儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

易経

謹賀丁酉年 〔謹んで丁酉年を賀します〕 その4

《 干支の易学的観想 / 【火沢睽〔けい〕☲☱】・【天水訟☰☵】卦 》

次に(やや専門的になりますが)、十干・十二支の干支を
易の64卦にあてはめて(相当させて)解釈・検討してみたいと思います。
※( → 資料参照のこと )

昨年の干支、「丙・申」は【火天大有☲☰】卦(先天卦【天山遯☰☶】)でした。

大いに有〔たも〕つ、大いなるものを有〔たも〕つの意。

「仲(冲)天の太陽」の象で、豊かで盛運の時を現していました。

今年の「丁・酉」は【火沢睽〔けい〕☲☱】卦、先天卦は【天水訟☰☵】となります。

火沢睽】卦は、“そむ〔叛/背〕く”・“そね〔嫉〕む”。

背き離れるの意です

【☲】と【☱】の陰卦同士ですので、二女反目・女性同士の背反です。

【離☲】女と【兌☱】女ですから、姑〔しゅうとめ〕と嫁・正妻と愛人・
職場などのお局〔つぼね〕(=先輩)と新人などといったところでしょうか! 

また、火と水の背反です。

上卦の【離火】は燃えて上へ昇り、下卦の【兌沢】は流れて降り
乖〔そむ〕き離れる象です。

「睽〔ケイ〕」という文字そのものが、へんは「目」で離・陽の火、
右側は「癸」で陰の水で、火水の背反対立を表しています。

ちなみに、「背〔そむ〕く」という文字の「北」は、
二人の人間(「月(肉)」は人を意味します)が背中を向け合って
反目している象形です。

反対に【水地比☵☷】卦の「比〔した〕しむ」は、一人がもう一人の腰に
(後ろから)手をやって寄り添っている象形です。

しかしながら想いますに、“睽〔そむ〕くもの”・“相背反するもの”が、
必ずしも単に剋〔こく〕し合い損〔そこ〕ない合うというものではありません。

この卦の場合、中庸の徳をもって、2爻、5爻の中爻は相応じています

下卦【兌☱】の和親・和悦の態度をもって、
上卦【離☲】の明らかなもの(明智・明徳)に付き従っていくという
善〔よ〕い面でも捉えられます。

2爻の【陰】は、(主爻で)【離☲】の中爻ですから、最高の明智・明徳です。

【離☲】女と【兌☱】女は、相応〔そうおう〕し補い合ってもいます。

二女は、バランス〔中庸〕は保っているのです

また、火と水の背反についても。

五行思想では、水と火は相剋〔そうこく:ライバル関係〕です。 

が、易では(中論・弁証法的に)水と火の相対立するものを
止揚・揚棄〔=中、アウフヘーベン〕して、
価値の高い新しいものが生みだされると考えます。

(元来、天地万物は、みな矛盾するところがあります。)

相反し、剋し合ってそれで終わるものではありません。

例えば、水と火の協力によってお湯が沸き、
生米から美味しいごはんを炊くことができ、
料理が作れるというものです。

ところで、『易経』は、殷末衰微の時代社会を背景として、
賢徳の帝王・文王によって、古〔いにしえ〕の聖人が創った“象”をもとに
書かれた壮大な物語です! 

そこに物語られた文章=“辞〔じ〕”には、筆者によって巧みに隠された
(古代中国史上)実際のヒロイン〔女主人公〕の物語が織り込まれているのです。

私は、この女性の主人公を、女性の理想像ということで、
仮に“K女”/“KIMIKO”と呼んでいます。

“K女”は、殷の帝王(28代・太丁)の次男の妻でしたが
夫が戦死し未亡人になります。

そして、帝王の長男(奸未擦鵝諭Ц紊裡横溝紂δ覯機未討いい帖諭砲
妾〔しょう:=側室〕となります。

やがては、皇后に上りつめ、後の紂〔ちゅう〕王
(殷王朝最後の帝王・30代帝辛〔ていしん〕)を生むことになります。

火沢睽〔けい〕☲☱】卦は、この妾の“K女”(【兌☱】)と正妻(【離☲】)とが二女同居し、
反目・緊張し同時にバランスを保っている状況をよく表していると考えられます。

私の執筆中の「易経秘色〔ひそく〕」から、
以下にその部分のあらましを抜粋してご紹介しておきます。

☆参考資料  ≪ 盧:「易経秘色〔ひそく〕」 抜粋引用≫

一方“K女”からすれば、もともと若い上にも若返って再婚し、
皇帝となった長男【震☳】(=義理の兄)と相通ずることで
大きく運命が転換することとなりました。

地雷復☷☳】卦がそれです。

“一陽来復”、独〔ひと〕り服喪に過ごした冬の時代の終焉〔しゅうえん〕です。

【復】は冬至の卦ですが、 “K女”の人生は(冬の)陰が陽転していくのです!

ところが、この長男【震☳】の正妻が夫と“K女”との
親密な関係を嗅〔か〕ぎつけるところとなります。

火沢睽〔けい〕☲☱】卦は、この二女同居し反目・緊張バランスの状況を
よく表しています。

○「二女同居 其志不同行 説而麗乎明 柔進而上行 得中而應乎剛」

(二女同居して、その志は行いを同じくせず。
説〔よろこ/=悦〕びて明に麗〔つ〕き、柔進みて上行し、
中〔ちゅう〕を得て剛に應ず。)
(彖伝)

すなわち、下卦【兌☱】女は妾(=“K女”)、 上卦【離☲】は正妻
互体(3・4・5爻)の【坎☵】は夫(奸當覯機

2爻〜上爻は【離☲】と【離☲】で“目”と“目”、“睨み合い”。

「睽〔けい〕」の字“そむ・く”そのものが
「目」と「癸」=離・陽の「火」と陰の「水」です。

そして、下卦(内卦)の【兌☱】女は内に留まって悦び、
上卦(外卦)の
【離☲】女は、疎〔うと〕んぜられて外に行こうとしている象です

尤〔もっと〕も、反目ばかりで相互に剋〔こく〕し
損ない合うばかりのものでもありません。

中爻(九2と六5)において相応し補い合っています。

二女は、一時〔ひととき〕のバランスは保っているのです。

正妻と妾(“K女”)は、横目で睨み合いながらも
互いに慎むところもあったのでしょう。

ちなみに、夫からすれば、(【離☲】と【兌☱】)
【離☲】と【離☲】で二女が美しく着飾って並んでおり、
“両手に華”といったところでしょうか?! 

なお、【睽】は、女性同士の背反の卦ですが、
先天卦【天水訟】は男性同士の背反の卦
(=長男と戦死した次男との反目・争い)になるのは、
なんとも興味深いですね。

――― 中 略 ―――

その後の展開は、
【風天小畜☴☰】/【天沢履☰☱】/【地天泰☷☰】などに物語られています。

“K女”は男子を出産し、皇帝のお気に入りとなり、
喪服を脱ぎ捨て公然と后妃になるのです。

正妻を追い出し、この【震☳】・帝乙との間に3男子をもうけます。

長男・微子啓、次男・中衍〔えん〕、三男・受徳です。

この末子・受徳こそが、殷王朝最後の帝王30代・“紂王〔ちゅうおう〕 です。

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(by.盧)

 

☆参考資料  ≪ 盧:「『易経』64卦奥義・要説版」 pp.9・35・36 抜粋引用≫

38. 睽ケイ 【火沢けい】  は、そむく・異なる。
包卦(乾中に坎)

● 嫁と姑、二女反目。女性同士の背反 (先天卦「訟」は男性同士の背反)。
  「小事に吉なり」 (卦辞)

■ 1)二女反目
     姑〔しゅうとめ〕と嫁(離女と兌女)、
     下卦(内卦)の兌女は内に留まって悦び、
     上卦(外卦)の離女はうとんぜられて外に行こうとしている象。

  2)火と水で背反 
     上卦の離火は燃えて上へ昇り、下卦の兌沢は流れて降り、
     乖〔そむ〕き離れる象。

 ・中庸の徳をもって、2爻、5爻の中爻は相応じています。
  兌の和悦をもって、【離】の明徳付き従ってゆく、と捉えられます。

 cf.「睽ケイ」のへんは「目」で離・陽の火、右側は「癸」で陰の水。

 ○ 大象伝 ;
     「上に火、下に沢あるは睽〔ケイ〕なり。君子以て同じくして異なる。」

     (上卦に離火、下卦に兌沢があり、そむきあっています。
     この象のように、君子は その志すところは一〔いつ〕ですが、
     水火・陰陽のように表面的なものは同じではありません。
     大同の中の異なるもの、を知っておかねばなりません。)


6.訟【天水しょう】 は、うったえる
  遊魂8卦

 ● 訴訟・矛盾、男性同士(陽と陽)の背反、“天水違行”の形     
  ※「作事謀始」(大象) ・・・ 
     事業は始め、教育は幼少時代、を大切に。
     万事始めが肝腎!
  cf.「訴えてやる!」(TV“行列のできる法律相談室”) ・・・
     法的良悪と道徳的善悪は必ずしも同じではない。
     道義的・倫理的責任。 “法(法治主義)と道徳(徳治主義)”。

 ■ 上卦 乾天は上昇の性、下卦 坎水は下降の性 ・・・ (天水違行)
  1)“天水違い行くの象”(白蛾) ・・・ 
     水は低きに流れ、天はあくまで高く、背き進む象。
  2)乾は剛健にして上にあり、坎は苦しんで下にある象。
     そして、両者相争う象。

 ○ 大象伝 ;
     「天と水と違い行くは訟なり。君子以て事を作〔な〕すに始めを謀る。」

     (乾天は上昇し、坎水は下降し、両者は相違った行き方をして争いが起こる。
     この象に鑑みて、君子は、※ものごとが行き違い争いとならぬように、
     事をなすにあたって、始めをよくよく慎重に考慮するのです。)

 

《 結びにかえて 》

昨年は、従来まで研究・執筆に隠遁〔いんとん〕していたのを、
意識して少々、外向きの活動も再開し始めました。

長年の【陰】生活を【陽】に転じ反〔かえ〕ろうかと想ったわけです。

易卦でいえば、【地雷復☷☳】ですね。

今年の私の年筮〔ねんぜ〕は、【山火賁☶☲】の得卦で
(動爻:4爻坤の乾変、上爻乾の坤変)【雷火豊☳☲】に之〔ゆ〕くでした。
(*中筮/擲銭〔てきせん〕法によります)  

――これは、夕日の燦〔きら〕めき、晩年を賁〔かざ〕る・豊大の意です

新年早々1月10日には、下関商工会議所青年部に招聘〔しょうへい〕されて、
下関市で儒学の講演を行ってきました。
(テーマ:「――古〔いにしえ〕よりの教え『論語』に学ぶ―― 
仁=忠・恕/孔子一貫の道」) 

2月からも、「安岡正篤先生生誕120年/関西師友協会創立60周年記念大会」(2.25)
を始めとして各種行事に招かれており、
出来れし参加するつもりでおります。

ところで、人と会う機会が増えますと、
「お若く見えますね」とか「先生はお若いですから」などと、
まんざらお世辞ばかりでもなく(?)
褒〔ほ〕められる事が多くなってまいりました。
―― さりながら。

○「いつ見ても さてお若いと 口々に  褒〔ほ〕めそやさるる 歳ぞ悔しき」 
という狂歌が伝わっています。

「お若く見える」とは、すなわち歳をとったということの証〔あかし〕に他なりません・・・。

歳を重ねることは、悪いことではありません。
が、さりとて改めて「若いですね」と褒められると、
喜んでばかりもいられません。

気(精神)は、まだまだ若いつもりでいても、
“私も歳をとってしまったのだナァ”と感慨一入〔ひとしお〕、
人生の晩節を善く全うせねばと自らに言いきかせています。

○「子曰く、知者は水を楽しみ、者は山を楽しむ。
知者は動き、者は静かなり。知者は楽しみ、 者は寿〔いのちなが〕し。」

(雍也・第6)
と『論語』にあります。

孔子が73(74)歳で没したのも、当時の平均寿命を考えれば
極めて長寿といえましょう。

我が国の財界人に一例をとってみても、
明治の渋沢栄一氏(“右手に算盤、左手に『論語』”/“道徳経済合一説”)92才、
昭和の松下幸之助氏(“君子型経営者”/「経営の神様」)95才と長寿です。

私の身近でも、昨年末、『論語』などの古典講義を何度か受講させていただいていた、
お二人の仁徳〔じんとく〕ある老先生がご逝去〔せいきょ〕されました。

行年〔ぎょうねん〕、80歳と101歳でした。

 寿命は天命です。肉体上の疾病〔しっぺい〕もありますので、
「仁者は寿〔いのちなが〕し」の言葉のままに、ともゆきません。

私は、余生を一年一年貴重なものと認識して、
この一年、価値ある仕事を進め晩年を賁〔かざ〕ってゆかねばならない
改めて想っております。

( 以 上 )

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第50回 定例講習【特別講義】のあらまし (第1回)

第50回 定例講習(‘12.4.22 ) レジュメ
─── 【特別講義】 あらまし ───    (第1回)


《 はじめに 》

昨年(2011)は、本会開設5周年の節目にあたりました。

吹田市メイシアターで 「真儒協会開設5周年“真儒の集い”」 を催し、
多数のご来賓・参加者にお越しいただきました。

さて、本年・壬辰〔みずのえたつ〕年は、
易卦【水山蹇】 〔すいざんけん: 3大難卦、
包卦(=坤中に離、足止めストップの意〕 にあたり、
また私(高根)個人も年末年始に病を得たりもしました。

そのため、春恒例の“真儒の集い”は開催しないことといたしました。

それでも、この4月の講習は、年度当初であり、
また定例講習第50回目の記念すべきキリ良き月にもあたります。

そこで、盧秀人年・嬉納禄子・汐満未佐子 の3講師による
“特別講義”を行うことといたしました。

前半は、盧が 「老子と『易経』」 のテーマで、
後半は嬉納・汐満が 「陰陽相対(待)」 のテーマで講じました。

photo_20120422_1

“ティーブレイク”を利用して、恒例の“「干支色紙」授与”を行いました。

今年の十二支=「辰」を「龍」の文字で
私(高根)が、王羲之〔おうぎし〕風 と 最澄〔さいちょう〕風 との
ニ様で書いたものです。

受講生全員に好みの色紙を選んでもらい、
その場で筆記名し授与いたしました。

デモンストレーションとしては、恒例の“筮竹〔ぜいちく〕捌〔さば〕き”の披露

また、漢詩(孟浩然〔もうこうねん/モウハオラン〕・
「春暁」〔しゅんぎょう/チュンシャオ〕)を一同で朗誦し、
私が中国語で吟〔ぎん〕じ一興といたしました。

また、 “パーソナルカラー〔自分色〕診断” は、
プロのカラー・アナリストとして第─線でご活躍中の
汐満先生をお迎えしての折角の機会ですので、
未体験の老若男女みんなに体験して頂きました。

photo_20120422_2

“たかね(デザイン)研究所”作成、
101色オリジナル・ドレープ〔診断用色布〕を使って診断いたしました。

いつもの講義とは異なる彩〔あや〕の“賁〔かざ〕り”に、
とても好評を博しました。

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photo_20120422_4

通常の定例講習受講生に、新規の受講生3名、
今回の特別講習への参加者4名(児童1名含む)を加えて
賑やかに楽しく開催され、善き年度始めの講習会となりました。


《 特別講義 テーマ 》

【その1】  老子と『易経』   
   * 講師: 盧 秀人年 (真儒協会会長)
   ── 【損・益】の卦 と「老子」 / 【損・益】の深意・現代的意義を考える ── 

【その2】  陰陽相対(待)  
   * 講師:(真儒協会副会長・理事) 嬉納 禄子・汐満 未佐子 
   ── 陰陽相対(待)論 / 陰陽師・安倍晴明 / 陰陽思想とパーソナルカラー ──

   ★ 診断実演 :“パーソナルカラー〔自分色〕診断”
   (by.たかね研究所オリジナル101色ドレープ〔診断用色布〕)


《 特別講義 レジュメ/教材・資料 》


§.【その1】  老子と『易経』   教材・資料

≪ 【損・益】の卦 と 「老子」 ≫  【 老子 42 / 77 / 53 / 81章】


『易経』64卦、【山沢損☶☱(41)と【風雷益☴☳(42)。

この【損・益】の対卦は、
【泰・否】(11&12)と【既済・未済】(63&64) とともに、
『易経』のペア卦を代表するものです。

とりわけ、 【損・益】の思想は、現実社会の政治と経済に直結するものです

老子は、わけても、【損・益】の思想を自分の主張として取り入れて、
展開して述べています。

ここに、一般には隠者的思想と思い込まれているムキのある
黄老思想の現実的・政治的・為政者的(指導者・リーダー論的)側面が、
よく現れている
といえましょう。

私見ながら、この「損・益」は、老子の思想のベースに
易学があるという一つの例であると考えます。

「五経〔ごきょう〕」の筆頭として
儒学の専売特許のように位置づけられている『易経』です。

が、私は、この中国最古の奇書は儒学の源流思想であると同時に、
黄老の思想形成にもおおいにあずかって影響を与えていると考えています。

そして、現今〔いま〕の経済立国・日本は、
あたかも、たそがれて行く先を失い
道に迷い窮せんとしているが如き状態です。

現状の不慈不善を正し、日本の近未来の
(そしてその指導者〔リーダー〕の)あるべき姿を取り戻すためにも、
この“損・益の思想”は現代の光をあてて再考しなければなりません。

さて、 【損】と【益】は、“反卦〔はんか〕”/「賓卦〔ひんか〕」の関係です。

つまり、相手が対面していて(正面にいる)、
その相手から見ての卦(=卦を180度回転させれば良いことになります)です。

平たく例えれば、
自分が 一万円あげる・損する( ギブ:give/lose )のは、
相手から見れば一万円もらう・得する( テイク:take/get )です。

試合や勝負で、自分が負けるということは相手が勝つということです。

非常に、理に適っています。


◇以下、【損・益】の卦・思想について、ポイントをいくつか説明してみましょう。

( →詳しくは以下のURL《たかね・「易経64卦解説奥義/要説版》にて、
   《 41 & 42 のペア 》の枠内を参照のこと。 )

   http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50692222.html


まず、一言確認しておきますと。

易においては、 「陽」を以て余り有るものとし、「陰」を以て不足なるものとします

そして、上卦は為政者(政府)・指導者〔リーダー〕・金持ちであり、
下卦は大衆・一般ピープル・貧しい人々
、と考えます。

(両者の)相対的関係では、主体を下卦の大衆・一般ピープル・貧しい人々を基準に考えます・・・

※ この続きは、次の記事に掲載いたします。

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『徒然草』 にみる儒学思想 其の2 (第6回)

※この記事は、『徒然草』 にみる儒学思想 其の2 (第5回) の続きです。


『徒然草〔つれづれぐさ〕』 にみる儒学思想 其の2(第6回)

─── 変化の思想/「無常」/「変易」/陰陽思想/運命観/中論/
“居は気を移す”/兼好流住宅設計論( ── 「夏をむねとすべし」)/
“師恩友益”/“益者三友・損者三友”/「無為」・「自然」・「静」/循環の理
 ───


【第243段】   八〔やつ〕になりし年 

《 現代語訳 》----------------------------------------------------

(わたくしが)八歳になった年に、父にたずねて、
「仏とはどんなものでございましょうか。」と言います。

父が言うには「仏には人間がなったのだ。 ※補注) と。

またたずねて、「人はどのようにして仏になるのでしょうか。」と。

父がまた「仏の教えによってなるのだヨ。」と答えます。

(私は)またたずねて、
「その教えました仏をば、何が教えましたのですか。」と。

(父が)また答えて、
「その仏もまた、その前の仏の教えによって、仏におなりになったのだヨ。」と。

(私は)またたずねて、
「その最初に教えました第一番目の仏は、どんな仏でありましたか。」と、言う時に、
父は「(さあ)空から降ったのだろうか土からわき出たのだろうか。」と、言って笑います。

(その後、父はこの時のことについて)
「問いつめられて答えることができなくなってしまいました。」と、
人々に話しておもしろがっていました。

--------------------------------------------------------------------

  補注)

  「仏には人のなりたるなり」 という考えの明言は、
  日本的でおもしろい気がします。

  確かに、仏教の開祖であるゴータマ=シッダールタ(シャカ族のカピラ城の王子)が、
  悟りを啓〔ひら=開〕いて ブッダ:仏陀(“覚者・智者”の意)となったわけです。

  仏さま(仏教)に対して、神さま(神道〔しんとう〕)もおもしろいものです。

  というのも、日本古来の宗教である神道は、神さまを人が創ります。

  立派な人間(例えば、大楠公〔だいなんこう:楠木正成〕や菅原道真公)を
  死後神さまとして祀〔まつ〕リ、神社を造ります。

  そしてそれを、人々が崇〔あが〕め奉〔たてまつ〕るというものです。


「つれづれなるままに、 ─── 」で始まった 『徒然草』の終章。

この終章は構成上どのような意味を持っているのでしょうか。

内容は誰しもにありがちな、
無邪気な親子の対話(テーマが仏なのは少々異)ですが、
兼好は 『徒然草』をそれなりの思い入れと文学的情熱を傾けて
完成させたのであろうことを考えてみれば、
この段には深い意味が込められていると思われます。

それは兼好の世界観であり、また人間観なのです。

『徒然草』の中に、幼少年期の兼好が登場するのも 
父(ト部兼顕〔うらべかねあき〕)が登場するのも、これが最初で最後です。

ここで兼好が幼時から聡明で極めて論理的(形式論理的)であることがわかります。

この知性的特質が、成長して兼好の明晰鋭敏な思想を形成させたであろうことを 
うかがわせるのです。( → ※考察 参照)

ところで、『易経』は人生の シチュエーション〔situation〕を 
64 の卦の辞象で表現した体系であり、
『徒然草』もまた 人生のシチュエーシヨンへの思索であります。

そこに、何らかのアナロジーを見出すことも可能でしょう。

易の 63番目の卦は【水火既済〔きさい〕】で、完成・成就の卦です。 

64番目(最後)が【火水未済〔かすいみさい〕】未完成の卦です。

こうして、未完成を最後にもって来ることによって、
易は窮することなく、限りなく終りなく、(円のように) “ 循環 ” するのです。
 

そして、この 『易経』(=儒学)の理は、
黄老思想においても“循環の理”・“回帰(復帰)の思想”として、
至れるもの全く同一であるともうせます。

序段にある 「心にうつりゆく」は、時間的に 「移りゆく」ことでもあります。

人生も晩年である兼好は、亡き父を登場させ、自身の幼少年期を登場させ 
その成長・発展を暗示します。

“ 父 ─ 子 ─ 孫 − ”といった世代の連続(仏教的輪廻〔りんね〕)
を示しているように私には思われるのです。

無限に変化 = 循環(受け継がれ連続)するという意味での 「無常」 です。


※ [ 考察 ]   ≪ 松下幸之助氏が説く “天” ≫

「経営の神様」といわれた“君子型経営者”・松下幸之助氏は、
“根源〔こんげん〕さん”と称する“社〔やしろ〕”を建てています。
(その中は空っぽ〔=無・空〕です)

氏は、その“天に学ぶ”(=深い思索・瞑想)によって
“根源さん”の思想に到達いたしました。

それは、自分を生み出し存在させているものは何か? という命題です。

その問いかけに対する答えは、両親です。

では、その両親を存在たらしめているものはといえば、それはそのまた両親です。

そのまた両親を存在たらしめているものは ・・・・・ 。

人間の始まりをつきつめていくと、
やがて“宇宙の根源”に行きつくことになります。

つまり、人の(宇宙の)元始まりから、
その生み出す力によって生み出されたのです。

氏は、自分が宇宙根源の働き、天によって生かされていることを覚り、
その感謝の気持ちを “社” の形で表したのです。


■□■--------------------------------------------------------------------

── 松下幸之助氏が説く “天” Point! ── (by 伊與田覺先生講義より)


・ 書物によってではなく、自らによって(天によって)学んだ人
・ 「真真庵」の “根源さん” の社〔やしろ〕 ─ (中には何も入っていない、無、空
人生は“運”(たまたま)、自分を存在させてくれるものは何か?
   “両親” ・・→ そのまた両親 ・・→ “人間始祖” ・・→ 人間はどこから?
   ── “宇宙の根源” からその生み出すものによって生み出された
   ── 自然の理法(法則) = 宇宙万物のものを生成発展させる力
・ 天と交流し、宇宙根源の働き、天によって生かされていることを悟得した(覚った)
・ その感謝のきもちを “社” の形で表した

--------------------------------------------------------------------■□■


付言☆

「松下電器」・現「パナソニック」の創業者、松下幸之助氏は
「経営の神様」と尊称される“君子型経営者”です。

最晩年、日本の将来の政治(家)を憂い、「松下政経塾」を創設されました。

安岡正篤先生も参与されていました。

さる平成23年9月、「松下政経塾」1期生である野田佳彦氏が、
首相に就任いたしました。

その所信表明演説で、“和と中庸の政治”を標榜〔ひょうぼう〕し、
“正心誠意” (『大学』) の言葉についても語られました。

松下幸之助氏は、学校や書物からの学問はされませんでしたが、
自らの思索によって(天によって)学ばれました。

そして、その至れるところは、儒学の“君子の教え”と同じでした。

私(高根)は、松下幸之助氏の思想・哲学は、
(“根源さん”の社 の話などを知るにつけても)
儒学とともに、黄老の教えとも同じであるナ 
と私〔ひそか〕に想っているところです。


§.おわりに

以上、各段ごとに考察してまいりました。

結びに、兼好の思想に一貫するものをまとめておきましょう。

『徒然草』は 思想的には、一般に 仏教的無常観であるといわれています。

しかし、私は、兼好が 変化〔へんげ〕の理〔ことわり〕」(74段) と呼ぶものを、
東洋的 “変化〔へんか〕の思想”として捉えてみたいのです。

源流思想としての 易・『易経』の世界観・人間観です。

変化は同時に 「時」 の理でもあります。

序段の「心にうつりゆく」は、時間的遷移〔せんい〕でもあり、
その遷移は中論(弁証法)的に捉えられます。

無限変化 ── 進化循環するという意味においての 「無常」です。

従って兼好人間観・運命観は、陽性にして肯定的・主体的です。

つまり、宿命と運命を峻別し、
運命は人間の力で打開できると信じています。

このことは、中世にあっては、注目すべきことではないでしょうか。

ヘーゲル哲学の運命観も同様であり、
ここに近代精神の先駆を見ることも出来ると思います。


( 以 上 )




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盧秀人年・ 「老子」 を発表す 【‘12.6.17】

 さる‘12年6月17日(日)、関西師友協会(大阪・心斎橋)の “篤教講座”の中で、
私 盧が 《 安岡正篤先生に学ぶ 「老子」 》 と題して発表を行いました。

篤教講座の様子1

3回シリーズの初回です。
(*第2回目は、10月第三日曜日。/ 第3回目は、12月第三日曜日です。)

 “篤教講座”は、東洋思想の泰斗〔たいと〕、故・安岡正篤先生の教学に学ぶもので
『易経』を中心とする講座です。

2ヶ月に一度、偶数月・第三日曜日に開催されています(8月は休み)。

 私が、斯講座で発表を務めますのは、これで三度目になります。
前2回は、易学・『易経』の内容で発表いたしました。

今回は、テーマに「老子」を選びました。

 儒学と老荘(黄老・道家)思想は、東洋思想の二大潮流であり、
その二面性・二属性を形成する
ものです。

国家・社会のレベルでも、個人のレベルでも、
儒学的人間像と老荘的人間像の2面性・2属性があります。

また、そうあらなければなりません。

東洋の学問を深めつきつめてゆきますと、
行きつくところのものが“易”と“老子”です。 

―― ある種の憧憬〔あこがれ・しょうけい〕の学びの世界です。

安岡正篤先生も、易や黄老(老子)の学について次のように述べられています。

---------------------------------------------------------------------
○ 「東洋の学問を学んでだんだん深くなって参りますと、
 どうしても易と老子を学びたくなる、と言うよりは
 学ばぬものがない
と言うのが本当のようであります。

 又そういう専門的な問題を別にしても、
 人生を自分から考えるようになった人々は、
 読めると読めないにかかわらず、
 易や老子に憧憬〔しょうけい〕を持つのであります。

  大体易や老子というものは、若い人や初歩の人にはくいつき難いもので、
 どうしても世の中の苦労をなめて、世の中というものが
 そう簡単に割り切れるものではないということがしみじみと分かって、
 つまり首をひねって人生を考えるような年輩になって、はじめて学びたくなる。
 又学んで言いしれぬ楽しみを発見するのであります。」

 (*安岡正篤・『活学としての東洋思想』所収「老子と現代」 p.88引用 )
---------------------------------------------------------------------

 私は、浅学菲才〔せんがくひさい〕にもかかわらず、
善き機会と場を頂いて、「易学」と「老子」を二つながらに講じさせて頂けることを、
まことにありがたく感謝いたしております。

篤教講座の様子2

 テキストは、私のオリジナルで、A4/65ページ(“PART 1”)を執筆・作成いたしました。
(次回以降に用います“PART 2”も、概ね同じ程度のページ数になる予定です。) 

『老子』の原典・解説書を英文文献も交えて解かり易く書き下ろしました。

真儒協会定例講習・「老子」で、私が講じてきたものと今後講ずる予定の内容も含めて、
老子の総括的内容となっております。

(手前味噌ながら、)難解をもって知られる老子の思想を、
咀嚼〔そしゃく:よくよくかみ砕き味わうこと〕してポイントをまとめあげた、
そしてビジュアル化も図りました労作です。


---------------------------------------------------------------------
○ 「 ―― 『論語』の中に、孔子の温故而知新
 (故〔ふる/古〕きを温〔あたた/たず・ねて〕めて新しきを知れば、以て師となるべし)
 の名言があります。

 “帛書老子”・“楚簡(竹簡)老子”の新発見による研究成果も踏まえながら、
 20世紀初頭、平成の現代(日本)の“光”をあてながら、
 「老子」と“対話”してまいりたいと思います。

 故〔ふる〕くて新しい「老子」を活学してまいりたいと思います。

 (*テキストp.12: 黄老の学あらまし《 1.「老子」紹介 》 末文引用)
---------------------------------------------------------------------


なお、オリジナル・テキスト(“PART 1”)の内容項目のあらましは、
以下のとおりです。

『 安岡正篤先生に学ぶ 「老子」 (“PART 1”) 』 
                           
by.盧 秀人年

                             * カット: 横山大観・画

《 とびら 》 ――  「老タン〔ろうたん〕 道を行く」(高村 光太郎・『道程』)

《 プロローグ: はじめに 》
 §.機 圈^族正篤先生 と 老子(老荘思想) 》
 §.供 圈 判子百家” の中の 儒家と道家(老荘) 》

[ 黄老の学 あらまし ]
 §.機 圈 嶇兄辧廖‐匆陝 奸
 §.供 圈]兄卻語り(伝説) ―― “龍のごとき人” (司馬遷・『史記』) 》
 §.掘 圈ー学 と 黄老 ―― 安岡正篤・老荘本 抜粋 》  

[ 『老子道徳経』 ※(本文各論)解説 ]
● 宇宙論 / 道=無 
  【 老子: 25章 / 4章 】
   (象元・第25章)  “元始〔もとはじまり〕”の理 ―― 「道」とは?
   (無源・第4章)   ナゾのような末句 「象帝之先」 ―― 「道」とは?
● 道=無                                     
  【 老子: 1章 】
   (体道・第1章)     首章・冒頭  ―― 「道」とは?  
  【 42章 / 40章 】  《 【損益】の卦と「老子」 》 【 42/ 77/ 53/ 81章】
   (道化・第42章)    老子の “万物生成論“
   (去用・第40章)    「有生於無」  ―― 「道」の作用
  【 老子: 41章 】 /関連70章 ○「被褐(而)懐玉」 ◎「衣錦尚絅」(『中庸』)
   (同異・第41章) ―― 「道」のありかた/ 「大器晩成」 → 「大器免成」 注2)


※ オリジナル・テキストの具体的内容は、
  当ブログ【儒灯】・定例講習カテゴリ記事の「老子」で逐次〔ちくじ〕ご覧になれます。
  また、テキストの若干の残部につきましては、高値(?)にてお頒〔わ〕けできます。



参考 : 【 表 紙 】

篤教講座テキスト表紙



参考 : 【 中表紙 】

篤教講座テキスト中表紙



参考 :  【 図 】

● 「儒学」 と 「黄老」 イメージスケール (by.たかね)

「儒学」と「黄老」 イメージスケール



● POINT! 「明徳」 ・ 「玄徳」 / 「明明徳」  (by.たかね)


photo_20120617_6

( 以 上 )


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むかしの中国から学ぶ 第2講 「易占と易学」 (その1)

●吹田市立博物館・講演 『 むかしの中国から学ぶ /【全6講】 』

【第2講】 §.「 易占 と 易学 」    (‘11.6.5 )


cover_20110605


《§. 元 〔はじめ〕 に 》 

◆ 真儒協会/定例講習・「老子」の紹介 ── 抜粋 

 儒学と老荘(黄老・道家)思想は、東洋思想の二大潮流であり、
その二面性・二属性を形成する
ものです。

国家・社会のレベルでも、個人のレベルでも、
儒学的人間像と老荘的人間像の2面性・2属性があります。

また、そうあらなければなりません。

東洋の学問を深め つきつめてゆきますと、
行きつくところのものが、 “易”と“老子” です。 ── 

ある種の、憧憬〔あこがれ・しょうけい〕の学びの世界 です。

東洋思想の泰斗・安岡正篤先生も、次のように表現されておられます。

「東洋の学問を学んでだんだん深くなって参りますと、
どうしても易と老子を学びたくなる、と言うよりは
学ばぬものがない
と言うのが本当のようであります。

又そういう専門的な問題を別にしても、
人生を自分から考えるようになった人々は、
読めると読めないにかかわらず、
易や老子に憧憬〔しょうけい〕を持つ のであります。」

( 安岡正篤・『活学としての東洋思想』所収「老子と現代」 p.88引用 )


 このたび(2010)、真儒協会/定例講習・「孝経」の講座を修了し、
「老子」を開講することとなりました。

担当講師の私(高根)は、50代にして、
『論語』・『易経』に『老子』をあわせて講じることに、
教育者としての矜恃〔きょうじ〕を新たにしているところです。

── 『論語』の中に、孔子の温故而知新
(故〔ふる/古〕きを温〔あたた/たず・ねて〕めて新しきを知れば、以て師となるべし)
の名言があります。

新たなる研究成果も踏まえながら、
20世紀初頭、「平成」の現代(日本)の“光”をあてながら、
“易学”と“対話”してまいりたいと思います。

故〔ふる〕くて新しい 『易学』 を活学してまいりたいと思います。


image_20110605_1



 『易経』 64卦 奥義の序

   乾・坤にはじまり 既済・未済に至る
     龍〔ドラゴン〕にはじまり 小狐に終る

 『易経』 〔“The Book of Changes”〕 は、
万物の変化とその対応の学。

東洋の源流思想であり、儒学経書(五経)の筆頭であり、
帝王(リーダー)の学です。

“東洋のバイブル”が 『論語』なら、
東洋の奇(跡)書
と呼びたく思っております。


 『易経』は、世界と人間(人生)の千変万化を、
“ 64卦(384爻)”のシチュエーション〔 situations 〕
(シーン〔 scenes 〕) にしたものです。

 「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず。」(繋辞上伝) ですので、
それ(64卦・384爻)を ものごとを象〔かたど〕る“象〔しょう〕”と、
解説する言葉 “辞”とによって深意・奥義を表示しています。


 さらに「易経本文」に、孔子及びその門下の数多が(永年にわたって)著わした
「十翼」(10の解説・参考書)が合体します。

辞と象の、さらに易本文と十翼の融合合体が、
『易経』の真面目〔しんめんもく〕であり 
“奇書”の“奇書”たるゆえん
でありましょう。


 『易経』の真義を修めることにより、
個々人から国家社会のレベルにいたるまで、
“兆し”・“幾”を読み取り、生々・円通自在に変化に対応できるのです。

 21世紀を迎え、“未来に向かって足早に後ずさりしている” 現在こそ、
東洋3000〜2000年の英知のリナシメント〔再生・復活〕 が必要なときです。

                     ( 高根 秀人年 2009 )


「上・下経 64卦によって理論的・実践的に、
我々が無限の進歩向上の原理原則を把握することができる。」

「この『易経』をみますと、前編つまり上経30卦は、
その創造・進化の主として原理を明らかにしたものということができる。

それに対する後編、下経34卦は、
これは前編の創造・進化の原理をやや人間的に、人間界に適用して ── 
前編を天事を主とすれば、後編のほうはもっぱらこれを人事に応用したもので、
前編と後編とで天人統一、天人相関を明らかにしたものということができます。」

          ( 安岡正篤 『 易と健康(上)  易とはなにか 』)




(この続きは、次のブログ記事に掲載しております。)


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これからの時勢の易学的スケッチ

これからの時勢 の易学的スケッチ
             ――― 「易経」 64 卦の活学応用 ―――
 
その時代を正しく捉え、未来を展望することは とても難しいことです。

” を観て、“兆し” を知り、“〔ふう・かぜ〕” を読む、
これが 君子・賢人、リーダー・エリート〔指導者〕の面目でしょう。

東洋の英知、儒学の源流思想が “易学” です。
生々、円通自在の易64卦に なぞらえて、これからの時勢をスケッチしてみたいと思います。

2003年 5月に、「2003年・これからの時勢の易学的スケッチ」と題して、
大阪において特別講義として講演したものです。

21世紀初頭の現在と近未来の日本社会を、「易経」 64卦に なぞらえて概観したものです。

「易経」・易卦の活学・応用(“易工学”とでも称せましょうか?)への試みです。
不充分な考察ですが、近未来ビジョンへの“よすが”とはなると思います。

なお、現在2009年の視点から、注)として若干 加筆いたしました。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◆◇◆ 「 2003年 ・ これからの時勢の易学的スケッチ 」 レジュメ ◆◇◆


*――――――――――――――――――――――――――*
  1.“カラーの時代”
*――――――――――――――――――――――――――*

・ 「離火」 【離為火・りいか】 (離は文化文明、視覚の重要性、第六感)

● 八卦(小成卦) 「離」 ―― カラーセラピー ・光と照明の時代。 
  八卦 「震」 ―― サウンドセラピー 、cf.「セロ弾きのゴーシュ」。 
  八卦 「巽」 ―― アロマセラピー。 リラクゼーション、癒しの時代。


*――――――――――――――――――――――――――*
  2.“こころの時代 ”
*――――――――――――――――――――――――――*

・ 「頤」 【山雷頤・さんらいい】 (養う、心身を養う、似離〔にせり〕、空しい)
・ 「中孚」 【風沢中孚・ふうたくちゅうふ】 (大離、まこと)

※ 精神性3卦 ・・・・ 高所をあおぎみる 【風地観・ふうちかん】/ 
              子供にかえる【天雷无妄・てんらいむもう】/
              解脱〔げだつ〕達観の 【天山遯・てんざんとん】
               (【地火明夷・ちかめいい】は 地中に追いやられ「遯」は高地にいる)

● RICH と POOR。 「衣食足りて礼節を知る」 礼節 = 文化(心を耕すもの)。
  生活の質重視〔QOL〕 の時代。 ロボット犬 「アイボ」、鉄腕アトム誕生 2003.4,7 。

注) 医療は発展、寿命は延び、精神はすさんでいる現代社会。
   養心・養生を考え直す時期 (cf,貝原 益軒 『養生訓』)

「衣食たりて礼節を知らしめる」、日本の戦後は“モノで栄えココロで滅ぶ”
心の【山水蒙・さんすいもう】の時代、心の蒙〔くら〕きを徳の光で 啓〔てら〕す 
         ――― 照隅啓蒙〔しょうぐうけいもう〕( 真儒協会 )


*――――――――――――――――――――――――――*
  3.“個(人の都合)が闊歩〔かっぽ〕する時代” 
*――――――――――――――――――――――――――*

・ 「旅」 【火山旅・かざんりょ】 (孤独な旅人)

● 根薄き 浅薄民主主義と個人主義、ジコチュウ。 20世紀のツケ・赤字大国。 リーダーの不在。 
  『坂の上の雲』(司馬遼太郎) = 日本人の古き良き精神とその時代を描く。

注) 今年(2009)秋より、NHK で「坂の上の雲」が放映されます。
   ちなみに、私の郷里は愛媛です。愛媛 松山出身の3人、秋山兄弟と正岡子規が主人公です。


*――――――――――――――――――――――――――*
  4.“高齢者の時代” 
*――――――――――――――――――――――――――*

・ 「賁」 【山火賁・さんかひ】 (晩節をかざる、人生の たそがれ? 【山風蠱・さんぷうこ】)
・ 「家人」 【風火家人・ふうかかじん】 (在宅介護、バリアフリーリフォーム)

※ たかね流 日の卦 (人生の段階〔ライフエイジ〕) ・・・・・ 朝日・若年の【地風升・ちふうしょう】/ 
  真上・中壮年の【火地晋・かちしん】/ 晩年の夕日の美しさ 【山火賁・さんかひ】/ 
  暗黒時代の【地火明夷・ちかめいい】/中天の太陽【火天大有・かてんたいゆう】

● 少子高齢社会の進展。 ユニバーサルデザイン、バリアフリー。 QOL 。
  高齢者とそのボランティア活動。 精神世界の重要さ。 
  「高い席にいる人は金を出せ、安い席にいる人は 拍手をおくれ。」。 
  経済的基盤に支えられた福祉・文化国家の必要性


★ 参考 ―― “ かなりや ” ( 1918・大正7・西条 八十 )

「 唄を忘れた 金絲雀〔かなりや〕は
       後〔うしろ〕の山に 棄てましょうか   いえいえそれはなりませぬ

  唄を忘れた 金絲雀〔かなりや〕は
       背戸の小藪に 埋〔い〕けましょうか( 埋めましょうか )
                               いえいえそれも(は)なりませぬ

  唄を忘れた 金絲雀〔かなりや〕は
       柳の鞭で ぶちましょか         いえいえそれはかわいそう

  唄を忘れた 金絲雀〔かなりや〕は
       象牙の船に 銀の櫂〔かい〕
          月夜の海に 浮かべれば     忘れた唄をおもいだす 」


※ 唄を忘れたカナリヤ = 高齢者、在宅介護のあり方を考えさせられます。


注) 現在、介護保険制度の問題、社会保険庁のズサンさ、後期高齢者「冷遇」などが問われています。
   日本の、少子高齢社会は着実に 進展し続けています。


*――――――――――――――――――――――――――*
  5.“中国の時代”
*――――――――――――――――――――――――――*

● 米と日本との交流(ぺりー来航より)150年〔‘09現在 156年〕目の節目。 
  5人に一人は中国人、日本人の出生率 1.2人。 SARS。 中国思想・文化の再認識の必要
 
注) 2005年には(事実上)孔子を中国政府が公認、2008年8月には北京オリンピック開催、
   そして今 中国の子供たちは『論語』を学んでいます。  
     ―― 世界はアメリカと中国の時代を迎えつつあります。


*――――――――――――――――――――――――――*
  6. おわりに
*――――――――――――――――――――――――――*

● 易の本質は変化。 時代の変化、変化の思想。 アドバイザー(精神面)、易道家の意義。 
  未来への“兆し”を読む。 「一粒の麦、地に落ちて死なずば・・・・」  (『聖書』)

注) 2009年1月にはオバマ新アメリカ大統領が誕生し、また中国が急速に台頭する世界情勢の中で、
   日米関係も変化・節目の時期に来ています。その展望をもてぬ人々が多すぎます。 
      ―― 日本(人)は、これから どこへ行こうとしているのでしょうか?
   変わる(「変易」)時勢の中で、変わらないもの「不易」の価値を大切にしなければなりません。
   “松に古今の色なし”、それは日本人の「徳」です。よき儒学精神のルネサンスが要請されます。

 

○ この講演から、はや 6年ほど経ちました。“兆し”は時々刻々変化しています。
  近い機会に、改めて、これからの時勢を 易学的にスケッチしてご紹介したいと思っています。


※ 講演の中に登場する 各卦の内容につきましては、資料として 拙著 「易経 64卦解説奥義 の抜粋をつけておきました。  このレジュメをご覧の皆様は、真儒“定例講習” 第14・15回(上経)、第18・19回(下経)の「易経」を ご覧頂ければ、概略が載っております。

(第十八回 定例講習)
http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50692222.html  

(第十九回 定例講習)
http://blog.livedoor.jp/jugaku_net/archives/50699504.html  



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