junchang & the MFF

S.S.C. Golzies 見る人が見ればわかる・・・・自己満足の世界  オーストラリアPERTHのフリーマガジン「The Perth Express」にて「蹴球戯言」連載させてもらってます!

死ぬまでに行きたいスタジアム・・・・Vol.4 日本編

かつて妄想を文字化するべく投稿したシリーズもの。

筆者の大好きな国であるイタリア。サッカーの母国であり高潔で気品あふれる国であると信じているイングランド。そしてカオスの権化たる南米及び中南米。

『死ぬまでに行きたいスタジアム・・・・Vol.1イタリア編』

『死ぬまでに行きたいスタジアム・・・・Vol.2イングランド編』

『死ぬまでに行きたいスタジアム・・・・Vol.3南米、中南米編』

実際に足を運んだことは無く、ただただ妄想の世界にふけっていた時代に、いつか実現しようと考えていたにもかかわらずいつの間にか妄想で終わってしまうこと間違いなしな企画となってしまいました^^

今回はかつてに比べると、かなり環境の良くなったと想像でき、しかも前シリーズに比べると妄想を実現するためのハードルがかなり低めであろう「日本」にて妄想してみようと思います。

以前にも申しましたが筆者は約20数年前位には度々サッカーを観にスタジアムを訪れていた時代がありましたが、これまでに足を運んだことのあるスタジアムはある程度限られています。

国立競技場・・・・つい先日2020年の東京オリンピックの為に建て替え工事が完成し、お披露目となったスタジアムですが、幼少期の頃から度々訪れていた思い出深いスタジアムです。毎年お正月の風物詩として訪れていた天皇杯決勝&高校サッカー開会式、ジャパンカップ等の親善試合、トヨタカップ(トヨタカップ時代は結局スタジアム観戦は叶いませんでしたが、雰囲気だけでもと思いスタジアムの回りをうろうろとしていたことがありましたので・・・・^^)それと開幕直後のJリーグの試合は結構行っていました。

西が丘サッカー場(現味の素フィールド西が丘)・・・・高校サッカーの東京都予選、JSL等、国立競技場に次いで観戦回数が多いスタジアムでした!
大宮サッカー場(現NACK5スタジアム)・・・・高校サッカーの埼玉県予選等、唯一埼玉県出身の筆者が中学生時代の県大会で実際にプレーしたことがあります!(初めての芝生の上でのプレーは格別のものがありました!)

三ッ沢競技場(現ニッパツ三ッ沢球技場)・・・・ジャパンカップ、Jリーグ等

山形県総合運動公園サッカー場・・・・サラリーマン時代にJリーグ等を観戦したことがありました。

埼玉スタジアム2002・・・・つい何年か前に家族でナビスコカップを見に行ったのが初めてでした!その後ロシアW杯最終予選のサウジアラビア戦を観に行きました。

以上です・・・・(汗)

サッカー馬鹿ゾウなどとほざきながらこの体たらく^^



それでは妄想開始・・・・

まず現在一番行ってみたいスタジアムは・・・・

ガンバ大阪のホームである「吹田スタジアム」です。


「吹田スタジアム」

直近で一番新しいサッカー専用スタジアムであり、クラブ主導でクラブの理想を詰め込むことができたスタジアムではないでしょうか?
吹田スタジアム





企業と個人の寄付金で建設費のほとんどを賄ったという、今までには無い経緯で建設されたことも目新しいのですが、観戦者の反応を見ても「ピッチと観客席が近く臨場感が半端ない」といった感想も多く、リバプールのアンフィールドに近いのかなぁ?といった筆者の思いもあり、是非一度訪れてみたいスタジアムの筆頭となっております。
サッカー観戦した後は大阪の街並みを満喫したいです。大阪滞在経験はありながらなかなか満喫する時間を取れなかったのでほぼ初体験です^_^

「県立カシマサッカースタジアム」

Jリーグ創設時に初めて「サッカー専用スタジアム」として建設された、当時から是非一度は行ってみたいスタジアムでした。
加島スタジアム




プロサッカー勃興期に「サッカー専用スタジアム」として羨望のまなざしを送っていたことを思いまします。それまで「鹿島」という地名を小学生時代の地理の時間にしか聞いたことのなかった筆者にとって、筆者以外にとっても「サッカーの町」と認識を変えるきっかけになったのではないでしょうか?現在も比類ないサッカークラブとして君臨する「鹿島アントラーズ」の礎ともいえるベースだと思います。訪れることができた際は試合観戦のみならず有名なスタジアムグルメを満喫したいと思っています。

「豊田スタジアム」
吹田スタジアム





スタジアムが出来上がった頃是非一度は訪れてみたいと思っていたスタジアムでした。
サッカー専用の近代的な、Jクラブの規模に相応しいスタジアムが少なかった時代に慣れれていた筆者にとって「カシマサッカースタジアム」と同様羨望のまなざしを送っていた対象でもありました。
愛知県(名古屋)も滞在経験はありますが、もうかれこれ20年以上前の話なので当時訪れた環境とは変わってしまっているのでしょうねぇ。

「味の素スタジアム」

加島スタジアム




「豊田スタジアム」と同じでJクラブに相応しい規模のサッカー専用スタジアムとして出来上がった頃に是非訪れてみたいスタジアムとして名前で上がっていました。
先日行われたラグビーW杯の会場となっており、なお一層馴染み深くなったかもしれません。

そして最後に訪れることを是非かなえたいスタジアムと言えば・・・・

やはり国立競技場です!

「国立競技場」
国立競技場






昔チアホーンを持って数々の試合を観に行っていた時代が大変懐かしくあります・・・・
先日テレビにて天皇杯決勝を観ましたが陸上トラックの存在はやはり気になってしまいました(汗)また、Twitter等で実際にスタジアムに行った方たちのレビューを観ましたが、前述のスタジアムに比べると・・・・サッカー観戦には向いていないのかもしれません・・・・。

しかし2020年に行われるオリンピックのメインスタジアムであり、今後数々の重大な試合はここで行われることが予想され、最も妄想が実現する可能性が高いスタジアムでもあります。

「千駄ヶ谷の駅から人の流れに乗り、ぽくぽくと歩いて行きながら同行者らとサッカー談議に明け暮れる。」

そんなシチュエーションを望んでいます。

以上他にも是非訪れてみたいスタジアムはありますが、腰の重い筆者では到底すべてのスタジアムを訪れることなど敵わないだろうと予想し、締めさせていただきます(笑)


Jリーグの外国人選手・・・・Vol.1 噂のあった選手達

W杯が終了し、世界中を駆け巡ったニュースソースのあったJリーグ中断期間を経て、ビッグネームが堂々とプレーする環境・・・・リーグからは様々な野心を感じています。
アンドレス・イニエスタ選手がヴィッセル神戸にて、フェルナンド・トーレス選手がサガン鳥栖にてプレーをしていると言う信じられない環境が実現しています。

世界的なビッグネームはこれまでも来訪してくれました。


「わざわざ日本に来てくれる!」

と完全お客様扱い、おまけに揉み手にて気を使ってしまっていました。
ただその選手が日本のクラブに在籍してくれる事実のみで満足をしてしまっていた過去が筆者にはありました。他のリーグに比べ経済的に恵まれていた時代を含め、あえて日本を選んでくれた優越感にて満足してしまっていたのですね(笑)

実績面では当然成功例、失敗例がありますが、それはプロサッカークラブの常、リスクを承知で獲得をする訳ですからその選手一人の責任として片づけることはできませんでした。鳴り物入りで加入したにも関わらず全く活躍してくれずにいつのまにか消え去ってしまった選手も多かったのでした。

様々な選手が思い出されます・・・・。

しかし・・・・

今回は、あえて噂にはなったけど実際に来てくれなかった・・・・筆者が是非日本で見てみたかった選手たちをあげてみようと思います。

カルロス・バルデラマ
ディエゴ・マラドーナ
ロベルト・バッジョ
ダヴォル・シューケル
カフー
アレッサンドロ・デルピエロ
・・・・
バルデラマバルデラマ氏はスペインリーグのレアル・バジャドリッド挑戦が大失敗に終わり失意の帰国を余儀なくされており、当時の日本の報道では本人が日本に売り込みをかけているとなされていた記憶があり、日産横浜マリノスが獲得候補にしていると報道がなされていた記憶があります。まさに当時の日本が「夢の国」だった故の現象でしょう。結局訪日してくれることはありませんでしたが、あの飄々としたパスをスタジアムで見てみたかった選手です。



マラドーナ
ディエゴ・マラドーナ御大はJリーグ開幕前のタイミングで日本に来てくれるかも?との空気がありました。Jリーグ参入を目指していたPJMフューチャーズが御大の弟君であるウーゴ・マラドーナ氏を獲得しており、訪日確率はかなり高いと報道されており、当時落ち目であった御大ですが、まだまだスーパースターとしてのカリスマ性は薄れておらず、移籍してくれたら確実に直に見に行こうと楽しみにしていました。結局コカイン疑惑(イタリアサッカー界の陰謀だと吠えていた御大でしたが^^)により薬物犯罪に厳しい日本が入国を認めるわけもなく、残念な結果となってしまいましたが・・・・。




バッジョロベルト・バッジョ氏はエースとして君臨していたユベントスから追い出された後、イタリア国内の数々のクラブを渡り歩きました。当時のイタリアは戦術至上主義ともいえるファンタジスタ苦難の時代で当時有能とみられていた監督からは氏は煙たがられる存在であり、ビッグクラブでは中々存在感を発揮できませんでした。そんな折、完全なブラフとも言えましたが、冷遇されているイタリアを出て、イングランドもしくは日本へ移籍か?と報道がありました。けがを克服するために仏教へ改宗し、キャプテンマークには「必勝」の文字が。Jリーグのオールスター戦へゲスト参加してくれたりと中々の親日ぶりを発揮していたこともあり、いつかは日本へ来てくれるだろうと筆者は勝手に期待していたものです^^。



syu-keruダヴォル・シューケル氏はそれまでW杯の得点王が必ず日本の地を踏んでいる前例から勝手に筆者が期待していただけでした。
86年得点王ガリー・リネカー氏(名古屋)、90年得点王サルヴァトーレ・スキラッチ氏(磐田)、94年得点王フリストフ・ストイチコフ氏(柏)と結果的に日本に来てくれました。そして98年の得点王としてシューケル氏が連なってくれるのではないかと・・・・物凄い勝手な期待でした^_^
サッカー好きな者同士の勝手な妄想でした。






カフーカフー氏はローマ時代、かの中田英寿氏と同僚だったこともあり、当時の日本でもかなり名前が知れた存在でしたが横浜Fマリノスが獲得すると発表され現役のセレソンが日本に来てくれると喜んだのも束の間、ミランがかっさらう形で訪日がキャンセルされてしまいました^_^
ブラジル人サイドバックの日本での過去の活躍度合いから言っても他選手へ与える影響力は大きいと思っていたので非常に残念でなりませんでした。









デルピエロアレッサンドロ・デルピエロ氏もバッジョ氏と同様親日家であるが故必ず一度は日本に来てくれるのではないかと思い込んでいました^ ^オーストラリアへの移籍が発表された際は少なくない落胆を感じてしまいました。
故ジャンニ・アニエッリ氏から「ピントゥリッキオの様だ」と所以されたアーティストを直に見てみたかったですね~・・・・。






っと言うように日本の潤沢な資金を自分の価値を上げるために、上手くマスコミを利用していた側面もありましたが、筆者に夢を見させてくれました^^

選手だけではありません!
日本代表が初めてW杯へ出場を果たした1998年以降、W杯終了時に必ず代表監督が退くというサイクルが存在する日本代表は必ず代表監督が誰になるか?と議論を呼び起こし、新任監督が中々決まらないという事を繰り返して来ました。
euro88マルコファンバステン

2010年W杯終了後、報道が二転三転している時期に「マルコ・ファンバステン監督就任か?」と報道がありました。
現役時代の優雅なプレーに惚れていた筆者は監督時代の実績関係なく、心の底から監督就任を望んでおりました^_^
就任してくれていたら確実に日本代表のキャンプを見学しに行き、サインを欲した事でしょう^_^

現役時代のプレーを直に見たいという欲求を果たせなかった筆者は監督として訪日してくれればと期待をしてしまったのですね〜個人の欲求の為に、実績関係なく就任を望んでしまった訳です。

・・・・
それからも数々のプレーヤーの獲得報道がストーブリーグを賑わせました。
シーズンオフ中の盛り上がる話題の一つはやはり選手獲得報道ですので信憑性の有無関係なく報道されてしまうのは致したかないと思いますが、筆者の様に踊らされてしまう人間は多かった事でしょう^_^

ただし、今後もある程度の信憑性を持った報道にて筆者をワクワクさせてほしいものです。



顔の見えなくなったクラブオーナー・・・・パトロンからビジネスマンへ

さて、ぼちぼち今まで書きなぐってきたダメダメ下書き記事を推敲し、徐々に投稿していこうかなと・・・・全くタイミング外れの内容はご容赦ください^^ 

 先日筆者の心のクラブであるA.C.Milanのオーナーが代替わりした投稿をさせていただきました。

選手や監督と同様、クラブのオーナーも世代交代が存在し、オーナーが変わることによって筆者が抱く「クラブの印象」も変わってしまうことを実感しています。

筆者は80年代から90年代のイタリアサッカーからオタク化したせいか、クラブオーナーがそのクラブの印象作りに大変寄与しており、特に良いキャラクターの多かったイタリアのクラブオーナーに対しては思うところが多々あります。

いわゆる「金も出すが口も出す」独善的なオーナーが、名誉欲を満たすがためにポケットマネーを出し惜しみせず投入し、かえって混乱を巻き起こす的な記事を度々拝見したせいか、世間一般にあまり好意的に取られていなかったように思います。いえ、好意的に取られていなかったのは一般庶民のセレブに対する「やっかみ」が存在したからなんですけどね^^セレブたちの「無駄遣いの極み」として取られていた側面もありましたので・・・・。

それでは筆者が夢中になっていた頃、色々と書物をあさり得ていた情報からの印象でしかないのですが、各クラブのオーナーによって筆者はどのような印象を持っていたのでしょうか?

『Juventus F.C.』  
イタリアの準国営企業(これは筆者が当時感じていた印象です)のFIATが戦前辺りから経営に参画しており、中でも印象深いのがFIATの総帥であった故ジャンニ・アニエッリ氏です。
イタリア経済界の重鎮であり、イタリアサッカー界のドンと言われるほどの存在感がありました。(当時のイタリアサッカー協会長マタレーゼ氏よりも権力は強かったのではないかと言われていましたので^^)ジャンニ氏が勇退後もFIATの息のかかった方たちがオーナーを務め続けています。筆者は流石!「イタリアの貴婦人」と所以されていただけあって、そこはかとなく上品さを感じていました。それはジャンニ・アニエッリ氏という変えの利かない優雅で華麗なカリスマセレブの存在以外にミッシェル・プラティニ選手という優雅で華麗なプレーをする将軍の存在が際立っていたおかげでもありましたが・・・・^^


『A.C.Milan』
1980年代のいわゆるトトネロ八百長事件におけるオーナーであったフェリチェ・コロンボ氏から紆余曲折を経てシルビオ・ベルルスコーニ氏がミランを買収し筆者の「サッカークラブのオーナー」の印象を劇的に変えました^^覇を競うように選手を漁りまくり、特にユベントスのジャンニ・アニエッリ氏との「やりあい」は客観的に見ていて非常に見応えがありました^^(よかったら見てください。 『アニエッリ VS ベルルスコーニ・・・・サッカー界の「仁義なき戦い」』
筆者の「サッカークラブのオーナー」に関する先入観はこの御仁とアニエッリ氏に構成されたといっても過言ではなく、アニエッリ氏の対極の存在(アニエッリ氏には生まれながらのセレブとして男のカッコよさを感じたこともありましたが、ベルルスコーニ氏に対しては一代で巨大帝国を作り上げた「成り上がり者」の印象を持っていました。)として、筆者の比較対象になっていました。

よって、筆者のクラブに対する印象は「ベルルスコーニ氏という独裁者が率いる成り上がり者」といった感じでした。
筆者がミランに心酔するのはアリーゴ・サッキと3人のオランダ人、フランコ・バレージ以下イタリア代表の面々が披露してくれた比類なきカリスマによるものでした・・・・。


『Internazionale Milano F.C』
かつてのパトロンであったアンジェロ・モラッティ氏の系譜を引き継ぐオーナーが多かったように思います。筆者がイタリアサッカーに夢中になっていた時代のエルネスト・ペッレグリーニ氏、アンジェロの後継者マッシモ・モラッティ氏・・・・無駄遣いを限りなくしていましたが非常に親しみを感じるオーナーが多かったのでした^^当時のイタリアサッカー界があまりにも上述の2人の存在が飛びぬけていて、特にペッレグリーニ氏は2人の陰に隠れがちであり筆者のクラブに対する印象は「同じミラノに居を構えるミランの引き立て役」といった印象でした。
それ以外にも90年のW杯で大嫌いになった^^西ドイツ代表トリオの存在も大きく、完全に筆者の崇拝の真逆の存在でありました。

それ以外にもロベルト・バッジョをユベントスへ放出してしまったがために結果会長職を辞任したフィオレンティーナのフィラヴィオ・ポンテッロ氏^^マラドーナ御大の獲得に成功しナポレターノに夢を見させたコッラード・フェッライーノ氏^^・・・・
ちょいと後の時代になりますが、大手の食品会社のオーナーでもあったラッツィオのセルジオ・クラニョッティ氏、ミラクルパルマと呼ばれた時代の世界的乳製品企業であったParmalatのカリスト・タンツィ氏などはカルチョにあまりにも入れ込みすぎて本業を破綻させるという・・・・非常にイタリアらしい衰退の仕方で印象に残っているオーナーでありました。

筆者にとっては皆「^^」がついてしまいますが、思い出深く、時には選手たちよりも目立っていた存在だったのです。
当時の筆者にとって実績面やプレー内容以外の「オーナー劇場」が存在したのです!

そのおかげで当時の選手たちがどれほど「守られて」いたことか(オーナーが矢面に立つことにより、選手達を批判等から守っていたのではないかと思っていた側面もありましたので)・・・・現在では信じられないでしょうねー^^


 90年代後半あたり、ちょうどアメリカの実業家がイングランドのマンチェスター・ユナイテッドを買収したあたりから・・・・オーナーの顔が段々と見えなくなってきました。
「顔が見えない」というよりも「何を考えているのかわからない」といった方が正しいかもしれません。
イングランドがプレミアリーグ化してからその傾向はより顕著になりました。
オーナーは貴族層やセレブ層が民衆に娯楽を与える存在から「自らの投資目的、もしくは金儲け」の為にクラブを欲しがり、じゃぶじゃぶお金を使い選手を捨て駒の如くあてがい、マーケットを世界に広げ、金が金を生む勝者のサイクルを作り出してきたのです。

マスコミ等に劇的な登場の仕方にてオーナーが顔見えする事は少なくなり、「オーナー劇場」はいつしか筆者にとって存在しなくなりました。
古き良きパトロンのにおいをオーナーから感じることもなくなり、顔も見えにくくなってしまい、いつしかサッカー界が「金満臭」に溢れてしまいました・・・・。

・・・・

 筆者は特に「回顧主義的思想」を持っており、特にこのブログにて「昔は良かった」的な記事投稿が多かったのは昔ほどサッカーに触れる機会が無くなっているからであって、決して現在のサッカー界を全面否定する訳ではありません。
確実に世界にサッカーは浸透しており、W杯もかつてない程の規模になり、定期的に日本代表が出場している実績は筆者の人生の楽しみの一つとして糧になっています。また、世界的なメジャーリーグに我らが日本人がプレーしている実情は夢のようであります。

ただ、90年代からのサッカー界の急激な「金満拝金」な風潮は、ビジネス臭がきつく、あまり好ましいものでないと思っているのも事実です。

そして、現在のサッカークラブからオーナーによる印象の違いは全く感じることができず、かつて楽しみにしていた「オーナー劇場」が無くなってしまったのは寂しい限りです。
また、オーナーは下々へ娯楽を提供するパトロンから金を集めることに長けたビジネスマンに変貌してしまったと筆者は感じていました・・・・。

今回ベルルスコーニ氏が完全に勇退するニュースを聞いた際に「いつか来るとは思っていたが、当時を知る者にとって寂しいなぁ・・・・」と思い書きなぐっていた下書きであることを付け加えさせていただきます。

ベルルスコーニ時代の本当の終焉・・・・思ひ出

 かなり久方ぶりの投稿になってしまいました(汗)約1年ぶり!!

現在連載中の「蹴球戯言」も気付けば連載3周年を無事迎えられそうです。そちらの執筆活動に時間を取られて?しまい乱雑に書きなぐられた下書きを推敲する気が全く起きず現状に甘んじてしまっています。

 さて・・・・筆者はベルルスコーニ世代からのミラニスタです。(現在はミランの試合を視聴する機会も少なくなってしまいましたが・・・・)

筆者が夢中になっていた当時の最終意思決定者であったシルビオ・ベルルスコーニ氏及びその側近たちが完全にミランの経営から手を引いてしまうのですね・・・・

シルヴィオベルルスコーニ

以前その様なニュースを聞き、投稿したことがありましたが 先日とうとう・・・・本当にとうとう身売りが決定したというニュースを目にし、筆者のサッカーバカ像としての現在があるのはベルルスコーニ氏のおかげであったこと、また現在とは比較のしようのないほど時間が有り余っていた当時の思い出を振り返る良い機会かなと自己判断し、久方ぶりにPCのキーボードをたたいてみようかなと相成りました。

過去にも同じ様な投稿をした事がありましたが・・・・ご勘弁ください^_^









あの当時・・・・ベルルスコーニ氏がミランの経営権を其れまでの借金を含めて買い上げた1986年、筆者はクソ生意気な中坊でした。ダイヤモンドサッカーで1試合が2週に渡って放送されていた時代、其の頃イタリアの盟主ははっきりとは存在せず、群雄割拠時代を迎えていた時代でした。
それ以前絶大な安定感を誇っていたのはミッシェル・プラティニらがいたユベントスでしたが世代交代のタイミングに差し掛かり、一地方都市のクラブであるベローナやディエゴ・マラドーナ御大らのナポリ等の所謂プロヴィンチアが初のスクデットを獲得していた当時 、 ダイヤモンドサッカーでとある試合が放送されたのです。

1987-88のカンピオナート、サンシーロでのミラン対ナポリの試合です。 ミランはルート・グーリットのチームであり、ナポリはマラドーナ御大のチームでした。 試合内容は随分前の過去の投稿で熱く^_^たわごとらせていただいてますので割愛しますが (良かったらご覧ください『グーリット VS マラドーナ campionato87-88 in San Siro』 )   
グーリットVSマラドーナ
痺れましたね〜〜^ ^

ミラニスタになったきっかけとも言える画期的な日でした。

それからというもの少ない情報源からミランについて追っかけることが始まりました。
そのほとんどを占めていたのが月刊のサッカー雑誌だったわけですが・・・・
中坊当時の筆者はサッカーマガジン等の情報源を買う経済力がなく、お金持ちだったサッカー好きな友人に借りたり、借りパクしたりして約一ヶ月遅れの試合内容や試合結果の情報を得、カラー写真のグラビアを眺めながら色々な妄想を抱いていました。
このブログ曰く「サッカー馬鹿ゾウ」が育つ環境が、筆者の様な頭でっかちな頑固一徹妄想サッカー馬鹿ゾウが育つ環境だったのです^ ^

さて、ダイヤモンドサッカーでも毎回ミランの試合を放送してくれるはずもなく、以後ミランの試合を観る機会は暫くありませんでしたが、(放送はあったかもなのですが何せ部活動や塾通いをしていると土曜の放送時間に間に合わない事もありましたので💧ビデオなる便利な文明の利器はボンビーな当時の我が家には存在するはずもなく・・・・)88〜89シリーズのチャンピオンズカップの決勝戦を観る機会に恵まれ史上最大の衝撃を得る事となります‼️(これまたかなり昔に投稿した事がありましたのでよかったらご覧くださいまし 。『88-89Champions cup・・・・Vol.2 決勝戦 A.C.Milan vs Steaua Bucharest あまりにも一方的な圧勝劇!』)

それまではアイドルに憧れるが如くミーハーなサッカーファンでしたが、この試合以降妄想が爆発しだしたのです‼️
「この試合の凄さを誰かと共有したい‼️誰かに知らせたい‼️」と・・・・
サッカー好きでしたが「プロサッカー選手になる!」とはとてもではありませんが夢見るほどの技量を持ち合わせていなかった筆者が「知らせる」事へ夢見るきっかけの試合でした。


と少々熱くなってしまいましたが^^現在の筆者の礎たる「頭でっかちなサッカーオタク」の原点がベルルスコーニのミランにあったわけです。

あの頃の情熱を傾けることが現在かなわない筆者にとって、非常に思い出深く、一生忘れることのできない存在でした。


特に選手や監督よりも目立ってしまうような存在感は・・・・^^最早現在のサッカー界では現れることのないキャラクターですね^^本当に愛すべきキャラクターでした。(『アニエッリ vs ベルルスコーニ・・・・サッカー界の「仁義なき戦い」』)

筆者の思い出の礎たる方が最前線から引き下がることは寂しくもあり、時代なのだとアラフィフになった自身の年齢を鑑みて「俺も歳くったはずだ~」と納得をしている次第であります^^

ベルルスコーニさん!おつかっれした~! ベルルスコーニ・サッキ・オランダトライアングル









       現在好評?連載中のThe Perth Express『蹴球戯言』もよろしければご覧いただけますと筆者は喜びます^^

The Perth Express 
        
   

ヨハン・クライフ様に捧ぐ・・・・dedicated to Johan Cruyff

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衝撃的なニュースを目にし、キーボードを叩かずにはいられませんでした・・・・。

闘病中であったのは知っていましたがまさかこの様に早く訃報を聞こうとは・・・・。

私の頑固な偏見形成の大部分の影響を与えてくれた偉人が齢68歳で逝去!ご冥福を唯々お祈りするばかりです。

思い返してみるとヨハン・クライフ様は当ブログにて度々登場しております。(良かったら見てくださいまし〜〜)

『オレンジ好きと戦術的たわごとの原点って・・・・』

『時代の流行とそれを駆逐する新たなフィロソフィーの登場・・・・Vol.2ヨハン・クライフ様の「改革」』

『選手時代と監督時代の対比・・・・そのギャップは如何なものだろう?Vol.2 70年代のスーパースター編』


『何故か敬称をつけてしまっている御仁・・・・』

等々・・・・


筆者にとってヨハン・クライフ様は特別な存在でした。
80年代中頃から急速にサッカー馬鹿ゾウ化し始めた筆者はヨハン・クライフ様が仰られていた

「美しく負ける事を恐れるな!無様に勝つ事を恥と思え!」

に強烈に感化されました!
元々は三人のスーパーなオランダ人がいた時代のミランきっかけでサッカー馬鹿ゾウになったのですが、88年のヨーロッパ選手権にてオランダ代表が優勝し、オレンジ好きになったと同時に過去に遡って一時代を作り上げたオランダ代表の存在を知る事になりました。
実は当初は監督としてのクライフ様しか知らず、後に過去の偉業を知る事になったのです。
そして筆者がこの様にたわごとを述べる為の基礎作りに多大なる貢献をしてくれたのです!

上述の過去記事の様にクライフ様の様に「スーパーな選手時代」と、「スーパーな監督(サッカー哲学者)」として後世に名を残せる偉人は稀有な事は間違いありません・・・・。

そして、世界最強を謳歌するバルセロナの文化はクライフ様無くして確立できなかった事でしょう。

筆者の様に薫陶する人もいればそれ以上に敵対する人も多かったと思いますが何年、何十年、百年後もサッカー界にプレーでも、文化でも改革を起こした偉人として語られる存在で居続けてくれると信じています。

本当に残念であり、惜しむらくは母国のオランダ代表の監督を引き受けて欲しかった!筆者が憧れた時代のオランダ代表の面影が全くない現代表を導いて欲しかった!

ゆっくりとお休みくださいませ。貴方の現役時代の勇姿、そのカリスマ性!数々のありがたいお言葉(かなり辛辣なものも多かったですが^ ^)を決して忘れません。
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