マラソンを始めて40年・・・
走ることが私の文化となり、マラソンから次のことを学びました。
- 無駄な競争はしないこと
- 自分のペースを守ること
- 遅いランナーを労わる気持ちを持てること
- 自社よりも優れた企業からは素直に学び、真似できるところは、積極的に取り入れること
- 自社の強みを磨きながら、身の丈サイズを忘れないこと
- 真摯に努力している企業に、声援を送ることが自分の励みになること
これからも走り続けながら、この学んだことを役立てて行きたいと思っています。
松本寿吉郎の健康ブログ。 今まで世界のマラソンに参加した22年のまとめを紹介していきます。
マラソンを始めて40年・・・
走ることが私の文化となり、マラソンから次のことを学びました。
マラソンを始めて25年、走り続けて25年にもなると自分の文化になっている。 国内のマラソンから始まったが、国内マラソンを中心に年に 2回は海外のマラソンに出かけている。
海外のマラソンではボストン・マラソンを始め10ヶ国のマラソンを走ったことになる。家内と一緒に走っているのが長続きをしている要因かも知れない。海外マラソン参加のため日本を離れることで、客観的な日本の姿が鮮明に見えてくる。
日本の社会の中に浸りこんでいたときには、さほど感じなかったことが、突然、なまなましい現実として目に映ってくるものである。日本は経済大国であるという、しかし、豊かな国ではない。人間の生活にとつてのカネとモノは、本来、生活に必要なだけあればよいのである。人生にとってカネは手段であり目的ではない、バブル経済時代のように限りなく財テクマネーグームに奔走する必要はないはずだ。資本の求める目的は違って当りまえである。人生の充実感、生きがいのある仕事や趣味自然とともにある安場感さえあればよいのではないか、いまは時代の変わり時、じっくりと時代の方向を見据える時ではなかろうか。
1999年3 月、第1回の国際マラソンに参加、日本より GNPの低いフランスの方が社会的に豊かだと実感した。マラソンで走る 42.195kmは体力的にかなりの消耗を伴うので観光と違いレースの前後は現地に滞在することになる。そこでは、現地の芸術・文化の他生活様式にも接し暮しぶりを身近かに感じられるのが大きな収穫である。そこで、気づいたことは、店の人と客とが明るく挨拶をしあう姿である、小さなスーパーやその他の店でも「ボンジュール (こんにちわ)から始まり、勘定が終ると「メルシー・オ・レボアール」(ありがとう・さようなら)と相手の顔をしっかり見つめてほほ笑む姿が印象的であった。そこには豊かな心の余裕が感じられた。
個性を競う各種の専門店(Saint-Remyde Provencel)たとえば、チョコレートの専門店では各々の店舗が個性を発揮、その味と品質で競っているようである。包装にもきめ細かい温かい心くばりがあった。日本のように有望な分野とみるや、こぞって参入、採算が取れなくても、撤退せず、果てしない競争を繰り広げるといった行動様式は全く見られず地域社会の中で均衡がとれているようである。おそらく、当地の店舗では、どこのだれがどんな商品を欲しがっているのか、客の顔を見て、客の暮らしを知って商品開発をし、品ぞろえをしている。そこでは限りない拡大志向はなく、利益の出せる知恵に勝負をかけている姿が感じられた。
日本を出ることで、新しい情報から隔離され、マラソンという非日常的な行動から物事の本質を考える時間が取れることである。
そして、リフレッシュすることで思考力も蘇るような気持になる。これからも健康で走れる限り各地の芸術と文化にふれながら海外マラソンを続けそしてお互いに個性を磨き心豊かに生きたいものと思っている。