※この記事は、 “甘やかし” を “麦ふみ” に想う (その2) の続きです。
《 「舐犢〔しとく〕の愛」 ・・・ 祖母の盲目的愛》
唐土〔もろこし〕に、「舐犢〔しとく〕の愛」(『後漢書』・楊彪伝)という言葉もあります。
古〔いにしえ〕の重み・深みのある言葉ですね。
犢〔こうし〕を母牛が舐〔な〕めるような愛の意、
転じて溺愛〔できあい〕することです。
わが国で言えば、「猫かわいがり」といったものでしょうか。
( 『広辞苑』には、《猫をかわいがるような甘やかした愛し方》 とあります。
が、私は、親猫のように子猫を舐めかわいがる:
“舐猫〔なめねこ/しびょう〕の愛”とイメージすると面白いと思います。)
今も昔も、専ら、祖母の愛は度を越した盲愛・溺愛で、
その弊〔へい〕甚だしいものがあるようです。
教職という仕事柄、多くの親子関係に接していますと、
「舐犢の愛」・“舐猫の愛”も直接に見聞きしています。
祖母が、金品を過度に、(時の宜しきを得ずに)与え、
“甘やかし”過剰で孫をダメにしてしまっています。
遠方の施設や学校(ときには檻のなか)に入れることになり、
つまり「家出」して同じ家に住めなくなっています。
文言どうり「甘やかし 子(孫〔まご〕)を捨てる」結果になってしまっているのです。
この、祖母の盲目的愛がもたらす弊害の誘因・原因を、
2つの視点から考えてみました。
まず第1に、直接には祖母の(孫に対する)“甘やかし”のようですが、
実際にはその父・母も同様に“甘い”のです。
祖母が育てたその子は、孫にとっての親です。
つまり、父母と祖父母の二代に亘〔わた〕っているところが、
問題の深刻さと解決の困難さであるといえましょう。
“甘やかし”の弊害の制御は二重に難しいということです。
加えて第2に、すべての問題事例を通じて、
経済的(金品)に恵まれている家庭という共通点があります。
金品そのものが悪いわけではありませんが、
経済的に恵まれ(過ぎ)ていなければ、
きっと事情は違っていたでしょう。
父親の遺産相続・配分をめぐって、
母親・兄弟姉妹・親族が醜く争うことは、ままあることです。
“甘やかし”・金品のこの害毒は、あたかも、易八卦の【離・火】を
食や暖や明かりといった文化的なものに使わずに、
武器・兵器に使って自ら傷〔やぶ〕るがごときものです。
思いつくままに、一つエピソードを付言いたします。
(アメリカ歴代大統領中)人気ナンバーワン、後に伝説ともなった若き大統領、
J.F.ケネディー大統領の学生時代の話です。
大金持ちの一族期待の子でありながら、
賢明な親は、決して普通の学生がそうである以上のお金を与えなかったそうです。
しかしやがて、ケネディーが上院議員となり大統領への道を歩む時には、
一族が総力・全資力を傾注して大統領誕生を実現します。
甘やかすことなく、また経済的支援・資金力を
“時に応じて”適切に使ったのです。 ── それはともかく。
無論のこと、母にも 愚母もあれば賢母もあります。
祖母にも 甘い祖母もあれば賢い祖母もあります。
少子高齢社会の急速な進展により、
祖(父)母の影響力とその役割は重要度を増しています。
祖母が賢であるか愚であるかの、
(とりわけ子の長男に対する)影響力の差は大きいものがあります。
ところで、私より前の世代、偉人・尊敬する人物の一人が、
野口英世〔のぐちひでよ〕博士です。
私も博士を尊敬しています。
ですが、野口英世を産み育てたお母さん(お「シカ」さん)には
もっと心からの偉大さを思い想います。
たどたどしい文字(“ひらがな”を息子・英世に手紙を書くために勉強します)でつづられた
アメリカにいる野口博士への手紙は、
読むにつけても、一言一句 涙を禁じ得ません ・・・・ 。
賢人・大人は偉大です。
が、賢人・大人を産み育てた“おっかさん”は、もっと偉大です。
そのまた“おばあさん”もまた偉大です。
“愚祖母 ─ 愚母” の連鎖と同じく、
“賢祖母 ─ 賢母”の連鎖も続きます。
“受け継がれるもの = 優れたDNAの連鎖(「忠恕」)” の中にこそ
「一〔いつ」なるものはあります。
《 おわりに ・・・ 「家貧しくして孝子出づ」 》
「豊かさ」が言われ、同時に 「豊かさとは何か?」 が問われています。
英語の “RICH 〔リッチ〕”には、
1) 貨幣〔かね〕もち と 2)(物心共々の)豊かさの2つの意味が考えられます。
対〔たい〕の “POOR 〔プアー〕”には、
1) 貨幣〔かね〕がない と 2)教養やこころの豊さがない
の2つの意味が考えられます。
私は、今も昔も(多分これからも)お貨幣〔かね〕はありません。
が、知的財産やこころは豊かなつもりですので“RICH 〔リッチ〕” である、
と自負しています。
かつて、マザー・テレサが来日された時、日本の印象を聞かれて
“モノは豊かだけれども心の貧しい国”と語られたことが思い起こされます。
敗戦後、「奇跡的」とも称される復興・高度成長を遂げ、
一時は「経済大国」ともいわれました。
(cf. 昨年中国に抜かれるまでGDP世界第2位)
然しながら、失ったもの・その弊も、じつに大きなものがあったのです。
“じゃがいも理論”は、自然(生物)界からの発想ですが、
社会・歴史的な視点で “衣食(経済) ─ 礼節(礼義・節義) ”の関係で
想っていることがあります。
「衣食足りて礼節(栄辱)を知る」(「管子」・牧民) という、
よく知られている古代中国の文言があります。
確かに、戦乱の時代や敗戦直後などで、あまりにも経済的状況が劣悪ですと
人心が荒〔すさ〕むこともありましょう。
しかし、モノ(経済)が豊かであれば善いかというとそうでもありません。
むしろ、(過度の)経済的優良が、
“心の貧しさ”をよぶ傾向があるのではないでしょうか。
私(高根)が語れば、“衣食過ぎて礼節(栄辱)を忘れる”いったところです。
本来は必要・有益なものでも、過ぎれば害毒として働くのです。
植物にとって有用な水も、多すぎれば根腐れをおこします。
平たく“食”に例えれば、本来人体にとって必要・有益な栄養分(糖分)も
過ぎれば健康を害し(糖尿病・肥満による諸疾病)命を奪います。
栄養過多(糖尿病)の人にとっては、
一定レベル以上の食物は害物・毒物に変じます。
この場合、美味〔おい〕しい食物を与えることは、
“甘やかし”であって愛情ではないのです。
今、わが国の教育は、「教育的配慮」・「教育的愛情」・「人権尊重」 ・・・
などといった、他人〔ひと〕が抗し難い美名・名目のもと
“甘やかし”が蔓延しています。
その現状は、あたかも過度の栄養分(糖分)が肥満と疾病〔しっぺい〕をもたらし、
糖尿病を病んでいるのに、それでも運動もさせず
過食させ糖分を与え続けているようなものです。
病状は、極めて重篤です。
“栄養不足・失調”も“飽食→過食”もダメです。
適食 =“中庸・中和”です。
経済的豊かさもあるレベルまではプラスに働きますが、
過ぎればマイナスです。
過不及なく、またモノと精神(こころ)とのバランス=“中庸”を
実現しなければなりません。
ところで、私の好きなことばに、「家貧しくして孝子出づ」があります。
「家貧しくして」が、自分の実体験で(多少は)わかるのと、
「孝子」が、自分の“不孝”への“反面教師”としての想いから
一入〔ひとしお〕深い感銘を受けています。
“孝”の精神・思想は、儒学思想・日本思想の要〔かなめ〕を成してきたものです。
今時〔いま〕「孝」の文字は死語となりつつあり、
“孝”の精神・思想は、その文字とともに忘れ去られようとしています。
“孝”の道は廃〔すた〕れ、家族・人倫 荒廃の極みにあります。
教育界から『孝経〔こうきょう〕』も忘れ去られようとしています。
(cf. ちなみに「公共:コウキョウ」の精神もそうです)
『孝経』は、孔子の後継であり、『論語』編纂の中心的役割を果たしたともいわれる
曾子〔そうし〕が著したといわれています。
儒学の「経書〔けいしょ〕」で、第一番目(早期に)学ぶ名著です。
私は、『孝経』を愚息(小学生時)に 3年がかりで学修・暗記させ、
真儒・定例講習で 4年余をかけて全文を講じました。
不孝なる自分が、この齢〔よわい〕にして、“孝”を学び教えるにつけても
この「家貧しくして孝子出づ」 は(『孝経』文中のことばではありませんが)
好きなことばです。
話を戻しまして。
「家貧しくして」は、「家は貧しかったけれども・貧しいにもかかわらず」というよりは、
「貧しかったからこそ」と捉えられると思います。
(モノが)貧しからこそ、その情愛が強まったと捉えられるのです。
そして、“踏まれた麦”のように逞〔たくま〕しく育つのです。
東大合格者の8割は、金持ちの家庭と言いますから、
今時の恵まれ過ぎている学生には理解できないことかも知れません。
寒いから温め合い、乏しいから分け合い譲り合うのです。
モノのない時代には、乏しい食物・ごちそうを、
親は自分は食べずとも子どもたちに与える(べき)ものです。── 私の親もそうでした。
その子どもは、親の“愛”に“愛と敬”をもって応えるのです。
現代、飽食 ─ 過食 の状態にあって、
むしろ逆に食物を奪い合うがごとき親子の関係です。
かつて日本は、(モノ・経済的に)極めて貧しいちっぽけな島国でした。
しかし、心豊かな“道と徳”の国でした。
そのことで、世界中の国々から一目置かれ、尊敬を勝ち取っていました。
私は、自分の両親を尊敬します。
過去の日本・先祖を尊敬します。
そうして、昔日〔むかし〕の日本に、日本民族としての誇りを感じると同時に、
今日〔いま〕の日本・日本人であることを恥ずかしく想っています。
( 以 上 )
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