JUNOのひとり言

障がい者福祉、制度、地域での暮らし、支援、医療的ケア…日々感じたことを感じたままに…

年度初めに…

新年度、になりました。自分や法人の仕事の中では、通所など「新年度」を意識するような部分があまりなく、今春は新職員の採用もなかったり(採用予定がなかったのではなく、来てくれる人がいなくて)、異動のしようもなかったり…で、正直あまり実感はないのですが、周り(他事業所や行政の方など)では退職されたり異動があったりで、そういう話を聞くと「あぁ、年度替わりなんだなぁ」と実感させられています。

そんな「代わり映えのなさ」も、「日々同じように過ごせていることの大切さ」と捉えれば、そのことを続けていけていることにまず感謝しなければと、徐々に満開に近づきつつある桜の花を見ながら思っております。

もちろん「何も代わり映えがない」というわけではなく…去年の秋に(しらっと)始めた相談支援は、年末からこの春の初めにかけて少しずつですが利用して下さる方が増えてきました。いわゆる「相談支援専門員」(う〜ん、なんてエラそうな名称なんだろうとあらためて思う)は自分一人なので、法人の役割も兼ねながら、出来る限りお一人お一人にしっかり向き合ってやっていこうとした時に、何人くらいまでなら出来るのかなぁ…と自問自答しながら、そこには「正解」なんてもちろんないので、結局は自分で考えなければということですし、「やります」と言った人に対しては手を抜くようなことは出来へんよね〜とは思ってます。

そんな中、どうも最近周りの人から「とってもお忙しくされているのに、すみません…」と言われることが増えた(言われることも、言ってこられる人も)ような気がしています。自分ではそんなつもりも全然ないのですが、知らず知らずに「忙しいオーラ」を発してしまっているのか…あるいは無用にバタバタしているような雰囲気を醸し出しているのかも…う〜ん、まだまだアカンなぁ、じぶん…って思いますね。

3年前に亡くなられた廣瀬明彦さんは「お忙しいのにすみません」と言われると、「いやぁ、暇で暇で!」といつも笑顔で言われていたそうです。あの笑顔でそう言われると、言われた人は「いやぁ、そんなことはないやろう」と心の中では思いながらも、どこかで安心して「それでは…」と相談やお願い事ができたんだと思います。かく言う僕もその一人なわけで…

例えば今の自分が同じように「お忙しいのにすみません」に対して「いやぁ、暇で暇で!」と言ったとしても、きっと「単なるやせ我慢」とか「嘘八百」やとしか思われへんのでしょうね。実際、「余裕のなさ」が簡単に見透かされてしまっているから「上記」のようなことを良く言われてしまっているんでしょうし…

もちろん、廣瀬さんの言葉は嘘やハッタリではなく。ご自分が「忙しい」なんて感じておられなかったんだと思うし、周りの状況やされて来たことの一つ一つを、きっと心から楽しんでおられたんじゃないのなかなぁ…と(もちろん僕らには考えつかないようなご苦労もされてこられたことと思いますし、勝手な想像でしかないですが)思うんですよね。それだけ大きな人だったんだなぁと、今あらためてあの大らかなお人柄を思い出したりしています。

僕なんかが一生かかってもそんな域には達しないとは思うのですが…「いやぁ、暇で暇で」という台詞にちょっとでも真実味を感じてもらえるような、そんな人にいつの日にかなれるように努めたいと思った、そんな年度初めでした。

2016年度も、引き続きよろしくお願いいたします。

2月11日に…

今日という日が自分にとって「特別な意味を持つ日」となって、ちょうど20年経ちました…
 

昨日、「近畿地区知的障害者施設協会」の職員研修の「重度重複障がいのある人の支援を考える」という分科会に(一応)講師として読んで頂き、お話しさせてもらってきました。
最初このお話を頂いたときには「施設協会」の研修に「施設」を持たない法人の自分が何を話すべきか…と一瞬は思ったのですが、結構二つ返事でお受けすることにしました。その理由の一つは、全体会講師と分科会のコメンテーターとして児玉真美さんが来られることで、伊丹の「誰もがフォーラム」以来、お久しぶりにお会いできるのならと思ったこと。そして全体のテーマが「障がいのある人の『いのち』について考える」であって、児玉さんが一貫してブレずに話されるであろう内容も考えたとき、「施設職員ではない」自分がそこで話すことにも意味はあるのかな…と思ったからです。
そうは言っても現在「施設」で実践をしているわけではない身としては、支援の方法論や技術論ではなく、これまでの出会いとそこからの学びを通して感じてきたことを、できるだけ具体的にお伝えするしかないなと思い、あれこれ考えて準備をして行きました。

当日、60分の持ち時間を数分オーバーしてしまい、(いつものことですが)最後は飛ばし気味の話になってしまいましたが、伝えたかったことは「障がいが重いとか、医療的ケアが必要だとか、強度行動障がいと言われてしまう人だとか、言葉があるとかないとか…そんなことには関係なく、誰にでもこの世に生まれてきたその瞬間から固有の尊厳があり、かけがえのない存在であること」。そして「かけがえのない存在」であるもの同士の「ひびきあい」こそが我々の仕事である(ありたい)こと…
そして、そのことを自分に教えてくれた、自分にとってかけがえのない存在の一人として「ゆう君」始め、出会ってきた人たちのお話をさせていただきました。結果的に前日の講演で児玉さんが話されたことや、分科会でお二人の方からの実践報告の中で伝えられたことと、根底の所にあるテーマはちゃんと繋がっていたのではないかと思っています。

分科会後半の児玉さんからのコメントで「話の中で『出会い』という言葉が何度も出てきた。おそらく意識されていないと思いますが…」と言われて「あぁそうなんや」とあらためて思いましたが、あらためて振り返ってみると、この四半世紀の自分の生きてきた道の中で、本当に貴重な出会いに恵まれてきたんだなぁと感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、今日。「ゆう君」とお別れして、今日で丸20年…一番「根っこ」の部分で大事にしたいことは、ゆう君に教えてもらってから今まで変わっていないことを自分なりに確認できたと思っています。

それにしても、今日の空は青かったね。去年もそうだったけど、ゆう君らしいよいお天気でした。
よし、また明日からがんばるわ!

手作りの成人を祝う会

今日は乙訓で恒例となっている「手作りの成人を祝う会」へ、参加させて頂きました。
この会も数えること、22回目。今年は18名の新成人が晴れ着やスーツで身を固めて、晴れやかな表情で参加されていました。

新成人のお一人に、上の娘の一つ下で学童保育で一緒だった女の子(もう「子」じゃないですよね…)が参加されていました。学童の夏の合宿(前回のエントリーでも書きましたが)で川遊びをしたよね〜、と一緒に来られていたお母さんとの思い出話にも花が咲きました。川に入るのにヒョイと抱っこできていたくらい小さかった彼女が、もうすっかり大人の素敵な女性になられていて、月日の流れをしみじみと感じさせられました。

皆さん、あらためましてご成人おめでとうございます!

手作り成人を祝う会1







手作り成人を祝う会2






新しい年の「はじまり」に…

年が明けて、早くも10日ほど経ちました。
「てくてく」では新春恒例の「球ぼっくる」(ボーリング大会&食事会)を、本日開催しました。
メンバー・ご家族、登録ヘルパー・世話人の皆さん、そして職員で、楽しい時間を共有し、新しい年への思いを新たにしたところです。
食事会ではボーリング大会の表彰式を始め、「マジックショー」など楽しい企画もあるのですが、その中で「バンド音(おん)」と銘打って、メンバーの皆さんと歌うコーナーが恒例となっています。
選曲も参加されているメンバーの希望で決めるのですが、今回やった2曲のうちの1曲が“かりゆし58”の「オワリはじまり」でした。

 

この曲、実は個人的にも思い出があって…下の子が小学3年生の時、学童保育で毎年夏に行く「合宿」のキャンプファイヤーの終わりに、この曲を子ども達がみんなで歌うことになったのですが、指導員の先生に「ええ曲選ばはったんやねぇ」と言うと「4年生のA君が好きや言うて決まったんや」と教えてくれたのでした。
うちの地域の学童保育は4年生まで利用できるので、学童の中では4年生が「最高学年」になるのですが、その年の4年男子はなかなかにヤンチャで、指導員にも結構手を焼かせる子も多く、A君もその一人だったので、「へぇ、彼こんな曲が好きなんやなぁ」と意外に思ったものでした。
そしていよいよ学童当日のキャンプファイヤー。ちょっと幻想的でもある炎を囲み、子ども達が気持ちの込もった歌声で歌う「オワリはじまり」を聴きながら、「最後の合宿」になるA君始め4年生の子ども達は、どんな思いでこの曲を歌っているのかなぁと、そして来年はいよいよ我が子達が最後の合宿を迎えると思うと、何やら心にジンワリとこみ上げてくるものがありました。それ以来、この曲を聴くといつもあの時の情景を思い出して、胸がいっぱいになってしまいます。

そして今日、「てくてく」のみんなとこの曲を歌いながら、メンバー一人ひとりとの1日1日の時間を、日頃どれだけ大切に思ってきたかなぁと、そんなことを思い返していました。
一日の終わりに
「もうすぐ今日が終わる やり残したことはないかい」
と振り返り、
「かけがえのない時間を胸に 刻み込んだかい」
と自分に問いかける…そんな気持ちを持って、新しい年を1日ずつ、みんなと一緒に歩いていけるよう努力していきたいなと。そんな思いを強くした、今日の「球ぼっくる」でした。

皆さん、あらためまして今年もどうぞよろしくお願いします。

「医療的ケア必要な子どもへの支援強化で法改正へ」の記事を読んで…

どうもご無沙汰しています。なんと半年ぶりの書き込みです!
この間、特にそれまでと比べて忙しかったと言う訳でもなく、ただ単に発信意欲が沸かなかったということと、Facebookが主になり、そちらが気軽に書き込めるので、腰をすえてBlogに何か書こう、という気持ちになかなかなれなかった、ということなんですが…。
今日久しぶりに書いてみようと思ったのは、タイトルのWEB記事について。昨日思うところをFacebookにも少し書いたのですが、もう少し書いておきたいなと思ったので…書くことで少し考えが整理できるかと書き始めたのですが、余計にゴチャゴチャになった感じでダラダラ長いのですが、お付き合いいただける方はよろしくお願いします。ご意見などもいただけるとありがたいです。

 医療的ケア必要な子どもへの支援強化で法改正へ
 NHK NEWSWEB 12月14日 20時30分

たんの吸引など医療的なケアが必要な子どもが増えるなか、厚生労働省は必要な法律を改正し、こうした子どもや家族への支援を強化する方針を決めました。14日は厚生労働省の専門家会議が開かれ、障害者を支援する法律の見直し案がまとまりました。この中では、たんの吸引など日常的に医療的なケアが必要な「医療的ケア児」が増えていることから、子どもたちが福祉サービスを利用しやすくなるよう新たな仕組みを作るべきだとしています。また、必要な支援につなげるため相談窓口を充実させることや、「医療的ケア児」に対応できる専門の医師や看護師などの人材の育成も進めるとしています。文部科学省によりますと、全国の小中学校、それに特別支援学校で、医療的ケアを必要としている子どもは昨年度は8750人で、この8年間でおよそ3000人増加しています。背景には高齢出産の増加や、医療技術の進歩で命を救える子どもが増えていることがあると指摘されていますが、医療的ケア児を支えるための福祉サービスは少なく、家族に重い負担がのしかかっているのが現状です。厚生労働省は専門家会議の議論を踏まえ、必要な法律の改正案を来年の通常国会に提出することにしています。(…続く)

「医療的ケア」を必要とする子ども達やその家族の課題が社会的に認知されていくことは、とても重要なことだと思います。全国各地で様々な問題を抱えて暮らしておられる「医療的ケア」を必要とする人やその家族の暮らしの実態があっても、なかなか大きな動きには繋がらなかった「医療的ケア」の課題が、施策検討の「表舞台」に立つようになってきた、という点で「大きな一歩」を踏み出したと感じますし、こうした流れにつながる動きをつくって来られた方々のご尽力には、心から感謝と敬意を表したいと思います。(なんか偉そうな言い方ですね、すみません。)

今後されるという「新たな仕組み」の検討内容についてしっかり注視しつつ、私たちも出来る形でしっかり課題提起や発信をしていかなければと思います。

ただ、最近の医療的ケアに関わる課題発信の文脈でよく使われていて、この記事にも何度か出てくるのですが、「医療的ケアを必要とする子どもたち(あるいは大人の人たち)」のことを「医療的ケア児(あるいは者)」と呼ぶ言い方には、なんとも言えない違和感を感じてしまうのも正直なところです。

そもそも「医療的ケア」とは「経管栄養・吸引などの日常的に必要な医療的な生活援助行為を、治療行為としての医療行為とは区別して『医療的ケア』と呼ぶ」とされています。(※)
つまり「医療的ケア」はその子が日々暮らしていくために必要な支援であって、その支援を確保していくことは、その子が「一人の子ども」として、当たり前に暮らし、成長・発達していくための条件整備の問題なのです。(最近よく言われる言い方で言えば、障害がある人への「合理的配慮の提供」の一つであると思っています。)

ここで考えなければならないのは「一人の子ども」として、例えば「医療的ケア」を必要としない子ども達と同じように「当たり前」の暮らしが保障されるために、その子に必要な「医療的ケア」を確保することであると思うのですが、ここでこの子ども達のことを「医療的ケア児」という言い方で括ってしまうことによって、「一人の子ども」という捉え方ではなく、「医療的ケア児」というある意味「特殊な子ども」の問題だと捉えられてしまうような気がするのです。

あくまでもこれから考えていくことが、「支援のあり方」としての「医療的ケア」の問題なのであれば、「医療的ケア児」とまとめた呼び方をするのではなく、「医療的ケアを必要とする子ども」と(長くなるからということではなく)その都度ちゃんと言っていかないと、問題の本質がちょっとずつずれていってしまうんじゃないのかなぁ、と。

「それは言葉尻を捉えた揚げ足取りやん」と言われるかも知れませんし、「そんなん、ただの屁理屈やんか」と言われれば、まぁそうなのかもしれないんですが…ただ、これから施策の検討に関わる方々が「医療的ケアを必要とする『子ども』の課題を考える」という視点で臨まれるのか、「『医療的ケア児』の課題を考える」という視点で発想されるのかとでは、検討の方向性や結果としての具体的な内容もずいぶん違ったものになってしまうのではないか…と思うのは考え過ぎでしょうか。

そして、もちろんこれは「子ども」の問題だけでなく、「大人(者)」の方についても同じことが言えると思っています。 

(※新版 医療的ケア研修テキスト 日本小児神経学会社会活動委員会 北住映二・杉本健郎 編 クリエイツかもがわ より引用)

 

NPO法人医療的ケアネット シンポジウムのご案内

こんにちは。気がついたら先月はまったく何も書かぬままに過ぎ去ってました…
発信意欲が低下している…というより、なかなか気持ちの部分でまとまった文章を書く余裕がない、と言う方が正確でしょうか。また、ちょっとしたことはFacebookに書くことも増えたことも、ブログ放置の一因にはなっていると思います。が!やっぱりずっとやってきたことなので、これからもちょっとずつは…とは思います。

そんなことで、言い訳はこのへんまでにして…とりあえず今日はこの週末に迫ったNPO法人医療的ケアネットのシンポジウムのお知らせを!(^^)/

ぜひ、ふるってご参加下さい!

シンポジウム「当事者の声を聞く」
〜第3号研修がひろげる暮らし〜

喀痰吸引等研修事業が始まって3年。医療的ケアを必要とする方々の地域での暮らしに「第3号研修」はどのように役立ってきたのか、「当事者」の生の声を聞かせていただきながら、その意義を確認するために集いたいと思います。
 「当事者」というとき、こどもからおとなまで、また実際に医療的ケアを必要とする方から家族、そして「支援者」もまた「当事者」だと言えるのでしょう。
 第3号研修がそれぞれの立場の方々にとって、どのように役立ち、またどのような課題があるのかを共有しつつ、厚生労働省の「平成25年度 喀痰吸引等研修(第3号研修)実態調査の結果について」という報告書から見える全国の課題もひもとき、京都発の成果と課題から全国の課題を抽出し、これから必要となるだろうと思われる、第3号研修を実施している研修機関・事業所をふくめた「当事者」のつながりの必要性を問います。
 第3号研修によって得られた成果と課題をあきらかにしていくことで、「当事者」にとってより充実したものとしていくために、一緒に考えていきましょう。

<討論テーマ>シンポジスト
 *司会&コーディネーター/篠原文浩(医療的ケアネット理事)
  1. 重症心身障害児者・家族の立場から
    東海林美希子さん(重度脳性麻痺の女の子の母・作業療法士)
  2. 学校や育ちの場からの報告
    下川和洋さん(NPO法人地域ケアさぽーと研究所)
  3.「難病」患者・家族の立場から
    増田英明さん(一般社団法人日本ALS協会【近畿ブロック】会長)
  4.「支援者」の立場から
    高橋慎一さん(日本自立生活センター・介助者)
  5. 共通する成果と課題を確認・共有・宣言
    会場のみなさんと杉本健郎(医療的ケアネット理事長)

●6月21日(日曜日)13時30分<受付13時から>〜17時

ホテル ルビノ京都堀川 2F加茂の間
 〒602-8056京都市上京区東堀川通り下長者町下ル 
  電話075-432-6161
  京都駅から市バス50系統又は9系統「堀川下長者町」下車徒歩1分

△シンポジウム終了後、17時00分〜17時30分終了予定
  「NPO法人医療的ケアネット 2015年度総会」を開催
  △18時から同ホテル内で
  シンポジストを囲みながら交流会も開催いたします。


  *シンポジウム参加費:会員1000円、非会員1500円(シンポ当日でも会員受付可能)
  *交流会会費5000円 
 (申込みはFAXもしくはEメールでお願いいたします。締切6/15)
  ↑↑現在まだ会場に余裕がありますのでお申し込み可能です。

   特に交流会は必ず申し込みをお願いいたします。
    FAX.075-693-6605 e-mail mcnet-info@mcnet.or.jp
  

資格や研修で得られる「専門性」って…?

「てくてく」では登録ヘルパーの皆さんを対象に、「ヘルパー研修会」月に2回(土曜日の18時からと金曜の13時からの2パターンで、どちらかを選んで参加していただくようにしてます。)を開催し、日々の支援での状況や困ったことなどの意見交換と共に、その時その時にヘルパーの皆さんに知っておいてほしい情報をお伝えしたり、ミニ学習会的な内容を準備したりしています。その中で、今月はこの4月の報酬改定にあわせて見直された「行動援護」の従事者要件について、ちょっとした解説と今後の事業所として考えている対応についてお話ししました。

今回の「従事者要件の見直し」は、これまで「居宅介護従業者の要件を満たす者又は行動援護従業者養成研修修了者であって、知的障害児者又は精神障害者の直接業務に2年以上の従事経験を有するもの」とされていた要件が、4月以降は「行動援護従業者養成研修修了者であって、知的障害児者又は精神障害者の直接業務に1年以上の従事経験を有するもの。」とされたというもの。
つまり、今までは介護福祉士やヘルパー2級の方であれば通所やホームヘルプなどで「知的障害児者又は精神障害者の直接業務」に2年以上従事していれば行動援護での支援を担って頂くことができたのが、今後は「行動援護従業者養成研修」の修了が「必須化」され、研修を受けてない人はダメですよ〜ということになったわけです。ただし、これには「経過措置」がついていて、平成30年3月31日までの間に必要な人は研修を受講しなさいよ〜ということになっています。
 
現在、うちの事業所のヘルパーの皆さんで言えば、研修を受講済みの方もいれば「居宅介護従業者の要件+従事経験2年」の方もおられるので、未受講の方が今後も「行動援護」に入っていただくためには、3年の間に順番に受講して頂く形でお願いしなければならないのですが、そのお話に対する皆さんの反応は様々、というか微妙な空気が…
その理由は、この「従業者養成研修」の内容としては(実は僕も昨年ようやく受講させていただいたのですが)支援に必要な基礎的な学習の機会であり、現に支援に入っている人にとっては日頃の自らの実践をあらためて検証し見直す機会となる有意義なものではあるのですが、3日間みっちり受講が必要で、登録ヘルパーの皆さんにとってはその時間を確保することがなかなか大変であることが一つ。
そしてもう一つが…ヘルパーの年齢層の課題です。うちの事業所でも今「主力」としてお世話になっている方々の年齢層は60代〜70代の方も多く、「3年後までに…」とお話しすると「いやぁ、3年後には我々自身が続けられる体力があるかどうか…もしかしたら自分が介護してもらわなアカンようになるかもしれんし…」と半分冗談(でも半分本気)のコメントをいただいたりしました。それでも、今活躍していただいてる皆さんのお力を借りなければ支援が成り立たない現状もあり、ぜひに…とお願いするしかないところではあります。
 
そもそもこの「行動援護従業者養成研修修了の必須化」は、「障がい者虐待の防止」の観点から、特に「行動障がい」と言われる方々にかかわる支援者が必要かつ適切な知識・技術を身につけることが重要であるということを踏まえて、国としても打ち出してきた方針であると理解しており、方向性としては間違ってはいないとは思っています。
ただ、現実の問題として受講のハードルが高い現状もあり、受講が上手く進まなければ結果としてそもそも足らない支援者の確保が更に困難になってしまうという、利用者自身が望まない結果にもなりかねないのでは?と危惧するところで、なかなかに悩ましい問題だなあと感じています。

一方ですでに現場での実務経験を重ね、職場での研修も一定積み上げてきている(少なくともその努力はしているつもりですが)方々に対して、あらためて受講を必須化させる研修で身につけられるもの…つまりは「専門性」ということになるかと思いますが、それが実際の支援の中でどれほど意味のあるものになり得るのか…いや、そもそも研修や資格の取得を通して確保される(と言われている)「専門性」ってなんなんだろう…と、そうした疑問も浮かび上がってきます。
そうした「疑問」が拭えない理由の一つは、この「資格と専門性」にかかわって、ある意味「真逆」な動きがちょっと話題になっているからです。


ここでは、今後ますます進む高齢化や人口減、地方の過疎化等の中で起こってくると予測される課題を踏まえ、「介護施設、保育施設、障害者施設を1カ所にまとめられるよう規制を緩和したうえで、介護福祉士や保育士など専門職種で分かれている資格を統合し、1人の職員が子育てから介護サービスまで提供できるようにする仕組みを検討する」とされています。
この件について、毎日新聞の4月19日の社説(「福祉資格の一本化 効用にも目を向けよう」)では「現場での指摘」とした上で、「『専門性より当事者性が大事だ』ともよく言われる。」「抽象的な福祉の理念や制度、歴史を知っていることよりも、自分の親の介護を経験した主婦、長年企業で顧客の苦情対応などをこなしてきたシニアの方が戦力になる」という声を紹介しています。(そう言えば、僕自身も似たようなニュアンスのことをちょっと前のエントリーで書いてましたね…)
 
介護福祉士が「介護の専門職」として国家資格となっていった歴史的な経緯等については「介護概論」の教科書などに載っている程度のことしか僕は知りません。しかし、「『専門性』を高めることで社会的地位や処遇を向上させる」ことを目的として進めてきたはずのことが、単に人手が足らないからという理由であっさり否定されるのはどうなのか、と。
もしこの論理がOKならば、ただでさえ人手が足らない「行動援護」についても、「直接関わった経験がある人」であれば敢えて研修受講を必須とする必要性はないのではないのでは?これって同じお役所が同時に進めようとしていることとしては、とっても矛盾しているのではないのかなぁ?と釈然としないのですね。
少なくとも、現場の状況に対してその場その場の「対症療法」ではなく、そもそも福祉職としての「専門性」とは何かという、かなり根本的な議論が必要な課題ではないのかなぁ、と思うのですが…

久々に書いてみたら、ダラダラとまとまらない文章ですみません。何が「正しい」のかは、正直よくわかりません。また、僕自身の理解に足らないところや誤りもあるかもしれませんので、ご意見やお気づき点等がおありの方がおられましたら、教えていただけるとありがたいです。

 

年度末

あっという間に年度末。このところ、ブログもサボってたなぁ…というより、最近は忘れたころに更新というペースですが。(・・;)

この間、公私ともに相変わらずバタバタと、いろんなことがありました。
私事としては、我が家の娘たちがそれぞれ短大と小学校を卒業。上の子はいよいよ社会人。子どもの頃から「なりたい」と言っていた保育士になります。「初志貫徹」で夢をかなえたことは我が子ながらよく頑張ったなぁと思いますが、障がい福祉と同様なかなか厳しい現状の中でどこまでやっていけるのだろうかと(最近、ウェブ記事にはこのようなものもあったり…)、親の立場としては心配ではありますが、若いうちはとにかく仕事にまみれて、これから出逢う子どもたちからエネルギーをもらいながら、できるところまで頑張ってもらえたらなぁと思います。
そして下の子も中学生に。こっちも楽しみでもあり、一方でいろいろ心配だったり…自分自身も「小学生の親」を「卒業」することになり、なんとも寂しい気がしています。でも、いずれも「次のステージ」に向かうステップですから、前向きに受け止めなければと思っています。

仕事の方でもいろいろあったのですが、その中で…府の北部南部の圏域でそれぞれお話をする機会がありました。いずれも乙訓の自立支援協議会での「医療的ケア」に関する取り組みをお伝えするのが主なテーマでした。圏域ごとに地域の特性があり状況も違いますが、「医療的ケア」を必要とする人の支援についてなんとか考えていこうという思いの中で、乙訓でのこれまでの取り組みに注目していただいているんだなぁということを強く感じました。私たちの取り組みが「モデル」になるのかどうかはわかりませんが、とにかく「やってきたこと」をそのままお伝えすることで、これからそれぞれの取り組みを考えていただく「きっかけ」の一つになればいいなとの思いでお話してきたつもりです。今回できたつながりをこれからも大切にして、情報・意見交流などを通してお互いの取り組みに活かしていければと思っています。
お世話になった皆さん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

そして明日から新年度…私たちを取り巻く現状はなかなかに厳しいものがあり、足許を固めていくことがまず求められている状況だと思いますが、悲愴な顔をして「大変だ大変だ」とばかり言ってても何ら道は拓けていかないので、「なんとかなるわ」とある意味開き直って、とにかく「なんとかしていく」しかないなと思う、今日この頃です。

そんなことで皆さん、新年度も引き続きよろしくお願いいたします。<m(__)m>

今年もこの日が来ました。

今年もこの日が来ました。毎年一度、ゆう君が眠る場所に立ち、今の自分を確認する日…
朝から少しぱらついていた雨も出かける頃には上がり、青空も見えて春の訪れを感じさせられる暖かさでした。「晴れ男」だったゆう君らしいお天気。

それにしても…ここに来るといつも「1年って、あっという間やなぁ」と思うのですが、年々その感覚が強くなっているように感じます。そしてゆう君が18歳で旅立っていったあの時から、もう19回目の春です。気がついたら彼が生きてきた年月よりも、お別れしてからの時間のほうが長くなりました。そんなことを考えていたら、ふと「これからあと何回、この日にこうしてここに来られるのかな」と思ってしまいました。まだまだ「道半ば」という思いと、自分に残されている年月は後どのくらいなんだろうという思い…
まだ50歳くらいで、そんなことを考えるのは早いわ!と突っ込まれてしまうかもしれないのですが、これからはそんなこともちょっと意識しながら、自分自身のメンテナンスにも気をつけて、やっていかなあかんなぁと思ったりしたのでした。

でも考えてみれば…ゆう君と出会って、学校で毎日楽しく過ごさせてもらっていた頃って、今の半分以下の年齢だったんですよね。

yukunこれは僕がお話しさせていただくときの「自己紹介」でよくお見せしているゆう君との写真なんですが、小学部の修学旅行で須磨の水族館へ行ったときのものです。
まぁ僕自身は今も外見はともかく、中身はその頃から大して変わっていない、というか成長していないんですね、本当に…。(ーー;)
でもそれは、自分にもまだ「伸びしろ」があるんだと前向きにとらえていかなきゃ!そして自分の「原点」をあらためて思い出して、また明日から頑張るわな、ゆう君!


では、また来年!(^^)/

「人材確保」について、あれこれ…

どうも、ご無沙汰しておりました。m(_ _)m
(最近、ブログのエントリーを書くときに、いつもこの手の挨拶で始まっているような気がしますが…(^^;) )

つい先日、新年のご挨拶をしたと思っていたら、もう2月。実は1月にはいろいろありまして…特に下旬から少し体調を崩してしまい、いろいろな方に迷惑をかけてしまいました。2月に入り、なんとか体調も戻りつつありますので、ボチボチと気張っていきたいと思っています。

そんな中、先週の木曜日に京都府の相談支援従事者現任研修で、少しお話をする機会をいただきました。3日間研修の初日午後のシンポジウムで、テーマは「『人材確保と育成を考える』〜協議会ができること〜」。僕に与えられた役割は地域の自立支援協議会で実施している「介護職員初任者研修」の取り組みについて報告することでした。
この取り組みは平成21年(2009)度からスタートして、年に1回のペースで継続して開催しており、今年度がで6年目になります。スタートした頃は「訪問介護員2級」(いわゆる「2級ヘルパー」)の養成事業でしたが、制度改正により昨年度より現行の形になっています。
実はこの取り組み自体、ここ数年の受講者の減少傾向など課題が山積しているのですが、ちょうど良い機会だと思い、スタート時からの開催状況なども資料にまとめて報告させていただきました。
「現任研修」ということで、現場の第一線で活躍されている方々も多く、大変緊張しながらの話になってしまいましたし、研修の話題提供としてはどのくらい役に立ったのかはわかりませんが、一つの事例として何かのご参考になれば嬉しいなと思っています。

ところで、シンポジスとの皆さんからの報告が一通り終わった後、コーディネーターの谷口先生から、支援職員の「キャリアパス」に関わって、様々な職歴の方が入ってこられる現状を踏まえ、それぞれの「前歴」についてどう考えているか、というご質問をいただきました。
それに対して僕は「実感として、居酒屋やラーメン屋で働いてきた経験のある方は良い支援をされると思っている。」という話をさせてもらったところ、先生から「大学で福祉職を養成をしている者としては、ちょっと寂しい思いがしますね…」と「突っ込み」もいただき、ちょっと恐縮してしまいました。
もちろん、大学での専門職教育を否定するつもりはないわけですし、現在主に直接支援(介護)に関わる事業を中心に行っている立場から、想定したのもそうした人材だったので…でも考えてみれば「相談支援従事者」の研修なので、そのことを踏まえて発言内容を考えたほうが良かったかなぁ…とは思います。

ただ、相談支援であろうが直接支援(介護)であろうが、「人とかかわること」を「仕事」とする人として、一番の「根っこ」というか「基盤」になるものとしては共通する部分であって、例えばそれは忙しい仕事の中でも、お客さんが楽しく過ごしていただくための気づきの力や気配りや心遣いといった所謂「ホスピタリティ」に関わるところだったり、もう少し具体的に言うとすれば「どんなに忙しくて大変な時でも、笑顔を忘れずに関わろうとする姿勢」といったところでしょうか、これらが身についているか…という点で、上記のような業種の経験のある人は、ある意味徹底的に「OJT」を通してトレーニングされている(もちろん個人差はあるけれど)ように感じるわけです。(そしてついでに言うと「少々ハードな仕事でも音を上げない「体力と根性」を持ち合わせている、ということも重要ですね。)

「○○福祉士」と言われる人たち(自分も一応その一人なわけですが)が、福祉分野における「人とかかわること」のエキスパートであるために「専門的な知識・技術」を高めていくことが専門職教育の中では当然求められるとして、この「どんなに忙しくて大変な時でも、笑顔を忘れずに関わろうとする姿勢」は、「専門職教育」の中でいかにして身につけられるのか…それを大学に求めるべきなのかどうかはよくわかりませんが、そのことも大切な課題なのでは…と、かつて事業所で曲りなりにも実習生を受け入れてきた立場としては感じるところです。


しかし一方で、今の「人材不足」「人材確保の困難さ」という現実の問題は相当に深刻で、正直「専門性の有無」を問う余裕は現場にはなく、とにかく「やってみようかなと思ってくださる人」をどれだけ確保できるのか、「やってみようかな」という思いを少しでも持っていただくための工夫をして、その思いをもってくださる方がいればもうそれだけで貴重な「人材」だととらえて、少しずつ、時間がかかっても「育成」していくこと、その努力が事業所にも求められているんだと思っています。

その一つとして…うちの法人では、スタッフ募集のチラシを準備して、職員やご家族で手分けをしてポスティングさせていただいています。
特にホームの近隣のお家には、ホームの名前の入ったチラシを作ってポスティングしています。そうすると少しずつですが問い合わせの電話がかかってきていますので、ただ漠然と「障がいのある人への支援」とか「ヘルパー募集!」ということではなく、「うちの近所にある、あのホーム」といった形で発信すると「私にも何かできるかも」と思っていただきやすいのかもしれません。

人材確保の課題は、一事業所・一法人の問題ではありません。自立支援協議会での取り組みはもちろんのこと、いろんな形で地域全体の底上げを図っていくような工夫も考えていかなければならないと思っています。



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