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2018年03月06日

【群馬の事件簿】銀行員失踪事件の真相

 伊藤純子です。新年会も残すところあと2つ。当ブログをご覧のみなさまにおかれましては、お元気でお過ごしのことと拝察いたします。

 行事が重なり、故郷・前橋市に足を運ぶ機会が多いのですが、前橋市、とりわけ駅北界隈を訪れる度に、必ずある「事件」が私の脳裏を掠めるのです。その事件とは、銀行員が集金したお金を持ち逃げすると言う、当時のグンマニアンを不安に陥れた事件であります。

 時はバブル期1982年12月18日、日本生命前橋支社ビルにある重油タンクの清掃中、絞殺死体が発見されたことに端を発します。死体の身元は、1977年7月25日、集金に出たまま忽然と姿を消した、群馬銀行本店渉外係の男性(45)でした。

 佐木隆三著『殺人百科(4)』(徳間文庫)によると、銀行員が乗っていた車が、日本生命前橋支社ビルの駐車場で発見されるも、集金したはずの現金780万8721円と、小切手44通(額面合計1033万6735円)が無くなっていたそうなのです。

 事件発生当時、銀行員による横領事件や不祥事が明るみになる社会背景もあり、群馬銀行は、「持ち逃げの可能性がある」として、あえて届出をしませんでした。翌日、銀行員の妻が、前橋署に捜査願を提出するも、前橋署は「持ち逃げによる失踪」と判断。マスコミも同様に報道しました。

 「持ち逃げするはずがない」と、妻は警察に夫の無実を訴えましたが、聞き入れてはもらえませんでした。さらに悲劇は悲劇を生み、1981年8月27日、妻は自宅の寝室で自殺。重油タンクの中から夫の死体が発見されたのは、その1年4か月後のことでした。

 翌年12月22日、群馬県警は、練馬区のパチンコ店に住み込んでいたF(事件当時43)を逮捕。事件当時、Fは日本生命前橋支社の社屋ビルに管理人として、妻子とともに住んでいたそうですが、警察の手がまわると、Fはすんなり犯行を自供。動機は「ギャンブルでサラ金から500万円の借金があり、返済に追われていた。奪った金は返済に充て、残った150万円はギャンブルで使い果たした」とのこと。なんとも身勝手な言い分に、憤りを覚えます。

 1983年9月26日、前橋地裁はFに無期懲役判決(求刑死刑)を下しましたが、翌年12月19日、東京高裁で控訴をするも、棄却。上告しなかったため、刑が確定しました。

 時効を過ぎたあとになってはじめて、銀行員こそが強盗殺人事件の被害者であることが明らかにされたのです。

 「銀行員が大金を手に行方不明になった」ー。愛する夫にかけられた容疑を晴らそうと、必死に懇願する妻の気持ちを思うと、居た堪れなくなります。あのとき警察が、妻の訴えに耳を傾けて捜査を行っていたら、あのとき報道が、銀行員による犯行を印象付けるような論調をしていなければ、事件は早期に解決され、残された家族も世間から白い目で見られることもなく、最悪な展開は避けられたもしれません。

 人が倫理観を失うとどうなるのか、そう自問自答する私がいます。同時に、世間の冷たさを感じる事件でもあります。

 コンクリートの街並みにも、まもなく春がやって来ます。でも、あの悍ましい事件は、いつまでもグンマニアンの悲劇として、つきまとうことでしょう。



junks1 at 23:35│Comments(0)独り言 

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