元 号(年号) と 経 書(四書五経) その4
─── 元号/平成・昭和・大正・明治 ・・・大化/「平成」と安岡正篤氏/
経書/“明治維新”/「貞観」と太宗/“日出づる処”の国 ───
《 経 書 ── 四書五経 》
儒学の重要な本を、“経書〔けいしょ〕”・“経典〔けいてん〕”と呼びます。
“経”は、経糸〔たていと〕の意です。
“五経”は、国教となった漢代から儒学の根本経書(五大聖典)です。
── すなわち、『易経』・『書経』・『詩経』・『礼記』・『春秋』
(*失われた『楽経』を加え六経〔りくけい〕ともいいます)がそれです。
“四書”は、“五経”とならぶ儒学の根本経書です。
南宋の朱熹(朱子:1130〜1200)が、『論語』・『孟子』・『大学』・『中庸』 の四つの書を
高く評価しました。
朱子がその注釈書 『四書集注〔しっちゅう〕』 を著してから
経書としての地位が不動になりました。
朱子は、この“四書”や形而上学である 『易経』 を拠り所にして、
“朱子学”を大成し東洋思想の大きな源流となりました。
“四書五経”は、儒学が官学となり、
“科挙”という国家官吏登用試験の受験科目となると、
受験者必修のテキストブックとなりました。
いやしくも、時代の指導者(リーダー/エリート)たらんとするものは、
皆、これらを学修して善しとしたわけです。
この九書に、幼くして学ぶ 『孝経』 を加えてちょうど 10 の必修経書です!
“日のさす処:asu〔アズー〕 = アジア:ASIA ”が、
“儒学(朱子学)文化圏”を築き、
平和で文化が馥郁〔ふくいく〕と香った一つの時代がありました。
主要三国が、中国(=明−清)・朝鮮(=李氏朝鮮)・日本(=江戸時代)と重なる
300年ほどの時代です。
この間、老若男女、一般人から大人知識人まで、
これらの経書(古典)を学修し実践したのでした。
アジアの古き善き時代でした。
21世紀の現在、共産国の中国では(真意の程はともかく)、
儒学を再び国の教えと位置づけ、子弟は『論語』を熱心に学んでいます。
韓国では、その国旗(太極旗/テグキ)に太極と(四)卦象がデザインされているように、
今なお儒学的伝統が残っています。
現代の日本はと言いますと、
この 10 の経書(古典)は一つとして教育の場で学ばれることなく、
忘却の彼方へ消え去ろうとしています。
ただ、僅かに、ささやかに『論語』学習のともし火が保たれ、
一般社会で少し再燃焼しかけた時勢です。
── まさに、往時と隔世の感です。
易学的にいえば、【地下明夷〔ちかめいい〕】 卦です。
【明夷】 とは、地中の太陽(離)、“天の盤戸〔いわと〕隠れ”の象〔しょう〕にて、
明らかなもの、正しきものが傷つけられやぶれるの意です。
“君子の道 閉ざされ、小人はびこる”、後のない時代、蒙〔もう〕の時代です。
四書・五経 の説明は、次の機会に譲るとして、一言のみ呈しておきましょう。
欧米(キリスト教圏、ベストセラー著書)の『バイブル〔聖書〕』に対して、
東洋のそれは、『論語』であるといえましょう。
四書の筆頭・『論語』は、孔子とその門下の言行録です。
応神天皇16年、王仁〔ワニ〕によって伝えられたとされ、
以後 『孝経』とともに大学の必修となりました。
偉大な、“処世哲学の書”であり、“円珠経”とも“宇宙第一の書”とも絶賛されています。
儒学経書(五経)の筆頭・『易経』 〔“The Book of Changes”〕は、
万物の変化とその対応の学。
東洋の源流思想であり、帝王(リーダー)の学です。
私は、“東洋のバイブル”が 『論語』なら、
“東洋の奇(跡)書”と呼びたく思っております。
私見ですが、実践哲学の書『論語』と、形而上学の書『易経』とを、
“儒学経書の両翼”との認識を持っています。
『易経』は、世界と人間(人生)の千変万化を、
“ 64卦(384爻)”のシチュエーション〔 situations 〕
(シーン〔 scenes 〕) にしたものです。
「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず。」(繋辞上伝) ですので、
それ(64卦・384爻)を ものごとを象〔かたど〕る“象〔しょう〕”と、
解説する言葉=“辞”とによって深意・奥義を表示しています。
さらに「易経本文」に、孔子及びその門下の数多が(永年にわたって)著わした
「十翼」(10の解説・参考書)が合体します。
辞と象の、さらに易本文と十翼の融合合体が、『易経』の真面目〔しんめんもく〕であり
“奇書”の“奇書”たるゆえんでありましょう。
『易経』の真義を修めることにより、個々人から国家社会のレベルにいたるまで、
“兆し”・“幾”を読み取り、生々・円通自在に変化に対応できるのです。
── ちなみに、些事〔さじ〕を一つ加えておきましょう。
今では少々昔のこととなりましたが、古本屋で易書をあさっておりました時、
思わぬ掘り出し物を入手致しました。
“五経”の全11巻です。
文化9年の序・寛政庚戌年の序があるので、
今からざっと200年ほど前の江戸後期の代物です。
寺子屋や藩校での教科書となっていたものでしょう。
“五経”の筆頭が『易経』 と言いますが、この“五経”の序文も『易経』にあるので、
やはりそうなのかナ、と納得した思い出があります。
そして、『易経』・2巻には「乾」と「坤」の文字が、
『書経』・2巻には「天」と「地」の文字が、
『詩経』2巻には「上」と「下」の文字が、
『礼記』・4巻には「元」/「亨」/「利」/「貞」 (乾為天の卦辞4文字)、
「春秋」・1巻には「完」の文字が、タイトルの下に書いてありました。
江戸の人々のデリカシーに感心いたしました。
《 むすびに 》
最も重要にして大なる言霊であるともいえる「元号」の名称は、
以上のように専ら儒学・“経書”から採られています。
それは、東洋の優れた文化の精華が、“経書”(四書五経など)に集約されていて、
その儒学の思想が皇室と相俟って、
日本の“古き善きもの”を形成しているからに他なりません。
言葉・言霊の重厚さ品位において、
“至れるもの”は、必然的に“経書”に典拠を求めることとなったのです。
(とりわけ、『易経』・『書経』が多いように感じています。)
(伝)応神天皇16年。『論語』・『千字文』が伝来したことに始まり、
この優れた大陸(中国)の儒学文化 ── 易の専用語でいえば【離〔り〕】 ── を
受容吸収してまいりました。
その時から、わが国は大きく進化・発展したのです。
“智” を示す【離】は、同時に日・太陽であり、
聖徳太子の歴史的言霊「日出づる処」の国となったのです。
日本は、「倭・大和〔わ・やまと〕」の昔より、古く永く中国に学び、
近代はヨーロッパ諸国(列強: 英・仏・独)に学び、最近ではアメリカに学びました。
尤〔もっと〕も、ヨーロッパ列強については、
その植民地政策・外圧に防衛対抗するための富国強兵策としての“学び”でした。
対アメリカにいたっては、占領下に強制されたもので
毒され害されたものも多かったのです。
ここに、精神的(文化的)には半ばアメリカに占領されたままのような日本の現状があります。
このように、畢竟〔ひっきょう〕、古き善き中国に学んだものが、
アジア(“日出づる処”の意)人の DNA に根差した本源的なものを形成しているのです。
我々の先祖は、実に善く学び吸収し、活かしてきました。
それは、(山鹿素行の言葉を借りれば)“陶鋳力〔とうちゅうりょく〕”、
すなわち非常に優れた独自の受容吸収力です。
例えば、漢語(中国語)を借りて表記し、日本語化し(漢文訓読)、
漢字から“ひらがな・カタカナ”を創始しました。
言葉は、文化の元始〔もとはじ〕まりに違いありません。
“「一〔いつ〕」なるもの”(不易なるもの)は、“受け継がれるもの“でもあります。
しかるに、日本人はこの貴重なミーム〔文化的遺伝子〕を、
敗戦後の被占領を契機に手放し始め、
平成の現世〔いま〕、まさに亡失の危機に瀕しています。
平成の時代は、尊いものを卑しめ・貶〔おとし〕めて平然としている人々が満ちている時勢です。
恰〔あたか〕も、大事故で一時的に、善き記憶を喪失して“呆〔ほう〕けている”ようにです。
事態は、(そうであることを多くの人が認識していない分)重篤です。
それでもなお、正しき(離)を説き、蒙(隅)を照らさんとする人はまだいます。
一本の燐寸〔マッチ〕の炎でも温存していれば、
やがて時を得て、大火となって燃え拡がり照らし輝かすことができます!
かつて、シュペングラーが『沈みいくたそがれの国』を著し、
近代ヨーロッパ文明の消滅を予言してから久しいものがあります。 補注6)
が、このままでは、わが国は、
滅びゆく“日の没する(たそがれの)国”に
なり下がってしまうのではないでしょうか。
自国の文化・伝統・歴史を、おざなりにして大切に出来ないのは実に恥ずかしいことです。
“グローバル化”がますます進展する時勢の中で、
今、日本と日本人の“忘れかけているアイデンティティー〔自己同一性:自分は何か?ということ〕”が
問われているのです。
補注6)
ドイツの歴史哲学者 オスヴァルト・シュペングラー 〔Spengler 1880-1936 〕は、
その著 “Der Untergang des Abendlandes”〔『西洋の没落』 あるいは 『沈みいくたそがれの国』〕で、
資本主義社会の精神的破産と第一次大戦の体験から西洋文明の没落を予言し、
たいへんな反響を呼びました。
すなわち、近代ヨーロッパ文明は既に“たそがれ”の段階であり、
やがて沈みゆく太陽のように消滅すると予言したのです。
( 完 )
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