junchang & the MFF

S.S.C. Golzies 見る人が見ればわかる・・・・自己満足の世界  オーストラリアPERTHのフリーマガジン「The Perth Express」にて「蹴球戯言」連載させてもらってます!

顔の見えなくなったクラブオーナー・・・・パトロンからビジネスマンへ

さて、ぼちぼち今まで書きなぐってきたダメダメ下書き記事を推敲し、徐々に投稿していこうかなと・・・・全くタイミング外れの内容はご容赦ください^^ 

 先日筆者の心のクラブであるA.C.Milanのオーナーが代替わりした投稿をさせていただきました。

選手や監督と同様、クラブのオーナーも世代交代が存在し、オーナーが変わることによって筆者が抱く「クラブの印象」も変わってしまうことを実感しています。

筆者は80年代から90年代のイタリアサッカーからオタク化したせいか、クラブオーナーがそのクラブの印象作りに大変寄与しており、特に良いキャラクターの多かったイタリアのクラブオーナーに対しては思うところが多々あります。

いわゆる「金も出すが口も出す」独善的なオーナーが、名誉欲を満たすがためにポケットマネーを出し惜しみせず投入し、かえって混乱を巻き起こす的な記事を度々拝見したせいか、世間一般にあまり好意的に取られていなかったように思います。いえ、好意的に取られていなかったのは一般庶民のセレブに対する「やっかみ」が存在したからなんですけどね^^セレブたちの「無駄遣いの極み」として取られていた側面もありましたので・・・・。

それでは筆者が夢中になっていた頃、色々と書物をあさり得ていた情報からの印象でしかないのですが、各クラブのオーナーによって筆者はどのような印象を持っていたのでしょうか?

『Juventus F.C.』  
イタリアの準国営企業(これは筆者が当時感じていた印象です)のFIATが戦前辺りから経営に参画しており、中でも印象深いのがFIATの総帥であった故ジャンニ・アニエッリ氏です。
イタリア経済界の重鎮であり、イタリアサッカー界のドンと言われるほどの存在感がありました。(当時のイタリアサッカー協会長マタレーゼ氏よりも権力は強かったのではないかと言われていましたので^^)ジャンニ氏が勇退後もFIATの息のかかった方たちがオーナーを務め続けています。筆者は流石!「イタリアの貴婦人」と所以されていただけあって、そこはかとなく上品さを感じていました。それはジャンニ・アニエッリ氏という変えの利かない優雅で華麗なカリスマセレブの存在以外にミッシェル・プラティニ選手という優雅で華麗なプレーをする将軍の存在が際立っていたおかげでもありましたが・・・・^^


『A.C.Milan』
1980年代のいわゆるトトネロ八百長事件におけるオーナーであったフェリチェ・コロンボ氏から紆余曲折を経てシルビオ・ベルルスコーニ氏がミランを買収し筆者の「サッカークラブのオーナー」の印象を劇的に変えました^^覇を競うように選手を漁りまくり、特にユベントスのジャンニ・アニエッリ氏との「やりあい」は客観的に見ていて非常に見応えがありました^^(よかったら見てください。 『アニエッリ VS ベルルスコーニ・・・・サッカー界の「仁義なき戦い」』
筆者の「サッカークラブのオーナー」に関する先入観はこの御仁とアニエッリ氏に構成されたといっても過言ではなく、アニエッリ氏の対極の存在(アニエッリ氏には生まれながらのセレブとして男のカッコよさを感じたこともありましたが、ベルルスコーニ氏に対しては一代で巨大帝国を作り上げた「成り上がり者」の印象を持っていました。)として、筆者の比較対象になっていました。

よって、筆者のクラブに対する印象は「ベルルスコーニ氏という独裁者が率いる成り上がり者」といった感じでした。
筆者がミランに心酔するのはアリーゴ・サッキと3人のオランダ人、フランコ・バレージ以下イタリア代表の面々が披露してくれた比類なきカリスマによるものでした・・・・。


『Internazionale Milano F.C』
かつてのパトロンであったアンジェロ・モラッティ氏の系譜を引き継ぐオーナーが多かったように思います。筆者がイタリアサッカーに夢中になっていた時代のエルネスト・ペッレグリーニ氏、アンジェロの後継者マッシモ・モラッティ氏・・・・無駄遣いを限りなくしていましたが非常に親しみを感じるオーナーが多かったのでした^^当時のイタリアサッカー界があまりにも上述の2人の存在が飛びぬけていて、特にペッレグリーニ氏は2人の陰に隠れがちであり筆者のクラブに対する印象は「同じミラノに居を構えるミランの引き立て役」といった印象でした。
それ以外にも90年のW杯で大嫌いになった^^西ドイツ代表トリオの存在も大きく、完全に筆者の崇拝の真逆の存在でありました。

それ以外にもロベルト・バッジョをユベントスへ放出してしまったがために結果会長職を辞任したフィオレンティーナのフィラヴィオ・ポンテッロ氏^^マラドーナ御大の獲得に成功しナポレターノに夢を見させたコッラード・フェッライーノ氏^^・・・・
ちょいと後の時代になりますが、大手の食品会社のオーナーでもあったラッツィオのセルジオ・クラニョッティ氏、ミラクルパルマと呼ばれた時代の世界的乳製品企業であったParmalatのカリスト・タンツィ氏などはカルチョにあまりにも入れ込みすぎて本業を破綻させるという・・・・非常にイタリアらしい衰退の仕方で印象に残っているオーナーでありました。

筆者にとっては皆「^^」がついてしまいますが、思い出深く、時には選手たちよりも目立っていた存在だったのです。
当時の筆者にとって実績面やプレー内容以外の「オーナー劇場」が存在したのです!

そのおかげで当時の選手たちがどれほど「守られて」いたことか(オーナーが矢面に立つことにより、選手達を批判等から守っていたのではないかと思っていた側面もありましたので)・・・・現在では信じられないでしょうねー^^


 90年代後半あたり、ちょうどアメリカの実業家がイングランドのマンチェスター・ユナイテッドを買収したあたりから・・・・オーナーの顔が段々と見えなくなってきました。
「顔が見えない」というよりも「何を考えているのかわからない」といった方が正しいかもしれません。
イングランドがプレミアリーグ化してからその傾向はより顕著になりました。
オーナーは貴族層やセレブ層が民衆に娯楽を与える存在から「自らの投資目的、もしくは金儲け」の為にクラブを欲しがり、じゃぶじゃぶお金を使い選手を捨て駒の如くあてがい、マーケットを世界に広げ、金が金を生む勝者のサイクルを作り出してきたのです。

マスコミ等に劇的な登場の仕方にてオーナーが顔見えする事は少なくなり、「オーナー劇場」はいつしか筆者にとって存在しなくなりました。
古き良きパトロンのにおいをオーナーから感じることもなくなり、顔も見えにくくなってしまい、いつしかサッカー界が「金満臭」に溢れてしまいました・・・・。

・・・・

 筆者は特に「回顧主義的思想」を持っており、特にこのブログにて「昔は良かった」的な記事投稿が多かったのは昔ほどサッカーに触れる機会が無くなっているからであって、決して現在のサッカー界を全面否定する訳ではありません。
確実に世界にサッカーは浸透しており、W杯もかつてない程の規模になり、定期的に日本代表が出場している実績は筆者の人生の楽しみの一つとして糧になっています。また、世界的なメジャーリーグに我らが日本人がプレーしている実情は夢のようであります。

ただ、90年代からのサッカー界の急激な「金満拝金」な風潮は、ビジネス臭がきつく、あまり好ましいものでないと思っているのも事実です。

そして、現在のサッカークラブからオーナーによる印象の違いは全く感じることができず、かつて楽しみにしていた「オーナー劇場」が無くなってしまったのは寂しい限りです。
また、オーナーは下々へ娯楽を提供するパトロンから金を集めることに長けたビジネスマンに変貌してしまったと筆者は感じていました・・・・。

今回ベルルスコーニ氏が完全に勇退するニュースを聞いた際に「いつか来るとは思っていたが、当時を知る者にとって寂しいなぁ・・・・」と思い書きなぐっていた下書きであることを付け加えさせていただきます。

ベルルスコーニ時代の本当の終焉・・・・思ひ出

 かなり久方ぶりの投稿になってしまいました(汗)約1年ぶり!!

現在連載中の「蹴球戯言」も気付けば連載3周年を無事迎えられそうです。そちらの執筆活動に時間を取られて?しまい乱雑に書きなぐられた下書きを推敲する気が全く起きず現状に甘んじてしまっています。

 さて・・・・筆者はベルルスコーニ世代からのミラニスタです。(現在はミランの試合を視聴する機会も少なくなってしまいましたが・・・・)

筆者が夢中になっていた当時の最終意思決定者であったシルビオ・ベルルスコーニ氏及びその側近たちが完全にミランの経営から手を引いてしまうのですね・・・・

シルヴィオベルルスコーニ

以前その様なニュースを聞き、投稿したことがありましたが 先日とうとう・・・・本当にとうとう身売りが決定したというニュースを目にし、筆者のサッカーバカ像としての現在があるのはベルルスコーニ氏のおかげであったこと、また現在とは比較のしようのないほど時間が有り余っていた当時の思い出を振り返る良い機会かなと自己判断し、久方ぶりにPCのキーボードをたたいてみようかなと相成りました。

過去にも同じ様な投稿をした事がありましたが・・・・ご勘弁ください^_^









あの当時・・・・ベルルスコーニ氏がミランの経営権を其れまでの借金を含めて買い上げた1986年、筆者はクソ生意気な中坊でした。ダイヤモンドサッカーで1試合が2週に渡って放送されていた時代、其の頃イタリアの盟主ははっきりとは存在せず、群雄割拠時代を迎えていた時代でした。
それ以前絶大な安定感を誇っていたのはミッシェル・プラティニらがいたユベントスでしたが世代交代のタイミングに差し掛かり、一地方都市のクラブであるベローナやディエゴ・マラドーナ御大らのナポリ等の所謂プロヴィンチアが初のスクデットを獲得していた当時 、 ダイヤモンドサッカーでとある試合が放送されたのです。

1987-88のカンピオナート、サンシーロでのミラン対ナポリの試合です。 ミランはルート・グーリットのチームであり、ナポリはマラドーナ御大のチームでした。 試合内容は随分前の過去の投稿で熱く^_^たわごとらせていただいてますので割愛しますが (良かったらご覧ください『グーリット VS マラドーナ campionato87-88 in San Siro』 )   
グーリットVSマラドーナ
痺れましたね〜〜^ ^

ミラニスタになったきっかけとも言える画期的な日でした。

それからというもの少ない情報源からミランについて追っかけることが始まりました。
そのほとんどを占めていたのが月刊のサッカー雑誌だったわけですが・・・・
中坊当時の筆者はサッカーマガジン等の情報源を買う経済力がなく、お金持ちだったサッカー好きな友人に借りたり、借りパクしたりして約一ヶ月遅れの試合内容や試合結果の情報を得、カラー写真のグラビアを眺めながら色々な妄想を抱いていました。
このブログ曰く「サッカー馬鹿ゾウ」が育つ環境が、筆者の様な頭でっかちな頑固一徹妄想サッカー馬鹿ゾウが育つ環境だったのです^ ^

さて、ダイヤモンドサッカーでも毎回ミランの試合を放送してくれるはずもなく、以後ミランの試合を観る機会は暫くありませんでしたが、(放送はあったかもなのですが何せ部活動や塾通いをしていると土曜の放送時間に間に合わない事もありましたので💧ビデオなる便利な文明の利器はボンビーな当時の我が家には存在するはずもなく・・・・)88〜89シリーズのチャンピオンズカップの決勝戦を観る機会に恵まれ史上最大の衝撃を得る事となります‼️(これまたかなり昔に投稿した事がありましたのでよかったらご覧くださいまし 。『88-89Champions cup・・・・Vol.2 決勝戦 A.C.Milan vs Steaua Bucharest あまりにも一方的な圧勝劇!』)

それまではアイドルに憧れるが如くミーハーなサッカーファンでしたが、この試合以降妄想が爆発しだしたのです‼️
「この試合の凄さを誰かと共有したい‼️誰かに知らせたい‼️」と・・・・
サッカー好きでしたが「プロサッカー選手になる!」とはとてもではありませんが夢見るほどの技量を持ち合わせていなかった筆者が「知らせる」事へ夢見るきっかけの試合でした。


と少々熱くなってしまいましたが^^現在の筆者の礎たる「頭でっかちなサッカーオタク」の原点がベルルスコーニのミランにあったわけです。

あの頃の情熱を傾けることが現在かなわない筆者にとって、非常に思い出深く、一生忘れることのできない存在でした。


特に選手や監督よりも目立ってしまうような存在感は・・・・^^最早現在のサッカー界では現れることのないキャラクターですね^^本当に愛すべきキャラクターでした。(『アニエッリ vs ベルルスコーニ・・・・サッカー界の「仁義なき戦い」』)

筆者の思い出の礎たる方が最前線から引き下がることは寂しくもあり、時代なのだとアラフィフになった自身の年齢を鑑みて「俺も歳くったはずだ~」と納得をしている次第であります^^

ベルルスコーニさん!おつかっれした~! ベルルスコーニ・サッキ・オランダトライアングル









       現在好評?連載中のThe Perth Express『蹴球戯言』もよろしければご覧いただけますと筆者は喜びます^^

The Perth Express 
        
   

ヨハン・クライフ様に捧ぐ・・・・dedicated to Johan Cruyff

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衝撃的なニュースを目にし、キーボードを叩かずにはいられませんでした・・・・。

闘病中であったのは知っていましたがまさかこの様に早く訃報を聞こうとは・・・・。

私の頑固な偏見形成の大部分の影響を与えてくれた偉人が齢68歳で逝去!ご冥福を唯々お祈りするばかりです。

思い返してみるとヨハン・クライフ様は当ブログにて度々登場しております。(良かったら見てくださいまし〜〜)

『オレンジ好きと戦術的たわごとの原点って・・・・』

『時代の流行とそれを駆逐する新たなフィロソフィーの登場・・・・Vol.2ヨハン・クライフ様の「改革」』

『選手時代と監督時代の対比・・・・そのギャップは如何なものだろう?Vol.2 70年代のスーパースター編』


『何故か敬称をつけてしまっている御仁・・・・』

等々・・・・


筆者にとってヨハン・クライフ様は特別な存在でした。
80年代中頃から急速にサッカー馬鹿ゾウ化し始めた筆者はヨハン・クライフ様が仰られていた

「美しく負ける事を恐れるな!無様に勝つ事を恥と思え!」

に強烈に感化されました!
元々は三人のスーパーなオランダ人がいた時代のミランきっかけでサッカー馬鹿ゾウになったのですが、88年のヨーロッパ選手権にてオランダ代表が優勝し、オレンジ好きになったと同時に過去に遡って一時代を作り上げたオランダ代表の存在を知る事になりました。
実は当初は監督としてのクライフ様しか知らず、後に過去の偉業を知る事になったのです。
そして筆者がこの様にたわごとを述べる為の基礎作りに多大なる貢献をしてくれたのです!

上述の過去記事の様にクライフ様の様に「スーパーな選手時代」と、「スーパーな監督(サッカー哲学者)」として後世に名を残せる偉人は稀有な事は間違いありません・・・・。

そして、世界最強を謳歌するバルセロナの文化はクライフ様無くして確立できなかった事でしょう。

筆者の様に薫陶する人もいればそれ以上に敵対する人も多かったと思いますが何年、何十年、百年後もサッカー界にプレーでも、文化でも改革を起こした偉人として語られる存在で居続けてくれると信じています。

本当に残念であり、惜しむらくは母国のオランダ代表の監督を引き受けて欲しかった!筆者が憧れた時代のオランダ代表の面影が全くない現代表を導いて欲しかった!

ゆっくりとお休みくださいませ。貴方の現役時代の勇姿、そのカリスマ性!数々のありがたいお言葉(かなり辛辣なものも多かったですが^ ^)を決して忘れません。

サッカー馬鹿ゾウのあり方・・・・Vol.4 ルーティーン

皆様お久しぶりッス!いよいよ欧州メジャーリーグが開幕し、新しいフットボールシーズンがスタートしました。

筆者の贔屓クラブであるACミランは嘗て経験したであろう暗黒時代に突入しているかの様相であり、先日の本田圭佑選手の爆弾発言が気になるところです。

「っお!早速ミラン馬鹿ゾウネタかっ!」と思われてしまう導入部分ですが全く関係ございません。というのも実はこのエントリーは昨年末から中途半端に放置した状態を推敲し投稿しております^^


・・・・

筆者の現在のフットボールに関するルーティーンはネットによる結果の確認作業と地上波放送があればTV観戦する程度に収まってしまっています。

例えばスタジアムに行ったり、ペイTVにお金を払って見るといったフットボールジャンキーとして当たり前なルーティーンが存在していません^ ^


「今まで一番フットボールの試合を見ていたのって何時だろう?」

とふと振り返ってみますと年齢で言えば19〜23歳。学生時代で就職活動がまだ始まっていなかった時期が一番見ていたのではないかと思います。(私は親不孝者で人よりも長く学生時代を送っております^ ^)

思い出してみるとまずTVではテレビ東京のダイナミックサッカー(ダイヤモンドサッカーの後番組で確か木曜日か金曜日の23時頃やってた微かな記憶があります。)でブンデスリーガやFAリーグ、コッパイタリアやナショナルチームの試合を毎週チェックし、土曜日にはWOWWOWスーパーサッカーでセリエA(但し、私の実家はWOWWOWに加入していなかった為にご近所の加入者の方に頼み込んで毎週ビデオに録画して頂いてました。)を毎週1試合堪能。
当時Jリーグが始まる直前や開幕後だったので出来得る限りチケットを入手し近隣のスタジアムに観戦に行ってました。
また海外メジャークラブが親善試合で来日すると聞きつければ一生懸命チケット屋さんに電話をし、スタジアムに観に行ってました。


そんな感じでしたので当時少なくとも週に2試合は必ずフルタイムの試合を見ていたと記憶しております。(オンタイムでTV観戦したとしても必ずビデオ録画は欠かしませんでした。コレクションを集めているような感覚であったかもしれません。)

浪人時代から大学生時代にかけて90年のイタリアW杯と94年のアメリカW杯がありました。 NHK-BSでは全試合放送がなされていましたので全試合録画しましたねぇ。ただし現在の録画機器とは機能的に絶大な差がありましたので決勝トーナメントにて延長やPK戦になってしまうと予約録画は延長してくれませんでしたけどね^ ^
若かったせいもありますが例え平日深夜に放送があっても気になる試合は見逃さずに拝見していました。

っといったまさにサッカー漬けな学生時代だったように思います。

ただし、サッカーが絶望的に下手糞だった筆者は高校まで続けていたサッカーを部活動でやる気力はなく、お遊び草サッカーを嗜む程度だったので観る側に成り下がってしまいましたが^^

サッカー雑誌も定期的に購入していてJリーグが開幕する直前は雨後の筍の如く次々と創刊され色々と買っていた記憶もあります。

ところが・・・・

サッカーの情報があふれている現在の筆者のルーティーンといえば、上述の情報が少なかった嘗てのサッカー馬鹿ゾウ時代と比較してもフットボールの試合をスタジアムにて観たり、テレビ等で見たり、雑誌等購入して反芻することが極端に少なくなってしまいました・・・・。民法テレビ放送がある場合は必ずHD録画をしてはいるのですが手付かずのまま嫁はんに「何時になったら見てくれるの?早く消したいんだけど!」とぷんすか文句を言われてしまっている始末^^

身軽な学生の時代から就職し、家族を持ち環境が変わったせいだと結論付けてしまえばそれまでです。が、余りにも情報が溢れ過ぎてしまって筆者にとってはもしかしたら情報過多なのかもしれません。

妄想する機会がなくなってしまっているのです・・・・。

っと言った訳で現在の筆者はこのブログの運営(ここのところ全く更新していませんでしたが手付かずだった訳ではありません。推敲できない記事を思いついたときに書きなぐっておりました。)と昨年から続けているパース・エクスプレス誌への連載執筆活動、と相変わらずたまの民法放送時のテレビ観戦位の非常にライトな感じでフットボールに触れ続けております。


~昨年から続けさせていただいている「The Perth Express」への連載も14回目を迎えます。よろしかったら観てやってください。~The Perth Express「蹴球戯言」〜

ベルルスコーニ時代の終焉・・・・フットボールの古き良き時代と金満化双方を体現したワンマンオーナー

シルビオ・ベルルスコーニ氏がミランの経営権をタイ人実業家へ譲渡するニュースを拝見しました。

「ミランの一時代を築いた、後年に名を残す偉人も勇退かぁ・・・・」

っと一抹の寂しさを感じます。選手や監督同様オーナーも時代と共に世代交代を重ねていくのだと感慨深さを感じています。

ガッリアーニ氏とバルバラ嬢は残るようですが、私が「サッカー馬鹿ゾウ」として選手やクラブのみならず、その背景や文化に興味を抱くようインスピレーションを与えてくれた絶大な影響力を持った偉人の1人でした。

筆者は87ー88シーズンからのミラニスタですが、筆者のみならず筆者と同時代のミラニスタは間違いなくシルビオ・ベルルスコーニの作り上げたブランドイメージに薫陶した人達ばかりでしょう。

筆者は選手やクラブ以外にもオーナー企業やオーナーに対して興味が尽きない時代があったのですが、嘗てのユベントスの首領、故ジャンニ・アニエッリ氏と並びフットボールクラブのオーナーへの尽きない興味対象の1人だったのです!
特にイタリアのクラブのオーナーは他国リーグのオーナーに比べて個性的な御仁が多く、筆者の若かりし頃の「イタリア人になりたい病」と言う厨二病的な妄想を抱くきっかけの根本を振り返ってみると、ベルルスコーニ氏の存在は外すことができない要素でありました。
氏のワンマン振りもさることながら、数々なスキャンダラスなトラブルを退ける豪腕さ、アメリカンドリームならぬイタリアンドリームと言えるほどの立身出世の背景、そしてフットボールクラブを世界最強に育て上げた実績を利用した政界への進出と首相まで上り詰めた緻密な戦略家としての貪欲さ。何もかもが筆者の想像を超えていました。

アニエッリ氏とは生まれも育ちも好対照な存在で、アニエッリ氏からは芸術家を庇護するようなパトロンのにほいを感じていましたが、ベルルスコーニ氏からは対象的なヒジネスのにほいを感じておりました。と言いつつも現代に通じる敏腕ビジネスマンの要素を感じつつ、古き良き絶大な力を持ったワンマンオーナーぶりも感じていましたが・・・・。

結果的に現在のフットボール界に蔓延する金満主義を体現した最初のオーナーであったのではないでしょうか?特に現在では当たり前の概念である「ターンオーバー制」を初めて導入したオーナーでした。あの当時のストーブリーグ中のマスコミは選手の移籍模様を色濃く織り交ぜてしましたが、ベルルスコーニ氏の力技は凄まじく、特にアニエッリ氏との力技の応酬合戦は筆者なとっても魅力的なエンターテインメントでした。(良かったら見てください『アニエッリ vs ベルルスコーニ・・・・サッカー界の「仁義なき戦い」』)
シルビオ・ベルルスコーニ氏は財政的にどん底の状態のミランに救世主の様に降臨しました。
救世主とは経済的な余裕を与えてくれるだけでなく、世論に与える「イメージ」も非常に重要であります。会長就任初年度からいきなり破格の存在感を発揮します。やることなすこと全てが成功し、87ー88シーズンに久しぶりのスクデットを獲得すると瞬く間に「世界最強クラブ」の肩書きを手に入れることに成功するのです。

それまでもワンマンな豪腕オーナーは存在しましたがこんな短期間のうちに世界のフットボールシーンの中央舞台に降り立った御仁を筆者は知らなかったので余計に異質な存在感を感じたのかもしれません。

そして筆者に妄想を抱かせるには十分すぎるほどの刺激を与えてくれました。

そんな筆者にとっての偉人も政界に進出してからの数々の暴言やスキャンダルにより、マキャベリズムの蚊帳の外に追い遣られ、政界からの撤退、及びフィニンベストグループの衰退によりミランの絶対的支配者という玉座から退く事になったのは、当然氏も一人の人間であり、寄る年波によりカリスマを発揮する事が難しくなってしまった事の証なのでしょう・・・・。

ライバルであるインテルも古き良き時代のオーナーの印象が強かったマッシモ・モラッティ氏がオーナー職から撤退を余儀なくされており、世界トップリーグから中流リーグへの堕落を阻止する為の一種の劇薬として外資の導入は最早頑固で保守的なイタリアも避ける事のできない時代の流れなのでしょう・・・・。

っとまぁ波乱万丈という言葉がこれほど相応しいオーナーさんも珍しいと思いますが^ ^何時の時代も何処の国であっても「やり過ぎてしまった」御仁というものは後ろ指を指され、足元を掬われ衰退してしまうものですね・・・・。
シルビオ・ベルルスコーニさん!本当にお疲れ様でした。貴方がカルチョの最前線から居なくなってしまうのは途轍もなく寂しいですが、安らかな後生をお送りください!

Ciao ciao! Berulsconi!

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