”が「哀しい」という感覚が、
我々日本人にはよくわからないのではないでしょうか。

我々が聞き知っている日本の「猿=Monkey」と
漢詩に詠われている中国の「猿=Ape」とは、
そもそも種類が異なり鳴き声が違うのです


《 干支の易学的観想 / 【火天大有】&【天山遯】卦 》

 次に(やや専門的になりますが)、十干・十二支の干支を
易の64卦にあてはめて(相当させて)解釈・検討してみたいと思います・・・。


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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謹賀甲午年  その3

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)

《 干支の易学的考察 / 【雷火豊☳☲】・【火天大有☲☰】卦 》

次に(やや専門的になりますが)、今年の干支を易の64卦になおして(翻訳して)
解釈・検討してみたいと思います。


昨年の干支、癸・巳は【水火既済】卦でした。

今年の「甲・午」は【雷火豊☳☲】卦、先天卦は【火天大有☲☰】となります。

【雷火豊】卦は、中天に輝く太陽、豊大に富むの意です。

先天卦の【火天大有】も太陽が天上に輝く象〔しょう・かたち〕で、
“大いに有〔たも〕つ”・豊かで盛運の意です。  ※(→資料参照のこと

【豊】卦大象伝には、「君子以て獄を折〔さだ〕め、刑を致す。」
(君子は、まず下卦の明徳・明知をもって〔訴訟の〕正邪曲直を正し裁定し、
上卦震の行動をもって罪有る者には刑罰を執行するのです。)とあります。

【大有】大象伝には、「順天休命」;
「君子以て悪を遏〔とど〕め善を揚げて、天の休〔おお〕いなる命に順う。」
(君子は、悪に対しては刑罰をもってこれを防ぎ止め、
善に対してこれを称〔たた〕え揚げ賞し登用するのです。

このようにして、 天の真に善にして美しい命に順うようにつとめるのです。
〔為政の道ばかりでなく、修身の道もまた然りです。〕)


≪参考資料:高根 「『易経』64卦奥義・要説版」 pp.46・15 引用≫

55. 豊 【雷火ほう】  は、

 ● 豊大に富む、人生のまっさかり

  ※ 「豐」の字義 : 豆の字は 神前に供物を捧げる器具、
    上部は 山に木がたくさん茂っている象で、山のようにお供えを盛っている形です

 ■ 卦象は下卦離火・上卦震雷。

  1)雷がとどろき、稲妻が光る象。 (音と光で豊大の極)

  2)十分に出来た女性(離の中女)が立派に出来上がった男性(震の長男)に寄り添った象。

  3)卦徳では、離は文(明徳・明知)、震は武(活動・行動)にて“文武両道”・盛大。

  ○ 大象伝 ;「雷電みな至るは豊なり。君子以て獄を折〔さだ〕め、刑を致す。」

     (雷鳴と電光が共に至るのが豊の卦象です。
     このように、君子は、まず下卦の明徳・明知をもって〔訴訟の〕正邪曲直を正し裁定し、
     上卦震の行動をもって罪有る者には刑罰を執行するのです。)


14. 大有 【火天たいゆう】  は、大いに有〔たも〕つ

                      3大上爻〔大有・大畜・漸〕、帰魂8卦

 ● 中天の太陽、天佑あり、順天休命 (大象)

  易は、陰を小 陽を大とする。大有は、陽を有つ意(=盛大)。
  (大いに有つと、大いなるものを有つの意)

  ・2爻:「大車以て載〔の〕す。」 ・・・ 
      A)ロールスロイスに財宝を山と積むように ── 。
      B)重荷を積んでゆくようにすれば ── 。 「積中不敗」(象伝)

       cf.「人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くが如し。・・・ 」(徳川家康)

  ・上爻:「天よりこれを祐く。」 ・・・ 天の配剤、384爻中の最良

 ■ 下卦 乾天の上に、上卦 離火(=太陽)。 
   
  1)日、天上に輝く象。

  2)1陰 5陽卦 :5爻の1陰の天子は、大有の主爻。また、離の主爻
    陽位に陰爻あるは柔和な徳。離の明徳と中庸の徳を兼備し、正応・正比。
    他の 5陽の剛健な賢臣たちが随従している象。心を1つに集めている象。

   離の中爻の陰は、離の主爻であり中徳を持つ。
    なぞらえれば、離=炎 の中心は、虚にして暗く燃えていない、陰です

  ○ 大象伝 ;「火の天上に在るは大有なり。君子以て悪を遏〔とど〕め善を揚げて、
         天の休〔おお〕いなる命に順う。」

     (離火が、乾天の上にあるのが大有です。離の明知・明徳と乾の断行です。
     この象にのっとって、君子は、悪に対しては 刑罰をもってこれを防ぎ止め、
     善に対してこれを称〔たた〕え揚げ賞し登用するのです。
     このようにして、 天の真に善にして美しい命に順うようにつとめるのです
     〔為政の道ばかりでなく、修身の道もまた然りです。〕)


私、想いますに、平成の今わが国は、真の“豊かさ”とは何か?
“豊かな社会”とは何か?
 を省みる必要があります。

まず、一般にいわれている“経済的豊かさ”についても、
ほんとうに豊かな社会といえるのか疑問です。

例えば、(900兆円を超す)借金大国、少子(超)高齢社会の進展、
少子なのに父の収入だけでは生活できない、
ワーキングプアー・ニート・フリーターの増大、
(年間3万人を超す)自殺者、(経済的)格差社会 ・・・ etc. 

そして、何よりも“心の貧しい国”〔マリア・テレサ〕です。

例えば、拝金主義・利益至上主義・利己主義の蔓延、
道徳の忘却、思いやり(=“仁”・“恕”・“愛”・“慈悲”)のなさ、
いじめの日常化、親子・家庭関係の崩壊、教育の形骸・貧困化 ・・・ etc.  
─── こころ・精神の“豊かさ”の再生が確かに望まれています。


英語の“RICH/リッチ”にも、
(1) たんに“貨幣〔かね〕持ち”という意味と 
(2) “(精神的・智的)豊かさ”の二つの意味がありましたね。

(“POOR/プアー”にも同様に、(1)たんに“貨幣〔かね〕がない”という意味と 
 (2)“(精神的・智的)貧しさ”の二つの意味があります。)


易象〔えきしょう〕の【離・火
(【雷火豊☳☲】卦の【離・火】、【火天大有☲☰】卦の【離・火】)も、
明知・文化文明であると同時に
中身が(“陰”で)空虚・虚偽・見かけ倒しの二つの意味があります。

心しておきたいことだと想います。


( 以上 )


謹賀甲午年  その1

謹賀甲午年 〔謹んで甲午年を賀します〕 その1

───  甲・午・四緑木性/「輪」・「おもてなし」/“仁”・“核〔さね〕”/
「赤兎(馬)」と「騅〔すい〕」/「馬のはなむけ」・「馬が合う」/
【雷火豊】・【火天大有】卦
  ───


《 はじめに ・・・ 干支について 》

明けて平成26年(2014)。 
新年を皆様と迎えますこと、大慶でございます。


今年の干支〔えと/かんし〕は、(俗にいうウマではなく)
「甲・午〔きのえ・うま/こう・ご〕です。

干支は、十干〔じっかん〕(天干)と十二支(地支)です。

かつてはこの、10 と 12 の組み合わせで、
60干支〔かんし〕の暦を作っていました。

「丙・午〔ひのえ・うま/へい・ご〕」と発音が似ているので、
たまに勘違いをしている人を見かけます。

(丙・午年生まれの女性は、じゃじゃ馬だとの
広く知られている俗説・妄説と関連しての勘違いでしょう。)


そして、本来十二支は、動物とは専門的には直接関係ありません。
が、動物のイメージ・連想は、人口に膾炙〔かいしゃ〕しています。


干支を「今年のエトは、ウマで ・・・ 」とメディアが薄々軽々と報じているところです。

また、干支は旧暦(太陰太陽暦:我国で明治維新期まで用いられました)ですから、
年始は 2月4日(立春)からで、
2月3日(節分)までは、まだ「癸・巳〔みずのと・み/き・し〕」です。

これらのことを確認しておきまして、
これから干支「癸・巳」年のお話をして、私の年頭所感としたいと思います。


《 「輪」 と 「おもてなし」 》

昨年・平成25年の世相をあらわす文字(「今年の漢字」)は「輪」でした。

(一昨年は「金」、その前は「絆」。) 

── 2020年の“東京五輪”の開催決定や相次ぐ自然災害への支援の輪からの連想です。

この「輪」の文字が世相をあらわす文字として思った(当てた)人も多かったことでしょう。

「今年の漢字」に応募された語の半数以上の多数による決定であったわけですから、
“一般ピープル並みの連想をするならば当たる”、という理屈です。

翌日の朝日新聞“天声人語”でも、
「輪」が“東京五輪”と“人のつながり”という連想から述べられていました。 注1)


しかるに、私は多数の連想からは離れて居るようで、「輪」から連想するものは、第一感『論語』でした。

というのも、『論語』は『輪語』ともいいます

人口に膾炙〔かいしゃ/=普及〕している『論語』の書名の由来は、
多くの弟子たちが(孔子の言葉を)論じてピックアップしたことによる名称といわれています。

この『論語』の別称が『輪語』で、弟子たちが“輪”になって論じたからの意からでしょう。

(cf.他に『倫語〔りんご〕』・『円珠経〔えんじゅきょう〕』ともいわれています) 

私は、『論語』=『輪語』の(精神の)見直し、これからの再生の必要性を連想し想ったのでした。


そして、この『論語』の中に、100回以上も登場する
(『論語』=孔子の思想)キーワードが「仁〔じん〕」です。

「仁」とは“人が二人”と書きます。

人と人の間に生じる自然な親愛の情、相手を思いやることです。

「仁」=“恕〔じょ/ゆる・す〕”であり、
キリスト教の “愛”であり、仏教の“(慈)悲”に相当いたします。


また、“核〔さね〕”の意でもあります。

植物の種でいえば“胚〔はい〕”にあたります。

中華料理のスイーツの“杏仁豆腐〔あんにんどうふ〕”は、
杏〔あんず〕の種子からつくりますね。 注2) 

動物でいえば“卵〔らん〕”にあたります。 
── つまり、始原出発点であり、
(人として)欠くべからざる最も重要なものの意ということです。 注3) 


私なりに易学的に考えてみますと、“核〔さね〕”は“陽”であり生成発展です。

そして、「仁」の象〔しょう〕は【坎〔かん: 水】です。

【坤〔こん: 地】の肉体(陰)に貫き通る(“一貫するもの”)一本の陽、
すなわち“善き精神”であり“まこと”であるのです

老子もその思想を“水”【坎〔かん: 〕】に象っています。


ところで、“東京五輪”招致のプレゼンテーションの中で、
流行語大賞の候補にもなった(滝川クリステルさんの)
「お・も・て・な・し」という語がありました。

日本語の“おもてなし”とは、
相手に対するまごころ・おもいやりの念(=仁)に他なりません
。 注4)


前回の“北京オリンピック”(2008.8.8.8.)を中国が開催するにあたり、
従来の共産国の方針を(表面的にはですが)大転換して、
儒学・孔子を生んだ国であることを世界にアピールしました。

開会式で「有朋自遠方来、不亦楽乎。」
(朋〔とも〕あり、遠方より来たる、亦〔また〕楽しからずや。)と
論語の冒頭を高らかに唱〔うた〕ったのは、記憶に新しいことですね。

わが国は、まず“東京オリンピック”に浮かれて
東日本大震災の復興や福島第一原発事故の善処・展望を
等閑〔なおざり〕にしないことが大切です。

そうして、わが国も“東京オリンピック”に向けて、
忘れている日本儒学の古き善き伝統を復活させるべく、
“輪語”・“おもてなし(=仁)”に想いを向けるべきです。


注1)“日本漢字能力検定協会は「今年の漢字」を「輪」と発表した。
   毎年、公募をして一番多く寄せられた字が選ばれる。
   「おかえり、五輪」 「ようこそ、五輪」の思いを込めた人が多かったのだろう。
   ▽人のつながりを「輪」に例えることもある。・・・ ”
   (2013.12.13.朝日新聞・天声人語)


注2) 現代の学生諸君が、「仁」=「核〔さね〕」を
   どのような若者表現で理解しているのか、参考までに述べてみますと; 

○ 「仁」とは、── 人の自然な心情で、愛・慈悲と同じことで、
  それが人間の核になっている/真心〔まごころ〕のことで、
  心の真ん中=核 を意味する/(人間の)核である心にあるもの/
  人間にとっての核であり、変わることなき中心の核/
  核のように続いてゆくもの(≒DNA・永遠・連続・一貫するもの)/
  思いやりを大切にしてブレない核で貫かれているもの/
  いろいろなものの核、人と人との間にできる核/
  思いやり、それは人格の核となる/
  核(胚や卵黄)のようにこれから成長していきなさいということ/
  核(胚や卵黄)は栄養分(種の白い部分や卵の白味)があって育ちます。
  (それが人間にとって学ぶということでしょうか?) etc.


注3)トピックス“卵〔らん〕”・「万能細胞」について:

   ES細胞(2007年・ノーベル賞・Mエバンス博士・英)に続き、
   昨年i PS細胞(2012年・ノーベル賞・山中伸弥 京大教授)、
   今年2014年STAP細胞(小保方晴子 理研ユニットリーダー)。


注4)“寒い季節こそ人の情けは身にしみる。
   流行語になった「おもてなし」の最たるものは、
   能で知られる「鉢木〔はちのき〕」だろう。・・・”
   (2014.2.7.朝日新聞・天声人語)

   旅の僧〔北条(最明寺)時頼〕が、雪道に悩んだ時、
   貧家の主人〔佐野源左衛門常世〕が、暖をとる薪が底をつくと
   愛蔵の梅・松・桜の鉢の木を焚〔た〕いてもてなした話です。

   ちなみに『三国志(演義)』では、似たスチュエーションで、
   山中にさまよっていた劉備玄徳をもてなすのに
   、主人が自分の愛妻を殺してその肉を供するという“大陸的なもてなし”の話が登場します。

   (※われわれにはショッキングな話ですが、原書では美談として扱われているのです。)


《 甲・午 & 四緑木性 の深意 》


 さて、今年の干支「甲・午」には、どのような深意があり、
どのように方向づけるとよいのでしょうか。・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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謹賀壬辰年  (その1)

謹賀壬辰年 〔謹んで壬辰年を賀します〕

 ── 「絆」/東日本大震災(`11.3.11)/壬・辰・六白金性/
【水山蹇】・【地雷復】卦/「登龍門」・「逆鱗」・「龍と雲」 ほか ───


《 はじめに ・・・ 干支について 》

 明けて平成24年(2012)。 
新年を皆様と迎えますこと、大慶でございます。

 今年の干支〔えと/かんし〕は、(タツではなく)
「壬・辰〔みずのえ・たつ/じん・しん〕です。

干支は、十干〔じっかん〕(天干)と十二支(地支)です。
かつてはこの、10 と 12 の組み合わせで、
60 干支〔かんし〕の暦を作っていました。

 そして、十二支「辰」は、動物の「龍(竜)」とは専門的には直接関係ありません。
が、動物のイメージ・連想は、人口に膾炙〔かいしゃ〕しています。

干支を「今年のエトは、タツで ・・・ 」とメディアが薄々軽々と報じているところです。

また、干支は旧暦(太陰太陽暦:我国で明治維新期まで用いられました)ですから、
年始は 2月4日(立春)からで、2月3日(節分)までは、
まだ「辛・卯〔かのと・う/しん・ぼう〕」です。

これらのことを確認しておきまして、
これから干支「壬・辰」年のお話をして、私の年頭所感としたいと思います。


《 「絆」 》

ところで、昨年 平成23年の世相をあらわす文字(漢字)は「絆〔きずな〕」でした。 
(一昨年は「暑」、その前は「新」) 

自然環境から再び人間社会・人間の“に世相の関心の重点が移った感もあります。

昨年の、年頭ご挨拶で 《「暑」──“寒”そして“温”》という項目で
次のように述べておりました。

後述いたしますが、今年の干支を易学的考察いたしますと
【水山蹇】〔すいざんけん〕卦ですので、一入〔ひとしお〕興味深いものがあります。

再掲いたしておきます。


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 昨夏(平成22年)は、猛暑で、屋内においてすら
“熱中症”で亡くなられた方が、高齢者を中心に多数出ました。

地球温暖化を主要因とする異常気象現象は、改善するどころか、
ますますその程度を顕著なものとしてきています。

 むろん、「暑い」 のは自然界ばかりではなく、
人間界も 「暑(苦し)い」 時世です。

思い想いますに、自然がおかしいから人間もおかしくなるのか? 
はたまた、人間がおかしいから自然もおかしくなるのか? 
それは、後者が真なのでしょう。

 この暑さとは対照的に、年末年始からは、猛烈な寒波に見まわれました。

私は、四国(愛媛)に帰省していたのですが、
吹雪〔ふぶき〕の大晦日・元旦となりました。

今冬は、“ジンジン”と四肢五体に沁み込むような寒さを
(脆弱な吾が身に)体感しています。

 そして、“寒い”のは、気候ばかりではなくて、世情・人情もまた然りです。

易卦に想いを馳せてみると、【水山蹇〔すいざんけん〕】卦が浮かびます。

「蹇」は、寒さで足が凍えて動けなくなっていること象〔かた〕どっている字です。
足止めストップ、3大難卦の一つです。

 さて、こうして寒い日々が続きますと、
温〔暖:あたた〕かい”のが何よりも有り難く感じます。

今の候、つくづくと私が実感いたしますのが、
背中に入れた“ホカホカカイロ”(“あったカイロ”)と“入浴”の“温かさ”です。

至福の想いです。

それは、親身の“温かさ”の故だからでしょう。

 思い想いますに、畢竟〔ひっきょう〕、人間として肝要なものは 
“情”・“思いやり”です。

儒学の専用語で “仁〔じん〕”、(キリスト教的には“愛”、仏教的には“慈悲”)です。

その“情”・“思いやり”を具体的に擬〔なぞら〕え象〔かた〕どると、
この“ホカホカカイロ”と“入浴”の“温かさ”になるのカナ、などと想っています。

 易の八卦八象〔はっかはっしょう〕。
「離」=「火」の、“中庸”=「程〔ほど〕」を得たあたたかさ「温(暖)」が大切です。

それは、自然界の「温(暖)」ばかりでなく人間界での心の「温」も大切です。

易卦の【離為火】に関して「人の心の火の用心」(真瀬中州)という
シャレた文句もあります。

また、『論語』に 「温故而知新」(学而第1)の文言があります。

この「温」は、1)「故〔ふる/古〕きをアタタめて」とも 
2)「故きをタズねて」とも読み解します。

1)の「温めて」は、原義はゆっくり肉を煮込んでスープを作ること。
また、私は、カレーやシチューを“ねかせて”さらに一工夫を加えて
あたため直し新しい味を引き出すことと解しています。

2)の「温ねて」は、なぜ “尋ねる” と読むのでしょうか?

「温」の字は、サンズイ(水) + 日=囚(元字) + 皿 からなります。

つまり、囚人に対して、水と 皿には食物を盛って(差し入れて)訪れ、
「お前は、如何〔どう〕してこんな所にいるんだい? ・・・・ 」 と
あたたかく尋ね諭〔さと〕すところから成っている
、と教わったことがあります。

深いお話です。

 ── ともかく、自然界も人間界も “中庸” が大切です、
過度の猛暑も厳寒も困ります。

自然界における、「天に唾〔つば〕する」 がごとき
環境破壊・地球温暖化による偏奇異常は、今早急に解決しせねばならない課題です。

が、人間界において、情の“温(暖)かさ”もまた、
今早急に取り戻さねばならない課題です。

( 儒灯・「謹賀辛卯年」より引用)

http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/51189500.html
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「絆」の文字は、普段あまり用いられていない言葉・漢字だと思います。
が、今ではあまりに頻繁〔ひんぱん〕に用いられていますね。

「絆」が平成23年の世相をあらわす文字(漢字)に選ばれたのは、
(‘11) 3月11日の東日本大震災を契機とするところが大であると言われています。

余事ながら、「絆」の文字は、“キズナ”で 3 語、
字画で 11 画 といったこじつけを書いて
「取るに足らない偶然が、今は愛〔いと〕おしい。」と結んでいる新聞もありました。
(’11.12.4 :朝日新聞・「天声人語」)

私も年末に、予想外の大患(=大病)を得て、“この世”との「絆」を改めて想った処です。

とにかく、「絆」は ── 糸が半分とも読めますから、
極めて儚〔はかな〕く微〔かす〕かなものではありましょう。


《 壬・辰 & 六白金性の深意 》

さて、昨年の干支 「辛・卯」〔かのと・う〕は、
自然災害(地震・津波・水害)とそれに伴う諸問題(原発事故など)で、
辛〔つら〕い・苦しい問題未処理の年でした

今年の干支 「壬・辰」には、どのような深意があり、
どのように方向づけるとよいのでしょうか。・・・



※ この続きは、次の記事(謹賀壬辰年 その2)に掲載いたします。
   (・・壬・辰・六白金性/【水山蹇】・【地雷復】卦/「登龍門」・「逆鱗」・「龍と雲」 ほか)



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