エドモントンブログ

エドモントンというバンドで岡崎を中心に活動しています。。
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http://edmontononline.jp/。

アイデア

「ことり」とか「みずうみ」とか「しらゆき」とか、ひらがなでころんってしたワードの曲名だけ集めた作品とか作るのも面白そうだなぁって今ふと思った。
たどたどしくて、奥行きがある。静謐で、ふわってしてる。言葉のまわりに余白がたくさんあって、イメージが縛られてない感じがするから、想像を広げやすい。

「ことり」はあれかな、誰の中にもある「何処かへ行きたい幼い気持ち」みたいなもののことを歌った曲になるのかな。憧れとか。外の世界の何も知らず、叶わぬ可能性や、間違えること、沢山の外敵、そういうものを考えもせず、ただ漠然と「あそこへ行きたい」と飛び回る小鳥。檻は自分。自分はなんでも知っている。きっと自分は届かない。きっと自分は間違える。きっと自分は叶わない。だって、今までも、そうだったもの。なんて、それも言い訳。臆病なのは、体ばかり大きくなった自分の方で。だからきっと、正しいのは小鳥の方。ねえ、その小鳥をひとりにしてはいけない。それは、あなたをひとりにしてしまうことだから。臆病なのは自分の方。でも勇敢なのも自分の方だ。この一歩は、いつだって一番切実だ。籠の小鳥の行きたい方へ。自分の足で歩いて行く。
とか、そんな曲だといいね。

「みずうみ」はあれかな、誰の中にもある「他人の立ち入れない静かな場所」みたいなもののことを歌った曲になるのかな。パーソナルスペースとか。孤独ともいえるけれど、もっと親しみのある場所。好きな音楽を一人で聴いてる時間とか、本を読んでる時とか、世界と自分を切り離して、穏やかでいられるひとりの時間。静かなみずうみの畔。そこに自分は座っている。誰にも何も言われない。誰にも何も言わなくていい。好きな事を好きなだけ大事にしていいし、別にそうしなくてもいい。ここは自由で、どこまでも静かだ。誰とも分かち合えない心の奥。一人は寂しいといっても、ひとりの時間もなければ疲れてしまう。だから、自分は時々この湖にやってきて、ぼんやり景色をみたりする。だけどたまに、なんの脈絡もなく、ここに君も居たらいいのに、なんて、思ってみたりもするのだけれど。
とか、そんな曲になるのかな。

「しらゆき」はあれかな、誰の中にもある「残っていくものと消えていくもの」みたいなことを歌った曲かな。
まったく酷い寒さだ。歩くのも困難で、喋るのも億劫だ。大した話題もなく、口数も少なく歩く。
ただそんな夜の中にあってさえ、降る雪は綺麗だ。こんなに酷い毎日でも、たまに美しいものと出くわすことがある。
しかし、しばし見惚れてみたところで、寒さには敵わぬのだ。この雪も、どうせ明日の朝には消える。
しらゆきなんて幻想だ。稀に見える世界の美しさも、やがて通り過ぎる駅。自分はそこで止まれない。
自分に残るものといえば、白雪舞う帰り道、「寒いね」と言えば「寒いね」と返ってくる暖かさくらいのものである。
美しくも不格好な、人と人との交流である。
とか、そんな曲かもしれない。

そんな感じのことを今なんかふと思った。
早く寝なきゃと思って適当に書いたけど、なんかこういう曲も、作りたい気持ちはあるっちゃある。

記憶メロディ

こんな夢を見た。
なんていっても、その内容はおぼろげで、どんな夢だったかはわからずじまい。
でもなんだか、喧噪は温かく、展望は明るく、とても良い夢だった気がするのだ。

やちゃ君が家に来た。とても久しぶりのことだ。ぼくらのジュブナイルのCDのジャケットを切ったり貼ったりするのを手伝ってもらった時以来だ。前に会ったのいつだっけって会話から、いや去年「ぼだい」やったじゃんって話になって、ぼだいのライブの動画見てたら懐かしかった。

同い年三人の特別ユニット。全部新曲でやろうなんてのはただの無謀で、自分達だけの自己満足で、足掻けば届く青春だった。たぶん、あの時僕らはみんなが少し無理をして、「ねえ、ぼだいもっかいやろうよ」って言うと「二度とやらん」と言われるくらいには大変だったけれど(俺はやりたいけど)、その甲斐あってか、たった一回ライブやっただけの単発バンドが、ひと月にも満たない活動期間が、今もこんなにちゃんと思い出に残ってる。
振り返ってみれば、わりと全部良い曲だったんだ。あれっきりにするのはおしいくらい。
でもきっと、再放送なんて野暮だ。人生はこれっきりだから惜しみ甲斐がある。
散れば桜の美しさだ。潔く見送るのも作法。寂しく思いこそすれ、悲しむ必要はない。
どうせそのうち、新しい花が咲く。生きてたらきっとね。まあ色々あるとおもうけど、きっとそうだ。

僕らのあの音楽にどんな意味があったのか、どんな価値があったのか、どんな評価があったのか、そんなことは各々の中にしかないし、別に大して興味もないけど、それがどんなものであれ、思い出せば懐かしいくらいには、僕らはそれが楽しかったのだ。またあんな日々があればいいと、前を向けるくらいには楽しかった。
見てくれた人にとってもそういうものであるようなライブが出来たらなとは思うけれど。まあそこはそれ。
だからさあ、また何かやろうぜって話はしたよ。
それは多分、いいことだよな。

別に人は偉い人になんなくていいと思うし、人気者にならなくてもいいと思うし、すごい人にだってならなくてもいいと思うけれど、何を目指して何を目指さないかは人それぞれの気持ちひとつでいいと思うんだけど、ただまあ、なにはともあれ、幸せにはなった方がいいと思うよ。幸せがどうとかよくわからんけど。でも、できるだけ笑ってられるように生きてられたほうがいいと思う。俺は基本的に生きるの辛いけど、でもやっぱ、楽しく生きられたらそれがベストで、それ以外の春はないと思う。よくわかんないけどね。だって、つらいだけなんて、嫌じゃん。

ぼだいのライブ動画の他にも、過去色々な人とやった色んな形のライブ動画見て、どれも全部懐かしくて、これはこれで青春映画だったなと思ったので、ゴールはどこかとかわからないけど、まあ続けてみるかって思った。
どんなスタートだったかは、思い出そうとしてみれば、割と思い出せたりもするもので。

こんな夢を見た。
なんて言えるほど、大した理想もなく、ただそうしているのが楽しかっただけ。
今だって、喧噪が温かいのは同じか。展望だって、見ようとすれば、明るいのかもしれないな。
ならきっと、ここはまだ夢の途中で。
そういうことなら精々、歌でも歌って歩きましょう。
いつかどこかへ辿り着くかもしれないし、別にそんなこともないのかもしれない。
まあでも、旅は行きの道中がピークっていうし、それならそれで良しでしょう。
景色に飽きたら読む本も沢山買ってきたし、しばらくは楽しめる筈。

あのさ、どれか一冊カバンに入れといていいって言われたら、説教臭い本は選ばないでしょ。
優しい人が報われる話、一択だね。

ゾウアザラシ

ゾウアザラシ怖え。
画像で見ただけでも本能に直接訴えてくる根源的な恐怖を感じる。
ゾッとした。
なにあの鼻。村上春樹の小説に出てきそう。
普通に日本語で気さくに話しかけてきそう。
プロフィール

植村

音楽とか小説が好きです。
エドモントンというバンドをやってます。
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