儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

徒然草

水【坎】 に想う  (その11)

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)

《 水=川の流れ ・・・ 鴨長明・『方丈記』 》

「川の流れのように」 や 「時の流れに身をまかせ」という名曲の表題は、
私たち(日本人)の感性によく適〔かな〕いよく知られています。  注10)  

古代中国において、“水”は“川”と同意でした。

“水”は流れ移りゆくものであり、
したがって川の流れであり、時の流れとも表現できるのです。


東洋思想において、古代の聖人・哲人(ex.孔子・老子・孫子 ・・・・ )は、
“水”をその思想の象〔しょう/かたち〕といたしました

そしてそれは、“水”を(有形・固定したモノとしてではなく)
時間”(無形・移りゆくもの)で捉えるものです

すなわち、水の流れ = 川(の流れ) として捉えるものであったといえましょう。


【東洋思想の水】 
☆水を時間(無形・形而上的)で捉える = 水の流れ = 川(の流れ)


鴨長明・『方丈記〔ほうじょうき〕』は、
吉田兼好・『徒然草〔つれづれぐさ〕』と共に、
わが国鎌倉期を代表する二大随筆です。  注11)  

両者は、仏者の隠者文学の金字塔で、“仏教的無常観”で貫かれているとされます。

この二大作者・作品は、中国の源流思想(=水【坎】の思想)の影響を
色濃く反映しているということができましょう。


私見ながら、(東洋三大思想、宗教としての)“仏教”が加わると、
「易学(儒学)」・「黄老」の“変化”・“循環”の思想が、
“はかない/むなしい”といった消極的な意味で捉えた
“無常観”(=変化)の悟りになっていると考えられます

【陰陽】の【陰】と捉えることもできましょう。  注12)


水の流れ(=川/「ゆく河の流れ」)を、その文学作品の冒頭に
滔々〔とうとう〕と綴〔つづ〕ったものが、鴨長明・『方丈記〔ほうじょうき〕』です。

そこでは、“無常観”(=変化)が
ながれる水(河)の象〔しょう/かたち〕となって表わされています。

空間(有形)を捉えているところは絵画的であり、
時間(無形)を捉えているところは哲学的でもある文学作品の書き出しです。

そして、「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、・・・ 」と、
まさに流れるような文体で書かれています。

激動の時代に変化・無常を身をもって体感した鴨長明ならではの名文といえましょう。

以下、『方丈記〔ほうじょうき〕』の冒頭部分を引用・紹介しておきましょう。


注10)
◆「川の流れのように」: 美空ひばり さんのヒット曲としてよく知られ、
秋川雅史・椿・近藤真彦・奥村チヨ さんなどで歌われている名曲です。
今なお、多くの人々に唄い親しまれています。
似た題名の曲として、「川の流れの如く(吉田拓郎)」・
「川の流れは(THE BOOM)」・「川の流れを抱いて眠りたい(時任三郎)」 ・・・ etc.

◆「時の流れに身をまかせ」: テレサテン( 麗君) さんのヒット曲として
よく知られています。
似た題名の曲として、「時の流れのように(中山美穂)」・
「時の流れの中に(谷山浩子)」 ・・・ etc.


注11)
平安期の清少納言・『枕草子〔まくらのそうし〕』を加えて、
わが国 “三大随筆”といわれています。


注12)
『徒然草』は 思想的には、一般に 仏教的無常観であるといわれています。
しかし、私は、兼好が 「変化〔へんげ〕の理〔ことわり〕」(74段) と呼ぶものを、
東洋的 “変化〔へんか〕の思想”として捉えてみたいのです。
源流思想としての 易・『易経』の世界観・人間観です。
変化は同時に 「時」 の理でもあります。
序段の「心にうつりゆく」は、時間的遷移〔せんい〕でもあり、
その遷移は中論(弁証法)的に捉えられます。
無限変化 ─ 進化循環するという意味においての 「無常」です
従って兼好の人間観・運命観は、陽性にして肯定的・主体的です。
つまり、宿命と運命を峻別し、運命は人間の力で打開できると信じています。
このことは、中世にあっては、注目すべきことではないでしょうか。
ヘーゲル哲学の運命観も同様であり、
ここに近代精神の先駆を見ることも出来ると思います。 
(高根:「『徒然草』にみる源流思想」より)


◎原典資料

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし

たまきの都のうちに、棟〔むね〕を並べ、甍〔いらか〕を争へる、
高き、いやしき、人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、
これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。
あるいは去年〔こぞ〕焼けて今年作れり。
あるいは大家〔おおいえ〕滅びて小家〔こいえ〕となる。
住む人もこれに同じ。
所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、
二、三十人が中に、わづかに一人二人なり。
朝〔あした〕に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。
知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来りて、いづかたへか去る。
また知らず、仮の宿り、誰〔た〕がためにか心を悩まし、
何によりてか目を喜ばしむる。
その主〔あるじ〕とすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。
あるいは露落ちて花残れり。
残るといへども朝日に枯れぬ。
あるいは花しぼみて露なほ消えず。
消えずといへども夕べを待つことなし。」


《 大 意 》
流れゆく川の流れは(常に)絶えることはなくて、
しかも、(その流れの水は刻々と変化して)同じ水ではありません。

よどんだ所に浮かんでいる水の泡は、一方で消えたかと思へばまた生まれて、
(生まれたかと思えばまた消えて)
長い間同じ状態でとどまっている前例はありません。

世の中の、人と(その)住居も、また(この川の流れや水の泡と)同じようです。

玉を敷きつめたように美しい都の中に、棟を並べ屋根の高さを競い合っている、
身分の高い人や低い人、あらゆる人の住まいは、
時代を経てもなくならないもの(のよう)であるけれども、
それを本当(になくならない家である)かと調べてみると、
昔あった家(で今も残っているもの)はまれです。

あるものは、去年焼けて今年(新しく)作っています。
あるものは、大きな家であったものが没落して小さな家となっています。

(そこに)住んでいる人も(家の場合と)同様です。

場所も変わっていないし、人もたくさんいますけれども、昔見知っていた人は、
二、三十人のうちに、わずかに一人か二人です。

朝に死んでゆく人がいるかと思えば、
夕方生まれる人もいるという(この世の)ならいは、
まさに本当に、水の泡に似ています。

 ── わからないのです、この世に生まれて死ぬ人は、
どこからやって来て、どこへ去っていくのか。

また、(これも)わからないことなのですが、
仮の住まいにすぎないのに、だれのために心を悩ませ、
何によって目を楽しませるのか。

その家の主人と住居とが、あたかも競い合うように儚〔はかな〕く滅び去るありさまは、
例えば朝顔の花(とその上)に置かれた露と変わりません。

ある時には、露が落ちて花が残っています。

残るといっても朝日を浴〔あ〕びて枯れてしまいます。

(また)ある時には、花がしぼんで露がまだ消えないでいます。

(が、しかし)消えないといっても夕方まで残っていることはないのです。


《 レオナルド・ダ・ビンチ と 「水」 》

古来、“天才”と称される偉人は少なくはありません。
が、“万能の天才”(ウオーモ ウニベルサーレ:普遍的人間)と冠される偉人は稀〔まれ〕です。

その“万能の天才”の名声を代表しているのが、
ルネサンスの巨人、レオナルド・ダ・ビンチ です。

賢人・聖人の至れるものが、象〔かた〕どられた“水”であることから、
レオナルドにおいても“水”は強い執着と“楽〔らく〕”を与えているものです・・・




※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら



にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村


『徒然草』 にみる儒学思想 其の2 (第6回)

※この記事は、『徒然草』 にみる儒学思想 其の2 (第5回) の続きです。


『徒然草〔つれづれぐさ〕』 にみる儒学思想 其の2(第6回)

─── 変化の思想/「無常」/「変易」/陰陽思想/運命観/中論/
“居は気を移す”/兼好流住宅設計論( ── 「夏をむねとすべし」)/
“師恩友益”/“益者三友・損者三友”/「無為」・「自然」・「静」/循環の理
 ───


【第243段】   八〔やつ〕になりし年 

《 現代語訳 》----------------------------------------------------

(わたくしが)八歳になった年に、父にたずねて、
「仏とはどんなものでございましょうか。」と言います。

父が言うには「仏には人間がなったのだ。 ※補注) と。

またたずねて、「人はどのようにして仏になるのでしょうか。」と。

父がまた「仏の教えによってなるのだヨ。」と答えます。

(私は)またたずねて、
「その教えました仏をば、何が教えましたのですか。」と。

(父が)また答えて、
「その仏もまた、その前の仏の教えによって、仏におなりになったのだヨ。」と。

(私は)またたずねて、
「その最初に教えました第一番目の仏は、どんな仏でありましたか。」と、言う時に、
父は「(さあ)空から降ったのだろうか土からわき出たのだろうか。」と、言って笑います。

(その後、父はこの時のことについて)
「問いつめられて答えることができなくなってしまいました。」と、
人々に話しておもしろがっていました。

--------------------------------------------------------------------

  補注)

  「仏には人のなりたるなり」 という考えの明言は、
  日本的でおもしろい気がします。

  確かに、仏教の開祖であるゴータマ=シッダールタ(シャカ族のカピラ城の王子)が、
  悟りを啓〔ひら=開〕いて ブッダ:仏陀(“覚者・智者”の意)となったわけです。

  仏さま(仏教)に対して、神さま(神道〔しんとう〕)もおもしろいものです。

  というのも、日本古来の宗教である神道は、神さまを人が創ります。

  立派な人間(例えば、大楠公〔だいなんこう:楠木正成〕や菅原道真公)を
  死後神さまとして祀〔まつ〕リ、神社を造ります。

  そしてそれを、人々が崇〔あが〕め奉〔たてまつ〕るというものです。


「つれづれなるままに、 ─── 」で始まった 『徒然草』の終章。

この終章は構成上どのような意味を持っているのでしょうか。

内容は誰しもにありがちな、
無邪気な親子の対話(テーマが仏なのは少々異)ですが、
兼好は 『徒然草』をそれなりの思い入れと文学的情熱を傾けて
完成させたのであろうことを考えてみれば、
この段には深い意味が込められていると思われます。

それは兼好の世界観であり、また人間観なのです。

『徒然草』の中に、幼少年期の兼好が登場するのも 
父(ト部兼顕〔うらべかねあき〕)が登場するのも、これが最初で最後です。

ここで兼好が幼時から聡明で極めて論理的(形式論理的)であることがわかります。

この知性的特質が、成長して兼好の明晰鋭敏な思想を形成させたであろうことを 
うかがわせるのです。( → ※考察 参照)

ところで、『易経』は人生の シチュエーション〔situation〕を 
64 の卦の辞象で表現した体系であり、
『徒然草』もまた 人生のシチュエーシヨンへの思索であります。

そこに、何らかのアナロジーを見出すことも可能でしょう。

易の 63番目の卦は【水火既済〔きさい〕】で、完成・成就の卦です。 

64番目(最後)が【火水未済〔かすいみさい〕】未完成の卦です。

こうして、未完成を最後にもって来ることによって、
易は窮することなく、限りなく終りなく、(円のように) “ 循環 ” するのです。
 

そして、この 『易経』(=儒学)の理は、
黄老思想においても“循環の理”・“回帰(復帰)の思想”として、
至れるもの全く同一であるともうせます。

序段にある 「心にうつりゆく」は、時間的に 「移りゆく」ことでもあります。

人生も晩年である兼好は、亡き父を登場させ、自身の幼少年期を登場させ 
その成長・発展を暗示します。

“ 父 ─ 子 ─ 孫 − ”といった世代の連続(仏教的輪廻〔りんね〕)
を示しているように私には思われるのです。

無限に変化 = 循環(受け継がれ連続)するという意味での 「無常」 です。


※ [ 考察 ]   ≪ 松下幸之助氏が説く “天” ≫

「経営の神様」といわれた“君子型経営者”・松下幸之助氏は、
“根源〔こんげん〕さん”と称する“社〔やしろ〕”を建てています。
(その中は空っぽ〔=無・空〕です)

氏は、その“天に学ぶ”(=深い思索・瞑想)によって
“根源さん”の思想に到達いたしました。

それは、自分を生み出し存在させているものは何か? という命題です。

その問いかけに対する答えは、両親です。

では、その両親を存在たらしめているものはといえば、それはそのまた両親です。

そのまた両親を存在たらしめているものは ・・・・・ 。

人間の始まりをつきつめていくと、
やがて“宇宙の根源”に行きつくことになります。

つまり、人の(宇宙の)元始まりから、
その生み出す力によって生み出されたのです。

氏は、自分が宇宙根源の働き、天によって生かされていることを覚り、
その感謝の気持ちを “社” の形で表したのです。


■□■--------------------------------------------------------------------

── 松下幸之助氏が説く “天” Point! ── (by 伊與田覺先生講義より)


・ 書物によってではなく、自らによって(天によって)学んだ人
・ 「真真庵」の “根源さん” の社〔やしろ〕 ─ (中には何も入っていない、無、空
人生は“運”(たまたま)、自分を存在させてくれるものは何か?
   “両親” ・・→ そのまた両親 ・・→ “人間始祖” ・・→ 人間はどこから?
   ── “宇宙の根源” からその生み出すものによって生み出された
   ── 自然の理法(法則) = 宇宙万物のものを生成発展させる力
・ 天と交流し、宇宙根源の働き、天によって生かされていることを悟得した(覚った)
・ その感謝のきもちを “社” の形で表した

--------------------------------------------------------------------■□■


付言☆

「松下電器」・現「パナソニック」の創業者、松下幸之助氏は
「経営の神様」と尊称される“君子型経営者”です。

最晩年、日本の将来の政治(家)を憂い、「松下政経塾」を創設されました。

安岡正篤先生も参与されていました。

さる平成23年9月、「松下政経塾」1期生である野田佳彦氏が、
首相に就任いたしました。

その所信表明演説で、“和と中庸の政治”を標榜〔ひょうぼう〕し、
“正心誠意” (『大学』) の言葉についても語られました。

松下幸之助氏は、学校や書物からの学問はされませんでしたが、
自らの思索によって(天によって)学ばれました。

そして、その至れるところは、儒学の“君子の教え”と同じでした。

私(高根)は、松下幸之助氏の思想・哲学は、
(“根源さん”の社 の話などを知るにつけても)
儒学とともに、黄老の教えとも同じであるナ 
と私〔ひそか〕に想っているところです。


§.おわりに

以上、各段ごとに考察してまいりました。

結びに、兼好の思想に一貫するものをまとめておきましょう。

『徒然草』は 思想的には、一般に 仏教的無常観であるといわれています。

しかし、私は、兼好が 変化〔へんげ〕の理〔ことわり〕」(74段) と呼ぶものを、
東洋的 “変化〔へんか〕の思想”として捉えてみたいのです。

源流思想としての 易・『易経』の世界観・人間観です。

変化は同時に 「時」 の理でもあります。

序段の「心にうつりゆく」は、時間的遷移〔せんい〕でもあり、
その遷移は中論(弁証法)的に捉えられます。

無限変化 ── 進化循環するという意味においての 「無常」です。

従って兼好人間観・運命観は、陽性にして肯定的・主体的です。

つまり、宿命と運命を峻別し、
運命は人間の力で打開できると信じています。

このことは、中世にあっては、注目すべきことではないでしょうか。

ヘーゲル哲学の運命観も同様であり、
ここに近代精神の先駆を見ることも出来ると思います。


( 以 上 )




「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら



にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

『徒然草』 にみる儒学思想 其の2 (第5回)

※この記事は、『徒然草』 にみる儒学思想 其の2 (第4回) の続きです。

『徒然草〔つれづれぐさ〕』 にみる儒学思想 其の2(第5回)

─── 変化の思想/「無常」/「変易」/陰陽思想/運命観/中論/
“居は気を移す”/兼好流住宅設計論( ── 「夏をむねとすべし」)/
“師恩友益”/“益者三友・損者三友”/「無為」・「自然」・「静」/循環の理 ───


【第155段】   世に従はん人は 

《 現代語訳 》----------------------------------------------------

〔1〕世間なみに従って生きてゆこうと思う人は、
第一に物事の潮時〔しおどき〕を知らなければなりません。

物事の 時機(順序) の悪いことは、人の耳にも逆らい、
気持ちをも悪くさせて、そのことがうまくゆきません。

(ですから)そういう、(そのことをなすべき)機会というものを
心得なければならないのです。・・・

ただし、病気にかかったり、子を生んだり、
死んだりすることだけは、潮時とは無関係なのです。

ことの 時機(順序) が悪いからといって、やめるわけにはゆきません。

物が生じ、とどまり、変化して衰え、滅するという現象、
すなわち物事が移り変わるという、この人生の重大事は、
ちょうど水勢のはげしい川が、みなぎって流れるようなものなのです

しばらくも停滞することはなく、すぐに実現してゆくものなのです。

ですから、仏道を修めることにつけても、世俗のことにつけても、
必ず成し遂げようと思うことは、潮時などをかれこれ言っていてはなりません。

なんのかのとためらうことなく、足ぶみをしていてはならないのです。


〔2〕春が終わってのちに夏になり、
夏が終わってのちに秋がくるのではありません。

春は春のままですでに夏の気を含み兆〔きざ〕しており、
夏のうちからすでに秋の気は通っており、
秋はそのまま(冬の)寒さとなり、
十月は小春の天気ともいうとおり、草も青くなり、
梅もつぼみを持ってしまうのです。

木の葉の落ちるのも、
まず葉が落ちてそののちに新芽が出てくるのではありません。

木の内部から新芽が兆し発生してくる勢いに
こらえられない(=耐えられない)で落ちるのです。

(次にくるものを)迎える気合〔きあい〕が、
内部にすっかり用意ができているので、
(その次にくるものを、)待ち受けて交替する 順序 がはなはだ早いのです

(人間においてもまた、)生まれ、老い、病み、死ぬ、
この四苦〔しく〕がめぐってくることは、
以上の自然界の物の変化よりも早いのです。

四季はまだそれでも定まった 順序 があります。

死期は 順序 を待ちません。

死は前から来るとは必ずしも限らないのです。

前もって背後に迫っているのです。

人はみな死のあることは知っていますが、
それを予期することがそう痛切ではないうちに、突然に襲ってくるのです。

(それはあたかも)沖まで干潟〔ひがた〕になっている時は、
いかにもはるばると〔=広々と〕しているけれども、
浜べから潮がさしてきて、間もなく一面に満ちてしまうようなものなのです。
--------------------------------------------------------------------


非常に思索的・哲学的な中味の深い内容であると思われます。

前段では、仏教的無常観に基づく兼好の主張が述べられています。

「機嫌」は、本来仏教用語で 「譏嫌」 と書き、
ここでは時期・ころあいの意です。

キーワード 「ついで〔序〕」 は、事の続き/折・場合・機会の意で
前段部二箇所はほぼ同じ意味です。

後段では順序・序列の意です。


「生〔しょう〕・往・異・滅の移りかはる」(四相)、

「猛〔たけ〕き河のみなぎり流るるが如し。
しばしもとどこほらず、ただちに行ひゆくものなり。」、

「真俗〔しんぞく〕につけて(真諦・俗諦)」 と、

相対的に緩急感ずる時間に沿って変化すること、
速やかに流れていくことを述べています。


時の流れを河の流れとのアナロジー〔類似〕で表現している所は、

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず
よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、
久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」 

の 『方丈記』 〔ほうじょうき〕 書き出しを想起させます。   ( → ※考察1 参照)


「必ず果し遂げんと思わんことは、機嫌をいふべからず。」 

東洋における変化の源流思想は“易”です

変化の思想(変易)は、哲学的に変わらぬものを前提としています。

この「不易」を含んだ変化の理を説いていると、私は理解しています。


後段は、具体例として時(四季)の運行と 
生から死への必然(四苦)の対比が、
無常・変化の理で厳然と述べられています。

ここで特徴的なことは、変化が 内在的超出作用により 
弁証法的な発展の論理で示されている点にあります。   ( → ※考察2 参照)


「春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、 ─── 。」 

ヘーゲルの弁証法による 
正(テーゼ)・ 反(アンチテーゼ)・ 合(ジンテーゼ) です。

そして、変化(死)は、必ずしも漸進的でなく
飛躍的に実現されると説きます。

アウフヘーベン(止揚・楊棄 = 中す)です。

東洋流にいえば、儒・仏・道を貫く 「中論」 を展開しているといえるでしょう。


※ [ 考察1 ]

≪ 水(川)の流れ ≫  → (*詳しくは「水(坎:かん)を楽しむ」参照)

古代中国語の“水”は“水”以外に“川”という意味もあります。

変化を水・川の流れに同一視するものは、
儒学・黄老に共通しています。

否、それは古今東西を問わず、
賢人に普遍〔ふへん〕するところとも言えます。

西洋。

古代ギリシアにおいては、“7賢人”の一人タレスが 
「万物の根源は水である」 と言いました。

近代の幕開けルネサンスにおいて、
“3大天才”の一人レオナルド・ダ・ビンチは、水(流水)の研究に没頭し、
水の流れで美と人生を哲学いたしております。


例えば。

「水は自然の馭者〔ぎょしゃ〕である。」 / 

「君が手にふれる水は過ぎし水の最期のものにして、
来るべき水の最初のものである。
現在という時もまたかくのごとし。」


東洋では。

儒学の開祖・孔子は、『論語』で

知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。
知者は動き、仁者は静かなり。」
(雍也第6−23) / 

「子、川上〔せんじょう/かわのほとり〕に在りて曰く、
逝〔ゆ〕く者は斯〔か〕くの如きか。
昼夜を舎〔お/や・めず/す・てず〕かず。」
(子罕第9−17)

と言っています。


老荘(道家)の開祖・老子も水の礼讃者で、
“不争”・“謙譲”を“水”に象〔かたど〕り
その政治・思想の要〔かなめ〕といたしました。

例えば。

「上善は水の若〔ごと〕し」
「水は善く万物を利して争わず」
(『老子』・第8章) / 

「天下に水より柔弱〔にゅうじゃく〕なるは莫〔な〕し」
(『老子』・第78章) etc. ─── 


孔子は水を楽しみ
孟子(や朱子)は川の流れに智の絶えざる・尽きざるものを観、
老子は水の柔弱性と強さをその思想にとりました。


※ [ 考察2 ]

≪ 「知」と「智」と柿の“シブ” / 【離・火】について ≫

“文字”に学んでみますと。 「知」は、“口”に“矢”、
口という矢(=武器)で他者を攻撃、傷つけるの意が「知」です。

危ういものです。

なまじっか(生半可)の知識がむしろ禍〔わざわい〕して
病的に性癖を生じるようになると、
“やまいだれ”がついて「痴」 (=バカものの意) となります。

「知」でくもって、ものごとの「本〔もと〕」が観〔み〕えない
浅薄な知識人のことです。

“賢い愚者” ですね。

ところで、シブ柿は「日(陽)」に干すことによって甘柿になります。

これは、太陽の作用(パワー)により、
シブ柿に内在する “シブ” 自体が日によって
“甘い” もの(善きもの)に変化する
ということです。

したがって、「知」に「日」をプラスして 「智」 としますと、
本来の善きもの、あるべきものとしての“智恵”となるわけです。

(漢字というものは、実に深く考えられて作られていますね。)


私は(職業柄かも知れませんが)、
この“柿のシブと太陽=【離】 → 甘柿”への “化成”
教育という分野にも当て嵌〔は〕まるナ、
と私〔ひそか〕に想っているところです。

そして、「知」は、易の八卦でいうと【離/火】です。

【離】は学術・文化文明です。
【離】=人類の文化文明は、“火と石のカケラ”から始まりました。

それが、21世紀の現在では、携帯電話・PC・インターネット・
原子力発電・ロケット・ミサイル・・・・ etc. を生み出しています。

然るに、【離】は、傷〔やぶ〕るものでもあります。

【離】の持つ危うさです。

私は、「財宝は子孫を殺し、学術は天下を亡ぼす」 
という中国の言葉を知っています。

現在最先端の“学術”である(【離】=太陽=火=)“原子力”も、
核兵器や原発事故で多くの人々に厄災をもたらしている現状では、
この言葉に納得せざるをえません。

【離】そのものが悪いのではなく、
ある特定の人類にその【火】を使う資格があるかなしかの問題です。


cf.「日」は儒学にいう「本(もと)」の学と考えればよいでしょう。

   老子は、 「絶学無憂〔ぜつがくむゆう: 学を絶てば憂い無し〕」
   (『老子』・第20章) と言っております。

   生半可な末梢的な学(末学)を遠ざけよということでしょう。

   また、「知りて知らざるは上〔じょう〕なり。
   知らずしてしるは病〔へい/やまい〕なり。」
(『老子』・第71章) 
   と言っています。

   ちなみに、「知不知上」 は、兼好法師の 

   「 ── いたましうするものから、
   下戸〔げこ〕ならぬこそ男〔をのこ〕はよけれ。」

   〔(酒をすすめられると)困ったような様子はしながらも、
   実際には飲めなくはないのが男としては善いのです。〕
   (『徒然草』・第1段結文) とも発想が同じような気がします。


【第243段】   八〔やつ〕になりし年 

《 現代語訳 》----------------------------------------------------

(わたくしが)八歳になった年に、父にたずねて、
「仏とはどんなものでございましょうか。」と言います。

父が言うには「仏には人間がなったのだ。」・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら



にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村

『徒然草』 にみる儒学思想 其の2 (第1回)


『徒然草〔つれづれぐさ〕』 にみる儒学思想 其の2 (第1回)

─── 変化の思想/「無常」/「変易」/陰陽思想/運命観/中論/
“居は気を移す”/兼好流住宅設計論( ── 「夏をむねとすべし」)/
“師恩友益”/“益者三友・損者三友”/「無為」・「自然」・「静」/循環の理 ───

★ 数年前に「『徒然草〔つれづれぐさ〕』に見る儒学思想」を執筆・発表いたしました。
http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50707301.html
その後、加筆・段の追加などを行いましたので、(一部重複させながら)
「『徒然草〔つれづれぐさ〕』に見る儒学思想 其の2」として発表いたします。


≪§.はじめに ≫

○「つれづれなるままに、日くらし、硯〔すずり〕にむかひて、
心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、
あやしうこそものぐるほしけれ。」

〔 これといってする事もなく、退屈で心さびしいのにまかせて、一日中、硯に向かって、
次から次へと心に(浮かんでは消えて)移り変わっていく、つまらないことを、
とりとめもなく(なんということもなく)書き付けていると、妙に感興がわいてきて、
狂気じみている(抑えがたいほど気持ちが高ぶってくる)ような気がします。 〕 *補注1) 


吉田兼好〔けんこう〕・『徒然草〔つれづれぐさ〕』の、
シンプルな冒頭(序段)の文章です。

中学・高校で 誰もが習い親しんだものです。
中味・段のいくつかもご存知かと思います。

兼好法師は、当代の優れた僧侶・歌人であり教養人でありました。

歴史的に、中国の源流思想は *補注2) 専らインテリ〔知識人〕である聖職者に学ばれ、
彼らの思想のみなもとを形成いたしました。

『徒然草』の思想的・文学的バックグラウンド〔背景〕を形成するものの中心として、
仏教典籍以外に、国文学(平安朝)和歌・物語と漢籍(中国の古典)があげられます。

漢籍では、儒学の四書五経、とりわけ『論語』の影響がきわめて大きいといえます。

私は、『徒然草』を研究・講義する折も多いので、
今回は、私流に、儒学=易学思想や黄老(老荘)思想の視点から
これを観てまとめてみたいと思います。


補注1)

学生諸君のために、煩瑣〔はんさ〕ながら、文法詳解を少々致しておきます。

「心にうつりゆく」 : 「うつり」を「移り」ととれば“それからそれから”の意。
「映り」と解すると“心という鏡に、次々と映ってくる”の意になります。/

「よしなしごと」 : 「よし」は、由緒・理由。
「よしーなしーごと」の三語が合わさった一語の複合名詞。/

「書きつくれば」“已然〔いぜん〕形+ば”の形。これは、
1)順態確定条件(原因・理由)を表し「ので」・「から」と訳します。
2)一般(恒時)条件を表し「〜するといつも〜する」の意。
  ex.「命長ければ恥多し」【第7段】
3)軽く次へ続けて偶発的事件の前提を表し、「〜すると」と訳します。
ここでは、3)の意で「かきつけていると」の意。/

「あやしうこそものぐるほしけれ」 : 「こそ」は、強意の係助詞で「じつに・まことに」の意。
係り結びによって下を已然形で結びます。 
「ものぐるほしけれ」は、形容詞「ものぐるほし」の已然形です。
(形容詞「ものぐるほし」に過去の助動詞「けり」の已然形「けれ」がついたものと間違えないこと。
ですから、「狂気じみていた」と訳すのは誤りです。
「けり」は連用形接続ですから終止形にはつきません。)
また、主語は省略されています。
主語を補えば、“自分が・自分のこころが”が普通ですが、
他に“書いたものが”・“書きつけることが”・“書く態度が”などと考える説もあります。
 兼好法師がこの序文で、この随筆を書いた時の態度や所感を、
“自分ながら変で、まことに狂気じみて思われる”と表現しているのは、
筆者としての謙遜表現です。言葉どおりに解してはまずいでしょう。


補注2)

易学思想と黄老(老荘)思想が東洋思想の2大潮流を形成いたします。
その後の、仏教思想を加えて3大潮流となります。

中国の思想を(陶鋳力をもって)受容・摂取した日本においても同様です。


★『徒然草』 段・抜粋の原文は、
『日本古典文学大系/方丈記・徒然草』 ほかによりました。(原文引用は省略) 

また、原文の読みがなは 、現代かなづかいで表記しておきました。

現代語訳・文法詳解は、高校生諸氏の学習に愛用されてきている
『新・要説 徒然草』(日栄社)を中心に参照しました。


≪ 吉田兼好・『徒然草』 抜粋 ≫

 鎌倉時代、中世の開幕は、貴族が社会の中心の座を譲り
武家の時代が到来したことを意味しました。

この新しく、激動と混乱の時代も、
元寇を契機として急速に幕府の力が衰えてゆき、
南北朝の動乱の時代へと向かってゆきます。

吉田兼好が生き『徒然草』を著したのは、
こういう時代変化と社会不安の時期だったのです。・・・


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。

「儒学に学ぶ」ホームページはこちら
http://jugaku.net/

メールマガジンのご登録はこちら



にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ

にほんブログ村


『徒然草〔つれづれぐさ〕』 にみる儒学思想

『徒然草〔つれづれぐさ〕』 にみる儒学思想

―― 変化の思想・「無常」・「変易」・運命観・中論 など ――

「つれづれなるままに、日くらし、硯〔すずり〕にむかひて、
心にうつりゆくよしなき事を、そこはかとなく書きつくれば、
あやしうこそものぐるほしけれ 。」

吉田兼好〔けんこう〕・『徒然草』の、シンプルな冒頭(序段)の文章です。
中学・高校で 誰もが習い親しんだものです。中味・段のいくつかもご存知かと思います。

兼好法師は、当代の優れた僧侶・歌人であり教養人でありました。
歴史的に、中国の儒学は 専らインテリ〔知識人〕である聖職者に学ばれ、
彼らの思想のみなもとを形成いたしました。

『徒然草』の思想的・文学的バックグラウンド〔背景〕を形成するものの中心として、
仏教典籍以外に、国文学(平安朝)和歌・物語と漢籍(中国の古典)があげられます。

漢籍では、儒学の四書五経、とりわけ『論語』の影響がきわめて大きいといえます。

私は、『徒然草』を研究・講義する折も多いので、
今回 私流に、儒学・易学思想の視点からこれを観てまとめてみたいと思います。
( ※ 原文の読みがなは、現代かなづかいで表記しておきました。 )

◇◆◇------------------------------------------------------------◇◆◇

鎌倉時代、中世の開幕は、貴族が社会の中心の座を譲り、武家の時代が到来したことを意味しました。
この新しく、激動と混乱の時代も、元寇を契機として急速に幕府の力が衰えてゆき、
南北朝の動乱の時代へと向かってゆきます。

吉田兼好が生き 『徒然草』 を著したのは、こういう時代変化と社会不安の時期だったのです。

『徒然草』は、清少納言の 『枕草子〔まくらのそうし〕』 と並び 随筆文学の双璧とされ、
また鴨長明〔かものちょうめい〕の 『方丈記〔ほうじょうき〕』 と共に
この時代を代表する隠者文学の金字塔です。

以下において、この 『徒然草』 の中に表されている兼好の世界観・人間認識について
いくつかの段ごとに具体的に考察してみましょう。
そして、『徒然草』に共通する観方・思想的基盤について論じてみたいと思います。


【第7段】 “あだし野の露きゆる時なく”

兼好の特色が非常に良く表れていると思われます。
まず、和歌(和文)と漢籍の影響があげられます。

あだし野きゆる時なく ――― 」 (『新古今集』、『拾遺集』など)、
「かげろふの夕べを待ち」 (『淮南子〔えなんじ〕』)、
「夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし」 (『荘子』)、
「命長ければ辱〔はじ〕多し」 ( 同上 )、
「夕べの陽に子孫を愛して」 (『白氏文集〔はくしもんじゅう〕』)
等などからの引用が推測されます。

そして、思想的には無常観・仏教的無常観がベースになっています。
「煙立つ」 と 「立ち去る(死ぬ)」 ことをかけており、
「 ――― 世はさだめなきこそ、いみじけれ。」
「もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。」 と。

この世は不定であるからこそすばらしいという無常の肯定と、
この世の深い情趣もわからなくなって生に執着する老人に対する慨嘆です。

この段は、多分にネガティブ(否定的)で仏教的・情趣的な感じがします。

後述しますが、私には、兼好の無常観はもっと中国源流思想としての、
易の変化の思想としてプラスイメージで展開されていくように思っています。


【第50段】 “応長の比〔ころ〕、伊勢の国より”

不安な時代(流行病 = 疫病) には、あやしげな流行がつきものですが、
この段の(女の)鬼の噂もそれです。

流言に右往左往する人の姿、
群集心理に足をすくわれる人間の弱点が生き生きと描かれています。

さて、俗人はともかく。
遁世している兼好にとってはどうであったでしょうか。

「 遯〔とん〕 」(※易卦 「天山遯」) として達観し 人々を愚かしく想っているか、
というとそうでもありません。

彼は虚実を確認するように人を走らせます。
自らは現場に赴かないのです。
そして、虚言の生態についていろいろ合点してゆきます。

この理性的抑制と感性的好奇心とのバランスが特徴的です。
兼好の世俗とのかかわりの姿勢、世俗とのスタンス・距離感を示す好例でしょう。

ちなみに、高齢社会が進展する現代(21世紀初頭) において、
このような隠者のあり方は、一つの有力な示唆を与えてくれるような気がしています。


【第51段】 “亀山殿〔かめやまどの〕の御池〔みいけ〕に”

ここでは、水車を例にスペシャリスト(専門家)に対する肯定・賛嘆がなされています。

「萬〔よろず〕にその道を知れる者は、やんごとなきものなり。」
人間の有限・相対性を確認した上で、人間を肯定的に捉える考え方がみられます。

私は、この人間肯定の姿勢が、運命( = 無常 ) を宿命的にではなく
主体的に(変えて)生きる積極的思想と“一貫(いつもって つらぬく)” するのではあるまいかと思っています。


【第60段】 “真乗院に、盛親僧都〔じょうしんそうず〕とて”

いもがしら 好きの曲者〔くせもの〕。
仁和寺〔にんなじ〕圏の説話にもとづいた一段です。

形式的には、主として“伝聞回想”の助動詞「けり」によって語られています。
そのことは、興味中心の収録ではなくて、
むしろ逆に、より兼好自身を語る個性的なものとなっていると考えられます。

盛親僧都 ―― この不思議にも常識を超え、人を食った高僧の自在なる言動を描き、
兼好にとって及びがたい境地としながら、至高なものとして示しています。

すなわち、「尋常〔よのつね〕ならぬさまなれども人に厭はれず、よろず許されけり。徳の至れりけるにや。」
と結びます。

私は、ここに兼好の老荘的境地を感じます。
「道は常に無為にして為さざるなし」「無為にして化す」(『老子』第37・57章)、
そして、茫洋〔ぼうよう〕としてつかみどころのない人「和光同塵〔わこうどうじん〕( 同 56章)
の人物のあり方に魅力を感じ、その機微を認識し、それでいて自分自身は至り尽くせぬ境地
と認めつつ書いているように思われるのです。


【第74段】 “蟻のごとくに集りて”

「蟻のごとくに集りて、 ―― 」
冒頭部は 『文選〔もんぜん〕』 からの影響が推測されます。
全文ほとんど対句表現で、漢文・漢文訓読体の緊張感と格調の高さが感じられます。

無常観は、この段では確信に満ち「生〔しょう〕を貪〔むさぼ〕り、利を求めてやむ時なし」 の人々を嘆じます。

老いと死は、速やかに来り、時々刻々 一瞬も休止しないのです。

「常住」(不滅・不変)を願って 「変化〔へんげ〕の理〔ことわり〕を知らねばなり」と結んでいます。 


【第91段】 “赤舌日〔しゃくぜちにち〕といふ事”

「赤舌日」という忌日を通じて兼好の運命観・人生観をうかがわせる段です。

日の吉凶は、現代(人)においても多くの影響を与えています。
平安の時代、ことに貴族たちの生活は ほとんど迷妄にしばられていて、
物忌〔ものいみ〕や方違〔ほうたがえ〕などで禍〔わざわい〕を避けようとしていました。

兼好は、吉日と凶日を選んだ行為の結果を統計的に論証して合理的批判を加えます。
そして 「無常」 「変易〔へんやく」、 人の心 「不定〔ふじょう〕」 の変化の理を説きます。

ここでいう 無常や不定には、当時隆盛であった鎌倉仏教の影響が考えられます。

変易については、私見ですが、当時の教養人・知識人である兼好は、儒学的素養があり、
易・『易経』の思想・哲学を持っていたと推測されます。

『易経』は、英訳の “ The Book of Changes ” が示すように変化の理であり、
その三義は 「変易〔へんえき〕」 ・ 「不易」 ・ 「易簡(簡易)」 です。

こうして兼好は、中世にあって、開かれた精神 「吉凶はひとによりて、日によらず」 と結びます。
つまり 宿命と運命を区別し、運命は人間が打開できることだと断じているのです。
注目すべきことです。 
西洋思想において、ヘーゲル哲学も運命は その人の生き方により決定されるとしています。             


【第92段】  “或人〔あるひと〕、弓射る事を習ふに”

弓術の師の洞察・教訓に基づいて、人間の心の裡〔うち〕に潜んでいる
「懈怠〔けだい〕の心」への省察を説いています。
兼好は師の言葉に同感して、「道を学する人」の覚悟を説き 無常観に及んでいます。

すなわち、前段において中世にあって開かれた精神 「吉凶は人によりて、日によらず」と結び、
運命はその人の生き方によって切り拓けるのだという積極的思想を展開しています。

そして 時についての考え方は、あとなどない、今をしっかり生きなさい ということでしょう。

結びの 「ただ今の一念において、直ちにする事の甚だ難き。」というのは、
一瞬一瞬 変化する時を大切にして変化に応ずる 「臨変応機」(変化に臨んで機智で応ず)
という事が言いたかったのではないでしょうか。


【第106段】  “高野証空上人〔こうやのしょうくうしょうにん〕”

上京途上、相手の不手際によって事故に遭った証空上人の怒りと始末を語る説話です。
博学ながら臨機応変の対応が出来ず、怒りで我を忘れた高僧がユーモラスに鮮やかに描き出されています。

私には、『論語』の一節
「顔回といふ者あり。学を好む。怒りを遷〔うつ〕さず。過〔あやま〕ちを、弐〔ふた〕たびせず。 ――― 」(擁也第6)
が連想されました。

結びの 「尊かりけるいさかひなるべし」は、仏教的学識や雄弁そのものは立派ですから「尊し」、
その一方的叱責であるとの意です。軽い皮肉であろうと思われます。

兼好は、おそらくこの上人を、子供が怒って後悔するがごとき “純” な人柄として
ほほえましく紹介しているのでしょう。

この段、無常の “変化” に対応出来なかったエピソードと捉えられるでしょう。


【第155段】  “世に従はん人は”

非常に思索的・哲学的な中味の深い内容であると思われます。

前段では、仏教的無常観に基ずく兼好の主張が述べられています。
「機嫌」は 本来仏教用語で 「譏嫌」と書き、ここでは時期・ころあいの意です。
「ついで」も前段部二箇所はほぼ同じ意味です(後段では順序の意)。

「生・往・異・滅の移りかはる」(四相)
「猛〔たけ〕き河のみなぎり流るるが如し。しばしもとどこほらず、ただちに行ひゆくものなり。」
「真俗につけて(真諦・俗諦)」 と、相対的に緩急感ずる時間に沿って変化すること、
速やかに流れていくことを述べています。

時の流れを河の流れとのアナロジー〔類似〕で表現している所は、
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。――― 」の 『方丈記』の書き出しを想起させます。

「必ず果し遂げんと思わんことは、機嫌をいふべからず。」

東洋における変化の源流思想は “易” です。
変化の思想(変易)は、哲学的に変わらぬものを前提としています。
この「不易」を含んだ変化の理を説いていると、私は理解しています。

後段は、具体例として時(四季)の運行と 生から死への必然(四苦)の対比が、
無常・変化の理で厳然と述べられています。

ここで特徴的なことは、変化が 内在的超出作用により 弁証法的な発展の論理で示されている点にあります。

「春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、 ――― 。」
ヘーゲルの弁証法による 正(テーゼ)・ 反(アンチテーゼ)・ 合(ジンテーゼ) です。

そして、変化(死)は、必ずしも漸進的でなく飛躍的に実現されると説きます。
アウフヘーベン(止揚・楊棄 = 中す)です。

東洋流にいえば、儒・仏・道を貫く 「中論」 を展開しているといえるでしょう。


【第243段】  “八〔やつ〕になりし年”

「つれづれなるままに、 ――― 」で始まった 『徒然草』の終章。
この終章は構成上どのような意味を持っているのでしょうか。

内容は誰しもにありがちな、無邪気な親子の対話(テーマが仏なのは少々異)ですが、
兼好は 『徒然草』をそれなりの思い入れと文学的情熱を傾けて完成させたのであろうことをかんがえてみれば、
この段には深い意味が込められていると思われます。

それは兼好の世界観であり、また人間観なのです。

『徒然草』の中に、幼少年期の兼好が登場するのも 父(ト部兼顕〔うらべかねあき〕)が登場するのも、
これが最初で最後です。

ここで兼好が幼時から聡明で極めて論理的(形式論理的)であることがわかります。
この知性的特質が、成長して兼好の明晰鋭敏な思想を形成させたであろうことを うかがわせるのです。

ところで、『易経』は人生の シチュエーション〔 situation 〕を 64 の卦の辞象で表現した体系であり、
『徒然草』もまた 人生のシチュエーシヨンへの思索であります。

そこに、何らかのアナロジーを見出すことも可能でしょう。

易の 63番目の卦は「水火既済〔きさい〕」で、完成・成就の卦です。
64番目(最後)が「火水未済〔かすいみさい〕」未完成の卦です。

こうして、未完成を最後にもって来ることによって、易は窮することなく、
限りなく終りなく、(円のように) 循環するのです。 

序段にある 「心にうつりゆく」は、時間的に 「移りゆく」ことでもあります。
人生も晩年である兼好は、亡き父を登場させ、自身の幼少年期を登場させ
その成長・発展を暗示します。

父 ― 子 ― 孫 といった世代の連続(仏教的輪廻〔りんね〕)を示しているように私には思われるのです。
無限に変化 − 循環(受け継がれ連続)するという意味での 「無常」 です。


以上、各段ごとに考察してまいりました。
結びに、兼好の思想に一貫するものをまとめておきましょう。

『徒然草』は 思想的には、一般に 仏教的無常観であるといわれています。
しかし、私は、兼好が 「変化〔へんげ〕の理〔ことわり〕」(74段)と呼ぶものを、
東洋的 “変化〔へんか〕の思想” として捉えてみたいのです。

源流思想としての 易・『易経』の世界観・人間観です。
変化は同時に 「時」 の理でもあります。

序段の「心にうつりゆく」は、時間的遷移〔せんい〕でもあり、その遷移は中論(弁証法)的に捉えられます。
無限変化 ―― 進化循環するという意味においての 「無常」です。

従って兼好人間観・運命観は、陽性にして肯定的・主体的です。
つまり、宿命と運命を峻別し、運命は人間の力で打開できると信じています。

中世にあっては、注目すべきことではないでしょうか。
ヘーゲル哲学の運命観も同様であり、ここに近代精神の先駆を見ることも出来ると思います。


                              ( 高根 秀人年 )



※こちらのブログ記事はメルマガでも配信しております。
 メルマガは「儒学に学ぶ」のホームページからご登録いただけます。

http://jugaku.net/aboutus/melmaga.htm

 


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 儒教・儒学へ
にほんブログ村

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
にほんブログ村

Archives
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ