2016年05月28日

父の教え

                        「亡くなった父の教え」
場所:我が家の庭

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サツキは新芽と新芽の間から花びらが湧き出てきます。

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◆朝起きて雨戸を開けるのが楽しい時期は今です。食べ物では竹の子やフキは今が「旬」ですが、我が家の庭はサツキが咲き誇る今が「旬」です。

 昭和62年に今の紫台に家を建て、門から玄関までの石張りなどは外構の専門に頼みましたが、庭は自分で好きなように作れと亡くなった父に言われていました。庭は何年もかけてその家に馴染んでくるものだから急がず一つひとつ植えて育てたほうが愛着がわく。そして一年中、庭には何か花が咲くようにできるだけお茶花を植えたがいい、が父のアドバイスでした。
 一番に考えたのが枯山水のための飛び石探しでした。山に石を拾いによく行ったものです。そして気に入った花や木があると買いに行きました。配置を考えながら植えるのが楽しみで、30年たった今、父が言っていた愛着がわくが理解できるようになりました。
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この五葉松は新築祝いで兄からもらった盆栽を地植えしてこれだけ大きくなりました。

 桃作り日本一だった父は、私が畑に桃を植えても桃の木の剪定は教えてくれませんでした。本を読んで見よう見まねでもいいから自分で剪定しろが口癖でした。
 それは、一本、一本の枝と向き合うからです。庭木の剪定もそうでした。たまに私の家に父が来て、庭で見ている父の顔は笑っていました。剪定の仕方がおかしかったのかもしれません。たまに庭にあったお茶花を植えたりすると褒めてくれました。枯れた木もありましたが、今は愛情を込めて育てた庭木が私を楽しませてくれます。
 なぜ、このようなブログを書こうと思ったのは、今日お世話になった方の葬儀に参列したからです。故人は、幼少のときに両親を亡くされ、親戚の家で育てられ、天草から福岡へ出て会社を創業されました。46年連れ添われた奥さまとともに一男二女を育てられ、その後継者となられたご長男の挨拶を聞いていると、私の父はと思い出したからです。

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2016年05月21日

四王寺山

10:00〜            「四王寺山フェスタ」
場所:乙金さくらの森(藤棚広場)

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南から仰ぐ四王寺山

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四王寺山から市街地を臨む

◆今日は”大野城歴史の散歩道””おおのじょう緑のトラスト協会設立20周年記念””大野城トレイル3ルート完成記念”を祝して記念式典とイベントが開催されました。

 築城1350年を迎えた大野城市跡は、大野城市の市名の由来になっています。市の総合体育館から毘沙門堂へは、登山道がありましたが、通りにくくなっていたため、平成27年度に登りやすいように整備されました。新たに展望所を設け、解説サインも多くつけられ自然に親しむと同時に歴史も学べるようになっています。

 また、設立20年を迎えた公益財団法人「おおのじょう緑のトラスト協会」は、市民の貴重な財産である事前環境を次世代に継承していくために、「おおのじょう緑のトラスト運動」を提唱し、今日まで市民ボランティアとともに伐採された森林の回復や新たな緑地等の創出など、全国的にも先進的な活動として注目されています。来る7月3日の午後1時から”大野城まどかぴあ”において記念式典・講演会・映画上映会がが開催されます。

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780件の公募の中から選ばれた「大野城歴史の散歩道」。命名された坂田心春さんに井本市長から表彰状が手渡されました。

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「大野城歴史の散歩道」お披露目登山受付の模様です。

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1四王寺フェスタ
史跡ボランティアガイド「山城楽講(やましろがっこう」の皆さんです。

2四王寺フェスタ


3四王寺フェスタ


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井本市長もお披露目登山に参加です。私も登る予定にしていましたが午後から参議院選挙大家さとし福岡選対会議が入りましたので断念しました。

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ふくろう (1)
丸太をチェンソーで木彫りした”ふくろう”見事な作品です。

わし (1)
”わし”です。

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「大野城トレイル」構想。ふるさと大野城を巡る自然と歴史の散策路のコンセプトで整備が進められています。













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2016年05月20日

議長選挙

12:00〜        「平成28年5月第6回福岡県議会臨時会」
場所:本会議場

◆今日、臨時議会が開かれました。議題は正副議長の選任と議会運営委員会委員の選任です。井上忠敏議長から一身上の都合により議長を辞職したい旨の届出があり、取り扱いについて本議会では許可することが了承されました。
 これを受け、地方自治法第103条に基づく議長選挙の宣告がなされ、議場入口の閉鎖、投票用紙の配布、投票箱の点検、書記呼名、投票、投票終了の宣告、議場入口の開鎖、開票立会人の指名と流れました。

 結果は、単記無記名の投票により、自民党県議団所属の中尾正幸議員(4期、若松区選出)が第66代の議長に選出されました。投票の結果は、出席者数86名で、投票総数は86票、有効投票の84票、無効投票2票で有効投票のうち82票が中尾議員に高瀬奈穂子議員が2票でした。

 この後、中尾新議長のもと、原竹岩海副議長の辞職の件を議題とし、辞職の許可が了承され、副議長選挙となりました
 結果は、民進・県政クラブ県議団所属の佐々木 徹議員(4期、福岡市博多区選出)が有効投票数の85票のうち83票を獲得し、第78代副議長に選出されました。
 また、中尾議長が議会運営委員会の委員でしたが、辞任することにより、後任の委員に樋口 明議員が選任され、後の議会運営委員会で委員長に選出されました。

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2016年05月16日

挑戦状(結果報告)

         「めんべい女子ソフト部  対  添田町役場男子ソフト」

◆12日のブログで紹介していました、「福太郎めんべい女子ソフトボール部対添田町役場男子ソフトボールクラブ」の試合が15日行われました。その結果が入ってきました。その結果は以外や以外、熱戦となり2対2の 引き分けに終わったそうです。

 寺西町長が「挑戦状」をたたきつけたことがきっかけで、この対戦となったそうです。町民の多くがグラウンドに駆けつけ、町民は、「女子チームに親しみが湧き、応援しようという気持ちが強くなった。」 寺西町長は、「町民の一体感が生まれた。」とコメントされています。

 廃校となった田川商業高校跡地が福太郎のめんべい工場となり、グラウンドが女子ソフトの拠点として整備されました。こけら落しの対戦となったことは大変喜ばしいことです。

 4月に創部した福太郎めんべい女子ソフトボール部の選手は、高校、大学時代の経験者11人です。将来は日本リーグを目指しているとのことです。

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2016年05月15日

スペシャルオリンピックス

11:00〜2016年スペシャルオリンピックス日本・福岡設立20周年記念全国卓球協議会
場所:春日市総合スポーツセンター

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ボランティアの皆さんで支えられています。玄関ホールで各県から到着する選手団を迎えてくれた福岡県卓球協会、春日市卓球協会、福岡市主婦卓球愛好会の皆さんです。大会2日間運営を支えてくれました。

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スペシャルオリンピックス日本・福岡 安増昌子会長の主催者挨拶です。


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開催地となった春日市の井上澄和市長です。大会名誉会長挨拶です。

 4月にオープンしたばかりの春日市総合スポーツセンターです。とても素晴らしい体育館です。メインアリーナで卓球競技、隣り合わせのサブアリーナで開会式・閉会式が行われました。福祉避難施設を兼ね備えた体育館ですので機能的に配置され、観客席はすべて1席・1席の椅子ではなく、災害時には横にもなれるように木で作られたベンチスタイルになっています。

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整然と並べられた卓球台が会場の雰囲気を盛り上げます。選手が各コートに臨むときはボランティアの審判団が流れるミーシャの曲「hope&&dreams」と手拍子にのってコートに着きます。

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アスリート宣誓です。
                
                  わたくしたちは
            精一杯 力をだして勝利を目指します。
        たとえ勝てなくても、頑張る勇気を与えてください。


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審判宣誓です。
「全てのジャッジとオフィシャルの名のもと、スポーツマンシップの精神に則り、私たちはスペシャルオリンピックスのゲームにおいて定められているルールを尊重し、また遵守し、完全なる公平性をもって審判を務めることを誓います。」
審判が宣誓するのを聞いたのは初めてでした。


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開会式アトラクションで見せてくれた母校の福岡大学応援団が大会の成功を願ってエールを送ってくれました。

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伝統ある応援団旗を目の当たりにするとすごいの一言です。

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熱戦が続きます。

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ユニファイド・レクリェーションというイベントで春日市卓球協会の皆さんが「体験ラージボール」を担当していました。私もつい一緒になって参加しました。この子の手を取ってラーリーが続くと、とても喜んでることが伝わってきました。


 午前9時、地元春日神社において大会の成功と安全を祈願して「祈願蔡」と「採火式」が執り行われました。私も安増会長、井上春日市長、中牟田県議とともに出席しました。
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採火式の模様です。受けた聖火はランナーによって春日神社から大会会場まで運ばれます。

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スペシャルオリンピックス実行委員会のスタッフの皆さんです。

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選手団のみなさんのメッセージが寄せられています。

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表彰式です。

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このような表彰式も初めてです。メダルの授与をしてそのあとはみんなで万歳三唱です。クラスごとに順位が決まりますので、何度も何度も入れ替わり立ち替わり全員が表彰され万歳三唱です。私の右隣はスペシャルオリンピックス日本・福岡の松尾新吾理事長です。


               スペシャルオリンピックスの理念

 スペシャルオリンピックスで大切なものは、最も強い体や目を見晴らせるような気力でない。

 それは各個人のあらゆるハンディに負けない精神である。

 この精神なくしては勝利のメダルは意味を失う。

 しかし、その気持ちがあれば決して敗北はない。
                                    創始者 ユニス・ケネディ・シュライバー



◆スペシャルオリンピックスは、知的障がいのある人たちに様々なスポーツトレーニングとその成果の発表の場である競技会を、年間を通じ提供している国際的なスポーツ組織です。スペシャルオリンピックスでは、これらのスポーツ活動に参加する知的障がいのある人たちをアスリートと呼んでいます。
 1962年に故ケネディ大統領の妹ユニス・ケネディ・シェライバー夫人が、自宅の庭を開放して開いたデイ・キャンプがスペシャルオリンピックス(SO)の始まりです。知的障がいあるために、まだ一度もプールで泳いだり、トラックを走っつたり、バスケットボールをしたことがない人たちにスポーツを提供する、それが彼女の願いでした。実は彼女の姉ローズ・マリーには、知的障がいがありました。
 本部はアメリカ、ワシントンD.C.にあり、170ヵ国以上で、約420万人のアスリートと100万人以上のボランティアが活動に参加しています。

 スペシャルオリンピックスが提供する継続的なスポーツ活動は、アスリートたちの健康や体力増進、スキルの向上を促進するだけでなく、多くの人々との交流は彼らの社会性を育んでいきます。また、適切な指導と励ましがあれば、アスリートたちは少しずつでも確実に上達し、自立への意識を高め成長していきます。参加するボランティアたちもアスリートから多くのことを学びます。

 スペシャルオリンピックスは非営利活動ですから、運営はすべてボランティアと善意の寄付によっておこなわれています。アスリート、ファミリー、そしてボランティアが一緒になって参加し、活動を支えているのです。

 日本では、1980年に「日本スペシャルオリンピック委員会(JSOC)」が設立され活動を行っていましたが、 1992年に解散しています。そうした中、1991年夏の世界大会に熊本から参加した10歳のアスリートと彼女を育てたボランティアコーチが、体操競技で銀メダルを獲得しました。ダウン症と難聴のあるアスリートの挑戦する姿は多くの人の感動を呼び、熊本の地でボランティアの輪が広がり、1993年3月「スペシャルオリンピックス熊本」が発足、翌1994年11月に国内の本部組織である「スペシャルオリンピックス日本(JSOC)」が設立されました。

 スペシャルオリンピックスの協議会は地区大会、ナショナルゲーム(全国大会)、世界大会等があります。国内では、1995年熊本で初の夏季ナショナルゲームが開催され、翌1996年には宮城と福岡で初の冬季ナショナルゲームが開催されました。2014年には第6回夏季ナショナルゲームが開催され、1,500人の選手団、述べ4,000人のボランティアが参加しまた。

 スペシャルオリンピックスでは、アスリートの可能性が最大限に発揮できるよう、競技会でディビジョニングを行います。ディビジョニングとは、年齢、性別、競技能力の到達度などに応じてクラス分けすることですが、ほぼ同じ競技能力で競い合うことにより、アスリートにとって最も効果的な競技環境を提供することができ、アスリート個々人の成長を刺激することができると考えられています。競技能力は15%程度の範囲内で分けられます。
 また、スペシャルオリンピックスの協議会で予選落ちはありません。予選はディビジョニングであり、競技会に出場したアスリートは全員が決勝に進み、全員が表彰台に立ち表彰を受けます。全てのアスリートに勝利のチャンスが与えられているからです。

 






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2016年05月12日

挑戦状

10:00〜 場所:田川郡添田町


◆平成26年に旧県立田川商業高校の体育館を改装し、明太子で有名な福太郎が開発した人気商品【めんべい】の新工場が操業開始しています。地元住民の雇用や地域行事への参加協力などにより田川地域の活性化に貢献しています。
本年度、県と田川地域8市町村で実施する人材育成事業「田川飛翔塾」の講師や社会見学を引き受けるなどの地域貢献を行っています。

店内で目についたポスターがありました。地元「添田町役場男子ソフトボールクラブ」と「福太郎めんべい女子ソフトボール部」の対戦ポスターです。ひときわ目を引きます。
今月15日がその対戦の日です。りっぱなグラウンドが整備されています。
福太郎チームの腕が上がれば、私の地元大野城市の女子ソフトボールチーム「MKY福岡」と対戦を約束しました。「MKY福岡」はソフトバンクホークスの本多雄一選手のお母さん本多ひふよさんが監督をしながら育てた全国実業団の強豪チームです。福太郎チームにもお母さんの後輩が何人か入部しているとのことです。

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骨格がしっかりしていた体育館は改装されて、福太郎のめんべいとして研修室や即売場、そして工場は中が見えるようにガラス張りになっています。

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左端にあるのは校舎を改装した女子ソフト部の寮です。おそらくバスケットボール部のように全国レベルに達する日も近いと思います。

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添田町役場の監督さん「ソフトボールもんべいみたいにうまかったらいいですね」 めんたい福太郎の監督の一言、「お役所ソフトなんか、じゃないわよ、役場さん」 とやさしい言葉ですが強烈な一言でした。15日の対戦は、町中に貼られたポスターの効果で、おそらく観客がいっぱいになると思います。

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2016年05月11日

久留米シティプラザ

14:00〜   「総務企画地域振興委員会管内視察 No.1」
場所:久留米市六ツ門

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屋根でつながった六角堂広場です。

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ホール入り口の見事なアーチが素敵です。

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久留米絣と大川家具のテーブルです。

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1514席の座席数を持つ【ザ.グランドホールです。優れた音響性能を持つ音楽を主目的とした多機能ホールです。4階層にし、ホール全体の空間を大きく取ることで豊かな響きを生み出します。県産材を贅沢に使った朱色のホールに感動しました。

◆午前の委員会に続け2日間の日程で管内視察に行きました。視察地の最初は久留米市の「久留米市シティプラザ」です。久留米市の中心市街地にあり、文化施設としての機能、医療や企業の発展・交流を促進するためのコンベンション施設としての機能、そして中心市街地活性化の役割を担う中核的施設としての機能を併せ持った複合施設です。


久留米市が「久留米シティプラザ」整備を進めた方向性として

「市民会館に替わる新しい施設として、ホール機能とコンベンション機能を併せ持った広域交流促進の中核施設が必要であり、井筒屋街区及び六角堂街区も含めた場所にそのような施設を整備する」がコンセプトとなり”六ツ門8街地区再開発組合”が平成24年12月に設立されました。 この事業に併せて国道209号線も整備され整然としたまちづくりとなっています。

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久留米市中心市街地153ヘクタールはJR久留米駅から西鉄久留米駅を結ぶ軸が骨格になっています。

☆平成2年以降の周辺市町村への相次ぐ大型店の出店
☆福岡市天神地区への商業集積強化
☆平成15年 郊外への大型店SCのオープ
☆平成17年 ダイエー六ツ門店の閉店
☆平成21年 久留米井筒屋の閉店
などにより、中心市街地(商業地域)の求心力が低下したことにより空き店舗が増加しました。このため市街地再開発事業に取り組まれ、8番街区にあった井筒屋跡と9番衙区の旧六角堂広場がアーケードで結ばれ一体となった施設となっています。

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昭和の時代の賑わいがわかります。




 午後からは三潴郡大木町が取り組んでいる、おおき循環センター「くるるん」を視察しました。

 各家庭から出る生ゴミを集積し、再生可能エネルギーへ取り組んでいます。このとき発生するバイオガスを生成し、発電を行い施設を賄っています。
 また、ガス生成時に発生する消化液についても液肥として活用しています。田んぼの肥料として利用します。町の農家も無料でこの液肥を分けてもらい稲の生育に役立てています。このような取り組みが理解され町民の意識改革につながっているとのことです。

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2016年05月07日

青い空

13:30〜        「NPO法人筑紫原爆被害者の会50周年記念行事」


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平 宏文会長の挨拶です。平会長はご自身の年齢が82歳と言われましたが、とてもお若いです。

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会員の平均年齢は79歳とのことです。戦後70年、原爆被爆から70年ですが、会員の願いは、戦争のない 核兵器のない 平和な世界が来ることを祈念して現在も活動が続けられています。

◆今日はNPO法人筑紫原爆被害者の会50周年記念行事に出席しました。 「筑紫原爆被害者の会」として昭和42年に発足していますので50年という大きな歴史が刻まれました。今日の平 宏文会長のお話では、「会員は年を重ねることにより、会員は減少していくでしょうが、世界平和を希求する団体の一つとして、語り部として、3人、4人の会員となってもこの会は存続していくでしょう。」と挨拶されました。
 私が県議会議員になった平成17年にNPO法人として認可され、本多八郎理事長のもと、翌年18年に第1回の定期総会が開かれています。

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平和の文字で綴られた平和の文字、平和への願いが込められています。

 今日いただいた記念誌の最後に、心に残る詩が掲載されています。橋爪 文さんの「永遠の青」です。

日本が戦に破れた日は  狂うような 青い空

原爆の日は  響くような 青い空

大切な友の死んだ日は  震えるような 青い空

空の青は  私の痛みの色 極みの色

「何色が好き?」と聞かれて 「そらいろ」と答えた幼い日  『青い服来て 青い顔して』 と詰められた少女の日 叶わぬ恋の炎を 青く燃やした乙女の日

こうして青は  私の色となり  私の悲しみとなる

やがて  私が終わりを告げる日も  多分 青い空

・・・・・・・・  ・・・・・・・
・・・・・・・・  ・・・・・・・


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 また、いただいた物の中に、50年前の新聞復刻版がありました。その中には、西日本新聞の記事と今週のベストセラーズが紹介されています。第1位は光文社から出版された多湖 輝さんの「頭の体操◆廚妊優奪箸把瓦戮襪硲隠横娃伊部が売れたとあります。第5位の「頭の体操 廚錬横毅伊部です。第2位がなんと「商法入門」で、第3位がアンドレ・モロアの「初めに行動があった」です。第6位が北 杜夫さんの「怪盗ジバコ」などがあります。

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広告欄には50年前の”週刊文春”と”ヤングレディ”があり、たいへん懐かしい方たちの見出しも出ています。

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昭和42年5月8日のテレビ番組です。

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カメラがぶれてわかりにくいですが、夜の8時の番組には中村錦之助主演の「真田幸村」があります。
 

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2016年05月02日

グリーンヒルまどか

11:00〜          「グリーンヒルまどか 感謝状贈呈式」
場所 :大野城市大字中

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◆長年の懸案でありました最終処分場が地元の方々のご協力で完成することができました。まさにグリーンヒルというように風光明媚な丘の上にあります。
見渡すと日本最古の山城「大野城跡」がある四王寺山を望み、麓の乙金山(おとがなやま)には1400年前の古墳群が発見された「善一田古墳(ぜんいちだこふん)」が見えます。古代からこの地が要衝の地であったことがうかがえます。

グリーンヒルまどかは、可燃ごみの焼却残渣(焼却灰・飛灰)を環境に優しく埋め立て処分する施設です。福岡都市圏南部地域(福岡市、春日市、大野城市、太宰府市、那珂川町)約60万人の住民の可燃ごみは、春日市のクリーン・エネ・パーク南部で焼却され、その焼却残渣が、ここグリーンヒルまどかへ運ばれて埋め立て処分されます。
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福岡都市圏南部環境事業組合副管理者の井本宗司大野城市長の挨拶です。

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地元の中区の安河内光彦区長へ感謝状の贈呈です。

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 最終処分場は、平成24年12月に着工され平成28年3月末に完成した準好気性埋立構造のオープン型処分場です。
 敷地面積が152,000屬箸い広さの中に出来上がっています。埋立面積25,000屐∨篶容量は516,000㎥です。埋立年数は25年間となっています。

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ぽっこり見えるのが乙金山です。奥に見えるのが四王寺山です。

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大野城市街地を臨みます。遠くは太宰府市の方角です。



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2016年04月24日

変わりゆく

10:00〜      「乙金東中央公園・乙金東ふれあい公園完成祝賀式典」
場所:乙金東1丁目・乙金第二土地区画整理内)

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記念式典での井本市長の祝辞です。

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子供たちが喜ぶ遊具が設置されている「乙金東ふれあい公園」です。

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記念のテープカットです。
全国マスコットキャラクターで人気上昇中の大野ジョー君とまどかちゃんも特別参加で祝ってくれました。

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大野東中学校の吹奏楽の生徒たちが演奏で華を添えてくれました。公園は高台にありますので地域に響き渡ったと思います。


◆乙金東区(中澤健一区長)の皆さんが待ちに待った公園が二つも一緒にお披露目となりました。歴代の区長さんたちが要望し続けた公園です。この乙金地域は区画整理事業の進捗に合わせて街の様子が変わってきています。乙金・現人橋線と飯塚大野城線の開通により車の流れはもちろん、街路の周辺には家や事業所などが建ちこんできました。
ここで発掘された1400年前の「善一田古墳群(ぜんいちだこふんぐん)」も新たな歴史公園として、よみがえるように計画されています。大野城市がめざすトレイル構想の一つの拠点と期待されています。


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とんでもない一瞬を見ました。今日のイベント「ホールインワンゴルフ大会」の始球式で来賓の代表井本市長が、見事にホールインワンをされました。写真を撮っている私も、“ひょっとすると入るかも”と球の行方を追っていましたら、ホントにゴールポストに入ったのです。その瞬間を撮るのを忘れてしまいました。
周りの人たちはこれ程のお祝いはない。と大喜びです。

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善一田遺跡は雨に流されないようにシートがかけられています。



善一田古墳群が発見されて一般公開されたときのブログです。【平成26年10月26日】

      「善一田遺跡(ぜんいちだいせき)現地説明会」
場所:大野城市乙金東1丁目

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現地説明会に訪れた人たちで事前説明と散策コース(ドキドキコース・わくわくコース)の説明を受けています。

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向こうに見えるのは大野城市内の方角になります。手前に盛り上がっているのが円墳です。これが丘陵地にいくつもあり、これが住宅地として埋め戻されるのかと思うと心が痛みます。何人の人からも歴史公園として残されないかと要望されました。

◆驚きと感動でいっぱいでした。1400年前にタイムスリップしたようです。この地域は現在乙金第2区画整理事業が行われているところです。そして善一田遺跡の発掘調査もこの区画整理事業に合わせて平成20年1月から行われてきました。
 その全容が一般公開で明らかにされました。6世紀後半の福岡平野で最大級の円墳です。古墳群は6世紀後半に始まり、7世紀後半の約100年の間に、30基程度が造られたことがこの調査で分かっています。
 今日の公開では23基が全容を現しており、この古墳群は3〜4世代にわたって継続的に使われた古墳時代終わり頃の墓地です。図のように複数のグループから構成されています。

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18号古墳です。

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出土品です。

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18号古墳の入り口です。中にはヘルメットをかぶって入りましたが、出るときは感動が先に立ち、頭を打ちました。ヘルメットに感謝です。

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18号古墳の石室です。床面から墳頂部まで約6メートルあります。石室内は真っ暗ですので、懐中電灯を天井部分に当ててもらっているところです。石組みの大きさに驚かされます。

 古墳のほとんどは直径10メートル前後の小さな円墳ですが、中には15メートルを越えるものもあり、その中でも18号古墳が最も大きく直径25メートル、高さ6メートルの二段構造の円墳で、非常に大きく、一番高いところにあります。古墳群形成の最初期に造られたとみられ、この時代の福岡平野を代表する規模で、被葬者は一帯を支配した有力者であったとのことです。
 ここからの出土品も新羅土器や朝鮮半島系土器を含む多量の土器が見つかり、馬具・鉄鍬(てつくわ)や象嵌(ぞうがん)で装飾をした刀、金属器を作るための道具、矢を収納するための容器など全国的にも珍しく貴重な副葬品が出土しています。
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 この貴重な善一田遺跡は、大野城跡、牛頸窯跡群とともに大野城市の貴重なかけがえのない財産ですので、後世にしっかりと継いでいかなければならないと思います。

 

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2016年04月21日

七日会記念DVD

「井本宗司後援会 「七日会」例会300回記念DVD」

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◆動画で取るDVDもいいかもしれませんが、昔からの記録写真を一枚、一枚、音楽とともにつなぎ合わせて見ると懐かしさとともに、当時のことが走馬灯のように浮かんできます。この25年の間に大変お世話になった方、亡くなられた方と残された写真が宝もののように思えます。

 ブログを見られた方から記念DVDを見たいのでセットアップして欲しい。とのリクエストに応えてアップします。


オープニング


本編



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2016年04月18日

全国政調会長会

14:00〜             「自民党全国政調会長会」
場所:党本部901号

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自民党本部です。

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稲田朋美政務調査会長

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茂木敏充選挙対策委員長

◆熊本県を中心に14日から続発している地震で開催が危ぶまれていた「自民党全国政調会長会」は地震発生から5日目となる今日、予定通り党本部の9階の会議室で開かれました。
広い会議室ですが人、人、人にマスコミ関係でところせましです。マスコミ関係は頭取りといって議事が始まる前の挨拶を撮ります。谷垣幹事長、稲田政調会長、茂木選挙対策委員長、溝手参議院議員会長の挨拶までです。

会の冒頭に、亡くなられた方々のご冥福と被災された方々、被災地の一日も早い復興を願い参加者全員で黙祷を捧げました。
〇谷垣幹事長の挨拶では、北海道の補欠選挙は一進一退である。手を緩めた方が敗け、必ず勝利をおさめて参議院選挙へとつなぐ。本日の会議はその為の会議である。
〇稲田政調会長は、活発な議論をお願いしたい。
〇茂木選挙対策委員長は、政党にとって何が一番大事か。政策の実行力、政策の実現力。北海道の補欠選挙は政策を掲げて堂々と戦っている。
 そして勝つための三つの大方針 \策を磨く ∋抻を知人、友人に 4日前投票の徹底 である。 わが党が民進党ともっとも違うところは地方組織を持っていること。3つを地方組織が一票、一票掘り出していくことが勝利に繋がる。
〇溝手顕正参議院議員会長は、TPPが参議院選挙の大事な争点になる。もう一つ大きな問題は選挙区の合区の問題。鳥取県と島根県、高知県と徳島県。この合区問題をネグレクトしては先に進めない。参議院のあり方について、もう一度、各党が話し合う。


 議事では、(1)今夏の参議院選挙に向けた公約作成の進捗状況を政務調査会長代理で公約作成委員長の松本 純衆議院議員から説明がありました。公約は5月末に地方県連に届けるよう目下急いでいる。都道府県連版の公約集を各県連に作成していただく。
 公約の柱だてはできているが今日の会議の意見もとりいれながら5月末を目処に進めていく。

◆総裁メッセージ ◆3年間の実績を踏まえ、アベノミクス第二ステージへ ◆一億総活躍社会への挑戦

柱は【1】経済再生 ●復興 ●経済再生 ● 財政再建 【2】女性活躍 【3】地方創生 ●地方創生 /農林水産業/中小企業【4】安全安心 社会保障/教育/環境/国土強靭化/治安・テロ/差別・格差●【5】国の基本 ●外交・防衛 ●政治・行政改革 ●憲法
となっています。

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このあと、政務調査会の会長代理や副会長から進めている重要政策について説明があり意見交換がありました。

機ッ亙創生 ●ローカルアベノミクス、地域経済の再生・活性化 ●TPP対策、農業・農山村対策
供グ豌総活躍 ●子育て支援、介護
掘ド興
検セ乙脹〜挙制度

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一億総活躍の参考資料の一部です。失業率、求人倍率の比較を述べています。政権交代前(2012年12月)と直近(2016年2月)の比較です。
○完全失業率は4.3%が3.3%になり、1.0%の減となり18年ぶりの低水準となっています。
○完全失業者数は279万人が216万人となり63万人減少しています。
○就業者数は6251万人が6400万人となり149万人の雇用が生まれています。
○有効求人倍率は0.83倍から1.28倍となり0.45ポイント上昇し、24年1か月ぶりの高水準だった前月と同水準です。

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待機児童解消加速化プランの資料です。

 意見交換の中では、各県から経済活性化方策、熊本地震災害対策、中山間地耕作放棄地対策、災害・震災に強い国土づくり、社会福祉施設の充実、参議院選挙制度改革などの質疑が行われ、政府・自民党の対策を求める意見が多くでました。

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小泉進次郎農林部会長が質問に対する答弁を述べています。


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会が始まる前の小泉進次郎農林部会長です。






 

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2016年04月14日

今まさに春

                   「今まさに春満開です。街角のワンショット」

◆今まさに春満開です。昨夜来の雨が春の植物に潤いを与え、澄みきった空が春の光を植物に届けています。

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いつも議会に行くときに通る下大利団地の周回道路ですが、つい車を止めて写真を撮りました。四王寺山に浮き出る新緑の若葉の隆起です。手前が御笠川が流れ、間には九州縦貫道が走っています。

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議会棟と行政棟の連絡通路です。緑と赤の照葉もみじがとてもきれいです。

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牛頸ダム記念館の斜壁のツツジです。

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山上市議の前庭です。もみじの葉がやわらかく包んでくれます。

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 ハナミズ木です。

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事務所の花壇に咲くビオラです。

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さくら草です。

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シャクナゲに蜂の子が蜜を食べに来ています。

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テッセンの花です。

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白の小手毬です。

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2016年04月07日

七日会300回

19:00〜 「井本宗司後援会 「七日会」 300回記念式典-祝賀会」
場所:ロイヤルチェスター福岡

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井本市長の挨拶で当時を思い出されている様子の三上博文会長です。

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昔の写真で綴られたDVDを見てからの祝辞です。懐かしさがこみ上げてきました。

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本條秀紫会(ほんじょうひでしかい)の皆さんです。

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華を添えていただいた祝舞「正調博多節」です。後ろ姿は副島スミ子先生です。

◆偉大な記録達成です。井本宗司市長の後援会の一つに「七日会(なのかかい)」があります。井本市長が県議時代、平成3年4月の統一地方選挙で県議会議員に初当選したのを機に発足した会です。
 毎月7日の日に井本県議の自宅に1缶(飲みもの)1品(おかず)を持ち寄って例会をします。発足当時は14、5人だったと思います。平成3年5月7日第1回でした。それから25年間。今日の「七日会」が300回という大きな大きな記念すべき例会となりました。今回は特別に市内の結婚式場「ロイヤルチェスター福岡」で記念式典と祝賀会です。ひと月も欠かしたことがないという奇跡的な例会と言ってもいいです。
 ずいぶんも前のことです。例会の8月7日が土曜日にかかり、市内の盆踊り大会がもっとも集中した時でした。私は事務局長でした。ある会員が、「どこも盆踊りがありよって、みんなその世話をせないかんと忙しか。何人もこんばい。今度はやめときない。」との意見が出かかっていました。県議は当然市内の盆踊りに出かけ、終わりがけに参加することになるのですが、三上会長の「4人でも5人でもよかと。来るもんだけでしようや。案内を出しちゃらんね。」の一言で決まりました。あの時やめておれば、今日の日はなかったと思います。「継続は力なり」続けることにより七日会の団結力が高まっていったと思います。今は、ごく当たり前のように開かれて、ごく当たり前のように集まってきます。

  私の記憶では、会長の三上博文さんは初回から休みなしだと思います。どんなに用事が重なっても必ず遅れてでも顔を出されました。井本市長も県議時代、随分前の県議時代です。北海道出張が重なって出られないことが一度ありました。でも長崎出張のときは公務が終わると長崎からとんぼ返りです。会が終わると次の日の公務のために長崎に戻られたことがありました。

 今日の市長の話では、先月の例会のとき、インフルエンザにかかりマスクをして会の冒頭に挨拶をして、後は床につかれたそうです。おそらくみんなが楽しんでいる声を遠くで聞きながら過ごされたと思います。

  私も事務局長を14年間させていただきましたが、仕事が重なって遅れる時でも必ず会に参加していました。さすがに議員になってからは参加できない時もありますが、努めて出席しています。おそらく私でも「七日会」に出席する参加率は9割を超えていると思います。この「七日会」は人との”絆”を深める活動の原点になっています。

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井本家の理解なしではこの会は続いていなかった思います。3人の子供さんの受験が重なる2月と3月は持ち出し例会といって家の前にありますJA大野城支店の会場を借りて開催していました。左がお姉さんに手前がお母さん、奥に長女の愛子さんとお孫さんの義宗君、そして奥さんです。

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三上会長から市長のお奥さんにデコパージュのプレゼントです。製作は百合子姉さんです。

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三上会長に記念のプレゼントです。井本市長のロゴである鳳凰の記念の楯です。

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鏡割りです。左が江藤国義副会長、三上会長、井本市長です。3人の気合が入りすぎ、樽酒は勢いよく周りの客席にハネました。

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懐かしい写真です。左は亡くなられた近藤隆彦さんです。

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県政報告会で開会の辞を述べられる菊池元紀さんです。長く副会長を務められました。

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井本市長が県議会議長時代の曲水の宴です。

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真ん中が当時の宗和会会長の麻生一義さんです。

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最後の万歳三唱です。私と一緒にいるのはお孫さんの宗一郎くんです。





以前のブログ(平成24年4月7日)です。井本市長御夫妻が還暦のときに「七日会」でお祝い会をした記事です。

◆夫婦そろって60歳の還暦を祝う会が、252回目を数える「七日会」の日に合わせて開催されました。井本市長ご夫婦は、共に筑紫ケ丘高校の同級生時代からとても仲が良く、早稲田大学卒業後、九州生産性本部勤務時代の25歳の時に結婚、学生時代を足し合わせますと45年の二人の歴史です。
 昨年12月4日は、私ども夫婦の還暦祝いでしたので、今日の市長ご夫婦の姿を見て昨日のように思えました。私たちも同級生ですので、夫婦というよりも友達感覚で長く続いてきたようです。
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 お祝い会は、たくさんの縁ある人たちで開かれていましたので、ほのぼのとした雰囲気の楽しい会となっていました。
 写真のように、二人の人生を20行で綴った相撲甚句を、長年支援してこられました芳賀紀生さんをはじめとする「博多相撲甚句の会」の皆さんが披露されました。また、日向ひょっとこ踊りや市民劇団迷子座による寸劇などで祝っていました。
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2016年04月02日

県連大会

10:00〜       「平成28年 自由民主党福岡県支部連合会年次大会」
場所:天神スカイホール

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県連大会 2
県連政調会長として開会の挨拶です。

大家さとし議員
決意表明を語る大家敏志参議院議員です。

◆いよいよ夏の参議院議員選挙に向けた自民党福岡県連の年次大会が開催されました。例年は3月ですが、選挙戦の士気高揚を図るため年度はじめに開かれました。
 党本部からは茂木敏充選挙対策委員長が出席され中央情勢報告があり、今回の参議院選挙から福岡県は定数が1増員となったことから、友党公明党から候補者が擁立されることになり、その候補者高瀬弘美氏に自民党の推薦状が茂木委員長から大会前に渡されました。
 茂木委員長からは、「最終的には10前後に絞られる全国の激戦区で競り勝てるかどうか。今まで以上の自公連携が必要だ。われわれが手に届いていない新しい支持層を協力して拡大していく、まさにウィンウィンの選挙協力を進める。」と公明推薦の理解を求められた。藏内勇夫県連会長は、「自公で票の奪い合いをするのでなく、パイを広げて共闘していきたい。」と挨拶の中で述べられました。
 地元国会議員を代表して麻生太郎副総理兼財務大臣は、「大家参議院議員は、”小さな家に住む大家(おおいえ)です”。とだけ言って前回の選挙を勝ったような記憶しかない。しかし、彼ほど野党のときの悲哀と自民党が政権与党となっての議会活動を経験したものはいない。」 と、「自民党で過半数を取りたい。」とも言われ、必死になって戦っていくことが大事だと気合いを入れられました。

 私たちが目指すのは、昨年8月3日に福岡県選挙区の自民党公認候補者として決定した大家敏志候補の絶対的トップ当選を果たすことが我々の使命であることが確認されており、自民党県議団43人全員が昨年夏に一致結束して選挙戦を戦っていくことを誓っています。

 今日の大会の最後を締めた、「選挙必勝ガンバローコール」がとても良かったです。18歳選挙権になったことから福岡県連も学生部が誕生しました。19歳の九州大学、福岡大学、西南大学の学生5人による必勝コールでした。これからの選挙戦の戦い方を示唆したようです。”志”を同じくする党員・党友の拡がりが大事になってきます。
 また、福岡県支部連合会は先の党大会において、党勢拡大に寄与したとして本部推薦の優秀等組織として表彰されました。平成23年の党員数は14,000人台まで落ち込んでいましたが、昨年は地域・職域支部合わせて22,611人と大幅に増加しました。平成15年の30,000人党員に回復することが当面の目標となります。

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2016年03月29日

桜の園

                  「福岡ー江蘇友好桜花園20周年記念訪問団」
場処:中国南京市 「江蘇・福岡友好桜花園」

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元福岡市長の進藤一馬先生が観桜会の席で同志の後輩たちに云われた言葉が石碑にあります。

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◆1996年2月に「江蘇・福岡友好桜花園」は落成しました。南京明陵の入口の近くに位置した1.4ヘクタールのの敷地に約2800本の桜が植樹されています。
 今回20周年を記念した訪問団は、3月13日に亡くなられた新宮松比古先生の意を組まれて藏内勇夫先生を団長として編成され私も団員として応募し南京市を初めて訪れたものです。

 訪問するにあたって、先日いただいた新宮先生の奥様の挨拶状が心に残ります。

 夫と歩んだ歳月を偲んで・・・・「ありがとう」

 福岡パッケージ株式会社を営みながら、七期にわたって福岡県議会議員や議長を務めた夫でした。「一期一会」 「思いやり」を座右の銘とし、アジア諸国との友好共栄を目指して中国との国際交流に尽力しました。
 南京市の「桜の園」に二千本の木を植樹してから20年となる今年は、記念式典に出席するのを心待ちにしていたものです。・・・・・・・・・ 夫 新宮松比古は、平成28年3月13日、77歳の生涯をとじました。別れのせつなさはつのりますが、かの地でゆっくり休んでほしいと願い、感謝を胸に見送ります。



 1994年11月、福岡県議会議長(当時)の新宮松比古先生をはじめとする代表団が江蘇省を訪れた際、江蘇省人代に対して、「孫文先生が日本に亡命した頃、前福岡市長である進藤一馬先生の家に、一時身を寄せたことがあり、進藤先生が幼い頃、孫文先生のお膝に抱かれて遊んでいた。ですから、中山陵の一角に桜花園を作り、孫文先生に対する尊敬の気持ちを示したい、という進藤市長の宿願を是非、実現したい」と申し入れしました。これを受けて、江蘇省人代と福岡県議会と友好的な協議をしたうえ、両省県友好交流の証として、桜花園を共同建設すことを決定しました。園名は、「江蘇・福岡友好桜花園」と決まりました。

 江蘇・福岡友好桜花園が落成後、毎年の春がやってくると、福岡県民の皆様が一回も絶やさずにお花見に桜花園を訪れています。ここは桜観賞の名所として、南京市民にも大変親しまれています。桜花園は、中日友好促進に大変積極的な役割を果たしています。と概要にあります。

20年たった今、その桜の花は桜の見頃から一週間過ぎたとのことでしたが見事に花を咲かせていました。今回ご一緒した福岡県日中友好桜の会会員の86歳になられる中村 豊さん御夫妻は毎回参加で、今年も来ることができました、と成長する桜の木と桜の園20周年を感慨深く、大変喜んでおられました。

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新宮先生の遺影をもっておられるのは御子息の秀一さんです。

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15周年時の訪問団石碑があります。原口剣生議長、渡辺英幸副議長、それに各会派の代表者名が刻まれています。

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記念植樹です。

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桜の園を建設するにあたっての募金者名が刻まれています。

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当時の井本宗司県議や井本邦彦県議の名もあります。井本市長は2003年11月、議長のときに団長として江蘇省を訪問されています。

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井上忠敏議長、藏内団長、小川知事、右側には各会派の代表者の原口自民党県議団会長、吉村民主・県政県議団会長、森下公明党県議団団長、林緑友会県議団会長です。そして福岡県日中議連の松本会長は副団長として和服姿で式典参加です。

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日中友好大茶会です。

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中国はお茶にお香がつきものです。

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野点(のだて)の大茶会です。琴あり、尺八あり、そしておもてなしは八女高等学校と輝翔館中等教育学校の茶道部の皆さんも同行してくれました。

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野点の舞台裏です。

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野点会場において江蘇省の有名な書家が書かれた漢詩、小川知事に贈られました。

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江蘇省主催の20周年記念祝賀会場にて



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2016年03月23日

閉会

12:10〜         「平成28年2月第5回福岡県議会定例会」
場所:本会議場

◆2月22日から31日間の日程で始まった「平成28年2月第5回福岡県議会定例会」も今日の本会議で閉会となりました。
 
 今日の本会議では、予算特別委員会に付託された1兆8千26億円余の一般会計当初予算議案など20件は加地邦雄委員長の報告の後、採決が行われ可決し、成立しました。併せて条例等議案37件、人事議案1件も可決・成立しました。

 今議会では、委員会提出議案、「福岡県議会会議規則の一部を改正する規則の制定について」が提出されました。内容は、議員が事故のため欠席しようとする場合の届出に関する規定において、その事由の例示を追加するもので、「配偶者の出産補助」と「家族の看護または介護」を明記するものです。
 これまで、「公務、疾病、出産、その他事故」と例示していました。このままでも配偶者の出産や家族の介護は理由に含まれたとされるが、議員が一時休暇を取得する際の抵抗感を減らすために明記したものです。これは都道府県議会では全国初の措置となります。
 このほか、意見書案として、「海岸松林の松くい虫被害対策に関する意見書案」や「精神障害者に身体・知的障害者と同等の旅客運賃割引制度」適用を求める意見書案」など5件が採択されました。



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2016年03月21日

つくヤン

9:20〜       「平成27年度つくしヤングラガーズ卒部式及び修了式」
場所:大野城まどかぴあ多目的ホール

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  講演されているのは、有田将大さんです。
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◆毎年、春分の日はつくしヤングラガーズ(代表 石川英俊)の恒例の卒部式です。今日の卒部生による記念講演は印象的でした。短い時間ではありましたが質疑応答の時間になると、その講演内容に対する質問が相次ぎ、ちびっこラガーマンやお兄ちゃんラガーマン、その父兄とのやり取りを聞くだけでも楽しかったです。
 講演者は、つくヤン卒部生の有田将大さんです。現在、コカ・コーラレッドスパークスの一員です。つくヤン卒部後、東福岡高校に入学し、3年生のときは全国高校ラグビー大会(いわゆる花園)でベスト8でした。
 その後、法政大学に進学。4年生の時には全国大学選手権でキャプテンとして準決勝に進出し、ベスト4の原動力となっています。そしてコカ・コーラに入社です。

 有田4人兄弟として有名で、兄の啓介さんは東福岡で花園準優勝、中央大学のキャプテンとして秩父宮で活躍し、弟の隆平さんは東福岡準優勝、高校日本代表、早稲田大学でキャプテン、アンダー20以下の日本代表です。

 講演の中で、真っ直ぐに進んだ人生ではなかった。小学生のときは、練習がきつくてやめたかったが、母親に引っ張られて練習に行っていた。そんなときに頑張れたのが仲間だった。
 家出をした時もあり、何日か経って家に帰ったとき、ひどく怒られるかなと思っていたら、母のあったかいご飯だった。無事に帰ってきてくれたことが母親として嬉しかったようです。
 このようなことがあったから、今までやってくることができた。皆さんには”仲間と家族がいる”ことを感じながら人生を歩んで欲しい。大学4年の時、キャプテンとして頑張りすぎ周りが見えなくなったとき、仲間から“お前だけでやっているのではない”と言われ、自分をとり戻すことができた。

〇 勉強と部活の両立はどうしたらできるか?との質問に、ラグビーだけではダメ。勉強も考えなければならない。考えることが大事で、しっかりと行動しなければならない。

〇 どこに家出をしたんですか?との問いに、同級生の家を転々とした。だから見つかった。見つかったから今がある。でも家出は絶対にしてはいけない。友達の家でもあったかいご飯を食べさせてくれた。皆さんも頑張っていれば、絶対に友達の大切さがわかる。

〇 一日どのくらい食べますか?との問いに、4人兄弟で、例えば焼き鳥屋に行くと、豚バラなど一人5本セットを一人当たり40本位は食べる。兄弟でも負けたくない。争って勝ってやると思って食べると必ず大きくなる。

〇 ラグビー人生に彼女は必要ですか?との問いに、本人の考え方次第、彼女のために頑張る。自分は大学生の時に奥さんと出会った。作り出すのは自分。自分のモチベーションを上げるためには彼女は必要。頑張ってください。

〇 今まで一番きつかったのはいつですか?との問いに、小学校4・5年生の時つくしヤングラガーズの練習がめちゃきつかった。きつい練習があるからこそ強くなり、上手くなる。皆さんは、きつくないと思ったときはコーチに、もっときつい練習をしてください。とお願いしてください。

子供達とのやりとりでしたが、聞いていると何か教えられる事がいっぱいあるようで、他にも通じることでした。

 

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2016年03月18日

知事保留質疑

11:00〜           「予算特別委員会知事保留質疑」
場所:第1委員会室

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左側には小川知事、真ん中の席の右は加地委員長、その左に岩元副委員長です。

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◆3月10日から始まった予算特別委員会は、6日目の審査日程日となる今日、知事保留質疑が行われました。11人の委員が14の項目について質疑を行いました。我が会派自民党県議団は7人の委員が10の項目です。昨年の予算特別委員会でもトップバッターでした。さすがに最初は緊張します。
 しかし、今日の早朝にも北朝鮮が日本海に向けてミサイルを発射したとのニュースが報道されていましたので、冒頭に、「平和な日本で暮らす私たち、話してもわからない国が隣の国であることも現実です。知事も福岡県民が安全・安心に暮らせるよう頑張って欲しい。」と述べ、通告の一般会計 歳入・第一款の県税についてと、歳出・第五款の生活労働費について質問しました。

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 県税は、〇「税収の確保について」です。代表質問でも問いましたが、重要課題を解決するための歳出予算を編成するには、歳入の根幹でもある税収をはじめとした見積りに、高い信頼性が必要と思うからです。
 先行き不透明な経済動向に左右される税収は、確かに見込むことが難しいと思いますが、予算の妥当性について県民に信頼してもらえることが大事なので、その税収の確保に向けた知事の決意を訪ねたものです。

 小川知事からは、県民の皆さんに必要な行政サービスを実施していくためには、安定的な財源が必要であり、中でも税収の確保重要である。
 平成28年度県税収入は、国の地方財政計画を参考に、県内における経済指標や、県内主要企業に対しして実施した申告税額の聞き取り調査、税制改正による影響額等を踏まえて適切に算定しているので、当初予算は確保できると考えている。
 しかし、中国経済を始めとした海外経済の更なる下振れリスクやマイナス金利の影響については、引き続き注視していかなければならない。
 今後とも、個人住民税の特別徴収への切替促進や、差押え、捜索などの徴収対策の強化に取り組み、県税収入の確保に努めていくとのことでした。


 二つ目は、第五款の生活労働費は、「アジア大会誘致について」で、続けての質問となります。

 昨年9月の代表者会において、我が会派の原口剣生会長がアジア大会の開催について質問していた。その趣旨は、代表者会の前日に行われた九州の自立を考える会が行った行政セミナーにおいて、溝畑元観光庁長官の講話がきっかけだった。
 原口会長は、将来の福岡県、そして九州の成長戦略を考えたとき、アジア大会の開催は大変有意義であると。また本県全体の将来を考えたとき、2020年の東京オリンピック・パラリンピック以後の県民の夢や目標を持たせることも大事であり、福岡市はいち早く世界水泳の招致を実現した。
 アジア大会は、福岡市だけでなく、県全体の浮揚につながるものと。これに対し、県は昨年9月の代表者会から半年が経とうとしているのに、アジア大会の誘致について、全庁的に検討した姿が見えてこない。2026年アジア大会誘致の立候補は今年の夏ごろまでに決定しなければならないと聞いているので、知事にはスピード感をもって、アジア大会の開催について判断していただきたいと知事の所見を尋ねた。

 知事からは、2019年のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの我が国での開催を契機に、県民のスポーツへの関心が高まっており、スポーツの振興は県民生活に欠かすことのできない重要な行政課題である。
 また、アジア大会をはじめとする国際大会の本県での開催やキャンプの実施は、県民が、世界のトップアスリートのプレーを直接見ることや交流する機会となり、特に子どもたちがスポーツへの夢や目標を持つことにつながる。
 これまで、開催することができれば、アジアに対して本県をアピールする格好の機会となることから、青年会議所と一緒になって、競技会場や選手村の整備、財源の確保について検討し、国やJOC、大会実績のある広島市や、韓国の仁川市に職員を直接派遣しての聞き取り調査や報告書の分析等に取り組んできた。
 現段階の検討では、開催には大きな地元負担が見込まれることから、結論を出すにあたっては、地元経済界の意向、市町村や競技団体の意向等を十分に踏まえた上で、早急に判断したいとの答弁でした。

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予算特別委員会の委員席です。



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2016年03月12日

とんでもない

13:00〜    「福岡ソフトバンクホークス対東京ヤクルトスワローズオープン戦”始球式”」
場所:ヤフオクドーム

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三和シャッター協賛がしっかり出ています。

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東京ヤクルトスワローズの内野ノックが終わってグラウンド整備が行われていますが、外野は210人の子供たちがキャッチボールを楽しんでします。

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試合前のセレモニーに出場するチームの代表と保護者の皆さんです。

◆今日は、とんでもない「始球式」をやってしまいました。ヤフオクドームでの記録に残る始球式にしてしまいました。
 筑紫少年野球サンデーリーグの子供たち210人がヤフードムでの試合前キャッチボールです。レフトからセンター、ライトの外野グラウンドを使ってのキャッチボールです。このファンサービスプログラムの試みを実現してくれたのが地元大野城市にある株式会社三和シャッターさんです。縁あって3年前からこの筑紫少年野球サンデーリーグを協賛してくれています。今年のスタートをきるビッグイベントはヤフードームでの試合前キャッチボールでした。年末にはまたプロ野球選手を呼んでの野球教室が予定されています。

 最初この企画は「とんでもない!。」ということで球団から断られたそうですが、筑紫少年野球サンデーリーグに加盟している17チームの統率力が認められ、210人の子供たちがグラウンドで貴重な経験をすることができました。大型ハイビジョンに映し出される自分たちの姿を見て子供たちはとても喜んでいました。

 問題は、大野城市スポーツ少年団本部長としての私の始球式です。心の準備は出来ていても3万人の観客がいるマウンドに立つ、子供たちや保護者も見ている前での始球式です。
 グラウンドに入ると本多雄一選手も私の姿を見てびっくりです。最初に始球式の流れをかわいいエスコートの方に教えられていました。「時間の関係上キャッチボールの練習は2球でお願いします。」と言われていましたが、本多雄一選手がその相手役を買ってくれましたので特別に6球のキャッチボールができました。ソフトバンクの選手もベンチで見ています。私にとって最高の思い出になりました。

 そして本番です。主審と一緒にマウンドまで歩きます。エスコートさんからは、「マウンドに立ったら帽子を脱いで観客席に一礼してください。そして主審のプレーボールの合図で投げてください。」とのことでした。しかし・・・その流れが変わりました。マウンドに向かうと先発投手の背番号44番、バンデンハーク投手がすでに帽子を脱いで私が来るのを迎えてくれています。外国の投手は律儀だなと思いながら、いざマウンドに立ってみると世界が変わります。心の中で理想のフォームを描いていました。焦らずゆっくりと振りかぶり、腕は大きく振って、左の足をゆっくり上げてタメを作り、後はキャッチャーめがけて投げ下ろす。これが理想のフォームでした。ところが、球を離すのが早すぎてボールは勢いよく3塁側の方向へ外れて暴投です。ボールは遠くカメラマン席の方へ行ってしまいました。おそらく観客席、そして守っているソフトバンクの選手、特にキャッチボールの相手をしてくれた本多雄一選手は唖然として口を開けていたと思います。

 始球式終了後に、本多雄一選手のお母さんのひふよさんから私の携帯に慰めのメールが送られていました。その内容は、「ナイススピードピッチング 100」とありました。

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始球式の控え室です。まだまだ余裕があります。

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この先にキャッチボールしてくれた本多雄一選手がいます。好調の本多選手は1番、セカンドで先発出場です。

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少しづつ不安感が漂ってきます。グローブと練習ボールが離せません。このグローブにはダイエーホークス時代の王監督のサインがあります。

始球式 1


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主審のプレーボールの合図を見ていざ投球です。

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腕の振りもなかなかいいです。とても64歳には見えません。

始球式 2


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投げたあとです。主審とバンデンハーク投手のびっくりした顔が何が起ったかを物語っています。

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ここでやっと笑顔が出ています。これも始球式かなと思わざる得ません。

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終わっての記念写真です。左が筑紫少年野球サンデーリーグ連盟の田畑照雄会長です。

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3塁側の内野席です。子供と保護者合わせて約400人が招待されています。赤とか青のユニホームのところに陣取っています。

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ソフトバンクが4対3の逆転勝利で、三和シャッター協賛の勝利の花火です。



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2016年03月04日

琴奨菊関

16:00〜      「大関琴奨菊一月場所優勝報告セレモニー」
場所:福岡県庁行政棟ロビー

◆大相撲一月場所で、日本人力士として10年ぶりに優勝を飾った柳川市出身の大関琴奨菊関が福岡県庁を訪れ小川知事や井上忠敏議長に優勝の報告が行われました。
 琴奨菊関をはじめ令夫人の菊次祐未(きくつぎ ゆみ)さん、お父さんの菊次一典(きくつぎ かずのり)さん、後援会長の立花寛茂(たちばな ともしげ)さんもご一緒でした。一月場所で優勝が決まった瞬間、観覧席で号泣されたお父さんの姿は未だに焼きついています。

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さすがに大きいです。用意された椅子も特別に頑丈になっています。

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ロビーに駆けつけたファンとの合同写真です。

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 3月13日から始まる3月場所は綱取りをかけた大事な場所となります。

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2016年02月29日

代表質問

11:00〜            「2月定例会 自民党県議団 会派代表質問」
場所:本会議場

2月代表質問


◆2回目の代表質問の機会をいただきました。今回は自民党福岡県連政調会長として自民党県議団の会派代表質問です。
 2月定例議会は予算議会となりますので質問時間は60分です。大変でした。政審会として何回も打ち合わせを重ね、質問主旨確認などを行い質問原稿が出来上がります。今度はその原稿を何度も読み直して臨みます。各質問項目ごとのペース配分は頭に入っていますが、壇上に立つと緊張します。今回初めて遠近両用のメガネをかけて質問を行いました。
 最後の項目の教育問題になったときは、ひたいに汗、背中には汗が滲んできます。練習と本番はやはり同じでやらなければなりません。反省です。目が踊ってしまって原稿が読みづらく神経を余計に使ったようです。
 終わってしまえば、なんで途中でメガネを外さなかったかと思うのです。その余裕もなくなるのが本会議場の登壇席かもしれません。

 代表質問の通告内容は、

一、知事の政治姿勢について
 1.世界獣医師会と世界医師会による国際会議の開催 
 2.財政運営に対する知事の基本姿勢  など

一、児童福祉行政について

一、寒波をきっかけとした災害対策と水道行政のあり方について

一、農政問題について

一、教育問題について

一、「「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群」と文化行政について

 最後に、要望として築造1350年記念事業を終えた、国の特別史跡である水城・大野城・基肄城の日本遺産認定に向けて県として頑張っていただきたいと知事と教育長に強く要望して終わりました。

 この代表質問のやりとりは県議会ホームページで見ることができます。
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寒波をきっかけとした災害対策と水道行政のあり方を読売新聞の3月1日の朝刊で取り上げていました。


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2016年02月23日

2月定例会

11:00〜       「平成28年2月第5回福岡県議会定例会」
場所:本会議場

2月議会


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提案理由を述べる小川知事です。

◆2月定例会が始まりました。会期は今日から3月23日までの31日間です。
 まず、井上忠敏議長より今議会の会期日程、諸般の報告、議案報告上程、そして小川知事より提案理由の説明がありました。
 提案理由の冒頭には、台湾南部での地震により、深刻な被害が発生したことに対するお見舞いの意と、県職員が収賄の罪で逮捕されたことに対して遺憾の意が述べられました。

 今議会は、予算議会となります。国の補正予算における施策の効果を速やかに発揮させるための平成27年度補正予算、これと一体となった14ヶ月予算となる平成28年度当初予算をはじめ、地方創生や人口減対策、雇用の創出、子どもの貧困対策など多くの重要な案件が提案されました。

 平成28年度予算議案20件及び平成27年度補正予算議案1件のほか、条例議案27件、専決処分したものについて報告し承認を求める議案1件、契約の締結に関する議案4件、経費負担に関する議案3件、その他の議案3件、人事に関する議案1件の60議案です。

 条例議案の中には、「福岡県暴力団排除条例の一部を改正する条例」があります。本県から暴力団の排除を一層推進するため、暴力団からの離脱者に対する就労支援に必要な措置を講ずるとともに、暴力団への利益供与などの禁止行為に対する公安委員会による勧告の適用除外について定めるほか、所要の規定の整備を行うものです。

また、北朝鮮のミサイル発射に抗議する決議案が報告上程され、ただちに採決が行われ賛成多数で可決しました。

 今日は、昨日の本会議で付託された議案、「平成27年度一般会計補正予算案」が所管する委員会で審議が行われ採決が行われました。この後、本会議が開かれ、委員長報告の後、採決が行われ、賛成多数で可決し、成立しました。

 各会派の代表質問は、2月29日、3月1日の2日間、一般質問は、3月2日から3月7日までの4日間行われます。私は今回、自民党県連の政調会長として会派自民党県議団を代表して2月29日に質問を行います。
予算特別委員会は3月7日、10、11、14から18日までの8日間です。予算特別委員会にも委員として入る予定です。


 

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2016年02月21日

なかなか

11:00〜                「芸能発表会」
場所:各行政区公民館

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春の息吹です。事務所の花壇の”水仙”が芽をのぞかしています。

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乙金台区の「梅まつり」です。紅白の梅が満開です。昨年、大野東中学校の生徒が梅をちぎってくれた梅の実が今年梅酒として振舞われました。

梅まつり2


◆昨日の「平野台区芸能大会」から、今日は乙金台区恒例の「梅まつり」が25回目を迎えました。そして午後からは2つの芸能発表会です。


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井上博隆議員です。

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 若草区の芸能発表会で、意外や意外、なかなかと言えばなかなか。手品が披露されました。同僚の井上博隆議員です。まさにマジックを使ってマジック。中身は真っ白のノートですが表紙に色マジックで絵を書くとどのページも塗り絵になっています。驚きです。
 そして、会場にいる田中市議会議長と山上市議が手伝って3本のロープをそれぞれしっかりと結います。博隆議員はそのロープ3本に呪いをかけます。バラバラだった3本のロープが連結になっています。これもまた驚きです。初めてだったのでとても緊張したそうですがこれは使えます。次の会場の牛頸区の芸能発表会でひとつだけ手品を披露しましたが、これはこっそり種明かしを私だけに教えてくれました。


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平野台区で披露された詩吟を吟じているのに合わせ漢詩をその場で書にしていく古田勝敏さんです。

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月須美会(つきすみかい)の子供たちが日本舞踊を披露することになっていましたが、インフルエンザため、先輩のお弟子さんが急遽ピンチヒッターです。

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朝三会の皆さんです。民謡「シャンシャン馬道中」の披露です。

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発表会の応援団はすごいです。

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このカメラ目線はどこでしょう。

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我が子のダンス披露をおさめています。

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友達のフラダンスです。
ロケラニ大野城で、「ハナレイムーン」です。病気されていましたがこの笑顔です。




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2016年02月12日

大野城市卓球連盟

18:30〜          「大野城市卓球連盟50周年記念祝賀会」
場所:ロイヤルチェスター福岡

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◆ついに大野城市卓球連盟が創立50周年を迎えました。私も高校生の時から関わっていましたから40数年になります。昭和45年、福岡大学1年生の時に当時の大野町卓球同好会の会長になり併せて大野町卓球連盟2代目の会長になりました。当時から私の妻を含め大野町には先輩、後輩と県内に活躍する選手がいましたので、大野町で大会を開けば近隣はもとより多くの卓球仲間が大会に参加し、土曜日、日曜日になると大野町中央公民館(現在の大野城市商工会館)の卓球場に駆けつけていました。

 私は元々野球をしていましたので卓球のセンスはあまりありませんでした。ただ当時世界チャンピオンでした一本指し(ラケットがセェイクハンドで人差し指をラケットの真ん中に立てる握り)の長谷川信彦さんに憧れて真似ばかりしたものです。今でもこの握りで卓球をする人はなかなか見ることができません。

 私は強くなりたいというよりも連盟の事業に力を注いでいたと思います。今のように卓球の設備が整っているわけではありませんので大きい大会を開くときは卓球台をかき集めていました。昭和54年度まで連盟会長を10年間しましたが、この間に市民卓球選手権、近隣対抗親善卓球大会(現在のまどか杯)、そして近隣ママさん親善卓球大会を開催しました。現在までこの大会は受け継がれ500人を超える人たちが県内外からこの大会に参加しています。

 当時の大野城市体育協会会長の故井本清助先生の言葉、「頂点はより高く、裾野はより広く」を胸に、”小さなピンポン玉を通して お互いの心をやり取りし 人と人との輪を広げましょう”を合言葉とし、会場にはいつもこの言葉が貼っていました。お陰で現在でも400名を超える連盟会員が市内どこかの練習場でピンポン玉に汗して生涯スポーツを楽しんでいます。

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水谷 隼(みずたに じゅん)選手

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平野早也香(ひらの さやか)選手

 今日の祝賀会には、先の全日本卓球選手権優勝8回を果たした水谷 隼(みずたに じゅん)選手と5回優勝の平野早也香(ひらの さやか)選手のビデオレターが寄せられていました。ともに大野城市には卓球教室で来られていますので、そのメッセージが送られると会場は大変な驚きでした。

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12代連盟会長の筒井伸夫さんを中心に実行委員としてビデオ編集などに取り組んでくれた人たちです。最後は田中健一議長の万歳三唱で終わりました。

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2016年02月10日

都市ランキング

15:00〜          「総務企画地域振興委員会 管内視察」

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◆昨日から常任委員会の管内視察で県内を回りました。11時からの常任委員会では、私の方から「防災井戸」について提案しました。先の大寒波で水道管が凍結をし県内22万世帯が断水を余儀なくされました。生活インフラが完全に止まり、自衛隊の給水車が出動するという事態となりました。
 春日市の「防災井戸」を例にとり、使わなくなった井戸を災害時に飲み水として利用しようというものです。道路拡張のため移転した牛乳工場の工業用井戸を地域住民のために活用することになっています。県内の市町村と連携をしながら検討をしてはどうかというものです。

 委員会後の視察では、最初に埋蔵文化財等を活用した地域振興について「春日市奴国の丘歴史資料館」を視察しました。
 その後、大野城市役所を訪ね、コミュニティによる地域振興について説明を受け、今日は北九州市の日明工場を訪ね、ゴミ処理やリサイクルなど再資源の取り組み状況を視察してきました。


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田中健一大野城市議会議長の歓迎の挨拶です。

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 ここで紹介したいのは、大野城市役所を訪問したとき、井本宗司市長の挨拶の中で大野城市が、「活力ある都市ランキング」で全国2位に選ばれたことが披露されました。
 早速その内容を調べてみました。日本経済新聞が働く世代が評価する2万人調査の結果と分析をしています。
 人口減による「自治体消滅」の危機は、地方を中心に徐々に忍び寄る。都市が活力を保ち続けるには、「働く世代」を呼び込むことが欠かせない。このため、現在の居住地と直近の5年の居住地に対する評価を基に作成されたものです。働く人にとって住みよい街・暮らしやすい街はどこかということです。
 「住環境」「生活の便」「仕事/経済的な負担/コミュニティーとの関わり」の47項目に関する各市区の評価を5段階で尋ねたスコアで算出されています。全国1位は東京都の武蔵野市です。大野城市は人口10万人。福岡市の南に位置し、ベッドタウンとして増加してきた。「保育所や幼稚園が充実している」などで1位。とコメントされています。
 ベスト50位の中には、県内から福岡市の5位、27位の春日市、38位の北九州市があります。

 昨年、「水城・大野城・基肄城築造1350年」事業が素晴らしい成果のもとに終え、大野城市としても今年幸先のいいスタートがきれたと思います。今年人口10万人も目の前です。

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2016年02月06日

台湾訪問 

             「福岡県大野城市 故末永 仁先生台湾訪問団 街中あれこれ」」

夜市
 台湾の元気は食にあります。「夜市」は、観光客で賑わう観光夜市から地元客で賑わうローカル夜市まで様々です。私が行った夜市は、地下に設定され、階段を降りていくと客席1340席の電光表示板があり、現在の客数が表示されます。日本には見慣れないものです。残念ながら撮った写真を消去してしまいました。

P1110215  美食区


P1110210  夜店


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中正記念堂 
 故蒋介石総統を偲ぶために建てられた瑠璃瓦の屋根と白い大理石の純中国式巨大建築です。建物内は天井高さもさることながらスケールが違います。故蒋介石総統の座像がある部屋に行きますと見物客も豆粒とまで言いませんが圧倒されます。
 この中には吉田茂首相や佐藤栄作首相、レーガン大統領など戦後の台湾との関わりを紹介するコーナーなどじっくりと時間をかけて見たいのがたくさん展示してあります。

DSC_0580  中正記念堂


DSC_0579   中正記念堂 蒋介石
蒋介石総統の執務室です。外国からの来訪者はテーブルを挟んで総統の前に座り、総統の夫人美齡さんが総統の右手横の椅子に座り通訳をされていたそうです。

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忠烈祠
 豪壮な中国宮殿様式の霊廟で、1911年の辛亥革命から現代まで国家のために殉死した英霊33万が祀られている祭祀場です。ここの観光の目玉となっているのが儀仗兵の交代式です。毎時ごとに行われ、この儀仗兵は陸海空のエリートたちです。今日は海軍の儀仗兵でした。

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台北101(台北国際金融ビル)
 高さ508m、101階建てのビルで、2004年から2008年までは世界一の高さでした。今は東京スカイツリーの高さ634mです。しかし、現在中国で建築中の広州TVタワーが鉄塔を追加すると抜かれることになります。

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総統府
 日本統治時代に台湾総督府として建築されたルネサンス式の赤レンガ建築です。現在も政治の中枢となっています。

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◆圓山大飯店において最後の昼食です。

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 こうして書いている今日、台湾南部高雄市においてマグニチュード6.4の地震がありました。現在、ビルの倒壊などにより14人の死者と490人を超える負傷者が出るなど大変な被害となっています。2日に帰ってきたばかりです。春節直前の大地震です。救助活動や復旧作業が一日も早く進むことを祈るばかりです。



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2016年02月05日

台湾訪問 

           「福岡県大野城市 故末永 仁先生台湾訪問団 街中あれこれ」

◆今回の訪問で感じたことなど紹介します。一番印象的なことは、先の大寒波で台湾の高地に初めて雪が降ったとのことです。私たちが訪ねた時も寒く、雨の中、台北から約1時間かけて行った山あいの九份(ジイウフン)です。山の斜面に幻想的な街があります。元々わずか9世帯のみの小さな集落だったという。当時は交通が不便で買い物は9世帯分まとめて調達したため、九份(9つ分)と名付けられました。
 一時は金鉱が見つかりゴールドラッシュが巻き起こり、一転して賑やかな街になったそうです。しかし、金鉱が枯れ衰退しましたが、映画「悲情城市」の風光明媚な地であったことから一大観光地となっています。

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九份の警察署です。

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狭い階段の坂道を行き交います。もうすぐ旧正月に入るということで観光客は少ないとのことです。

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映画「千と千尋の神隠し」の舞台となったお店です。幽玄な風情を醸し出しています。

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私の子どもの頃は雑餉隈や春日原、二日市に映画館がありました。今と違って3本たてで一日中映画館にいたようです。今でも忘れられないことは、小学校のとき叔父に連れられて二日市の映画館で石原裕次郎の「風速40米」を見たことが初めての映画でした。

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昔のチケット売り場です。上映時間と映画代がありますが、軍と警察が別料金であるのが印象的でした。

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台湾博覧会記念ポスターで、清酒「黒松白鹿」です。

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昔の映写機です。

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昔の白黒映画が上映され観光客も客席に座って見ています。






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2016年02月03日

台湾訪問 

              「福岡県大野城市 故末永 仁(すえなが めぐむ)先生台湾訪問団」

◆1月30日から2月2日までの4日間、故郷の偉大な先生を訪ね台湾に行きました。台湾において「蓬莱米の母」と言われる末永 仁先生は、当時福岡縣筑紫郡大野村釜蓋(現在大野城市大城)の出身です。亡くなった私の母の実家の側が末永先生の実家でもあります。
 今回の大野城市訪問団はその地元代表の関井利夫市議を団長に大野城自民党市議団1・2期生で結成されました。私は末永先生が縁戚であると同時に、福岡県台湾友好議員連盟副会長ということで、今回、訪問団の顧問として同行しました。訪問先が台湾大学や台中区農業改良場という国営施設であり、東京の台北駐日経済文化代表処を通して対応されていることから、どこへ行っても大歓迎を受けることができました。

 私にとって30年ぶりの台湾でした。これまで私の台湾に関する知識は親日的であることと、最近とみに経済界をはじめ福岡県・県議会の交流が盛んになってきたこと、福岡県議会の中に友好議員連盟があり、いろいろな面でつながりができてきました。特に九州国立博物館での特別展「台北 国立故宮博物展」が顕著です。

 台北駐福岡経済文化弁事処 戎 義俊(えびす よしとし)処長の県議会での講演が印象的でした。
 なぜ台湾が世界一の親日国家になったのか。
。隠坑坑糠台湾中部大地震においていち早く救援隊として駆けつけたのが日本のレスキュー隊であった。
台湾の灌漑に大きく貢献をした「鳥山頭ダム」を造った八田与一さんの功績、お蔭で米や畑を生産できる穀倉地帯に変わった。
K永 仁さんが「蓬莱米(ほうらいまい)」を台湾にもたらした。このコメは日本の「こしひかり」に相当するほど台湾にとって価値ある米である。
つ撒鐃平さんが「二峰圳」(地下ダム)を造ったこと。
 これらの人たちが、台湾の人口2300万人、九州と同じくらいの面積の国ではあるけれど、今日の台湾の基礎を作った恩人であること。台湾の教科書には、このことがちゃんと掲載され恩人として子供たちに受け継がれていることでした。

 その台湾の人たちが、日本に感謝する気持ちの現れとして東日本大震災時に、公ではなく民間人の一人一人の気持ちが250億円を超える義援金が集まったとのことでした。これには日本政府はもちろん、台湾政府も大変驚いたそうです。

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「蓬莱米の父」と言われる磯永吉先生の紹介です。

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台湾大学の「磯小屋(旧高等農林学校作業室)」には、磯 永吉先生と末永 仁先生の銅像が並んであります。


 末永 仁先生は、元福岡県農業試験場に務める公務員で、台湾にわたり米の生産技術を教えられた恩人です。今回の訪問でわかったことは、「蓬莱米の父」と言われる磯 永吉(いそ えいきち)先生がおられたことです。磯小屋と呼ばれ、台湾最古の木造学校建築の中の一つで、農業教育校舎建築として代表的な存在だそうです。台北市政府に直轄市(台北市)の認定遺跡として2009年指定されています。
 末永先生とは同じ生まれ年で、磯 永吉先生が台北市、末永 仁先生が台中市と、それぞれの功績が台湾農業の発展につながって今日の台湾があるとのことでした。
 かつて日本が台湾を統治した時代、「日本は工業、台湾は農業」というスローガンがあり、日本の食糧基地としての役割が台湾にあったのではないかということです。

DSC_0556  末永先生銅像
台中区農業改良場の歴史室の真ん中には末永 仁先生の銅像があり、後ろには歴代場長の写真。そして様々な記録写真が展示されています。

DSC_0552  洪先生t関井団長
対応していただいた研究員兼秘書の洪 梅珠農学博士です。洪さんは北海道大学農学部出身です。雪が降らない台湾から雪の北海道に留学したときはとても大変でしたが思い出の場所だそうです。

DSC_0550  農業改良所冒頭席
1列目右が関井利夫団長、左が平井信太郎市議、2列目右は山上高昭市議、左は森 和也市議、3列目左は井福大昌市議です。

DSC_0565  改良場記念写真1



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DSC_0558  記録文書
とても驚きました。昭和3年の事績です。私たちが来るということで約90年前の試験報告書を用意されていました。とても貴重な文書ですので、手袋をはめて見させていただきました壊れそうで次のページまでにしました。

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一番上には末永場長の決裁が押印されています。

DSC_0560  歴史沿革


DSC_0566  歴史沿革2


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末永場長ご家族写真です。

DSC_0568   65号説明パネル
末永先生の稲作技術の”水稲台中65号”はおいしい米として改良されながら今も受け継がれています。

DSC_0569   パネル展示を見る


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お土産に真空パックされた福岡県産「元気つくし」「夢つくし」「ひのひかり」と今台湾で一番美味しいと人気の米の交換です。今度末永家に訪問団報告に行く最高のお土産をいただきました。

DSC_0571   台中区農業改良場


P1110341   洪先生説明


DSC_0573   改良場の現地案内
この先に見える試験田は縦横100メートル×100メートルの田が4面あり、米の収穫量が把握しやすようになっています。

P1110357   改良場前にて
台中区農業改良所で洪先生と一緒に記念写真です。


磯小屋にて

DSC_0522   劉さん説明
劉さんから末永先生の説明を受けています。

DSC_0531  磯小屋 説明


P1110237  磯小屋記念写真

P1110262   磯小屋前にて
磯小屋前にて


後日、台湾事情やぜひ紹介したいことを掲載致します。








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2016年01月29日

特別委員会

11:00〜      「広域行政推進対策調査特別委員会」
場所:第2議会会議室

◆今日は閉会中の調査特別委員会が開かれました。

 議題は、「地方分権改革をめぐる動向について」「国の『まち・ひと・しごと創生総合戦略』の改定について」「平成28年度観光関係政府予算概要について」「広域観光振興の取り組みについて」等でした。
 執行部から各議題に関する説明、報告がなされ、委員からは広域的な観光推進を図るため、県庁内での関係部局同士の連携、市町村との連携の一層強化を求める意見などが出されました。私も、観光客のレンタカー利用に関連し、先日のような大雪に際しては、観光客の安全確保のため県警等と連携した対策の必要性を訴えました。

 地方分権改革に係わる執行部の説明によると、平成27年度の地方分権改革に関する提案募集状況は、地方から87団体334件が提案されました。(九州地方知事会では、九州が一体として取り組む課題15件(福岡県提案分を含む)について共同提案しました。)

 地方からの提案に対して、平成27年12月22日「平成27年の地方からの提案等に関する 対応方針」が閣議決定されました。

  「対応方針」では、「提案の趣旨を踏まえた対応」など前向きな対応とされた提案が7割を超え、主な見直しとして「地方版ハローワーク」の創設等を内容とした新たな雇用対策の仕組みなどがあります。

 対応方針で法律改正が必要なものについては、現在開会中の平成28年通常国会に一括法として提出される予定とのことです。その外、地方公共団体に対する通知による対応や、引き続き検討を進める提案は、適切にフォローアップを行い、遂次、「地方分権改革有識者会議」に報告して対応するとのことです。

 広域観光振興の取組みでは、九州観光推進機構を活用し今年度は外国人個人客をターゲットに「レンタカーで九州をドライブしよう!2015」の実施、観光客の観光地等におけるインターネット利用環境を向上させる「Kyushu_Free_WiーFiプロジェクト」の推進に取り組んだことなどが報告されました。
 
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2016年01月25日

大寒波

                  「記録的な寒波 九州全域で大雪」

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昨日の朝です。雨戸を開けると一面雪でした。

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◆冬型の気圧配置が強まった影響で、九州地方は大寒波に見舞われました。記録的な寒気が流れ込み、沖縄では史上初めてのみぞれが降ったり、奄美大島では明治から115年ぶりの雪が降り、福岡においては昭和58年以来の”大雪警報”です。九州いたるところ大雪でマヒ状態となりました。

 近年、地球温暖化の影響で九州の平野部での積雪はまれなことから、自動車のタイヤにチェーンを巻くことや、スノータイヤを履いて走るなどほとんどの車がしていません。このことは雪国では当たり前のことですが、九州は年に一度あるかないかの積雪のためにその対策は取られていません。

 私が住む大野城市の南地域を走るバス路線も凍結のため昨日から運行止めになっています。南地域は高低差のある住宅団地がほとんどです。歩く人も雪になれず恐る恐るです。雪になれない車が走るとスリップや事故と大渋滞を起こしています。福岡天神の大通りさえアイスバーンになっているとのことです。

 今日の朝初めての経験をしました。起きてガラス戸を開け、雨戸を開けようとしてもガラス戸が凍りついて開きません。昨日の夜は水道管が破裂しないように少し水を流そうと外の水道蛇口を開けようとしますが、凍りついて開きません。幸い風呂の蛇口を少し開けていましたので朝の生活には困りませんでした。
 
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雪をかぶっていた万両も雪の重さに耐え切れずこのようになっています。

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今日の南ケ丘地区ですが、景色は一面真っ白です。

 今日は月曜日ですから通勤や仕事の車が走っていますが道は真っ白です。パトカーも巡回しながら注意を呼びかけています。

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注意を呼びかけるテロップには”大野城市で 午前0時15分ごろ バイクが転倒し車両11台が追衝突” が朝からずっと流れていました。全国都道府県対抗男子駅伝は愛知県が優勝し、福岡県は8位入賞でした。

 昨日は動きが取れないことから、松本清張の「熱い絹」を読破したり、全国都道府県対抗男子駅伝のテレビ観戦。そして絶対に見なければならなかった地元福岡県柳川市出身の琴奨菊関の優勝をかけた一番です。私は境川部屋のファンですからいつもは豪栄道関となりますが、この一番だけは琴奨菊の優勝です。
 見事なぶつかり合いから琴奨菊の寄り、そして土俵際、右からの突き落としで琴奨菊優勝。この瞬間、観客席で応援している琴奨菊関のお父さんの号泣の姿が映し出されました。思わず私も泣いてしまいました。
 日本人出身力士の優勝は10年ぶりと放映されると、現実ではありますが日本伝統の大相撲の歴史を考えると少し違和感を覚えます。
 琴奨菊関の優勝インタビューで、「信じられない。たまたま自分が、そのときに初優勝をしただけ。集中して、やるべきことをやって結果を出せたことに満足している。」これからは境川部屋プラス琴奨菊関の大ファンになりました。綱取りをかけた来場所が待ち遠しいです。

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NHK番組 サンデースポーツでの優勝会見から



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