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  • 2021年03月23日07:30

小説/僕のラノベは世界を救う 第65話/ルールを破った

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第65話/ルールを破った

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 3月、
 サクラは変化を感じ取っていた。


「俺によこせ!! お前はシュートしなくていい!」
「よし、任せろ。俺がやる!」
「お前なんかに、俺を止められるか!!」
「俺の勝ちだ!! 残念だったな!!」

 「異世界バスケ」の主人公が、敵味方構わず周囲の人間を蹴散らし始めたのだ。


 巨大なチカラを手に入れた主人公は、練習にはほとんど顔を出さないにもかかわらず試合に出ればコート上に王様のように君臨。そして、ひとりでバスケをしている。

 仲間にパスを出すことはほとんどなく、指示するのは自分へのパスばかり。相手チームに対しては、心を折らんばかりに圧倒したうえで屈辱的な言葉を投げかける。いわゆる「ダークサイド」に突入し始めたのだ。

 スポーツものの作品に挫折や失敗はつきものである。むしろすべてが順風満帆なほうが気持ち悪い。良いこと、悪いこと、いろんな出来事を経て主人公たちは成長していくものだ。現在の展開は「起承転結」でいえば「転」にあたる箇所であろう。

 読者もこのストーリーを好意的に受け止めていた。

「周りが見えなくなってきたな」
「これは乗り越えるべき試練ですね」
「さあ、ここからどう主人公が立ち直るのか見もの」

 あくまでも創作物。波乱万丈なアレコレは、作品の盛り上がりのためには必要なエッセンスである。このあとに待っているであろうカタルシスを期待しつつ、読者はみんなこの展開を楽しんだ。


 だが、サクラは違った。

 「異世界バスケ」のストーリーが九門の心の内を表現していると感じていたからだ。主人公が絶好調ならば、九門の調子も良好。主人公が悩んでいるときは、九門も課題を抱えている。このラノベは、九門大地の心の鏡なのだ。

 ということは、いまこの主人公を見る限り、九門はおそらく自暴自棄になっている。自分の周囲の人間を信じることができず、何もかもが敵に見える。そういう状態なのだろう。


 カタカタカタカタ……。

 九門がノートPCを叩いている。その背中に時折目を向けつつ、スマホを眺めるサクラ。九門は話しかけてこないが、目の前の小さな画面上に流れる文章が、自分に無言のメッセージを送り続ける。

「大地君……」

 カタ……。

 九門の手が止まった。そしてゆっくり振り返る。

「ん?」
 その顔は、無表情。冷たい目と、横一直線の口元。


「大地君、ちょっと休んだら? 多分、いま疲れとるよ」
「なんで? そんなことないよ」
「会社で何かあったん?」
「全然。何も」

 カタカタカタカタ……。

 再び九門の手が動き始める。

「……。」

 カタカタカタカタ…。


「そういや、最近ワイドショーとか見てる?」
「え?」


 キーボードの音に混ざって、九門の声が背中越しに聴こえてくる。
「悪いことした奴はもちろんダメなんだけどさ。俺さ、ここぞとばかりに叩いてる司会者とかコメンテーターのほうが、もっとムカつくんだよな」

「……。」
「うぜーよな、アイツら」


 翌日、
 件のワイドショーでコメントを発した司会者のtwitterアカウントが炎上した。

 トリガーは、同氏を批判する内容の鬼面砲だった。わずか一発で国民がこぞってこの司会者を叩き始めた。「謝罪しろ」「降板しろ」、さらには「死ね」までの大合唱である。

 九門は自分で設定したルールをいとも簡単に破った。人を傷つけてはいけない、と誓ったはずだったのに。

 いまの九門には関係なかった。そして、この類の話題がネット上で一気に拡がることは勉強済み。

 あのバスケ記事の時に知ったんだ。
 人を褒めるより叩いたほうが拡散する。
 そもそもコイツがいけないんだ。
 テレビで偉そうにあーだこーだ言いやがって。


 翌週、その司会者は番組を降板した。


 またあるときは、サッカー日本代表のゲームが不甲斐ない内容だったことを受け、代表監督の采配に異を唱えた。そう、再び否定的な内容の鬼面砲が放たれたのだ。

 これまた一発だった。次の代表戦の会場はブーイングの嵐となり、「監督辞めろ」の横断幕が幾つも客席に掲げられた。

 どれだけ専門誌や新聞の記者が監督を擁護しようとも、世論は変わらない。いまや鬼面ライターはメディアを超えているのだ。それに、褒めるより叩くほうが世間が乗ってくるという方程式もある。メディアがどれだけ頑張ろうとも太刀打ち不可能。


 しばらくののち、監督は更迭された。

「ダメだったもんな、この監督。しょうがないよ」
「……。」


 こうして鬼面砲が世間を動かし続ける一方で、九門がかつて所属していた編集部はその恩恵を得られなくなっていた。

 合田さんと佐藤さんが、深刻な表情で話している。
「最近、全然鬼面砲に拾われないなあ…」
「数字も落ち続けてます…。サイトのトラフィックも、部署の収益も…」
「うん。このままじゃ、この部署の人数は維持できないかも…」

 ふたりの会話を遠くから見つめる熊田さん。
「……。」

 大きな収益源を失い、部署を離れ、仕事がどうでもよくなった九門は、編集部のネタを拡散しなくなった。それに伴い、彼らのサイトの集客力は一気に落ちた。広告の問い合わせもパタリと止んだ。ついこの間まで「日本一鬼面砲を上手く活用している」と言われていたメディアは、右肩下がりの折れ線グラフを描き続けることに。

 収益が悪化すると、今度は勢いに乗って増やした人員分の労務費が重くのしかかってくる。このままでは収支を維持することは不可能、つまり人員削減へまっしぐらである。

 合田さんは、やはり九門の離脱を要因と見ている。
「九門さんが異動したら、ノウハウごと無くなっちゃったのかな…」
「そうかもしれません。あのへんから全然ダメになっちゃって」

「……。」
 熊田さんはノートPCを開いた。


 間もなく今年度が終わる。 

 編集部の来年度の目標数字はとっくに決まっている。目標を設定した時点ではこんな転落は予想していなかった。サイト活性のノウハウを失ったのに、目標だけは残ってしまっている。このままでは100%達成できない。この部署は終わってしまう。そして会社にも大きなダメージとなる。


 熊田さんは、九門にメールを送った。

「助けてください」と。



続く



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