儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

鴻雁

謹賀丁酉年 〔謹んで丁酉年を賀します〕 その3

謹賀丁酉年 〔謹んで丁酉年を賀します〕 その3

「鳥〔とり〕」のお話の結びに「鴻雁〔こうがん〕」について述べたいと想います。

「鴻雁」は、中国古典によく登場している鳥です。

例えば、秦末・陳勝の「燕雀安知鴻鵠之志哉」:
燕雀〔えんじゃく〕いずくんぞ鴻鵠〔こうこく〕の志を知らんや」。
(『史記』・陳渉世家) 

「燕」はツバメ「雀」はスズメ、「鴻」は大鳥「鵠」はコウノトリ
(あるいは鴻・鴻鵠で白鳥の意とも)。

小さな鳥=小人物は、大きな鳥=大人物の心を知り得ないという喩〔たと〕えです。

また、前漢の蘇武〔そぶ〕の故事から手紙・消息のことを
「雁書〔がんしょ〕」・「雁信」・「雁帠〔はく〕」・「雁の便り」・「雁のふみ」・
「雁の玉章〔たまづき〕」
などといいます。

故事は漢代・武帝の時代。

漢の使節蘇武が匈奴に幽〔とら〕えられました。

バイカル湖あたりに囚われている消息を、雁の足に手紙を付けて運ばせ、
奇しくもこれを中国の皇帝が射落として知ったということです。

日本の古典の世界でも、「雁」は主要です。

『万葉集』“雁”が詠〔よ〕まれている数は、
“ほととぎす”についで第2位といわれています。

平安女流文学・清少納言の『枕草子』に、
「まいて雁など連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。」
(「春はあけぼの」)
とあるのは、よく知られていますね。

もう一方の渡り鳥「燕」についても付言しておきますと。

「燕」も、古くから人間の生活に密接に関わり適応して生きてきております。

日本最古の物語・『竹取物語』に、
「燕」が人家の軒下で営巣している光景が描写されています。

ところで、中国最古の書・『易経〔えききょう〕』は、
東洋源流思想の英知であり
儒学経書(“五経〔ごきょう〕”)の筆頭です。

私は、“東洋のバイブル”が『論語』なら、
『易経』は“東洋の奇(跡)書”
と呼ぶに
相応〔ふさわ〕しいものであると考えております。

加えて『易経』は、古代におけるエンサイクロペディア〔百科事典〕であり、
万象の動植物が生き生きと登場しています。

その中で最も主たる動物(禽獣)が、「鴻雁」に他ならないのです。

以下にご紹介しておきたいと思います。

*『易経』にみる鳥 ・・・ 鴻〔こう〕・雁〔かり/がん〕について
( 『易経』の最も主たる禽獣・《鴻雁》 より抜粋再掲 )

『易経』に中で最も主たる動物(禽獣)、代表する動物(禽獣)というのは
何だとお思いでしょうか? 

『易経』は、【乾・坤】の“”(ドラゴン)に始まり
“既済・未済”の“”に終わっています。

が、これらではありません。

【乾☰】の象〔しょう/かたち〕、“陽”の権化〔ごんげ〕としての
想像上の動物(=神獣)ですし、
“狐”は【坎☵】の象の動物というに過ぎません。 

それは、 鴻雁 〔こうがん/かり〕」です。

風山漸 ☴☶】卦は鴻が飛びすすみゆく物語になっています。

原文に出てくる「鴻」とは雁」のことです。

雷山小過 ☳☶】は、その卦象が「飛鳥」の形
(九三・九四が鳥の胴体で、上下の4陰が翼)です。

『易経』では、象を雁に取り、義を雁に仮ることは実に多いのです。

つまり、「鴻雁」のことをよく知らなければ
『易経』は、理解し難いということです。

では「鴻雁」 注1) が『易経』の最も主たる動物であるのは何故でしょうか? 

それは、雁を「候鳥」とも書くように、“渡り鳥”だからに違いありません。

「鴻雁」と入れ替わりの“渡り鳥”
「燕〔つばめ・つばくらめ・つばくろ/玄鳥・げんちょう〕」 注2) も同様です。

「鴻雁」・「燕」“陰陽=寒暖・季節”に随って去来するもので、
易は陰陽・変化の学であるからにほかなりません

「鴻雁」は、夏は白鳥などと同様にシベリア方面で過ごして繁殖し、
秋に北方から(冬鳥として)飛来して冬を過し、
春に再び北方へと帰って行きます。

燕と入れ代わりですね。

“七十二候”。

晩秋(10月上旬) 「鴻雁来〔こうがんきたる〕」 注3) 
中秋「玄鳥去〔げんちょう/つばくろさる〕」
晩春(4月上旬) 「鴻雁北〔こうがんかえる〕」・
「玄鳥至〔げんちょう/つばくろいたる〕」
、という季節があります。

「雁」・「雁渡る」は秋の季語、 「雁帰る」は春の季語です。

遥かな昔から中国・日本の人々は、この「鴻雁」の行き来に
情趣や季節の移り変わりを感じ、多くの文芸を育〔はぐく〕み
章〔あや〕なしてまいりました。

そして、この「鴻雁」の往来は、時月に随って、
行くも来るも一定、少しも誤ることがありません。

しかも、その群れをなし飛ぶ姿は列を整え順序正しく飛翔します。

この往来規律正しく、群れ飛ぶに秩序保っているところにこそ、
古来から注目され、 『易経』の最も主たる動物と位置付けられた
所以〔ゆえん〕のものがあるのではないでしょうか。

人間、殊〔こと〕に現代人には、大いに見習うべきものがあります!

注1) 
「鴻」〔こう〕は“ひしくい”〔菱食〕ともよみ大型のものを、
「雁」〔かり/鴈・候鳥〕は鳴き声からでた“ガン”の異名で
大型のものをさすともいわれています。
「カモ目カモ科の水鳥の総称。大きさは、カモより大きく、白鳥より小さい。
日本では、マガン・カリガネ・ヒシクイなどが生息し・・・・・。
家禽はガチョウ〔鵞鳥〕とよばれる。」(by.Wikipedia 抜粋)

注2) 
「玄」は“くろ”・“黒色”の意だからでしょうか?
「乙」・「乙鳥」で“つばめ”。「乙禽〔いっきん〕」。

注3) 
「来」は、古文では「来〔く〕」と
カ行変格活用(こ/き/く/くる/くれ/こ〔よ〕)で読みます。
が、漢文では「来〔きた〕る」と四段活用(ら/り/る/る/れ/れ)で扱い、
カ変は使いません。

 

現在の日本では、殊〔こと〕に都市部においては、
雁の姿を見かけることはなくなりました。

トンビ〔とび・鳶〕すら見かけなくなり、
あだ花のごとくカラス〔烏・鴉〕ばかりが繁殖しています。

若い人は、鷲〔わし〕も鷹〔たか〕も鳶〔とび〕も区別がつきません。

都心部には、スズメ〔雀〕やツバメ〔燕〕ですら
そこを(人間が定住していない)過疎の地として認識し、繁殖していませんね。

『易経』が、最も主たる動物として、象でも義でも重んじた「鴻雁」は、
自然界から姿をけそうとしています

そして、自然環境のことばかりではありません。

“中庸〔ちゅうよう〕”を欠き“衣食過ぎて、礼節を忘る” (盧)
がごとき今の平成日本の社会です!

「鴻雁」(の象と義)は、忘れかけている徳です。

今時〔いま〕、礼節と道義を取り戻さねばならないということは、
「鴻雁」に象〔かたち〕どられた『易経』の“理”と“情”を
取り戻さねばならないということなのです

 

《 干支の易学的観想 / 【火沢睽〔けい〕☲☱】・【天水訟☰☵】卦 》

次に(やや専門的になりますが)、十干・十二支の干支を
易の64卦にあてはめて(相当させて)解釈・検討してみたいと思います・・・

 

★この続きは、次の記事に掲載いたします。


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謹賀丁酉年 〔謹んで丁酉年を賀します〕 その2

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)

《 酉 → 鳥 あれこれ 》

「酉=鳥」。十二支・「酉年」は、一般に「鳥〔とり〕〕年」と言われ、
動物の「鳥〔Bird〕」、とりわけ「鶏〔にわとり:Hen/Cock〕」に当てはめられます。

「鶏」は古来より食用とされており、より以上に日常的な鳥だからでしょうか? 

よく用いられている英語の“チキン〔Chichen〕”は、
食用としての鶏の肉に用いられる語です。

「鳥」にちなむ文言や言い回しについてあれこれ述べてみたいと思います。

まずは「鶏」

現在「鶏」は、専ら肉・卵を食するために飼育されています。
が、古くは“時を告げるモノ”としても利用されておりました。

○「鶏鳴狗盗〔けいめいくとう〕」 (『史記』)

故事:戦国時代。
斉〔せい〕の王族に、孟嘗君田文〔もうしょうくんでんぶん〕という城主がいました。
その名声を慕って、多くの一芸一能に秀でた食客〔しょっかく〕達が集まってきました。
その中には、“どろぼうの達人”や“声色〔こわいろ:鳴き真似〕自慢”の変わり種までいました。
後年、彼らのその一芸一能に命を救われることになります。

「鶏鳴」は、夜明けの時を告げる“鶏の鳴き声”のこと。
「狗盗」は、“コソ泥〔=コソコソ盗む〕”のことです。
昔時〔むかし〕、(野良)狗〔いぬ:犬〕は、泥棒のようにそっと、
コソコソと家に入ってきたのでしょう。

想いますに、現代はスペシャリストの時代(cf.早大の一芸入試)。
この故事に共通するものがあるようですね!?

○「鶏口牛後〔けいこうぎゅうご〕」/「鶏口となるも牛後となるなかれ」 (『戦国策』)

故事:戦国時代。
“戦国の七雄”がしのぎを削っていた時代、雄弁家・蘇秦〔そしん〕が、
最強国「秦〔しん〕」に臣従せずに独立を保つべく六国の団結を説いたものです。
大きい牛の尻尾〔しっぽ〕でいるよりは、小さくとも鶏の口となれの意です。
大企業の下っ端でいるか中小企業のトップになるか、ですね!
西洋版ですと、「ライオンの尻尾〔しっぽ〕となるより犬の頭になるがまし」(イギリス)。
「ローマで二番になるより村で一番になるがまし」(シーザー)。

○「鶏を割〔さ〕くに焉〔いずく〕んぞ牛刀を用いん」 (『論語』・陽貨第17)

故事:戦国時代。
孔子が弟子の子游〔しゆう〕が治めている“武城”という一町村を訪れた時のジョーク〔冗談〕の文言。
「鶏を料理する(解体する)のに、大きな牛切り包丁を用いる必要はない」という喩〔たと〕えで、小さな事を処理するのに大人物を登用したり大がかりな手段方法を用いるには及ばないの意です。

次は「烏/鴉〔からす〕」

「烏」の文字は、“鳥〔とり〕”の目の部分が(黒いため)遠くから見えないので
その部分に相当する「ヨコ一〔いち〕」がない、という面白い字です。

日本に10種、世界に100種もいると言われています。

今も昔も、「烏」は人の住まいの身近にいる鳥です。

殊〔こと〕に現代の都市部では、“あだ花”のごとく
「烏」ばかりが繁殖し、生ゴミをあさり散らかして
住民の顰蹙〔ひんしゅく〕をかっているところです。 注)

私は、昔時〔むかし〕知った「カラスが焼け死んだくらいのこと」という
小説の表現が、妙に印象深く頭に焼き付いています。

「烏」は、動物における“猫”と同じく
“軽いもの”として扱われています。

そして、鳥類の中では一番知能が高いといわれ、
その狡賢〔ずるがしこ〕いところから、
専〔もっぱ〕ら、あまり芳しくないことを意味する文言に使われています。

○「烏合の集〔うごうのしゅう〕」 (『後漢書』〔ごかんじょ〕):

故事は、後漢〔ごかん〕の光武帝が天下の群雄を相手に奮闘していた時代。
光武帝に味方していた将軍が敵将に対して発した言葉です。
「烏」の集まりのように、規律も統制もとれていない群衆のことで、
“とるに足らないくだらぬ連中の集まり”の意です。
(後述の“雁行〔がんこう〕”と呼ばれ美しく秩序だった雁と真逆〔まぎゃく〕ですね!)
今にいたるまでよく用いられています。
とりわけ、現代ではよくよくあてはまるケースが多々ありますね。

○「鵜〔う〕のまねをする烏」:

鵜は水鳥ですから烏が真似をしても溺れてしまいます。
『イソップ寓話〔ぐうわ〕』に“おしゃれガラス”という
他の鳥の羽を自分にくっ付ける話がありましたね。

○「烏喙〔うかい〕」:

“からすのくちばし”、そのようにとがった口のことです。
欲の深いことを表している人相であるといいます。

○「烏有に帰す」:すっかりなくなってしまうこと。

○「烏の雌雄」(誰か烏の雌雄を知らん)

○「烏の行水」 ・・・とまあ、枚挙に暇〔いとま〕がありません。

反面で、
○「烏鳥〔うちょう〕の私情」のように、
子が親を養おうとする心根〔こころね〕をいった
善〔よ〕い意味の文言もあります。

童謡にも 
「烏なぜ啼くの 烏は山に 可愛〔かわいい〕七つの 子があるからよ 
可愛〔かわいい〕 可愛〔かわいい〕 と烏は啼くの ・・・ 」

(七つの子:野口雨情 作詞) と歌われていますね。

親子の情が深いのでしょう。

そういえば昔時〔むかし〕、登校途中の生徒が、
学校付近で頻繁にカラスに襲われるということがありました。

近くにカラスの巣があって、
子どもがいるため親ガラスの気が立っているのが原因でした。

伝説の「烏」について付言しておきましょう。

○「八咫烏〔やたがらす/やたのからす〕」:

“三種の神器〔じんぎ〕”の一つ“八咫鏡〔やたのかがみ〕”の“八咫”です。
“八咫”は大きくて広いの意。
中国の伝説で、太陽の化身、太陽の中にいるという三本足の烏です。
「三本足」は、易学の“天・地・人”の“三才”を表しているのでしょう
日本でも古く、『古事記』・『日本書紀』、
キトラ古墳の壁画・玉虫厨子〔たまむしのずし:法隆寺蔵〕台座などに見ることが出来ます。
「八咫烏」は、天照大御神〔あまてらすおおみかみ〕の使神として大鳥となってあらわれ、
日本を統一したとされている神武天皇を、
大和〔やまと〕の橿原〔かしはら〕まで道案内したといいます。
“導きの神”としての篤い信仰があります。
なお、外国版の幸せを運ぶ鳥、伝説の鳥では、
グアテマラの国旗や通貨に描かれている“ケツァール”がよく知られています。 

注) 
余事ながら。漢文の句法で「烏〜(乎)」は、(安・悪・焉・寧〜と同様、)
“いづクンゾ〜(や・か)”と疑問や反語を表します。
また、「烏乎/烏呼」〔ああ〕は、嘆息・感嘆のことばです。=「嗚呼」。

「烏」についてはこのくらいにして、他の「鳥〔とり〕」にまつわる文言を少々拾っておきますと。

○「鷲〔わし〕は、はい(はえ)をとらない」は、
大人物は細かいことには頓着しないの意。

○「鳩〔はと〕の怒りをおそれよ」、
この鳩は普段柔和な女性になぞらえられたもののようです。

○「鳥小屋のトリより口の中の卵」(明日の鶏より今日の卵)

○「能ある鷹〔たか〕は爪をかくす」

○「鶴の一声」

○「立つ鳥あとを濁さず」 ・・・ etc.

私の(興がむくという意味で)好きなものに、

○「鳥なき里の蝙蝠〔こうもり〕」があります。

鳥がいないところでは一応飛べる蝙蝠なんぞがハバをきかせるの意で、
優れた人がいないところでは小人〔しょうじん:つまらない人〕が威張り・
のさばるということの喩〔たと〕えです。

私には、これが易卦の【地火明夷〔めいい〕☷☲】と重なって身につまされるものがあります。

【明夷】は、【離☲】の明るいもの・正しいものが夷〔やぶ〕れることです。

今の時代は、徳のない時代・蒙〔くら〕い時代ですが、
このままでは【明夷】の“君子の道 閉ざされ、小人はびこる”時代になってしまいます。

「鳥〔とり〕」のお話の結びに「鴻雁〔こうがん〕」について述べたいと想います。

「鴻雁」は、中国古典によく登場している鳥です。例えば・・・

 

※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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『易経』の最も主たる動物・《鴻雁》 その4

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)


《 雁〔かり〕が羽を休める小枝の話 》

( ――― 落語:「雁風呂〔がんぶろ〕で雁を語る一節」)

『易経』の主たる動物(禽獣)は「鴻雁〔こうがん/かり〕」です。

【風山漸】卦は“鴻雁が飛びすすみゆくお話”になっています。

日本でも、古来から「鴻雁」は、生活・文化の中に広く深く根付いています。

「鴻雁」=雁〔かり/がん〕は秋に北方から渡来し、
春に北方へと帰ってゆく渡り鳥です。

は秋の夜、木の枝をくわえて遥〔はる〕か北方の国から、
海を渡って日本に飛来すると考えられていました。

その小枝というのは、渡りの旅がその道中羽を休める小島とてない長旅なので、
疲れるとその小枝を海に落として、その上にしばし休みを取って疲れを取り、
また飛び続けるためのものなのです。

そのようにして、漸〔ようや〕く日本の浜辺まで辿〔たど〕り着くと、
いらなくなった小枝を浜辺に落として、日本中を飛び回ります。

そして、また春が巡ってくると、その浜辺に戻ってきて、
自分の枝を再び拾いくわえて北方の国へと帰って行くのです。

“雁〔かり〕が羽を休める小枝の話”は、
落語・「雁風呂〔がんぶろ〕」の中で語り継がれています。 

―― ご紹介しておきましょう。

落語: 「雁風呂〔がんぶろ〕」

水戸黄門(光圀〔みつくに〕公)さま漫遊記の一節です。 

――― 休憩所のおやじが運んできた土佐光信〔とさみつのぶ〕の屏風の絵。

図柄は、“松の枝に雁”

松には鶴、雁には月を画くのが普通ですので、
光圀公、光信が名声におごって適当に画いたとばかり不快になり、
たいそう立腹いたします。

そこへ。
相客〔あいきゃく〕の町人連れがやって来て、
一人がその屏風絵に感嘆して言うには、

「“松に雁”とは、実に風流の奥義を極めてるなあ。
これは秋の雁やのうて、春の帰雁や。
雁と月、鶴に松などは俗〔ぞく〕で眼あって節穴同然や。」 と。

光圀公は自分の不明を思い知らされ、
その風流町人に、“松に雁”の取り合わせの由来を尋ねます。

その町人が語って言いますには。

《 雁は、温かい常盤〔ときわ〕の国から渡ってきて冬を函館の海岸で過し、
春にまた帰って行きます。

もともと大きく重い鳥なので、渡りの旅の途中で海に落ちて死ぬものも多いのです。

飛び続けてくたびれると常盤の国を出る時にくわえてきた小枝を海に落として、
それを止まり木にして羽を休め、回復するとまたくわえくわえして旅を続け、
漸〔ようや〕くのことで函館の(浜辺の)松にたどりつくのです。

雁は、松に止まると小枝を落とし、春まで日本各地を飛び回ります。

その間、函館の猟師たちは、枝の数を数えて束にし、
雁が南に帰る季節になると、その数だけ松の下に置いてやるのです。

雁には自分の枝が分かっており、各々それをくわえて再び帰って行くのです。

猟師たちは残った枝を数え、その数だけの雁が日本で命を落としたことを哀れみ、
その枝々を薪〔まき/たきぎ〕にして風呂を沸かします。

追善供養〔ついぜんくよう〕のためその「雁風呂〔がんぶろ〕」
金のない旅人や巡礼者を入浴させてあげ、一晩泊めてあげ、
なにがしかの金を渡して出発させてあげるのです。

―― この絵は、その時の帰雁が枝をくわえようとしている光景を画いたものなのです。》 

光圀公は、この話にすっかり感心し身分を明かします。

この風流を解する町人は、大坂淀屋橋の淀屋辰五郎という町人。

破産して浪々の身になったので、昔、柳沢美濃守〔みののかみ〕に貸した
三千両を返してもらおうと江戸にまでくだる途中とのこと。

光圀公は、雁風呂の話の御礼にと、柳沢宛てに
借り金を返すよう手紙を書いてやり辰五郎に渡します。

辰五郎は、その返金三千両でめでたく家業の再興がなった、
というお噺〔はなし〕です。

なお加えますと。上方落語では、別題を「天人の松」ともいい、
オチは「雁風呂の話一つで三千両とは、高い雁〔かりがね〕(=借り金)ですな。」/
「そのはずじゃ。貸金〔かしがね〕を取りにいく。」とサゲます。
最古の噺〔はなし〕本でも、「借り金」=「雁がね」のダジャレオチになっています。

*「雁風呂〔がんぶろ〕」=「雁供養〔がんくよう〕」の習慣は、
本来青森県・津軽の外ヶ浜のものといわれます。

春の季語にもなっています。

 
私、想いますに。これから、広い世界、厳しい世界に旅立つ人がいます。

困難や試練に遭遇する人がいます。

の飛翔、渡りの旅ですね。

心身ともに頑張りすぎる人には、時に羽を休めることが必要です。

そのための場所や人、別言すれば“陰なるもの”が必要です。

“羽を休める小枝(=陰なるもの)”になる人も必要です。

精神面でも癒される世界・“壺中〔こちゅう〕の天”が必要です。

私も、年を重ねるにつれて、“陰なるもの”・“羽を休める小枝”の
存在の必要性を強く想うようになってきています。

頑張っている人には、「頑張れ」といってはいけません。

何事も“中庸”が大切です。

“過ぎる”ことはよくありません。

頑張っている人には、“羽を休める小枝(=陰なるもの)”こそが必要です。

子供・学生に対しても同じです。

親というものは、もの言わず背中を見せながら(=生きざまを見せながら)
子供を育てるものです。

“勉強しろ”という親、言わぬ親! 
私の父も私も、その息子に“勉強しろ”と言ったことは生涯で一度もありませんでした ・・・・・。 

 

《 おわりに 》 

現在の日本では、殊〔こと〕に都市部においては、
雁の姿を見かけることはなくなりました。

トンビ〔とび・鳶〕すら見かけなくなり、
あだ花のごとくカラス〔烏・鴉〕ばかりが繁殖しています。

若い人は、鷲〔わし〕も鷹〔たか〕も鳶〔とび〕も区別がつきません。

都心部には、スズメ〔雀〕やツバメ〔燕〕ですら
そこを(人間が定住していない)過疎の地として認識し、繁殖していませんね。

『易経』が、最も主たる動物として、象でも義でも重んじた「鴻雁」は、
自然界から姿をけそうとしています。

そして、自然環境のことばかりではありません。

“中庸〔ちゅうよう〕”を欠き“衣食過ぎて、礼節を忘る”(盧)
がごとき今の平成日本の社会です!

「鴻雁」(の義と象)は、忘れかけている徳です。

今時〔いま〕、礼節と道義を取り戻さねばならないということは、
「鴻雁」に象〔かたち〕どられた『易経』の“理”と“情”を取り戻さねばならないということなのです。


( 以上 )。


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『易経』の最も主たる動物・《鴻雁》 その3

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)


《 鴻雁の文学・歴史・生活上でのあやどり 》

「鴻雁」は、『易経』以外にも中国古典によく登場しています。

例えば、秦末・陳勝の「燕雀安知鴻鵠之志知哉」:「燕雀〔えんじゃく〕いずくんぞ鴻鵠〔こうこく〕の志を知らんや」

(『史記』・陳渉世家) 

「燕」はツバメ「雀」はスズメ、「鴻」は大鳥「鵠」はコウノトリ(あるいは鴻・鴻鵠で白鳥の意とも)。

小さな鳥は=小人物は、大きな鳥=大人物の心を知り得ないというたとえです。

また、前漢の蘇武の故事から手紙・消息のことを
「雁書〔がんしょ〕」・「雁信」・「雁帠〔はく〕」・「雁の便り」・「雁のふみ」・「雁の玉章〔たまづき〕」などといいます。

漢代・武帝の時代、漢の使節蘇武が匈奴に幽〔とら〕えられました。

バイカル湖あたりに囚われている消息を、雁の足に手紙を付けて運ばせ、
奇しくもこれを中国の皇帝が射落として知ったという故事です。
( ➡ “蘇武の節”として【水沢節】卦で詳説します。)

日本の古典の世界でも、「雁」は主要です。

『万葉集』“雁”が詠〔よ〕まれている数は、
“ほととぎす”についで第2位といわれています。

平安女流文学・清少納言の『枕草子』に、
「まいて雁など連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。」
(「春はあけぼの」)とあるのは、よく知られていますね。

もう一方の渡り鳥「燕」についても付言しておきますと。

「燕」も、古くから人間の生活に密接に関わり適応して生きてきております。

日本最古の物語・『竹取物語』に、「燕」が人家の軒下で営巣している光景が描写されています。

歴史の中にも、「雁」は古くは『古事記』に登場しています。

『古事記』・下巻、仁徳天皇の段で“雁の産卵の瑞祥〔ずいしょう〕”の話がそれです。

“聖帝”〔傑出した天皇〕には“瑞祥”が必要ということなのでしょう。

―― すなわち。天皇が日女〔ひめ〕島に行かれた時に、
渡り鳥の「鴈」〔雁の正字〕が茨〔し/いばら〕田の堤に卵を産んだという話を聞きました。

(春3月ころのこと、普通雁は日本では産卵しません。)

そこで、その珍しい話について、
長寿の大臣〔おおおみ〕・武内宿祢〔たけうちのすくね〕に
(御歌をもって)尋ねます。

「たまきはる 内の朝臣〔あそ〕 なこそは 世の長人〔ながひと〕 
そらみつ 大和〔やまと〕の国に 鴈卵生〔かりこむ〕と 聞くや 」

(武内宿祢、おまえは、ことのほか長生きしているから、
多くの珍奇なことも知っているだろう。
やまとの国に雁が産卵したということを聞いたことがあるか?
*「たまきはる」は「内〔うち〕」にかかる枕詞、
「そらみつ」は「大和/倭〔やまと〕」にかかる枕詞。)

武内宿祢の命〔みこと;皇后の祖父にあたるために敬称を用いています〕は、
自分は長生きはしていますが、雁が日本で卵を産むとは聞いたことがありませんと応〔こた〕えます。

「高光る 日の御子 うべしこそ 問ひたまへ 
まこそに 問ひたまへ あれこそは 世の長人
そらみつ 大和〔やまと〕の国に 鴈卵生〔かりこむ〕と いまだ聞かず」

(空高く光る、日の神の御子=仁徳天皇よ、ようこそお尋ねになりました。
まことによくぞお尋ねくださいました。 
私は確かに、この世で長生きはしていますが、
やまとの国に雁が産卵したということを聞いたことはございません。)

そして、そう申し上げた後で、琴をいただいて(琴似合わせて)、
言寿〔ことほ〕ぎの歌(片歌;五七七形式の歌)を歌います。

「なが御子や つびに知らむと 鴈は卵生〔こむ〕らし

(私の日の御子=天皇さま、いついつまでも長生きされて
この国を治められるであろうことを知らせようとして、
雁は卵を産んだのでしょう。)

雁の産卵という奇跡・瑞祥が、天皇の威勢・子孫繁栄を予言する祝い事として物語られているのでしょう。

また、『古事記』・中巻で、オウス=ヤマトタケルノミコト
〔倭建命/日本武尊〕
の霊魂が(渡り鳥の)白鳥となって
河内国に留まらずに飛び去ってしまうラストシーンは、
英雄に相応しくロマンチックで、
その心情が寓意に満ちていてとても興味深いものがあります。

「ここに、八尋(智)〔やひろしろちとり〕に化〔な〕りて、
天に翔〔かけ〕りて浜に向きて飛び行〔いでま〕しき。 
―― 中略 ―― 
かれ、その国より飛び翔〔かけ〕り行きて、
河内国〔かわちのくに〕の志幾〔しき〕に留まりましき。
かれ、そこに御陵〔みはか〕を作りて鎮まり坐〔いま〕さしめき。
すなはちその御陵〔みはか〕を号〔なづ〕けて、
白鳥〔しらとり〕の御陵〔みざざき〕”といふ。
しかるに、またそこよりさらに天に翔〔かけ〕りて飛び行〔いでま〕しき。」

(そこでヤマトタケルノミコトは、大きな白鳥に化身して、
大空に舞い上がり浜辺に向かって飛んでいらっしゃいました。
―― 中略 ―― 
さて、〔白鳥は〕その国から空高く飛んでいって、
河内国の志幾〔大阪府南東部、現柏原市/八尾市あたり〕にお留まりになりました。
それで、そこに御陵〔みはか〕を造って〔ヤマトタケルノミコトの御霊を〕お鎮め申し上げました。
そこで、その御陵〔みはか〕を名づけて
“白鳥〔しらとり〕の御陵〔みざざき〕”といいます。
ところが、〔白鳥は〕またそこ〔=志幾〕からさらに天空に舞い上がって飛んで行ってしまわれました。
〔 ―― そこから何処へ行ったのかは誰も知りません。〕)

私は、この(白鳥に化して飛ぶ)ラストシーンに、
【漸】卦の「鴻」が爻ごとに飛び進む姿、
そして上爻で大空に意のままに天翔る姿とのアナロジー〔類似〕を感じます

それはまた、『易経』でも『古事記』でも共に、
抒情性〔じょじょうせい〕に満ちたロマンチックな部分
でしょう。

敬愛する父・景行天皇の絶対的命令で、
遠征に次ぐ遠征をした行旅のヤマトタケルノミコトが、
“渡り鳥”に化し飛び回り続けるのは、まことに似つかわしい
ことと思います。

飛び去ってしまったのは、父・景行天皇への(ファザコン的ともいえる)想い、
故郷ヤマトへの望郷の念、逆賊平定への思いなどといった心情からなのでしょうか? 

加えて、「鴻雁」でなく「白鳥」に姿を変えたのは
例えばヤマトタケルノミコトが、昔女装して
クマソ〔熊曾〕兄弟を刺し殺したことから推察されるように
端正な容姿のイメージの人だったからなのでしょうか。

あるいは、英雄に相応〔ふさわ〕しく【陽】の色としての“白色”、
神聖(神道〔しんとう〕)の色としての“白色”からなのでしょうか

 

さらに、平安時代(後期)の“武士の神様”・八幡太郎こと
源義家〔みなもとのよしいえ:1039〜1106〕の雁(の乱れ)にまつわるエピソードも有名です。

―― すなわち。

“後三年の役〔ごさんねんのえき:1083〜1087〕”、
陸奥〔むつ〕の豪族清原氏一族との争いでのことです。

源義家の軍が、金沢の柵ふもとの野道を進んでいた時、
はるか彼方の空の雁の群れが沼地の上にくるといきなり列が乱れ、
雁たちが四方に飛び去っていきました。

先生の大江匡房〔おおえのまさふさ〕から教えられていた中国古典『孫子』
「雁の群列が乱れるのは、伏兵の兆〔きざ〕しなり。」

とあったのを思い出しました。

それで、伏兵を射殺し清原軍を打ち破ることができたのでした。

義家が『孫子』を学ぶようになったいきさつはといいますと。

若いころ、その時学者にすぎなかった大江匡房に
「義家殿は、なるほど大将の器じゃが、惜しむらくは兵法というものを知らぬ。」
と言われたことが契機でした。

年下の若い学者の言葉に腹を立てることなく、
弟子入りし、文の道を学び、文武両道の名将となったのです。

近代文学でも、森鴎外の『雁』〔がん〕、
井伏鱒二の『屋根の上のサワン(雁)』などよく知られているところです。

土井晩翠〔つちいばんすい〕作詞の「荒城の月」(作曲:瀧/滝廉太郎)にも、
七五調の名詩がありますね。

「秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁の数見せて 植うる剣〔つるぎ〕に照り沿いし 昔の光今いずこ」

西洋の児童文学・童話作品でも、雁や燕はおなじみです。

『ニルスのふしぎな旅』では、悪童ニルスが雁の群れに付き従って、
家禽のガチョウ(モルテン)に乗って旅をします

『おやゆび姫』では冬に介抱してあげた燕〔ツバメ〕に乗って
遠い暖かい国へゆき花の天使の王子と結婚します

『幸福の王子』では、は、“幸福の王子”像の体を飾っている宝石や金箔を
王子に頼まれて貧し人々一人一人に届けます。

燕は渡りの時期を過ごしてしまい凍死してしまいます

神様の使いは、この世で最も尊いものとして、
王子の壊され燃え残った心臓とその燕の亡骸〔なきがら〕の2つを選びました。

次に、「雁」は、太古の昔から近代に至るまで、
日本人の日常生活全般に広く深く融合・浸透してまいりました。

まさに、言霊〔ことだま〕の宝庫ともいえましょう。

その文〔あや〕どり枚挙にいとまありませんが、少々羅列してみますと。

―― 家紋「雁金紋〔かりがねもん〕」、和菓子「落雁〔らくがん〕」、
高級茎茶「雁が音〔かりがね〕」、精進〔しょうじん〕料理での肉の代用品「雁擬〔がんもどき〕」、
「飛竜頭〔ひりゅうず・ひりょうず・ひりうす・ひろうす〕」、
手紙のこと「雁書〔がんしょ〕」、「雁首〔がんくび〕」、
「雁風呂〔がんぶろ〕」(「雁供養〔がんくよう〕」、「葉鶏頭」=「雁来紅〔けいとう〕」。

群れ飛ぶ雁の姿、順序・秩序から「雁序」〔兄弟のたとえ〕、
漢文の返り点「レ〔れ〕点=雁がね点」 etc. 

おもしろいもので「奴雁〔どがん〕」について付言しておきましょう。

「奴雁〔どがん〕」:「孤雁〔こがん〕」は連れのないただ一羽の雁です。
が、それに対して「奴雁」は、雁の群れの仲間が餌を食べている時、
一羽だけ周囲の様子をうかがっている雁のことです。

リーダー〔指導者〕・見張りでしょうか? 

例えば、「先見の明や責任感を持った奴雁となるように ・・・」といった具合に用います。

面白くも興味深い言葉です。

西欧思想の民主主義は、51%の多数を善しとしますが、
「真理はいつも少数(意見)の中にあり」といいますね。

易学の思想にも、少数中心主義があります

 


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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『易経』の最も主たる動物・《鴻雁》 その2

(こちらは、前のブログ記事の続きです。)

《 鴻〔こう/雁・かり〕が飛び進みゆくお話 :
【漸】卦 》

『易経』は、「鴻雁」を最も重要な動物(禽獣)に位置づけていますから、
「雁」に象〔しょう〕や義を仮ることは、ままあります。

例えば、【坤為地】の卦辞にある「西南得」(西南に朋を得る)・
「東南喪」(東南に朋を喪ひ)というのは
この「鴻雁」の“渡り”のこととも解せられます。 注1) 

そして、「鴻〔こう/雁・かり〕」が、しだいに(漸〔ようや〕く)飛びすすみゆく物語が【風山漸☴☶】卦です。

この卦は、6爻すべてが「鴻」(大型の雁)をもって象とされ、
段階的・時系列的〔時間にしたがって〕に、物語が展開されています。

“漸”の文字は、もともと“水”・“川”にかかわることでもあります。

互体(2・3・4爻)【坎☵】で“水”、互体(3・4・5爻)【離☲】で“飛ぶ”ですから、
“水上の飛鳥”ですね! 

「鴻」という水鳥は、良く自然の時季を知り、善く群れの秩序を知り、
そして好く婚礼に用いられます。

それで、みんなが漸進〔ぜんしん〕し、
最後に“進み”を全〔まっと〕うしてよろしきを得ることの象としたのでしょう。

注1)

易学的には、「朋」を「鴻雁」と解することができます。
したがって、『論語』の冒頭(「小論語」)の「有自遠方来、亦不楽乎。」
(朋、遠方より来る有り。また楽しからずや。)も、
「朋」は普通“学友”と解していますが「鴻雁」の飛来とも解せます。

◇ 初爻「干〔みぎわ〕」 ⇒ 2爻「磐〔いわ〕」 ⇒ 3爻「陸〔くが〕」 
  ⇒ 4爻「木〔き〕」 ⇒ 5爻「陵〔おか〕」 ⇒ 上爻「逵〔き〕」


初六:
「鴻〔かり〕、干〔みぎわ〕に漸〔すす〕む。
小子は辧未△笋Α佑掘8世△譴匹瞎襦未箸〕なし。」

/「小子の劼は、義として咎なきなり。」 (象伝)

《初六の訳》

鴻〔かり〕が、水の上から陸に上がろうとして
水際〔みぎわ・みずぎわ・なぎさ/=汀/渚〕に進んだところです。
が、何分にもまだ若く経験の浅いなので、
不安でおののいていて何とも危なっかしい限りです!

それで、モタモタして先に進めないでいて、
他の仲間から“お小言”を頂戴するハメになります。

こんな情態でも、(自分の力量不足を承知した上で、然〔しか〕るべき時に
漸次〔ぜんじ〕進もうとしているのは、道理に適っているというものです。〔象伝による〕)
とがめ立てするような過ちは起こらないでしょう。」

「干〔かん〕」は岸〔きし〕・みぎわの意、
「于〔う〕」は助字、おいて・ゆくの意です。

2つの文字は、非常によく似ていますので、注意が必要です。

「干〔かん〕」=水際、です。

互体(2・3・4爻)の【坎☵】は“水”、
初爻で【坎水】の下にあるので“みぎわ/水のほとり”です。

「小子」は【艮☶】で少男、また初爻の象。
【艮☶】で止め、進めず。

上卦【巽☴】には、号令の意があります。

“倒兌〔とうだ:兌=口がさかさまとみます〕”でもあります。
“進め!”というお小言でしょう。

応爻なく比爻もなく、初爻で陰位にいる【陰】です。

孤独・“孤雁”で力量も弱く、
群れの列のビリに位置している、といったところでしょう。

-------------------------------------------------------------
六2:
「鴻、磐〔いわ・おおいし〕に漸〔すす〕む。
飲食衎衎〔かんかん〕たり。吉なり。」

/「飲食衎衎たりとは、素飽せざるなり。」 (象伝)

《六2の訳》

鴻〔かり〕が、“磐”=大きな揺るぎない石のところへと進みました。

近くの仲間も遠くの仲間もこぞって和やかに楽しく饗宴しています。

(それは、功労もなく飲食に興じているのではなくて、
自分のなすべきことをし終えて後、みんなと和楽し英気を養っているのです。
〔象伝による〕)

吉であることは、言うまでもありません。

「磐〔いわ〕」は、磐石・大岩、安泰な場所のことです。
【艮☶】の象です。

「衎衎〔かんかん〕」は、和楽するようす。
2爻変じて2・3・4爻で【兌☱】=悦び楽しむの象。

「飲食」は互体(2・3・4爻)の【坎☵】の象です。
陰位にいて【陰】、中徳を持っています。

六2と九5が、この卦の主爻で、
両爻相応じて【漸】の道が完成するというものです。

九3と比してもいます。

それで、群れの仲間のたちと饗宴するのです。

和楽飲食して、身心の英気を養って“時(時期/時季)”を待っているのです。

-------------------------------------------------------------
九3:
「鴻、陸〔くが〕に漸〔すす〕む。
夫征きて復らず。婦〔つま〕孕〔はら〕みて育〔やしな〕わず、凶なり。
寇〔あだ〕を禦〔ふせ〕ぐに利ろし。」

/「夫征きて復らず、とは、群醜を離るるなり。
婦孕みて育わずとは、その道を失えばなり。
用って寇を禦ぐに利ろしとは、順にして相い保てばなり。」
 (象伝)   

《九3の訳》

鴻〔かり〕が、(=大岩 より高い)“”地に進みました。

夫(=九3)は、(初六・六2の仲間を離れ捨てて、六4の愛人のところへ)行って
復〔かえ〕って来ようとはしません。

(軽々〔かるがる〕しく交わった六4の)その愛人は、
妊娠しても生まれた子を育てようともしません。

(この女性が生み育てられないのは、女性としての正道を見失って生んだ
不義の子だからです。〔象伝による〕) 

まったくもって、凶と言わざるをえません。

(そんなことで、この六4の女性というのは、
財産目当てで交わろうとしているような女性です。)

この(手近な)女性は、自分にとって仇
〔あだ=寇:害を加える、そこなう〕するような女性ですから、
(今述べているようにならないように)その誘惑を防ぐのがよろしいのです。」

「陸〔くが〕」は、平らで高い地。“”上から陸地に進んだところです。

水鳥のにとって、“”地は不安定な場所です。

この爻は、☰☷】の比隣〔ひりん〕関係の3爻の陰と
4爻の陽が交わって(交代してそれぞれ正位を得たもので)、
【漸☴☶】の九3となったものです。

応爻の上爻とは陽と陽で不応ですから、
身近な六4の【陰】(女性)と交わったものです。

互体(3・4・5爻)の【離☲】は、大腹・孕〔はら〕むの象。

互体(2・3・4爻)の【坎☵】も【坤☷】の中に1陽を孕んでいるとみられます。

【坎☵】は、大夫〔たいふ〕・水・水流れ去るの意、で「夫征不復」

流れる、で「不育」

「群醜」=群は群れ、下卦【艮☶】の仲間(のである)初六・六2のことです。

六4の女性は、【巽☴】の主爻。

【陰】をもって陽に乗じている危なっかしい女性です

欲深く、九3(=陽剛)の財産目当てに交わったのです。

九3は、行き過ぎの爻です。

要〔よう〕は、身近な情欲に溺れ、
漸進の大道を踏み外さないようにと戒めているのです。

注1)   トピックス〔時事〕 :

改めて、この“過”にして、下卦【艮☶】の主爻である九3を人間事に想ってみますと。

いつの時代も、人生行路のどの時代おいても、
身近な欲情・情欲に大道正道を見失って、
あらぬ“小径〔こみち〕”に逸〔そ〕れるということはままあるものです。

平成の御世〔いま〕、子どもの6人に1人が貧困家庭といわれています。
が、私は、そんな基準もわからぬ貨幣〔かね〕の格差のことよりも、
男女・親の“情”の貧困を想います。

“子ども(学生)”による子どもの妊娠・出産は、隠れた日常の茶飯事です。

乳幼児の遺棄(捨て子)、育児放棄とそれによる餓死、
虐待とそれによる子殺し・・・ なんとも痛ましい人倫の “すさみ”です。

我が国は、古き善き大切なものを失ってしまっています。

それらの“すさみ”の記事が、しばしば小さな記事で報じられている現状です。

-------------------------------------------------------------
六4:
「鴻、木〔き〕に漸〔すす〕む。
或〔ある〕いはその桷〔たるき・かく〕を得れば、咎なし。」

/「或いはその桷を得とは、順にして以て巽なればなり。」 (象伝)

《六4の訳》

鴻〔かり〕が、“”より高い“”(の高所)に上〔のぼ〕り進みました。
は水鳥なので本来、木に止まるものではなく、今いる木の上は安住の場所ではありません。)
それでも(幸いにして)、桷〔たるき・かく〕=ヨコに伸びた枝(/平らな情態の木の枝)を得て、
一時〔ひととき〕は安定して居ることができます。
(それは、六4が陰位に【陰】で正しく居るので、
才能は乏しくとも、【巽☴】の謙遜・従順の徳を持っているからなのです。〔象伝による〕) 

とがめ立てするような(/高所から転落するような)危なっかしさはないでしょう。」

“木”(の高所)に上〔のぼ〕り進みました。
が、は水鳥なので本来、木に止まるものではありません。

そもそも、の足には“水かき”がありますので、うまく木の枝につかまれませんものね!

六4は【巽☴】の主爻、陰位に【陰】、不中、応ずる爻もありません。

【陰】で九3(過剛で不中)に乗〔じょう〕じて、はなはだ不安定で危なっかしい。

ですが、尊位の九5(正位で中徳あり)を承けており
これに親比して順〔したが〕うことができてうまくゆくかもしれません。 注1)

上卦【巽☴】は、“木”・“順う”の象です。

「或〔ある〕いは〜」とは、“幸いにも〜であれば”くらいの意味に解せます。

「桷〔たるき・かく〕」は、字典によれば、
「,燭襪、屋根やひさしをささえる長い角材。丸いものを椽〔てん〕という。 
△┐澄∧燭蕕砲里咾浸沺廖福愆糎賣咫戞砲任后

互体(2・3・4爻)の【坎☵】は、“美背”であり“梁〔はり〕/たる木”の象です。

たる木のように木の平らなもの、ヨコに平らにのびた枝で、
水鳥のでも何とか止まりやすいということなのでしょう。

注1)  

“乗〔じょう〕”と“承〔しょう〕”とは『易経』(易辞)の専用語です。
どちらも、【陰】の柔爻に限って用いられるもので、【陽】の剛爻には用いられません。

【陰】爻が【陽】爻に比している場合、
【陰】爻が上にあれば【陰】爻からみて【陽】爻に“乗〔の〕っている”と見、
【陰】爻が下にあれば【陰】爻からみて【陽】爻を“承〔う〕けている”と見ます。

-------------------------------------------------------------
九5:
「鴻、陵〔おか〕に漸〔すす〕む。婦三歳まで孕〔はら〕まず。
終〔つい〕にこれに勝つことなし。吉なり。」

/「終にこれに勝つことなし、吉なりとは願うところを得るなり。」 (象伝)

《九5の訳》

鴻〔かり〕が、“”より高い「陵〔おか〕」に進みました。

(九5の夫と六2の)妻には、3年もの間、子どもができません。
(仲むつまじくしているのですが、ジャマだてされているのです。)

けれども、この夫婦の確かな情愛には、
こうしたジャマだて・艱難〔かんなん〕も勝つことはできないのです。

つまり、“最後に愛は勝つ”ですね! ですから、吉に違いありません。」

「陵〔おか〕」=岡、に進みました。

2爻が5爻に之けば、【艮☶】。

艮は山、“陰小陵”と称します。

それで、「陵」です。

また艮は、“止〔と・とど〕める”の意です。

九5は上卦の中爻にあって、陽位に【陽】をもって居ます。

六2の【陰】と陰陽正しく応じています。
の“ツガイ(夫婦)”ですね。

ですが、この夫婦(六2の妻)は、九3と六4の爻にジャマだて(阻害)されて、
夫婦交わることができず、3年もの間(六2が九5に辿りつくのに3爻・3段階あります)、
子どもを孕むことができないのです。

これが、「婦三歳不孕」です。

九3は、下卦【艮☶】の主爻で、2つの爻の“進み”を止めています。

また、互体(2・3・4爻)の【坎☵】の主爻でもあり、
“進み”を困難なものにしています。

互卦をみてみますと、【未済☲☵】にて孕まぬの意です。

5爻は上爻に接している(当たっている)ので、
その(妻の)不妊が終わり妊娠する、と解せます。

九5が変じると【未済☲☵】が【雷水解☳☵】となります。

春の到来、陰陽交わるの象です!

-------------------------------------------------------------
上九:
「鴻、逵〔き〕に漸〔すす〕む。その羽用って儀となすべし。吉なり。」

/「その羽用って儀となすべし、吉なりとは、乱るべからざればなり。」 (象伝)

《上九の訳》

鴻〔かり〕が、大空高く舞い上がり、自在に天空を飛翔しています。

多くの雁が群れを成して、(「雁行」と称されるように)整然と秩序だって
“V字形”に隊列を作って、「逵〔き〕」=雲路を飛んで行く様〔さま〕、
その美しい情景こそ、我々のお手本として用いるべきです。

吉であることは言うまでもありません。」

64卦384爻の中で、三大上爻と呼ばれもする上爻です。

【初爻「干〔みぎわ〕」 → 2爻「磐〔いわ〕」 → 3爻「陸〔くが〕」 
→ 4爻「木〔き〕」 → 5爻「陵〔おか〕」】 と、
5爻まで段階を踏んで進んできたが、遂に上爻で天空高く飛び上がったのです。

の象を人間事にとってみましたら、
時期に応じて一歩一歩、順序をおって進み、
漸〔ようや〕く成功を克ち取ったのです。

“意のごとくになり”、人々からは師表〔しひょう〕と仰ぎ観られるようになったのです。

「逵〔き〕」は雲路・高い天空のことです。

上九は卦の極にあるから“天”であり、
また【巽☴】は“風・飛ぶ”から雲路を行くの意となります。

九3は“【坤☷】中の天”=「逵」ともみなせますが、
2爻が5爻に之〔ゆ〕けば上卦もまた“【坤☷】中の天”=「逵」となります。

また【巽☴】をもって“斉〔ととの〕う”とし、
「雁行」して飛翔する斉った情態の美しさを指します。

―― 「鴻雁来る」・「鴻雁来賓す」です。

「鴻雁」“仲秋”〔観月〕(*“白露”=太陽暦9月7日&“秋分”=太陽暦9月23日)に、
先に来るものが主たるものであり、
“季秋”〔晩秋〕(*“寒露”=太陽暦10月8日&“霜降”=太陽暦10月23日)に遅れて来るものは
“賓”であるともいわれています。


 

≪参考資料:盧 「『易経』64卦奥義・要説版」 p.45引用≫

53. 漸 【風山ぜん】  は、少しずつ進む。 

3吉卦・3大上爻、愛情4(5)卦

 ● 正婚・正妻、 賓卦「帰妹」、“小を積んで大となす”、継続の吉
「女の帰〔とつ〕ぐに吉なり」(卦辞)
「鴻〔こう・かり〕逵〔き〕に漸〔すす〕む。」(上爻) ;
水鳥が雲(高い天空)を飛ぶ → (意の如くなる)。

 ■ “山に植林する象”・“千里一歩の意”(新井 白蛾)
下卦が艮山、上卦が巽風・巽木にて
1)山の上の木が、日を追って漸〔ようや〕く成長する象。
2)〔男性(艮)が求め〕、女性(巽女)が落ち着いて(艮)求婚を待っている象。
3)艮の家、その外に巽女が出て行く=嫁ぐ象。
★ 漸は、【天地否】の3爻の陰と4爻の陽が交代し、それぞれ正位を得たもの。

 ○ 大象伝 ;「山の上に木あるは漸なり。君子以て賢徳に居りて俗を善くす。」

    (艮山の上に巽木が、居るべきところにあって高大であるのは、
それが少しずつ成長発展していったからです。
このように、君子は、その賢明なる徳を内に止め漸次進歩発展し、
善き風俗を形成するように〔民心に親しむように〕努め続けるのです。)


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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『易経』の最も主たる動物・《鴻雁》 その1

『易経』の最も主たる動物・《鴻雁》 その1

――― 鴻雁〔こうがん/かり〕/「鴻雁来〔きたる〕」・「鴻雁北〔かえる〕」
/【風山漸】卦・【雷山小過】卦/「雁書〔がんしょ〕」/“雁の産卵の瑞祥”(『古事記』)
/八幡太郎こと源義家/「雁の群列の乱れ伏兵の兆」(『孫子』)/奴雁〔どがん〕」
/雁風呂〔がんぶろ〕/“雁が羽を休める小枝(=陰なるもの)”  ―――


《 はじめに 》 

ふと、500年ほど前の、芸術(家)が偉大であった時代のイタリアに想いを馳〔はせ〕てみますと・・・・。

ルネサンス期の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチは、生涯、空を飛ぶことを夢み夢み続けました。

科学と自然との完全な融合を夢想したのでした。

おそらくレオナルドは、(雁ではないでしょうが)鳥の飛翔する姿を、
幾度も幾度も厭〔あ〕くことなく微笑〔ほほえ〕みながら、眺め続けていたことでしょう・・・・。

それはともかく。


『易経』には、多くの動物や植物(禽獣草木〔きんじゅうそうもく〕)が“たとえ”として登場しています。

その意味で『易経』は、太古におけるエンサイクロペディア〔百科事典〕ともいえるものでしょう。

とりわけ、登場する豊かな動物(禽獣)たちは寓意と物語性に富み、
私は西洋の『イソップ寓話』とのアナロジー〔類似性〕を感じております。  注1)


注1)

『易経』の64卦は、さまざまな人生の場面〔シーン:scene〕・状況〔スチュエーション:situation〕を表しています。

したがって、そこにはさまざまな人間が登場いたしております。

そして同時に、多くの人間に(当時は)身近な動物たちが登場しています。 

―― ある時は、神秘的に寓意〔ぐうい〕的に、
またある時は、愛くるしく親しみをもって登場しています。

これは、“易”の思想を動物(&植物)に、
より理解〔わか〕り易く象〔かたど〕ったものと言えましょう。

私には、これらの動物(&植物)が登場することにより、
“易の物語性”がより色濃く章〔あや〕どられているように思われます。 

私は、古代中国の『易経』の象〔しょう/かたち〕として登場する動(植)物の“たとえ話”と、
古代ギリシアの『イソップ寓話〔ぐうわ〕』の動物譚〔たん:=物語〕には、
とてもアナロジー〔類似〕を感じます。

謎に包まれた“哲人”である作者によって書かれた『イソップ寓話』は、
動物に擬〔なぞ〕らえられた生き方の知恵であり、
世界中で現在に至るまで普遍的に愛読され続けています。

『イソップ寓話』が書かれたと考えられる古代ギリシアのアテネの全盛期はBC.5世紀ごろ、
『易経』の解説(「十翼」)を整えたといわれている孔子が活躍したのもほぼ同時期です。

洋の東西で時代もさして変わらないころのアナロジー〔類似〕です。 

(by.盧「易と動物」)


『易経』に登場する動物(禽獣)たちを拾ってみますと、以下のとおりです。
(→資料参照のこと)

さて、これら、馴染み深かったり、ユニークであったりの動物の中で、
『易経』の最も主たる動物・重く扱っている動物は何でしょう? 


――― 今回は、「鴻雁〔こうがん/かり〕」について研究してまとめてみました。


→ 【参考資料】

《 『易経』(本文中心)に登場する動物たち 一覧 》   (by.盧)

龍(竜) 【乾】辞・初・2・4・5・上爻・用 (3爻は人龍・龍人)/
【坤】上爻(雌雄の龍)
→ ※龍は【乾】の象  cf.龍の三棲〔さんせい〕
【革】5・上爻 “大人虎変”・“君子豹変”/
【履】辞・4爻 “虎の尾を履む”/【頤】4爻 “虎視眈々”
○馬:【屯】2・4・上爻/【明夷】2爻/
   【睽】初爻/【渙】初爻/【中孚】4爻
    “馬匹〔ばひつ=両馬〕亡〔うしな〕う” 
○牝馬〔ひんば〕:【坤】辞 
○白馬(の王子):【賁】4爻 
○良馬:【大畜】3爻
鹿 【屯】3爻
○魚:【姤】2・4爻
○魚の目刺し:【剥】5爻
○鮒:【井】2爻
○牛:【睽】3爻/【无妄】3爻 “繋がれた牛”/
   【旅】上爻 “牛を易に喪〔うしな〕う”/
   【既済】5爻 “東隣の牛を殺す” 
○黄牛:【遯】2爻/【革】初爻“黄牛の革〔かく〕”
○童牛:【大畜】4爻
○牝牛〔ひんぎゅう〕【離】辞
〔しのと〕
=豚
○豕〔しのと〕:【睽】上爻 
○獖豕〔ふんし〕:【大畜】5爻 ※去勢したいのしし
○羸豕〔るいし〕:【姤】初爻 ※やせ豚 
○霊亀:【頤】初爻 ※万年を経た亀
○“十朋〔じっぽう〕の亀”:【損】5爻/
               【益】2爻 ※非常に高価な亀
○羊:【大壮】5爻 “羊を易に喪〔うしな〕う”/
    【夬】4爻 “牽羊〔ひかれるひつじ〕”/
    【帰妹】上爻 “士羊をサ〔さ〕きて血无〔な〕し”
○羝羊〔ていよう〕:【大壮】3・上爻 ※牡羊〔おひつじ〕
鼫鼠〔せきそ〕 【晋】4爻 ※大ネズミ、ムササビ? (→ 最悪人の意)
〔えもの〕
=鳥・禽獣
○禽〔えもの〕:【師】5爻/【恒】4爻/【井】初爻
○前禽〔ぜんきん〕:【比】5爻 
 ※目前の禽獣、または前へ逃げ去る禽獣の意
〔はやぶさ〕 【解】上爻
〔〔こう〕
=渡り鳥/水鳥
○鴻=鴻雁・雁〔がん・かり〕:
【漸】初爻〜上爻のすべて(上爻は三大上爻)
→※鴻の動きで語られています cf.玄鳥〔ツバメ〕 
★易経の主たる禽獣!
〔きじ〕 【旅】5爻
〔〔つる〕 鳴鶴とその子:【中孚】2爻 ※“鳴鶴陰に在り、その子これに和す。”
翰音〔かんおん〕
=鶏
【中孚】上爻 “翰音天に登る”
   〔→ろくに飛べない鶏は天に昇ってもすぐに落ちるの意〕
(飛)鳥 ○鳥:【旅】上爻 “鳥その巣を焚〔や〕かる”
○飛鳥:【小過】辞・初・上爻
  ※【雷山☳☶】の卦象から
豚魚〔とんぎょ〕
=イルカ
【中孚】辞 “豚魚吉” → ※黄河イルカのことか?
○狐:【既済】初・上爻
○三狐:【解】2爻 ※三匹の狐
○小狐〔しょうこ・こぎつね〕:【未済】辞・初爻
  “其の尾を濡〔ぬ〕らす”/上爻 
  “其の首を濡らす” ※狐は【坎☵】の象



《 鴻〔こう〕・雁〔かり/がん〕について 》

『易経』に中で最も主たる動物(禽獣)、代表する動物(禽獣)というのは
何だとお思いでしょうか? 

『易経』は、【乾・坤】の“”(ドラゴン)に始まり
“既済・未済”の“”に終わっています。が、これらではありません。

【乾☰】の象〔しょう/かたち〕、“陽”の権化〔ごんげ〕としての想像上の動物
(=神獣)ですし、“”は【坎☵】の象の動物というに過ぎません。 


それは、鴻雁〔こうがん/かり〕」です。

風山漸☴☶】卦は鴻が飛びすすみゆく物語になっています。

原文に出てくる「鴻」とは「雁」のことです。

雷山小過☳☶】は、その卦象が「飛鳥」の形(九三・九四が鳥の胴体で、
上下の4陰が翼)です。

『易経』では、象を雁に取り、義を雁にかる仮ることは実に多いのです。

つまり、「鴻雁」のことをよく知らなければ『易経』は、理解し難いということです。


では「鴻雁」が『易経』の最も主たる動物であるのは何故でしょうか?

それは、雁を「候鳥」とも書くように、“渡り鳥”だからに違いありません。

「鴻雁」と入れ替わりの“渡り鳥”「燕〔つばめ・つばくらめ・つばくろ/玄鳥・げんちょう〕」も同様です。

「鴻雁」・「燕」は“陰陽=寒暖・季節”に随って去来するもので、
易は陰陽・変化の学であるからにほかなりません。


「鴻雁」 注1) は、夏は白鳥などと同様にシベリア方面で過ごして繁殖し、
秋に北方から(冬鳥として)飛来して冬を過し、春に再び北方へと帰って行きます。

燕と入れ代わりですね。

“七十二候”。晩秋(10月上旬)「鴻雁来〔こうがんきたる〕」 注3) 

・中秋「玄鳥去〔げんちょう/つばくろさる〕」
晩春(4月上旬)「鴻雁北〔こうがんかえる〕」
「玄鳥至〔げんちょう/つばくろいたる〕」、というきせつがあります。

「雁」・「雁渡る」は秋の季語、「雁帰る」は春の季語です。」


遥かな昔から中国・日本の人々は、この「鴻雁」の行き来に情趣や季節の移り変わりを感じ、
多くの文芸を育〔はぐく〕み章〔あや〕なしてまいりました。


そして、この「鴻雁」の往来は、時月に随って、行くも来るも一定、
少しも誤ることがありません。

しかも、その群れをなし飛ぶ姿は列を整え順序正しく飛翔します。

この往来規律正しく、群れ飛ぶに秩序保っているところにこそ、
古来から注目され、『易経』の最も主たる動物と位置付けられた所以〔ゆえん〕のものがあるのではないでしょうか。

人間、殊〔こと〕に現代人には、大いに見習うべきものがあります!


注1)

「鴻」〔こう〕は“ひしくい”〔菱食〕ともよみ大型のものを、
「雁」〔かり/鴈・候鳥〕は鳴き声からでた“ガン”の異名で大型のものをさすともいわれています。

「カモ目カモ科の水鳥の総称。大きさは、カモより大きく、白鳥より小さい。
日本では、マガン・カリガネ・ヒシクイなどが生息し・・・・・。
家禽はガチョウ〔鵞鳥〕とよばれる。」(by.Wikipedia 抜粋)


注2)

「玄」は“くろ”・“黒色”の意だからでしょうか?
「乙」・「乙鳥」で“つばめ”。「乙禽〔いっきん〕」。


注3)

「来」は、古文では「来〔く〕」とカ行変格活用(こ/き/く/くる/くれ/こ〔よ〕)で読みます。
が、漢文では「来〔きた〕る」と四段活用(ら/り/る/る/れ/れ)で扱い、カ変は使いません。


※ この続きは、次の記事に掲載いたします。


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