儒灯

【温故知新】儒学の普及に力を注いでおります真儒協会 会長、高根秀人年の個人ブログです。 『論語』、『易経』を中心に、経書の言葉を活学して紹介して参ります。 私個人の自由随筆、研究発表などのほか、真儒協会が毎月行っております定例講習についても掲載しております。

謹賀壬辰年  (その4)

※この記事は、謹賀壬辰年 (その3) の続きです。

《 辰 → 龍(竜) 》

「辰年」は、一般に「龍〔たつ〕年」と言われ、
動物の“龍(竜)〔りゅう/*漢学者はリョウと発音します〕”に擬〔なぞら〕えられます。

ただし、龍は他の十二支の動物とは異なり想像上の霊獣です。

しかも、はるか古〔いにしえ〕より洋の東西を問わず存在し、
人々に広く知られています・・・

トピックス〔時事的話題〕としては。
昨年、“世界で一番幸せな国”ブータンの国王夫妻が国賓として来日されました('11.11)。

その折、ワンチュク国王が、日本の子どもたちに
「龍が人それぞれの心の中に棲んでいます(龍は一人一人が持つ人格のこと)。
龍は経験を食べて何年もかけて強く成長します。
心の中の龍をしっかり育てて下さい。」
という話をされたことは記憶に新しいですね。

龍は“陽”物、“陽”の化身です。
『易経』64卦は、全陽の【乾為天〔けんいてん〕】から始まります。

6つの爻辞〔こうじ〕すべてが龍の物語
(“龍変化を示すの象”:新井白蛾)で書かれています。

龍は“三棲〔さんせい〕”(→ 地上・水中・空中)しますが、
天(=空)を飛んでこそその面目躍如たるものがあります。

“飛龍”です。

龍は、大いに動くという意味の象徴的動物ですから、
従って、今年は妨害や抵抗と闘いながら
辛抱強く目標に向かって一歩一歩動くという意味が考えられます

さて、龍にまつわる故事・伝説物語は多々あります。
言霊の宝石箱です。

今回は、身近で重要と思われるもの3つについて少々述べてみましょう。


1) 登龍〔とうりゅう〕門 

難関を突破すること、
出世・成功のカギ(門)の意で広く知られ用いられています。

今も昔も、難しい試験や大学にパスすることを意味します。

「登龍・門」(登龍の門)ではなく、「登・龍門」(龍門に登る)です。

“龍(竜)門”は中国の地名。
敦煌〔とんこう〕・雲崗〔うんこう〕・龍門は、石窟寺院で知られていますね。

この龍門の、滝のように急な流れを
“鯉(魚)”が押しきって登りきることが出来れば、
大変身・出世して龍と化〔か〕すという伝説があります。

現代でも、すばらしく進歩(変化)することを
「化〔ば〕ける」と表現する“化〔か〕す”です。

“化”(=大化・化成)は『易経』の言霊ですね。

このことを易学的に(6が陰の代表数、9が陽の代表数なので)、
六六〔ろくろく〕転じて九九〔くく〕となる”と申します!  ※注2)

出典としては『後漢書』・「李膺〔りよう〕伝」に、
李膺という高名な政治家に面会がかなえば龍門を登ったようなものだ、
という話が書かれています。

その後唐代、律令制のもと官吏任用制度が発達するなかで、
“進士”(科挙)の試験に合格することを「登龍門」と称しました。

ちなみに、この鯉の瀧(滝)登りは、
わが国の“こいのぼり”のルーツなのでしょう。

尤〔もっと〕も実際に瀧を登れる魚は、“ウナギ”くらいでしょうが?


※注2)
「六」は“陰”を代表する数、
陰物の代表・「魚」(のウロコ)は 6×6=36(6の倍数) とします。

「九」は“陽”を代表する数、
陽物の代表・「龍」(のウロコ)は 9×9=81(9の倍数) とします。

参考までに、易経64卦で 1〜6の爻〔こう〕を表す時も、
各爻の陰陽がわかるように
初爻を“初六〔しょりく〕”・“初九〔しょきゅう〕”、
2爻を“六二〔りくじ〕”・“九二〔きゅうじ〕” ・・・ のように表します。

(こうすれば算木〔さんぎ〕で卦の象〔しょう/かたち〕を顕〔あらわ〕すことができるわけです)

さて、では「六」と「九」がなぜ陰・陽を代表するのかご存知でしょうか?

易学で、1〜5の数を 生数 (整数・成数ではありません)といいます。

偶数が“陰”ですので合わせると【2+4=6】 
奇数が“陽”ですので合わせると、【1+3+5=9】 ということです。

(このように易学は、言霊であると同時に数霊〔かずたま〕の学でもあるのです。)


2) 逆鱗 (に触れる)

天子・君主などのカリスマ的存在の“怒り”(≒激怒・カミナリ)のことです。
「○○社長の逆鱗に触れて〜」と用いますね。

法家思想の代表、韓非子〔かんぴし〕は次のような伝説を述べています。

○「それ龍の蟲(虫)たるや、狎して騎るべきなり。
 然れども其の喉下に逆鱗の経尺なる有り。
 もし人これに嬰〔ふ〕るる者有れば、則ち必ず人を殺す。」
 (『韓非子』・説難篇〔ぜいなんへん〕)

すなわち、龍は本来おとなしく人が騎〔の〕ることもできる動物です。
が、喉〔のど〕の下に、一尺ほどの逆さに生えている鱗があって、
それに触れると猛烈に怒って必ずや人を殺してしまいます。

そして、君主にも逆鱗があるから、
それに触れないように意見を言わなければならないと続けています。

現在、“個(人の都合)が闊歩〔かっぽ〕”し
大衆民主主義(政治)の弊害が重篤になっている時勢
にあって、
「逆鱗(に触れる)」をどう捉え活かしてゆくか課題です。


3) 陽物の権化〔ごんげ〕としての“龍” 
(※儒灯:「“空をとぶもの(飛行の機)”に想う」参照のこと、一部再掲)

○「大いなる乾元、万物資〔と〕りて始む。すなわ〔及〕ち天を統〔す〕ぶ。|
 雲行き雨施し、品物〔ひんぶつ〕形を流〔し〕く。」  (『易経』・乾為天/彖伝)

《 大 意 》
乾天の気である元の根源的なパワーは、何と偉大であることよ! 
天地〔宇宙〕間に存する万物は、
みなこの元の気をもとにして始められているのです。

すなわち、天道の全てを統率、治めているのが乾元〔=乾徳〕なのです。
(以上 元の解釈)| 

乾のはたらきにより、水気は上って天の気の“雲”となって運行し、
雨を施して地上の万物を潤し、
万物・万生物(品物)が形を成し現われて活動を始めるのです。
(以上 亨の解釈) 


東洋最古の“奇書”、儒学五経の筆頭である『易経』の冒頭、
【乾為天〔けんいてん〕】の彖伝〔たんでん〕です。

孔子が書いたともいわれている名文です。

 この「乾」を、イメージ、シンボライズして創った動物が“龍”です。
東洋思想の源、陰陽(相対)思想での「陽」の極致です。

一つ例を挙げれば、東洋思想では、動物をその指(ツメ)の数で陰陽に分けています。

ウマは1つ(奇数)ですから陽の動物、
ウシは2つに分かれていますから(偶数)陰の動物、
3つの鳥は陽の動物、
4つのネズミは陰の動物、
5つのヒトは陽の動物、
6つのパンダは陰の動物、といった具合です。

本家本元の中国の竜の指(ツメ)の数は5つです。
ちなみに、朝鮮の龍では4つ、日本では3つです。

龍の思想が伝播〔でんぱ〕するにつれて、
本家(の龍)に敬意を表してのことでしょうか? それはさておき。

今回は龍について、“陽”の概念である飛行の視点から
少々お話しておきたいと思います。

ところで、西洋の竜=“ドラゴン”と東洋の龍の違いをご存知でしょうか?

いつのころか、起源は定かではないですが、
“ドラゴン”がヨーロッパの空飛ぶ代表的想像上の動物です。

鳥のように翼を持っていてそれで飛びます。
火も吐きますので、まさに「陽」性そのものです。

“翼をください”という、広く知られている名曲がありますが、
ヨーロッパでは空飛ぶ鳥の翼・羽を身につけて飛ぶことが共通しています。

何となくヨーロッパの合理性を表しているような気がします。

イカルス少年は、飛行の道具としての翼を身に着けたのですから、
ここに工夫するという人間の面目があるのでしょうか。

そして、自力で飛んでいます(自力本願)。

一方、東洋の龍には翼はありません。
本来、龍は具体的には、蛇が出世したものです。

蛇は(農耕社会において)、“水”の化身です。
従って、蛇=水は「陰」性のものです。

この龍は、“三棲〔さんせい〕”します。
地上に棲〔す〕み、水中に棲み、空中を飛びます。
(cf.陸・海・空の軍隊と同じですね) 

「乾」の象〔しょう〕意が、“動” ── 飛ぶものなのです。
地上・水中は良いとして、
この“飛龍”は、どのようにして(手段・方法)飛ぶのでしょうか? 

龍が翼なくして飛ぶのは、それが雲に乗っているからでしょう。
中国で“雲”は、飛ばすものなのでしょう。

では、その根柢に流れる思想はどのように解せば良いのでしょうか?


○「同声相応じ、同気相求む。 
 水は湿〔うるお〕えるに流れ、火は燥〔かわ〕けるに就〔つ〕く。
 雲は龍に従い、風は虎に従う。」 (『易経』・文言伝)

まず一つは、易学陰陽思想によるマッチングが考えられます。
陽物とそれに順〔したが〕うものとしての陰物のペアーです

「龍」は陽の化身で、「雲」は龍を支え飛ばす陰物です。
「虎」は陽の動物です。同じネコ科でも豹〔ひょう〕は陰の動物です。

「大人虎変〔たいじんこへん〕」(【沢火革】5爻辞=陽爻)と
「君子豹変」(【沢火革】4爻辞=陰爻)の違いです。

その陽の動物である「虎」に、陰である「風」=【巽風】が順うのです。
かく、陰・陽、主・従 引きつけ合い調和するわけです

今一つは、同類・同気のものというマッチングが考えられます。
本来、水のものである龍には、同じく水である雲が従い、
威を奪う虎には風が従うという意味です。

ここには、五行〔ごぎょう〕思想の考え方がうかがわれます。

龍と雲は、同じく五行の「水〔すい〕」で「比和〔ひわ〕」の関係です。
(*龍と雲を、天の気=陽の気 同士と捉えることもできます。)

してみると、虎はいつも陽物ですが、
龍は陰陽交々で変化する神秘的存在です。

陰陽相対(待)が具現されており非常に深いものが感じられます。

後述いたしますが、人龍(為政者・リーダー)と
雲(民衆・一般ピープル)の関係を考えるにつけても、
興味深いものがあります。

なお加えますに、中国仏教関連思想でも“雲”で飛びます。
おなじみの『西遊記』の孫悟空〔そん ごくう〕
(斉天大聖〔せいてんたいせい〕)が、空を飛べるのは、
キン斗雲〔きんとうん〕”に乗ってのことです。

言ってみれば、自家用飛行機ですね。

ちなみに、観音菩薩が放した“龍”(もと龍宮の王子)を変身させて“白馬”にし、
三蔵法師(=玄奘/げんじょう、実在の名僧です)の乗り物とします。

中国流にいえば“千里の馬”です。

龍も馬も「陽」物、易の「乾」の代表的象意です。
また、白(色)も陽の色です。

話を戻しまして、このように、龍は雲によって
その本来の面目姿・天翔ける“飛龍”となることができるわけです。

この寓意を、人間界にあてはめて考えて見たいと思います。

龍は、“人龍”。
大人英傑・指導者(リーダー/エリート)です。

その人龍を飛ばせる、すなわち、創り育て押し上げるのは民衆です。
民衆は雲です。

陰陽論的にいえば、民衆の支持・共鳴が、
本来陰性の龍を陽に転化させ(アウフヘーベン/止揚・中す)、
化成させる=飛ばせるのです。

ここに陰陽の統一(合)が、実現します

現代我国の間接民主制での為政者=政治家をみても、
後援者・支持者によって“選挙”で当選し、
さらに大臣・宰相へと飛翔していくわけです。

雲が選挙・選挙民です。

そのこと自体は、良いとしましても、
今の日本は、この雲の具合が問題のようです。

今時の政治家(小泉チルドレンや民主党新人、タレント議員・首長などの多く?)は、
龍自体は、たとえ土の龍(土龍=モグラ)であっても、
雲=“風(巽/そん)”によって当選することができます。
(だからといっても、陰の者が 陽のもの、飛龍に転化・化成できるでしょうか疑問です)。

一方、いかに優れた人龍でも、ジバン・カンバン・カバンなく
雲に乗れなければ空しく空を眺めるばかりです。

このような状態が蔓延〔まんえん〕した大衆民主政治を、
衆愚政治”といいます。

古代ギリシアの民主政治は、こうして滅んで行きました。
私には、日本の現状には、古代ギリシア、古代ローマの
末期の退廃・自堕落に非常に良く似たところがあるように感じられます

優れたリーダーを持てぬ国民ほど憐れなものはない、
ということがわかっているのでしょうか。

今の日本は、優れたリーダーが不在です。
人龍とその龍を飛ばせる雲、の両方が問題ではないでしょうか。


《 今年の真儒協会は・・・ 》 

昨年度、真儒協会は、五周年の大きな節目を迎えました。
4月には、 “開設5周年 《真儒の集い》”を吹田市メイシアターで公開開催いたしました。

私(高根)の特別講演と式典に多くの皆さまのご臨席を賜りました。

そして、6月には吹田市立博物館のイベントに招聘〔しょうへい〕されて、
“むかしの中国から学ぶ”の大テーマのもと
計6回の(土日)連続講座を行いました。

延 500人余もの皆さまに聴講いただき好評を博しました。

五周年の節目の契機〔けいき〕を全うした感があります。

本年度は、竹の“節〔ふし〕から(新たに)芽が出る”ように、
“静” の一年にしたいと思います。

「壬・辰&七赤金性」=【水山蹇】・【地雷復】卦の深意・真意をふまえて、
“わが身に反って徳を修め”(【蹇】)、
“一陽来復”(【復】)・陽の気を育んで行きたいと思っております。

具体的には、定例講習の活動を中心に学術の充実を図りたいと思います。

とりわけ、「易経」・「老子」の研究・執筆に専心するつもりです

皆さまには、いやます、当協会活動へのご理解ご協力を賜りますようお願いいたしまして、
年頭所感の結びといたします。


真儒協会会長    高根 秀人年



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法事に想う

「法事に想う」

――”鼎〔かなえ〕”、龍、音霊、「渙」・「萃」卦辞、「孟子の三楽」 ほか ――

さつき五月 GW.、 よい 陽〔よう〕の天気。
亡父の33回忌の法事を、古里〔ふるさと〕(愛媛県)で行いました。

前回が25回忌だったので、8年ぶりに老母と五人の兄弟(姉妹とその夫と子、計13人)が揃いました。
その ひと日、兼好法師よろしく つれづれ想ったことを、少々 書きつづっておきたいと思います。

法事の前日朝、私は 一人墓に参りました。
寺の楝〔おうち〕の大木に小さな楝色(うす紫)の花が咲き、初夏の風情〔ふぜい〕をかもし出していました。

清掃をし、花・樒〔しきみ〕を新しく飾り、寺へのあいさつも済ませておきました。
不肖〔ふしょう〕・不孝の息子の せめてもの供養の行いです。

いま時の若者学生諸君は、神(神道〔しんとう〕)も仏(仏教)も、榊〔さかき;神前草〕も
樒〔しきみ・しきび;仏前草〕も区別がつかぬようになってしまっています。

おとなが教えない(教えられない)からです。

こうして、先祖の墓に参り、身をかがめて清掃し 畏敬し拝む親(自分)の姿を、
幼少より子供に見せ示し、祖先の連続性 を体感させておくのが 家庭教育の原点に他なりません。

不易」・不変性は、 親 − 子 − 孫 ―― という ”受け継がれるもの( DNA )”の中にあるのだと思います。

儒学でいう””の概念、 ”一〔いつ〕なるもの” であり、すべての原点でもあります。
その意味では、私の一族の次の世代に 大きな不安はありません。

さて、法事当日。
我が家の宗派は、浄土真宗ですが、私そのものは 特定の宗教への信仰心はなく、
また昔から 線香の臭いは苦手です。

仏教に対する 一般的尊敬の念を持ちつつ、儒学・学道を修める者の視点で雑感を述べてみたいと思います。

「無常」の世であれば、本堂内は、調度の金箔も塗り替えられていて 明るくリニューアルされていました。

座布団の代わりに、低いイスが全員分用意されていました。
高齢社会進展の影響でしょうか? とにかく ありがたいことです。

寺も世代交代して、若い(中年)住職さんが 読経されました。

亡父の戒名〔かいみょう・法名〕を書いたものと大きな”ろうそく”を持ってきてスタンバイ。
父の戒名は 「専徳院釈義 ―― 」と名づけられています。

以前は、さして文字は気にとめなかったのですが、今は すぐ目に留まりました。
”は、儒学がみなもとでしょう。
”は、特に孟子が ”仁”に加えて唱えた概念ですが、
これは 父の俗名が”義人”であったので、そこから採ったのでしょう。

灯されるろうそくが赤い(ケースが赤いのかもしれません)のは、不思議と新鮮(アクセント カラーコーデイネート)な気がしました。

それから、読経。 ”経”の字は、儒学では タテの意で”ケイ”と読みます。
(経書 ― けいしょ、 経典 − けいてん) が、仏教では 経典〔きょうてん〕の意で ”キョウ” といいます。
同じ漢字でも、発音と意味を異にしています。

ところで、仏教は釈迦によって開かれた宗教です。
本来 インド発祥ですから、その経典は、古代インド語 = サンスクリット語で書かれています。

それが 中国にもたらされ漢訳(中国語訳)されます。
漢訳では、鳩摩羅什〔くまらじゅう〕や 玄奘〔げんじょう;三蔵法師〕が訳経家として名高いです。

仏教は、インドを出て 中国で栄え広まることとなります。
その中国仏教が、日本に伝わり 我国固有の宗教 神道と調和・融合して(神仏習合〔しんぶつしゅうごう〕)、発展します。

日本で、漢語をそのまま音〔おん〕で読んだものが ”お経” です。
漢文訓読ではないので、意味はわからないわけです。

こうしたルーツを考えてみると、お経は サンスクリット語で読まなければ ”言霊” とはいえないような気もします。

しかし、日本のお経は、専ら音〔おと〕の響き(ありがたさ、荘厳・厳粛さ・・・)に意義があるように思います。

音霊〔おとだま〕”ですね。

それに加えて、読経の後の気のきいたお話(教話・法話)は、”言霊”ですから値打ちものです。

従って、読経は お坊さんの声の良さ・ありがたさ、 教話は お坊さんの修養・人徳いかん、ということなのでしょう。

ついでに、教話は 「ナンマンダ〜」(※ ナムアミダブツのこと)についてでした。

宗派によって”念仏”( 南無阿弥陀仏;ナムアミダブツ 6字 = 浄土宗・浄土真宗 ) と
“題目”( 南無妙法蓮華経;ナムミョウホウレンゲキョウ 5字または7字 = 日蓮宗 ) と呼ぶことは、
教養として持っておきたいものです。

ちなみに、易の”八卦”( 乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤 ;けんだりしんそんかんごんこん )を、
念仏・題目を唱えるのと同列に扱っている古書があったのを思い出したりしました。

そして、今回 一番に記しておきたかったのは、私の目の前にあった ”焼香〔しょうこう〕台(兼・線香立て)” についてなのです。

前列 中央に座っていたので、私とお坊さんとの間に 直径 60〜70 cm もある立派な金属製の容器が置かれてありました。

この三足の器は、「鼎〔かなえ・てい〕」というものです。
古くは、夏〔か〕の禹王〔うおう〕が九鼎をつくったと書物にあり、
次の殷〔いん〕代の青銅製鼎の美術品的精巧さは有名です。

宝器として 「鼎の軽重を問う」 という故事もあります。
本来は、煮炊きに用いた”ナベ”です。

易の 64卦にも 「火風鼎〔かふうてい〕」(三者鼎立、三角関係、養いのナベの卦意)があります。
“鼎”の字は 難しいですが、今でも 三国鼎立〔ていりつ〕や”かなえ”という人名があったりします。

『徒然草』 (53段)の 仁和寺〔にんなじ〕の僧の話に、
「足がなえ」を興じて頭にかぶり、抜けなくなる大事となり、
結局 耳・鼻がもげて穴があきながらも 強引に抜くという話があります。

鎌倉時代(まで)には、仏具として用いられていたということです。

話を戻しまして。
その鼎の両側面に 取っ手のように大きな大きな 「」がつけられていたのです。
龍も 中国が起源、『易経』が発祥の源であることは 明らかです。

『易経』 64卦の第一番目は、「乾為天〔けんいてん〕」、龍〔ドラゴン〕の物語です。
龍は、陽物の象〔シンボル〕です。

おもしろいのは、本家本元?の中国の龍の”ツメ”は、(ヒトと同じく 陽数) 5本 ですが、
朝鮮では 4本 、日本では 3本 と減っています。

その鼎の、3本 爪の龍は、雌雄なのでしょうか?

神社の狛犬〔こまいぬ〕や寺院山門の仁王像のように、一方(左)が口を開き 他方(右)は口を閉じていました。

開いているほうは 「阿〔あ〕」といい、閉じているほうは 「吽〔うん〕」と言っているのでしょう。
この「阿吽〔あうん〕」は、仏教の思想ですから、ここにも 儒・仏が融合しているわけで、興味深いものがありました。

さて、本堂での法事を終え、一同で墓に参り、寺を後にしました。
一席 昼食の場を設け、あれこれ一族で語り 一日の法会を無事終了いたしました。

『易経』を読むと 「王有廟〔びょう〕に仮〔いた〕る。」 の同文が、
「風水渙〔ふうすいかん〕」卦辞と 「沢地萃〔たくちすい〕」卦辞に登場しています。

「渙」の大象には、「先王以て帝を享〔まつ〕り 廟を立つ。」の文言もあります。
要するに、民心が渙散することがないように(渙)、人心が集るように(萃)、
先祖の霊を敬虔〔けいけん〕な まごころを持って、お祭り したのです。

今も昔も、家庭・個人のレベルでも 国家国民のレベルでも本〔もと〕は同じです。
また、そうでなければいけないと思います。

父が亡くなって、はや 33年が経ったわけです。
80歳ちかくの母をはじめ、5人もの兄弟姉妹とその家族が、歳を重ねて 誰も欠けることなく揃うことが出来ました。

これは、一つに父が早世したからです。
孔子 50 にして ”知名(天命を知る)”、
蘧伯玉〔きょはくぎょく〕 50 にして ”知非(49年の非を知る)” ですが、
父は 50 歳で亡くなりました。

今なら50歳は、平均年齢(平均寿命は80歳くらい)でしょう。
私も、知名・知非の歳を過ぎて、亡父の死後を生かされているわけです。
ありがたいことです。

そして次に、皆が 養心・養生して息災〔そくさい〕延命しているということです。
改めて、孟子の三楽 (その一)を実感しました。

「 父母ともに存し、兄弟 事なきは 一の楽なり。 
仰いで天に恥じず、附して人に愧〔は〕じざるは 二の楽なり。
天下の英才を得て、之を教育するは 三の楽なり。 
君子に三つの楽あり、而して天下に王たるは預かり存せず。」(尽心章句 上20)

この言葉も、知識としては 早くからありましたが、
人生も中年を過ぎ晩年に近づくと しみじみと味わえる境地のように思います。

次回の法事は、50 回忌だそうです。
今より 17年後です。

皆が、再び息災にして 一同に会せるよう、それを大きな目標にして養心・養生に努めましょう、と会食時の あいさつを結んだのでした。
             
                                    ( 高根 秀人年 )


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