8月15日の71回目の終戦記念日

15日に靖国に行けなかったので その前の週末、土日2日連続で行ってしまった。

夜の靖国神社は幻想的である。

この時の写真がこれ






































先人達の御霊に感謝の気持ちを伝えてくる。
いやあ心が凛としますな…………。


というわけで今回は

太平洋戦争についての事

長年興味があり自分なりに色々研究をしてきた。

 
圧倒的な小国である極東の日本 大日本帝國が

なぜあの大戦に向かってしまったのか?
当時の日本は何を考えていたのか?
本当に日本は勝とうと思っていたのか?
日本の狙いはなんだったのか?
山本五十六司令長官の狙いは何だったのか?
何故、負けたのか?

ということを自分が勉強しまとめた事をミッドウェー海戦を中心に書いてみる



1941年太平洋戦争開戦を決意
「本八日未明、帝国陸海軍は西太平洋上において米英と戦争状態に入れり」
という状態に突入

日本は、山本五十六司令長官は何を狙ったのか?


12月8日
ハワイ真珠湾があった後のミッドウェー海戦
2011年12月8日は帝国海軍の機動部隊が、
アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島パールハーバー他を
攻撃 いわゆる真珠湾攻撃を連合国司令長官 山本五十六が立案し大成功を収める。

山本長官は
米海軍を守勢に追い詰めるために
もう一度奇襲攻撃を考えた。

山本長官の目的は勝利ではない。渡米経験もある山本は
アメリカ海軍に勝とうなんて思っていなかった。
現実主義者の山本五十六はこれっぽっちも考えてなかった。

山本五十六司令長官の狙ったのはただ一つ 

「米国海軍 と米国民をして救うべからざる程度にその士気を阻喪せしむ」

アメリカは長期戦に弱い
大統領の任期は4年………反戦運動が巻き起こるとたちまち 世論が変わってしまうことがある
山本五十六はこの戦意消失を狙ったのである。

バーン!バーン!って奇襲攻撃を二発 かませば
アメリカの反戦運動が起こるのではないか?

アメリカの南北戦争での死者が62万人
アメリカは死者が50万人を超えると 戦争を辞める傾向があると
山本五十六はよんでいた。

だから反戦運動を引き起こせば絶対にアメリカは割れる
これが五十六の狙い、一発目の真珠湾は 大成功し 見事にアメリカの背中を切りつける。

相手を背中から斬りつけた。この切りつけたおかげでアメリカ海軍はガタガタになった。

しかし利き腕の右腕を切り落としていないという事で
山本五十六司令長官の発案で 決行された第二の矢が ミッドウェー海戦である。

アメリカから戦意を消失さえすれば ……というのが山本五十六の狙い

一方 日露戦争における 日本海海戦が忘れられない日本軍

艦隊決戦でどちらかが全部ぶっ潰して消えて無くす事を狙う

精神的攻撃→山本五十六→戦意を消失させて早期講和
物理的攻撃→日本軍→なるべく自分は傷つかず相手だけを破壊

と考えた方がバラバラだった。

そもそも真珠湾攻撃の後 、日本軍はハワイに上陸していない
あれだけの奇襲攻撃をし ハワイをボロボロにしておきながら
 ハワイ上陸作戦を日本は取らなかった。

何故か? 自らが傷つくという攻撃方法を日本軍が 考えていなかったからである。
上陸作戦には被害を被る。それを日本軍は避けたのである。これは戦争する上で
馬鹿げている作戦

一方アメリカは夜陰に乗じて日本軍が乗り込んでくると思い海兵隊が海岸線に立って防備をしていたのだ。

なぜ日本軍は上陸作戦を決行しなかったのか?


重複するが
山本五十六と日本軍が考えていることが違った。

もしハワイを占領していたら………どうなっただろうか?
1945年 敗戦という形で終わったのだろうか?
少なくとも全然違った形になっていたのでは無いか?と思う。

戦争をする上で の絶対は

『統一感が無い戦線は絶対に敗れる。』ということであり
当時の日本はバラバラの状態であった。これでは戦は勝てるはずが無い

北太平洋、中部太平洋にまたがる海域を
日本海軍が一挙に占拠するというの
大日本帝國の作戦

投入兵力 戦艦約200隻、航空兵力700機、乗員将兵10万人
主役は航空兵力を有する南雲中将率いる第一機動部隊空母4隻
ミッドウェー海戦に投入された兵力である。

日本海軍のシナリオ
6月5日北西250海里へ進出
航空兵力によるミッドウェー基地を攻撃し
この間母艦搭載半数は敵空母出現に備えて待機

6月7日ミッドウェー上陸し航空機を着陸せしめ
随時 米国海軍を空母搭載機と合わせ攻撃をする。

ミッドウェーからアリューシャン列島、トラック島まで
太平洋の5分の4を日本の航空兵力全部網の目に抑えるという重大な作戦であった。

米海軍は太平洋と大西洋に艦隊を二つ配備しているのでものすごく苦しかった
よく日本はアメリカの圧倒的な物量に負けたと言われるが、少なくとも
この時点では アメリカの物量は豊富でなく 日本海軍が圧倒的に物量で勝っていた。

この段階では日本海軍が世界最強と謳われた航空兵力と技術を持っていた。

これが1日で全て消えた……これがミッドウェー海戦

対する

対するアメリカの太平洋艦隊は空母エンタープライズとホーネット2隻のみ
戦艦を持っていないアメリカに司令官は

チェスター・ウィリアム・ニミッツ アメリカ太平洋艦隊司令長官兼太平洋戦域最高司令官

ニミッツは山本が絶対に仕掛けてくると読んでいた。

アメリカは
珊瑚海海戦で コテンパンにやっつけられていたヨークタウンという空母をハワイで
三日間で修理し戦線に復帰をさせた。これは日本にとっては考えられないことであった。
日本軍はヨークタウンは沈んだと思い込んでいた。

そもそも日本とアメリカの戦争の考え方が違う。

ボロボロになりながらも港に持って行き 修理をする力
これも立派な戦争の力なのであった。日本にはこの発想がなかった。

またアメリカはレーダー開発に力を入れている。
悔しいことにレーダーを発明をしたのは 皮肉にも日本人
八木アンテナというものである。

八木アンテナを米、英は徹底的に取り入れ徹底的に研究し取り入れたが
日本はそんなことは一切しなかった。

暗号解読と無線傍受 ニミッツはこれに力を入れ
日本軍は一切力を入れなかった。戦争にはそんなもの必要ないと判断をした。

戦争とは軍人だけが行うものではなく
国家の全てをかけて行うもの
アメリカは全てをこの戦争にかけていた。


ニミッツは戦略を一つ

『日本軍の空母だけやっつけろ、他は一切やらなくてかまわない!』


対する日本軍

『ミッドウェー基地を攻略しろ!近寄ってきた空母も一緒にやっつけろ!』

戦争をする上で 目的を二つというのは絶対に避けなければならない。

と目的が二つあった。
これは戦争という常に予想できない事が起きる際にはアドリブが効かなくなる。
緊急時に判断がぶれるからである。

また 零戦のパイロットの技術は圧倒的に日本が上であった。
アメリカは空母から三割が飛び立てず海に落ちるのである。
技術の欠陥をアメリカはシステムでカバーした。


徹底的に装甲を厚くし、玉は散弾銃のように広範囲に広がる玉を開発
とりあえず打てば広がるので何らかしら当たるのである。

また零戦との戦闘は1:1で戦う事を禁じたのである。
必ず数的優位の状況を意図的に作らせた。

相手の技術を認めた上でそれに対し、個の力ではなく
システムを導入する事で対抗していった。


個人主義対合理主義




というわけで今日の結論


【日本軍がミッドウェー海戦で負けた原因】
① そもそもの太平洋戦争の目的を山本五十六大本営が取り違えていたこと
②ミッドウェー海戦の目的を一つに絞らず 二つにしてしまった事
③②の為に 現場でどっちを優先すればいいのか?というアドリブが効かず 全て指示待ちになってしまった事
④アメリカは決戦の現場だけでなく 修理、無線傍受など戦闘に関わる事以外を含めた総合力で戦った事
⑤アメリカは相手の長所を認め、受け入れた上で合理的なシステムで対抗した事

【ミッドウェー海戦の敗戦から学ぶビジネスでも通用する勝利の鉄則】
①イノベーションを起こす事
②勝負の指標が何であるかを把握する事
③敵の指標の無効化
④新しい指標を創る事