年明け早々の1月10日、その老紳士はふらりと見えられた。正月の賀会のお帰りか、三つ揃いのスーツのきちんとした佇まいで「家を建て直すことになって」と、出された名刺の美しさに目を見張った。水の中で生き生きとおよぐ川魚、3匹の鮎の絵だった。絵はご自分でかかれたもので、思わず見とれてしまった。
家は築百数十年経ち、立て替えのためやむなく取り壊すことになり、古材を使いたかったがなかなか難しく、ほとんどの材料は処分することになったが、どうにか大黒柱だけは取り置くことにした。
これで何か記念になるものを造りたいとのお話だった。なにしろ遠方のため簡単には見に行けず、何とか工務店に頼んで、私どものところまで材料をお届けくだされば考えましょう、と申し上げた。
何ヶ月かたち、幸便で大黒柱はやってきた。家の記念だから、どっしりと存在感のある菓子器がよいとのことになった。数は7個。父の代からお世話になっているロクロ師の有沢さんに相談し、一尺角はある立派な大黒柱だったが、蓋と身を共木でとる上下一木の菓子器の木取りが始まり、いいとこどりでようやく7個がとれた。
ゆっくりと時間をかけたロクロで、主人にも相談し、猛暑を越えた頃になんとか木地が仕上がった。
随分時間がかかってしまった事の報告やらで、夏の夕暮れ、皆が帰り、静まった店の事務所から電話した。仕上げは拭き漆がいいと思うと申し上げると、
「しっかり。思い切ってやってくれ。家の記念だから。」
ああ、そうだった。私たちはいつもこのように、お客様に励まされ仕事をしてきたのだ、と気づき、思わず涙がでた。
約束の9月のお彼岸前、一つのさやに収まり、丸々と育った豆のように、身はぎりぎり一杯にみなぎって菓子器は一斉に生まれ出た。
「玉のような男の子と女の子が生まれました。」と電話をした。「そうか、玉のようなね。」とご夫妻で見えられた。最初に選ばれた1点は、代々お世話になられる親しいお寺のご住職に、続いてご弟妹とご自宅に、そして今は遠くでお仕事をされるお子様方に3個。
家を支え続けた一本の巨木は、7個の珠に生まれ変わって全国に旅立った。桐箱には「欅蓋付菓子器 A家大黒柱ヲ以テ七個ノ内」。
後日、A氏はO町の七人衆と呼ばれる漁師さんとわかった。有り難うございました


