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  • 2018年11月12日20:19

嗚呼、名選手/チャールズ・バークレー

こんばんは、
懐古厨・Kです。

わしの記憶をたどって
昔の選手をわしなりに褒め称えるこの企画、

今回は、
チャールズ・バークレーでいってみよう。


問答無用の超有名選手ですよね。

実力もさることながら、
その痛快トークをはじめとしたキャラクター面も
随一のものがあり、強烈な人気を誇りました。


わし、当時NBAの中継でバークレーが出てきたら
何回「ピー」が鳴るか、楽しみだったもん(笑)。

英語は全然分からないのですが、
あんなに「ピー」が入ると、どうやら
使ってはよろしくない表現が出たのだということは
分かります。それは日本人でも分かるという。

「今日、勝つのは俺だ。あんな『ピー』野郎、
俺の手で『ピー』にしてやる。おい、覚悟してろよ、
この『ピー』野郎が!!」

みたいなね。


そして、ユーモア溢れるコメントも得意。

wikipediaからちょいと拝借しますが、

ある年のドラフトで、高卒選手の指名が続いたなか
大卒選手が指名されたときに

「やっと酒の飲めるヤツが入ってきたぜ」

みたいなね。


彼のインタビューは、少々下品なものから
知性とユーモア溢れる皮肉トークまで、
名言の宝庫としても有名です。


90年代は、ジョーダンと並ぶ人気を誇り、
「NBA2大スーパースター」なんてふうに
呼ばれたこともありました。

そうそう、二人は親友としても有名で、
一緒に来日したこともありましたし。

あ、
日本人には「豚キムチ」のCMでもおなじみ(笑)。



さて、
現在のNBAの世界では「大物の移籍」が
毎年のように話題になります。

今シーズン前も、レブロンやカズンズなど、
大物選手の移籍情報が世間を賑わせてくれました。


彼らがチームを動く理由は、おおよそ

いまより多くのサラリーを掴むため、
出場時間を得るため、

そしてもちろん、

優勝するため、

です。


タイミングは大きく2つ、

全盛期の間か、
キャリアの晩年か、

です。


以前紹介したドレクスラーは、

「キャリアの晩年」に
ポートランドからヒューストンに移籍し、
そして見事に優勝を果たしました。  


今期話題となったレブロンは、かつて

「全盛期の間」に
クリーブランドからマイアミに移籍し、
こちらもやはり見事に優勝を果たしました
(更にその後クリーブランドにカムバック)。


以前の記事で書いたとおり、
前者・ドレクスラーは、引退前に優勝したいという
スター選手が、強豪に移籍するパターンの
最初の例とも言われています。


で、
わしの記憶のなかでは(あくまでも、わしの記憶)、

後者・レブロンのように、全盛期の選手が移籍し、
リーグの勢力図をガラリと変えてしまう形の
最初の例が、バークレーだったりします。

   
92-93シーズンの開幕前、世界が震撼しました。

チャールズ・バークレーの電撃移籍、
フィラデルフィアからフェニックスへ。


NBAに限らず、プロスポーツの世界では
選手が球団を渡り歩くのはさほど珍しいことでは
ありませんが、

ジョーダンやマジック、ユーイングのような、
チームを背負い、リーグを、いや世界を代表する
スーパースターがチームを代わることは、
当時はほとんどなかったのです。


ジョーダンは2度目の引退までブルズ一筋、
マジックもレイカーズ一筋、
バードも、アイザイアも、

※そういや、ジャバーは移ってるか


フィラデルフィア76ersで優秀な個人成績を残し、
初代ドリームチームにも選出され、
世界的なスーパースターとなっていたバークレーは、
92年、チームから出ることを志願します。

そう、優勝するためです。


行先は、フェニックス・サンズ。
イーストからウエストへの移籍ですね。


これでサンズは、一躍優勝候補に躍り出ます。

リーグ屈指のガード、ケビン・ジョンソンや
好シューターのダン・マーリーがいて、
そこに当時最強のPFの一角だったバークレーの加入。

中外に強力なウェポンを備えるチームの誕生です。


では、ここから、
当時最強のPFといわれていたバークレーの能力、
プレースタイルについて触れていきます。


彼は、このポジションとしては、
相当背の小さな部類となります。

登録身長は、ガードのジョーダンと同じ198cm。
実際は194cmくらいだと本人も言っており、
2m超がひしめき合う4番ポジションとしては
大きなハンデを背負っているようなもの。

しかし、体重は115〜120kgもありました。

同じ身長で、決して痩せているわけではなく
マッチョなジョーダンでも98kgですから、
115kg超ってのは相当な重量級だということが
分かると思います。

でも鈍足なんかじゃ決してない。
むしろ速い。信じられないくらい速い。

彼は走れて跳べる重量級だったのです。
ついたニックネームは「空飛ぶ冷蔵庫」。


特徴的なのが、そのジャンプです。

最高到達点に達するスピードが他人に比べて
異常に早いのが、彼の特徴でした。

リバウンド勝負などの際、
同時に数名の選手がジャンプすると、
勝つのはバークレーです。

誰よりも早く、最高点に達するので。


「高い! いやそれよりも、速い!!!」

「スラムダンク」の桜木花道が全く同じことを
言われていましたね。彼のモデルが、
バークレーとロッドマンだと言われる所以です。


そして、器用さも持ち合わせています。
もともと身長はガードサイズなので、
ある意味当然かもしれませんが、
技術的にも非常に優れたプレイヤーなのです。

シュートレンジは非常に広く、
パワーを生かしたインサイドプレーから、
スピードとテクニックを生かしたドライブ、
そしてスリーポイントシュートまで、
どこからでも高精度で決めることができました。


さらに、度胸も満点。

もともと歯に衣着せぬ発言連発で人気の彼は、
プレースタイルもその通りで、
「かかってこいよ、オラ」という顔でコートに立ち、
自分より大きな相手にも果敢に1対1を仕掛けます。

そして、そこから決める心臓を持っています。
勝負ドコロの強さは一級品でした。


よって、バークレーはPFとして
身長以外の弱点が全くない選手だったといえます。

いや、
その身長のハンデも、前述のジャンプ力、スピード、
テクニック、そして重量ですべてカバーできており、
つまりは、弱点ゼロだったといっていいでしょう。

平たく言っちゃえば「全部凄い」。

「NBA最強のPF」と言われたのも頷けますね。



そのバークレーが、加わったサンズ。

あれよあれよと優勝候補です。

その年、バークレーは「destiny」という言葉を
よく使っていました。
日本語で言えば「運命」「サダメ」ですかね。

自分たちは絶対に優勝する。
これは運命なんだと。

その言葉通り、サンズは62勝をあげ、
リーグナンバーワンの勝ち星を記録します。
白星の数はブルズ以上。

これにより、プレーオフの全試合で
ホームコート・アドバンテージを獲得することに
成功するのです(バークレーはMVPも獲得)。


王朝・ブルズを倒す準備が整いました。


プレイオフもバークレー率いるサンズは
順調に勝ち上がります。


最も印象深いのが西地区準決勝。

提督ことデビッド・ロビンソン率いるスパーズとの
ウエスタン決勝進出をかけた大一番。

サンズ3勝で迎えた第6戦、

この試合のクライマックスのシーンは
バークレーのハイライトの一つじゃないでしょうか。


残り11秒、スコアは100対100の同点。
サンズのスローインからスタートという場面。

当然サンズはバークレーにボールを渡します。

そこに対峙するのは、リーグ最強センターの一人、
ロビンソン。前年に最優秀守備選手に選ばれており
いうなればNBAで一番守備力のあるビッグマン。

しかもバークレーとは20cm近い身長差、
そんな強敵が相手です。


決めればサンズの勝ち、止めれば延長戦、
勝負を賭けた1ON1です。


いやあ、このときのバークレーは凄かった。


スリーポイントラインの外、
トップの位置でボールを保持した彼は、
もう誰にもパスはしねえ、俺が決めるという
オーラをプンプンまき散らます。
 
「あ? 昨期守備MVP? 知らねえよ」
「自分より20cmデカイ? だからどうした」

「俺様は、チャールズ・バークレーだせ」


両手でボールをヒュルルルっと回す、
フリースロー時のルーティンのような動作で
時計を見ながら残り時間を確認。


残り5秒で仕掛けます。 
バークレーのドライブ、スタート。

ロビンソンが抜かれまいと下がった瞬間、

急ストップ。
 
そう、彼はどこからでも決められる男です。

フリースローよりもやや遠い中距離シュートを
ややフェイダウェイ気味に放ち、、、


サンアントニオの観衆を沈黙に陥れる、必殺の一撃。


優勝する運命にあると豪語した男は
自らの手で勝利を掴んだのでした。

続くウエスタン決勝も、
シアトルとの7戦目までもつれ込む死闘も制し、
いよいよファイナルへ。


親友であり、世界最強のプレイヤー、
ジョーダンとの対決です。


「俺たちは優勝する。これは運命だ」

意気揚々と決勝の舞台に乗り込むバークレー、


しかし、運命は変えられてしまいました。


「運命よ、そこをどけ。俺が通る」

という名言を残した男の手により。


その名言の主、マイケル・ジョーダンは
この時がスコアリングマシーンとしての
絶頂期だったかもしれません。


なんと、ファイナル6戦の平均得点が「41.0」。
驚愕、超絶、異常としか言いようのない数字。

さすがのバークレーとサンズも、
ジョーダンの王朝・ブルズには勝てませんでした。

そういえば、
当時、こんな評論がありました。

「サンズは100点取らないと勝てない」
 

サンズは、圧倒的な攻撃力を持ちながら、
守備面に難があるという意見も多かったんですね。
 
だから、彼らの守備では
相手を100点以下に抑えられない、と。

つまり、自分達が100点以上獲らねばならない、と。


このファイナルでは
100点を超えながらブルズが勝った試合も
あるので、一概には言えないですが、

とある雑誌は、
最終戦となる第6戦のスコア「99-98」について
あと2点足りなかったことを指摘していました。
大きなポイントだったのかもしれません。


結果、ファイナルを制したのはシカゴ・ブルズ。
バークレーの夢は叶いませんでした。


思えばここが最大のチャンスだったのでしょう。

その後もロケッツに移ったり、彼は優勝を求めて
動きましたが、最後まで夢は叶いませんでした。


自分の勝利を運命と言った男は、
運命を変える男に敗れたのです。


ドラマだなあ、ホント熱いわ、勝負の世界。


チャールズ・バークレー、

90年代のNBA人気の一翼を担った
スーパースターの話でした。


豪快なダンクから乱闘シーン(笑)まで
空飛ぶ冷蔵庫、バークレーをご覧あれ。
※ラスト約20秒は引退ゲーム





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嗚呼、名選手/チャールズ・バークレー へのコメント一覧

  1. 1.
    • 名無し
    • 2018年11月12日 20:33
    2m後半台がひしめくってすごいなぁ
    みんな2m50以上かぁ
    中には3m級の選手もいたんですか?
  2. 2.
    • 編集者・K
    • 2018年11月12日 20:46
    ホンマや(笑)
    こりゃ間違いだねえ。

    >>1.
    > 2m後半台がひしめくってすごいなぁ
    > みんな2m50以上かぁ
    > 中には3m級の選手もいたんですか?
  3. 3.
    • ザック
    • 2018年11月12日 20:48
    バークレー好きだったなあ。
    提督を倒したゲームは熱すぎました!
  4. 4.
    • JS
    • 2018年11月12日 20:58
    バークレー一番好きな選手の一人です。
    スリーポイントも、バースハンドダンクも、あの身長から信じられないブロックショットも。
    最高です。
  5. 5.
    • ケロ
    • 2018年11月12日 21:27
    バークレイめちゃカッチョ良ぉー!
    ピッペンとのマッチアップも年またいで面白かったなー⤴️
  6. 6.
    • Lee
    • 2018年11月12日 21:44
    • 5
    あまり言われないけど、ドラブルめっちゃ上手い!!!!
  7. 7.
    • Lee
    • 2018年11月12日 21:45
    • 5
    間違えました!
    ドリブルです。
  8. 8.
    • ジャリ
    • 2018年11月12日 22:04
    すごく懐かしいです(^^)楽しく読ませて頂きました!Kさんにお願いがあります‼️‼️‼️
    どこかで構わないので、是非、Kさんの文章力で王道中の王道ジョーダン様の記事を書いて頂きたいっす🙇ご検討宜しくお願い致します🙇
  9. 9.
    • カッツ
    • 2018年11月12日 22:38
    • 5
    自分も小さいPFだったので好きだったし憧れてたな!
    ネバタ・ラスベガス大で圧倒的だったラリー・ジョンソンにも期待してたな。
    チームメイトのハント(だったかな?)が決勝で凄かったな。
    でも1番好きなのはミシガンの時からクリス・ウェバー!
    関係なくてスミマセン。
  10. 10.
    • よっしー
    • 2018年11月12日 22:56
    • 5
    Air Max CB履いてました!フリースローのボール回しも真似してました!!!
  11. 11.
    • 小さかったら高く跳べ
    • 2018年11月12日 23:11
    • 5
    バークレー懐かしい!んでカッコイイ!
    シャックにボールを投げつけてからのタックル、馬乗りは当時衝撃的でした。
  12. 12.
    • ぽんまる
    • 2018年11月13日 00:19
    • 5
    往年の名選手を改めて詳しく紹介していただき、それぞれの選手のキャラクターやドラマを知ることができ、毎回とても楽しく読んでいます!
    当時のジョーダンはどんなスーパースターの前にも立ちはだかる存在だったのですね。
  13. 13.
    • イルガスカス大好き
    • 2018年11月13日 01:49
    最後の怪我は起こるべくして起こってる。そしてその怪我の影響は今も・・・・ 俺が治したいアスリートNBAじゃチャールズだろうなあ
    サッカーならマルコファンバステンの足首を治したいを自己紹介代わりに言うほどだが・・・・

    先は長い・・・ ようやくスイス代表候補を施術する機会が巡ってきたが・・・

    よく考えたらイルガスカスなんだかんだ言って結構長持ちしたよなあ。デビュー直後のけがでローズ級の怪我して大変だったけど
  14. 14.
    • カリーム
    • 2018年11月13日 06:35
    バークレー大好きでしたね。
    当時はぶっちゃけジョーダンより好きでした。

    まぁ、当時はブルズが強すぎてそれが倒される所を見たかったと言うのもありますが。

    でもチームとしては今も昔もレイカーズファン。
  15. 15.
    • たかじん
    • 2018年11月13日 08:11
    • 5
    【企画部提案】
    Kさんの記事でNBAに興味もちはじめてる30代男です。
    スラムダンク登場人物のモデルは誰なのか?
    のkさん考を伺いたいです!

    今回の花道の礼とかわかりやすかったです!
  16. 16.
    • 0847
    • 2018年11月13日 09:06
    ポジションが一緒だったこともあり、中学のときはよく真似してました。大好きな選手の一人ですね。エアフォースMAX CB、私も履いていました。似合わなかったけど(笑)
  17. 17.
    • fuzisan14go
    • 2018年11月13日 14:48
    • 5
    サー・チャールズ 私が一番大好きな選手です。ありがとうございます。93年のファイナルの時は学校中でサンズを応援していたのは私1人だけでした。93年のプレーオフは1stラウンドのレイカーズ戦が一番ヤバイシリーズでした。1、2戦をホームで連敗し、フォーラムで3、4戦を獲って第5戦にフェニックスで圧勝した1stラウンドがホントハラハラしました。ファイナルもジョーダンに散々決められましたが、第6戦はH
    ・グラントに負けた試合でした。BJアームストロングの逆転3PのアシストはH・グラント、最後のKJのペネトレイトをブロックしたのもH・グラントでした。あそこでKJがO・ミラーへパスをさばければ時代は変わっていたかもしれないと20年以上たった今でも忘れられない光景です。あとチームメイトだったACグリーンに対して「おいACなぜ神はお前にシュートを与えないんだ?」と色々なメディアで言っていました。ACグリーンは厳格なクリスチャンでお酒もタバコも徒然やらない選手でした。そんな皮肉たっぷりなバークレー節も大好きでした。
  18. 18.
    • ハサ
    • 2018年11月13日 21:36
    • 5
    バークレーきましたね。初代ドリームチームで、会場からブーイングを浴びつつ、表彰式では、会場から、割れんばかりの拍手。みんな彼のキャラが好きで、みんな彼のファンですね。確かエアタイムだったかな。ジョーダンが、レッツゴーチャールズ‼️って呼びかけてるシーン。仲の良さが伝わりました。Kさん、次も楽しみにしてます。タイプは違いますが、スティーブ・カー、ティムハーダウェイなどの小柄なガードも期待してます。
  19. 19.
    • NYニックス ファン
    • 2018年11月13日 22:58
    • 5
    ショーン・ケンプの次は、サー・チャールズですか!!
    NBAのオールドファンにとっては、たまらない名前です。
    いやぁ、いい時代だったなあ。
    ・・・でも、自分が一番好きな選手はNYニックスの6thマンだった
    『#14 アンソニー・メイスン』です! 
    ほとんど知られていないと思いますが、ポイントフォワードの代名詞のような選手でした。マニアックな選手の名前を出して、スミマセンw
  20. 20.
    • SIN
    • 2018年11月14日 00:00
    この冷蔵庫はホントに凄かったですね。郵便配達人より好きでしたがどちらも自分のプレイスタイルとは真逆のFだったのである意味憧れ。その後もニックスのチャールズコンビやメイスンのような肉弾器用組や若いグランマLJからファブ5世代への変遷、古き良き時代かな。歳をとると昔の思い出ばかりが鮮明で現在の選手をイメージで比較してしまいます。どこぞの放映権の関係でもう久しく観てないですけど。




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