見つけた? 何を?

西洋占星術と植物画をやってます。

将棋の渡辺くん



渡辺明さんの漫画、「将棋の渡辺くん」を読んだ。
イメージと全然ちがう!
作者(奥さん)があとがきの対談で、「(渡辺さんの)好きなところは、意外とおだやかなところ。歯に衣着せないところがあるので、もっとトゲのある、自分にも他人にも厳しい人かと思ったいたけど」と言ってましたが、私ももっと隙がなくて怖い人かと思ってました。
まず、「あ、Tシャツに短パンで自転車に乗るんだ?」って、思いましたもの。
モー娘のライブにいく普通の(?)若者と思えなかった…。

でもね、ここに描かれていることは誰もが絶対に想像できないんじゃないか。
ぬいぐるみと会話の件と、蚊取り線香をウッドデッキに直置きの件が衝撃的。
一人で服を買えななかったりするギャップは大好きです。


将棋をする人への興味がまだ続いている。
先日、職場の男性から「将棋はわからないのに人に興味があるの?変わってますね〜」と言われた。
う〜ん。
普通が悪いわけじゃないけど、自分の心の声を聞いて、素直でいることをしないのは、つまらない。
そして、どう頑張っても私は渡辺くんよりは変わっていなくて(自称)人目を気にしてるかも…
渡辺くんを読むと、もっと自分を保ちたい、自由でいたいと思える。

藤井四段は進学するのか

中学生棋士の藤井四段が高校へ進学するのかという話題でいろいろな意見がある。

「高校時代に出会った友人は本当にかけがえのない一生の友」

「将棋でダメだったら高校くらいは出ておいたほうがいい」

「羽生さんも行った」

わからんわ〜。

学校は遊びに行くところじゃない!という割に、友達作りに行けって。
そもそも藤井四段は、小さい頃から「放課後に友達と遊ぶことは全くなかった」って言ってるし。
それなら進学校はどうなる。
周りがすべてライバルのような殺伐とした環境で、ひたすら勉強に打ち込むわけだけど、それは将来に向けてのことだ。
もう将来の希望がはっきり決まっている彼は何ために詰め込むんだろう。
伸び盛りの時期にとても酷な気がする。
既に奨励会という将棋の進学校を勝ち抜けて今の場所に来ているのだし。

工業高校だってそうだ。
将来の仕事につなげる技術を学ぶけれど、それに似たものを既に卒業している。

中卒で自分の身を立てられるなんてかっこいい。
高校も友達もいつでも出来る。
せいぜい運動不足に気をつけよ、くらいしか思わないな。


それで藤井四段のホロスコープを見てみる。
高校時代を表す金星が乙女座の10度。
限界を突破しようとする度数に、競争を表す射手座の冥王星がゆるくスクエア。
水星とセミスクエア、海王星とインコンジャクト。
恐ろしいほどの限界を突破、集中、インスピレーション。
水星は世俗から離れた場所へ行きたい。
両立みたいな中途半端なことはしないような気がします。

棋士の水星 渡辺さん

棋士の水星みてみようということで、藤井聡太くんをみようかと思ったけど、将棋の世界も世代的な雰囲気の推移とかあるのかなぁと思い、羽生さんより少し世代が下の渡辺明さんをみることにしました。

現在、羽生さんは46才で、渡辺さんは33才。
渡辺さんは「竜王」の位だそうです。


渡辺さんは、太陽・水星は牡牛座の初期度数で合。
それが蠍座の冥王星と水瓶座の月とTスクエア。
羽生さんも月を頂点にした固定宮のTスクエアがあったんですよね。
ハウスはわからないけど、全体で半分に偏った三角形の配置が似た雰囲気。
ぱっと見、あれ?似てる?と思ってしまった。蠍座に3つ天体があるところとかも。

でも渡辺さんの場合、太陽/水星・冥王星・月とパーソナリティに強くかかる星がTスクエアなので、
羽生さんより
もっと固定宮の色が濃い。

究極の勝負とか長期戦に底力見せそうですよね。

「竜王」とのことですが、魔王みたいな重さを感じます。

運命的に将棋の世界に導かれて、パワフルに努力し、
強大な力を得て、城壁を築き上げ、王となった…みたいな感じか。
水星はまるで王が携えてる剣みたいに横にくっついてます。

この人が誰だか知らないで、職業は何だと思うか聞かれたら、何かの権力者かなと考えるだろう。

そんなこんなで、のしのし歩んできた渡辺さんだけど、36才から火星の年齢域に入る。

この火星は蠍座で、アスペクトを持たない。偶然にも木星期の羽生さんと同じだ。
努力して上昇する度数だけど、今までとはモード変わるかもですね。
将棋メソッドの本出すとか(もう出してるかもしれないけど)、努力の方向性が権力争いとは違うのかな。


という訳で、渡辺さんの水星は【王が携える剣】。

棋士の水星 羽生さん

この頃、メディアで将棋の話題が多いけれど、棋士の思考力、回転力などわたしには想像もつかない。


羽生善治さんのホロスコープを水星中心に見てみた。


羽生さんの水星は、乙女座で火星とタイトな合。
事務処理や計算処理の水星に、攻撃力・活力のある火星が火を注ぐ。
その水星は蠍座の金星とタイトなセクスタイルで、深い洞察力が与えられる。
牡牛座の土星は水星・火星とトラインで安定化。金星ともゆるくオポジション。

「水星、太いな。」という印象。
ひとくちに「強い」といっても色んな強さがあると思うのですが、
水星に支援が多く、パワフルだ。

羽生さんの印象は、穏やかでスマートな感じがしてましたが、
思考するという部分では熱いし、熱いから現代人ぽくなくて、アナログなイメージだ。

言うなれば「燃える計算工場」(そんなのないけど)。
火がついて、石油が注がれ、薪がくべられて、ごんごん稼働するのです。
この乙女座の水星の度数は、対抗の魚座からインスピレーションも取ってくる。
そんなアツい計算工場です。

一方、獅子座の月、牡牛座の土星、蠍座の海王星はTスクエアで、心理的な窮地に強そうですよね。

羽生さんは、今は木星の年齢域で、木星は蠍座でノーアスペクト。
この計算工場からははずれて、ひたすら深いところへ潜り、探求しているところ。
静かに、深める時期。

55歳になると土星期だけど、この土星はホロスコープの中で多くの惑星とアスペクトしている。
何か全体をまとめあげているような感じですね。
燃える計算工場の、工場長となって、指令を出している。

楽しい夕べに

占いのイベントが終わった。
私にとってはちょっとした山で、知らない人をその場で何人も見るというのは初めてだった。
とても楽しく貴重な体験となった。 しかし頭フル回転で、お話ししっぱなしで、テンションが上がりきってしまい、終わってから通常モードの自分に戻るまでがおかしい。 普段は言わない独り言を言ったり、勢いで新しいタロットをamazonでぽちってみたり。

今話題の藤井四段のごとく、一つのことが終わったあと、すぐに少しでも「強く」なれるよう精進したらいいのでしょうがね。

でも今回のために、いろいろ自分の中で用意したことで少し力がついたし、実占するたびにちょっとずつ「強く」なれてる気がする。
勉強は果てしなくあり、「無極」ですな。←感化されすぎ。

藤井四段、「大人についてどう思ってますか」の質問に、「他のことでは何もかなわないのに、将棋だと対等に渡り合える」と言ってた。
それで思い出したけど、私が実業家の奥さんとか、弁護士事務所の美人を占うってのも不思議な話です。
でも、それでいいのだ。


最後の絵

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数ヵ月前に植物画の教室を辞めました。
一応、仕事が…と、しばらく来れないけどまた来ますという感じで言ったのだけど。

それで本当にまたいつか戻りたいのですが。

経験上、こういう時の私は戻った試しがない。といい加減自分でもわかっています。

辞めないことが目標!といっていた植物画。
3年やったよ。

この絵は、たぶん最後の絵。塗りかけ。
昔の先生や幼馴染みに合わせる顔がない。

藤野

どこでも良いから今日という日に出かけるということだけが決まっていた。
去年、美容院で見た雑誌に載っていた場所。
窓一面に緑の見えるカフェを思い出し、その雑誌を必死で探して、そこが相模原市の藤野だということがわかった。


昨日の夜まで、雨の予感なんか少しもなかったのに、雨じゃんじゃんぶりである。
平日なのと、雨とで、人が全くいない。

雑誌で見たお店は、正しくはカフェではなく、
百笑の家というご飯やさんだった。
緑の風景を前に、雨の音を聴きながらご飯を食べた。静かだからか、雨の音がやたらにでかい。

そこからアートギャラリーのある場所まで、じゃぶじゃぶ歩いて坂道を降りていった。
通る車の水はねもドッバーンッと盛大で、そのたびに私はギャーッと声を上げた。
着いたギャラリー村も、ひと気がなかった。貸しきりだ。
そもそも、ギャラリー全部閉まってたし。

そこでまた雨の音を聴きながら、コーヒーとケーキを頂く。いっそのこと、外のテラスで。

そういえば二人とも、朝に、今日雨だねとか、止めようかとか言わなかったね、と話しながら。
まぁいい。
目的は、日々の日常のなかに緑色の1ページを挟むためだったので。

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誰もいない・・

道の紫陽花

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アジサイが綺麗だ。
鎌倉など行かなくとも、とってもとっても綺麗だ。
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幹線道路なのだけれども。

課題

占いを仕事にしたいけど、どうやってやっていこう…
と考えあぐねていた。
考えあぐねて段々テンションが下がってきて、
なぜか現在の仕事も状況が良くなり、
もしかしてこのままフェイドアウトか?と思いさえしてたのですが。
突然の変化がやってきた。
ちょっと自分には身に余るようなチャンスが2つやってきて、パニックです。
占いで自分で予測しろって感じですが…自分のことは全然見てなかったなぁ。

文章が全然書けないのでモーツァルトのCDをかけてみる。
脳波にいいから…じゃなくて、確かモーツァルトは風の宮強めの人でしたよね?
自分の水星に調和して良いんじゃないかなぁと思ったのです。
あと、風の宮といえばなんとなくビートルズの印象。
フィッシュマンズはどうだろー。

なんてやっていると何も進まない。


スローなブギにしてくれ

この頃、本気で運動不足で、でもジムに行く気がしないので、家でストレッチを始めた。
家でストレッチはなかなか続かないのだけど、今回は続いている。

家にあったストレッチ本と内藤景代さんのヨガの本見ながらやっている。ジムよりDVDより今はこういうのが合ってるなあ!
ポーズが、全然出来なくて楽しい。長続きするといいな。

ストレッチしながら映画を見た。

「ホットロード」は10代のころ流行った少女漫画の映画化。能年玲奈ちゃんが主人公をどんな風に演じたのか見てみたかったのだ。
当時はヤンキー全盛時代で、この漫画も暴走族の頭にひかれてその世界をかいまみていく少女を描くが、ギラギラしていなくて透明感のある切ない青春漫画であった。
映画のほうはEXILEのメンバーが主演のせいか、暴走族の描写やキスシーンなども全部自主規制されており、中学生が見ても全く問題なく作られていた。もともと過激さは売りではないとはいえ、ちょっと陳腐であった。
でも、EXILEファンのいとこたちが「あれは、あれでいいんだよ…」「うんうん」と言ってたのを思いだし、そうねこれでいいんだと思った。

「スローなブギにしてくれ」は80年代の映画だ。時々、曲とともに思い出すが、どんなストーリーだったのか浅野温子のほかに誰が出ていたのかさっぱり思い出せなかった。
それでまた見てみたかったのだ。
やはりストーリーらしいストーリーはなく、ある意味しょうもない映画なんだけど、最後まで見ると妙に心に残る。
浅野温子の可愛さは当時受けた衝撃のまま。
セーラー服と機関銃の薬師丸ひろこもそうだけど、あの頃の女優さんは可愛さだけでなく生命力とか野生とか強い感じの色気がある。
山崎努や室田日出男の良さが子供のころはわからなかったけど、良い役者さんだなーと思った。
しかし喫煙、飲酒運転、女の扱い、子猫ちゃん虐待など映画とはいえ今作るのならこんな描写にはしなかったかもなと思う部分がナチュラルにいっぱい。
時代は変わったなとつくづく思わされる映画だった。

実録・連合赤軍 あさま山荘への道程

という映画を、CSで観てしまったのでした。

浅間山荘事件はニュース映像を見たぐらいしかなかったのですが、率直にいってもーっと聡明な人たちなのかと思ってましたよ。

思想を全うするために仲間をリンチにして狭い中での権力でねじ伏せる。見てみぬふりをする。
ライチ光クラブと一緒ですね。狂気。非道。
北九州事件と一緒。
こういう洗脳って本当に恐い。
社会を批判しながら、自分たちの小さい社会の中で同じことをやっている。

でも、でもさ。現代社会の一般の社畜にも、こういうの少なからずある。空気が読めない人はきつい。けど…「総括」みたいになってはいないか?
私も小さいチームに属して働いているので、気をつけないと。振り返ります。

盛り塩

この頃、部屋の「家鳴り」がひどいので盛り塩をおいてみた。

私は以前から、家でも旅先でも夜に電気を消すと家鳴りが起きるのだ。
旅先では、一人だと昼間でも起きる。
自分には霊感はないと信じており、その現象にもとっても半信半疑なのだけど。
燦々と光のさして鉄筋の頑丈なホテルの部屋で「ぱきっ、ぱちん、とん…」と音は続き、一体何がどう鳴っているのかさっぱりわからないのだ。

これが家でも結構ある。
だけど私は眠たがりで面倒くさがりなので、なんとかごまかして眠ってしまいたい。
目をつぶったまま、「出ていけ」とつぶやいたり、お経とか唱えてみたりしている。
家鳴りは、家の老朽とか、暖房・冷房を消したあとに起きる自然現象なのだと思いたい。
しかしどの季節でも変わらないし、「とん…、こつん」みたいな木ではない音は一体なにが鳴っているんだよと思うとごまかしがきかないのだ。

それで先月くらいにも盛り塩をおいた。
それ以降、現象はわりと納まった気がする。
あまりそれについて真剣に検証していないのでよくわからないけど、盛り塩を片付けた。
しかしまたこの頃音が始まった。
もしこれが霊などだったら、一体なにがなにを求めて私のところに来るのだろうかと考える。
死んだ私の猫だったら来てもいいけど、だいぶうるさい。
一番嫌なのは生き霊だなぁ。これで盛り塩をして、改善されたら本当にその現象と確定しそうでイヤだなと思いつつ、私は部屋の前に盛り塩とご飯と水を置いた。

(ご飯と水は、以前に友人に「水子」がついてしまった時に、友人の友人の指示により置いたものである。
ひどい体調不良に悩まされていた友人はその日以降ピタリと治った。
私は友人につきそったりして経緯をよく見ていたので、「本当にあるものなんだな、霊現象。」と思ったのだった。
なので、勢い余って盛り塩とご飯と水も置いてしまったが、本当はどちらかのほうがいいかもしれない。これではお食事セットのようです)

それで、置いたその晩は少し音がした。ちょっとがっかりしたけど、それでピタリと止むのも霊決定みたいで恐いと思った。
次の日は寝るのが明け方になってしまったのでわからなかった。その次の日は鳴らなかった。
盛り塩効果である。
一体あの少しの塩がなぜにそんなに力を発揮するのだろう。
どっちに転がっても何故が止まらない。
改めて盛り塩について調べると、諸説あったがそんなに長く置かないほうがいいというのがあったので、もう片付けた。

これからは塩とご飯と水をおき続けるようになってしまうのだろうか。見えないペットみたいで嫌です。

リロケーション

松村塾でリロケーションの話題が出ていたので私も少しやってみた。

リロケーションとは、占星術の技法のひとつで、海外などに行くと出生図の配置がずれて、力の発揮できる方向が変わるので、うまく使えば開運にもつながるというもの。
生まれた場所を海外のどこかにしてホロスコープを作るわけです。
日本の中だと、少ししかずれないのでこの方法だとあまり変わらないです。

私の場合、もともと星の配置がかなり片寄っているから、どこへ行っても片寄っているのは変わらない。

過去に行ったロンドンでは、6ハウスに星が集中していた。
6ハウスは労働、義務、健康などを司る。1ヶ月くらいいたが、結構淡々と過ごしていた。フラットを借りるために不動産屋に行ったり、飛行機のチケットをなくしたので再発行の手続きに行ったり。フラットのおばさんに気に入られたのはいいが、「ここに残って家の手伝いをしてくれたら、家賃をタダにしてあげる」と言われたのだけど、それは…女中…ですよね。という6ハウスっぽい思い出はある。
他にも思い出はあるけど、パーっとしたものはないなぁ。

アメリカも、ニューヨークよりロスのほうがいいというのは何となくわかるが、そんなに興味はないな。

行ったところで、また行きたいと思うのはバリ島で、星は3ハウスに集中する。
3ハウスはずばり散歩。本当にフラフラと歩きまわったと思う。バリにはビーチだけじゃなく、新宿を小さくしたような都会もあるし、高級リゾート地、自然の多い山、離島などいろんなところがあるのだ。
一ヶ所にのんびり過ごすのではなくて全部に行ってフラフラ出来た。

インドは行ったことがないが、5ハウスに星が集中。遊び、創造、恋愛などの部屋だ。集中しすぎるのも何だか恐い。竜宮城みたいだ。すべてを失って帰ってきそう。でも私もそんな風に遊んでみるのもいいのかしら。

などと想像するのも面白いです、リロケーション。
行かなくても、その国の情報や食べ物などに触れるのもいいそうです。
インド料理をお弁当にしようかな。
そういえば私は高校の時インド料理屋で働いてたけど、あれも良かったのかな。

猫の命日

庭のアヤメが咲いた。
ダッチアイリスという洋花でレモンイエローとブルーがかった白の爽やかな花だ。
それは結構突然にパッと咲く。
「咲いたよ」と言われて庭を見て、あっ!と思う。
 
綺麗さの驚きと、命日を思い出しての「あっ」だ。
もう何年も前だが、飼猫がたて続けに亡くなった。
たて続けといっても2年後だけど、それぞれの看病や通院があったので、たて続けという気がした。

ふう太郎という猫が死んだときは、ちょうど今の時期で、庭のアイリスや、まだ残っていたクリスマスローズを摘んで花束にし、一緒に入れてあげた。
すごく立派な花束になった。 
それ以来、アイリスが咲くたびにそのことを思い出す。
悲しいだけの思い出じゃなくて、良い思い出だ。
花は毎年ちゃんと同じ時期に咲いて、それを思い出させてくれる。

夜にゆらゆら帝国の「空洞です」を聴いてみたのも、それが引き金かもしれない。
あのアルバムは、その当時よく聴いていたのと、個人的にふう太郎を連想させられて、勝手にふう太郎のアルバムのように思っている。
なんであの様な曲たちで、あの並びになったのだろう?
ちゃんとふう太郎のストーリーになっている。と私は思っている。
でも、深くしみじみするのであまり聴かない。
それも悲しいだけでなく、良い思い出だ。
私は猫を愛したけれど、猫の私への愛のほうが上回っていたように思う。
それくらい猫は強く、真っすぐ、真面目な愛を向けてくれて、
一生懸命に生きていた。感動してしまった。
そんな思い出。

浅田真央さん引退

そうか、と思った。
たくさん緊急特番が組まれて、わたしは見なくてもいいかなと思ったのですが、やはり見てしまった。

やはり涙、涙です。
どうせ無茶苦茶感動することも涙涙であろうこともわかっていたよ。

でも、不思議ですよね。
どうしてこんなに泣けるんでしょうね。
べつに私は引退に異論はないのです。
前回に引退をほのめかした時や、続行するか「ハーフハーフです」と発言をした時は、まだやって欲しいなと思っていた。
出来ると思ったし、現役続行を決めた時はさすがだと感じた。

でも今は本当に絞りきって、やるだけやったね、と思えて、本当にお疲れ様ありがとうという気持ちです。

だから私が泣くのは惜別じゃなくって、純粋に試合の場面だ。
まぁ〜以前の佐藤信夫コーチとのドキュメンタリーも泣きましたが。
これまで10年以上、試合をほぼほぼ見てきましたが、たいがい泣いてました。

クローズアップされるのは、ソチとか大きな試合ですけれども、そんなに大きな試合じゃなくてもいつも涙していた。
涙はそんなに出そうと思っても出せるものではなく、引っ込ませることも出来ない。
それなのによくもまぁ毎度泣けたものだと思います。
他にも上手い選手や魅力的な選手もいたけれども、こんなに琴線に触れるのは彼女だけでした。

何か彼女とは目に見えない関係があるのですかね!?とも思いたくなるものですが、これだけ世の中の人が祝福し応援し感謝しているのを見ると、もうみんなそうだったのでしょう。

特番では、そんな代表的な試合を結構ノーカットで目白押しで流してくるじゃないですか。
それで私はまた涙製造機みたいに、自動的にガンガンと涙を流し続けるのです。

真央ちゃんはそんな過去映像を見ながら、本当に過去のことのように少しふっくらとした顔で笑っていたので、ああ本当に終わったことなのだと思った。

こっそり、私の寿命を削ってもいいから勝ってとか思ってた。私のちょっとおバカともいえる思い出もいっぱいだよ。


そこのみにて光輝く



もがくような苦しい精神状態と環境に置かれた男女が出会い、惹かれてゆく話。
と、いう風に観ていたと思う。
でも、次の日、その次の日思い起こされるのは「家族」だった。 

 拓児と千夏の家は悲惨な状況で、逃れることも出来ずただそこで生きているだけのように見えた。
それに対して途中で出てくる中島の家族は一見幸せそうなファミリーだ。
でも、拓児と千夏、父、母のしたこと、してしまったことはどれも愛(に似た何か)があったのではないか? 
泥のような状況と行為のなかに思いやり(に似た何か)の片鱗が輝く。
でも中島に愛はあったのか?家族への思いやりはあったのか?


綾野剛と菅田将暉は良かったのですけど、池脇千鶴の生々しさ、リアリティが素晴らしい。
それとこの映画で一番驚いたこと!中島役の高橋和也。
元男闘呼組の方ですが、こんなに実力のある俳優さんになってたなんて知らなかった。
相当説得力があった。
 

NEW PC

少し前のことだけど、すごーく久しぶりにパソコンを購入した。
Lenovoのideapadってやつです。
小さめの薄いノートPCで、一応占星術用に持ち歩けるようなものと選びました。
これが便利で便利で。
文字打つパッドは切り離せて、タブレットのように画面操作もできる。
ベッドの上で使えるし、立ち上げも早いし。←今までが遅すぎたとも言える。
オンライン講座の動画を見るのにもいいです。

以前うちにタブレットが来た時もなんて素晴らしい〜と思ったものです。
相当愛用し、タブレット入力用にロジクールのBluetoothキーボードも買って、最高〜と思っていた。
しかしLenovoをてに入れたのでもう使わないだろう。
…と思ったのだけど、最近スマホとロジクールの組み合わせが復活し、気に入っている。

なので、全部好き。全部使ってる。よかったよかった。なんて時代だ。私が死んでからの時代はどのようになっていくのか気になるわ。

ひみつ、スカート、澤部渡

山田孝之のカンヌ映画祭、終りましたねぇ。
こうなったら最悪だな、と想像していた結果になったと思いきや、新たな展開になったっていう。
山田くんのお父さんが登場したことによって、まとまった!
山田くんのお父さん、あがたさんみたいだった…。
素人で、あんな雰囲気で、カメラの前に居れるひといるんだな。
「実験的な生き方」 という言葉が印象的だった。

ところでエンディングに流れていた「スカート」というバンドのCDを買った。
久しぶりに最近のひとのCD買ったなぁ・・
エンディングに使われていた「ランプトン」という曲はCDになってないみたいなので
Youtubeでいろいろ聴いていたら、滲みてきてしまった。
聴くと「才能」という言葉が浮かんでくる。
特別にオリジナリティがあるわけでもない。
こういうバンド、いたなと思う。
こんな歌い方で、こんなサウンドで、こんな歌詞の人たち。
10年も20年も前から、渋谷や下北にいっぱいいた。
だからこそ、それなのに滲みてくるというのは、才能があるからなんだろう。
本当にほんの少しのメロディと言葉の選び、感覚、ほかの人たちが努力しても得られない才能があるからというような気がしてならない。
 

松村塾の講座

今日は松村塾の講座に行ってきました。
わたしは2回目で、今日のお題は「相性」でした。
内容としましては、片方の惑星に相手の惑星がどのようにヒットするか、それを月から順番に全部やる…というもの。

…相性めんどくさいな

でも、相手の足りない部分を補ったり貰ったりする考えは楽しいと思います。

それにしてもだ。この先わりとどうでもいい話↓
わたしは20年ほど前に松村先生の講座に行って、何かワンクール、新宿へ通って、同じ頃1回鑑定を受けたことがあります。
その後、占星術からは離れてしまっていました。
そしてまた松村さんの本を読み始め、密かに「この人生であと1回は松村さんに会いたいなぁ」なんて思っていたのです。

…すげー早く願いが叶った。

しかも2回も行ったし。
そして20年ぶりに会った松村さんはとても元気だった。前より元気そうに見える。
その昔の講座での松村さんはもっとボソボソ話すような印象で、もう少しぽっちゃり?していた気がする。

でも鑑定で1対1で会った時は、ものすごくフワァ〜っとしていてビックリした。
透明感というか、存在のフンワリ感というか、実体感の無さというか。
講座の時と印象が違って、こんな人だったかな!?と思った。
単に眠かっただけ、とかじゃないと思うよ!?
インスピレーションの塊みたいなもんなのだろうかと自分なりに結論づけていた。

なので今はどんな印象を受けるんだろうと思って行ったら、実体はある感じだった。
シャッキリしている。幾分痩せていて、声もハリがあり、ずーっと喋っていられてすごいなあと思う。
前回の講座でそう思って、今回も同じだったから、今はそういう感じなんだろう。

講座行った感想がこれかよ、って感じですね。 

山田孝之のカンヌ映画祭 その3

ほかにも書くことがある気がするけど、このドラマの感想を書いてしまう。

痛すぎて見るのやだなぁと思いつつ見てしまう。
先日の回では芦田愛菜ちゃんがついに「山田さん何がやりたいんですか?」と言った。
かっこよかったな。
そして山田くんはビクッとして何も言えなくなってしまう。
あんな風に女性を怒らせてしまうのは、彼は「常習」なんじゃないかなという気がしてならない。常習犯。
でも愛菜ちゃんはよく言った。ていうかよく今まで黙ってたな。
私は、自分だったらもっと早くに騒ぎ出した気もするし、ああいう現場では何も言えないかもしれない。
一言よく言ったよ。
ていうかトラウマになるよ!
愛菜ちゃんみたいな聡明で繊細で我慢強い子は、家帰ってから思いがあふれて泣くのかも。
このドラマでは、物事を見据えてはっきりと物を言うのは皆、女性であり、女性は強くて怖くて優しいということを思い知らされ、男は子供っぽく純粋でどうしようもない生き物のように映るのです。
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